第5章 起業家教育を取り入れた商業教育の創造
第5節 新科目「商品開発」
検定教育の問題は、「検定教育の限界」で論じた。繰返しは避けたいが、現場での認識が客観 主義の教育から一歩もでていないことを指摘せずにはおれない。「点数化できない教育は、保護 者に説明がつかない」にとどまっている。もちろん全国高等学校生徒商業研究発表大会のように 地域と向き合った研究活動も各地でとりくまれてきた。大会も20年を超える時間を経てはいる。
しかし課題研究という教科書の縛りの無い科目か、クラブ活動という位置づけが大半である。
新科目「商品開発」は、教科書もカリキュラムへの位置づけも確固としたものである。本論の テーマである「地域と向き合う商業教育」からも期待を寄せる教科である。学習指導要領に「企 画・開発し,提案するとともに,流通活動を行う能力と態度」の育成とある。
数値化が宿命的な検定教育に新科目「商品開発」を無理やり押し込めば、教科の魂と志が壊れ てしまうと筆者は危惧している。地域が抱える課題とどうとりくむか、今、商業教育が問われて いる。知識が現実の課題と向き合うとき、知恵となり生きる力となる、という構成主義の教育に 耳を傾けることを願いたい。
資料44 2013年 栗真小学校研究授業資料
筆者作成
- 55 -
検定教育は、職業教育である商業教育には、たいせつな要素であり、検定教育抜きには成り 立たない。しかしそれだけでは不十分であるという議論であることを強調したい。新しい高等学 校指導要領・商業編が提起している「地域貢献」は、知識ではなく、具体的な活動をともなうも のでなければならない。「態度を養う」とは、座って話しを聞くだけで育つものではないはずで ある。実教出版の26年度用教科書見本「商品開発」は、新教科書という新鮮さがページの随所 に読み取ることができる。内容はもちろん事例やレイアウトなどの工夫に現れている。そこで本 論文のテーマである「地域と向き合う」から若干の意見を記しておきたい。
本書は教科書として使えるだけでなく、経営マニュアルしても使える完成度の高い教科書で ある。したがって大学でのテキストとしても使用できるが、皮肉にも課題がそこにある。レベル の高さが、高校生たちにはどうであろうか、というのが筆者の懸念である。商品開発を通じて、
起業家精神の育成、地域産業に寄与できる人材をめざすとなれば、知識より行為・活動に重点を 置くべきである。生徒たちの学習が知識中心の学習となる危うさを指摘しておきたい。したがっ て現場での課題は、身近な地域の自然・風土・文化・伝統と向き合える工夫が求められる。
「知識より行為」を意識すべき教科である。知識は必要な時にテキストを開ければことは足 りる。身近な事例をより具体的に学ぶことで、地域と向き合う姿勢が育まれる。新教科「商品開 発」の今後の実践研究に期待したい。
小 括
本章では、日本型起業家教育として押さえるべきこととして、①地域への帰属意識 ②地域の 第6節 商品開発
この科目は,消費者の視点に立った商品開発の流れについて体験的に理解させ,顧客満足の実現を 目指す商品を企画・開発し,提案するとともに,流通活動を行う能力と態度を育てる観点から新たに 設けたものであり,商品の企画,商品の開発,商品開発とデザイン,商品開発と知的財産権などの内 容で構成した。
第1 目 標
この科目のねらいは,商品を企画・開発し,流通させるために必要な知識と技術,商品開発に必要 なデザインに関する知識と技術及び知的財産権に関する知識を体験的に習得させ,顧客満足を実現す ることの重要性について理解させるとともに,消費者の視点に立って商品を企画・開発し,流通活動 を行う能力と態度を育てることにある。 (下線は筆者)[高等学校学習指導要領商業編 p.26]
2 内 容 (1) 商品と商品開発
ア 商品の多様化
イ 商品開発の意義と手順 (2) 商品の企画
ア 環境分析
イ 商品開発の方針テーマの決定 ウ 市場調査
エ 商品コンセプトの立案
(3) 商品の開発
ア 商品仕様の詳細設計 イ 試作品の作成と評価 ウ 消費者テスト エ 事業計画の立案 (4) 商品開発とデザイン
ア デザインの基礎 イ グラフィックデザイン ウ パッケージデザイン
(5) 商品開発と知的財産権 ア 知的財産権の概要 イ 知的財産権の取得 (6) 商品流通を支える活動
ア 流通の仕組みと市場 イ 小売業と卸売業 ウ 流通手段の多様化 エ 流通を支える活動 出典:高等学校学習指導要領商業編 pp.26-30 筆者抜粋 資料 45 高等学校学習指導要領・商業編「商品開発」
商品開発に関する知識と技術を習得させ,顧客満足を実現することの重要性について理解 させるとともに,商品を企画・開発し,流通活動を行う能力と態度を育てる。
- 56 -
風土と歴史に根差した地域産業 ③起業家のあるべき姿 ④女子教育としての起業家教育、の4 つをあげた。また依拠する科目として、新科目「商品開発」を提案している。巻末資料に実教出 版株式会社の教科書見本「商品開発」(26年度用)の目次を掲載した。新しい教科書の内容、
事例や逸話は新鮮で興味深く、読み物として完成されている。残された課題は、生徒たちのモチ ベーションと地域活性化にどうつなげるか。現場の力量が問われている。
新高等学校学習指導要領・商業編には、「ビジネス経済応用」が新科目として登場している。
教科目標に「地域産業の振興」が謳われており大きな期待を寄せるところである。しかし、現場 に思いを馳せる時、手放しでは喜べない。国際経済という科目が選択科目に位置づけられ、最低 開講人数である5名に達しないことから、閉講となった過去の事例もあるからだ。
本章は、商業教育を担う先生方の共感と日常実践に供するものである。新科目「商品開発」の 採用を心より希望するとともに、地域と向き合う実践を願わずにはおれない。研究授業の事後ア ンケートの結果から、起業家教育が「地域と向き合う」ことで、ことばだけの学習からより身近 で親しみのもてる学習に深化させることができると確信した。生徒たちの印象や率直なコトバが そのことを証明している。
「事務労働をおこなう女子教育」の商業教育から、自立・独立の気概をもった起業家教育とい う、新たな商業教育が「商品開発」という教科によって図られるものであることを強調したい。
- 57 -
お わ り に
地域経済の再生を学校教育の立場から地域教材と起業家教育の観点で論じてきた。論点は、① 商業教育の地域経済に果たすべき役割とは何か ② 商業教育に起業家教育(商品開発)をどの ように位置づけるべきか ③ 地域学の教育学的意義、の3点である。
①の考察では、東井義雄の実践に多くを学ぶことができた。生活綴り方を通して、日々の暮し から地域へと子どもたちの目を開かせ、気づかせていく実践である。「今より以上に働いたら、
おとっちゃんたちは死んじまいなる」と気づいた生徒たちが「どうすればいいんだ」と思い悩む。
東井は「まだ働いてないところがある」と問いかける。子どもたちは考える。そして「頭、頭だ!」
と叫ぶ。東井の実践に ①の答えを見ることができた。地域の課題を「見つめ・考え・行動」に つなげる教育の創造は、地域に果たすべき商業教育の責任であり課題である。
②の「起業家教育の位置づけ」では、地域教材の意義について考察した。生徒たちの気づき、
考え、行動につながる教材は、教科書より親近感のある地域に根ざした課題が効果的であること を知った。「学習活動を実際に解決しなければならないより大きな枠組みのなかに埋め込む」こ とで深い学びができるという、構成主義教育の学習環境デザインが示唆するところと重なった。
アメリカの起業家教育を注意深く見る必要があるが、内容の多くは、商業教育と重複し、決して 新しいものではない。課題は、どれだけ商業教育を学ぶ生徒たちの意識と行動の変革につなげる ことができるか。本論では、地域教材が学びにリアリティーを与え、生徒のモチベーションにつ なげるものであると考察した。
③の教育学的意義については、第4章_第4節「商業教育の新たな可能性」において「検定教 育」という客観主義・実証主義に傾倒する商業教育では、詰込み教育にならざるを得ないこと、
また短期の成果を求めるあまり、生き方や価値観につながる深い学びにつながらないことを再確 認し、商業教育の新たな課題、構成主義の教育を提起した。
「学習者が、問題や課題に主体的に取り組めるように支援する」「本物の問題状況をデザイン する」の提起を三重県立四日市商業高等学校 商業科1年生を対象に実施した研究授業「商品開 発とコト」で考察した。実施学年の問題や時間的制約という課題を残しながらも、授業後の生徒 たちの声「はじめは起業することは、とても難しいことであまり関心なかったが、話しを聞いて だれでもできることだし、アイデアとか出せばいいと思った」に、構成主義の教育が提起する学 習環境デザインの今日的意義を学ぶことができた。
3・11以降、「互い助け合って生きることの大切さを強く感じるようになった」という高校 生が増えている。とくに東日本大震災を経験した高校生にその傾向が顕著に現れているという。
「高校生と保護者の学習・進路に関する意識調査20」によると、全国平均が63.8%に対して、被 災地は76.6%。「社会に貢献したいという気持ちが強まった」全国平均が32.7%に対して、被災地 の高校生は47.1%。地元志向とともに「貢献したい」という気持ちが強まったことが明らかになっ た。地域経済の復活・再生のカギは、高校生の真っ直ぐな情熱と行動力にあると考えている。
問われているのは、それをどう育て、応援するかではないだろうか。本論がそのいくつかに応 えるものであることを願って結語とする。
2014 年 2 月13日
20 ベネッセコーポレーション2011.12.12 調査「震災の影響。東日本大震災により高校生の価値観や大学進学意識が変化」