修 士 論 文
地域と向き合う商業教育の創造
- 地域の教材化と起業家教育 -
三重大学大学院 教育学研究科
教育科学専攻 人文・社会系領域
山 本 政 己
目 次
は じ め に 1
第1章 商業教育の現状と課題 2
第1節 地域社会の衰退と商業教育 2
第2節 新学習指導要領と商業教育 4 第3節 地域社会から離れた商業教育 5 第4節 検定教育の限界 8
第2章 地域と向き合ってきた教育 11
第1節 地域教育の先行研究 11
第2節 地域学習で学校が変った - 塚田忠雄の場合- 13 第3節 村を育てる学力 - 東井義雄の場合- 14 第4節 地域と向き合う小・中学校教育 15
第3章 課題研究「四日市学」 19
第1節 がんばれ商店街から四日市学へ 19
第2節 地域社会に高校生の出番を 23
第3節 課題研究「四日市学」卒業生意識調査の概要 26
第4節 卒業生意識調査の分析 28
第4章 「四日市学」から見えたもの 32 第1節 高校生の活動が地域を励ます 32 第2節 高校生もまちづくり-市議会との交流- 33
第3節 研究成果の発信 35
第4節 商業教育の新たな可能性 36
第5章 起業家教育を取り入れた商業教育の創造 38
第1節 起業家教育の現状 38
第2節 地域と向き合う起業家教育の構想 42 第3節 研究授業「起業家教育と商品開発」 46
第4節 地域と向き合う授業事例 53
第5節 新科目「商品開発」 55
お わ り に 57
参考文献および参考資料 58
謝 辞 59
資料編
- 1 -
は じ め に
賃金が親の家業より高給となれば、継がせるより工場勤めを願うのは当然である。わが国の産 業構造の変化は、高校生の進路選択に大きく影響してきた。結果、地域から若者の姿が消えた。
ところが幸せを掴むはずの都会も変わった。若者の低賃金・過密労働の総称であるブラック企業 が今、話題になっている。また希望を叶えた若者にとっても、グローバル企業を中心に成果主義 がすすみ、未来は決して明るいものではない。
日本経済は今、大きな曲がり角にいる。ソニー、シャープ、パナソニックが国際市場での優位 性を失い、経営の存続が懸念されている。またその影響は、地域経済にも及び、高校求人倍率ベ スト3入りを誇った三重県においても、0.85(2013年7月末:三重労働局)と高度経済成長期か らは、想像もできない状況となっている。成長神話が崩壊した今、地域経済の活性化を「大企業 の誘致で」は考え難い。新たな地域経済モデルが課題である。
高等学校学習指導要領解説・商業編の「改訂の趣旨」に「改善の具体的事項(教科横断的な事 項)三つの視点を基本とし、各教科を通して以下の横断的な改善を図る」として下記のように解 説している。
「 第一は、将来のスペシャリストの育成に必要な専門性の基礎・基本を ・・ 略 ・・ 第二は、将 来の地域産業を担う人材の育成という観点から、地域産業や地域社会との連携・交流を通じた 実践的教育、外部人材を活用した授業等を充実させ、実践力、コミュニケーション能力、社会 への適応能力等の育成を図るとともに、地域産業や地域社会への理解と貢献の意識を深めさせ る。第三は、人間性豊かな職業人の育成という観点から、 ・・ 略 ・・ 規範意識、倫理観等を育成 する。」 高等学校学習指導要領解説・商業編(p.3)より抜粋 第二に提起されている「地域産業や地域社会との連携・交流」は、学校現場に問題意識の喚起 と教科教育の再検討を迫るものである。旧改訂では「国際化・情報化への対応」が謳われたが、
現場の教職員に危機感や緊張感はなかった。今次改訂にある「地域産業」「地域社会」への貢献 の提起は、文部科学省においても地域が看過できない状況との認識によるものである。林業は、
重大な岐路にある。「今、切り出せば宝の山に、この機を失するとゴミの山」、林業だけでなく 地域経済・地域社会にとっても、転換を図るラストチャンスだと聞こえる。
本論は、地域経済の再生を学校教育の立場から地域教材と起業家教育
1の観点で論じるもので ある。論文構成は、① 商業教育の現状と課題 ② 地域と向き合ってきた教育 ③ 課題研究「四 日市学」④「四日市学」で見えたもの ⑤ 起業家教育を取り入れた商業教育の創造、である。と くに②では、東井義雄「地域を育てる学力」、塚田忠雄「地域に根ざす教育」など、先人の偉大 な研究に出会うことができた。また③では、自らの7年間の課題研究「四日市学」を卒業生意識 調査に基づいて論じている。最終章である⑤では、新教科「商品開発」に地域教材を取り入れる ことで、地域経済の活性化につながる起業家教育の可能性について述べている。
研究目的は、商業教育の地域経済に果たすべき役割とは何か、商業教育に起業家教育(商品開 発)をどのように位置づけるべきか、地域学の教育学的意義 、の3点を明らかにすることであ る。研究の方法としては、先行研究に学ぶとともに、卒業生意識調査を実施した。起業家教育に ついては、アメリカの教科書の考察と2013年2月26日の研究授業「商品開発とコト」の事後アン ケートの分析である。起業家教育への広がりと可能性を明らかにできればと思う。
1
商品やサービスを作り出す企業家の養成、人々に賃金と雇用の機会を提供する「資本主義社会の原動力」(「起業の教科書」
より)
- 2 -
第1章 商業教育の現状と課題
人口減少期を迎え、少子化対策が喫緊の課題である。地方自治体では、転住者への住宅の斡旋 や補助金、子ども医療費の無償化などを実施している。平成の大合併以降、過疎化や限界集落の ニュースは少なくなったが、問題は山積している。全国各地で見られる光景であり日常化したた め、ニュースにならないというのが実態であろう。
三重県においても高等学校の閉校が南伊勢・東紀州・伊賀地区で相次いだ。いずれも農業・林 業・漁業が盛んな、天然資源に恵まれた地域である。また、全国的に知られた観光地でもある。
しかし毎年、当たり前のように生徒たちは、都市へと旅立っていく。
今、高校教育は人口流出の危機感を地域社会と共有すべきである。行政と連携した学校教育の とりくみと役割が求められている。筆者の「商業高校の原点は、地域に根ざした、地域のための 学校であるべきだ」の思いは、今次改訂の高等学校学習指導要領解説・商業編によって確信に変 わった。本章では商業教育の現状から課題を明らかにする。
第1節 地域社会の衰退と地方行政
南北に伸びる三重県は、地域によって抱え る課題は異なる。北部は、名古屋を中心とし た中京経済圏に含まれることから、就職超氷 河期が全国紙の見出しを飾った年でも、求人 には恵まれた。
しかし東紀州・南伊勢・伊賀のそれぞれの 地区では、市外・県外に就職先を求めなけれ ばならない実態がある。その困難な状況を示 すグラフが図①と図②である。熊野市と尾鷲 市は三重県の最南端、東紀州地区にある。図
①は、尾鷲市が全国に先駆けて高齢化社会を 迎えていることを示している。とくに年齢20
~24歳と25歳~29歳が全国と比べて大きく 落ち込んでいる。図②は、熊野市にある木本 高等学校の2011年度卒業生220名の進路状況
である。地区外就職及び進学者は(内未定12名を含む)213名、7名を除く生徒たちが地域を離れ ることを示す。
地域を担う若い世代 が地域を離れることを 余儀なくされてきたこ とを示すものである。数 年して地元に戻るので あれば問題はないが、グ ラフ図①は、そうでない ことを示している。
資料 ③
図① 2010 年度 尾鷲市の人口ピラミッド 筆者作成
図 ② 三重県立木本高等学校 平成 23 年度進路状況 筆者作成
- 3 -
東紀州地区にある県立高等学校では、卒業式・入学式に市長が祝辞を述べ、生徒たちに地域の 期待を語ってきた。また科目「産業社会と人間」では、地域への誇りを育てることを目標に、学 校あげてとりくんできた。しかし、現状を変えるまでには至っていない。
三重県議会 平成24年10月 4日第2回定例会予算決算常任委員会教育警察分科会及び教育警察 常任委員会で小野副教育長は、藤根委員の質疑「紀南地域の高等学校活性化推進協議会の3回目 の会議での議論はどういう内容であったのか」に対して、資料①の答弁を行った。
教育行政の関心は、学級規模と生徒がどれだけ集まるかという点に傾斜していることが分かる。
「県立高等学校活性化というが、これまでの話しは縮小でしょう。活性化という題目に多くの人 は、期待を寄せる。教育長は正直に言うべきだ。縮小という必要はないが、再編でしょう・・」
は上記に紹介した分科会(平成24年10月4日第2回教育警察分科会[中継記録より])での奥野県 議の本音に迫る質疑である。真伏教育長は「・・大幅な中学校卒業者の減少があり、今のままで は学校そのものの活力がなくなってしまうため、適正規模・適正配置をしていかなければならな い。ただ単に数を減らすだけでなく、 新しい学科を作るとか、中身をしっかり見直すことにより、
一定の活力を付けたうえで、その地域の学校という存在意義を作っていかなければならない。数 を減らす部分と、活性化の部分は、同時に行う。残った学校や縮小していく学校については、学 校としての使命をしっかり果たせるように、あえて活性化と言っている」と答弁を行った。「統 廃合と地域活性化を同時に行う」としているものの、「廃校に」軸足があることが過去の事例か ら推察できる。県央に国道42号線が南北に縦断する南勢地区がある。その沿線に宮川高校と長島 高校があったが廃校となり、現在、80キロ超の区間に高校が存在していない。林業と漁業で有名 な地域であるだけに、過去の産業モデル「大企業誘致」でしか発想しない施策では、活性化の展 望は開けない。三重県教育ビジョンに示された「キャリア教育の一層の充実」も地域の期待には 応えられない。学校現場から持続可能な地域づくりの声をあげ、教育実践で解決の道筋を示す時 ではないだろうか。もちろんそれは生徒たちの声でなければならない。
地域が抱える問題や課題を生徒たちが自らの生活や生き方の問題として認識することができ れば、若い世代の流出の問題にも展望が開けるのではないだろうか。また大学や専門学校での学 習や研究にもつながることが期待できる。都市に留まる生徒たちも地域との絆を失わず持ち続け ることができれば、地元に生活の基盤を持たなくても、貢献の形は様々考えられる。
今後の紀南地域(熊野市以南)の活性化についてというテーマを中心に論議を願い、たたき台を 提示した。たたき台に至った経緯や、学級数の根拠に関わる補足資料を示しながら、地元の進学ニ ーズに応えるための木本高校の必要な学級数や紀南高校のコミュニティ・スクールとしての活動を 評価した。1学年2学級規模の単独校としての位置付けについての説明では、できる限り2校存続 の意見が多く出ていたが、一方で、統合自体反対という意見や、活力あるうちに統合すべきという 意見もいただいた。できる限り2校存続の意見の中には、どうしても統合せざるを得ない学級数規 模になれば、やむを得ないという意見が主流であった。 * 下線は筆者
資料① 統廃合へ傾斜する教育委員会の答弁
出典: 三重県 平成 24 年 10 月 4 日 第2回定例会予算決算常任委員会教育警察分科会報告書
2014.1.17 参照 http://www.pref.mie.lg.jp/GIKAI/contents/4317/player_bb1.htm より抜粋
- 4 - 第2節 新学習指導要領と商業教育
高等学校学習指導要領解説・商業編の「改訂の趣旨」の「改善の具体的事項(教科横断的な事 項)」では、「三つの視点を基本とし、各教科を通して以下の横断的な改善を図る」としている。
特に「第二」に注目した。「第二は、将来の地域産業を担う人材の育成という観点から、地域産 業や地域社会との連携・交流を通じた実践的教育、外部人材を活用した授業等を充実させ、実践 力、コミュニケーション能力、社会への適応能力等の育成を図るとともに、地域産業や地域社会 への理解と貢献の意識を深めさせる。」(同解説書p.3)と述べている。この内容を具体化する 科目として「ビジネス経済応用」が新設された。前回改訂時のキーワードは「国際化・情報化・
サービス経済化」であった。
「今後の専門高校における教育の在り方等について(答申)」
1. 専門高校の現状と課題
(専門高校の果たす役割と意義)
(生涯学習の視点を踏まえた教育の在り方)
(社会の変化や産業の動向等に対応した教育内容の見直し)
(地域や産業界と連携した教育の在り方)
略
第四は、専門高校における教育の改善・充実を図るためには、地域や産業界と連携した教 育の在り方を考えていく必要があるということである。
専門高校には、地域の伝統工芸や地場産業をはじめ、各分野にわたる地域産業振興の期待 を担って設立されたものも少なくない。現在でも、専門高校を卒業後就職した者のうち8割 以上が県内に就職しているなど、専門高校においては一般的に地域の様々な期待やニーズに こたえながら教育活動が行われている。
近年、各地域においては、経済の多様かつ構造的な変化や地域密着志向の高まりといった人 の価値観の変化に伴い、地域の活性化に向けた新たな取組、人材確保等の必要性が増してお り、専門高校にはこれまで以上に地域社会を担う人材を育成し、地域との結び付きを強めて いくことが求められている。 (アンダーラインおよびより抜粋は筆者)
資料③ すでに「理産審」では平成 10 年に地域活性化を議論
平成 10 年 7 月 23 日 理科教育及び産業教育審議会(答申)より抜粋 第9節ビジネス経済応用
略 (5) ビジネスの創造と地域産業の振興
ア.起業の手続
イ.新たなビジネスの展開 ウ.地域ビジネス事情
(内容の範囲や程度)
内容の(5)のアについては,起業の意義及び起業の手続の概要を扱うこと。イについては,新しいビジネ スの展開の具体的な事例を研究させるとともに,新しいビジネスを考案させること。ウについては,身近 な地域のビジネスを研究させ,地域産業の振興方策を考案させること。
ここでは,起業の手続の概要,新たなビジネスの展開の現状及び身近な地域のビジネス事情を取り扱い,
ビジネスの創造や地域産業の振興に取り組む能力と態度を育てることをねらいとしている。
( アンダーラインおよび抜粋は筆者)
資料② 起業家教育と地域産業の振興が教科書に登場
高等学校学習指導要領解説・商業編(p.41)より抜粋
- 5 -
「地域産業を担う」の表現に唐突の感を覚えるが、平成10(1998)年7月23日の 理科教育及び 産業教育審議会の答申(資料③)、「2 今後の専門高校における教育の改善・充実のための視 点」に「地域と地域産業とのパートナーシップの確立」が登場している。
はじめにで紹介した「林業は今、重大な岐路にある」とは、NHKクローズアップ現代(2012 年11月13日(火)放送)「眠れる日本の宝の山~林業再生への挑戦~」の番組でのコメントの引 用である。戦後に植林された木々は、今切り出せば宝の山、 この機を失するとゴミの山だという。
番組では、日本林業の課題「流通と精密加工」を新しいビジネスモデルとして「林業の6次産業 化」、生産から販売にいたる地域産業モデルをとりあげた。 「地域社会にとって、今がラストチャ ンス」というコメントが印象に残った。
本論は、地域の教材化と起業家教育に商業教育としてどう向き合い、とりくむべきかを論じて いる。従来の行政頼り、政府まかせの地域振興政策でいいのか、学校教育として地域経済にどの ような貢献ができるのか、とりわけ地域活性化を担う生徒たちの意識と出番を、どう演出するか を構想するものである。資料③の新教科「ビジネス経済応用」は、「起業と地域」を学ぶ教科で あり、生徒たちが自らの生き方と重ねて考える学びが期待できる。学習指導要領の提起を学校現 場が自らの課題として論議を深め、カリキュラムに位置づけ実施されることを願いたい。
第3節 地域社会から離れた商業教育
図③は、三重県立四日市商業高等学校110周年記念誌に掲載された卒業生の進路データの一つ である。1953年から2009年までの自営者数の推移を示している。自営者数は高度経済成長に反し て減少し、現在では皆無となっている。地域の小売業者が子どもの進路先として商業高校を選択 肢に入れていないことを示している。これは「流通革命
2」が全国に広がり、大型店に顧客を奪 われた小売店主の営業意欲の喪失と見ることもできるし、商業教育が地元小売店の期待に応える ものではなかった、との推測もできる。
地域産業の担い手・経営者の育成という商業学校の使命は、図③が示すように1980年代で終焉 を迎えた。女子比率(図④)の上昇と相まって、事務・販売業務を担う人材の育成へと舵を切ら ざるを得なくなったことも原因である。金融・保険業界をはじめ、コンビナート企業に多数の卒 業生を輩出したが、1990年代に入ると、徐々にその数も減少し、進路指導でのブランド(大企業 への就職)も過去のものとなった。事務職の多くは、四年制大学や短期大学卒業生にその職と地 位を奪われた。結果、商業高校生たちの進路希望も変化した。下記の図⑤は、商業高校卒業生も 四年制大学や専門学校への進学が増え、就職と進学の比率が相半ばする状況に至ったことを示す ものである。
2 1962 年に発刊された東大の林助教授によって書かれた著書の名前、1960 年代以降の流通システムの大きな変化、流通経路の
短縮化
図③ 卒業生自営者数の推移 三重県立四日市商業高等学校 110 周年記念誌より抜粋
自営者数の推移
0 10 20 30 40
5 3 年
5 5 年
5 7 年
5 9 年
6 1 年
6 3 年
6 5 年
6 7 年
6 9 年
7 1 年
7 3 年
7 5 年
7 7 年
7 9 年
8 1 年
8 3 年
8 5 年
8 7 年
8 9 年
9 1 年
9 3 年
9 5 年
9 9 年
0 1 年
0 3 年
0 5 年
0 7 年
0 9 年
- 6 -
この傾向は全国的で、駒沢大学経済学部教授番場博之によれば「商業科生徒の大学進学にあ たっては、『結果として大学へ進学することになった』というケースが多く、その意思決定にあ たっての選択肢のなかには、大学進学・専修学校進学・就職などが並列して存在するのであ る。 ・・略・・ A大学とB企業とC専修学校といった選択肢のなかから進路を決定している のである。また、商業科では優秀な生徒が必ず進学するとは限らない。経済的理由から進学を断 念し、就職するということも少なくない。」(『職業教育と商業高校―新制高等学校における商 業科の変遷と商業教育の変容―』大月書店 p.161 )と強調している。
さらに番場氏は、商業教育衰退の原因を、「商業高校が衰退・低迷していったのは、そこで養 成された人材が担った労働が他によって代替されたため、そして、そこでなされてきた職業教育 が他の教育機関による職業教育によって代替されたためである。」 (同書 p.197)と述べている。
事務系労働の多くがコンピュータにその職を奪われ、残った販売業務も派遣労働によって代替さ れるに至っては、商業教育の専門性の生き残る余地は、極めて少ないと言わざるを得ない。
人気が低迷する商業教育の打開策として、「専門性の深化」が提起された。税理士・公認会計 士という難度の高い資格取得をめざすとするものである。商業高校卒業後、努力の末に専門学校
や大学でそれらの資格を手にしたという事例はあるが、状況を大きく変えるには至っていない。
全国で16番目、三重県では初の商業学校が明治29年四日市町に誕生した。四日市商業学校(現 四日市商業高等学校)である。初代校長は、四日市商工会議所会頭の井島茂作氏。稲葉三衛門が 私財を投じて築いた、伊勢湾初の稲葉港(旧四日市港)を中心に紡績工場の建設がすすみ、東海 道の宿場町であった四日市が産業都市へと変貌を遂げていった。経営者の多くは、四日市商業学
図⑤ 就職・進学の推移 三重県立四日市商業高等学校 110 周年記念誌より抜粋 就職・進学比率の推移
0 50 100 150200 250 300 350 400 450
5 3 年
5 5 年
5 7 年
5 9 年
6 1 年
6 3 年
6 5 年
6 7 年
6 9 年
7 1 年
7 3 年
7 5 年
7 7 年
7 9 年
8 1 年
8 3 年
8 5 年
8 7 年
8 9 年
9 1 年
9 3 年
9 5 年
9 9 年
0 1 年
0 3 年
0 5 年
0 7 年
0 9 年
就職 進学
0 100 200 300 400 500
5 3 年
5 5 年
5 7 年
5 9 年
6 1 年
6 3 年
6 5 年
6 7 年
6 9 年
7 1 年
7 3 年
7 5 年
7 7 年
7 9 年
8 1 年
8 3 年
8 5 年
8 7 年
8 9 年
9 1 年
9 3 年
9 5 年
9 9 年
0 1 年
0 3 年
0 5 年
0 7 年
0 9 年 男女別卒業生数 1953~2009
男 女
図④ 男女比率の推移 三重県立四日市商業高等学校 110 周年記念誌より抜粋
- 7 -
校に後継者教育を託した。同校の110周年記念誌には、明治期においてすでに、英文タイプの授 業や米国人女性講師による英会話の授業がおこなわれていたことを証明する写真や資料が多数 ある。地域産業の担い手をどう育てるかが、学校の目標であったことがよく分かる。
翻って既述の図③「卒業生の自営者数の推移」は、工場経営・自営業者の後継者育成という学 校の使命が終わったこと示している。当時、商店経営者の多くは、食品を中心としたスーパーマー ケットの脅威に晒され、展望をもてずにいた。さらに、店の収入より工場勤めのサラリーマンの 方が高給となれば、家業の継続を見切るのも当然である。
今日、 若者を取り巻く状況は一変した。金の卵と呼ばれた時代があったことを彼らは知らない。
労働市場では、20代の若者の二人に一人は非正規雇用〔経済産業省「労働力調査」〕である。出 産後の女性の継続就業者率は、26.8%〔国立社会保障 人口問題研究所(平成22)〕。卒業時の進 路保障だけでなく、卒業後の生活は、親世代とは大きく異なり、過酷なものとなっている。女性 比率の高い商業教育にとって、女性労働の厳しさと向き合うことも必要ではないだろうか。
2013年3月7日、三重県立四日市商業高等学校と朝日大学の「商業教育に関する連携協定」調印 式が四日市商業高等学校内で行われた。三重県教育委員会が、専門学科で学ぶ生徒を対象に、よ り高度な技術の習得や難易度の高い資格取得を目指して実施する「志」と「匠」の育成推進事業
「若き『匠』育成プロジェクト」の研究校に同校が2012年5月23日に指定され取り組んだもので ある。高大連携は各地で生まれている。専門性を深めることで存在意義を見出そうとする施策の ひとつである。
高大連携は、1999年に中央教育審議会(中教審)が「初等中等教育と高等教育の接続の改善に ついて」と題する答申を出して以降、様々な形で実施された。
①出前講義・出前授業:大学の教員が高校に出向いて講義や模擬授業を行うもの
②高校生を科目等履修生や聴講生に:学修成果を高校や大学の単位として認定するもの
③オープンキャンパスや特別講義:普段の授業とは異なる内容の新鮮さに人気が集まる 大学教育とは無縁な高校生には、知的な刺激になったことだろう。連携の模索は、大学だけで はない。企業との連携もある。文科省は先の改
訂でインターンシップやデュアルシステム
3を提 案した。厚生労働省・ 経済産業省・ 内閣府に よって発表された「若者自立・挑戦プラン」 (2003 年6月)を受けて、考案されたものである。しか し、職業訓練的内容であり、地域経済の担い手 育成という観点では人口減少・過疎化が加速す る地域においては不十分なものである。また100 人、200人という単位での受け入れは困難である。
したがって講座単位での連携にとどまっている。
夏休みに実習体験を組織する学校もある。
2004年4月、三重県立桑名工業高等学校は、イ
ンターンシップではなくデュアルシステムを採用した。企業と学校がパートナーシップを深め、
共同して人材を育成するシステムである。学校で基礎・基本を学ぶと同時に、企業の最先端技術 や実践的技術にふれることで、学習成果と勤労意欲を高めるというものである。1年生は、複数 の職種業種を体験、2社での体験をそれぞれ5日間行う。2・3年生は、学校設定科目「企業実
3
企業での実習と学校での講義等の教育を組合せて実施することにより若者を一人前の職業人に育てる仕組み(文部科学省) 資料④ すすむ高大連携
伊勢新聞 2013.3.8 より
- 8 -
習」の時間(2年生は火曜日、3年生は水曜日)に、自分の適性にあった企業で週に1日、一年間 を通して実習を行う。企業の一員として参加する中で、学校では学ぶことのできない、最新技術 や地域産業の優れた技を実際に修得する。
高校生レストラン「まごの店
4」(写真①参照)は、テレビドラマになった。また地域活性化 の成功事例として過疎化に悩む自治体の注目を集めた。企画演出は「多気町まちの宝創造特命監」
の岸川政之氏である。その著書『高校生レストランの奇跡』 (伊 勢新聞2011.7.7)で「まごの店」の事例をあげ、「高校生の出 番の演出が地域社会を励まし、活性化につながることを明らか にした」と語っている。五桂池ふるさと村には、食物調理科の 卒業生が運営する「せんぱいの店」が「おばあちゃんの店」の 横にオープンし、町内にある工場や事業所に弁当の販売を行っ ている。
商業教育をはじめ職業教育は、産業構造の転換・技術革新と
いう経済のパラダイムにどう対応すべきかの模索の時代を迎えている。高大連携もインターン シップ・デュアルシステムもその模索の一つである。技術・技能教育は早ければ早いほどいい。
また「まごの店」の成功事例は、職業教育は教員が教えるのではなく、プロの出番であることを 示唆している。専門学校への進学率が大学進学率に並んでいるのもその現れとみることができる。
大卒の特典が得られなくても、それぞれの分野の技術や資格を優先したということである。
これらの変化を職業教育にとって脅威とみるか、新しい可能性が開けたとみるか。とりわけ商 業教育は、技術・技能ではない商品開発のような、新しい商品やビジネスモデルを構想する力、
具体的に進める知識とコミュニケーション力などの育成が課題である。それらは点数化できない が、高校教育が教科指導以外で得意としてきた特別教育活動、部活動やクラス活動などに可能性 の広がりを覚える。
第4節 検定教育の限界と課題
全国商業高等学校協会(略:全商協会)のホームページには、全国商業高等学校長協会と公益 財団法人全国商業高等
学校協会の名前が並ん でいる。「全商」は、
公益財団法人全国商業 高等学校協会の略称で ある。財団が実行部隊 とするなら指令部は、
全国商業高等学校長協 会である。大正14年5月 に設立された全国商業
学校長協会が前身であり、その後昭和21年5月全国商業学校協会に改称された。昭和23年新制高 等学校の発足に伴い、全国高等学校長協会の商業学科を主とする部会として、同年5月に現在の
4 平成 14 年、多気町五桂池ふるさと村「おばあちゃんの店(農産物直営 施設)」の食材を利用した、相可高校食物調理科生
徒が運営する調理実習施設
表① 全商協会 事業収益と検定受験者数種目別一覧表 珠算・電卓検定事業収益 239,016,540 検定種目 受験者数 簿記検定事業収益 259,193,424 珠算・電卓 308,156 ワープロ検定事業収益 423,365,921 簿記 266,331 英語検定事業収益 140,232,529 ワープロ 327,078 情報処理検定事業収益 369,408,143 英語 150,945 商業経済検定事業収益 115,092,992 情報処理 314,861 会計検定事業収益 3,779,681 商業経済 123,438 スピード認定事業収益 24,776,382 会計 3,379
パソコン入力 35,036
事業収益合計 単位:円 1,546,453,228 合計数 1,529,224
写真① 「まごの店」2013.12.27 撮影
- 9 -
全国商業高等学校長協会が設立され、現在に至っている。公益財団法人全国商業高等学校協会は、
平成23年4月1日より我が国の産業教育の発展に資するため主として「高等学校における商業教育 の振興、普及を図る諸事業を行い、以って社会に貢献できる自立した有為な人材育成に寄与する こと」を目的として設立された。前身は、昭和31年、設立された財団法人全国商業高等学校協会、
商業教育関係者には「全商」という呼称で親しまれてきた。協会の事業目的は、①商業教育に関 する調査・研究事業 ②教員の資質向上に関する事業 ③生徒奨励に関する事業 ④商業に関す る各種の検定事業 ⑤商業教育の振興に関する助成事業 ⑥その他この法人の目的を達成する ために必要な事業、の六項目である。
1) 年5回 検定にチャレンジ
「全商協会」の財務は、経常収益総額(平成23年) 1,553,354,221円の大半(1,546,453,228円)
は検定事業収益である。財団の事業は、検定問題の作成と合格証書の発行が中心となる。年間検 定受験者数の延べ数は、1,529,224人、会員校生徒数は全日制297,028人・定時制26,470人で合計 が323,498人(全国商業高等学校長協会:平成24年度都道府県別公私立会員校数及び男女生徒数 一覧表より)、年間一人の生徒が約4.7科目以上の検定を受験していることになる。検定料は1500 円、日商検定の4500円からすると父母負担の軽減にはなっているが、受験回数を考えれば7500 円超となる。検定試験は商業教育にとって必須のツールである。技術教育としての側面を考えた 場合、検定抜きの授業はあり得ない。「読み・書き・そろばん」は、わが国の民衆教育の基礎、
珠算教育の歴史は、検定の歴史そのものである。技能や技術レベルを認定することは、学習者へ の大きな励みとなる。それぞれの技術・技能レベルに応じて出題数や難易度をあげ、3級合格・2 級合格・1級合格などの呼称で、認定書が授与される。全商協会は、商業教育の発展に大きく貢 献してきた。
2)検定ブームと「資格取得」
「検定」ということばが新聞やマスコミを賑わす事件があった。漢字検定である。ニュースに なり議論を呼んだのは2009年2月、そう昔の話しではない。現在では「地域」検定がブームを呼 んでいる。検定人気の秘密は、テーマや出題内容のおもしろさと親しみやすさにある。限られた 出題範囲からの数パターンの出題となれば勉強にも力が入る。商業教育においても簿記や珠算、
英文・和文タイプがそうであったように、限られた内容を一定時間にこなし、基準得点以上であ れば「合格」となる。教える教師にも、学ぶ生徒にとっても、何をしなければならないかが明確 である。合格証書が発行され、就職・進学に有利だとなればこの上ない悦びとなる。
筆者はこれまで、大ソロバンの珠算教育から大型汎用計算機(FACOM_M360)、さらにパーソナ ルコンピュータの情報処理教育を担当してきた。技術革新の速さに振り回された商業教育であっ たとの感慨をもちながらも、コンピュータ抜きの商業教育は、今日ではありえない。しかし最近 のパソコンの進化は、商業教育そのものを侵食しており危機感を覚える。簿記の知識がなくても 仕訳・記帳ができる会計ソフトの登場、初歩的な経理業務であれば、商業高校で学ばなくても、
普通科・総合学科で学ぶことができる時代である。筆者が学ぶ大学院の仲間にも、パソコンに明
るい普通科出身学生がいる。論文作成にネット検索はもちろん、ワードやエクセルを自在に活用
している。商業教育の今日的課題について思いを馳せずにはおれない。
- 10 - 3)検定教育の限界
全商協会のサイトに掲載された「先輩の声」というコーナーがある。そこには、商業科生徒た ちの検定への思いや期待が記されている。現場での検定教育がどのようなものであるかがよく分 かる。検定教育を中心にした授業は、生徒たちにとっても教師にとっても実に分かりやすく悩む ことは少ない。教える範囲も内容も明らかである。残された課題は問題集をやり遂げられるかど うか、生徒のモチベーションをどう引き出すかである。中学校の授業で「芽」が出なかった生徒 が、簿記の授業で勉強の面白さを知り、力をつけ自信を回復した事例によく出会う。このように 見てくると検定教育の弊害など、どこにあるのか、と思われることだろう。しかし、商業科目の 非検定科目と考えられてきた商業経済・商業法規などの科目も検定の対象となり、検定一辺倒の 商業教育に批判的な筆者にとっては、見解は大きく異なる。
「商業科の卒業生は、指示された仕事は、実に手際よくこなせるが、指示されないと何もでき ない」、企業の人事担当者がある懇談会で語った話しである。どのような場面での話しなのかも 定かでないが、学校生活での彼らの様子から思い当たるところがある。制限時間内に記憶した内 容を正確に再現することを問う検定試験では、自主的な判断や独創的な発想、行動は求められな い。したがって、企業側の要望「独創性や主体性」を生徒に求めるのは筋違いである。検定教育 の限界は、商業教育に求められる今日的課題の克服にとって大きな障害となっている。
小 括
高等学校学習指導要領・商業編は、地域社会と商業教育の方向性を示し、新教科「ビジネス経 済応用」と「商品開発」に大きな期待を寄せている。本格実施は、来年度(2015年)の新2年生 からである。現場論議をどこまですすめることができるかがカギとなる。検定問題集がなければ 授業が成立しないという意見が大勢とならないことを祈りたいが、課題研究のスタートがそうで あったように、指導の見通しが立てられず、困惑する現場の姿が想起される。
今、高度経済成長期とは異なるパラダイムにわが国は入った。この認識に立つことが教育現場 においても求められている。量から質へ、大量生産から少量多品種生産へ、モノからココロへ、
勤労者教育から起業家教育へ。地域経済再生につながる商品開発力は、生徒たちの自発性と創造 性に負うところが大きい。
- 11 -
第2章 地域と向き合ってきた教育
本章では、学校教育が地域とどのように向き合ってきたかをたどり、今、求められるものとは 何かを考察する。
わが国の教育史に生活綴方教育
5がある。1920年代、農山漁村の公立小学校の教室で国定教科 書のなかった国語科綴方(作文)の時間に厳しい生活現実の中から学習者に生活の問題をとらえ させるとりくみとして注目され、全国運動となった。地域の現実を教材化してきた伝統にふれる とともに、今日の高校教育が地域と向き合いきれない背景を明らかにできればと思う。
第1節 地域教育の先行研究
小・中学校の社会科教育は、常に地域と向き合い、地域を教材としてきた。それに対して高校 教育はどう向き合ってきたか。忌憚なく言えば、最大の関心事は、大学進学か資格取得(検定教 育)で、地域を教材とした事例は、少ないのが実態である。もちろん家庭科教育のホームプロジェ クトや農業教育の農業クラブの歴史は、地域と向きって来た歴史そのものだが、高校教育全般か ら見れば少数派である。それは過去の研究からも明らかとなった。「Cinii
6」論文検索シ ステムの検索結果資料⑤を見てみよう。
検索は、まず「商業教育+地域教材」でおこなった。結果は、1件のみに終わった。次に「教 材」を「経済」に置き換えて「商業教育+地域経済」とした。結果は7件となった。「地域教材」
のみでの検索結果は、さすがに244件にのぼった。事例のいくつかを下記に紹介する。なお、
専門教育「商業」を除く、農業・水産・工業の各部門においては、水産教育の1件のみという結 果に終わった。生徒たちの活躍がニュースで報じられているが、それぞれの教育領域での研究が 記録されていないことを示している。農業や工業は、地域と深くかかわってきたものであり、研
5
生活の中の生々しい現実とそれをめぐっての考えや感情を文章でありのままの書き学級集団で深化・共有をはかる教育運動
6Cinii(サイニー)国立情報学研究所による論文検索用統合サービス、日本語の論文や図書・雑誌など学術情報を検索
◇ 商業教育+地域教材 1件
「 地域を歩く、地域を知る、地域から学ぶ-地域の課題を求めた地域教材化実践-」
(第 37 回 全国商業教育研究協議会 全国集会の部 未来を拓く商業教育の創造-
地域とのつながりで豊かな学びを〔2005 年))春日井商業高等学校 塚田 忠雄
◇ 商業教育+地域経済 7件
①「地域経済と商業教育の役割」 (第 43 回 全国商業教育研究協議会 全国集会)
全国商業教育研究協議会年報(2001),20-28,2011 山本 政己
②「競争と分断」から「共同と連帯」へ地域経済活性化に関連して
(全国商業教育研究協議会年報 2005)中央大学 八幡一秀
③商業高校の地元商店街との連携 -地域をつなぐ商業教育の創造-
(特集「21 世紀の地域経済振興を支える地域密着の産学公提携」) 小村 雅彦 中小商工業研究 (81),76-82,2004-10
④記念講演 「地域経済振興と商業教育」
(第 36 回〔全国商業教育研究協議会〕)全国集会の部 中央大学 八幡 一秀 全国商業教育研究協議会年報 2004,6-19, 2004
⑤地域における商業教育の現在と未来
「40 年にわたる地域教育の経験を基礎として」 柏村 一郎
佐賀大学経済学部 地域経済研究センター年報 7,143-172,1996-03
資料 ⑤ Cinii(論文検索システム)の検索結果 (検索日2013.4.25)
- 12 -
究テーマとしてあえて「地域」を冠する必要がなかったのか、などの疑問が残った。そのような 専門教育にあって家庭科教育では、7件がヒットした。地域別にみると沖縄県が4件となった。
予想したことだが、小・中学校の研究に圧倒された。検索結果でも小学校で70件、中学校で41 件である。郷土教育運動
7が戦後も継続して取り組まれてきたことを物語るものである。例えば、
上越教師の会編『地域に根ざす教育と社会科』
8は、郷土教育運動の歴史を象徴するものである。
著書に出ている実践事例は、地域と向き合う教育とは何かを教えている。また個人研究が多い教 科実践にあって、組織的にとりくまれた貴重なものである。その一端を紹介する。
資料⑥の(1)朝市のもつ地域性に続いて「(2) 朝市で春を買おう」では、子どもたちが朝市へ 見学に行き、親から頼まれた山菜やトマトなどを買う子どものようすが報告されている。また自 分たちがとりくむ「ミニ朝市」の店舗の工夫や販売知識を朝市のおばさんたちに質問し、教えて もらうというのである。子どもたちが朝市を通じて社会認識を深めていったようすがよく分かる。
1954 年 1 月 6 日に「若い教師の会」として上越教師の会がスタートした。1955 年 8 月、全国 青年教師連絡協議会「妙高集会」が開催された。その運営を担った「若い教師の会」が大会後に
「上越教師の会」と改称し、会の性格を「学級経営を基底とした社会科の研究団体」として、そ の後数々の実践を積み上げていくことになる。敗戦の焼け跡から経済復興を遂げていく姿が実践 の随所にあった。子どもたちも将来は、地域に貢献できる大人になるのだという思いを強くした ことが作文に綴られている。
次節に紹介する実践は、郷土教育運動の流れに位置づけられるものであり、高校教育において は、数少ない教科実践である。
7
郷土教育運動:昭和恐慌が深刻になった 1930 年代に、文部省・師範学校で提唱され、実践された運動
8
新潟県上越教師の会編『地域に根ざす教育と社会科』あゆみ出版(1982 年)代表江口武正 大潟町中学校長
⑥商業教育の方法ないし技術の定式化の必要性 木戸田 力
佐賀大学経済学部 地域経済研究センター年報 7,131-141,1996-03
⑦高等学校の教育改革 : 商業教育を中心にして 岸川 公紀
佐賀大学経済学部地域経済研究センター年報 6, 71- 91,1995-03
◇ 家庭科教育 + 地域教材 9件
◇〔 農業教育・水産教育・工業教育 〕 + 地域教材 1 件
①「羅臼昆布はなぜ高いか?"の授業」地域教材の開発と授業の検討 木下郁恵/高嶋幸男 釧路論集:北海道教育大学釧路分校研究報告 35, 7-25, 2003-11-30
◇ 小学校 + 地域教材 70件
◇ 中学校 + 地域教材 41件 ◇ 地域教材 244件 [検索日:2013.4.25]
資料 ⑥ 地域を見つめる子どもたち 五.地域をみつめ、活動する子どもたち
1.総合単元『わたしたちの朝市をひらこう』2 年生 (1) 朝市のもつ地域性と総合性
当校の近くに朝市がひらかれ、さまざまな人々が集まり、にぎわいを見せている。朝市には雑踏のに ぎやかな雰囲気、買い物の楽しさ、いろいろな人に会える楽しみ、方言まる出しの気軽な対話など、
人々をひきつける要素がある。スーパーマーケットでは味わえないよさや、商業活動の原点ともいえ る売り手と買い手のやりとりがある。さらに、朝市には春には春なりに、秋には秋なりに、その時季 を象徴する品物をもって集まる近郊の農家の主婦の姿があり、季節感にあふれている。地域の生の生 活がそこにある。 ・・中略・・
朝市を自分たちで開くという活動が成立するためには、直接見る、さわる、さぐる、まねる、作る などの実感をともなった活動がおこなわれなければならない。
出典:『地域に根ざす教育と社会科 』 上越教師の会編 p.122 より抜粋
- 13 -
第2節 地域学習で学校が変った -塚田忠雄の場合-
1973 年から 2003 年の生徒たちのようすを塚田は、全国商業教育研究協議会
9主催、2005 年の 第 37 回全国集会で報告した。時代は、バブル崩壊後の「失われた 10 年」と重なり、地域経済に とっても厳しい時代のはじまりであった。塚田は、全国商業教育研究協議会の全国常任委員とし て活躍し、愛知県の春日井商業高等学校を 2005 年に退職した。商業科目に「経済活動と法」と いう科目がある。憲法をはじめ、民法・手形法・商法を内容とする教科で、教科書と商業六法を 中心に授業はすすめられる。塚田は、商業六法の執筆者としても知られ、『商業法規便覧』(東 京法令)を著している。商業教育の実践家であり研究者でもあった。
資料⑦で紹介する教科実践は、塚田の 1973 年に在職した瀬戸窯業高等学校から春日井商業高 等学校にいたる30年間の実践報告である。実践の特徴は、教科「商品」にとどまることなく、
学校行事である遠足や文化祭にも及び、生徒たちの研究・発表の場としたところにある。
瀬戸窯業高等学校での「地域に根ざす教育」運動は、 転勤先の春日井の地でもとりくんでいる。
月1回のペースで幼稚園・小学校・中学校・高校の教員と大学院生らで組織された「あすなろ」
というサ-クルを立ち上げ、情報交換や実践の交流を行った。塚田の実践の背景に「恵那の教育
10
」や「いなべの『土のなかの教育
11』」に通じるものがある。「地域」に向き合う姿勢と運動 スタイルをそこから学んだものと考えられる
また塚田は、職場新聞や学年通信、学級通信の発行にもとりくんだ。また地域見直し運動は、
9
全国商業教育研究協議会:民間の教育運動団体、1969 年に創立。商業教育の研究交流と年報発行にとりくんでいる
10
生活綴り方を中心とした集団による恵那地域の実践研究、1950 年代に復活させた戦前から続く民間教育運動(森田道雄
『1980 年代の「恵那の教育」の到達点』より)
11
「地域の教材化」や「同和教育」への取り組みを中心とした実践研究,三重県員弁郡教職員組合による組織的な教育研究運動 4.私の「地域を教材に」の教育実践 〔 中略 〕
(3)1973年度~1979年度(瀬戸窯業高勤務)
② 瀬戸窯業高校の学校祭は県内の県立高校では比較的沢山の一般参加者が集まってきていた。約800 人ぐらいだ。1万人を集める私立豊川高校にはかなわないが、地元の人以外に県外からも窯業科の生徒たち の作品を買い求めに来ていた。1万円以上もする花瓶や数千円の抹茶茶碗も売れた。専攻科の学生の作品は プロをめさす埋もれた力作で、教員の作品も魅力であった。売れ残り品は残らず業者が買い求めた。市内で 初めてこの学校が明治時代に石炭窯で陶磁器を焼いて地場産業の発展に貢献してきた歴史がある。地域の窯 業試験場としての輝かしい地域貢献の歴史を持ちながら、実際の生徒は誇りの持てない劣等感で満ちてい た。そんな中で、学校祭において学年ぐるみの「地域の陶磁器産業徹底研究発表会」と「大陶磁器祭」をやっ てみた。(実際には1年生合同発表会という名称)地域の陶磁器産業徹底研究は、市内の陶磁器問屋を少人 数で訪問し、アンケート調査を行なうもの、それだけでは面白くないため、製陶工場・品野陶磁器センター・
瀬戸陶磁器資料館・陶土採掘場・日本通運・陶磁器卸団地などを組み含わせた。商業科の生徒はこのアンケー ト調査結果をまとめてB紙に書き込んで発表し、窯業科の生徒は陶磁器原料や窯業原料を工場からもらいう けて展示するというもの。学科を超えた共同の発表の場を作った。現在の瀬戸市陶磁器資料館の館長山川一 年氏は、その時の学年団の一人である。まる1日を調査と見学に当てるような学校はないというのが誇りだ。
普通科の先生を含めて全先生が動員され、生徒だけてなく教員も地場産業の勉強の場となった。
〔 中略 〕
④ 「商品」という授業では陶磁器学習にかなりの時間を割いた、前任者の堀先生も自分で教材作りをし ていたが、私は「商業統計調査」結果を市役所でもらい資料に、また手ひねりによる製作実習も加えた。釉 薬も付けたもので学校の窯で焼いてもらった。地元の生徒は小学校にも窯があり、器用に製作できる。焼き 上げた作品は卒業記念に持ち帰らせた。「瀬戸を見直す」「誇りに思う」という願いに向けての実践だ。
( アンダーライン筆者)
資料⑦ 地域学習で学校が変わった
出典:全国商業教育研究協議会年報 2005〔通巻 65 号〕p.94 より抜粋
- 14 -
教科の枠を超え、地域に広がる画期的なものであった。教科実践では、商店街活性化をテーマに
「瀬戸市の商業」を教材化し、授業資料として活用した。また夏休みにおいて生徒たちにアンケー ト調査や訪問調査にとりくませ、論文作成につなげた。さらに名古屋市長者町繊維問屋街を半日 遠足・半日見学(訪問調査)した。その後も学年行事として継続させている。
塚田実践は、商業教育の枠を超えた貴重な教科実践である。しかし塚田実践は、全国に広がる ことはなかった。なぜなら商業教育関係者の多くは、文部省の提起した「国際化・情報化」への 対応、年々増える進学希望者(四年制大学)対策、さらに商業高校の「生き残り」をかけた中学 生募集に集中せざるを得なかったからだ。したがって商業教育が地域と向き合うまでには、さら に時間を要することとなる。
第3節 村を育てる学力 -東井義雄の場合-
高度経済成長が本格化する時期、1972年に教師生活40年を迎えた東井義雄
12は、教育実践を テーマ別に収録した全七巻の著作集を刊行した。その第一巻に「村を育てる学力」が収録されて いる。「村を捨てる学力」と「村を育てる学力」の一節を紹介する。
「『村を捨てる』立場から育てられた『主体性』が『村を捨てる学力』を形成していくことは 必然だ、はたしてこれでよいのか」との東井の提起がある。 「村を捨てる」とは「意識の都市化」、
「子どもたちの希望を、都市の空に描かせることによって、『学力』の昂揚をはかろうとする教 育」と東井は断じ、その教育には「欠除」しているものがあると述べている。「それは土への愛 である」と言う。村を愛することができるなら「この貧しい『国土』をも愛してくれるだろう」
「村を出ていくことになっても、行ったところで、生きがいを切りひらいていってくれる」との 希望も語っている。
東井義雄著作集の第一巻「Ⅰ.村を育てる学力」の第1章に「村の教師はどう生きるか」で、
私たちに問題意識と覚悟を迫っている。それが「3.私たちは問題のまん中にいる」である。学 校のたんぼでとりくんだ生徒たちの学習活動を紹介し、「村を育てる学力」とは何かを語ってい る。涌井学
13著「働き方の科学」に掲載されたデータを教材に、村の農業の後進性を子どもたち
12 東井義雄:明治 45 年兵庫県出石郡但東町生まれ、日本作文の会会員「ペスタロッチ賞」広島大学、八鹿小学校校長
13
涌井学:『農作業と農機具(1949 年)』(職業文庫)「農作業の合理化 (1951 年)」 (農家新書)の著者
い ね か り ぼ く と 母 と い ね か り し て い る
。 よ そ の は
人 数 が よ う け だ か ら 一 ま い の 田 ど も す ぐ か れ て し ま う
。 う ち の は た っ た 二 人 だ か ら な か な か す ま な い
。 六 た ば か っ て 頭 を あ げ て 、 か っ て し ま っ て あ る よ そ の 田 ん ぼ
み た ら
、 お と っ ち ゃ ん は な ん で 死 ん な っ た の か と 思 っ て く や し か っ た そ れ で も よ そ よ り お く れ た っ て か り さ え す れ ば よ い の だ と 思 っ て ま た
い っ し ん に か っ た 。 一 か ぶ か っ て も か っ た だ け は す ん で い く と 思 う と 元 気 が で て き た
。
資料⑧ 地域の現実を詩にすることから始まった
出典:東井義雄著作集 第一巻「村を育てる学力」p.34 より
『東井義雄著作集』明治図書
1972 年初版より
- 15 -
と共に学び、後述する木田好次の指導を受け「村の麦と学校の麦」の実践へとつなげた。
第1章「村の教師はどう生きるか」の「5.村を拓く四つの鍵」でその内容が紹介されている。
その鍵とは、①愛②合理的な知恵・生産的な知恵③喜びをみる知恵④手をつなぎあって生きる生 き方、の4つである。5・6年生の複式学級の社会科「各国の農業者の一人当り人口負担力」は、
「学校の麦と村の麦」をテーマにした、麦作りの授業へと発展した。その授業は、生徒たちの家
「ところが、学力に地域性を認めまいとする人たちは、前にも述べたように、『意識の都市化』の側から、
『学習者の主体性』をかりたてようとする。村の子どもたちの希望を、都市の空に描かせることによって、『
学力』の昂揚をはかろうとする。この立場からは『進学・就職指導』が第一の大きな実践的問題になることは 当然である。
しかし、ここに問題はないであろうか。村の子どもたちの大半が、やがて都市に移行しなかったら、村その ものの生活も成り立たない、といわれるような現状の中では、この道が学力昂揚の唯一の道であり、村の子ど もたちをしあわせにする道であるようにも思われる。しかし、私は思わずにはおれない。このような『村を捨 てる』立場から育てられた『主体性』が、『村を捨てる学力』を形成していくことは必然的だが、はたしてこ れでよいのか・・・・と。①
この行き方に欠除しているものは、『土』への『愛』である。②『村』を愛することもできないほど、暗く
、貧しい。しかしそうであればあるほど、それは、何とかせねばならぬ。『愛』が注がれねばならぬ。このよ うな村をも愛することができるなら、この貧しい『国土』をも愛してくれるだろう。そして、そのことの中で
、『生きがい』を見つけてくれるようにもなるだろう。たとい、村を出ていくことになっても、行ったところ で、生きがいを切りひらいていってくれるだろう。」 ( アンダーライン筆者)
資料⑨ 「村を捨てる学力」と「村を育てる学力」
東井義雄著作集1 3「村を捨てる学力」と「村を育てる学力」p.110 より抜粋
4.学校の麦と村の麦
十年一日のような、伝統的なしきたり農法は、学校とは何のかかわりもないことなのか?
各国農業者の一人当りの人口負担力
アメリカ 34.43人 オランダ 10.30人 デンマーク 23.14 フランス 8.00 イギリス 16.40 イタリー 4.16 ベルギー 2.66 スペイン 2.15 ドイツ 11.96 日 本 1.96
アメリカの百姓は、一人が34人半ほども養いながら、もっとらくしているのに、日本の百姓 は星をいただいて野良から帰るほど働きながら、わずか一人と首から下ほどの人間しか養い得 ていないということは、一体どういうことなのだろうか。日本の国土そのものが背負うどうに もならない宿命なのだろうか。村の教師は、こんなことに目をつぶって「円満なる人格」を目 ざしておればいいのだろうか。
市町村別一人当りの病気件数 大都市(10万人以上) 0.563人 中都市( 5万人以上) 0.52人 小都市( 2万人以上) 0.54人 農 村 0.57人 山 村 0.60人
人間の健康に適した環境を持っているはずの農山村人が、不健康に見える都市の人間より多 く病んでいる事実の中には(さまざまな理由が考えられるにしても)、日本農法そのものの持 つ「無理」を覆いようがないと思うのであるが、私たち村の教師は、村の子どもたちを、平気で こういう無理な農法の中につき出していていいのか。
「無理」は健康の点で禍を残すのみではない。精神的にも不機嫌を後に残している。これが どれだけ村の空を曇らせ、それだけでなくても煤に黒ずんでいる家の中を陰惨なものにしてい ることだろうか。
資料⑩ 村の農業とアメリカの農業の比較
東井義雄著作集1 4.学校の麦と村の麦: pp.17-18 より抜粋
- 16 -
族への思いを詩にすることからはじまった。「今より以上に働いたら、おとっちゃんたちは死ん じまいなる」資料⑨の授業は、親たちの労働に思いに馳せるだけでなく、さらにどうすれば親た ちは、救われるのかという改善の方向に向かう。「頭、頭、頭だ!」とM男が叫ぶ。それを受け
「そうだ!」と東井は応える。「体は、もうこれ以上働かせられない、というところまで、お父 さんやお母さんは働いてくださっている。だが、働いていない所が一か所だけある。 それは頭だ。
その頭を働かせるよりほかにもう手はないだろう」。その日の「特別教育活動」の時間に東井は、
子どもたちと学校園の麦まきの相談を行うのである。福島県の木田好次氏
14「三十俵取りの麦作 り」を知り、生徒たちと学ぶのである。結果、村の麦の4倍の収量を学校園は達成する。この麦 がそれまでの農業(資料⑩)を変え、さらに村を変えた。
時代は、高度経済成長を迎える日本、1960年代である。現在とは大きく状況は異なる。しかし 東井の実践には、過去のものとは思えない力がある。農山村の抱える問題の過酷さの内容は、今 日とは異なるものの、深刻さと困難さは共通している。子どもたちの村への思いを育て、目を地 域に向けさせる実践は、わが国が現在直面する地域の再生に通じる。また学校教育がとりくむべ き課題が示されている。
資料⑨「『村を捨てる』立場から」の段落後半に、教育に欠除するものは「土への愛である」
と述べている。「愛」は、まず「自分のもの」という意識からはじまる。例えば、農民は、まず 自分の田んぼの中でみつけた石ころは、畔や道路に放り出す。この場合、愛は自分の田んぼに限 られている。道を通る人への思いは、まだ育っていない。道が自分たちの共通の道だ、となった 時、石は道路の脇に、さらに道路の補強に活かされる。道を通して思いは、村に全体に広がり、
村の課題に向かうという。
第4節 地域と向き合う小・中学校教育
14