【論 説】
医療費の地域格差について *
―国民健康保険における医療費支出の分析―
船 橋 恒 裕
1 は じ め に
今日,人口の高齢化のため社会保障給付費は増加の一途をたどっている.
また,今後,少子化の進行により,人口が減少していくことも明らかにされ た1).このため,将来にわたって財源確保は難しく,社会保障制度は財政的危 機を迎え,社会保障費用の多くを占める医療および年金関連の支出を抑制す ることが必要とされている.年金については,2004年の年金制度改正法でこ れまでになく議論が高まった.
それに続き,現在,高齢者医療制度の改正をはじめとする医療費抑制問題 が浮上している2).需要・供給量や価格,すなわちコストの増大が問題となる.
* この研究は平成17年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進特別経費大学院重点特別経
費(研究科分)の助成を受けました.
1 )国立社会保障・人口問題研究所の「少子化情報ホームページ」,国立社会保障・人口問題研究所
『日本の将来推計人口(平成14年1月推計)』などを参照.
2 )2003年度(平成15年度)の国民医療費は31兆5375億円,前年度に比べ5868億円,1.9%の増加と なっている.国民1人当たりの医療費は24万7100円,前年度に比べ1.8%増加し,国民医療費の国民 所得に対する割合は8.55%となっている.これは医療費の自己負担増が影響している. 制度区分別にみ ると,医療保険等給付分は14兆1032億円(構成割合44.7%),老人保健給付分は10兆6686億円(33.8%),
公費負担医療給付分は1兆8206億円(5.8%),また,患者負担分は4兆9451億円(15.7%)となっている.
対前年度増減率をみると,国民健康保険分は8.9%の増加,患者負担分は8.0%の増加,被用者保険分 は5.6%の減少となっている.年齢階級別にみると,0〜14歳は2兆316億円(6.4%),15〜44歳は 4兆8602億円(15.4%),45〜64歳は8兆7633億円(27.8%),65歳以上は15兆8823億円(50.4%)
となっている.ちなみに,国民一人当たりの医療費をみると,65歳未満は15万1500円,65歳以上は
65万3300円となっている.一般診療医療費の国民一人当たり医療費をみると65歳未満は11万1400円,
65歳以上は51万7500円,歯科診療医療費の国民一人当たり医療費をみると,65歳未満では1万7900 円,65歳以上では2万8200円となっている(厚生労働省『平成15年度国民医療費の概況』).
効率化が可能であれば,国民の大きな反対もなく費用を削減することが期待 できるだろう.また,医療費支出の特徴として,地域間の大きな格差があげ られる3).高齢化・少子化に伴い,医療費,特に老人医療費が保険者である市 町村財政を圧迫し,国民健康保険をはじめ,医療保険制度そのものの抜本的 改革が迫られている.特に,今後,高齢者医療制度の改正,地方分権化の進 展にともない,医療費支出の地域間の格差や特性を見ることは重要である4). そこで,本稿では,前回の近畿圏に加え,著しく医療費の多い地域をはじめ,
少ない地域,寒暖などの地域性を考慮し,いくつかの道府県について,医療費 増加におよぼす要因が何であるのか,地域において特徴や大きな違いがあるの かを明らかにしたい.医療費の多い山口,北海道,高知,少ない千葉,沖縄,
埼玉,高齢者の1人当たり医療費が最も少ない長野について分析を行う5).具 体的には,国民健康保険における医療費用が,何を要因として,どのように変 化するのかについて道府県ごとに回帰分析を行いたい.第2章において,推定 モデルとデータについての説明を行い,第3章では,推定結果を示し,分析と その意義の解明を行う.
3 )医療費の地域格差については,厚生労働省『医療費マップ(平成11年度版)』を参照.
4 )現役世代の医療保険の統合,再編について,厚生労働省は当面の間,国民健康保険を2次医療圏単位(=
一般的な疾患に対する医療を救急から慢性に至るまで完結して提供できる地域単位)で統合や再編を 行い,保険者間の保険料や医療費の格差を縮小し,都道府県単位での保険運営を目指したいとの意向 である.被保険者数が少ない小規模の市町村の保険者は,医療費の増加が財政悪化や保険料引き上げ に直結するとの理由から,保険者を都道府県単位にするのは,財政基盤を安定させる狙いがある.
大綱では,2006年10月から,現役並みの所得がある高齢者の患者負担を現行の2割から3割 に引き上げる.2008年度からの高齢者患者負担については,(1)65〜69歳は現行の3割に据え 置く(2)70〜74歳は2008年度から現行1割を2割に引き上げる(3)75歳以上は現行通り1割 とした.診療報酬については,「引き下げの方向で検討し,措置する」とマイナス改定を明記した.
75歳以上を対象とする新高齢者医療制度を創設することも盛り込んだ(2005.12.1.新聞各社).
5 )1999年度(平成11年度)の都道府県別1人当たり実績医療費によると,都道府県全国平均実 績医療費は369千円,近畿地方各府県の実質医療費は,滋賀県336千円(対全国比0.912,全国 37位),京都府400千円(対全国比1.084,全国21位),大阪府373千円(対全国比1.011,全国 26位),兵庫県381千円(対全国比1.034,全国23位),奈良県340千円(対全国比0.923,全国 34位),和歌山県370千円(対全国比1.003,全国27位)であった.その他,推定した道府県は 北海道490千円(対全国比1.328,全国2位),埼玉県287千円(対全国比0.777,全国45位),千 葉県279千円(対全国比0.756,全国47位),長野県340千円(対全国比0.923,全国35位),山 口県495千円(対全国比1.343,全国1位),高知県481千円(対全国比1.303,全国3位),沖縄 県280千円(対全国比0.759,全国46位)であった(厚生労働省『医療費マップ(平成11年度版)』)
その他厚生労働省『老人医療事業年報』を参照.
2 推定モデルとデータ
2. 1 推定モデルと説明変数
本稿では,国民健康保険について分析を行う.被説明変数は,医療費支出
(ENH)である.一般的家計の医療費支出に影響を与える要因は,家計の総消 費支出を考える場合と異なり,実際には,人々は,けがをしたとき,病気に なったときにのみ病院へ行き,診察,注射や検査,薬剤などの医療サービス を受ける6).そして,この医療サービスを受け,もとのいわゆる健康な状態に 回復する.これを経済学的に考えると,診療費を払って,健康という財・サー ビスを購入していることになり,医療に対する需要は,健康というストック を生産するための派生需要と考えられる.
本稿では,簡単化のために,人々は,2種類の財・サービスを消費すること により生活をしていると考える.1つは,前述したように健康ストックと呼ぶ ことのできる財・サービスであり,もう1つは,その他の財(=消費財)である.
そこで,人々の厚生水準を効用関数で表すことにする.人々が同じ効用関 数を持つものとし,次のように表すことができると仮定する.
U=U (H,C)=HϷCβ (1)
すなわち,効用水準は,2つの財・サービス(H=健康財,C=その他の消費財)
の消費水準に依存する.H,C,それぞれの消費水準が高いほど効用が高いこ とになる.
次に,予算制約についてであるが,次のように考えることができる.
Y=phH+pcC (2)
Yは所得,ph,pcは,それぞれ,H,Cの価格を表している.
このような予算制約の下で効用を最大化するような健康財とその他の消費 を求める.
6 )正常な分娩,健康診断,予防接種,入院時の室料差額分などの費用は,国民医療費から除外される.
MaxU=U (H,C)=HϷCβ Subject to Y=phH+pcC
これらから,健康財への需要曲線は次のようになる7). H=(Ϸ+β)ph
aY
(3)
このように,効用関数をもとにして,健康財への需要曲線が求められる.
しかしながら,実際に,実証分析を行う場合,その他の医療サービスへの支 出に影響を与える原因が考えられる.むしろ,医療という特殊な財・サービス の需要について考える場合,所得や医療価格以上に,大きな影響を与える変数 が考えられる.また,患者と医師との情報の非対称性が存在すること,医療保 険の支払い形態が,医療機関が審査支払機関を通して保険者に請求する出来高 払い制であること,自己負担額の割合が小さいなどの医療制度の性格を考える と,価格のような消費者(=患者)の需要の判断材料となる変数は,あまり影 響を与えず,医師が需要量(=供給量)を決定しているとさえ考えられる8). 本稿では,このような考えをもとに,所得を含め,非労働力人口,老年人口,
医療施設,完全失業率,高齢者世帯,平均寿命などの要因が,国民健康保険 の支出に対して,どのような影響を与えるのかを分析する9).
H,C
7 )生産部門については,生産要素は労働力のみとし,1次関数で表されるとすれば,H(=健康財),
C(=その他の消費財)の生産関数は,次のようになる.
H=aLH C=bLC
a>0,b>0.LH,LCは,それぞれ,健康財とその他の消費財の生産に使われる労働力である.
8 )これまで,主な診療報酬の支払方式は単純な出来高払い方式である.その仕組みは,あらゆる 医療機関で,診療行為ごとに全国一律の点数(1点の単価は10円)が決められ,これに基づいて 医療機関は保険者に医療費を請求される点数単価出来高払い方式である.
9 )医療費の分析に関しては,妹尾(1984)が,47都道府県の1980年度のクロスセクション・デー タを用い,被説明変数に受診率,説明変数に価格(自己負担相当額),1人当たり所得,床数,医 師数,診療所数,人口密度からなる医療需要関数について実証分析を行っている.川野辺・眼龍
(2000)では,国民医療費と老人医療費について,同じく都道府県のクロスセクション・データを 使用した回帰分析を行い,医療費格差が,病床数,世帯員数,医療サービスへのアクセス可能性 などから影響を受けていることを示している.また,個票データの利用による分析は鴇田他(2000)
などがある.
説明変数について,まず,可処分所得(YT)についてである.これは(3)
式が示す通りである.所得が消費支出に影響を与えるという仮説は,ケイン ズの消費関数の理論10),さらに,その他の消費者行動を表す理論においても,
すでに当然のこととなっている.
次に,雇用状況を示す変数としての非労働力人口(NWP)である.非労働 力人口とは,退職した高齢者以外に15歳以上の学生(高校生,大学生,専門学 校生)や多くの女性が含まれる.高齢者のみであれば,医療費は増加すると思 われるが,その他の要因がどのように働くか判断が難しい.
人口の高齢化を表している65歳以上の高齢者の人数を示す老年人口(AP)に ついては,若年期に労働によって所得を得て,一部を定年退職後のために貯蓄し,
高齢期にその貯蓄によって生計を立てると考えられている11). すなわち,総人 口に占める高齢者の割合が多くなるほど,人口全体における貯蓄性向が小さく なり,逆に,消費性向が大きくなると考えられる.医療支出についても,高齢 化によって支出額自体の増加が起こることは当然のこととして考えられる.
医療という財・サービスは,医療制度の影響などにより,他の財とはかな り性質の異なる特殊な財・サービスと考えられる.すなわち,患者と医師と の情報の非対称性や,出来高払い制,定額制などの医療制度の仕組みを考え ると,医師が患者の需要量を決定していると考えられる.そのように考えると,
病院や診療所などの医療施設数(HDF)の増加は,医療サービスの供給量,す なわち患者の需要量を増大させ,医療支出の増加に大きな影響力をおよぼし ていると考えられる.
次に,これも雇用状況を示す変数の失業率(UER)である.失業率が上昇し た場合,家計は,世帯主の失業によって所得が減少するか,あるいは,世帯 主が就業状態を保っていても,失業する可能性が高まり将来に対する予想所 得が減少すると考えられ,それにより,総消費は減少すると考えられる.た
10 )J. M. Keynes(1936)参照.
11 )年金を導入したモデルについては, P. A. Samuelson(1958),P. A. Diamond(1965)をはじめ, A.
J. Auerbach and L. J. Kotorikoff(1987)(1989)などを参照.
だし,医療費支出については,精神的なものや栄養状態の悪化など,失業が 家計に与える悪い影響によって増加せざるを得ないとも考えられる.したがっ て判断が難しい.
高齢者世帯(NAH)については,高齢者のみの世帯という状況が,例えば,
3世代同居などの大家族に比べて,医療サービスに与える影響が大きいのか どうかということである.これについても,単純に高齢者世帯が増えるとい うことは,医療サービスの増加につながると思われるが,世帯体系の状況変 化に対してどうであるのかは判断しづらい.
最後に平均寿命(ALE)と医療支出の関係についてみてみたい.医療サービ スを受けることが,寿命にどのように影響するかを示したい.
これらの仮定をもとに推定式は以下のようになる.
推定式
ENHij=Ϸ0+Ϸ1YTij+Ϸ2NWPij+Ϸ4APij+Ϸ5HDFij
+Ϸ5UERij+Ϸ6NAHij+Ϸ6ALEij+εij (4)
下付き文字のiは各道府県,jは市町村を表している.推定結果は第3章で 示されている.
2. 2 データの説明
次に,推定に使用されるデータについて説明する.サンプルは各道府県の 市町村別のデータである12).
まず,被説明変数である医療費支出(ENH)については,各市町村の国民 健康保険の一般被保険者分,退職被保険者等分,老人保健分それぞれの入院,
入院外,歯科,調剤の費用額の合計である(単位1億円).この統計データの 資料源は,厚生労働省保険局『国民健康保険事業年報』である13).
次に,説明変数であるが,所得に関しては,市町村ごとの課税対象所得(YT)
で,資料源は日本マーケティング教育センター『個人所得指標』である(単位
12 )2000年のデータを使用.
13 )保険者は市町村のみ.国民健康保険組合は含まない.
100億円).
雇用関係を表す変数であるが,非労働力人口(NWP)については,総務省 統計局『国勢調査報告』より,65歳以上の老年人口,15歳以上65歳未満の 生産年齢人口,人口総数,および労働力人口を入手し作成している(単位1万人). 高齢者の人数を表す老年人口は,65歳以上の人口(AP)である.この統計デー タの資料源は,総務省統計局『国勢調査報告』である(単位1万人).
医療施設(HDF)については,一般病院数,一般診療所数,および歯科診療 所数であり,いずれも資料源は厚生労働省大臣官房統計情報部『医療施設調査・
病院報告』から得ている(単位100施設)14).
続いて失業率(UER)については,非労働力人口と同様に,総務省統計局『国 勢調査報告』より,完全失業者数を入手し作成している(単位%).
高齢者世帯(NAH)については,総務省統計局『国勢調査報告』の世帯数に 関する調査より,「高齢夫婦世帯」,「高齢単身世帯」について入手,これらを 合計している(単位1000世帯)15).
最後に平均寿命(ALE)について,厚生労働省大臣官房統計情報部『市区町 村別生命表』から得ている(単位1歳)16).
14 )一般病院とは,医師または歯科医師が,医業または歯科医業を行う場所であって,20人以上の 患者を入院させるための施設を有するものであり,精神病院,結核療養所は含まない.一般診療所,
歯科診療所については,医師または歯科医師が管理し,主として医業または歯科医業を行う場所 であってかつ,患者を入院させるための施設を有しないもの,または19人以下の患者を入院させ る施設を有するものをいう.また,患者(=市町村住民)に対する一般病院と一般診療所の影響 力は,同等のものであるとは考えられないので,一般診療所=1に対して一般病院=12の格差を 与えて推定を行っている.この格差は,全国の一般病院と一般診療所の施設数をもとにしている.
一般診療所と歯科診療所については,比較困難と思われるので1対1にしている.
15 )高齢夫婦世帯とは,「夫65歳以上,妻60歳以上の夫婦一組の一般世帯(他の世帯員がいないもの)」
を意味し,高齢単身世帯とは「65歳以上の者1人のみの世帯」を指している.また,一般世帯とは,(1)
住居と生計を共にしている人の集まり,または一戸を構えて住んでいる単身者(ただし,これらの 世帯と住居を共にする単身の住み込みの雇人については,人数に関係なく雇主の世帯に含める),(2)
上記の世帯と住居を共にし,別に生計を維持している間借りの単身者,または下宿屋などに下宿し ている単身者,(3)会社・団体・商店・官公庁などの寄宿舎,独身寮などに居住している単身者な どであり,それぞれが一般世帯になる.他方,寮などで起居を共にし,通学している学生・生徒の 集まり,老人ホームなど社会施設の入居者の集まりなどは,棟ごと,施設ごとに施設等の世帯となる.
16 )『市区町村別生命表』は毎年公表されておらず.平成12年度版を用いている.また,データは 男女別で扱われているため,やむを得ず,男女,それぞれの平均寿命を合計し2で割って用いて いる.
3 推定結果と分析
以上の推定モデルおよびデータをもとに,クロスセクションによる回帰分 析を行った.推定結果は第 1 表から第 13 表に示されている.
結果は,いずれの道府県においても自由度修正済み決定係数は大きかった ものの,有意になる変数,ならなかった変数は各道府県において異なっている.
これは,地域において医療費の増減に与える影響が,必ずしも一致しないと いうことになる.
まず,市町村ごとの課税対象所得(YT)であるが,符号がプラスになるケース,
また,反対にマイナスになるケース,有意になるケース,ならないケースと いうように結果が分かれた.また,医療支出の大きさによる特徴は特に見ら れなかった.通常,可処分所得の増加は,財・サービスの支出増をもたらす と考えられるが,医療サービスという特殊な財・サービスを考えると,所得 が減ることにより,生活状態が悪化し病気になりやすくなるとも考えられる.
また,本来であれば,変数に可処分所得を用いたいところであるが,入手で きず課税対象所得を使用しているということも,扶養家族の有無が所得へ与 える影響などを考えると,若干の不具合が生じているようにも思われる17). 非労働力人口(NWP)は,通常,被扶養者に当たると思われる.推定結果は,
多くの道府県において符号がプラスになるケースが多かった.この変数につ いても,保険加入者がどのような仕事に就いているかが大きく影響を与える であろう18).
17 )被説明変数が国民健康保険による費用額(各市町村の国民健康保険の一般被保険者分,退職被 保険者等分,老人保健分それぞれの入院,入院外,歯科,調剤の費用額の合計)であり,その他 の組合や政管,共済などの被用者保険を含めていないことが,大きな違いとなるのかもしれない.
しかし,これは逆に,各府県の人口の多くがどんな職業に従事しているかという地域間格差,す なわち各府県の地域性を推定結果に反映させているともいえるのではないだろうか.組合とは組 合管掌健康保険,政管とは政府管掌健康保険,共済とは,国家公務員等共済組合(各省各庁組合,
適用法人組合),地方公務員等共済組合,私立学校教職員共済組合などの医療保険のことである.
また,失業率との間の相関係数はいずれも0.47以下であった.
18 )保険加入者の多くが,組合,政管などの被用者保険に加入しているのであれば,この変数の影 響は小さいと思われる.
高齢者の人数を表す65歳以上の老年人口(AP)については,いずれの道府 県の場合も仮説通りの結果となった.高齢者人口が道府県の医療費格差に大 きく影響しているといわれているように,本稿のモデルでも高齢者が医療費 の増減に強く影響しているということになる19).
次に,医療施設(HDF)についてである.これまでの分析によって,人口1 人当たりの医師数が増加すると,1人当たりの医療費が増加するという現象が 示されている20).本稿のモデルでは医療施設に対してであるが,北海道,京都,
大阪,兵庫,和歌山,山口,沖縄など多くのケースにおいて,医療施設の増加 が医療費を増加させるという結果となった.これらの結果から,地域性という 観点で見ると,患者の医療施設への移動費用,時間的費用の影響以外にも,医 療行政や県民性,気候などが大きく影響を与えていると考えられる21). 続いては、もう1つの雇用を表す変数である失業率(UER)についてである.
失業は,精神的影響だけでなく,身体的にも栄養状態が悪くなるため,医療機 関に通院,入院すると考えられる.しかし,反対に,経済状況の悪化により医 療サービスの需要をなるだけ控えたいことを望み,実行するとも考えられる.
今回の結果は,兵庫,京都でのみ有意になった.
次に高齢者世帯(NAH)であるが,都市では,3世帯同居のような大家族に 比べて,核家族が多くを占めており,高齢者についても高齢者夫婦のみの世 帯や高齢者単身の世帯が多いと思われる.また高齢者のみの世帯においては,
介護する家族がいないことにより,通院でいい場合でも入院したり,いった
19 )医療費の地域間格差については,厚生労働省『医療費マップ(平成11年度版)』を参照.また,
医療費マップの分析については,前田(2000),(2002a),(2002b)で詳しく行われている.
20 )Newhouse(1970),西村(1987),泉田・中西・漆(1998)でも分析されている.
21 )このような医師や医療施設が患者の需要行動に与える影響については,中西(1995),(2000),
漆(1998)増原他(2002)などを参照.医師数(医療施設数)と医療サービス需要の関係を表す 理論としては,医師誘発重要の理論(Evans(1974)),時間費用の理論(Phelps and Newhouse(1974),
Cauley(1987),Mueller(1985),小椋(1990)),医療サービスの探索理論(Satterthwait(1979),
Pauly and Satterthwaite(1981))などがある.
また,埼玉,千葉が有意にならないのは,首都圏の人々は,他地域と比べて国保の加入者が少 ないことや,実績医療費が特に低い点などが理由として考えられる.これは入院形態などが影響 していると考えられる.この点については前田(2000)などを参照いただきたい.
ん入院すると入院期間が長くなったりすると予測される.推定結果では大阪,
兵庫,滋賀で有意となっているので,これにある程度合致したものであると 思われる.(埼玉,千葉については,注21をみていただきたい).
最後に平均寿命(ALE)については,ほとんどの道府県において,符号がマイ ナスになり,有意となるケースも多かった.これは,平均寿命の伸びと医療機関 の利用状況とが逆相関になるという結果であり,さらなる分析が必要とされる.
北海道
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 48.84 -0.339 9.95 60.8 9.75 0.155
t-値 1.57 -0.631 3.46** 8.16** 5.95** 0.730
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9995
係数 -2.70 -0.60
t-値 -1.54 -1.56
第 1 表
埼玉
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 105.1 -0.382 19.1 30.5 0.202 1.85
t-値 1.03 -0.438 3.20** 2.90** 0.612 1.58
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9968
係数 -0.903 -1.39
t-値 -0.370 -1.09
第 2 表
千葉
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 81.8 -0.341 10.3 42.3 2.27 0.543
t-値 1.35 -1.63 5.16** 11.9** 1.04 1.11
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9991
係数 1.23 -1.05
t-値 1.36 -1.38
第 3 表
長野
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 -26.3 -0.392 17.9 22.4 1.53 0.101
t-値 -0.814 -0.838 4.91** 8.80** 0.837 0.451
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9984
係数 1.69 0.323
t-値 0.134 0.818
第 4 表
滋賀
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 -11.96 2.77 -6.30 23.3 1.83 0.247
t-値 -0.303 6.33** -2.75** 6.50** 0.742 1.02
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9991
係数 9.22 0.144
t-値 10.0** 0.300
第 5 表
京都
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 54.47 2.27 -11.2 47.6 15.4 1.68
t-値 0.489 2.80** -2.68* 6.17** 20.2** 3.06**
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9998
係数 1.34 -0.720
t-値 0.751 -0.525
第 6 表
大阪
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 456.2 -0.792 6.80 43.7 6.69 0.851
t-値 2.17* -1.69 1.48 3.41** 4.22** 0.676
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9999
係数 5.02 -5.68
t-値 3.01** -2.24*
第 7 表
兵庫
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 192.4 -0.375 1.06 45.4 12.2 2.57
t-値 2.66** -1.25 0.36 7.69** 4.70** 4.31**
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9995
係数 3.31 -2.49
t-値 5.30** -2.80**
第 8 表
奈良
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 40.4 -1.89 21.3 26.2 3.56 0.187
t-値 0.606 -3.68** 4.73** 3.28** 0.992 0.988
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9987
係数 0.927 -0.503
t-値 0.700 -0.614
第 9 表
和歌山
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 111.7 -1.72 12.6 56.0 8.56 -0.303
t-値 2.06* -1.68 2.07** 9.36** 3.15** -1.33
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9995
係数 -1.90 -1.38
t-値 -1.75 -2.06
第 10 表
山口
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 199.6 -3.65 27.8 34.4 10.5 0.366
t-値 2.58* -4.17** 4.20** 3.44** 3.09** 0.770
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9975
係数 0.196 -2.49
t-値 0.102 -2.58*
第 11 表
4 む す び
本稿では,各道府県ごとに市町村別のデータを用い,国民健康保険の医療 費の支出状況について回帰分析を行った.
各道府県の推定結果から,全ての道府県において高齢化を表す老年人口が医 療費の増加に大きくかかわっていることが示された.その他,京都,大阪,兵 庫など医療施設へのアクセスが比較的容易であると考えられる地域においては,
医療施設の存在が医療サービスに影響を与えていること,また,それ以外に医 療行政や県民性,気候なども大きく影響を与えていると考えられること,高齢 者のみの世帯は,3世代同居家族のような世帯人数の多い家族における高齢者 に比べて,医療費増加傾向があること,大阪,兵庫,山口,沖縄などで,平均 寿命の伸びと医療費増加との関係が逆相関になることなどの結果となった.
高知
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 70.2 1.42 15.5 52.0 -6.67 0.067
t-値 1.91 1.19 1.87 8.70** -2.85** 0.422
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9993
係数 -0.325 -0.238
t-値 -0.024 -1.94
第 12 表
沖縄
変数 定数項 YT NWP AP HDF UER
係数 143.4 -1.51 18.2 55.1 7.19 0.028
t-値 3.12** -1.81 5.29** 4.90** 3.46** 0.308
変数 NAH ALE
*5%水準で有意 **1%水準で有意
自由度修正済み決定係数=0.9990
係数 -4.48 -1.76
t-値 -1.78 -3.13**
第 13 表
現在,政府,厚生労働省は,医療費抑制対策の実行に迫られている22).こ れまで医療費抑制政策として,患者の自己負担を引き上げることのみ実行す る国民不在の政策を続けていたが,今後もこの傾向は変わりそうになく,さ らに強まるだろう.今回の推定結果では,やはり,医療施設の存在と医療費 の関係が示されたが,時間や距離などの移動費用の問題以外に,他の要因が あるのかも明確化していく必要があるだろう.いずれにしろ医療費抑制には 患者負担だけでなく,病院側へ,より安価でなおかつ良質の医療を行わせる ことが大事である.患者すなわち国民(=市町村住民)に代わって,病院に 対して医療費を支払う立場である健康保険組合,国民健康保険のような保険 者または行政が,医師に対して,より安価でなおかつ良質の医療を行わせる チェック機能のシステムを導入する必要があるだろう23).
また,いくつかの府県で,平均寿命の伸びと医療費増加との関係が逆相関 になるという結果となったが,これらをさらに分析し,医療費抑制に生かし たい.高齢者のみの世帯と医療費との関係は,医療制度を介護制度と連携さ せ費用を抑えられるかという問題にも関連してくる.高齢化の進行から,介 護保険制度をいかにうまく高齢社会に適応させることができるのかにかかっ ており,早急な対応が望まれる.
22 )政府・与党は,公的医療保険から医療機関や調剤薬局に支払われる診療報酬を来年度,過去最 大のマイナス3.16%引き下げることを決めた.下げ幅は医師の技術料などに当たる本体部分が
1.36%,薬価が医療材料を含め1.8%.本体部分の引き下げは2002年度のマイナス1.3%以来.同
年度の全体の下げ幅は2.7%で,今回の下げ幅はこれを大きく上回り,来年度の医療費の国庫負担 は約2400億円圧縮される(2005.12.18 新聞各社).
23 ) 欧米では,イギリスの国民保健サービス(National Health Service:NHS),ドイツの疾病金庫,
アメリカのHMO(Health Maintenance Organization)など,国や保険者により,医療の質の評価 が行われ,質の向上とコスト削減効果が現れている(広井(1997)第2章参照).
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The Doshisha University Economic Review Vol.58 No.1 Abstract
Tsunehiro FUNAHASHI, The Regional Differences of Health Expenditure:An Analysis of Health Expenditure in National Health Insurance
It is one of the characteristics of medical expenditure to have large regional differences. This paper points out the main factor that affects nationwide medical expenditure including the Kinki region. I examine the regression analysis of natural health insurance in some prefectures of my own choice. In conclusion it is clarified that Aging in population , Aged households , Access to health facilities and Average life expectancy are linked closely with an increase in medical expenditure seen in many urban and rural prefectures.