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退職給付会計の総額処理方式による記帳

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Academic year: 2022

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(1)

一 はじめに

 米国の財務会計基準審議会(FASB)の財務会計概念書第

5

号『営利企業の財務諸表に おける認識と測定』によれば、「認識とは、ある項目を資産、負債、収益、費用あるいは それに類するものとして正式に記録し、または企業の財務諸表に計上する手続である。あ る項目が認識されると、当該項目は言葉と数字の両方で記述され、その金額は財務諸表の 合計に含められる。資産又は負債の認識には、当該項目の取得又は発生のみならず、その 後の当該項目の変動も含まれ、これには当該項目を財務諸表から消滅させる変動も含まれ る。」(FASB[1984], par. 6)とされる1)。したがって、会計上の認識の手続は、取引が発生 し、資産又は負債が発生・増減・消滅するごとに会計帳簿に記録する「記帳」と、決算日 にその累積的結果を財務諸表に計上する「表示」からなる2)。本稿の目的は、退職給付会 計における認識の手続のうち、特に前者の記帳の問題について検討することである。

 我が国の現行の退職給付に関する会計基準は、企業会計審議会から

1998

6

月に公表 された『退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書』(審議会意見書)及び『退職給 付に係る会計基準』(審議会基準)等により示されている3)。審議会基準では、貸借対照 表において退職給付引当金を、また損益計算書において退職給付費用を、それぞれ複数の 構成要素を合算・相殺した純額で表示することが要求されている。

 こうした我が国の退職給付に関する会計基準については、企業会計基準委員会(

ASBJ

) により国際的な会計基準とのコンバージェンスの観点から見直しが進められており、2009 年

1

月の『退職給付会計の見直しに関する論点の整理』(

ASBJ

論点整理)の公表を経て、

退職給付会計の総額処理方式による記帳

菅 野 浩 勢

1) 認識の考え方について、FASB1984]とIASB2010b]及びASBJの討議資料『財務会計の概念 フレームワーク』との間で本質的な相違はないと思われる。FASB1984]の記述を取り上げたのは、

これらのうち最も詳細に説明されているからである。

2) 会計上の認識の問題については、田中[2007]及び徳賀[1990]等を参照のこと。

3) 審議会基準の公表とその後の改正の経緯については、ASBJ基準案の第40項から第43項を参照の

こと。

(2)

2010

3

月に企業会計基準公開草案第

39

号『退職給付に関する会計基準(案)』(ASBJ 基準案)が公表されている4)。ASBJ基準案では、退職給付に係る負債及び退職給付費用 をそれぞれ純額表示するという基本的な会計処理に変更はないが、未認識数理計算上の差 異及び未認識過去勤務費用については、包括利益計算書等ではその他の包括利益(Other

Comprehensive Income; OCI)に計上するとともに、貸借対照表では純資産の部のその他

の包括利益累計額(Accumulated Other Comprehensive Income; AOCI)に計上し、その後 は費用処理を通じて当期純利益にリサイクルしていくことになる。

 このように、我が国の退職給付に関する会計基準は、財務諸表において退職給付に係る 負債や費用等を純額で計上すべきことを要求している。ただし、財務諸表において純額で 計上するからといって、会計帳簿においてもこれらを純額で記録しなければならないわけ ではない。退職給付会計の記帳方法としては、退職給付に係る負債や費用等を純額で記録 する純額処理方式と、それらの負債や費用等の構成要素を総額で記録する総額処理方式の 二つが考えられる。実務指針等や簿記会計の一般的なテキストでは、これまで前者の純額 処理方式による仕訳を用いて退職給付会計が説明されてきたが、本稿では、後者の総額処 理方式のほうが理論的にも実務的にも優れていることを指摘し、その採用を推奨する。

 本稿の残りの部分の構成は、次のとおりである。第二節では、審議会基準及び

ASBJ

基 準案による退職給付関連項目の財務諸表における表示に関する規定について説明する。第 三節では、退職給付会計の二つの記帳方法(純額処理方式と総額処理方式)について詳し く説明するとともに、実務指針等における純額処理方式の採用根拠の再検討を行う。第四 節では、審議会基準の会計処理を前提として、また、第五節では、ASBJ基準案の会計処 理を前提として、それぞれ同じ設例の取引について二つの記帳方法による仕訳を比較検討 する。第六節では、それまでの検討結果を踏まえ、純額処理方式と総額処理方式の優劣を 検討し、その結論を述べる。

二 財務諸表における表示

 前述のように、実務指針等や簿記会計の一般的なテキストでは、退職給付会計は純額処 理方式による仕訳を用いて説明されているが、そのことには、財務諸表において退職給付 に係る負債や費用等を純額で計上するという表示の規定が深くかかわっていると思われ る。そこで、本節では、審議会基準及び

ASBJ

基準案による退職給付関連項目の財務諸表 における表示に関する規定について詳しく説明する。

4) 最近の国内外における退職給付に関する会計基準の見直しの動向については、三輪[2010]等を参 照のこと。

(3)

1 退職給付に係る負債の純額表示

 審議会基準では、退職給付債務に未認識過去勤務債務及び未認識数理計算上の差異を加 減した額から年金資産の額を控除した額を「退職給付引当金(又は前払年金費用)」とし て計上することとされている(審議会基準二1)。これに対して、ASBJ基準案では、退職給 付債務から年金資産の額を控除した額をそのまま「退職給付に係る負債(又は資産)」等 として計上することを提案している(ASBJ基準案、第13項及び第27項)

 このように、審議会基準と

ASBJ

基準案のいずれにおいても、貸借対照表における退職 給付債務と年金資産の純額表示が要求されている。ただし、未認識数理計算上の差異及び 未認識過去勤務費用5)は、審議会基準では、退職給付債務及び年金資産とともに退職給付 引当金に含めて計上されていたものが、ASBJ基準案では、税効果を調整の上、純資産の 部のその他の包括利益累計額(AOCI)に「退職給付に係る調整額」等の適当な科目をも って計上されることになる(ASBJ基準案、第27項)6)

 【図表

1】は、審議会基準と ASBJ

基準案による貸借対照表における退職給付に係る負

債等の表示の取扱いを比較したものである。

【図表 1】 貸借対照表における表示

審議会基準 ASBJ基準案

(負債の部─固定負債)

  退職給付債務

−)年金資産

±)未認識数理計算上の差異

±)未認識過去勤務債務     退職給付引当金

(負債の部─固定負債)

  退職給付債務

−)年金資産        退職給付に係る負債

(純資産の部)

  非計上

(純資産の部─その他の包括利益累計額)

  未認識数理計算上の差異

±)未認識過去勤務費用     退職給付に係る調整額

2 退職給付費用の純額表示

 審議会基準では、当期の勤務費用及び利息費用は退職給付費用として処理し、企業年金 制度を採用している場合には、年金資産に係る当期の期待運用収益相当額を差し引くこと とされる。さらに、過去勤務債務及び数理計算上の差異に係る費用処理額は、退職給付費

5) 審議会基準における「過去勤務債務」を、ASBJ基準案では「過去勤務費用」という呼称に改めて いるが、これは、年金財政計算上の「過去勤務債務」とは異なることを明瞭にするためであり、その 内容の変更を意図したものではないとされる(ASBJ基準案、第49項)。

6) 会計基準変更時差異も数理計算上の差異等と同様に取り扱われる(実務指針、第42項及び第43

項;ASBJ適用指針案、第72項)。

(4)

用に含まれるものとされる(審議会基準三1)。これに対して、ASBJ基準案では、退職給付 費用の計算に変更はないが(ASBJ基準案、第14項)、未認識数理計算上の差異及び未認識過 去勤務費用の当期発生額と、その後の費用処理に伴う組替調整額は、「退職給付に係る調 整額」等の適当な科目をもって、その他の包括利益(OCI)に一括して表示されることに なる(ASBJ基準案、第15項)。このように、審議会基準及び

ASBJ

基準案のいずれにおいて も、損益計算書等における費用と収益の純額表示が要求されている。

 【図表

2】は、審議会基準と ASBJ

基準案による損益計算書等における退職給付費用等

の表示の取扱いを比較したものである。

【図表 2】 損益計算書等における表示

審議会基準 ASBJ基準案

(当期純利益)

  勤務費用

+)利息費用

−)期待運用収益

±)未認識数理計算上の差異の費用処理額

±)未認識過去勤務債務の費用処理額     退職給付費用

(当期純利益)

  勤務費用

+)利息費用

−)期待運用収益

±)未認識数理計算上の差異の費用処理額

±)未認識過去勤務費用の費用処理額     退職給付費用

(その他の包括利益)

  非計上

(その他の包括利益)

  未認識数理計算上の差異の当期発生額

±)未認識数理計算上の差異の組替調整額

±)未認識過去勤務費用の当期発生額

±)未認識過去勤務費用の組替調整額     退職給付に係る調整額

三 退職給付会計の記帳

 本節では、退職給付会計の二つの記帳方法(純額処理方式と総額処理方式)について詳 しく説明するとともに、実務指針等における純額処理方式の採用根拠の再検討を行う。

1 退職給付会計の記帳方法

 退職給付会計の記帳方法としては、次の二つが考えられる。

① 純額処理方式

 純額処理方式は、退職給付に係る負債や費用等を純額で記録する方法である。そのた め、純額で計上される財務諸表の表示科目と同じ勘定科目が設けられることになる。具体 的には、審議会基準では、貸借対照表項目として「退職給付引当金(又は前払年金費 用)」、損益計算書項目として「退職給付費用」という単一の勘定科目のみが設けられる。

(5)

ASBJ

基準案では、これらに加えて「退職給付に係る調整額」という

AOCI

項目の勘定科 目が設けられるが、OCI項目の勘定科目は設けられない。

② 総額処理方式

 総額処理方式は、退職給付に係る負債や費用等の構成要素を総額で記録する方法であ る。そのため、それらの構成要素ごとに別個の勘定科目が設けられることになる。具体的 には、審議会基準では、貸借対照表項目として「退職給付債務」、「年金資産」、「未認識数 理計算上の差異」等、損益計算書項目として「勤務費用」、「利息費用」、「期待運用収益」、

「未認識数理計算上の差異の費用処理額」等の勘定科目が設けられる。ASBJ基準案では、

これらに加えて、OCI項目として「未認識数理計算上の差異の当期発生額」及び「未認

【図表 3】 退職給付関連項目の定義と会計学的性格

項目 定義 会計学的性格

退職給付債務 退職給付のうち、認識時点までに発生していると認め られる部分を割り引いたもの。

負債

年金資産 特定の退職給付制度のために、その制度について企業 と従業員との契約(退職金規程等)に基づき積み立て られた、一定の要件を満たす特定の資産。

資産

勤務費用 1期間の労働の対価として発生したと認められる退職 給付。

費用

利息費用 割引計算により算定された期首時点における退職給付 債務について、期末までの時の経過により発生する計 算上の利息。

費用

期待運用収益 年金資産の運用により生じると合理的に期待される計 算上の収益。

収益

数理計算上の差異 年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との差異、

退職給付債務の数理計算に用いた見積数値と実績との 差異及び見積数値の変更等により発生した差異。

収益又は費用

未認識数理計算上の差異 数理計算上の差異のうち、当期純利益を構成する項目 として費用処理されていないもの。

※繰延項目

未認識数理計算上の差異 の費用処理額

未認識数理計算上の差異のうち、当期純利益を構成す る項目として費用処理された部分。

※繰延項目の取崩

未認識数理計算上の差異 の組替調整額

未認識数理計算上の差異の費用処理に伴うその他の包 括利益の組替調整額。

※調整項目

過去勤務費用 退職給付水準の改訂等に起因して発生した退職給付債 務の増加又は減少部分。

収益又は費用

未認識過去勤務費用 過去勤務費用のうち、当期純利益を構成する項目とし て費用処理されていないもの。

※繰延項目

未認識過去勤務費用の費 用処理額

未認識過去勤務費用のうち、当期に費用処理された部 分。

※繰延項目の取崩

未認識過去勤務費用の組 替調整額

未認識過去勤務費用の費用処理に伴うその他の包括利 益の組替調整額。

※調整項目

(注)各項目の定義は審議会基準及びASBJ基準案を参考に筆者作成。各項目の会計学的性格は筆者の検討結果。

※印は財務諸表の構成要素の定義を満たさないもの。

(6)

識数理計算上の差異の組替調整額」等の勘定科目が設けられる。

 【図表

3】は、総額処理方式において勘定科目が設けられる退職給付関連の各項目の定

義 と、 そ れ ら の 会 計 学 的 性 格 を 国 際 的 な 概 念 フ レ ー ム ワ ー ク(FASB[1985] 及 びIASB

[2010b])に照らして筆者が検討した結果をまとめたものである。

2 純額処理方式の採用根拠の再検討

 簿記会計の一般的なテキストでは、退職給付会計を説明する際に、純額処理方式による 仕訳が用いられている。これは、日本公認会計士協会(JICPA)が公表する会計制度委員 会報告第

13

号『退職給付会計に関する実務指針(中間報告)』(実務指針)の設例におい て、純額処理方式による仕訳が用いられていることによるものと思われる。また、ASBJ が

2010

3

月に

ASBJ

基準案と同時に公表した企業会計基準適用指針公開草案第

35

『退職給付に関する会計基準の適用指針(案)』(ASBJ適用指針案)の設例においても、

純額処理方式による仕訳が用いられている。

 これらの実務指針等において純額処理方式による仕訳が用いられている理由は示されて いないが、あえてその理由を推測するならば、「単純に会計帳簿の勘定科目を財務諸表の 表示科目に合わせておけば無難である」ということのほかに、「退職給付引当金は年金基 金に対して積立不足を追加拠出すべき負債であり、その構成要素である退職給付債務や年 金資産等は独立の資産・負債等ではないため、これらの構成要素ごとに独立の勘定を設け て処理する総額処理方式は不適切である」と考えられたのかもしれない。たとえば、

ASBJ

論点整理では、審議会基準が退職給付債務と年金資産の純額表示を要求している理 由の一つを次のように説明している。「……退職給付に係る負債は、将来の支出に対する 引当として、当期の負担に属する額を引当金に繰り入れるものと捉えられていると考えら れ、「退職給付引当金」の科目をもって計上することとされている(退職給付会計基準7)1)

ことからも、財務諸表上、純額で表示されることとなる。」(ASBJ論点整理、第57項)。この 文章において、引当の対象となる将来の支出とみなされているのは、退職給付債務と年金 資産の純額で表示する理由を説明している文脈から、年金基金に対する積立不足(=退職 給付債務−年金資産)の追加拠出であることは明らかである。

 しかしながら、「退職給付に係る会計処理については、将来の退職給付のうち当期の負 担に属する額を当期の費用として引当金に繰り入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負 債の部に計上することが、企業会計原則に基づく基本的な会計処理の考え方である。……」

(審議会意見書四1とあるように、審議会基準において引当の対象となる将来の支出とみな されているのは、将来の退職給付8)、すなわち、従業員に対する給付の支給であり、年金

7) 本稿でいう「審議会基準」。

8) 「退職給付とは、一定の期間にわたり労働を提供したこと等の事由に基づいて、退職以後に従業員

(7)

基金に対する積立不足の追加拠出ではない。したがって、本来「退職給付引当金」として 負債の部に計上されるべきなのは、年金資産等を差し引く前の退職給付債務のみであると 考えられる。

 それにもかかわらず、審議会基準では、年金資産等を退職給付債務から差し引いた純額 を「退職給付引当金」として負債計上することとしている。しかしながら、前述のよう に、退職給付債務が本来は独立の負債として計上すべきものとみなされている以上、年金 資産等もまた本来は独立の資産等として計上すべきものを諸事情から財務諸表では退職給 付引当金に含めて計上しているに過ぎないと考えられる9)。したがって、退職給付債務や 年金資産等は、退職給付引当金という単一の負債の測定上のインプットではなく、それぞ れが独立の資産・負債等なのであるから、これらの構成要素ごとに独立の勘定を設けて処 理する総額処理方式を用いても何ら問題はないと思われる10)

 さらにいえば、仮に退職給付引当金が年金基金に対して積立不足を追加拠出すべき負債 であり、その構成要素である退職給付債務や年金資産等は独立の資産や負債ではなかった としても、これらの構成要素ごとに独立の勘定を設けて処理する総額処理方式が不適切と いうことにはならない。会計帳簿における勘定科目は、会計基準の規定を満たすことがで きる限り、実務上の便宜のために、財務諸表において独立した資産や負債を表す表示科目 よりも細かく設定してもよい。そのことは、会計帳簿において、売掛金や貸付金等の債権 が取得原価を表す勘定と貸倒引当金勘定に区分して処理されることや、有形固定資産が取 得原価を表す勘定と減価償却累計額勘定に区分して処理されることなどから明らかだろ う。

 こうしたことから、少なくとも、退職給付会計の記帳方法として純額処理方式を用いな ければならない積極的な理由があるわけではないことが分かる。

四 審議会基準の会計処理の記帳

 本節では、ASBJ適用指針案の設例

5

の従業員非拠出の適格退職年金制度を採用してい る

E

社の取引を審議会基準に従って会計処理する場合について、純額処理方式と総額処 理方式の各記帳方法による仕訳を比較検討する。

に支給される給付をいい、退職一時金及び退職年金等がその典型である。」(審議会基準三1)。

9) たとえば、年金資産が負債の計上にあたって差し引くこととされているのは、年金資産が退職給付 の目的のみに使用されることが制度的に担保されていることから、これを収益獲得のために保有する 一般の資産と同様に貸借対照表に計上することは問題であり、かえって、財務諸表利用者に誤解を与 えかねないなどと考えたためであるとされる(審議会意見書四4)。

10) 退職給付債務や年金資産等の各構成要素を認識対象とするのか、またはそれらを含めたより大き な退職給付引当金を認識対象とするのかという問題は、財務諸表項目のグループ化とか会計処理単位 の問題に属する。この問題について詳しくは、川村[2005]及び中田[2010]を参照のこと。

(8)

 【図表

4】は、審議会基準に従って会計処理する場合の X1

年度の退職給付会計のワーク シートである。これには、退職給付関連の貸借対照表項目の

X1

4

1

日における残高 と、後述する

X1

年度中の(1)から(6)までの取引の結果として、X2年

3

31

日にお ける残高を得るまでの計算過程が示されている。なお、X1年(及び

X2

年)4月

1

日にお ける数理計算の基礎率は、割引率

5.0%、期待運用収益率 5.0%としている。

【図表 4】 X1 年度の退職給付会計のワークシート(審議会基準)

実際 X1/4/1

退職給付 費用

年金/掛金 支払額

予測 X2/3/31

数理計算上 の差異

実際 X2/3/31

退職給付債務 (10,000) S(700)

I(500)

P 200 (11,000) 0  (11,000)

年金資産 7,000  R 350 P(200)

C 800

7,950  AGL 150  8,100 

未積立退職給付債務 (3,000) (850) 800  (3,050) 150  (2,900)

未認識数理計算上の 差異

0 0 150 150

未認識過去勤務債務 0  0  0 

前払年金費用/

(退職給付引当金)

(3,000) (850) 800  (3,050) 0  (3,050)

(注)S:勤務費用、I:利息費用、R:期待運用収益、AGL:数理計算上の差異の発生額、P:年金支払額、C:掛金 拠出額

(出所)実務指針〈表8〉を一部修正。

(1)勤務費用の計上

X1

4

1

日における数理計算の結果、

X1

年度の勤務費用は

700

と計算された。この ときの純額処理方式と総額処理方式による仕訳は、それぞれ次のとおりである。

純額 (借)退職給付費用 700(貸)退職給付引当金 700 総額 (借)勤務費用 700(貸)退職給付債務 700

 従来の純額処理方式の仕訳では、退職給付費用が

700

発生し、退職給付引当金が同額増 加したことが示されるが、これらの発生原因は明らかにならない。これに対して、総額処 理方式の仕訳では、退職給付費用の発生原因は勤務費用の発生であり、退職給付引当金の 増加原因は退職給付債務の増加であることが明らかになる。

2

)利息費用の計上

 X1年

4

1

日における数理計算の結果、X1年度の利息費用は

500(=退職給付債務期

首残高

10,000

×割引率

5.0%)と計算された。このときの純額処理方式と総額処理方式に

よる仕訳は、それぞれ次のとおりである。

(9)

純額 (借)退職給付費用 500(貸)退職給付引当金 500 総額 (借)利息費用 500(貸)退職給付債務 500

 従来の純額処理方式の仕訳では、退職給付費用が

500

発生し、退職給付引当金が同額増 加したことが示されるが、これらの発生原因は明らかにならない。これに対して、総額処 理方式の仕訳では、退職給付費用の発生原因は利息費用の発生であり、退職給付引当金の 増加原因は退職給付債務の増加であることが明らかになる。

(3)期待運用収益の計上

X1

4

1

日における数理計算の結果、

X1

年度の期待運用収益は

350

(=年金資産期

首残高

7,000

×期待運用収益率

5.0%)と計算された。このときの純額処理方式と総額処

理方式による仕訳は、それぞれ次のとおりである。

純額 (借)退職給付引当金 350(貸)退職給付費用 350 総額 (借)年金資産 350(貸)期待運用収益 350

 従来の純額処理方式の仕訳では、退職給付費用の取消が

350

発生し、退職給付引当金が 同額減少したことが示されるが、これらの発生原因は明らかにならない。これに対して、

総額処理方式の仕訳では、退職給付費用の取消の発生原因は期待運用収益の発生であり、

退職給付引当金の減少原因は年金資産の増加であることが明らかになる。

(4)年金給付支払時における処理

 当期における年金資産からの年金給付支払額は

200

であった。このときの純額処理方式 と総額処理方式による仕訳は、それぞれ次のとおりである。

純額 (借)仕訳なし (貸)

総額 (借)退職給付債務 200 (貸)年金資産 200

 従来の純額処理方式では、取引が何ら行われなかったかのように「仕訳なし」となる。

これに対して、総額処理方式では、年金給付の支払いにより年金資産が

200

減少するとと もに、年金給付の支払義務の履行により退職給付債務が同額減少したことが示される。

5

)掛金拠出時における処理

 当期における掛金拠出額は

800

であった。このときの純額処理方式と総額処理方式によ る仕訳は、それぞれ次のとおりである。

(10)

純額 (借)退職給付引当金 800(貸)現金預金 800 総額 (借)年金資産 800(貸)現金預金 800

 従来の純額処理方式の仕訳では、現金預金が

800

減少するとともに、退職給付引当金が 同額減少したことが示されるが、退職給付引当金の減少原因は明らかにならない。これに 対して、総額処理方式の仕訳では、退職給付引当金の減少原因は年金資産の増加であるこ とが明らかになる。

(6)期末における数理計算上の差異の処理

X2

3

31

日における年金資産の時価は

8,100

であり、同日における数理計算による 年金資産の予測額

7,950(=年金資産期首残高 7,000

−年金資産からの年金給付支払額

200

+掛金拠出額

800

+期待運用収益

350

)を上回ったため、数理計算上の差異

150

(貸方差 異)が発生した。このときの純額処理方式と総額処理方式による仕訳は、それぞれ次のと おりである。

純額 (借)仕訳なし (貸)

総額 (借)年金資産 150(貸) 未認識数理計 算上の差異

150

 従来の純額処理方式では、取引が何ら行われなかったかのように「仕訳なし」となる。

これに対して、総額処理方式では、年金資産が時価評価によって

150

増加するとともに、

同額の未認識数理計算上の差異11)が発生したことが示される。

(7)翌期における未認識数理計算上の差異の費用処理

E

社は、数理計算上の差異の費用処理については、当期の発生額を翌期から費用処理期 間

10

年の定率法(償却率

0.206)で費用処理する方法を採用している。そこで、翌 X2

年度 に数理計算上の差異

31

(≒未認識数理計算上の差異期首残高

150

×

0.206

)を費用処理し た。このときの純額処理方式と総額処理方式による仕訳は、それぞれ次のとおりである。

純額 (借)退職給付引当金 31(貸)退職給付費用 31 総額 (借)未認識数理計

算上の差異

31(貸)未認識数理差異 の費用処理額

31

11) 未認識数理計算上の差異でいう「未認識」とは「費用処理されていない」という意味であり、総 額処理方式の仕訳においてこのような未認識項目が記帳されていることは矛盾しているわけではな い。ただし、「費用処理されていない」という意味であれば、「未認識」よりも「繰延」という名称の ほうが適当であると思われる。

(11)

 従来の純額処理方式の仕訳では、退職給付費用の取消が

31

発生し、退職給付引当金が 同額減少したことが示されるが、これらの発生原因は明らかにならない。これに対して、

総額処理方式の仕訳では、退職給付費用の取消の発生原因は数理計算上の差異(貸方残 高)の費用処理であり、退職給付引当金の減少原因は未認識数理計算上の差異(貸方残 高)の減少であることが明らかになる。

五 ASBJ基準案の会計処理の記帳

 前述のとおり、ASBJ基準案では、未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用 は、次のように会計処理することとしている(ASBJ適用指針案、第

33

項)。

 ① 未認識数理計算上の差異等の費用処理……当期に発生した数理計算上の差異及び過去 勤務費用のうち、当期に費用処理された部分については、退職給付費用として、当期 純利益を構成する項目に含めて計上する。この点は、審議会基準から変更はない。

 ② 未認識数理計算上の差異等の

OCI

処理……当期に発生した数理計算上の差異及び過 去勤務費用のうち、当期に費用処理されない部分(未認識数理計算上の差異及び未認 識過去勤務費用)については、税効果を調整の上、その他の包括利益(OCI)で認識 し、純資産の部のその他の包括利益累計額(

AOCI

)に計上する。

 ③ 未認識数理計算上の差異等の組替調整……AOCIに計上されている未認識数理計算上 の差異及び未認識過去勤務費用を当期に費用処理した部分については、税効果を調整 の上、OCIの調整(組替調整)を行う。

 本節では、前節と同じ

ASBJ

適用指針案の企業年金制度に関する設例

5

の取引を、

ASBJ

基準案に従って会計処理する場合について、純額処理方式と総額処理方式の各記帳 方法による仕訳を比較検討する12)

 【図表

5】は、ASBJ

基準案に従って会計処理する場合の

X1

年度の退職給付会計のワー

クシートである。これには、退職給付関連の貸借対照表項目の

X1

4

1

日における残 高と、前節と同じ

X1

年度中の(1)から(6)までの取引の結果として、X2年

3

31

日 における残高を得るまでの計算過程が示されている。ただし、(

1

)から(

5

)の取引につ いては、純額処理方式の勘定科目として「退職給付引当金(又は前払年金費用)」の代わ りに「退職給付に係る負債(又は資産)」が用いられる点を除き審議会基準と同じなので、

本節では説明を省略する。なお、X1年(及び

X2

年)4月

1

日における数理計算の基礎率 は、前節と同じく、割引率

5.0

%、期待運用収益率

5.0

%としている。

12) 小澤[2011]は、本節と同じASBJ適用指針案の設例5の取引の純額処理方式による仕訳につい

て解説している。

(12)

【図表 5】 X1 年度の退職給付会計のワークシート(ASBJ 基準案)

実際 X1/4/1

退職給付 費用

年金/掛金 支払額

予測 X2/3/31

数理計算上 の差異

実際 X2/3/31 退職給付債務 (10,000) S(700)

I (500)

P 200 (11,000) 0  (11,000)

年金資産 7,000  R 350 P(200)

C 800

7,950  AGL 150  8,100  退職給付に係る負債 (3,000) (850) 800  (3,050) 150  (2,900)

退職給付費用 850

退職給付に係る調整額

(OCI)

 (150)

 60 

未認識数理計算上の差

0  0  (150) (150)

未認識過去勤務費用 0  0  0 

(控除:税効果分) (0) (0) 60  60 

退職給付に係る調整額

(AOCI)

(0) 0  (90) (90)

(注) S:勤務費用、I:利息費用、R:期待運用収益、AGL:数理計算上の差異の発生額、P:年金支払額、C:掛 金拠出額

(出所) ASBJ適用指針案〈表7〉を一部修正。

6

)期末における数理計算上の差異の処理

 X2年

3

31

日における年金資産の時価は

8,100

であり、同日における数理計算による 年金資産の予測額

7,950

(=年金資産期首残高

7,000

−年金資産からの年金給付支払額

200

+掛金拠出額

800

+期待運用収益

350)を上回ったため、数理計算上の差異 150(貸方差

異)が発生した。法定実効税率は

40

%とする。このときの純額処理方式と総額処理方式 による仕訳は、それぞれ次のとおりである。

純額 (借)退職給付に係る負債 150(貸)退職給付に係る調整額 90    繰延税金負債 60 総額 (借)年金資産 150(貸)数理計算上の差異(OCI) 150    数理差異の税効果(OCI) 60    繰延税金負債 60

(借)数理計算上の差異(OCI) 150(貸)未認識数理差異の当期変動額 90    数理差異の税効果(OCI) 60

(借)未認識数理差異の当期変動額 90(貸)未認識数理計算上の差異(AOCI) 90

 従来の純額処理方式の仕訳では、退職給付に係る負債が

150

減少するとともに、これに 伴う税効果(繰延税金負債)60を控除した

90

の退職給付に係る調整額が貸方に発生する

(13)

ことが示されるが、OCI項目の勘定が設定されないため、退職給付に係る負債及び調整 額の発生原因は明らかにならない。

 これに対して、総額処理方式では、第一の仕訳により、退職給付に係る負債

150

の減少 原因は年金資産の増加であり、退職給付に係る調整額

90

の発生原因は数理計算上の差異

150

及びその税効果

60

であることが明らかになる。なお、決算に当たっては、まず第二 の仕訳により、これらの

OCI

項目の残高は、集合勘定である「未認識数理計算上の差異 の当期変動額」に振り替えられる。この振替手続は、当期純利益に計上される収益・費用 項目の残高の損益勘定への振替手続に類似したものである。その後、「未認識数理計算上 の差異の当期変動額」の残高

90

は、第三の仕訳により、AOCIの「未認識数理計算上の 差異」に振り替えられる。この振替手続は、当期純損益の損益勘定から純資産(資本金又 は繰越利益剰余金)勘定への振替手続に類似したものである。

(7)翌期における未認識数理計算上の差異の費用処理

 E社は、数理計算上の差異の費用処理については当期の発生額を翌期から費用処理期間

10

年の定率法(償却率

0.206)で費用処理する方法を採用している。そこで、翌 X2

年度 に数理計算上の差異

31(≒未認識数理計算上の差異期首残高 150

×

0.206)を費用処理し

た。このときの純額処理方式と総額処理方式による仕訳は、それぞれ次のとおりである。

純額 (借)退職給付に係る調整額 19(貸)退職給付費用 31    繰延税金負債 12

総額 (借) 未認識数理差異の組替調整 額(OCI)

   繰延税金負債

31

12

(貸)未認識数理差異の費用処理額

   組替調整額の税効果(OCI)

31

12

(借)未認識数理差異の当期変動額    組替調整額の税効果(OCI

19 12

(貸) 未認識数理差異の組替調整 額(OCI)

31

(借) 未 認 識 数 理 計 算 上 の 差 異

AOCI

19(貸)未認識数理差異の当期変動額 19

 従来の純額処理方式の仕訳では、退職給付費用の取消が

31

発生するとともに、これに 関連する退職給付に係る調整額

19

と繰延税金負債

12

が減少することが示されるが、

OCI

項目の勘定が設定されないため、これらの発生原因は明らかにならない。

 これに対して、総額処理方式では、第一の仕訳により、退職給付費用の取消

31

の発生 原因は未認識数理計算上の差異の費用処理であり、退職給付に係る調整額

19

の減少原因 は未認識数理計算上の差異の費用処理に伴う組替調整額

31

及びその税効果

12

であること が明らかになる。なお、決算に当たっては、まず第二の仕訳により、これらの

OCI

項目 の残高は、集合勘定である「未認識数理計算上の差異の当期変動額」に振り替えられる。

その後、その残高

19

は、第三の仕訳により、AOCIの「未認識数理計算上の差異」に振

(14)

り替えられる。

六 むすびにかえて ─総額処理方式の優位性─

 本稿の目的は、退職給付会計における認識の手続のうち、取引が発生し、資産又は負債 が発生・増減・消滅するごとに会計帳簿に記録する「記帳」の問題について検討すること であった。退職給付会計の記帳方法としては、退職給付に係る負債や費用等を純額で記録 する純額処理方式と、それらの負債や費用等の構成要素を総額で記録する総額処理方式の 二つが考えられる。

 第三節では、実務指針等における純額処理方式の採用根拠を再検討し、少なくとも、退 職給付会計の記帳方法として純額処理方式を用いなければならない積極的な理由があるわ けではないことを明らかにした。第四節では審議会基準の会計処理を前提として、また第 五節では

ASBJ

基準案の会計処理を前提として、それぞれ同じ設例の取引について、純額 処理方式と総額処理方式の二つの記帳方法による仕訳を比較検討した。特に、ASBJ基準 案の会計処理を前提とした総額処理方式による仕訳を初めて示したことは、本稿の貢献で ある。

 最後に、これまでの検討結果を踏まえて、純額処理方式と総額処理方式の優劣について 検討し、その結論をもって結びに代えたい。

1 混合勘定の問題点

 第三節で述べたように、年金資産や退職給付債務等はそれぞれ独立の資産・負債等であ るから、退職給付会計の記帳方法として純額処理方式を用いる場合、退職給付引当金勘定

(退職給付費用勘定)は、単一の負債(費用)を表しているのではなく、一つの勘定のな かに複数の独立した資産・負債・純資産・収益・費用等の項目が含まれる混合勘定13)と なっている。このように退職給付引当金等を混合勘定として設定する純額処理方式は、次 の三つの理由から望ましくない。

 第一に、勘定科目は資産・負債・純資産・収益・費用の

5

つの勘定分類のいずれかに属 するように設定しなければ、勘定の記入ルールを単純に適用できなくなるため、混合勘定 を用いる純額処理方式では、仕訳を行う際に複雑な判断が必要となる。たとえば、年金資 産が増加した場合、混合勘定を用いない総額処理方式では、資産の増加として借方に記入

13) 混合勘定とは、一般的には、総記法による商品勘定のような、一つの勘定のなかに財産勘定と損 益勘定の性質をもつ勘定が含まれるものをいう(森[2005])。これに対して、本稿でいう混合勘定 は、財産勘定(資産)と損益勘定(収益・費用)という組み合わせに限定されないので、通常の意味 とは異なっている。

(15)

すればよいとすぐに判断できるのに対して、混合勘定を用いる純額処理方式では、年金資 産が退職給付引当金の控除項目であることを考慮して、(資産の増加ではなく)負債の減 少として借方に記入するという複雑な判断が必要になる。これは、ただでさえ複雑な退職 給付会計をさらに複雑で理解困難なものにしている重要な問題点である。

 第二に、純額処理方式によって記帳した場合、混合勘定である退職給付引当金等に含ま れる構成要素ごとの残高が把握されないので、総額処理方式によって記帳した場合に比べ て入手できるデータが限られる。そのため、実務上は、注記で開示する退職給付引当金等 の各構成要素の額は、純額処理方式による勘定記録ではなく、退職給付会計のワークシー トを用いて計算されている。それに対して、総額処理方式によって記帳すれば、退職給付 引当金等の構成要素ごとの残高を勘定記録から入手することができるため、ワークシート を用いずに注記を作成することができる。

 第三に、第四節で検討した審議会基準を前提とした場合の「(4)年金支払時における処 理」や「(6)期末における数理計算上の差異の処理」のように、退職給付債務や年金資産 等に重要な変動が生じた場合であっても、純額処理方式では、混合勘定である退職給付引 当金の内部で構成要素ごとの変動が相殺されるため、取引が記録されない点である14)。こ れに対して、総額処理方式では、退職給付債務や年金資産等を変動させる取引はすべて記 録される。

2 総額表示への対応

 純額処理方式による記帳では、財務諸表における表示方法については純額表示にしか対 応できないのに対して、総額処理方式による記帳では、純額表示と総額表示のいずれにも 柔軟に対応できる。

 国際的な会計基準の動向をみると、

IASB

FASB

は、一時期、両者の退職給付会計の 見直しに関するプロジェクトにおいて、退職給付債務と年金資産の財務諸表における表示 方法を従来の純額表示から総額表示に変更する検討を予定していたことがあり、それに対 応して、ASBJ論点整理においても、この問題が取り上げられていた(ASBJ論点整理、第55 項から第60項)

IASB

及び

FASB

では現在はこの問題の検討は延期されているが、今後の 国際的な議論の動向次第では、我が国においても再度対応を迫られる可能性がある。

 また、

IAS

19

号『従業員給付』IASB2004])では、従来から損益計算書上、退職給 付費用を全体として

1

つの項目として表示することを求めておらず、複数の項目で表示す ることを認めていたものと考えられるしASBJ論点整理、第102項から第104項)

2011

6

月改正後の

IAS

19

(IASB[2011])では、数理計算上の差異及び過去勤務費用の遅延

14) 同様の問題は、デリバティブの契約締結時に権利と義務を純額で記録する場合にも生じる。詳し くは、田中[2007]、22─23頁を参照のこと。

(16)

認識が廃止されるとともに、退職給付費用を勤務費用・純利息収益(又は費用)・再測定 の

3

つの項目に区分表示することが要求される。したがって、将来、我が国において

IFRS

が強制適用された際には、少なくとも収益・費用の項目については、記帳方法を総 額処理方式に変更しなければならなくなる。

3 結論

 以上で指摘したように、純額処理方式では、退職給付引当金勘定等が混合勘定になって しまうため、仕訳を行う際に複雑な判断が必要になる、注記に必要なデータが直接入手で きない、退職給付債務や年金資産等に重要な変動をもたらす取引が記録されない場合があ る、といった様々な問題が生じる。特に、純額処理方式の仕訳の複雑さは、財務諸表利用 者にとって、ただでさえ複雑な退職給付会計の仕組みの理解を妨げる大きな障害になって いると思われる。また、純額処理方式では、国際的な会計基準における総額表示への移行 に柔軟に対応することができない。

 それに対して、総額処理方式ではこれらの問題がすべて解決されることから、本稿で は、退職給付会計の記帳方法として総額処理方式を推奨し、今後公表される適用指針や簿 記会計の一般的なテキストにおいては総額処理方式による仕訳に基づいて退職給付会計を 説明することを提案したい。それによって総額処理方式が普及すれば、複雑な退職給付会 計の仕組みが幅広い利害関係者により深く理解されるようになり、退職給付会計情報の透 明性は大きく高まると期待される。

参考文献

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36.

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参照

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