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パーリ学仏教文化学 (26) - 018森部 一「タイのサンチ・アソーク仏教集団についての覚書(<特集>前田惠學先生追悼論集)」

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(1)

[MX/-F]

slovyf

7y-othtwffMe

Maria-LeenaHeikkila-Horn

(J}k-F`,

IiJI

3:

ec

gsv>

-(

ov)r(oesZ

M.

H

t

ffn})zts)

o

ptzz

ANote

ofSanti

Asoke

Buddhist

group

in

Thailand

-On

the

basis

of

the

Study

by

Maija-Leena

Heikkila-Horn-Moribe,

Hajime

In

the

past,

I

analyzed the characteristics of

Santi

Asoke

by

referring to

literature

on

Santi

Asoke

(cf

Moribe

1997,

Moribe

2009).

Of

above-mentioned

literature,

noticeable studies were

Akagi

1991,

Fukushima

1993,

Jackson

1989a

and

Essen

2002.

However,

a

fu11-scale

study was only

Essen

2002.

Therefore,

it

seemed thata study of

Santi

Asoke

was

insuencient.

But

luckily,

I

got

the

book

written

by

Malja-Leena

Heikkila-Horn

(Maija-Leena

Heiklcila-Horn

1997)

quite

recently.

And

when

I

finished

reading the

book,

I

determined

to make a

shortreport of

the

book.

The

book

is

a concise version of a

doctoral

dissertation

written

by

Maeja-Leena

Heikkila-Horn

on the

basis

of

her

fieldwork

in

Santi

Asoke

of

Bangkok

frem

October,

1994

to

April,

1995,

According

to

Mania-Leena

Heikkilti-Horn,

in

the

past,

Western

scholars

had

little

interest

in

Santi

Asoke

Buddhist

group,

And

there was no voluminous

book

written

in

English.

Besides,

studies

by

scholars

in

the early

days,

such as

Jackson,

Olson

and rfaylor,

were not

based

on sufficient

fieldwork,

and

their

interpretations

of

Santi

Asoke,

reflected

the

images

of

Santi

Asoke

seen

by

the

leading

monks

in

Thai

Buddhism

whom

they

studied.

(2)

224

      パーリ学 仏 教 文 化 学

Asoke

s 

leader

, 

Pothirak

s 

horne

 environment  

befbre

 

becoming

 a 

Buddhist

monk .

2

Relations

 and  

differences

 

between

 

Santi

 

Asoke

 and  mainstream

Buddhist

 

groups

 criticized 

by

 

Santi

 

Asoke

3

Social

 classes which  

Santi

Asoke

’s members  

belong

 to.(

4

Why

 

did

 

Santi

 

Asoke

 

have

 to 

be

 

legally

banned

? キーワー ド :サ ンチ ・ア ソーク, ポ チ ラ ッ ク, 主流 派仏教 社 会階層,チ ャ ム       iコーン は

じめ

 

筆 者は過 去 に二

文献 研 究で サ ン チ ・ア ソーク仏 教運 動を取 り上 げ, 分

して き た

森部 1997]

森部 2009 ]

。 その 過

者が利 用 し た 目立 っ た

研 究

と して は,

[赤 木 1991]

福 島 1993]

Jackson

 

l

 

989a ]

そ して

Essen

2002 ]

な どで あっ た

後述

す る

M

H

参考

にす る な らば こ の 中で の

本格

的な研

Essen

の もの のみ で あ る。 した が っ て ,

当該運動

究が あ ま り

展 し て い ない こ とを残念に思 っ て い たの であ るが,

近, バ ン コ クに あ るサ ン チ ・ア ソー クの

本部

を研 究 した

MH

書 [

M

Hl997 ]

を運 よ く 入 手で き,読んで み た とこ ろ, す 紹 介 あ るが

つ か の テ ー マ に つ い て

し ま とめ て

介す る

価値

が ある と判 断 したの で 小論 り上 げる こ と と した。

  当

著 書

バ ン コ の サ ン チ ・ア ソ ー クで

著 者

1994 年

10

月 か ら

1995

年 の

4

にか けて 実 施 した調 査の 成 果に主 と して づ い て かれ た博 士

文の

約 版 で あ る

M

Hl997

35

M

H

によ れ ぼ, ア ソー ク運 動は 西 洋に お い て は ほ とん ど, 学 問的な関心を引きつ けて こ な かっ た し, そ れ につ い て英 語で 書か れ た大 きな研 究は出 版さ れて こ な か っ た とい う

ibid

26

また,初 期の 研 究 者,た と えば , [

Jackson

 

1989a

1989b

1994

Olson

 

l

 

983

1991

Taylor

 

1990

1993]

な どの 研

は き ち ん と し た現 地 調

づ く

もの で は な く, ま た, ア ソー ク

団に

する

彼 等

解釈

は,

彼等

が主 とし て 研 究 し た タイ仏 教の リー ダ ーの 目を通 し ての もの だ っ た とい う

M

H1997

(3)

タ イの サ ンチ ・ア ソーク仏 教集 団につ いて の覚 書 225

34]

 

さて , 以 下 の記 述に 当たっ て,特に注 目し, 取り上 げ る の は, 以下の 四点 で あ る。 一 は, ア ソー ク運 動の リー ダ ーで ある ポ チ ラッ クの 出家 以前の 生 活 状 況で ある。 二 つ 目は,サ ンチ ・ア ソ と サ ア ソク をく タイ の 主流 派 仏教(1)との 関係や両者の 差 異で ある が, と りわ け, 両

互を ど の よ うに考え, 認 識 して い るか とい う点で ある。 三 つ 目は, サ ン チ ・ア ソ ー ク を構 成す る 人々 の社 会 階層, 四つ 目 は , 何 故 , サ ン チ ・ア ソー ク集団 が 法 的に

止 さ れ たのか とい う問

で ある。

1

出 家 以 前

ラ ッ

活状況

 

筆 者 は か つ て 赤 木論 考

赤 木

1991

54

55]

Jackson

の 論 考

Jackson

l989a

160]

に基づ い て 出 家 以 前の ポチ ラ ッ ク がバ ン コ 芸 能

派 手な生 活を送っ て い た と指

した

森部 1997

176]

しか し, そ れ 以前 の

が どの よ うな もの で あっ た か は,

資料

が ない ために 言及 する こ と がで きな かっ た。 付け加える な らば, 矢野の

論考

で もその 点に関 し て は

及 が な い

1994

82]

とこ ろが ,

M

. 

H

の 著

で は, 詳 し くは ない が , 注 目 すべ

が あ る 。 そ れに よれ ば,後に ポ チ ラッ ク と称す るようになっ た

Mongkol

 

Rakpong

1934 年 6

5

日に , か ろ う じて 欲 求が充足 され うる と こ ろの大家 族 に生 ま れ た。 そ して 家 族 を 支 えるの を 手 助 け す る た め に

10

歳 か ら

は アル バ イ トを し な け れな らな かっ た

の 母が 亡 くなっ た

家長

となっ た そ して

6

人の 兄

弟姉妹

を支え

を する

任が あっ た とい う

M

H1997

43]

つ ま り, 彼 は小 さい 頃 に極め て貧困 な 生活を経験 して い るの であ り, そ して

族の ため に

犠牲

に して

い て い たの であ る。

 

さて, 上記した よ うに

は後に芸 能界で 成功 し, 派 手 な生活を送 っ てい た。 矢野に よ れば,

裕福

ら し を送る 一 , 超 能 力や 心 理学あ るい は呪

霊媒

な どに も

心を

し, 一

よ れ

彼 自

ら霊

や心 霊

治療

っ て い た とい う

矢野

1994

82

。 この点 につ い て

M

H

は以下の よ うに 述べ て

(4)

 

226

        パ ーリ学 仏 教化 学 い る。 芸能 ビ ジネス に お い て 絶頂 期をむ か え て い た彼は催 眠術 と黒 呪術に関 心を もつ よ うに なっ た。 そ して

は霊

媒師

とな り, 仏 教に関 心が移 る前に, 何年もの , 人々 を宗 教的 に癒 し た

M

Hl997

43]

その 後, 彼は出家 す る の で あ る が, 何 故 , 出 家 した の か に つ い て は,

赤木

Jackson

も矢 野 も 言及して い ない 赤 木

1991

54

55

Jackson

 

1989a

160]

矢野

1994

82]

。 実は,

M

. 

H

もその 点につ い て は ほ とん ど述 べ い ない の で あるが , 以下の よ う な こ と を 指 摘 して い る点 は注 意 が必 要で あ る。 「ポ チ ラ ッ ク は以下の こ と をい っ て い る。 :歌の 製

作者

と して の 私の

歴はその

頂に あっ た。 仏 陀 の よ うに私は

や名 声や 安楽に屈 しな かっ た。」

M

Hl997

43 ]

つ ま り, 手 に入 れ た富や名 声や 安楽に彼 自身満た さ れ ない もの を感 じて い た と思 わ れ る の で あ る。 こ れは, あ くまで も推 測で ある が,少 年

時代

体験

した

困生

を彼が再 評価 し た とい っ て よ い か も しれ ない 。 実 際 簡 素な 生活の 中で, 家 族の た め に 自己を犠 牲に し て働 く とい う精 神は, 彼が始めた ア ソー ク運動の 精 神, た と え ば, 兄 弟 愛 と か犠 牲 の 精 神

森 部

2009

183

184

190

192

も一致す る とこ ろ があ る。

2

. サンチ ・ ア ソー

ク と主 流 派

異 に

つ い て  サ ン ・ア ソ ー ク と主流 派 仏 教 (こ れ につ い て は後 述 す る)相 互の差 異 につ い て お互い が どの よ う に認 識 し, 批 判 しあっ て い る か を

M

H

の考 察に 基づ い て整理 して お きた い 。 た だ し,

M

. 

H

が考 察 して い る事柄で あっ て も, すで に他の 研 究 者論 文同様内容が指 摘さ れ て い る もの につ い て は, こ こで は取 り上 げ ない 。 い い かえ れ ば, 筆 者に とっ て 目新 しい と思 わ れ る指 摘 が な されて い るもの を取り上 げるこ と にす る。

1

二 つ の派につ い て

 

リ ーダーのポチ ラッ ク が

1973年

に タン マ ユ

け ,マ ハ ーニ ー イ派で 再 出家して い るが, タンマ ユ ッ ト派を

けた理 由は彼が所 属 して い た

僧 院

の 住

がタ ン マ ユ

マ ハ ーニ ー イ

僧侶

会合

組織

した い

(5)

タ イの サンチ ・ア ソーク 仏 教 集 団にっ い て の覚書

227

とい うポ チ ラ ッ クの試み を許さなか っ た か らだ とい う

M

Hl997

44]

。 二 つ の 派に分かれて い 体 制 に対 す るポチ ラ ッ クの

批判

が こ こ に み ら れ る cf.

ibid

44

。 また, サ ン ガの トッ プの ヒエ ラル キ ー は無用 で あ り,彼

神 的な悟 りに達 して い ない し, 仏 教の 教え を誤 解さ え して い る とポ チ ラッ ク は示 唆す る

ibid

45]

ポチ ッ クはタ ン マ ユ ト とマ ハ ーニ ー イ双 方 を拒 否 し, “ 自分は 大

仏 教

で あ り, 上座

で ある” と主張す る。 彼 は, 大 長 老 会 議 とは異 な り, 大

乗仏

教 と上座

教の問に対立 を見 出さ ない 。

は, ま た,

分は

仏教

を統 一 し た い とい 。 彼に よれ ば, ア ソ ー トは上

仏 教 徒で ない と主張す るこ とに よ っ て 大 長 老 会議は上 座 仏教を誤 解 した 。 彼 は, しか し, 大 長 老 会議は仏教の 或る部 分を なお もっ て い る と み て お り, その 部 分か ら完 全に 自分は分 離 した くない と

えてい る。 ま た , ポチ ラッ クは主 流 派 仏教 徒を ま す ま す 世

化 して い る と非難す る。 そ して, その 点で 婚姻 さ えで き る 日本の 大乗仏 教の

僧侶

の よ うに な りつ つ あ ると非難す る

ibid

ll9〕

 

こ こで注意して お き たい 点は, ポ チ ラ ッ クが

分は大乗 仏教 徒であ る と同

に 上座

で も あ る と

い る こ とであ り, 彼が

える 「大 乗 仏 教

」 と 「上

座仏教徒

」 とい う二 つ の

概念

内容

を詳

討す るこ とが今 後 必要であろ う。

   

ア ソ ー ク

団に よ るタイ

仏教

の分 類

 

アソ ー ク集団 は, そ れ らの 伝 統が 人 々 の 欲望を減ら して い るか ,増 加さ せ て い るか , そ して多 くの 人間の

しみ を 引 き起こ して い るか ど うか を基準 と して,

仏教

伝統

を四つ の カ テゴ リ ー分 け 。 第 一 の カ テ ゴ は オ カ ル ト仏教で, こ の信 者 は不思議な力に依 存 し,迷 信や 宝 く じの た りの 予 想, 未 来 占い , 聖 水の散布, 護 符の配布を信じる。 仏教 を 教 え るこの方 法は, 生 活に お ける人々の 欲 望を増 加 させ る が, こ れ らの欲 望に対

す る

力は

少 す る。 第二 のカ テ ゴ リ ーは, “ 資 本主義的 な仏教 ” であ る。 これは信 者の 欲 望 を増 加さ せ , そ し て, そ の欲望 を充足さ せ る能 力を増加 さ せ る。 仏 教の こ

(6)

 

228

      パーリ学仏 教 文 化学 の 形 態は, 心 を鎮め るた め に か な りの 時間を使っ て瞑想の異なっ た種類 の

践 を促す。 ひ とた び, 心 が 明

に なるな ら

仏 教の この形 態に従 う

彼等

, す な わ ち, ビ ジネス マ ン , 会 社 役 員, 銀 行 家は再 度, 相 互の 競 争 に没 頭 し, そ して再 度,社会 を 搾 取 し始 め る とい う。 第三の カ テ ゴ リ ー 秘 密 教” で , これは信 者の 欲望 を

ら し, また, 欲 望を

た す

等の能 力を減 ら す。 こ の 仏教の 形 態は,社

か らの 孤立 を

調 し, そ して 森で の 独 居 を促 す 。 そ して こ の形 態に従 う人 は ほ とん ど消 費 しない 苦 行 者 と な る が,森 林僧 が こ の タ イプの

教を

代表

す る。 こ の タ イ プの 仏教は利己的だ とい う。 第四 のタ イ プが本

の仏教あ るい 根 本 的な 仏教とよ ばれる。 こ の 仏 教

伝統

は, 自分の 欲望を減 らすこ と が で き, 同時に 自らの 生産 性 と創造性を増 加させ る こ とがで き る。 その 伝 統は人々 が そ の利己性を減 ら し, よ り勤勉に な る こ とを

ける。 そ し て, あ ま り

消費

せ ず, 彼 等が もっ て い るもの の 残 り を社 会 と分け合 うよ うにな る。 ア ソー ク

団 は上記の 第 一 で の テゴ リー を主流 派 仏 教

す るもの と み な す。 主

流 派仏

表 と し て ア ソー ク

団は タ ンマ カ ー イ や

て い

ibid

ll2

113]

。 もう

足 す るな ら

ポチ ラッ クは森 林 居住の 瞑 想の僧 侶を “ あ ま りに極端 で ” , “

仏教

えて い るか ら” とい う理

で非

す る。 彼は, 以下の こ と を

調す る。 “ ア ソー ク

団は

森林僧

が行っ て い る ようなや り方で 世 界か ら逃 げよ う と望ま ない

ibid

120]

こ う した点を考 慮す る な らぼ ポ チ ラ ッ ク が

森林僧

の 禁 欲

的実

践に

影響

けて い る とい う趣

Jackson

Jackson

 

l

 

989a

160

再考

が あ ろ う

 

さ て, 主流派 仏教 に対 するサ ンチ ・ア ソークの え 方 を次 に もっ と具体 的 に み て み よ う。 その 点で

M

H

が ア ソ ー 々 に っ た質

票に よ る調 査の

結果

は興味 深い。 と りわ け, 興 味深い の は, 「あな主 流 派 仏 教 の どこが嫌い か ?」 とい う

問へ の 回

の 内容で あ る。 ア ソ ー 僧 侶 る回答例 による と, 主

流派仏教

問題

は以

りで あ る。 :聖水の 散 布, 金 銭や価 値 ある もの の

授受

,宝 くじ の

番号

の予 想,

読経

の リズム , 呪

的行 為をなすこ と,護符の 分配,予 言,車や店

祝福

,花 ・

香 ・ロ ーソ

(7)

      タ イの サ ンチ ・ア ソーク仏教 集団につ いての覚 書      

229

ク を手に して の 崇 拝 破 戒出 家

ちにな るこ と, 明

で ない え ,

一 の

戒律

肉食

,金 銭を受 け取るた めの 箱をもつ 迷信や聖 力 (サ ッ ク ・シ ッ ト

じ る よ うに人々 を促 す。 精 神 的な もの よ り物 質 的な もの に 価 値をお く [

M

H1997

153

]。

 

次に主 流 派 仏教に対す るア ソー クの 見習い僧の 批 判 点は, 以

の通りで あ る。 “ 主流派の 僧 侶の 日課は仏 陀の 教えに反して い る。 そ して 彼 等は戒

に 大変に ル ー ズで ある。 ” [

ibid

154

 

さらに, シ ッ カマ ッ ト   る批 判 点は 以下の 通りで あ る。 :主 流 派の

侶は戒律を厳 格に遵 守 しない 。 彼 等は依 然 として , 金 銭を使い , 財 産を所有 で き,そ して シ ン プル ・ラ イ フ を実践 して い ない 。彼 等は 沢 山の金 銭 を費や し, い やし くも経 済 的で な く, ナ ン セ ン ス な こ とに 夢

で あ る。 い か に

欲を減 らす か を教 え な い。 そのか わ り, 主流派 は個人 の プラ イ ドを支持 し, 人々 に寄 付を強 制 し よ う とす る

ibid

154]

 

出 家 を 目指 す 男 性修 行者(3) よ る批 判 点は 以 で あ る。 :呪 術 的儀 礼を行う。 そ して 金銭 を使 う

ibid

154]

。 一 , 出家を 目指す女 性 修 行 者 (4) に よ る批 判 点は以下の 通 りで あ る。:動 物の 殺生, 巨大な僧 院の 建 設,在 家 の人よ り金

ちで あるこ と, 人

しみを止め る

けに は な らない とこ ろ の

教 的な

式を支

して い る

ibid

154

155]

  最後

に, アソ ー 在 家 々 に る批 判 点は 以下の 通 りで あ る。 : 主

流派

僧侶

は五戒さ え遵 守 して い ない 。

彼 等

は戒

践 してい ない 。 た だ ,戒律 を記憶して い るだ け だ。 彼 等の 説 教は良い が ,自分が説 教 して い る こ と を実践で き ない 。金 銭や護 符の配布や 聖水の 散 布, 他の 呪術 的な実践 に 過

心 を もつ 。

人の 日

に とっ て価 値 の ない 呪術を村人 に 教 え る。 貪欲で あ り, 控え 目で ない 。 セ ッ クス ・ス キャ ン ダル を頻 繁に起して い る。 汚 れ (

kilet

) とみ な さ れ る ラン クへ の 強い 願 望 [

ibid

155

]。

 

こ こで,

意 して お き たい こ とは, ア ソー ク

内部

の メ ン バ ーの差 異に 配 慮 し な が ら, タ イの仏教の他の諸 集 団に対す る ア ソー ク集 団の見 方や考え 方が

M

H

に よっ て明確に されて い る点で ある。

(8)

 230       パ ー学仏 教 文 化 学

   

人に対 する

価の違い と僧 侶の補充の仕 方につ い て

 

ア ソー ク運動は在 家の 人 々や シ ッ カマ ッ ト に重要な役

えて い る が, これ は ア ソ ーク運 動の 重要な性 格で あ る。 他 方, 主流 派は僧 侶の み を評 価す る とい う

ibid

ll3

 

とこ ろで, ポチ ラッ クは主 流 派仏 教の 僧 侶の 補 充の仕 方を批 判す る。

に よ れ ば, た と え ,黄衣 を所有 して い て も, その 人は見 習い 僧 とは い え ない 。

に よ れば, ア ソ ーで は , 以下の よ うな 一 定の段 階を踏まない り,見 習に は な れ ない とい う。 見 習い僧に な ろ うとす る もの は, まず, 五戒を

守で きる こ とを 示 し,に 八戒を遵 守で きる こ と を示 し, その後,十 戒を

で きる こ と を示さ な けれ ぼ な らない 。 そ し て よ うや く見 習い 僧 と して得度 さ れ るこ とがで き るが, その 得度の 前に彼は複 数の 僧 侶か ら

構成

され る

員 会で の面 接に臨む。 その 委 員 会が彼 を見 習い僧 とし て受け 入 れ る とい う決定 を す る場

場 一 致で な け れ ぼ な らない る に在 家の 男性を僧 侶にす る の は

僧侶

か ら

成 さ れ る

査 委員会で あ っ て 先 輩の 指 導 僧 (upachaya

で は ない チ ラッ クに よ れば, 主 流 派 仏教 におい て は, 僧 侶か ら構 成 さ れ る委 貝会は現

的な力を もたない

ibid

120]

4

イ デ オロ ー と実践

  M

H

に よ れ ば, ア ソ ー 集 団 イ デ オ ロ ギ ー , 特に仏 教 経 済 学の イデオ ロ ギ ーは, 主流 派 仏教の 指導 的 な僧 侶や タ イ仏 教の 有 力僧 (た とえ ぼ , プ ッ タ ター ト, キッ ティ ウッ ト ー ャ ワ ラムニ ー

の そ れ と基 本 的に違わ ない とい う。 い わ ゆ るシ ュ ーマ ッ ハ ーの 仏 教

経済

学に よれ ば, 消

は人々 の 基 礎 的な欲 求を満た すこ との み を 目

すの で あ り, これ らの基礎 的 な欲

は 限定され た消

に よっ て満 足さ せ られ るべ きで ある とい う。 仏 陀に よれ ば , 基 礎 的 な

的欲 求は

糧,衣 服,

屋,

で ある。 そ して,

M

. 

H

は主

流派

仏 教 と ア ソー クの 差 異は イ デ オ ロ ギ ーで はな く,実 践 に あ る とい う

ibid

124

125

 

た とえ ば, ア ソ ー ク集 団は, 主流 派 仏教に対して 以下の よ うな批 判を して

(9)

タ イのサン チ ・ア ソーク仏 教 集 団につ い て の 覚書 231 い る。   主流派 仏 教はあ ま りに精 巧で , しか し空

な儀式 を行 う。

 

主流 派 仏教の 怠 惰 な実践。

 

主流 派 仏 教は

物質

的で, 金

ibid

125

 

も う少し, 具体 的か つ 詳 細に い う と,ア ソー ク集 団に お い て は, 主流 派 仏 教の精 巧な儀 礼は否 定 的な現象 と して みな され る。 ま た , リズ ミカル なパ ー リの

り と

仏陀

か しい

装飾

品は

仏教

の教 義の 本質を 隠す もの と み な される。 さ らに, 主流 派の 民衆バ ラモ ン 的 あるい は呪 術ア ニ ミズム的な

践 は

否さ れ る。 ア ソ ー集 団仏 教

伝統

調し, そ し て儀 礼を最 小 限に減ら した。 また, 呪術

信仰

は阻止 さ れ る。 精霊

ピー

に対す る慰撫や精 霊の 影 響を熟考す るこ と一 それ は通常の

に 田

の タ イ 人の生 活の 主 要 な部分 を 占め る の だが一 はア ソー ク

団の

か らは

除さ れ る。 ゴ ー トを

精 霊 け る よ う 促さ れ , そ して, そ こ で , そ れ と戦 うように促さ れ る。 汚れ (

kilet

)は精 霊

ピー

の形 態で 現れ る。 精 霊は,

局は

外界

然の

に は

存在

しな い 。 し か し,人 間の に お い て の み存 在す る。 そ れ故, そ れ らは 呪術 的

礼に よっ て は征 服さ れ え ない 。 しか し, 汚れの 減 少を 目指した仏教実 践 に よっ て 征 服され うる とい

ibid

156

157]

 

以下,ア ソーク集団 と主 流 派仏 教の実践 上の差 異に注 目 して,具体的 な事 例を幾つ か取 り上 げて い たい 。

1

ア ソー ク集 団の 瞑想仕 方

 

瞑想 に対す るア ソー ク 集団 の 態 度 は し ば しば 批 判 さ れ る とい う

ibid

113

]。 他 方, ポ チ ラ ッ ク に よ れ ば, 瞑想 は仏 教 諸 集団 に よっ て しば しば誤 解されて い る とい

ibid

ll4

さ らに

に よ れ ば

教の サ ン マ ・サマ デ ィ

正 しい

集中)

は,単

な瞑想 でな く, そ れは八 正 道 に お ける八番 目の 段 階で あ る とい う

ibid

ll4]

こ の 八 番 目の 段 階に 到 達 し, そ れ を成 し遂 げた

, 人は, よ り勤 勉 に

き,

消費

し, そ して

自分

所 有物

り を社 会 と分 け合う とい う

ibid

ll5]

勤 勉 な 労

少 しの 消

, そ して施 与 行 為は, ア ソ ー 集 団共 有 , 主 張す る価 値 観で あ り

部 2009

184

190

191]

, サマ デ ィ瞑 想に

成功

した 人 はこ の よ う な

価値観

現す る人で あ

(10)

 232      パ ーリ学 仏教 文 化 学 る とい っ て よい 。 ま た , サマ デ ィ瞑 想が ,

に労 働の みで な く, 消 費行 動や 施 与行 為 と も結 びつ けて

え られて い る

注意

が必

であ る cf

ibid

185

196

197]

2 )第

三 の

強 調 と実 践  不道徳 なセ ッ クス を避 け る とい う第三 の 戒律は, ア ソー ク集 団に よっ て力 強 く強 調 され る。 セ ッ クス へ の 情 熱 (

kama

 rakha ア ソ イ デ オロ ギ ーに おい て は, 基 礎 的な汚れ の … と みな さ れ る。 ア ソ ー ク集 団 に とっ て すべ て の 性 活 動不 道徳と し て分 類さ れ る よ うだ 。 主

流派

僧侶

や メー ・チ ーに要 求さ れ る よ うに,僧 侶や シ ッ カマ ッ トは独身で

らす こ とが

期待

され る。

在家

従者

も同じ実 践に従 うように促され る。 彼 等 は分 離 さ れ た

欲 的な寮に

在す る よ うに促 さ れ る。 そ こで は,

10

人か ら

20

人の 人々 が

屋 を共有 して い る。 既 婚の 夫 婦で さえ, 性行 為を控え る よ うに促さ れ る

M

H1997

157]

こ う した ア ソー ク集団の 厳 格な見 解が ど こ か ら由来 し て い るの かに つ い て

M

H

は 以下の よ うに考えて い る。 一 仏 教 え に 関す るア ソーク集 団の 厳格な解 釈。 他の 一 は,セ ッ ク ス に取 りつ か れて い る よ うにみ え る タイ国全体の 状 況 や

1990

年代に幾 人かの 主流派の 僧 侶

近 の よ く知 られ た 例 と して プ ラ やヤ トラ ケ ー

が関与 した 広 く公

され たセ ッ クス ・ス キャ ン ダル で あ る

ibid

157]

3 )悟

りとニ ル ヴァ ーナ

 

ポ チ ラッ クに対 す る最 も持 続的 な非 難 の 一つ は, 自分 は聖 者 (araha )あ るい は

将来

仏 陀

菩薩

で ある と彼が宣言 した こ と に 向け られて きた。上

座 仏

教の

伝統

に よ れ ば,

侶は

分が

りに達 して い る とい うこ と を 自慢 す る こ とは許さ れ ない

ibid

ll6]

。 上 記 の 批判 に 対 して , ア ソ ー 釈は, ポ チ ラッ ク は自分が悟っ て い るこ とを 自慢に して はい ない とい う。 彼 は

自分

りに達 して い る とい う

事実

を い っ て い る にすぎない とい う

ibid

116]

 

とこ ろで ,

り とニ ル ヴァ ー ナに つ い ての ポチ ラ ッ クの

念は主 流 派の教 え と明

っ てい る とい う。 ま

, ポチ ラ ックの

え を整理 し よ う。

(11)

タ イのサン チ ・ア ソーク 仏 教 集 団につ い て の 覚書 233 ニ ル ヴ ァーナを現在の ニ ル ヴ ァーナ と将 来の ニ ル ヴ ァ ー ナに区別 する こ とに よっ て その 概 念を わ か りや す く し た。 現 在の ニ ル ヴ ァ ー ナはそ こ ご こ に あ り, そ して , 汚れ を取 り除 くこ と に よ っ て 達 成さ れ うる。 そ し て, 現

の生 活に おい て の ニ ル ヴァ ーナ は心の 状 態 と し て表 明さ れ る。 ニ ル ヴァ ー ナの 状

, 一

諸段 階 (

sotapa1ma → sakadagami → anagami → araha

を通 過 してい く。 仏 教 徒は

身の闘 争を 通 じて そ こ に到 達で き る

ibid

116

117

D

 

も う少 し, 詳し くみ て い こ う。 araha は

菩 薩

とみ な され, araha で ある こ と は心の 状 態で ある。 菩 薩は世 界の他の 人々を助けるこ と を期

さ れ る。 とい うの は, 菩 薩 は もはや 自我 が な く, そ れ 故 , 自分

身 を 他の人 々 に完 全に

げる こ とがで きるか らで ある。 ア ソー クのメ ンバ ー

りに達 するた め に努力 するよ うに促 され る。 ア ソー クの解釈 に よれ ば, 上 記 の 一 の諸 段 階は こ の世に お い て到 達 され うる。 最 低の段

の sotapanna に 到達す るに は, 以下の こ とが満たされ る必 要が ある。

1

. 六つ の

悪 (

酒, 喫煙, ギャ ン ブ ル, 社 会で認 め られて い ない セ ッ ク ス の 実 践,頻 繁 な

の娯

, そ して怠 惰

か ら自由で あ るこ と。

2

. 五戒を遵 守で きる こ と。

3

. 三宝に敬 意を

え るこ と

ibid

ll7

。 なお, ア ソ ー ク の

に よ れ ,  sotapanna は

結婚

で きる とい う [

ibid

ll7

]。

 

次の 段 階で あ る sakadagami に は,

熱情

や 怒りか ら自由に な るこ と によっ て 到 達で き る とい 。 そ の た め に は八

うこ と がで き な け ればな ら な い 。 特に注 意 すべ きは第三 番 目の 戒律に関す る ア ソー クの

釈に

い , 独

で なければ な らない こ とで ある [

ibid

ll7

]。

 

さ らに 上の 段 階の anagami の レ ベ ル に達 し た人は, あ ら ゆ る世 俗 的な事

か ら自由となっ て お り 世俗 的な楽 し み に誘 惑を 感 じない 。 そ して ,世 俗的 な

来 事は 当人 に影 響 を も た ない 。 しか し, こ の レベ ル の人 は 依然 と して 心 の に或 る汚れを もつ だ が そ れ られ は

外部

に は示され ない

ibid

118

]。

 

最 終段 階

は araha であ る。 こ の 段

に達した人の特 徴は,

我の

観念

か ら

(12)

 

234

      パ ーリ学 仏 教 文 化 学 完 全に 自由で,他人 の益 の ため に働 くこ とがで きる。 とい うの は,当人に は 自我が ない か ら で ある。 この 段 階はニ ル ヴァ ーナ と 状 態 , そ こ に は 自我が ない 。 非 利 己 的で , 怒 りが な く, 貪欲もな く, あるい は妄想 もな し) [

ibid

117

118

] 。

 

一方, タ イ仏 教

の 一般 的 , ニ ル ヴァ ーナ は伝 統 的に は大 変 遠 くに ある, 想 像で き ない , 到達 しえ ない 何もの か と して 記 述さ れ る。 僧 侶 の みが ニ ル ヴ ァ ーナ到達へ の 現実的な チ ャ ン ス を もつ だ ろ 普 通の 在 家の 人々 は, ニ ル ヴァ ーナ にけ て 自分志 向さ せ る と さ え し 。 その か わ り, 彼 等は来世 におい て , よ り好 ましい 社 会 的 ・経 済 的 な状 態再 生 に足 る十 分な功 徳 (プ ン

を稼 ぐこ とに集 中す る

ibid

ll8]

 

とこ ろで 主 流 派 仏 教 に お い て は, ニ ル ヴ ァ ー 状 態 発 展 段

は,

つ かの

サ ンサ ー

お け ッ プ として み なさ れ る。 第 一段 階 sotapanna あ り , 将 来, 七回 の 再 生 に お い て 聖人

araha

に な るとい

で ある。 次の 段

は, sakadagami で , こ の

存在

は感

的な 楽し み と悪 意 とい う中間形 態を破壊 した。 次の段 階は anagami で ,

高の 段 階は, araha で ,  araha は, 死ぬ時にニ ル ヴァ ーナ に入 るだ ろ う

ibid

116]

 

れに せ よ, ポ チラ ッ クに よれば, ニ ル ヴァ ー

の で , 現 世で 到達 可 能だ とい

ibid

118]

。 ま た, 僧

で あ れ,

人で あ れ, 努 力 次

で この世 で ニ ル ヴァ ー ナへ の到 達が基本的に可能で あ る とい う考え 方 を

示して い る。 さ らに, 上記で み る限 り, こ の 世で ニ ル ヴァ ー

階を比

的詳 し く

定して い る点は注 意が 必

で ある。

4

Pluksek

儀 式

 

ア ソー ク集 団は一年に何 度か すべ て の

や シ ッカ マ ッ トや

人の た め に 国 内規 模の 集 会 を組織 し, 開催 する。 こ の 一 こ こ

pluksek

式で ある。 こ の

儀式

毎年

,マ カ ブチ ャ の 日あ た りに シ ー サ ・ア ソ ー (5)組織 さ れ る。 マ カ ブチャ 日は最 も

重要

宗教

日の 一 あ ら ゆ るタイの

によっ て

守 され る。 そ して タ イの 公 の祝 日で さ え あ る。 主流 派 仏 教の 僧 院に お けるマ カ ブチ ャ儀 式は

tien

 wien 儀 礼を含み , そ こ で の儀 礼で は, 在

(13)

タイ の サ ンチ ・ア ソーク仏教 集団につ い て の覚 書

235

家の 々 は主た るス トゥーパ

仏 舎 利塔

ロ ーソ クやハ ス の

を もっ て

周 回す る

pluksek

儀 式の 名 前は, 呪 術 的 な

儀 礼

言及

す る。 そ れはっ ま り, 主

流派仏教僧

護符

や, あるい は他の 宗教 的な もの を 聖 別 す るた め に な す儀 礼で あ る。 そ れ に対 して , ア ソ ー で い

pluksek

とは七 日間, 連 続 的に説 教 する こ とに よっ て人々 を聖 別す る こ と

plUksek

khon

を意 味 す る

ibid

125

126]

こ こ で, 注 意すべ きは, ア ソー ク集 団 が本 来は呪術 的で あっ た儀 礼の 名称の み を

使

い , 内

変更

してい る点で あ る。

 

こ の ア ソー ク主

pluksek

の儀 式に関し て さ らに注 意すべ は, 以下 の 事 実で あ る。

M

. 

H

よ れ ば ,

1995

に シーサ ・ア ソー クで

さ れ た

該儀 式に は ア ソー ク集 団の 僧 侶が

80

人 ぐ らい , そ して

約 15

人の シ ッ カ マ ッ トが い た。 そ れ に加 えて , 主 流 派サ ン ガか らの僧 侶 と見 習い 僧が 合 わ せて

50

人 ぐ らい い た。 そ の う ち, 若い 見 習い僧が

約 10

人 ぐ らい いて ,彼 等の年 齢は

10

歳か ら

15

歳 ぐ らい の

であ っ た。 以上 の

50

人 ぐ らい の 僧 侶の 大 部 分 は

北タ イの

僧 院

か ら

て い た。 彼 等は当該 儀 式の 問,つ ま り七 日間, シ ー サ ・ア ソ ー クに 滞在 した

ibid

126]

。 なお, 

M

. 

H

に よ れ ば, 主流 派の 僧 侶 は ア ソー ク

団と

触す る こ とが

止 さ れ て お り, も し,大 長 老 会 議が ア ソ ー ク と彼 等の 関係 を知っ た な ら,

彼 等

を 還俗さ せ る こ とが で き る とい う [

ibid

126

]。 こ こ で , 注 意 して お きた い こ とは, ア ソー ク

団 と主流 派の僧 侶が 相 互に全 く無

であ るわ けで は ない とい うこ と と,

危険

を承知 で

北タ イの 主流 派の 僧 侶 等が問題

式に

加 してい る とい うこ とで ある。 ま た , 後 者の 点は,

北タ イの 僧侶 の 間で ア ソー ク集団 が 一 の魅 力を もっ てい る こ とを示

す る。 そ して, その

力がい かなるもの であ る か, 今 後, 検 討が 必

で あ ろ う。

5 )葬

儀の や り方

  葬儀

の や り方に

す る

例を

介 して主

流派仏教

とア ソー ク

団の

えの 違 い を

示 した い。

 

M

H

に よ れ ば, ア ソー クの僧 侶 とシ ッ カマ ッ トは, しば しば, 他の 僧 院

(14)

 236      パーリ学 仏教 文化学 の 葬 儀

加 する。 た と えぼ, ア ソ ー クの 人の 家 族が亡 く なっ た時 家族 は通

主流派 仏教

僧 院

の 一つ で

伝統

的 な

葬儀

を もちた い 。 こ う した場 合, 何 人かの ア ソ ー , 主

流派

仏教 僧 侶 れ る

儀礼

加 する よ う招 待され る。 理論 的に は,主

流派

はア ソ ー 僧侶 を 招 待 す るこ とは許さ れ ない 。 あ るい は,彼 等 と接 触を もつ こ とは

さ れ な い しか し, そ れ い つ も, 個々の 主 流派の 住 職の 決 定 次 第で ある

ibid

135

]。 こ の 場合の伝 統的な葬 儀は, 数 日の 徹 夜 の読 経 を含 む。 そ こ で は, 主 流 派の 僧 侶 は死 者が来 世 に到 達す るの を

易に す るた めに パ ー リ経 典を読 む 。 こ う した伝 統的 な葬儀の 幾つ かの ケ ース で は , ア ソ ー 僧 侶は ま た 主流 派の僧 侶読 経の後に話を す るた め に招か れ る。 ア ソ ー 僧 侶 ー リ語や タイ語で 読 経は し な い 。 その か わ り,

彼等

は死

で は な く, 家 族の メ ン バ ー をめ るた め に言 葉を か ける [

ibid

135

136

。 こ こで 注 意して お き たい こ との 一つ 目は, 理論 的に は

され ない に もかか わ らず,

葬儀

う主 流派僧 院の 住 職え次 第で ア ソー クの 僧 侶や シ ッカ マ トが

葬儀

加 可 能に な る とい で あ る。 二 つ 目は,葬 儀に対 する力 点 の

き方の違 い で あ り, 主流 派が来 世 へ 死者 到 達 に 焦 点 を

い て い るの に対 し, ア ソ ー 僧 侶は死 者の 家 族を慰め る ことに

焦点

をお い てい る よ うに み える。

 

さ らに少 し補 足 しよ う。

M

. 

H

に よれ ば, 葬儀 を含め て ア ソー クの

諸儀 礼

は一般 に大 変にシ ン プル で ある とい そ の理 由は, 主流 派が行う

式の

す るすべ て の リ ズ ミ カル な読 経や線 香を燃や す こ と を欠い て い る た め で あ る

ibid

137]

6

)その

 

菜 食 主義

 主流 派 仏 教徒 とア ソー ク集 団の 論 争の 一つ 菜 食主義関す の で あ る とい う。 ア ソ ー

菜食実

仏 教 経 典 。 つ ま り,仏 陀が以 下の こ と をい っ た とい うこ とを根 拠に して い る。 :僧 侶 等の 食 事の楽 しみ を増す た めに

彼等

げる こ とは捧 げる者に とっ て は悪 行だ。 一

菜食

捧 げ

るこ と は

完璧

功徳

と な る

ibid

116

。 こ こで は,

(15)

タ イの サンチ ・ア ソーク仏教 集 団につ い て の覚書 237 ア ソー ク集 団の菜 食主義の 根拠が 仏 教の

経典

め られて い る点に注 意 して お きたい 。

  〈

仏像を もた ない ア ソー ク

団 の僧 院

 

主流派 仏 教とア ソー ク

団 との き な差 異は, ア ソー ク集 団の 僧 院に は仏 像が ない とい う点で あ る

ibid

ll9]

。 そ れ 故 , ア ソー ク集 団は仏 陀を崇 拝 して い ない と非

されて き た。 しか し, ア ソ ー 集 団説 明に よ

ダン マ , つ ま り

教 義

の みが

仏陀

すこ とがで きるの で あっ て , 仏

が仏 陀を

すの で はない

ibid

119

]。

 

ポ チ ラッ ク は以下の こ とを強調 す る。 “

自分

はタ イの 人 が仏 像を崇 拝 する の を妨 げた くない し か し, 自分は 仏像の 背後に ある

念を崇

さ せ たい 。 ”

ibid

121]

こ の 観念は上記の ダン マ つ ま り教 義に他な ら ない こ こ で は ア ソー ク集 団の教 義重

姿

に 注意して お き たい

  〈

散布 〉

 ア ソー ク集 団に よれ ば, 主流派 仏 教の 僧 院で 行われて い る聖水の 散 布は カ ル マ の法 則や不 運か ら 人 を 自由に しない とい う。 い たず らに

らす よ りも散

された言 葉 を獲 得 し, そ して 説 教 に耳 を

す方がベ タ ー だ とい う [

ibid

ll9

]。 こ こ で は, 僧 侶の 言 葉や説教 を重視す る ア ソ ー ク集団の

姿

勢 に 注意 し て おきた い 。

3

. ア ソー

団 を

構成

々 の

地 域

会 階 層

 

M

H

は 自身が集め た統 計 資 料に基づ い て 考 察 を進めて い るが,

女の も っ 統 計 資 料 は , 以下 の 二 種 類の もの で ある。 一 , mahapawarana と よば れ る国 内規 模の 集ま りに参加 した在 家の 人 々 と修 行 者を 合 計 した

187

人 の 回

答資料

で あ る。 他の 一 , 別の 国

内規模

ま りで ある

plUksek

式に 参加 し た

2181

人の在 家の人々 の 回

答資料

であ る

ibid

201

 

さて , 彼 女は , ア ソ ー の メ ン

階層

を 明 らか め に

の サ ン プル の

か ら,

代表

的な サ ン プル で あ る,

僧侶

の サ ン プル と

在 家

の人々 の サ ン プル の二 つ を

い て,回

答者

出身地

学歴

出家

職業

(16)

  238      パ ーリ学 仏 教 文 化 学 につ い て 議論 して い る。 そ れ に よ れ ぼ, ア ソ ー 集 団 僧 侶

35

% は, タ イ の 最 も

しい

地域

で あ る

東北

タ イ

出身

で ある。 よ り豊か な地 域, つ ま り, バ ン コ や 中部タ イ出 身の 僧 侶

合は

47

%に 上 っ た。 次に ア ソ ー 集 団在 家々の

61

% は東 北 タ イ 出身で

25

%は

中部

タ イ出 身で あ っ た [

ibid

201 ]

 

続い て学 歴につ い て い え

ア ソ ー ク集 団の 僧 侶うち ,小 学

に の み通 学 し たの は

25

%で あ っ た。 ま た、

28

% の 者が 大 学で 勉 強 した。 残 りの 僧 侶 は 中学校勉 強を終え た か, あるい は職 業学

で の専

を受け るに と どまっ た。 次に ア ソ ー集 団

在家

い て

51

%の 人々 が 小学

の み で勉 学を終え,

16

% が 大 学で勉 強 した

ibid

201

202

 

さ らに, 職 業で ある が, ア ソ ー

僧侶

う ち

25

出 家 以前職 業は農 民で あっ た。 ま た,

20

% が役 人であっ た。 そ して,

23

% が他の職

その

は私 企

で働い て い た が, よ り大 き な

を もっ てい る と思 わ れ るよ うな商人で はなか っ た。 次に在 家の 人々 に つ い て い えぼ,

26

%が

民で あっ た。 そ して

15

% が役 人で あっ た。 さ ら に

27

% が 役人 か私企

のい ずれ かで い て い た。 なお, 農 民や役 人は社 会を 上昇 移 動す る

と して 明 ら かに通 常み な さ れ る階層に属 さ ない

ibid

202

 

以 上 の 事 実を踏まえて 彼 女は, ア ソ ー 都 市的 , 上昇 移 動 す る ミ ドル ク ラス を代 表す る者とし て みな す こ とは で き ない と

指摘

す る。 そ して ア ソー ク集 団が タイ の 上 層 階級と ミ ドル ク ラス の なか の 上

位者

を代

す る とい う諸研 究 者たちに よっ て 主 張されて き た初 期の 仮 説を拒否す る の で

あ る

ibid

202

。 上

研 究者たちとは, 

Olson

ibid

26

, 

Jackson

ibid

27 ]

Taylor [ibid

29 ]

 

Suwanna

ibid

30]

  cf.[

Suwanna

 

l

 

990

, 

Swearer

ibid

32]

  cf,

Swearer

 

1991]

な ど あ る 。

4

何故

, ア ソ ー

集 団

は法 的 に禁 止 され

 

国家の 宗 教の

本 部

で あ るバ ン コ ワ ッ ト ・ボウ ォ ンニ ェ ー ト出 身の 現 僧 侶や元 僧 侶に よれば, サ ン チ ・ア ソー ク は

仏教

で は ない とい う

MH

(17)

タ イのサン チ ・ア ソーク仏 教集団 につ い て の覚 書

239

1997

15]

1973

年にマ ハ ー ー イ

再 出家

し た , ポ チ ラッ クはナ コ ン ・バ ム にア ソー ク と タ ー を立 しわ け だ が , そ れ を 含 めて 主 流 派サ ン ガの

な行 動へ の批 判 ,

菜 食

採用

, 眉

らない こ と, 明る い オ レ ン ジ色で は な く褐 色の 衣 を着 用 して い る こ と な どに関 し てサ ン ガ当局 は批 判 した

ibid

44

]。 また, ポ チ ラッ クの

教が あ ま りに攻 撃 的で あ る とい う点でタイ仏 教徒の 主 流の

信奉者

判して

ibid

44

。 サ ン チ ・ア ソー クで はシ ッ カマ ッ ト と呼 ばれ る尼

の 立場や地 位を認 めて い るが , 主流 派 仏教の 僧 侶た ちは女性 の 出 家 を奨励 しない

ibid

46

]。

 

さて,

M

H

に よれ ば,

1980

に タ イで は タ ン マ カ ー イ とサ ン チ ・ア ソ ー ク が

くの

を獲 得 し始め た。 そ して,

通の タイ人の 俗 人は タン マ カ ー イの瞑想方法を しば しば批 判 し, ま た, ア ソ ー

団の厳 格さ も批 判 す る が , 当局に よっ て逸 脱 し

題の 余 地あ る もの と して認 識 さ れて い の は ア ソー ク

団の み だ とい

ibid

12]

当局

が その よ うな

認識

何 故 っ て い るかに つ い て

M

H

は, 当局の 関心が 仏 教 的な

心 よ り も政 治 的な関心に あ る か ら だ とい う。 っ ま り, サ ンチ ・ア ソ

運動

も目立つ 俗 人サ ポ ー タ ーであ る元バ ン コ ク都 知 事政 治家 ャ ム ロ ー ン の政 治 的 影 響 力へ の関心 で ある [

ibid

13

 

当局の 関心が仏 教 的な

心 よ り も政

治的関

心 に あ る とい う点にっ い て

M

H

が さ らに詳

な議論 を展 開して い るの で, 以

介 したい 。

 

彼女 は, ア ソー クの 理論 と実 践につ い て の

検討

か ら,以 下の よ うに指摘 し て い る。 ア ソ ー 集 団 え は

的な主

派の

の プッ タ タ ー トの え に か な り近づ く。 っ ま り, 両者は呪 術 的 ・ 的な

践 を

拒否

巧な儀 礼や装 飾さ れ た僧 院,仏像の 崇 拝を拒否す る。 こ の 意味に おい て, ア ソーク集 団が異端で あ る と か, 非 正 統で あ る と

結論

す るこ とはむ しろ困難で ある。 また, ア ソ ー ク は社 会 に対す るプッ タ タ ー トの

態度

や ,

社会批

判を共 有 する。 さ らに消

源 の無 駄 使い に対す る ア ソー クの 人々 の 批 判は近

化や西 洋

や タ イ国

す るパ ユ ト(6) ン トと根 本 的に 違わない とい う

ibid

142

143]

(18)

 240       パ ーリ学仏 教 文 化 学

 

で は,

何故

, ア ソ ー 集 団止 さ れ か ?

 

何 故 団は タ イ社会で 仏 教の 領 域だ けで な く,

社会

・政

的レベ ル に お い て さ え, 抵 抗 的な 運動 とみ な されて きたの か ?

ibid

203]

 

こ の よ うな問題 を

起 した

M

H

え を 以下に整理 し て おき たい 。

 

19

世 紀 に お い て マ ハ ーニ イ と タン マ ユ ッ トとい う二 つ の

分 裂 が あっ たが タ ン マ ユ ト派が 一般に よ り正 統 的 と認

さ れて い る。 しか し, こ の 分 裂 の 重 要 性 は サ ン 当 局に よ っ て 一貫 して 軽 視 さ れて い る とい う。

20

世 紀の間で さ え , タ イの サ ン ガ に お い て は,

体制

に意 義を唱え る幾 人か の 者が い た。 これ らの 反 体 制 的な思 想 家の 何人 か 一 た と え ば , キ ッ テ ィー ウ ッ トーの よ うな

   

は, タ イの 仏 教 徒の標 準に基づ い て さ え, あ ま り, 正統 的で は な かっ た。 一 , ヤ ン ト ラの よ うな

人 かは, 全 く非 正 統的 な や り方で る舞っ た [

ibid

203

]。 

M

. 

H

が提 出して い る結論 によれ ぼ, 戒

や規 則に

す る

り返 さ れ る違反に も か か わ らず,

故,反 体 制の 僧 侶 等が強制 的に還俗さ せ られ ない かの理 由は政 治 的な もの で ある。 つ ま り, タ イに お ける正統な 仏教 と非正統な仏 教 は何 らかの 立 した あるい は

教の 学 問 的な権 威に よ っ て よ り も国

威に よっ て描か れ た定義づ けで あ るとい う。 キ ッテ ィ ー ウ ッ トーの場 合 が そ うで あっ た よ うに,

指導 的

人政

治家

に よっ て 支

さ れ る僧 侶や集 団は戒 律 違 反 を し て も, 国 家の サ ン ガ によ る

制裁

け るこ と な く,

くほ どの 行 動の

自由

を もつ よ うにみ え る とい う

ibid

203 ]

。 ま た, 問 題の余 地の あ る 瞑想の 教え と論 争 中の

経済

的な

引に もか か わ らず, タン マ 運 動 禁止 こ な か っ た 理

は,政 治 的な もの で あっ た とい う つ ま り こ の集 団は 何人 か の指 導的 な軍人 政 治家に よっ て公 然 と支持さ れて い るとい う

ibid

204 コ

 

で は, ア ソ ー 集 団を政 止 す か ?

 

何 故, ア ソー ク

団は国

抵抗

す る もの と

解釈

さ れ たの か ?

 

これ らの 問い に対 して の

M

H

の 解 答は以下の通 りで ある。 つ ま り, ポチ ラ ッ ク が チャ ム ロ ー ン や チャ ム ロ ー ン の 法力

密な接 触を深め た こ とに あ る。 とい うの は, チャ ム ロ ー が タ イ 政 治

た ち と 政 治 的

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