[博士-審査要旨]
博 士 学 位 論 文 審 査 要 旨
学位申請者氏名 梶原 靖子
論 文 題 目 TOF-SIMSによる無機有機複合材料の評価手法に関する研究 審査委員(職名・氏名・印)
主 査 准教授 青柳 里果
審査委員 教 授 富谷 光良
教 授 近 匡
教 授 尾張 真則
論文審査結果(合 否) 合
論文審査の要旨
本論文では、高機能性材料として注目されている無機化合物と有機化合物とが分子レベルで組み 合 わ され た 無機 有機 複合 材 料の 詳 細な 解析 を目 指 して 、 飛行 時間 型二 次 イオ ン 質量 分析 法
(time-of-flight secondary ion mass spectrometry:TOF-SIMS)による材料の測定データから有 用な情報を効果的に引き出すためにデータ解析手法を応用し、次のような知見を得ている。
1. 2種の高分子混合試料の評価
TOF-SIMS はイオン照射によるスパッタリング現象を利用した表面分析法であり、最大で ppm
レベルの高い検出感度をもち、十分な濃度があれば100 nm程度の高い空間分解能で二次イオン像 を描画できることから、半導体、金属、セラミックス、有機物、生体高分子などの幅広い分野にお ける材料の評価に用いられている。しかし、有機物の高分子量体または生体高分子などの場合、複 雑なフラグメント化によって得られる二次イオン質量スペクトルは煩雑となり、解釈がしばしば困 難となる。そのため、TOF-SIMS 分野においても 2000 年ごろからスペクトル解析に多変量解析
(MVA:Multivariate analysis)が利用されるようになり、G-SIMS(Gentle-SIMS)、g-ogramと いった新たなスペクトル解析法も開発されている。 MVAは、複数の変量のデータが同時に得られ るときにこれらを一括して分析する方法であり、複数のデータを少数の成分で解釈することができ る。MVAの代表的な解析法である主成分分析(PCA:Principal component analysis)は、多変量 の情報(ここでは、二次イオン質量スペクトル中の各二次イオンピークの強度)のばらつきが最大 になるように、もとの情報を主成分という新たな変量へ変換する手法である。本手法により、スペ クトルの比較だけでは分からない試料間の違いを客観的に判断することができる。ただし、得られ る主成分には物理化学的な意味を含むとは限らないため、解釈は困難になることがある。一方、多 変量スペクトル分解(MCR:Multivariate curve resolution)は、あらかじめ成分数を決め、
[博士-審査要旨]
論文審査の要旨(続)
負の値を含まないなどの拘束条件を付与することで、スペクトルデータ集団から成分スペクトルと その相対濃度および統計ノイズを分離することができる手法であり、各成分を濃度マップとして再 構成表示することができる。この手法で分離されたスペクトルは実際に得られるスペクトルと類似 しているため、PCAよりも解釈が容易という利点がある。
そこで、TOF-SIMSデータへのデータ解析法の応用の基礎検討として、基板成分および外部汚染 や不純物成分が共存する2 種の高分子混合試料の TOF-SIMS データに相補的な特徴をもつ主成分 分析(PCA)および多変量スペクトル分解(MCR)を適用した。結果として、PCA は分布の違い といった特徴的な傾向をもつ物質の把握とMCRの成分数の推定、MCRは純成分の由来の推定に有 用であることを確認し、複数成分の混在する系ではPCAにより推定された成分数をもとにMCRで 解析するという方法が有効なことを示した。
2. ハイドロキシアパタイト(HAp)ナノ粒子の評価
ドデシルリン酸ナトリウム(SDP)で表面修飾されたハイドロキシアパタイト(HAp)ナノ粒子 の表面のTOF-SIMSデータにG-SIMSおよびg-ogramを適用することにより、ナノ粒子の形態の 違いを評価できることを示した。 G-SIMS、g-ogramは、フラグメント化の特性の違いをもとに二 次イオンを分類する方法であり、低フラグメント条件下で得られるスペクトルと高フラグメント条 件下で得られるスペクトルとの強度比を外挿することで、分子イオンまたはもとの構造を保ったフ ラグメントイオンの強度を強調したスペクトルが得られる。この手法は、高分子量体の同定のほか、
汚染成分や添加剤の分離にも利用されている。この研究では、G-SIMS、g-ogram による表面の化 学構造情報から、HAp表面とSDPとの相互作用がラメラ構造との強い関連があることを明らかに し、G-SIMSとg-ogramは無機有機複合材料の微細構造を解析するのに有用なことを示した。
3. 平均分子量の異なるPolyethylene glycol(PEG)混合試料の評価
平均分子量の異なるPolyethylene glycol(PEG)混合試料のTOF-SIMSデータを対象に、MCR で異なる分子量成分を分離するためのデータ前処理などの解析条件や特性の違いについて検討し た。また、G-SIMS、g-ogramにより、フラグメント化特性の違いに基づいてPEG600とPEG2000 とを区別できるかどうかも調べた。その結果、ピーク強度の大きい低質量側のフラグメントイオン や汚染成分をピークリストから除くことで、MCRによりPEG600、PEG2000、PDMS(外部汚染 成分であるPolydimethylsiloxane)を示唆する成分が分離された。 一方、G-SIMS、g-ogram結果 から、PEG600とPEG2000とで化学結合状態が異なることが示唆され、MCRでPEG2000由来と 示唆された成分がG-SIMS、g-ogram においてもPEG由来であることが示された。したがって、
データ前処理条件を最適化することにより、MCRにて平均分子量600 uおよび2000 uのPEG成 分を分離できること、G-SIMS、g-ogramにて両者の分子内の結合状態が異なることを明らかにし、
MCRや G-SIMS、g-ogramは、低分子量成分の有無やその分布状態を解析するのに有用なことを 示した。
[博士-審査要旨]
4. ガラス繊維強化Polycarbonate(PC)におけるPCオリゴマーの分布状態の評価
プラスチックをマトリックスとし、内部にガラス繊維を含有させたガラス繊維強化プラスチック
(GFRP)は、金属材料に代わる軽量で強靭な機械部品として注目されている。プラスチックに Polycarbonate(PC)を用いたGFRPはカメラの外装部品や携帯、スマートフォンの筐体材料など に利用されており、PCに強化材としてガラス繊維を配合した系にPCオリゴマーを配合すると、ガ ラス繊維強化材料でありながら、外観および塗膜への密着性が向上することが知られている。この 理由は、射出成形時にせん断応力により低分子量成分のPCオリゴマーが成形品の表面に偏析し、
ガラス繊維の表面への露出を妨げるためだと考えられている。一方で、樹脂-ガラス繊維界面の特 性がガラス繊維強化プラスチックの劣化挙動に影響することも知られており、樹脂-ガラス繊維界 面の局所領域における粘弾性などの物性の違いから、界面には数100 nm程度の中間層が存在し、
低分子量成分が局在していると考えられている。しかし、このような局所領域における化学情報を 直接調べることは困難なため、中間層が形成される詳細な機構については明らかになっていない。
そこで、実用材料に近い系であるガラス繊維強化PCを対象とした成形品内部におけるオリゴマ ー成分の分布状態をTOF-SIMSを用いて解析した。オリゴマーを配合したデータと配合していない データを統合したデータに対してPCAを適用し、PCの分子量の指標となる負二次イオン成分に着 目することにより、ガラス繊維強化PC成形品内部におけるオリゴマー成分の分布状態を明らかに した。
以上のように、本論文は、無機有機複合材料や高分子試料のTOF-SIMSデータにおいて試料間の 差異成分を定量的に評価する場合は多変量解析が有用であり、特に、特定の二次イオン成分のみに 着目する場合は主成分分析 (PCA)、比較的広い質量範囲におけるスペクトル全体の化学情報に着目 する場合は多変量スペクトル分解(MCR)が有効であることが示された。また、特有の化学構造に 着目して形態や化学結合状態などの違いを評価する場合には、G-SIMS、g-ogarmが有効であること を示し、多くの知見を提供している。
本論文で得られた知見は、複雑な材料の解析に大きく貢献すると期待される。よって、本審査委 員会は本論文を学位論文として十分な価値を有するものと判断した。
(以 上)