信教の自由への規制と審査基準――アメリカにおけ
る判例法理と連邦議会法律の交錯――
著者
宮原 均
著者別名
Hitoshi MlYAHARA
雑誌名
東洋法学
巻
61
号
2
ページ
412(1)-335(78)
発行年
2017-12
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00009275/
はじめに
日 本 国 憲 法 二 〇 条 一 項 は「信 教 の 自 由 は … こ れ を 保 障 す る。 」 と 規 定 し て い る。 こ の 保 障 は、 個 人 の 内 面 に お い て、特定の神を信じる、信じない、の自由のみならず、信仰に基づく実践行為の自由にも及んでいると考えられて い る (当 初 よ り、 こ の 考 え 方 自 体 に は 争 い は な い と 思 わ れ る。 法 学 協 会『註 解 日 本 国 憲 法 上 巻』 (一 九 五 三 年、 有 斐 閣) 四 一 一 頁、 宮 澤 俊 義・ 芦 部 信 喜 補 訂『全 訂 日 本 国 憲 法』 (一 九 七 八 年、 日 本 評 論 社) 二 三 八 頁、 佐 藤 功『ポ ケ ッ ト 註 釈 全 書 憲 法(上) [新 版] 』(一 九 八 三 年、 有 斐 閣) 三 〇 二 ― 〇 三 頁) 。 し か し な が ら、 こ う し た 実 践 行 為 は、 他 者 や 外 部 に 影 響 するため、無制限に許容することはできない。その範囲と限界は、いかなる理由からどこまでか、問題になる。 こ れ に つ い て 最 高 裁 判 所 は、 加 持 祈 祷 事 件 (最 大 判 昭 和 三 八 年 五 月 一 五 日 刑 集 一 七 巻 四 号 三 〇 二 頁) に お い て、 「宗 教行為としてなされたものであったとしても、それが…他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に 当 る」 場 合 に は、 「憲 法 二 〇 条 一 項 の 信 教 の 自 由 の 保 障 の 限 界 を 逸 脱 し た も の」 と し、 こ れ を 処 罰 し て も 憲 法 に 違 《 論 説 》信教の自由への規制と審査基準
――
アメリカにおける判例法理と連邦議会法律の交錯
――
宮
原
均
反しないとした。人権総則規定である憲法一二条が「国民に保障する自由及び権利」について「…国民は、これを 濫用してはならない」とし、同法一三条が「国民の権利については、公共の福祉に反しない限り…最大の尊重を必 要とする。 」としていることに基づく判断と思われる。 し か し な が ら、 信 仰 の 実 践 行 為 が、 積 極 的 に 他 者 に 影 響 す る 場 合 と は 異 な っ て、 信 仰 に 忠 実 で あ る こ と に よ っ て、一般人に課せられた世俗的義務を履行できず、本人が不利益を受けることがある。この場合、信仰に反して一 般的義務を履行するか、それとも信仰に忠実に、世俗の義務違反に基づく不利益を受け入れるか、ディレンマを生 ずることになる。 こ の 例 と し て、 剣 道 実 技 拒 否 事 件 (最 二 判 平 成 八 年 三 月 八 日 民 集 五 〇 巻 三 号 四 六 九 頁) が あ る。 高 等 工 業 専 門 学 校 において、必修科目の体育の種目である剣道の実技を、信仰を理由に拒否したところ退学処分を受けたという事件 である。高専が、信仰に配慮した「代替措置」を講ずることなく、信仰に反する剣道実技の実践に固執したことが 問題となったが、最高裁判所は、この退学処分は「考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対す る評価が明白に合理性を欠き、その結果、社会観念上著しく妥当を欠く」として退学処分を取り消した。 この事件では、退学処分という不利益の重さ、真摯な信仰を理由とする剣道実技の拒否、高専における剣道実技 の位置づけ、代替措置の可能性等を総合考慮して判断がなされたものであるが、信仰を理由とする一般的義務の免 除に関する問題はアメリカにおいても多く生じている (後掲・注( 14)参照) 。 合 衆 国 憲 法 修 正 一 条 は 信 教 の 自 由 を 保 障 し、 こ れ に は 実 践 の 自 由 も 含 ま れ る と す る こ と は 日 本 と 同 様 で あ る が (合 衆 国 最 高 裁 判 所 の オ コ ナ ー 裁 判 官 は、 特 に こ の 点 を 強 調 し て い る。 See Employment Division, Department of Human Resources of Oregon v. Smith, 494 U.S. 872 ( 1990 )) 、信仰と一般的義務のディレンマが問題となる場合に、 「目的」と
「手 段」 の 観 点 か ら 司 法 審 査 が な さ れ る 点 に 特 徴 が あ る。 す な わ ち、 信 教 の 自 由 を 制 約 す る「目 的」 が「や む に や ま れ ぬ (政 府) 利 益」 を 守 た め で あ る の か ど う か、 そ の「目 的」 を 達 成 す る た め の「手 段」 が 信 教 の 自 由 に と っ て もっとも制約が少ないものかどうか、いわゆる厳格審査が用いられるべきかどうか、が中心に議論されている。 そして注目すべきは、この審査基準について、合衆国最高裁判所と連邦議会とでは、異なる考え方が示されてい るということである。合衆国最高裁判所 (以下、 「最高裁」という。 ) は、一般的義務を課すことにより信教の自由へ の 制 約 が 及 ぶ 場 合、 立 法・ 行 政 府 へ の 敬 譲 を 示 し、 緩 や か な 審 査 を 行 う 判 例 法 を 形 成 し て き た。 具 体 的 に は、 「目 的」と「手段」の間に合理的な関連性があるかどうかを中心に審査が行われてきた。他方、連邦議会は、信教の自 由を重視し、これが規制されている場合には裁判所に「厳格審査」を行うことを求める法律を定めている。 そのため、裁判所としては、連邦議会の考え方を受け入れて、信教の自由を重視する審査を行うべきか、それと もこれまでに培ってきた判例法に則って審査すべきなのか問題になる。このことは、単にいかなる審査方法がとら れるべきか、という形式的な問題だけでなく、信仰を理由とする一般的義務の免除をいかに考えるかという実体の 問題に関わり、更には、憲法問題に関して議会法と判例法が齟齬を来した場合、裁判所はいずれに従って判断を下 すべきかという問題も提起している。 本稿では、これらについて連邦議会と最高裁の判断とがどのように影響し合いながら発展し、また、どこに課題 が残されているかを整理し、検討を行っていきたいと思う。まず、問題点を明らかにするために、在監者のヒゲを 禁 止 す る 規 則 が 問 題 に な っ た、 比 較 的 最 近 の 最 高 裁 の 判 例 (ホ ル ト 事 件(二 〇 一 五 年) Holt v. Hobbs, 135 S. Ct. 853 ( 2015 )) を 紹 介 す る。 こ の 事 件 で は、 厳 格 審 査 を 求 め る 連 邦 法 律 (宗 教 上 の 土 地 利 用 及 び 施 設 内 収 容 者 法・ The Religious Land Use and Institutionalized Persons Act 、以下「RLUIPA」という。 ) が適用され、ヒゲの規制は違法
と さ れ た。 と こ ろ が、 R L U I P A は 同 じ よ う に 厳 格 審 査 を 定 め た 連 邦 法 律 (信 教 の 自 由 復 活 法・ The Religious Freedom Restoration Act 、 以 下「R F R A」 と い う。 ) が、 最 高 裁 に よ っ て 違 憲 と さ れ た こ と を 受 け、 同 様 の 法 律 が 改めて定められたものであった。そこで、連邦議会の考え方を知るために、RFRAが制定されたきっかけとなっ た ス ミ ス 事 件 ( 一九九〇年 )( Employment Division, Department of Human Resources of Oregon v. Smith, 494 U.S. 872 ( 1990 )) を 紹 介 し、 次 に、 R F R A が 合 衆 国 憲 法 修 正 一 四 条 五 項 の「執 行」 条 項 に 違 反 し、 州 に 適 用 さ れ る 限 り に おいて違憲とされた事件 (バーニィ事件(一九九七年) (
City of Boerne v. Flores,
531 U.S. 507 ( 1997 )) を紹介する。 更 に、 連 邦 議 会 は バ ー ニ ィ 事 件 (一 九 九 七 年) を 研 究 し、 厳 格 審 査 を 残 し つ つ、 新 た に R L U I P A を 制 定 し た。 こ の 法 律 に つ い て、 今 の と こ ろ 違 憲 判 決 は 出 て い な い よ う で あ り、 こ れ に 基 づ き 下 級 審 の 判 断 が 積 み 重 ね ら れ、 冒 頭 で 紹 介 す る ホ ル ト 事 件 (二 〇 一 五 年) も こ の 延 長 線 上 に 位 置 づ け ら れ る。 し か し な が ら、 R L U I P A は、監獄内における信仰の実践行為の規制に厳格な審査を求めているが、この場合の最高裁の判例法理は、監獄所 長の判断に敬譲を示し、緩やかな審査基準により判断を示してきた。そこで、この領域における最高裁の判例法理 を明らかにし、その上で厳格審査を求める連邦法律との交錯の問題を考えることにしよう。 第 一章 在監者のヒゲ規制と「宗教上の土地利用及び施設収容者法」 ホルト事件(二〇一五年) ( Holt v. Hobbs, 135 S. Ct. 853 ( 2015 )) 事実の概要 原 告 は、 ア ー カ ン サ ス 州 の 囚 人 で あ る が、 宗 教 上 の 理 由 か ら 長 さ 1/ 2イ ン チ の 顎 ヒ ゲ beard を は や す こ と を 希 望 し て い た。 し か し、 こ の こ と は、 ヒ ゲ を 剃 る こ と を 定 め る 刑 務 所 の「身 だ し な み 規 則」 (「規 則」 ) に 違 反 し て
い た。 「規 則」 に よ れ ば、 口 の 周 り 又 は 唇 の 上 を 超 え て い な い、 き ち ん と 手 入 れ を し て い な い 限 り は 口 ヒ ゲ を は や す こ と は 禁 止 さ れ て い た。 も っ と も、 「規 則」 に は、 例 外 が 認 め ら れ、 皮 膚 に 医 療 上 の 問 題 が あ る と 診 断 し た な ら ば、医療スタッフは、長さ 1/ 4インチ以下のヒゲをはやすことを認めることができるとされていた。しかしなが ら、宗教を理由とする例外は認められておらず、 「規則」を遵守しなければ懲戒の対象となるとされていた。 原告は、その信仰により、顎ヒゲに一切手を入れることは許されていないが、せめて 1/ 2インチだけでも伸ば すことを認めるよう求めたが拒否され、逆に、規則違反には懲戒がなされうると所長から言い渡された。そこで、 原 告 は、 「規 則」 が 連 邦 法 律 で あ る「宗 教 上 の 土 地 利 用 及 び 施 設 内 収 容 者 法」 ( The Religious Land Use and Institutionalized Persons Act of 2000 、 以 下「R L U I A P」 と い う。 ) に 違 反 し て い る と し て 訴 え を 提 起 し た。 R L U I P A は、 「政 府 は、 一 定 の 施 設 に 居 住 し、 又 は、 収 容 さ れ て い る 者 に よ る 宗 教 上 の 行 為 に 対 し て、 相 当 程 度 の 負 担を及ぼすことはできない、たとえ、その負担が一般的に適用されうる規則から生じている場合にも同様である。 ただし、これらの者への負担が、次の場合に該当していることを政府が証明した場合には別である。①やむにやま れ ぬ 政 府 利 益 を 促 進 す る こ と。 ② ① の た め に、 も っ と も 制 限 の 少 な い 手 段 が 用 い ら れ て い る こ と。 」 と 規 定 さ れ て い ( 1 ) る 。 原 審・ 第 八 巡 回 区 控 訴 裁 は、 「規 則」 が、 や む に や ま れ ぬ 保 安 上 の 利 益 を 促 進 し て い る こ と に つ い て は 証 明 が な されているとし、更に、刑務所の安全性に関する反応が誇大であるとの相当程度の証拠が存在しない限り、裁判所 は、保安上の問題について刑務所職員の専門的判断に敬譲を払うのが通常であるとした。 最高裁は、控訴裁の判断を破棄し差し戻した。
判 旨 「やむにやまれぬ」利益と「最も制限の少ない」手段 被告 (アーカンサス州矯正局長) は、原告のヒゲへの規制は、①刑務所内への不法な物品の持込み防止、及び、② 在監者の本人の特定という、やむにやまれぬ利益を促進するため、信教の自由への最も制約の少ない手段であると 主張したが、支持することはできない。まず、①について、施設内に不法に物品が持ち込まれることを防止するこ とが、やむにやまれぬ利益であることは容易に賛成できる。 しかしながら、在監者に 1/ 2インチの顎ヒゲを認めることによって、これを防止できなくなるとの議論をまと もに受け取ることはできない。なぜならば「不法に持ち込もうとする物品は、 1/ 2インチの顎ヒゲに隠れるほど に小さなものでなければならない。この短い顎ヒゲに物品を隠そうとするならば、在監者は、その物品がこぼれお ちてしまわないような手段を見つけなければならない。矯正局は、在監者の頭髪を剃り、又は、短いクルーカット にするように求めていない。それにもかかわらず、なぜ、在監者は長い頭髪ではなく、 1/ 2インチの顎ヒゲに不 法な物品を隠そうとすると判断するのか、理解することは困難で あ ( 2 ) る 」。 ②について、矯正局は、更に、やむにやまれぬ利益として、在監者が容貌を変化させることを防止することを挙 げる。ヒゲを禁止することによって、その在監者が誰であるかを職員が、瞬時に、正確に判断することを可能にす る。ヒゲをはやした在監者が、これを剃ることによって、その顔かたちを変え、制限区域に立ち入り、脱獄し、又 は、脱獄後の逮捕を免れようとする、と主張する。確かに、在監者の瞬時・正確な特定は、やむにやまれぬ利益で あり、ヒゲを剃ることによって容貌を変化させれば、職員による本人の特定に、少なくとも何らかの影響を与える ことは確かである。ヒゲを生やした写真は、ヒゲが剃られてしまうことによって、本人特定を行おうとする職員を
混乱させる。 し か し な が ら、 「こ の 問 題 は、 入 所 時 に お い て、 す べ て の 在 監 者 を ヒ ゲ の な い 顔 で 写 真 撮 影 し、 ま た、 必 要 が あ ればその後も定期的にこれを実施するようにすれば、ほとんど解決する。いったん、このヒゲのない顔での撮影を 行 え ば、 短 い 口 ひ げ を 生 や す こ と は 認 め ら れ、 1/ 2イ ン チ 以 内 に 伸 び た 状 態 で 再 度 写 真 を 撮 る こ と が 可 能 で あ る。 こ う す る こ と に よ っ て 職 員 は、 本 人 特 定 に 際 し て、 ヒ ゲ の あ る 顔 と な い 顔 の 二 枚 の 写 真 を も つ こ と に な ( 3 ) る 」。 実際のところ、他の多くの州では、入所時、及び、入所中に容貌が変化した場合には、常に写真を撮っている。 「規則」の過小包摂性 医療上の理由があれば 1/ 4インチのヒゲは認められるが、宗教を理由とする 1/ 2インチのヒゲは認められな い。しかしながら両者はともに、所内の安全という点では同様の危険がある。また、ヒゲよりも頭髪の方が不法な 物品の隠匿には適していると思われる。さらに言えば、服や、靴、の方がこれらを隠しやすいにもかかわらず、ス キンヘッド、裸足、全裸などにする措置はとられてい な ( 4 ) い 。 他の多くの州では、ヒゲを生やすことを認めているが、所内の安全は保たれている。このことは、原告が求めて いる例外を否定するよりも、もっと制限的ではない方法によって所内の安全を確保することが可能であることを示 唆して い ( 5 ) る 。 判旨の確認 以上、ホルト事件 (二〇一五年) を紹介したが、その整理と問題点の指摘を行っておこう。 この事件は、在監者が「規則」によって禁止されている顎ヒゲを所内において伸ばすことが認められるか、問題
と な っ た。 そ の 主 張 の 根 拠 は、 容 貌・ 容 姿 等 に 関 す る 自 由 で は な く、 信 教 の 自 由 を 根 拠 と し て い る 点 に 特 徴 が あ る。かつて、最高裁において、表現の自由及びデュープロセスを根拠とする警察官の髪型の自由が問題となった事 件があるが、頭髪の自由については、言論と比べて、より一般的な実体的権利の保障にとどまると指摘され、請求 は退けられて い ( 6 ) た 。 しかし、信仰に基づくヒゲの場合には、信仰の実践行為として修正一条によって具体的に保障されており、裁判 所による救済を求めるのに十分具体的である。しかも、本件では、修正一条の内容を更に具体化しているRLUI A P を 根 拠 と し て、 「規 則」 の 効 力 に つ い て 議 論 し て い る。 も っ と も、 R L U I A P 自 体 が、 修 正 一 条 に 違 反 す る こ と な く、 そ の 内 容 を 具 体 化 し て い る か に つ い て は、 後 に 述 べ る よ う に 大 き な 問 題 が あ る が、 少 な く と も 本 件 で は、この連邦法律が有効であることを前提に、 「規則」についての検討がなされている。 と こ ろ で、 R L U I A P は、 刑 務 所 に 収 容 さ れ て い る 囚 人 の 宗 教 行 為 を 規 制 す る た め に、 次 の 要 件 を 掲 げ て い る。 ① 囚 人 に よ る 宗 教 の 実 践 行 為 に、 ② 相 当 程 度 の 負 担 を 及 ぼ す た め に は、 ③ そ れ が 一 般 的 に 適 用 さ れ る も の で あったとしても、④やむにやまれぬ政府利益を助長するため、⑤最も制限の小さい手段がとられていなければなら ない、というものである。これらを所与の前提として、事実関係に照らして「規則」が検討されている。 すなわち、顎ヒゲをはやすことは①に当り、これを規制することは②にあたり、不法な物品の所内持込み・容貌 の変化による逃亡等の防止は④にあ た ( 7 ) り 、④を達成するための手段として、顎ヒゲの禁止は、信仰への最小限の規 制とはいえず、⑤をみたさないとされた。すなわち、 1/ 2インチのヒゲに不法な物品を隠して所内に持ち込むこ とは、ほとんどあり得ないこと、また、ヒゲの有・無の二枚の写真を撮影することにより、脱獄防止等の目的は達 成できるとした。
判旨の問題点 最小限度の規制手段に関する判旨について、若干の問題点を指摘すると、まず、不法な物品を、 1/ 2インチの ヒゲに隠して持ち込むことはほとんど考えられないにもかかわらず、このヒゲを規制することは、最小限の負担と いう厳格審査を用いるまでもなく、目的・手段の合理的関連性という緩やかな基準によっても無効とされるように 思われる。 次 に、 ヒ ゲ の 有・ 無 の 二 枚 の 写 真 に つ い て は、 議 論 が あ る か も し れ な い。 職 員 は、 普 段 か ら、 ヒ ゲ の あ る 顔 を ず っ と 見 続 け て き た な ら ば、 い き な り ヒ ゲ を 剃 っ た 顔 と 当 初 の ヒ ゲ の な い 顔 の 写 真 と を 照 合 し て も、 は た し て 瞬 時・正確に本人と特定できるのか、不安があるかもしれ な ( 8 ) い 。所内における本人特定の必要性・重要性の高さから すれば、少しでも確実な方法として、ヒゲを認めないとの主張には、それなりの理由はあると思われる。しかし、 この主張は、信教の自由擁護の観点から定められたRLUIAPの趣旨からは外れることになろう。 また、最高裁は、最小限度の負担という観点から、過小包摂という考えを示している。一定の目的を達成するた めには、当然規制すべき事柄が抜け落ち、一定の宗教行為のみが規制対象となっている。そこで、不利益を及ぼす にあたり、宗教への平等な取扱いがなされていなければ、それは最小限度の負担とはいえないとしている。本件で は、宗教上のヒゲに対して医療上のヒゲ、ヒゲに対して頭髪・衣服・靴等、が対比され、それぞれについて、同じ 目 的 を 達 成 す る た め、 前 者 が 規 制 さ れ る な ら ば、 当 然、 後 者 も 規 制 さ れ な け れ ば な ら な い と し、 「規 則」 は R L U IAPに違反しているとして い ( 9 ) る 。 こ の 過 小 包 摂 の 分 析 が、 厳 格 審 査 を 最 も 象 徴 的・ 典 型 的 に 表 し て い る か も し れ な い。 目 的 を 達 成 す る た め「規 則」が定めるものと同等、又は、より負担の少ない規制を指摘し、これらを規制対象としていないことを理由とし
て、 「規 則」 を 無 効 に す る と い う 考 え 方 で あ る。 確 か に、 自 由 の 価 値 を 考 え、 そ の 制 約 に は 念 に は 念 を 入 れ る と い う姿勢は重要である。しかしながら、この審査方法は、自由への制約がありさえすれば、その法令を無効とする無 限の可能性に道を開き、結果として、所内における自由への規制を必要とするとの所長の専門的な判断を軽視する 危険もはらんでいるようにも思わ れ ( 10 ) る 。 以 上、 本 件 で は R L U I A P が 有 効 で あ る こ と を 前 提 と し て、 こ れ と 規 則 (処 分) の 関 係 が 問 わ れ て い る。 し か しながら、RLUIAPの合憲・有効性については問題点が残されているように思われる。RLUIAPは、連邦 議会が、信教の自由制約には裁判所による厳格審査が必要であるとし、手続保障の観点から、信教の自由の保護を 厚くする方向で定められたものである。しかしながら、この厳格審査を用いて信教の自由を保護する方向は、最高 裁の判例法理に合致しているのか議論がある。 実 は、 R L U I A P は、 信 教 の 自 由 を 制 約 す る 法 令 等 を 審 査 す る 場 合、 裁 判 所 に 厳 格 審 査 を 求 め る 連 邦 法 律 「信 教 の 自 由 回 復 法」 ( The Religious Freedom Restoration Act of 1993 、 以 下、 「R F R A」 と い う。 ) が、 ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) ( Employment Division, Department of Human Resources of Oregon v. Smith, 494 U.S. 872 ( 1990 )) に お いて 無効とされた後に、連邦議会が、在監者の宗教活動等に限定して定めたものである。そこで、RLUIAPも 同 様 に 無 効 と さ れ る べ き で は な い か、 そ れ に も か か わ ら ず そ の 有 効 で あ る こ と を 前 提 に 判 断 を 下 し た ホ ル ト 事 件 (二〇一五年) には問題があるのではないか、という疑問が生 じ ( 11 ) る 。 そこで、この問題を考えるために、どのような背景でRFRAが制定されたのか、また、RFRAはいかなる理 由 か ら 無 効 と さ れ た の か、 こ の 点 の 理 解 が 必 要 に な っ て く る。 そ し て、 こ れ ら を 考 え る に あ た っ て 重 要 に な る の
は、RFRA制定のきっかけとなったスミス事件 (一九九〇年) を確認する必要が あ ( 12 ) る 。 こ の 事 件 は、 在 監 者 の 権 利 と は 関 わ り が な い が、 原 告 は、 宗 教 儀 式 と し て ペ ヨ ー テ (そ の 摂 取 が 州 に よ り 違 法 と さ れ て い る 幻 覚 剤) を 用 い た こ と に よ り 解 雇 さ れ、 失 業 補 償 を 求 め た が、 「仕 事 に 関 連 す る 違 法 行 為」 を 理 由 と す る 解 雇であったため、失業補償の消極的要件に該当して受給できなかったため、原告の信教の自由への侵害を理由とし て訴えが提起された。 最高裁は、その内容自体は正当である、一般的に適用される法律が、間接・付随的に宗教活動に制限を加えてい て も、 修 正 一 条 に は 違 反 し な い と 判 断 し ( 13 ) た 。 し か し、 こ の 判 断 に は、 最 高 裁 内 部 に お い て 対 立 が あ り、 反 対 意 見 は、この問題に関する先例は、厳格審査を行うことにより判断してきており、多数意見はこの判例法理に違反して いるとして い ( 14 ) る 。この反対意見に押される形で、連邦議会がRFRAを制定することになるのであるが、まず、ス ミス事件 (一九九〇年) について紹介しよう。 第二章 一般的に適用される法律がもたらす宗教への付随的効果 スミス事件(一九九〇年) ( Employment Division, Department of Human Resources of Oregon v. Smith, 494 U.S. 872 ( 1990 )) 事実の概要 原 告 は、 ネ イ テ ィ ブ・ ア メ リ カ ン 教 会 の メ ン バ ー で あ る が、 そ の 宗 教 儀 式 と し て ペ ヨ ー テ (ウ バ タ マ サ ボ テ ン か ら 得 ら れ る 幻 覚 剤) を 摂 取 し た と し て、 勤 務 先 の 薬 物 リ ハ ビ リ 団 体 か ら 解 雇 さ れ た。 そ こ で、 原 告 は、 被 告 (労 働 局) に 失 業 補 償 を 申 請 し た が 拒 否 さ れ た。 そ の 理 由 は「仕 事 に 関 連 す る 違 法 行 為」 ( work-related misconduct ) に よ
り解雇された場合には、受給資格は認められていないというものであ っ ( 15 ) た 。 そ こ で、 原 告 は こ の 判 断 を 争 っ た が、 原 審・ オ レ ゴ ン 州 最 高 裁 (州 最 高 裁) は、 原 告 の ペ ヨ ー テ 摂 取 が 犯 罪 に あ た る と の 問 題 と 補 償 金 の 受 給 資 格 の 問 題 と は、 両 者 を 区 別 し て 考 え ら れ る べ き と す る。 す な わ ち、 「仕 事 に 関 連 す る違法行為」を理由とする補償金の給付拒否は、州の刑事法を執行することを目的としているわけではなく、失業 補償制度の財政面での維持を目的としているとした上で、原告には受給資格が認められるとした。最高裁は、州最 高裁の判断を破棄した。 判 旨 宗教的確信と中立・一般的適用の法律 州に権限が委ねられている、有効な法律によって一定の行為が規制されている場合、信仰を理由とするならば、 その規制の遵守を免除される、との判断を当裁判所が示したことはない。政治社会において考慮されている問題と 矛盾する宗教的な確信を抱いていても、政治的な責任を免除されることはない。正当で中立的な法律が、自らの宗 教によって命ぜられ/禁止されている行為を、禁止し/命じている場合、信教の自由によって、政治的な責任を果 たす義務は免除され な ( 16 ) い 。 中立的で、一般的に適用される法律を、宗教上の動機からなされた行為に適用してはならないとする、修正一条 に基づく例外が認められたのは、信教の自由が、言論や出版等の他の憲法上の自由と結びついて主張されていた場 合である。本件ではこうした結びつきはみられ な ( 17 ) い 。
宗教行為への刑事法の適用とシャーバート事件(一九六三年)のバランシング・テスト(厳格審査) 信 仰 に 基 づ く 行 為 は、 一 般 的 に 適 用 さ れ る 刑 事 法 か ら 自 動 的 に 免 除 さ れ な い と し て も、 こ の 点 に つ い て は、 シ ャ ー バ ー ト 事 件 (一 九 六 三 年) ( Sherbert v. Verner, 374 U.S. 398 ( 1963 )) の バ ラ ン シ ン グ・ テ ス ト を 用 い て 判 断 さ れるべきとの主張がなされている。このテストは、宗教行為に「相当程度の負担」を及ぼす政府行為が正当化され る た め に は、 「や む に や ま れ ぬ」 政 府 利 益 が 存 在 し な け れ ば な ら な い と す る も の で あ る。 そ し て、 こ れ ま で、 失 業 補償に関する三つの事件の中で、このテストが用いられ、違憲判断が下されたことが指摘されている。 しかしながら「失業補償拒否の問題以外で、シャーバート・テストに基づいて政府行為が無効とされたことは決 してない。時として、この領域以外でシャーバート・テストが用いられたが、常に、このテストは満たされている と 判 断 さ れ て き ( 18 ) た 」。 更 に は、 最 近 で は、 失 業 補 償 の 領 域 以 外 で あ る が、 シ ャ ー バ ー ト・ テ ス ト の 適 用 を 控 え て き た。すなわち、やむにやまれぬ利益が生じているかどうかを判断することなく、法律の原告への適用を有効と判断 して い ( 19 ) る 。 シャーバート・テストを失業補償の領域を超えて適用しようとしても、一般的に適用される刑事法からの適用除 外を求めるために、このテストを用いることは な ( 20 ) い 。 も し も、 「や む に や ま れ ぬ」 利 益 が、 そ の 文 言 ど お り の 意 味 を も つ と す れ ば、 多 く の 法 律 は、 こ の テ ス ト を パ ス することはできないであろう。このことを認める社会は、無秩序状態を自ら招き、多様な信仰を認めようとする社 会 を、 逆 に、 危 険 に さ ら す こ と に な ろ う。 「最 も 高 次 の 秩 序 違 反 を 対 象 と す る あ ら ゆ る 規 制 は、 宗 教 上 の 理 由 か ら これに反対する者に適用すれば無効となるとの推定がはたらくといった、贅沢な考え方を認めることはでき な ( 21 ) い 」。
以上、多数意見は、信教の自由によっても、中立・一般的適用の刑事法の責任を免れることはできないとし、審 査 基 準 と し て 厳 格 な バ ラ ン シ ン グ・ テ ス ト (相 当 程 度 の 負 担・ や む に や ま れ ぬ 利 益 侵 害、 こ の テ ス ト が 用 い ら れ る 前 提 と し て、 法 律 の 有 効 性 の 推 定 は は た ら い て い な い) は 失 業 補 償 が 問 題 と な っ た 事 件 に 限 定 さ れ、 そ の 他 の 事 件 に こ れ を用いることの危険性を指摘している。 一方、これに反対するのが四名の裁判官である。この四名の見解も分かれているが、まず、中立・一般的に適用 さ れ る 刑 事 法 に よ っ て、 間 接 的 で あ っ て も 信 教 の 自 由 を 制 限 す る こ と は 許 さ れ な い と す る 点 で 四 名 は 一 致 し て い る。見解が異なるのは、厳格審査を行ったうえで、RFRAの合憲・有効性を支持するのがオコナー裁判官一名、 厳 格 審 査 に よ り、 こ れ を 違 憲・ 無 効 と す る の が ブ ラ ッ ク マ ン・ ブ レ ナ ン・ マ ー シ ャ ル の 三 名 の 裁 判 官 で あ る。 ま ず、四名が一致する部分について紹介しよう。 オコナー裁判官による、ジャッジメントに同意する意見・その 1(ブレナン・マーシャル・ブラックマン各裁判 官加わる) 修 正 一 条 は、 信 仰 ( religious belief ) と 宗 教 行 為 ( religious conduct ) と を 区 別 し て い な い の で、 真 に 信 仰 に よ っ て 動 機 づ け ら れ た 行 為 は、 信 仰 と 同 様 に 信 教 の 自 由 に よ っ て 保 障 さ れ な け れ ば な ら な い こ と が、 少 な く と も 推 定 さ れ ( 22 ) る 。「修 正 一 条 は、 一 般 的 に 適 用 さ れ る 法 と 特 定 の 宗 教 行 為 を タ ー ゲ ッ ト に す る 法 と を 区 別 し て い な い … 修 正 一 条が活力を有するためには、州が、宗教行為を直接にターゲットとする、極端で仮定的な状況のみをカバーすると 解釈されてはなら な ( 23 ) い 」。 「信 教 の 自 由 は、 独 立 し た 自 由 で あ り、 優 越 し た 地 位 を 占 め、 明 確 で、 や む に や ま れ ぬ 最 高 次 の 政 府 利 益 に よ っ
て必要とされない限りは、最高裁は、直接又は間接であるかにかかわらず、この自由への制限を認めようとはしな い。狭く定められた手段によって追求される、格別に重要な政府利益のみが、他の市民が享受する権利、利益、特 権と同等な共有のための代償として、修正一条の自由をささげることを正当化することができるので あ ( 24 ) る 」。 多数意見が、シャーバート・テストが用いられていないと指摘する判例は、軍隊や監獄の規則の問題であり、伝 統的にやむにやまれぬ利益に基づく判断がなされてこなかった、特殊で限定的な分野の事件で あ ( 25 ) る 。 このように、オコナー裁判官は、内面的な信仰と外部的な行為が共に修正一条の保護の対象であり、その規制に は「やむにやまれぬ政府利益」の擁護を必要とする厳格審査に耐えるものでなければならず、この審査を不要とし ていたのは、信教の自由が監獄など特殊な場面で問題になったケースに限定されているとした。しかし、オコナー 裁判官は、厳格審査を用いながらも、以下のように、本件においては宗教活動を制限している法律は有効であると した。 オコナー裁判官による、ジャッジメントに同意する意見・その 2 厳格審査による合憲判断(多数意見と結論同 じ・オコナー裁判官の単独意見部分) 薬物の濫用は、我々の健康、福祉に影響を及ぼす最も重大な問題の一つである。連邦法律においても、ペヨーテ は特に規制薬物に指定されているが、このことはその濫用の危険性が極めて高いことを意味している。このペヨー テ の 市 民 へ の 禁 止 を、 オ レ ゴ ン 州 が や む に や ま れ ぬ 利 益 と し た こ と は、 や は り 同 様 の 利 益 を 認 め ら れ た 先 例 (所 得 税の徴収、社会保険システム、徴兵) からみても争いがない。 本件で問題になるのは、一般的な刑事法を原告に適用除外することが、この政府利益を満たすために不当に介入
することになるかどうかである。私の結論は、オレゴン州の刑事法による禁止を一律に適用することが、規制薬物 の使用によってもたらされる害悪を防止する、政府の優越する利益を達成するために不可欠である、ということで ある。 規制薬物の使用は、健康への影響は、その動機がいかなるものであっても、たとえ宗教目的からであっても、健 康への影響をもたらす。本件の宗教儀式に適用除外の例外を認めてしまえば、市民にペヨーテを禁止する「やむに やまれぬ利益」を深刻な程度に侵害することになる。 このように、原告の宗教儀式を含めて、刑事法による一般的規制こそが重要であると説くオコナー裁判官に対し て、真に、個別に、危険が生じているかを審査することまでが厳格審査の内容であるとするのが、三名の裁判官の 反対意見である。 ブラックマン裁判官の反対意見(ブレナン、マーシャル裁判官加わる) 問題とされる政府利益は、対薬物戦争という広範なものでなく、宗教儀式としてのペヨーテの使用に例外を認め ないことの利益に限定されるべきである。一般的なものに広げれば衡量のプロセスは政府有利の方向に 偏 ( 26 ) る 。 ペヨーテ使用を禁止することが、信教の自由を凌駕するほどにやむにやまれぬ政府利益であるというためには、 単に抽象的、象徴的な内容であってはならない。オレゴン州は原告を起訴しようとはしておらず、その他宗教目的 のペヨーテの使用に対して確たる法執行を行っていない。州の主張する利益とは、執行されない禁止規定の象徴的 な維持でしかない。これでは、個人の憲法上の権利を制約するには十分では な ( 27 ) い 。 薬物の宗教上の使用に例外を認めることを拒否するにあたり、先例は、その危険性について単に憶測ではなく、
証拠に基づく根拠を示すことを求めてきた。しかし、ペヨーテの使用が何人かを害したとの証拠は存在しない。原 告が宗教儀式においてペヨーテを用いた方法は、無責任な無制限な気晴らしの使用法ではおよそ な ( 28 ) い 。 薬物規制法の統一的で、公正な、確実な執行という政府利益が、ペヨーテの使用に宗教上の例外を認めることに より損われることを州は懸念している。この例外を認めることにより、他の宗教上の例外も求める要望の洪水を引 き起こしてしまう、というのである。しかし、この懸念は純粋に憶測的である。およそ半分の州と連邦政府は何年 間も例外としてペヨーテの宗教上の使用を認めてきており、他の宗教からの要求に困惑していることも な ( 29 ) い 。 スミス事件の論点・対立点の確認 以上の見解の対立を確認しておくと、まず、その内容が正当であって、中立・一般的に適用される法律が、宗教 に付随的・間接的に影響を及ぼしていることをどうみるか問題になって い ( 30 ) る 。多数意見は、内面の信仰と宗教行為 の違いを強調しつつ、一般人の行為への規制が許されている法律を、信仰を理由に違憲とするならば、無秩序な社 会 を 招 い て し ま う こ と を 懸 念 し て い る。 他 方、 オ コ ナ ー 裁 判 官 は、 内 面 の 信 条 と 外 部 的 行 為 の 区 別 に 消 極 的 で あ り、後者にも修正一条の保障が同様に及ぶとし、その上で、間接・付随的であっても、その行為への制約には、厳 格審査が行われることを強調する。ただ、薬物の規制は「やむにやまれぬ政府利益」であり、その達成のために宗 教上の儀式を含めた一般的・全面的規制が不可欠であることを認めて、合憲としている。 これに対して、三名の反対意見は、本件で問題になっているのは、原告による、宗教儀式としてのペヨーテの使 用であって、薬物規制全般ではない。原告の宗教儀式におけるペヨーテの使用には、政府が懸念する実害は存在し ていないので、これを規制することはできないとして い ( 31 ) る 。
それぞれの裁判官は、自説が、これまでの判例の考え方、流れに根拠があるとして激しく対立してい る ( 32 ) が 、簡単 なコメントを付しておく。 多数意見は、四名の裁判官が指摘する厳格審査が用いられた事件は、いずれも失業補償等の給付金受給の事件で あり、本件とは区別されるとするが、この点はやや不正確である。本件もまた、失業補償の事件であり、その意味 では厳格審査がなされた判例の範疇に該当すると思われる。しかし、多数意見がこの区別をもちだした理由は、本 件が刑事法、とりわけ薬物規制に関わり、この点がこれまでの失業補償の事例と異なることを強く意識したためと 思われる。 失 業 補 償 は、 「正 当 理 由」 が 認 め ら れ な い 失 職・ 不 就 労 を 適 用 除 外 と し て 受 給 資 格 を 認 め て い な い が、 失 職 等 が、宗教上の信条を理由とする場合に「正当理由」にあたるかが問われていた。これを「正当理由」に含めず、支 給を拒否することは、信教の自由への制約が大きいと考え、違憲と判断するために厳格審査を行なってきたのが先 例といえ よ ( 33 ) う 。しかし、その宗教行為が犯罪にもあたる場合にも、同様に考えられるべきであろうか。この点が、 ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) の 分 か れ 目 で あ っ た。 オ コ ナ ー 裁 判 官 は、 厳 格 審 査 を 堅 持 し な が ら も、 規 制 薬 物 の 摂 取 を一律禁止する措置は「やむにやまれぬ政府利益」を達成するための「不可欠な手段」であると判断した。 反対意見は、宗教上の儀式として、一定の管理された状態での規制薬物の摂取は、政府が刑罰をもって禁止する 程の害悪をもたらすことがなく、この場合にも、中立・一般的に刑事罰の対象とする「手段」をとることは「やむ にやまれぬ政府利益」の達成にとってふさわしくないと し ( 34 ) た 。 こ う し た 中 で、 四 名 の 裁 判 官 の 少 数 意 見 を 具 体 化 す る R F R A が 連 邦 議 会 で 定 め ら れ ( 35 ) た 。 そ の 内 容 は、 「政 府 は、個人の宗教の実践に相当程度の負担を及ぼすことは禁止される。たとえその負担が、一般的に適用されるルー
ル か ら も た ら さ れ て い る 場 合 に も 同 様 で あ る。 但 し、 次 の 場 合 に は こ の 限 り で は な い。 ( 1) そ の 負 担 が や む に や ま れ ぬ 政 府 利 益 を 促 進 す る た め に、 ( 2) こ の 利 益 を 促 進 す る た め に 最 も 制 限 の 少 な い 手 段 で あ る こ と を 証 明 し た 場 合 で あ る」 。 し か し な が ら、 R F R A は、 次 に 紹 介 す る バ ー ニ ィ 事 件 (一 九 九 七 年) ( City of Boerne v. Flores, 531 U.S. 507 ( 1997 )) に お い て、 最 高 裁 に よ っ て 違 憲 と 判 断 さ れ た。 そ の 理 由 は 主 と し て、 こ の 法 律 が 修 正 一 四 条 五 項 の「執行条項」に違反しているというものであったが、その前提には、信教の自由に影響する、一般的に適用され る 法 律 の 審 査 に 関 す る ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) の 考 え 方 が 反 映 さ れ て い る。 す な わ ち、 修 正 一 四 条 の 自 由 の 具 体 化の一つである信教の自由について、その内容を決定するのは、連邦議会ではなく、最高裁であるとし、同条五項 により、連邦議会が州に対して及ぼすことが認められている権限は、修正一四条によって保障されている内容をそ の ま ま「執 行」 し、 修 正 一 四 条 違 反 を「防 止」 し、 又 は、 「救 済」 す る こ と に 限 定 さ れ て い る と い う こ と で あ る。 以下、やや詳しく紹介し よ ( 36 ) う 。 第三章 RFRAと連邦議会の「救済権限」 連邦・州の権限配分 バーニィ事件(一九九七年) (
City of Boerne v. Flores,
531 U.S. 507 ( 1997 )) 事実の概要 バーニィ市にある原告の教会は、宗教上の歴史的な建築様式を再現したものであるが、手狭になって日曜のミサ への参列者のうち数十名を収容できない状態になっていた。そこで、原告は、増築のための許可申請を行ったが、 その数ヶ月後、市は、街の歴史的景観の維持を目的とする条例を成立させ、歴史的な建造物に影響を及ぼす場合等
には、委員会による建築許可が別途必要であるとした。原告は、委員会への許可申請も行ったが、これを拒否され た の で、 連 邦 法 律「信 教 の 自 由 回 復 法」 The Religious Freedom Restoration Act of 1993 (以 下、 「R F R A」 と い う。 ) に基づいて、これを争った。 争点は主としてRFRAの合憲性であったが、第一審は、RFRAは、修正一四条五項によって連邦議会に認め られた執行権限を超えているとして無効とした。原審・第五巡回区控訴裁は、この第一審判決を破棄し、これを合 憲・有効と判断したが、最高裁は、破棄した。 判 旨 連邦議会による修正一四条の州への「執行」 修正一四条一項は、いかなる州も、合衆国市民の権利を侵害する法律を制定し、又は執行してはならず、デュー プロセスなくして生命、自由、財産を奪うことはできず、その管轄内のいかなる者に対しても、法の平等の保護を 否定できない、と規定している。また、同条五項は、連邦議会は、適切な立法によって、本条の規定を執行する権 限を有 す ( 37 ) る 。そこで、州による修正一四条違反を抑止し、又は、これを救済するためであれば、たとえ、以前は州 に 自 律 が 認 め ら れ て い た 領 域 に 侵 入 す る こ と も、 連 邦 議 会 の 執 行 権 限 の 範 囲 内 と さ れ う る。 た と え ば、 連 邦 議 会 が、 投 票 に お け る 人 種 差 別 に 対 処 す る た め の 手 段 と し て、 読 み 書 き テ ス ト 等 の 投 票 要 件 を 停 止 す る こ と が 支 持 さ れ ( 38 ) た 。 連邦議会による修正一四条違反の救済 修正一四条のデュープロセスの中に具体化されている自由の基本的な概念の中には、修正一条によって保障され
ている自由も含まれ る ( 39 ) が 、信教の自由条項の意味を変更する立法は、この条項を執行するとはい え ( 40 ) ず 、修正一四条 五項の下での連邦議会の権限は、修正一四条の規定を執行することのみに及ぶ。したがって、修正一四条による州 への制約の内容がいかなるものかを決定する権限が連邦議会にあるとすることは、その五項の文言に一致し な ( 41 ) い 。 最高裁は連邦議会の執行権限を「救済」と呼び、是正又は予防的であって、定義的ではないとすることについて疑 問がもたれることはなか っ ( 42 ) た 。 しかしながら、違憲の行為に救済を与え、又は、これを防止するための手段と、憲法に実体的な変更をもたらす 手段とを区別することは容易ではなく、また、そのラインをどこに引くかについては連邦議会に広範な裁量が認め られるが、その区別は確かに存在している。すなわち、防止され救済されるべき損害と、そのためにとられる手段 と の 間 に は、 調 和 と 均 衡 が 存 在 し な け れ ば な ら ず、 こ れ が 欠 け る と、 そ の 法 律 は、 機 能 と 効 果 に お い て、 実 体 的 (な変更) となるので あ ( 43 ) る 。 もしも連邦議会が修正一四条の意味を変更し、自らの権限を定めることが可能であるとすれば、憲法はもはや至 高の法、通常の手段によっては変更できないもの、ではなくなってしまうので あ ( 44 ) る 。 RFRAと自由の内容の実体的変更 連邦法律が、救済的または予防的であるためには、損害と手段との間に調和・均衡が存在しなければならず、対 象 と す る 法 令 等 を 禁 止 す る 手 段 を と る た め に は、 そ れ ら に 違 憲 の 可 能 性 が 十 分 に あ る significant likelihood of being unconstitutional 場 合 に 限 定 さ れ る こ と が 必 要 で あ ( 45 ) る 。 こ の 例 と し て、 選 挙 権 の 差 別 が 極 め て 盛 ん で あ っ た 地域に限定して禁止がなされ、人種を理由とする選挙権の侵害として、長らく最も悪名高い手段とされてきた特定 の選挙資格を禁止した一九六五年投票権法は救済的とさ れ ( 46 ) た 。
R F R A の 厳 格 テ ス ト は、 「手 段」 と 達 成 し よ う と す る「目 的」 と の 間 に、 つ り 合 い・ 調 和 が 欠 け て い る。 こ の 厳格テストによれば、信教の自由に相当程度の負担がかかっていることが証明されると、州は、やむにやまれぬ政 府利益と、この利益を促進するために最も制限の少ない手段がとられていることを証明しなければならない。その 結 果、 本 当 に 信 教 の 自 由 を 窒 息 さ せ よ う と し て い る か を 考 慮 す る こ と な く、 法 令 等 は 無 効 と さ れ て し ま う。 R F R A は、 州 に 対 し て 重 い 負 担 を 背 負 わ せ、 州 に 認 め ら れ て い た 伝 統 的 な 一 般 的 規 制 権 限 を 縮 小 し、 ス ミ ス 事 件 (一九 九〇年) で違憲とされた行為をはるかに超えて規制対象としている。RFRAは、その宗教の取扱いゆえに、 違 憲 と さ れ る 可 能 性 の あ る 州 法 律 を 特 定 し、 こ れ を 阻 止 す る こ と を 意 図 し て い な い。 ほ と ん ど の 場 合、 R F R A は、宗教に関する頑迷さが動機とはなっていない州法律に適用されてしまうので あ ( 47 ) る 。 本件におけるゾーニング規制のような州法律の多くは、様々な範疇にある個人に、相当程度の負担を及ぼしてい る。一般的に適用される法律によって信仰の実践行為に付随的な負担が及んだ場合、他の、同様に負担が及んだ市 民 と 比 べ て、 一 層 の 負 担 を 被 っ た と い う こ と に は な ら な い。 更 に、 あ ら ゆ る 場 合 に 最 小 限 の 手 段 を と る と の 要 件 は、 ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) で は 用 い ら れ て お ら ず、 そ の 目 的 が、 憲 法 違 反 の 防 止 及 び 救 済 に あ る な ら ば 適 切 で は な ( 48 ) い 。 判旨の確認 この事件では、ゾーニング・土地利用規制の観点から信教の自由に影響を及ぼすRFRAは、修正一四条五項に 違反しているとして、州に適用される限りにおいて無効とされて い ( 49 ) る 。信仰の実践行為としての土地利用をどこま で規制できるかという問題と、連邦議会が、州による信教の自由への制約にどこまで介入する権限が認められるか
という、信教の自由の内容、及び、連邦と州の垂直の権力分立の二つの問題が複雑にからみ合った事件で、判旨は やや分かりにくいが、最高裁は、主として後者の、連邦議会の権限の踰越という観点からRFRAが違憲であると の結論を導き出している。 まず、修正一四条の文言を確認しながら、州は、合衆国市民に保障された修正一条の権利を侵害することはでき ず、連邦議会は、連邦法律を制定することによって、各州に、修正一条により保障された自由を侵害させないこと ができるとしている。このことは、修正一四条五項の「執行」という文言から導かれ、具体的には州による侵害に 対する「救済」 「予防」を行う権限が、連邦議会にあるとして い ( 50 ) る 。 次に、連邦法律が「救済」であるためには、対象となる州の実務が、修正一条の信教の自由を侵害するものでな ければならない。ここで問題になるのは、信教の自由によって保障されている自由がどのような内容であり、いか なる場合に、この自由への侵害が生じているのかということである。最高裁は、この点についての判断を連邦議会 に委ねることに懸念を示した。もしもこれを許せば、連邦議会は、自由の意味とその権限の範囲とを自らが決定で きることになり、憲法の至高性はないがしろとされてしまうとする。 その結果、連邦法律が、信教の自由の内容を実体的に変更するのではなく、これを執行するにとどまっているの は、いかなる場合であるか、問題となる。最高裁は、選挙権に関する人種差別が問題になった先例を挙げて、先行 する州の実務が、内容においてもその範囲においても違憲であることの蓋然性が高い状況に限定し、これに対処・ 適用される連邦法律が、修正一四条五項の「執行」であり、 「救済」であると し ( 51 ) た 。 そして、この観点からRFRAは「執行」とはいえないとした。RFRAは、一般的に適用される州法等であっ ても、信仰の実践に相当程度の負担を及ぼす場合には、やむにやまれぬ政府利益を促進し、最も制限の少ない手段
で あ る こ と が 証 明 さ れ な い 限 り、 無 効 と す る と 規 定 し て い る か ら で あ る。 こ の こ と は、 先 例 で あ る ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) に お い て、 中 立 的 で、 一 般 的 に 適 用 さ れ る 法 律 は、 た と え、 や む に や ま れ ぬ 政 府 利 益 に よ っ て 支 持 され ていなくとも宗教行為に適用することが許される、としたこととは異なっているからで あ ( 52 ) る 。 以上の多数意見に対して、オコナー裁判官が反対意見を述べている。オコナー裁判官も、修正一四条五項の「執 行」が救済的であり、自由の実体的内容を決定する権限が連邦議会にはない、とする点では多数意見と同調してい る。 し か し、 ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) に よ る 修 正 一 条・ 信 教 の 自 由 の 解 釈 は 正 し く な い と す る 点 で、 多 数 意 見 と 見解を異にしている。 オコナー裁判官の反対意見 修正一四条の制限の実体的内容を定める権限は、連邦議会には認められていない。同条五項に基づく権限は、こ の規定の執行のみにしか及ばない。連邦議会は、独自に法律を制定して、憲法上の権利の範囲を定め、拡張するこ とはできない。連邦議会は、裁判所によって示された憲法解釈、及び、修正一四条のような規定によって立法権限 に課せられた限界に、その判断を一致させなければなら な ( 53 ) い 。 多 数 意 見 は、 ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) が 信 教 の 自 由 条 項 を 正 し く 解 釈 し て い る と の 前 提 に 立 っ て い る が、 こ の 点を受け入れることができない。修正一条は、たとえその行為が中立、一般適用の法律に矛盾していても、政府の 介入なくして宗教行為を行なう権利を積極的に保障したものと理解されるべきで あ ( 54 ) る 。 この事件では、RFRAの違憲・合憲については対立があるが、修正一四条五項の意味そのものについては争い
がない。つまり、連邦議会は、修正一四条で保障されている自由の実体的内容を執行するのであって、これを変更 す る こ と は で き な い。 ま た、 そ の 内 容 は 裁 判 所 が 定 め、 連 邦 議 会 は こ れ に 沿 っ て 立 法 を 行 う 必 要 が あ る と す る 点 は、オコナー反対意見においても認められて い ( 55 ) る 。 対立点は、何が判例法であるかについての認識の違いである。オコナー反対意見は、信教の自由を制限するため には、裁判所による厳格審査に耐える内容でなければならないとするのが最高裁の判例法であるとし、RFRAは これに沿うもので、州への規制は「執行」にあたり合憲とする。他方、多数意見は、一般的・付随的影響を及ぼす 限りは、信教の自由を侵害しないとするのが判例法であり、厳格審査を求めるRFRAはこれに反し、その州法へ の適用は修正一四条の「執行」とはいえない、としている。 ところで、RFRAは「執行条項」により、連邦議会の州に対する権限行使の問題として、無効とされた た ( 56 ) め 、 RFRAの無効は、州に適用される限りのものとして位置づけられ、連邦に適用される限りでは、有効を前提とす る 判 断 が 積 み 重 ね ら れ て い る。 こ の こ と は、 信 教 の 自 由 の 実 体 的 内 容 に 関 し て は、 ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) に お い て は 少 数 意 見 で あ っ た 考 え 方 が、 む し ろ 最 高 裁 の 多 数 を 形 成 す る 方 向 に 向 か う こ と を 示 し て い く の か も し れ な い。 こ の 点 に つ い て、 バ ー ニ ィ 事 件 (一 九 九 七 年) 以 後、 R F R A の 有 効 を 前 提 と し て 判 断 さ れ た 事 例 を 紹 介 し て おこう。 まず、 スミス事件 (一九九〇年) と同じく、 宗教儀式に用いられるワスカ (茶) を薬物規制法の対象として禁止・ 処 罰 す る こ と が 問 題 と な っ た ゴ ン ザ レ ス 事 件 (二 〇 〇 六 年) ( Gonzales v. O Centro Espirita Beneficente U niao D o Veg et al, 546 U. S. 418 ( 2006 )) を 紹 介 す る 。 こ の 事 件 で は 、 R F R A そ れ 自 体 の 違 憲 性 は 問 題 と さ れ ず 、 その合憲性 を 前 提 と し て ワ ス カ の 規 制 は、 そ の 要 件 で あ る「や む に や ま れ ぬ 利 益」 「最 も 制 限 の 少 な い 手 段」 と い え る か に つ
いて専ら議論されている。 RFRAの連邦への適用 ゴンザレス事件(二〇〇六年) ( Gonzales v. O Centro Espirita Beneficente Uniao Do Vegetal, 546 U.S. 418 ( 2006 )) 事実の概要 原 告 は、 ア マ ゾ ン の 熱 帯 雨 林 に 起 源 を 有 す る 宗 教 団 体 で あ る が、 儀 式 用 の 茶 (ワ ス カ) を 飲 む こ と に よ り、 メ ン バー相互の交感が行われていた。ワスカは醸造された二種類の植物から成っているが、そのうちの一種類は、連邦 薬物取締法・第一類の規制対象であった。税関において、原告のドラム缶からワスカが見つかり、押収され、その 後 起 訴 さ れ る お そ れ が あ っ た た め、 原 告 は、 法 務 総 裁 ら を 被 告 と し て、 同 法 を 原 告 の ワ ス カ 使 用 に 適 用 す る こ と は、RFRAに違反するとして、宣言判決及び差止を求めて訴えを提起した。 同 法 の 原 告 へ の 適 用 が、 原 告 の 真 摯 な 宗 教 行 為 に 相 当 程 度 の 負 担 を 及 ぼ す こ と に つ い て は 争 い が な い。 問 題 に なっているのは、やむにやまれぬ政府利益、すなわち原告の信者の健康と安全、単なる気晴らしで使用する者への ワスカの伝播禁止等の 利益促進のために、原告の儀式におけるワスカの禁止が「最も制限の少ない手段」であるか どうかである。 第一審は、原告によるワスカの輸入・使用に同法を適用することを禁止する、予備的差止めを行なった。原審は これを支持し、最高裁もこれを支持した。
判 旨 信教の自由への規制に関し、やむにやまれぬ利益を必要とするRFRAの下では、連邦薬物規制法・第一類によ る薬物の規制を有効とするために、その一般的性質を述べるだけでは十分ではない。確かにワスカの成分は危険な も の で あ る が、 原 告 が 儀 式 で 用 い て い る、 特 定 の 使 用 方 法 に よ っ て 害 悪 が も た ら さ れ る の か、 が 問 題 に な る の で あ ( 57 ) る 。 連邦薬物規制法は、ネイティブ・アメリカン教会によるペヨーテの使用に関しては、例外を認め、一九九四年に は、あらゆるインディアン部族のメンバーにこの例外を認める立法がなされている。更に、RFRAは、裁判所に よってこの例外が設定されることを予期している。すなわち、宗教行為に負担が及んだ者は、裁判手続における主 張又は防御の中でRFRAへの違反を主張し、適切な救済を求めることができるとしている。RFRAは、例外が 必要になるのかを考察するのは、裁判所の義務であることを明らかにして い ( 58 ) る 。 RFRAのもとで、一般的に適用される法律に例外を認めることが許されない場合があることは疑いがない。し かし、ペヨーテに関しては長年にわたって例外が認められ、その理由が、まさしく宗教儀式における使用の例外を 認めようとしていたことを考えると、本件のワスカの例外を認めようとしなかったのは驚きで あ ( 59 ) る 。 以上のように、RFRAそれ自体の有効・無効は議論されず、これを前提に、ワスカの使用に例外を認めず、原 告の宗教儀式に薬物規制法を適用して禁止・処罰することは、RFRAに違反するとされた。ここで注目すべきこ とは、RFRAが求める厳格審査の下では、規制対象薬物の危険性に関して、一般的な主張を行うだけでは、これ を規制することはできないということで あ ( 60 ) る 。すなわち、より個別的な考察、本件では、原告による、宗教上の儀
式 と し て の 規 制 薬 物 の 摂 取 等 が、 い か な る 危 険 を も た ら し て い る の か を 具 体 的 に 検 討 し、 「や む に や ま れ ぬ 政 府 利 益」 「最 も 制 限 の 少 な い 手 段」 の 見 地 か ら、 例 外 が 認 め ら れ る べ き か を 判 断 す る こ と が 裁 判 所 の 義 務 で あ る と し て い る。 こ の 判 断 は、 ス ミ ス 事 件 (一 九 九 〇 年) に お い て、 一 般 的 に 適 用 さ れ、 そ の 内 容 自 体 が 正 当 で あ る な ら ば、 その法律が、宗教活動に付随的に影響している限りにおいては修正一条には違反しない、としたこととはかなり異 なっている。 次に、この事件と同様に「最も制限の少ない手段」の見地から、労働者の避妊の費用を保険の対象とすることに よ っ て、 使 用 者 の 信 教 の 自 由 が 侵 害 さ れ た と し た ホ ビ ー 事 件 (二 〇 一 四 年) ( Burwell v. Hobby Lobby Stores, INC., 134 S. Ct. 2751 ( 2014 )) を紹介し よ ( 61 ) う 。 信仰に反する避妊治療と保険料の支払い ホビー事件(二〇一四年) (
Burwell v. Hobby Lobby Stores, INC.,
134 S. Ct. 2751 ( 2014 )) 事実の概要 本件では、患者保護配慮法 ( The Patient Protection and Affordable Care Act 、以下「ACA」という。 ) の下で、健 康人道サービス局 ( The Department of Health and Human Services 、以下「HHS」という。 ) が定めた「規則」が問 題になっている。この「規則」によると、雇用者の健康保険の中に、女性の労働者が費用を負担することなく避妊 ができるようにすることが求められていた。しかし、これには適用除外が定められ、その対象となるのは、教会の ような宗教施設における雇用者及び宗教的な「非営利」団体のうち、宗教上の理由から避妊に反対している場合で ある。
本件では、三つの「営利」法人の所有者が、生命は妊娠時に始まるとの真摯なキリスト教の信仰を有しており、 妊娠後に行われる避妊方法は信仰に違反すると考えていた。そこで、受精した卵子が子宮に着床することを妨げる 四つの方法を対象とする限り、避妊を保険の対象とすることの差止を求めて訴えを提起した。 最高裁は、 「規則」はRFRAに違反すると判断した。 判 旨 保険による避妊費用のカバーと信仰への相当程度の負担 原告等は、生命は妊娠の時からはじまるとの宗教上の信条を有し、胎芽の破壊を生じる避妊方法をカバーする保 険に、宗教上の理由から反対しているが、これに応じなければ、莫大な金銭的な負担を背負わねばなら な ( 62 ) い 。保険 料の支払いそれ自体は、胚芽の破壊ではなく、両者の関係は極めて希薄で、原告の信仰に相当程度の負担が及んで いることを疑問とする考え方がある。しかし、その行為自体には非がなくとも、他の者による不道徳な行為を手助 けする効果をもつ場合、最高裁は、こうした行為を行わせることを認めてこなか っ ( 63 ) た 。 RFRAの「やむにやまれぬ政府利益」と「最も制限の少ない手段」 労働者が費用を負担することなく、四つの避妊方法を受けられるように保障することは「やむにやまれぬ政府利 益」 で あ る が、 「最 も 制 限 の 少 な い 手 段」 が 採 ら れ て い る と は い え な い。 本 件 で の 目 的 を 達 成 す る た め の 最 も 直 接 的な方法は、雇用者の宗教上の理由から、健康保険の下で四つの避妊方法を受けられない女性すべてに対して、政 府がその費用を支出するということである。この方法は、原告の宗教に対する、より制限的でない手段であり、こ れが現実的ではないとの証明はなされていない。こうした避妊方法を用いる女性一人当たりの平均の費用は算定さ
れておらず、また、原告のような団体に勤務し、影響を受ける労働者の数がどのくらいかを示す統計は存在してい な ( 64 ) い 。 避妊費用に限定した保険料の免除 反対意見は、この事件で原告の主張を認めれば、広範で多様な医療上の治療や薬剤投与、例えば予防接種や輸血 などの実施には、宗教上の反対で満たされることになる、としている。しかし、ここでは、専ら保険による避妊費 用のカバーが問題であって、雇用者の宗教上の信条に違反してさえすれば、常に、保険料の負担は免除されるとは 判断されていない。例えば予防接種であれば、感染症を防止する目的によって保険料を負担させることが支持され ることは考えら れ ( 65 ) る 。 このように、多数意見はRFRAを適用することによって、宗教上の理由から一定の避妊方法に反対する原告等 に、 こ の 費 用 を カ バ ー す る 保 険 料 の 支 払 い を 求 め る こ と は で き な い と し た。 ポ イ ン ト に な る の は、 ま ず、 「相 当 程 度の負担」について、信仰に反する保険料の支払い、又は、支払い拒否に対する巨額な制裁金を課すことは、この 負担に当るとしていることである。このことは、宗教行為自体への直接侵害のみならず、金銭的不利益がもたらす 宗教への間接的影響も「相当程度の負担」に該当しうることを示している。 次 に、 「最 も 制 限 の 少 な い 手 段」 に つ い て、 雇 用 者 に そ の 信 仰 に 反 す る 保 険 料 を 負 担 さ せ る の で は な く、 政 府 に よ る 直 接 の 費 用 負 担、 具 体 的 に は 避 妊 を 行 な う 労 働 者 への tax credit と い う「手 段」 が 挙 げ ら れ て い る。 こ れ に よ れ ば、 原 告 の 宗 教 へ の 制 限 は ほ と ん ど な く な り、 「最 も 制 限 の 少 な い 手 段」 の 要 件 は 満 た さ れ る。 更 に、 こ の「手 段」が財政的にみて現実離れしているとの指摘に対しても、その成り立たないことの証明は、政府側にあるとして
いる。 こ れ に 対 し て、 四 名 の 裁 判 官 (ギ ン ズ バ ー グ 裁 判 官 の 反 対 意 見、 ソ ト マ イ ヨ ー ル・ ブ ラ イ ヤ ー・ ケ イ ガ ン 各 裁 判 官 加 わ る) は、 原 告 に 対 す る 適 用 除 外 が、 労 働 者 に 不 利 益 を も た ら す 点 に 着 目 し て い る。 す な わ ち、 原 告 の 求 め る 適 用 除 外が認められると、雇用者と同じ信仰をもたない多くの女性は、保険による避妊を受けられなく な ( 66 ) る 。また、より 制 限 的 で な い 手 段 と し て、 労 働 者 自 身 に 避 妊 具 の 購 入・ 支 払 い を さ せ、 こ れ を 税 の 控 除 対 象 と す る 手 段 tax credit は、 ま ず、 労 働 者 に 費 用 を 支 出 さ せ る こ と に な り、 tax credit の 恩 恵 を 受 け る こ と が で き な い 程 に 貧 し い 女 性 に とっては意味がない、とするので あ ( 67 ) る 。 このように、五対四と最高裁内部の意見は拮抗しているが、RFRAの二つの要件により、信教の自由への制約 には重い証明責任が政府に課せられている、とされている。すなわち、信教の自由への、より制約が少ない手段が 当事者により指摘されれば、それが成り立たないことが政府によって証明されなければならない、ということであ る。更に、一定の政府利益を守るためには、宗教活動への統一・完結した規制を行なうシステムが必要であり、も しも、裁判において一つの例外を認めれば、このシステムがほころび機能不全となると主張するだけでは、その弊 害は「憶測」として退けられる傾向があるように思われる。 こうした厳格審査の考え方が、RFRAの解釈として今後も定着していくのか興味深いところであるが、連邦議 会は、更に、監獄等の特殊な社会に限定しつつも、信教の自由制約を合憲とするためには、やはり厳格審査を求め る R L U I A P (宗 教 上 の 土 地 利 用 及 び 施 設 内 拘 束 者 法・ The Religious Land Use and Institutionalized Persons Act of 2000 、 以 下「R L U I P A」 と い う。 ) を 制 定 し て い ( 68 ) る 。 次 章 に お い て は、 こ の 法 律 の 適 用 に つ い て 判 例 の 考 え 方 を整理しておこう。