第5章 起業家教育を取り入れた商業教育の創造
第2節 地域と向き合う起業家教育の構想 1)地域への帰属意識
起業家教育は、生徒に自立と独立を求めるところからはじめるべきである。就職は、決して目 的ではないことを認識させる。会社や組織で役割を果たすことはもちろんだが、その経験や技術、
人的なネットワークは、将来独立するためとの認識が、まず必要なのではないだろうか。
次に、育むべきは、地域コミュニティへの帰属意識、東井義雄のいう「地域への愛」である。
愛を育むためには、地域はつねに彼らの出番と役割を演出しなければならない。島根県立浜田商 業高等学校には、郷土芸能部がある。2013年12月23日、松
阪第一小学校の体育館で地元の小中学生や住民との交流で 神楽「大蛇(おろち)」「恵比寿」「八幡」「岩戸」を披 露した。同校郷土芸能部は、「全国神楽甲子園」に出場し、
実力の高評価から出演要請が各地から寄せられている。郷 土芸能に関わることで地域への認識を深めるとともに、地 域の伝統文化の継承者、守り手としての自覚が育つ好例で ある。
もちろん帰属意識を育てるのは、郷土芸能だけではない。「祭」での出番が問われる。四日市 市においても夏祭りに披露される諏訪太鼓は、育成会(子ども会)を中心に組織された、各町の 一大イベントである。中学生や高校生、さらに都会に出た若者がわざわざ帰省して出演する事例 もある。八月第一週目の土日は、トラックの荷台を舞台に、諏訪太鼓を打ち鳴らす子どもたちの
写真⑥ 浜田商業高校2013.12.23
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雄姿に出合う。地域への「愛」につながっている光景である。
起業家教育の序論に続く第一章は、地域の風土や歴史への理解と認識を育てることである。彼 らの出番と舞台がどのように受け継がれてきたか。それぞれの地域には、風土が異なるように固 有の素材が多数存在する。第二章は、地域の産業がどのような経過をたどり今日に至ったかとい う地域産業の学習である。地元の方を講師に招聘し、生徒たちの研究と提案へとつなげる。構成 主義教育が謂う「④現実の複雑な社会状況を反映した学習環境と課題をデザインする」である。
2)労働市場と起業家教育
図⑥は、日本人の起業活動率19(起業家意識)が世界でもっとも低いことを示すものである。
グラフが示す事実は、多くの人たちの意識と重なる。しかしこのグラフから起業家意識を喚起さ せることはできない。最も進んだ産業社会にある日本でリスクを背負う選択は、考え難い。した がって起業活動率から入らずに、労働市場は激変し、社会の枠組み・産業構造の変化「パラダイ ムシフト」を教えるべきである。「グローバル企業は、人を使い捨てても、人を育てない」とい う時代である。資料36は、リストラを伝えるニュースである。国際市場で敗北した家電メーカー が多数の労働者を解雇し、生き残りを図っている。解雇された労働者の自殺もめずらしいもので はない。企業に過度に依存する生き方は、ブラック企業の労務政策に絡めとられるものであり、
「会社あっての自分、お店あっての私」では、権利行使も生活も守れないことを認識させるべき である。日本が大きく変わった事実と向き合うことからはじめる必要がある。
19 起業活動率(Total Entrepreneurship Activity: TEA)」日本におけるデータ収集は平成21 年7 月に行った。調査対象者
数は1,600 人で、男性・女性は各800 人で構成されている
図⑥ 出典:各国の起業活動率(TEA) 平成 21 年度創業・起業支援事業 より抜粋
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3)女性労働と起業家教育
商業高等学校の多くは、女子高校化している。したがって女子労働の厳しい現実も起業家教 育の内容とすべきである。なぜなら、現実の厳しさをテコに、彼女らの起業への意欲を喚起でき ると考えるからだ。熊野市の起業家補助費(2012年度)の支出件数の2件中2件とも女性とある。
折れ線グラフ図⑦は、男女別非正規雇用者比率である。構想では、まず左の男性のグラフの分 析からはじめたい。世代別の格差、とくに若い世代の厳しい現状を認識させたい。発問は、65 歳以上の非正規率が高いことに対して「なぜだ?」と問いからはじめる。「定年退職後は、正規 雇用が少ないからだ。」と答えるだろう。ポイントは、その下にある「15歳~24歳」グラフであ る。生徒たちの驚きと怒りを期待したい。
図⑦ 出典:非正規雇用者男女別比率(経済産業省) *〔グラフ作成は筆者〕
(注)非農林業雇用者(役員を除く)に占める割合。1~3月平均(2001年以前は2月)非正規雇用者にはパート・
アルバイトの他、派遣社員・契約社員、嘱託などが含まれる。2011年は岩手・宮城・福島を除く(資料)労働力調査
図⑧ 第一子出生別にみた、第一子出産前後の妻の就業経歴
出典:国立社会保障・人口問題研究所「第 14 回出生動向基本調査(夫婦調査)」(平成 22 年)より抜粋
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新卒・若年労働者は、低賃金で働く、企業にとって取り換えることのできる労働力である。今 日の企業社会は、生徒が期待する経営ではなくなったことを知らなければならないし、教えるべ きだろう。「企業は人を育てない」は、グローバル企業ほど徹底している。若者の2人に1人が 非正規雇用(2012年)である現実をグラフから認識することになる。
出典:2013.2.26実施 研究授業資料 より 次に男女の比較である。女性の非正規雇用比率は各世代において男性を超えている。わが国に おける労働市場の現実をグラフは語っている。この事実は、悲しむべきものであるとともに、女 性の起業意識への動機づけとして、大きな力と説得力をもつことだろう。
前ページの棒グラフ(図⑧)は、第一子出産後の妻の就業経歴を示すものである。2005~09 年は、若干の改善がみられるものの、育児休暇取得者は17.1%、しかし9.7%の女性には育休が保 障されていない。さらに出産後の継続就業率は26.8%、に対して43.9%の女性は、出産後退職を余 儀なくされている。したがって73.2%の女性が非正規あるいはパート、そうでなければ無職の主 婦とならざるをえないことを示すものである。
内閣府男女共同参画局は「女性いきいき応援ナビ」のサイトを立ち上げ、女性の起業を応援し ている。「起業とは、会社を起こすという業態だけではなく、たとえば、一人で自営業を始める ものから、仲間とともに事業・店舗を始めるもの、家族・友人の協力のもとに独立・開業するも のなど、規模・形態・業種は様々です」と紹介し、起業のノウハウを丁寧に説明している。女性 起業を応援するサイトは内閣府だけではない。「女性+起業」で検索すればたくさんの情報が得 られる時代である。
企業社会の暗黒面だけでは、生徒たちの希望は育たない。企業のあるべき姿も忘れてはならな い。近江商人の哲学に「三方よし」がある。「売り手よし、買い手よし、世間よし」がそれだ。
「他国での商業活動を行う近江商人は,行商先での信用を築く必要があり,それゆえ,自己の利 益よりも,買い手や行商先の地域のためを思う精神を重視したのであろう。しかし商売が順調に いくというだけの理由で,地域のため,社会のために活動しただけでなく,古くからの歴史・文
資料 36 労働市場の厳しい現実と向き合う
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化に育まれた近江独特の生活規範に裏付けられた理念があったといえる。」(滋賀大学 成瀬龍 夫博士退職記念論文集(第382号)p.147 平成22(2010)年1月より)短期利益のみを求める経済 社会、グローバル時代の今日こそ「三方よし」の哲学は、輝きを増し、企業活動のあるべき姿を 示している。起業家教育の柱にするべきテーマである。