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心大血管奇形の合併 発生機序に関する検討

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日本小児循環器学会雑誌 8巻2号 235〜243頁(1992年)

〈原  著〉

Fetal Cystic Hygromaと頸部関連奇形における 心大血管奇形の合併 発生機序に関する検討

(平成3年7月30日受付)

(平成4年5月15日受理)

    佐賀医科大学病理

   宮 原  晋 一

    佐賀医科大学小児科

   田  崎   考

  名古屋市立大学医学部産婦人科

   鈴  森   薫

大分市医師会立アルメイダ病院産婦人科

   斉 藤  仲 道

   東京医科大学産婦人科

   吉  田  啓 治

key words:Cystic hygroma, Webbed neck, Cardiovascular malformations, Lymph vessels, Ullrich−

     Tu】mer syndrome

      要  旨

 頸部にFetal cystic hygroma(FCH)や翼状頸など関連奇形のある胎児23例を検索して, FCHと心 大血管奇形(CVM)の間の関係を検討した.その結果,特に染色体異常例で両者の間に発生病理学的関

連のあることがうかがわれた.特徴的なCVMとして,1)7例の45, Xと2例の部分6qトリソミー胎児

で二弁性大動脈弁,大動脈弓部の管状低形成あるいはB型の大動脈離断がほぼ全例で認められた.2)13

トリソミーとそれが疑われる3例では,胸腺の低形成,大動脈弓部奇形,両大血管右室起始症,半月弁

欠損を合併していた.今回の研究から従来いわれているようなFCHによる左心系の血流低下がCVM の原因となるのではなく,FCHと上記CVMは同一の機序により発生する可能性があることを提唱し

た.その際,CVMも関係した心不全から静脈圧の上昇を招き,リンパ管の形成異常とあいまって頸部リ ンパ嚢が拡張し,FCHを生じるものと推測された.

      はじめに

 胎児の頸部に稀ながらみられるFetal cystic hygroma(FCH)は,出生後に認められる翼状頸

(Webbed neck:WN)の,胎生期における程度の強い 発現であり,ウルリッヒ・ターナー症候群において両 者の関係が最もよく確認されている1>2).FCH/WNの ある症例は心大血管奇形を合併することが知られ,両

別刷請求先:(〒849)佐賀市鍋島5丁目1−1      佐賀医科大学病理学教室  宮原 晋一

者の間には発生病理学的になんらかの関係があるもの と推測されている3).しかし,心大血管奇形を含めて関 連する異常の発生機序は未だ十分に解明されていると はいえない.FCH/WNと心大血管系奇形の発生病理 学的な関係は,心大血管奇形の発生機序を知る上でも 興味のある点である.

 最近,先天異常がより的確に出生前診断され,人工 妊娠中絶された胎令20週前後のヒト胎児を病理学的に 検索する機会が増し,FCH/WNのみならず,項部が嚢 胞状に腫脹したり,雛のような隆起がみられる胎児に

(2)

遭遇することがある.そこでこのような症例について,

上記の疑問点を解明する検索を行い,一定の成果が得 られたのでここに報告する.またFCHの発生に関し て,マウスを用いて当研究室で得られた実験結果を参 考として,FCH/WNと心大血管奇形の発生病理学的 関連について,あわせて考察を加えたい.

        材料および方法

 頸部にFCH/WN,およびこれらに関連すると考え られる頸部の病変を有する胎児計23例を観察した.こ

れらの胎児の頸部の水平断の割面の観察から,頸部の 異常を,A群:左右後頸部に液体を貯留した嚢胞性病 変がみられるFetal cystic hygroma(FCH)(図1,

2),B群:項部に液体を貯留した嚢胞性病変がみられ るNuchal bleb(NB), C群:嚢胞腔の認められない 翼状頸Webbed neck(WN), D群:後頸部に,ある いは同部から側頸部にかけて非対称性に見られる,皮 下浮腫からなる頸部贅皮(Redundant skin of neck)

の4群に分けた.心臓や血管系は実体顕微鏡下に解剖

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  Fetal cystic hygromaのある胎児. A)45, X胎児頸部の両側に嚢胞が存在す る.浸軟のために表皮が剥離している(症例5).B)13トリソミー胎児頸部の全周 に嚢胞が存在する(症例13).

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A

図2 Fetal cystic hygromaを含む頸部横断面(図1と同一症例). A)多房性の嚢i胞の内腔面を薄  膜が覆い,血管が透見できる(症例5).B)嚢胞の内腔を覆う膜はなく,血管が露出して走行し  ている(症例13).

(3)

平成4年9月1日 237−(5)

して観察し,写真に記録した.

      結  果  1.頸部の異常(表1)

 頸部の横断面を見ると,A群のうち,45, X胎児や染 色体正常胎児では,多房性の嚢胞の内腔面は白色の薄 膜で覆われており(図1A,2A),13トリソミー胎児(症 例11)やB群では,嚢胞の内腔面を覆う膜はなく,組 織間隙に液体が貯留していた(図1B,2B).縦隔では,

拡張した多数のリンパ管を含む浮腫性の軟部組織が充 満し,特に大動脈弓部とこれから分岐する動脈や,上 大静脈周辺で著明であった.上行大動脈や肺動脈幹の 表面に浮腫のため鞘状に拡張した外膜をみることが

あった.

 II.心大血管系の異常(表1)

 一般的にFCHやNBのある胎児では,右心房とこ

れに流入する上・下大静脈が著明に拡張していた.23 例中18例(78.3%)で心大血管系の異常がみられ,染 色体異常や特徴的な心大血管奇形により,次のような 三グループに大別された.

 1)左心系の低形成複合

 a)45,X胎児(症例1〜7,図3A)

 心房中隔は症例1,2,3を除き,二次孔下縁の一 次中隔が左心房上方に高くつり上がって二次中隔と重 なり,いわゆるsealed foramen ovaleの状態にあった

(図4A).症例2と3の卵円孔は胎令相応の大きさに 開存していた.全例で両心室壁は薄く低形成を示し,

表1 頸部cystic hygroma, nuchal bleb,翼状頸あるいは贅皮のある胎児にみら  れた心大血管奇形

症例 性/胎令

 (週)

頸部の

形態*

心大血管奇形

a)45, X 1

2−6

7 /12

/19, 19,

19, 22, 23

/22

A A A

僧帽弁狭窄,大動脈弁閉鎖,上行大動脈低形成,大動脈弓部 管状低形成,三尖弁異形成,左上大静脈遺残

二弁性大動脈弁,上行大動脈低形成,大動脈弓部管状低形成,

(症例6:部分肺静脈還流異常,右肺静脈一上大静脈)

二弁性大動脈弁,上行大動脈低形成,B型大動脈弓部離断 b)部分トリソミー6q1

8

9

c)

102

113 M/12 M/19

B C

僧帽弁狭窄,二弁性大動脈弁・肺動脈弁,大動脈弓部管状低 形成,左上大静脈遺残,共通腕頭動脈幹(足立B型)

上行大動脈拡張,大動脈弓部管状低形成,左上大静脈遺残,

共通腕頭動脈幹(足立B型)

トリソミー13およびその疑い,部分トリソミー13q F/18

F/14 123 M/21 134 M/18 145 M/12 d) トリソミー18

15|F/・・

e)

16 17 18 19

トリソミー21  M/19  F/21  M/21  F/23

B

A

AAB

大動脈弁欠損,房室中隔欠損,右鎖骨下動脈起始異常(足立G 型),左上大静脈遺残

両大血管右室起始症,大動脈弁欠損,肺動脈弁欠損,僧帽弁 閉鎖,左上大静脈遺残

両大血管右室起始症,大動脈弁欠損,肺動脈弁欠損 上行大動脈低形成,VSD

c惨乗燭脈

DDDD

左房室孔低形成

ASD,エプシュタイン奇形, 三尖弁異形成,VSD f)染色体正常および不明

206 21 22 23

M/13 F/18 M/19 M/22

AAAA

上大静脈欠損,左上大静脈遺残,

共通腕頭動脈幹(足立B型)

心筋石灰沈着

寧A:Cystic hygroma of the neck, B:Nuchal bleb, C:Webbed neck, D二Redundant skin of the neck,1:46, XY,十der(7), t(6;7)(q21;p22),2:47,XX,十13,3:

13トリソミー疑い,4:46,XY,−15,+t(13q;15q),5:dup 13q,6:染色体不明

(4)

A  。

B

A PT

PT

1 1

2

A PT

3

A PT

4

図3 45,X(A)および部分6qトリソミー(B)胎児で観察された半月弁から大動脈  弓部にかけてのシェーマ,

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∴迦蓼豊雛

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図4 45,X胎児で観察された心大血管奇形. A)左心房(LA)からみた心房中隔.一次中隔(小矢  印)は心房内の高い位置にあり,二次中隔に重なっている.二次中隔縁(点線内).大矢印 左肺  静脈(症例7).B)左総頸動脈以降の管状低形成を示す大動脈弓部.上行大動脈(A)は低形成  性で,肺動脈幹(P)および動脈管は拡張性である.S 左鎖骨下動脈,(症例2). C)二弁性大  動脈弁を示す.中央の半月弁(1)の中間で,右冠状動脈起始部の左方にraphe(小矢印)が形成  されているが,弁と結合していない.低形成性の大動脈弓部は左総頸動脈を分岐した後,離断し  ている(大矢印)(症例7).

(5)

平成4年9月1日 239−(7)

心室中隔に欠損は認められなかった.僧帽弁および大 動脈弁口部は狭い左心室に相応した低形成を示した が,症例1を除き特にこれらの部で高度の狭窄は認め

られなかった.

 大動脈弁は6例が弁尖,交連ともに二つで,4例は 弁が前後に配列し(図3A2a:症例4,図3A3:症例 2,3,5),2例では左右に配列していた(図3A2b:

症例6,図3A4:症例7).症例7では右冠状動脈起始 部の左にraphe様の隆起が存在したが,この部で交連

は形成されていなかった(図4C).

 上行大動脈は全例で低形成を示した(図3A,4B).

大動脈弓部は左総頸動脈分岐部から動脈管合流部の間 で管状低形成を呈しており(図3A,4B),症例7では Type Bの大動脈弓離断を生じていた(図3A4,4C).

弓部の管状低形成では,左鎖骨下動脈が動脈管との合 流前に分岐するもの(図3A1:症例1,3A2a:症例4,

3A2b:症例6)と,合流部で分岐するもの(図3A3:

症例2,3,5)とがみられた.全例で肺動脈幹とそ れに続く動脈管が拡張していた(図3A).

 症例1では,左心室が高度の低形成のため心臓は涙 滴状を呈し,卵円孔はほとんど閉鎖し,僧帽弁は高度 の狭窄を示した.また上行大動脈は極めて低形成で,

弓部は管状低形成を示した(図3A1,図5A).組織学 的に大動脈起始部に洞様のふくらみがみられ,左右の 冠状動脈が起始する下方で,rapheと思われる小隆起 を後方に一個のみ認めたが,半月弁の形成はなく(図 5B),左室流出路で閉鎖していた(図5C).

 b)部分6qトリソミー胎児(症例8,9,図3B)

 この2例は均衡転座染色体の保因者である母親から 生じた同胞例で,症例9では上行大動脈の拡張と大動 脈弓部の管状低形成が見られた(図3B2)のに対して,

症例8では僧帽弁狭窄,二弁性の大動脈弁および肺動 脈弁,大動脈弓部管状低形成が認められた(図3B1).

また両者で腕頭動脈と左総頸動脈が共通の幹から起始 していた(足立のB型).心室壁の低形成はほとんどみ られず,卵円孔も開存して狭小化はみられなかった.

 2)13トリソミーおよび13トリソミーを疑う症例で みられた両大血管右室起始症あるいは大動脈弓奇形と 半月弁欠損

 症例10ではholoprosencephalyとともに,両側の胸 腺は高度の低形成を示した(図6A).心大血管系では 右鎖骨下動脈の起始異常(足立のG型),完全型房室中 隔欠損症(図6B)および大動脈弁完全欠損を認めた(図 6C).症例11は染色体が不明であるが, FCH,口唇裂,

口蓋裂,膀帯ヘルニア,腸回転異常および心大血管奇 形(表1)から,また症例12もFCH,心大血管奇形(表

1)および単一緕帯動脈から,それぞれ13トリソミー が疑われた.これら2例はきわめてよく似た心大血管 奇形を合併しており,両大血管右室起始症と,大動脈 および肺動脈弁欠損がみられた.症例11ではさらに僧 帽弁が閉鎖しており,胸腺は高度の低形成を示した.

 3)その他

 その他の染色体異常や染色体正常の症例で心大血管 奇形を合併しているものもあったが,これらに共通す

る特徴的な奇形は認められなかった,

B C

図5 大動脈弁閉鎖を示す45, X胎児(症例1),A)心臓の上面.上行大動脈(A)は高度の低形成  を示す.右心房(RA)は著明に拡張し,左心房(大矢印)は狭い. P:肺動脈幹,小矢印:左上  大静脈遺残.B)心の水平断を示す組織写真.大動脈弁形成予定部で,大動脈(A)後方に一個の  raphe様隆起(矢印)のみが認められた. C)図5Bのやや下方,左室流出路は石灰化をともなっ  て閉鎖していた(白点).

(6)

240−(8)

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  ︑で 日本小児循環器学会雑誌 第8巻 第2号

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図6 13トリソミー胎児で観察された心大血管奇形(症例10).A)大動脈(A)は右方転移を示し,

 円錐部がやや長い.胸腺(T)が高度に低形成である.B)拡張性の右心室.完全型の房室中隔欠  損症がみられる.白点:心室中隔欠損.C)拡張性の左心室.大動脈弁が欠損し(矢印),大動脈  は左心室から起始している.

      考  察

 Ullrichは低身長で外反肘のある8歳の少女にみら れたWNに注目し,その本態が胎生期の頸部に見られ るいわゆるcystic hygroma様の病変と関連があるこ とを示唆した4).Ullrichは,このような異常の背景に リンパ管の発生異常があると述べているが,心大血管 系の異常については言及していない1),一方,WN,低 身長,外反肘を示す症候群をTurnerが内分泌異常の 観点から報告し5),その染色体異常が明らかにされた 後,45,X胎児にFCHが見られることをSingh and Carrが再確認した2).

 FCHの合併が知られている症候群には,45, X以外 の染色体異常や,ヌーナン症候群などの遺伝子異常に よると思われるものがある.さらに今回の観察から染 色体が正常で,上記のものに含まれない孤発例もある

ことが明らかとなり,形態学的にもFCHやNBには

その内腔を覆う膜のあるものとないものがあり,その 発生に異なる要因,時期,機序などが存在する可能性 のあることが推測された.

 1.FCH/WNと心大血管奇形の関係について  大動脈縮窄のあるウルリッヒ・ターナー症候群では,

多くWNを伴うことが以前から知られ6), Clarkは FCH/WNと心大血管系奇形との間には統計的に有意

の相関があることを明らかにした3).今回の研究でも 23例中18例(78.3%)で心大血管系の異常がみられ,

両者の間になんらかの関連のあることが示唆された.

 今回の症例は観察された染色体異常と心大血管奇形 の特徴から,三グループに分けられた.第一グループ のFCHのある45, X胎児と,新生児期以降に観察され ているWNのあるウルリッヒ・ターナー症候群とを比 較すると,後者では大動脈縮窄や二弁性大動脈弁が一 般的に知られている7)のに対し,前者で二弁性大動脈 弁と離断を含む大動脈弓部管状低形成がほぼ例外なく 観察された.

 第ニグループの13トリソミー胎児およびそれを疑う 症例では,いずれも半月弁の欠損を合併していたこと はきわめて特徴的な所見であった.しかし,FCHのみ られた他の一例の転座型13トリソミー(症例13)では,

上記のような心大血管奇形は認められず,染色体異常 の違いを考慮するにしても,FCHと合併奇形の間には 必ずしも一定の関係が存在していないようであった.

第三のグループでは共通する特徴的な心大血管奇形は 認められなかった.

 以上の結果から,例外はあるものの,染色体異常の

あるFCHやNBを伴う胎児例で,重篤かつ特異な心

大血管奇形を合併する傾向があり,頻度のみならず,

(7)

平成4年9月1日

形態学的な観点からも両者の間の発生病理学的関連が 示唆された.このような点に関連して,実験的に観察 されるマウストリソミー16胎仔の全例で,頸部リンパ 嚢が高度に拡張し,また末梢のリンパ管拡張を伴う,

ヒトのFCHに類似した病変が認められるのは注目さ れる.このトリソミー胎仔には全例で胸腺の低形成と ともに円錐動脈幹部の奇形が,約半数の症例で大動脈 弓部奇形が認められている8).このことはマウスの染 色体異常胎仔においてもヒト胎児と同様,FCHと心大 血管奇形の間になんらかの関係が存在することを示唆

している.

 2.FCH/WNと心大血管奇形の発生病理学的関係 について

 以下,第一と第ニグループについて,考察する.

 a)リンパ管の上行大動脈圧迫による左心低形成:

Clarkの仮説の検討

 Clarkは,ウルリッヒ・ターナー症候群における FCH/WNと心大血管系奇形の発生病理学的関係を次 のように説明している.すなわち,鶏胚の心臓に分布 するリソパ管は心基部で融合し,上行大動脈に並行し て上行するというRychterの観察に注目するととも に,実験的に鶏胚の左心系のいずれかを圧迫すると,

左心低形成を生じる事実を強調した.したがって,

FCH/WNの状態では,拡張したリンパ管が選択的に 上行大動脈を圧迫して左心系の血行動態の変化をもた

らし,一連の左心系低形成を惹起するとした3).

 Clarkの仮説の問題点として彼も例外と認めるよう に,ウルリッヒ・ターナー症候群と形態学的に類似し,

FCH/WNを合併することもあるヌーナン症候群では 左心系の低形成はほとんど観察されていない,また,

今回観察された第一グループ以外の胎児でも,左心系 の低形成を合併する症例は限られていた.これらの事 実から明らかなように,FCH/WNの状態で,拡張した リンパ管が上行大動脈を選択的に圧迫して,左心系の 血流を減少させるとは必ずしもいえない.

 また,鶏胚を用いた実験は多く円錐動脈幹部の分割 前に左心系の血流を阻害する処置がとられている.そ の結果生じる左心低形成において大動脈弁口の狭窄や 閉鎖は報告されているが,二弁性大動脈弁の形成は Rychterの1例を除いてこれまでまったく観察されて いない9)1°}.このことは少なくとも円錐動脈幹部の分 割前に,左心系の単純な血流減少があっても,第一グ ループでみられた二弁性大動脈弁が上行大動脈低形成 および弓部管状低形成あるいは大動脈弓離断ととも

241−(9)

に,生じる可能性の少ないことを示している.

 b)FCHのある胎児における心大血管奇形の発生 機序の検討

 今回のFCH/WNの胎児例を概観すると,胸腺の低 形成,大動脈弓や円錐動脈幹部の奇形がみられる.こ こで想起されるのは,神経堤細胞と心大血管系奇形の 関係を明らかにした,鶏胚を用いた最近の実験的研究 の進展11)と,神経堤細胞の異常が推測されるヒトの DiGeorge anomalyの観察結果12)であろう.前記マウ ストリソミー16胎仔の観察結果も,神経堤細胞と関係 した発生異常を示唆している8).

 第ニグループでみられた胸腺の低形成,鎖骨下動脈 起始異常あるいは両大血管右室起始症は神経堤細胞に 関係した発生異常を示唆する,さらにこれらの3例で 観察された半月弁の欠損は,鶏胚で半月弁の形成に神 経堤細胞が関与しているという観察13)と関連して,き わめて興味深い.大動脈弁欠損は著者らの3例を含め てこれまでに15例の胎児や新生児例が報告され,うち 1例がDiGeorge anomalyに合併している.また他の 6例でも胸腺の低形成あるいは合併する心大血管奇形 から同様の発生機序が疑われた14).したがって,今回観 察した3例でみられた奇形は,神経堤細胞の異常と関 連した一連の発生異常として理解されうる可能性を示

している.

 つぎに第一グループで二弁性大動脈弁,大動脈弓部 管状低形成あるいはB型の大動脈弓離断の組合せが 高頻度で認められた.二弁性大動脈弁と,大動脈弓離 断15)あるいは大動脈縮窄16)の合併は以前から知られて いるが,最近DiGeorge anomalyにおいてB型の大動 脈弓離断と二弁性大動脈弁の合併が確認されるように なった12).また大動脈縮窄と総称される奇形のうち,今 回観察された左総頸動脈以降の管状低形成は,限局型 の大動脈縮窄や狭部低形成と異なり,むしろB型の大 動脈離断と共通する発生学的背景を持っているものと 考えられる.したがって,第一グループでも半月弁や 大動脈弓部の形成に,神経堤細胞の関与が推測される.

しかし,管状低形成を示す症例は,その原因となる血 流低下をきたす心奇形を合併しているとする観察があ

り17),左心系の低形成を生じる原因の一つとして,卵円 孔の早期閉鎖があげられる18},今回もsealされたり,

閉鎖した卵円孔が45,X胎児に多く認められた.これ らの根拠から,円錐動脈幹部の分割後に,卵円孔の異 常によって半月弁から大動脈弓部まで低形成を生じる 可能性も完全には否定できず,今後の検討を必要とす

(8)

る.

 c)FCHの発生機序

 FCHのある,染色体が不明のヒト女性胎児の観察か ら,FCHは頸部リンパ嚢が静脈角において頸静脈に開 孔しないために,嚢胞状に拡張して起こると考えられ ている19),関連する組織におけるリソパ管の形成異常 や無形成があり,その原因として組織の浮腫や線維化 がリンパ管の形成を阻害すると推測された.この点を 明らかにするためにマウストリソミー16胎仔を観察す ると,胎令13日頃から心嚢が膨らんで前方に突出し,

14日から頸部が著明に腫脹するとともに,右心房や大 静脈の著明な拡張を生じていた.組織学的に静脈角に おいて頸部リンパ嚢と頸静脈の間に交通が認められ ず,頸部リソバ嚢の拡張に起因するFCHが確認され た.また,心嚢内や頸部リンパ嚢内に多量の蛋白が抗 マウス全血清抗体により検出され,心筋の低形成が認 められた.以上の結果から,心嚢内に過度の液と蛋白 が貯留して,心筋の低形成や心大血管奇形とあいまっ て心臓の拡張を阻害し,右心房の拡張や静脈圧の上昇 を招き,その結果リンパの静脈内流入が妨げられ,頸

図7 胎令13週におけるfetal cystic hygromaと心  大血管系の関係を示すシェーマ.心大血管奇形とと  もにリンパ管を含む脈管の異常が形成される.頸部  リンパ嚢は頸静脈に対して膜様に閉鎖し,心嚢内や  頸部リンパ嚢内に液体や蛋白が貯留する.このため  心拡張障害を起こし,合併する心大血管奇形ととも  に静脈圧を上昇させてリソバの静脈内還流を妨げ,

 cystic hygromaが形成される.

部リンパ嚢の拡張が始まるものと思われた2°).

 同様の循環障害は,今回観察したように右心房や大 静脈の著明な拡張をみたヒト胎児の多くでも起こって いるものと思われ,その際,第一グループの左心低形 成や,第ニグループの半月弁欠損例はいずれも右心房 の拡張を肋長するであろう(図7).しかし静脈圧の上 昇を招くような心不全は胎児水腫を起こすだけである から,FCH/WNが起こる背景には他の脈管,特にリン パ管の発生異常が頸部から縦隔にかけて同時に生じて いる可能性がある.このような異常形成には,細胞の 増殖や接着に関与する因子の変化,細胞の遊走に関係 する細胞外基質の異常が関与しているものと思われ る.今回の研究から,FCH/WNと心大血管奇形の発生 に相関が推測され,後者の発生機序に神経堤細胞の関 与が推測された.未知の共通する要因によって増殖因 子,細胞接着因子あるいは細胞外基質の異常を生じ,

リンパ管を含む脈管の形成異常とともに,神経堤細胞 が関与した心大血管奇形を惹起するものと思われる.

 稿を終えるにあたり,ご校閲いただきました東京女子医 科大学,安藤正彦先生に深謝いたします.

 本論文の要旨は第26回小児循環器学会総会(1990年7月 奈良)において発表した.

      文  献

 1)Ullrich,0.: Neue Einblicke in die Entwicklun−

   gsmechanik multipler Abartungen und Fehlbil一  dungen. Klin. Wsch.,17:185−190,1938.

2)Singh, R.P. and Carr, D.H.:The anatomy and  histology of XO human embryos and fetuses.

 Anat. Rec.,155:369−383,1966.

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(9)

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Cardiovascular Malformations in Fetuses with Cystic Hygroma and Other Related         Malformations of the Neck:Consideration of Their Pathogenesis

Shinichi Miyabaral), Hakaru Tasaki2), Kaoru Suzumori3), Nakamichi Saito4)and

      Keiji Yoshida5)

    1}Department of Pathology and 2)Department of Pediatrics, Saga Medical School;

  Department of Obstetrics and Gynecology,3}Nagoya City University Medical School,

  4}Ohita Medical Association Almeida Memorial Hospital and 5}Tokyo Medical College

    Twenty−three fetal cases with fetal cystic hygrma(FCH)and other related malformations of the neck including webbed neck were pathologically examined to investigate the relationship between FCH and cardiovascular malformations(CVM), Intimate relation was suggested between both malformations, particularly in those cases with chromosome aberrations. The following CVM were characteristically observed:1)Bicuspid aortic valve, and tubular hypoplasia of aortic arch or interruption of the aortic arch, Type B, were present in virtually all cases of 45,X and 6q dup fetuses.2)

Hypoplastic thymus, aortic arch malformation, double outlet right ventricle and/or absent semilunar valve in trisomy 13 and suspected cases. The results indicated that FCH and CW may occur by the identical pathogenesis, different from the former hypothesis that hemodynamic change in the left heart due to FCH causes CVM. The heart failure related to CVM induces the increased venous pressure, which may result in the dilated jugular lymph sac and finally in the formation of FCH together with abnormal formations of lymph vessels.

参照

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