建 部 宏 明
*民間工場會計監督官執務參考書に関する一考察
(その2)
―ドイツ原価計算制度を源流とする原価計算制度の系譜に寄せて―
Ⅰ はじめに
前稿では,その1として,陸軍經理局監査課「昭和 十二年九月(部外秘)民間工場會計監督官執務參考書
(参考書)1)」で規定されている原価計算機構を瞥見し た(建部〔2021〕75-93頁)。
原価計算機構の部分は,費目別計算(物品費,労働 費,経費雑費の各計算),製造間接費計算(部門費計 算を含む),製品原価計算(個別原価計算である個別 原価調査が主であり,副次的には総合原価計算である 総合原価調査)が規定されていた。
前稿「Ⅷ 結びにかえて」では,次のようにその1 をまとめた(建部〔2021〕92頁)。
「この「参考書」は,民間軍需工場の健全な育成,軍と民 間工場の双方が納得できる適正な調弁価格の設定,高能率の 維持を前提とした大量かつ高品質な軍需品の調達を実現する ために書かれた軍需品工場監督官向けの監督要領である。」
さらに,前稿では次稿への方向性を次のように述べ た(建部〔2021〕92頁)。
「次回は本稿での規程の概説をもとに他の規程との比較を 行い,「参考書」を一連のわが国の原価計算規程の展開のな かに位置づけたい。あわせて,過去には,「陸軍経理組織の 変遷と内部監査制度」と題する2編の論文を公表した(建部
〔1997〕51-66頁,〔1998〕59-82頁)。本稿はこの2編の論文と も関わり合いがありそうである。当該2論文は完結を見てお
らず,本稿における考察内容を鑑みながら,この論文に何ら かの決着をつけたい。」
「参考書」は偶然に入手した資料であるが,これま での研究を敷衍する資料であるとの確信から,前稿の 執筆を始め,本稿に至っている。
「参考書」は前稿での検討から,工場監督官向けの 監督要領であると判断できる。これは陸軍経理局監査 課が作成した規程であり,これまでの研究と関連付け ると,ドイツ原価計算制度を源流とする原価計算制度 の系譜(以後,必要に応じて,ドイツ原価計算制度の 系譜と略称する)に組み込めると思われる。ドイツ原 価計算制度の系譜は,ドイツの原価計算制度に範を とって作成された規程で形成される系譜であるところ からこの名を付した(建部〔2019〕8-9頁)。この系譜 には,産業合理化の目的で公表された「原価計算基本 準則(基本準則)」(昭和8年)と「製造原価計算準則
(製造準則)」(昭和12年),検査令の下で調弁価格設定 のために制定された「陸軍軍需品工場事業場原價計算 要綱(陸軍要綱)」(昭和14年)が属する。この他に,
陸軍には原価計算手続きを規定した工場監督規程とし て,前稿で検討した「参考書」と本間氏が過去に研究 した「陸軍軍需工業原價調査準則(調査準則)」(昭和
14年),「陸軍軍需品工場事業場原價監査要綱(原価監
査要綱)」(昭和15年)がある(建部〔2021〕75- 93
頁,本間〔2016〕27-56頁)。ドイツ原価計算制度の系 譜の内容をより精緻にするためには,これらとの関連*専修大学商学部教授
も明確にしなければならない。前稿で「参考書」を一 覧した結果とこれまでの研究成果を結び付けると,次 のような仮説を設定できるのではないかと思われる
(図表1)。
「わが国で初めて公表された「基本準則」は,2つの方向に 分化することになった。一つの方向は,「基本準則」のさら なる高度化が行われて「製造準則」となり,「陸軍要綱」に 至った。もう一つの方向は,「基本準則」が陸軍の目指す工 場経理監査の規程書である「参考書」のベースになり,その 後,「調査準則」が作成され,「原価監査要綱」に至った。」
こうして,わが国で初めて公表された臨時産業合理 局の「基本準則」は,陸軍が物資を調達する民間軍需 工場における調弁価格設定のための規程と民間軍需工 場に対して陸軍が指定した通りに原価計算が実施され ているかを監督するための規程を作成する際の基礎と なった。これまでの研究では,ドイツ原価計算制度の 系譜として「基本準則」,「製造準則」,その後,「陸軍 要綱」への道筋(拙著で示した流れ-白い太矢印)を 示したが,本研究では,新たにこの系譜に「参考 書」,「調査準則」,「原価監査要綱」の流れ(本稿で組 み込む新しい流れ-黒い太い矢印)を組み込む。これ により,前稿や冒頭で示した「陸軍経理組織の変遷と
内部監査制度」にも言及できると思われる。ただし,
図表1の上段と下段は密接な関連性を有していると考 えられるが,本稿ではおもに下段の流れ(黒い太矢 印)を検討し,上段下段の関連(細い矢印)について はほとんど言及しない2)。
なお,前稿でも言及したが,これまで原価計算制度 を取り上げる際には,原価計算規程を下記の一定観点 の も と に , 歴 史 的 位 置 づ け を 行 っ て き た ( 建 部
〔2019〕174-175頁)。
「価格の設定を目的とした原価計算制度では,原価算入項 目の限定および非原価項目の列挙,生産に投下されたすべて の消費価値の回収,価格設定の基礎となる総原価の算定に強 調点が置かれる。」
「能率の向上を目的とした原価計算制度では,期間比較,
場所比較のために,原価の比較性の担保,場所別および製品 別原価(いわゆる給付別原価)の明確化,棚卸資産(材料,
仕掛品,半製品,製品)の評価,部分および全体企業業績の 測定に強調点が置かれる。」
上記を鑑みて,各規程について,原価計算目的,原 価区分(直接費と間接費の区分も含めて),原価集計
(3段階,製造間接費計算にも関連して),製品原価計 算,一般会計との関連の各要素を取り出すと,どのよ うな構造の規程なのかが判断できる。これは,下記の 図表1 ドイツ原価計算制度を源流とする原価計算制度の系譜の成り立ちに関する仮説
拙著で示した流れ 「基本準則」 「製造準則」 「陸軍要綱」
本稿で組み込む新しい流れ 「参考書」 「調査準則」 「原価監査要綱」
比較の各要素 比較の内容
原価計算目的→原価計算の用途 規程に対してどのような目的を設定しているか。
これが規程の構造を決める。
原価区分→集計する原価の範囲 目的を達成するために,どのように原価が区分さ れているか。
原価集計(直接費と間接費の区分も含めて,製造 間接費計算にも関連した3段階計算)
→原価集計の各段階
原価集計をより精緻に行うためには,費目別計 算,部門別計算,製品別計算の一連の過程が必要 であり,これがどのように取り扱われているのか。
製品原価計算→原価の集計方式
生産形態による製品原価計算の違いが,明確にさ れているか。すなわち,個別原価計算と総合原価 計算の区分があるか。
一般会計との関連→簿記との有機的結合 企業業績を明らかにすることに,重点が置かれて いるか。
表のとおりに整理できる。
本稿では,ドイツ原価計算制度の系譜の中に,「参 考書」を位置づけ,くわえて提示した仮説を検証する ために上記の各要素を通じた各規程の原価計算制度構 造分析によって,「参考書」,「調査準則」,「原価監査 要綱」を組み込み,より内容の充実した当該系譜を提 示したい。
Ⅱ ドイツにおける「基礎案」の公表
前稿では,おもに「参考書」の紹介にその紙幅を当 てた。それを受けて,本稿では「ドイツ原価計算制度 を源流とする原価計算制度の系譜に寄せて」の副題の とおり,「参考書」をわが国原価計算制度の展開の中 に位置づけていきたい。このためには,いくつかの道 具立てをしなければならない。そこで,まずわが国原 価計算制度に大きな影響を与えたといわれている
Grundplan der Selbstkostenrechnung,1920,1921,
1930(以後,「基礎案」と略称し,1920年版は第1案,
1921年版は第2案,1930年版は第3案と表記する)の詳
細な目次を示し,これをもとにした「基礎案」の構造 を冒頭で示した各要素で分析したい。次に,「基本準 則」,「製造準則」の詳細な目次を示し,この分析を行 い,最後に「基礎案」との関連性を瞥見する。なお,本テーマの先行研究として,床井睦子〔1980〕「日本 会計制度史の一断章」(『研究論集』第
8号,昭和 55
年,101-138頁)がある。1918年11月,ドイツは第1次世界大戦に敗戦した。
戦後,戦時中にとられた統制経済を自由経済へ移行す る試みがなされたが,それは容易いことではなく,こ の間に経済統制が廃止された影響で生じた深刻な物価 騰貴を乗り越えなければならなかった。さらに,巨額 の戦争賠償は一層経済状況を悪化させ,物価騰貴が続 き,これを克服するために,1920年代後半から積極的 な産業合理化運動が繰り広げられた。これによって経 済が回復してきた矢先,世界恐慌(1929年)に大きな 打撃を受けた(武田〔
2009〕17頁)。不況下におい
て,「原価計算は認知されていたものの,その概念・原則・方法に関して十分なる一致を見ていなかった」
という(床井〔1980〕117頁)。そのために,原価計算 手続きを標準化した基礎的な規程が必要とされた。こ れが「基礎案」であり,図表2では1908年から1930年 までの「基礎案」を中心とするドイツ原価計算制度の 展開をまとめた3)。
図表2で示したように,1920年から1930年までの10 年間に,産業合理化運動の下で3つの「基礎案」が公 表された。これがゆえに,「基礎案」は産業合理化,
とりわけ価格政策に資するために作成されている。な
図表2 ドイツにおける原価計算制度の展開
1908 ドイツ機械製作組合「機械工場原価計算」(Verein deutscher Maschinenbau-Anstalten, Selbst- kostenberechnung für Maschinenfabriken)
1919 ドイツ経済合理化本部(RKW)の設立(経済性帝国研究所1919年-1933年)
1916 祖国補助勤務法(12月5日)
1920 経済製造委員会「原価計算基礎案」(Ausschuß für wirtschaftliche Fertigung, Grundplan der Selbst- kostenberechnung)
1921 経済製造委員会「製造会社の経済性の基礎としての,そして競争状態改善の手段としての正しい原価 計算」(Ausschuß für wirtschaftliche Fertigung, Richtige Selbstkostenberechnung als Grundlage der Wirtschaftlichkeit industrieller Unternehmungen und als Mittel zur Besserung der Wettbewerbsverhältnisse)
1921 経済製造委員会「原価計算基礎案」(Ausschuß für wirtschaftliche Fertigung, Grundplan der Selbst- kostenberechnung)
1923 カルテル令(Kartellverordnung)
1930 経済管理委員会「原価計算基礎案」(Ausschuss fürwirtschaftliche Verwaltung, Grundplan der Selbst- kostenrechnung)
1930 ドイツ機械製作組合「正常コンテンラーメン」(Verein deutscher Maschinenbau-Anstalten, Normal- kontenrahmen)
出典:番場嘉一郎〔1982〕724-725頁を参考に作成
お,日独の価格統制の経緯は,久保田秀樹『欧米制度 の移植と日本型会計制度』(滋賀大学経済学部,平成
17年)が大変詳しい(久保田〔2005〕1-33頁)。
「基礎案」第1案,第2案,第3案は,図表3,4,5の ような構成であった4)。
「基礎案」第1案(図表3)は,1920年に公表され た。目的については,販売価格の計算であり,このた めの原価計算が説明されている。したがって,原価区 分は
Materialkosten
材料費,Bearbeitungslöhne労務 費,Sonderkosten特別費,Herstellungskosten製造原 価,Vertribskosten販売費,Verwaltungskosten管理 費(一般管理費)である(Grundplan〔1920〕S.4)。さらに,Materialkosten,
Bearbeitungslöhne,
Sonderkosten
を合計すると,Herstellungskosten製造 原価になり,これにVertribskosten,Ver waltungs
kosten
を加算すると,Selbstkosten自己原価(総原 価)になるとされている。最後に,総原価にGewinn
利益を加算して,Verkaufspreis販売価格を計算する(Grundplan〔1920〕S.4)。原価集計については,費目 別計算の後,各箇所で
unmittelbare Kosten
直接的な 原価-直接費とmittelbare Kosten
間接的な原価-間 接費の区分が項目立てされ,部門別計算,製品別計算(計算結果の集計)が行われている。製品原価計算と しては,直接費と間接費の区分が重視されているとこ ろから,個別原価計算が示唆されている。一般会計と の関連については,Selbstkostenrechnung
und Buch
führung
の章において,簡略化された図(勘定流れ図)と複雑な表(原価集計表)が掲載されている
(Grundplan〔1920〕S.11-19)。
第1案では,製造過程において生じたすべての原価 は直接費と間接費とに区分され,間接費はできる限り 製品に配賦され,販売価格を計算するために,製造原 価要素の計算から販売費および一般管理費までの計算 手続きが明示されている。この際,原価集計について
図表3
Grundplan der Selbstkostenberechnung
, 1920の目次「基礎案」第1案
I. Vorbemerkung. Zweck und Bedeutung des Grundplanes.
II. Die Gliederung der Selbstkosten.
1. Was sind Selbstkosten?Selbstkosten?(Schema I)
2. Gliederung nach Kostenarten(Schema II)
A. Unmittelbare und mittelbare Kosten B. Gliederung der unmittelbaren Kosten C. GliederungdermittelbarenKosten 3. Gliederung nach Kostenorten(Schema III)
4. Verbindung der Kostenarten und Kostenorten(Schema IV)
III. Selbstkostenrechnung und Buchführung a) Einfache Verhältnisse(Schema V)
b) Weniger einfache Verhältnisse(Schema VI)
IV. Zusammenstellung der Rechnungsergebnisse 出典:Grundplan〔1920〕S.4より作成
図表4
Grundplan der Selbstkostenberechnung
, 1921の目次「基礎案」第2案 Vorbemerkung
Erster Hauptabschnitt: Grundlagen der Selbstkostenberechnung A. Überblick
a) Aufgaben und Grunderfordernisse b) Der Begriff der Selbstkosten
c) Grundsätzliche Gliederung und Verrechnung der Kosten I. Kostenkarten, KostenstellenundKostenträger
II. Einzelkosten und Gemeinkosten B. Die Kostenarten
a) Allgemeine Gesichtspunkte für die Gliederung in Kostenarten
b) Die einzelnen Kostenarten C. Die Kostenstellen
a) Zweck und Art der Kostenstellen b) Abgrenzung der Kostenstellen c) Die einzelnen Kostenstellen Materialwesen
Fertigung Vertrieb Aufstellung
GemeinsameKostenstellen D. Die Kostenträger
E. Übersichtsschema der Kostenarten, Kostenstellen und Kostenträger
Zweiter Hauptabschnitt: Nachrechnung und Vorrechnung A. Nachrechnung
a) Verrechnung der Einzelkosten b) Verrechnung der Gemeinkosten I. Verteilungsverfahren
II. Verteilungsschlüssel c) Sonderkosten d) Wagnisse
e) Nachrechnungsschema f) Gewinn
g) Nachrechnung und Buchhaltung B. Vorrechnung
a) Einzelkosten b) Gemeinkosten c) Sonderkosten d) Wagnisse
e) Gewinnzuschlag und Verkaufspreis 出典:Grundplan〔1921〕S.2より作成
は費目別計算,部門別計算,製品別計算の区分はある が,製品原価計算の明確な区分はない。
以上により「基礎案」第1案は,個別原価計算によ る価格設定を目的としていると判断できる。個別原価 計算は個別受注生産を対象とする原価計算なので,実 務に適応するには問題点も多く,あくまでも特定業種
(機械工業)における生産財の生産を想定しており,
消費財を製造する業者は念頭に入っていなかったと思 われる。
「基礎案」第2案(図表4)は,1921年に公表され た。構成は2部(前半
Erster Hauptabschnitt
と後半Zweiter Hauptabschnitt)になっており,前半部は Grundlagen der Selbstkostenberechnung
原価計算(自己原価計算)の原理,後半部は
Nachrechnung und Vorrechnung
事後計算と事前計算という標題がつ けられている。とくに,前半部の構成は注目すべきで あり,原価計算の基礎知識,費目別計算,部門別計 算,製品別計算になっている(Grundplan〔1921〕
S.5-23)。
目的については,全体の構成を鑑みると,販売価格 の計算を規定しており,このために必要な原価計算が 説明されている。原価区分は
Materialkosten
材料 費,Löhne賃金,Gehälter給料, Abschreibungen減 価償却費,Zinsen利子,Steuern租税などに細分化さ れており,これらがHerstellungskosten
製造原価を形 成し,Vertribskosten販売費,Verwaltungskosten管 理費(一般管理費)も示されている。さらに,Herstellungskosten
とVertribskosten,Verwaltungskosten
を合計すると,Selbstkosten自己原価(総原価)にな るとされている。原価集計については,第1案ではunmittelbare Kosten
直接的な原価とmittelbare
Kosten
間接的な原価であった表現が,第2
案ではEinzelkosten
とGemeinkosten
直接費と間接費に変わ り,その区分で項目立てされている。この後,費目別 計算,部門別計算,製品別計算の各段階を経て集計が 行われる。ただし,製品原価計算では製品と給付に対 する集計という表現はあるものの,個別原価計算と総 合原価計算の区分はない。したがって,製品原価計算 については,やはり第1案と同様に個別原価計算が示 唆されている。後半部において,Nachrechnung und Vorrechnung 事後計算と事前計算が示されている(
Grundplan
〔1921〕S.23-32)。この区分にはそれぞれ異なった目 的が存する。事後計算は実際に発生した原価を計算 し,これと売上高を対応させ,利益を算定するために 用いられる原価計算である。したがって,一般会計と の関連が
Nachrechnung und Buchhaltung
事後計算と 簿記で示唆されていた。他方,事前計算は入札のもと になる価格の決定や作業計画のために用いられる原価 計算である。これらに対する具体的な説明として,事後計算では 原価計算表による直接費と間接費の区分や計算,部門 費配賦表による部門費計算など,事前計算では入札の ための価格計算が,それぞれ示されている。
第2案では製造過程において生じたすべての原価は 費目別計算,部門別計算を経て,製品別計算が行われ る。したがって,原価は直接費と間接費とに区分さ れ,間接費は部門を通して製品に配賦され,販売価格 を計算するために,製造原価要素の計算から販売費お よび一般管理費までの計算手続きが明示されている。
この際,製品原価計算は区分されていない。また,細 かく原価種類が説明されているが,一般会計との関連 は示唆のみである。
以上により「基礎案」第2案は,その構造から個別 受注生産における価格設定が目的であると判断でき る。
第1案の公表からあまり年月は経過していないが,
第2案ではかなりの改善がみられる。原価の3つの集計 過程(費目別計算,部門(場所)別計算,製品(原価 負担者)別計算)が示され,間接費の計算を中心とし たより精緻な原価集計が示された。したがって,第1 案を基礎にしながらも,その精緻化が図られた。
「基礎案」第3案(図表5)は,1930年に公表され た。第3案は全体の構成を見ると,かなり理論的に整 理されている。この第3案の任務として,緒言におい て次の記述がなされていた(東京商工会議所訳編
〔1933〕緒言1頁)。
「前回,基礎案が作成されたのは九年前の事であつた。
これは當時としては多くの點で卓越した勞作であるが,二 三疑議を挟さむべき點があつた。といふのは書名こそ原價計
算の一般的基礎案と題してあつたが,實質的には經濟生活の 一小部分,即ち機械工業だけに妥當するものであつて,殊に 大工業で廣く行はるゝ總合計算の手續が缺如してゐたのであ る。この缺陥を修正することが新版の任務である。」
この任務のもとに,第3案が展開していく。A.,
B.,C.,D. の4章立てになっており,A. は原価計算の
概念と対象,B. は原価計算の目的,C. は原価,D. は 原価計算の種類である。B. の原価計算目的は個別経 済的目的と共同経済的目的に分けられており,前者は 能率向上のための諸目的,後者は価格政策のための諸 目的が列挙されている。しかしながら,目的が列挙さ れているだけで,細かい説明はない。この説明はD. の原価計算の種類において,原価計算の種別ごと
に任務を説明しているところから,それを示唆してい るのであろう。C. 原価とD. 原価計算の種類の説明は
詳細であり,かなりの紙幅が割かれている。とくに,
D. で論じられている原価計算の種類は,注目に値す
る。原価計算の種類が下記の4つの分類基準(Unterscheidungsmerkmal)のもとで,対概念として提示さ
れている(Grundplan〔1930〕S.26-44)。Ⅰ 計算時点
Zeitpunkt:事前計算,継続的な事後
計算と比較計算Vorrechnung,laufende Nach
rechnung und Vergleichsrechnung
Ⅱ 計算方法
Methode der Verrechnung:総合原価
計算と個別原価計算Divisionskostenrechnung und Zuschlagskostenrechnung
Ⅲ 計算領域
Tatsache der Gliederung des Kosten
feldes:総括原価計算と部門原価計算 Gesamt- Kostenrechnung und Stellen-Kostenrechnung
Ⅳ 計算範囲
Umfang der Kostenmasse:全部原価
計算と部分原価計算Voll-Kostenrechnung und Teil-Kostenrechnung
上記は原価計算の多様な目的を示唆し,その目的に よって原価計算種類が異なるとしている。
前半部
C. 原価において示されている原価区分は多様
な観点から分類できるとしながらも,Materialkosten 材料費,Löhne賃金,Gehälter給料,Zinsen利子,
Abschreibungen
減価償却費,Steuern租税を強調して いる。また,原価集計については,4つの分類基準に よって区分しているので,他の「基礎案」とは記述方 法は違うが,費目別計算はC. で,部門別計算は D. の
Ⅲで,製品別計算は
D. のⅡで説明されている。巻末に
は,原価計算表や部門費配賦表が添付されている。製 品原価計算については,Ⅱにおいて個別原価計算と総 合原価計算が言及されている。このように,個別受注 生産形態だけではなく,大量見込生産形態にも適用が 示されていた。一般会計との関連については,C. 原 価でシュマーレンバッハ(E.Schmalenbach)の Grundlagen der Selbstkostenrechnung und Preispolitik, Leipzig, 1925や Der Kontenrahmen, Leipzig, 1929が引
用されており,ここに一般会計との強い関連を見るこ とができる(Grundplan〔1930〕S.9-10)。以上により「基礎案」第3案は,多様な目的に対応 する原価計算種類が示されており,様々な業種におけ る製造過程において生じた原価はできる限り製品に配 図表5
Grundplan der Selbstkostenrechnung
, 1930の目次基礎案」第3案 Vorwort
A. Begriff und Gegenstand der Selbstkostenrechnung B. Die Zwecke der Selbstkostenrechnung
C. Die Kosten
I. Der Begriff der Kosten
II. DieBewertungderKostengüter III. Die Kostenarten
D. Die Arten der Selbstkostenrechnung I. Unterscheidungsmerkmal:
Der Zeitpunkt der Durchführung II. Unterscheidungsmerkmal:
Die Methode der Verrechnung der Kosten auf die Leistungseinheit
1. Die Divisionskostenrechnung 2. Die Zuschlagskostenrechnung a) Die Ermittlung der Einzelkosten
b) Die Ermittlung der Gemeinkosten je Leistungsein
heit
III. Unterscheidungsmerkmal:
Die Tatsache der Gliederung des Kostenfeldes 1. Gesamt-Kostenrechnung
2. Stellen-Kostenrechnung
a) Die Gründe der Gliederung des Kostenfeldes b) Die Gliederung des Kostenfeldes
c) Die Durchführung der Stellen-Kostenrechnung d) Kalkulationsschemata für Stellen-Kostenrechnung IV. Unterscheidungsmerkmal:
Der Umfang der Kostenmasse 1. Voll-Kostenrechnung 2. Teil-Kostenrechnung
出典:Grundplan〔1930〕Gliederungより作成
賦され,販売価格を計算する方策が,製造原価要素の 計算から販売費および一般管理費までの計算手続きを 通じて明示されている。「基礎案」第3案の目的は,能 率向上のための諸目的,価格政策のための諸目的が挙 げられているが,上記の構造の検討から製造業におけ る価格設定が目的であると判断できる。
第3案は第2案から9年を経ており,シュマーレン バッハが積極的関与した新なる規程となっている。注 目するべきは,原価の集計の時点,方法,領域,範囲 を基準とする原価計算種類,これに基づく原価集計の
3段階の明示や製品原価計算における総合原価計算と
個別原価計算の明確な区分である。これにより,第3 案は原価計算の目的で示されている多様な目的への適 用を理論的に示唆することになった。床井はこの3つの「基礎案」を「各基礎案のもつ色 彩はその時々の状況により異なり,第Ⅰ案を受けて
「決定的な草案」と言われた第Ⅱ案が実践的で個別原 価計算に重点をおいたのに対し,第Ⅲ案は理論的で総 合原価計算を重視していた」と評した(床井〔1980〕
124頁)。
Ⅲ ドイツ原価計算制度を模範としたわが国原価 計算制度の展開
1.ドイツ原価計算制度への傾倒
わが国の原価計算は昭和5年頃から,ドイツ化して いく(建部〔2003〕224-225頁,建部〔2012〕105-121 頁)。わが国の原価計算制度にドイツ化が生じた要因 としては,統制経済への転換がもたらしたドイツ化と 戦時経済の発想がもたらしたドイツ化があり,前者は 産業合理化を中心とする経済政策の一環として,後者 は戦争継続を目指す国家総動員体制の一機構として,
原価計算制度を機能させるためにドイツを模範とし た。
このとき,原価計算制度のドイツ化を牽引したのは 臨時産業合理局である。同局は昭和恐慌下における産 業合理化政策を推進・実行するため,「臨時産業合理 局官制」(昭和5年6月2日勅令第112号)に基づき,商 工省の外局として設置された。同局はいくつかの委員 会を置いたが,そのうちでも財務管理委員会は同局発 足当時から組織されて,会計手続きの統一化・制度化
に関する研究を行い,仮案,決定稿の公表を行った。
陶山は財務管理委員会の審議要目として,次の9つ を挙げている(陶山〔1939〕附録1頁)。
1 事業会社の財産目録,貸借対照表,損益計算表及び損益処 分書の内容を統一,明確又は精細にすること。
2 各種業別の標準的簿記を定むること。
3 中小商工業の簡便なる標準簿記を定むること。
4 適正なる損益金算出の標準方式を定むること。
5 固定資産の減価償却の合理的方法を定むること。
6 原価計算に関する一般的原則を定むること。
7 各種事業別に標準的原價計算法を定むること。
8 事業会社の財務及予算に関する研究。
9 帳簿伝票書類を標準化すること。
これに伴い,下記が雑誌「會計」に掲載された(陶 山〔1939〕附録5頁)。
1 標準貸借対照表 (雑誌「會計」昭和5年12月號)
2 標準財産目録 ( 〃 昭和6年1月號)
3 標準損益計算書 ( 〃 昭和6年2月號)
4 固定資産減価償却準則 ( 〃 昭和6年6月號)
5 未拂込株金を貸借対照表の借方に掲載せざる理由
( 〃 昭和6年8月號)
6 資産評価準則 ( 〃 昭和7年7月號)
7 原価計算基本準則 ( 〃 昭和8年8月號)
結局,上記のうち,1,2,3は「財務諸表準則」と して確定稿となり,公表された(雑誌「會計」昭和9 年10月號)。4,6についても「財産評価準則」として 確定稿となり,公表された(雑誌「會計」昭和11年6 月號)。同じく7も昭和8年に未定稿として公表され た。7のその後について,陶山は「昭和12年11月に確 定稿を得たるもその後附録を追補の上昭和13年3月30 日に日本工業協会より「製造原価計算準則」と題して 公刊せり」と注釈していた(陶山〔1939〕附録5頁脚 注3)。さらに,陶山は「東京商工会議所は米国商務省 標準局,全米商業会議所,米国経営協会及びドイツ産 業合理化協会の公刊物の翻訳をなし,「産業合理化資 料」として刊行しつゝあり」と述べ,そのなかでも簿 記会計に参考となる出版物として,「東京商工会議 所,産業合理化資料第44號,独逸産業合理化協会編
「原価計算の基礎案」」を挙げていた(陶山〔1939〕附 録5頁脚注4)。これが
Grundplan der Selbstkosten-
berechnung, 1930の翻訳書である。
2. ドイツからの原価計算制度の移植とわが国原価計 算制度の展開
(1)「基本準則」と「製造準則」の公表
上述したような背景で「基本準則」と「製造準則」
が公表された。この目次を示せば,図表6と7のとおり である。
昭和8年に公表された「基本準則」の作成メンバー は,鈴木嶋吉,太田哲三,渡邊銕蔵,吉田良三,永原 伸雄,魚谷傳太郎,間瀬三郎,東奭五郎であった5)。
目的は序言において「費用を査閲管理し,以て能率 を促進せしむると共に,他方適正なる販売価格の決定 に資する」とされている(商工省臨時産業合理局財務 管理委員会案〔1933〕序言)。原価区分は物品費,労 働費,費用,販売費,総経費であり,さらに販売費,
総経費(一般管理費)の集計手続きまでが示されてい る。原価集計は費目別計算,部門別計算であり,製品 別計算の明確な区分はない。とりわけ,製品原価計算 の記述は冒頭で個別計算と総合計算に言及されている だけで,その後,この区分は明確ではないが,総論で 直接費と間接費との区分が項目立てされているところ から,個別原価計算が意識されている。このために,
製造間接費計算が部門費計算,予定計算とともに詳し く説明されている。なお,一般会計との関連に関する 記述はない。
以上により,「基本準則」において,製造過程にお いて生じたすべての原価はできる限り製品に配賦さ れ,販売価格を計算するために,製造原価要素の計算 から販売費および一般管理費までの計算手続きが明示 されているので,「基本準則」の目的は価格設定であ ると判断できる。
「基本準則」に対しては,原口亮平が,『国民経済雑 誌』(第55巻第4号,昭和8年)において,「今其の発表 を見て甚しく失望するものである」とし,以下のとお りに酷評した(原口〔1933〕85頁)。
「筆者が此の基本準則を一瞥したる際に喚起したる感想 は,原價計算に用ひられる用語の説明書にあらずや,との感 であつた。何等の基本概念を捕捉し得ないのであつた。再讀 して想起したるは,教授吉田良三氏の「工業簿記と原價計 算」(東京同文館発行)である。同書とは其の用語に少許の 差違があるが,其の構造に於て通ずるところ甚だ多く,所論 亦同書の範圍を出でない。或は同數(ママ)の抜萃にあらず やとの感であつた。」
このように,原口の発言からは吉田がその作成に中 図表6 原価計算基本準則の目次
「基本準則」
序言 第一 総論
一,原価及原価計算 二,原価計算の種類 三,原価要素 四,直接費と間接費 五,間接費の種類 六,原価の種類
七,標準原価及客観原価 第二 物品費
八,物品費の意義 九,物品費の区別 一〇,原料購入原価 一一,原料消費価格 一二,原料消費量の計算法 一三,原料以外の物品費の処理 第三 労働費
一四,労働費の意義 一五,工賃の区別 一六,直接工賃賦課法 一七,労働副費
第四 費用
一八,費用の意義 一九,費用の区別 二〇,特種の費用項目 第五 製造間接費配賦手続
二一,製造間接費配賦法 二二,部門の意義及び種類 二三,製造関接費部門別配賦 二四,補助部門費配賦 二五,製品への配賦 二六,械機時間標準配賦法 二七,予定率配賦法
第六 販売費,総経費配賦手続 二八,間接費配賦の限界 二九,販売費配賦 三〇,総経費配賦
出典:臨時産業合理局財務管理委員会案〔1933〕本文より作成
心的にかかわった(ないしは,吉田の著書を積極的に 参考とした)と思われる。あわせて,未定稿であるが ゆえに,不十分であるところも多々あった。
「基本準則」から4年後,昭和12年に公表された「製 造準則」は「基本準則」のメンバーに,臨時委員とし て原口亮平,長谷川安兵衛,福島弘次郎,小林康治,
神馬新七郎が加わった。
目的は,「基本準則」と同様に,序言において「費 用を査閲管理し,以て能率を促進せしむると共に,他 方適正なる販売価格の決定に資する」(商工省臨時産 業合理局財務管理委員会編〔1937〕序言)とされてい
る。原価区分は物品費,労務費,経費であり,原価集 計は費目別計算,部門別計算,製品別計算が区分され ている。さらに,製品原価計算は総合原価計算と個別 原価計算に区分され,2つの計算体系の違いが明確に されている。一般会計との関連としては,総論では一 般会計と原価計算との関連や原価計算期間が取り上げ られ,後に原価計算と工業会計との関連が章立てされ ている。すなわち,原価計算の信頼性が担保されるよ うに原価計算と簿記との有機的結合が示され,これに よってアカウンタビリティに基づく責任の所在を明確 化する仕組みが出来上がっている。また,総論では標 図表7 製造原価計算準則の目次
「製造準則」
序言 第一 総論
一,製造原価計算 二,原価計算の目的 三,製造原価の種類 四,原価計算の種類
五,会計と原価計算との関係 六,原価計算期間
第二 原価要素 七,原価要素 八,種別による分類 九,原価賦課手続上の分類 一〇,操業度との関係による分類 第三 物品費
一一,物品の種類 一二,物品原価 一三,物品消費量計算 一四,消費物品価格 一五,自己生産品消費価格 一六,物品副費
一七,物品費種別 第四 労務費
一八,労務費の種類 一九,雑給及労務副費 二〇,賃銀種別 二一,賃銀計算 第五 経費
二二,経費の計算
二三,経費の原価計算期分割 二四,特殊の経費種目 二五,経費の種別
第六 綜合原価計算 二六,綜合原価計算概念 二七,綜合原価計算の種別 二八,単純綜合計算 二九,等級別綜合計算 三〇,工程別綜合計算 三一,組別綜合計算 三二,副産物
三三,連産品原価計算 第七 個別原価計算
三四,個別原価計算概念 三五,原価元帳
三六,直接費計算 三七,間接費計算 三八,間接費配賦手続 三九,間接費配賦方法 四〇,間接費予定率配賦法 第八 部門費計算
四一,部門の意義 四二,部門の種類 四三,部門費計算手続 四四,部門費計算方法 四五,補助部門費配賦 四六,補助部門相互間の配賦 四七,製造部門費配賦 第九 標準原価計算
四八,標準原価計算の概念 四九,標準原価の計算法 五〇,較差分析
五一,部分的標準率
第十 原価計算と工業会計との関連 五二,工業会計の勘定体系 五三,原価計算と各勘定との関連 五四,工場会計の独立
五五,月次損益計算 出典:商工省臨時産業合理局財務管理委員会編〔1937〕目次より作成
準原価に関する記述があり,「科学的調査に基き工場 の能率を充分に発揮する場合の各種原価要素の標準的 なる消費量及価格を測定し,之に基きて計算したる原 価にして,実際原価と比較し,之を統制し,経営の能 率を吟味するに利用す」とされ,第九では標準原価計 算が取り上げられている(商工省臨時産業合理局財務 管理委員会編〔1937〕2頁)。
以上により,目的としては能率の向上と販売価格の 決定の2つが挙げられているが,販売費や一般管理費 に関する章はなく,価格計算よりもむしろ能率向上の ために企業業績の測定が可能になるようなしくみが明 示されているので,規程の構造からみると,「製造準 則」の目的は能率向上であると判断できる。
しかし,「製造準則」が公表された昭和12年は,日 中両国が局地衝突から全面戦争へと拡大していく中 で,政府(とりわけ陸軍)としては,大量な軍需品の 適価での調達が必要になった時期である。これに軌を 一にして,不況対策に貢献してきた臨時産業合理局も 商工省官制改正(昭和12年4月30日勅令第156号)によ り廃止され,商工省統制局へ業務移管された。さらな る戦局拡大に伴って,国家総動員法(昭和13年4月1日 法律第55号)が施行され,軍が軍需工場からの物資調 達のための調弁価格設定のために,法的拘束力を持つ 新たな規程が必要になった。
(2)「基礎案」を模範とした「基本準則」・「製造準則」
これまで,3つの「基礎案」と「基本準則」・「製造 準則」の構造を別々に瞥見してきたが,これを踏まえ て,これらの関連性を構造の面から検討してみたい。
「基礎案」はドイツの産業合理化運動の下で,「基本 準則」・「製造準則」もわが国の産業合理化政策の下 で,作成された。「基本準則」は不況打開策として提 唱されたカルテルなどが市場価格に悪影響を及ぼさな いような適正な価格設定ができるように,「製造準則」
は企業業績の測定によってさらなる能率の向上が図れ るように,それぞれ原価計算の実施を標榜していた。
上述のように,「基本準則」,「製造準則」は産業合 理化運動の所産であり,その作成母体は臨時産業合理 局財務管理委員会であった。太田によれば,昭和6,7 年頃,財務管理委員会では「基礎案」を翻訳して参考
にしたという(太田〔1968〕102頁)。基本的に,財務 管理委員会は,時系列的には3つの「基礎案」を参照 する機会があった。これについては,かつて,床井は
「両準則が
Grundplan der Selbstkostenberechnung 1920,1921,1930に大きな影響を受けている」と述べ
ていた(床井〔1980〕101-138頁)。そこで,「基本準 則」や「製造準則」が「基礎案」の何を模範としたの かを考えていきたい。「基礎案」第1案,第2案,第3案と「基本準則」・「製 造準則」の構造を比較すると,図表8のとおりである。
「基礎案」第1案において,目的は価格設定,原価区 分は
Materialkosten,Bearbeitungslöhne,Sonder
kosten,Vertriebskosten,Verwaltungskosten,原価
集計は費目別計算,部門別計算,計算結果の集計,製 品原価計算は個別原価計算,一般会計との関連は言及 ありである。「基礎案」第2案において,目的は価格設定,原価区 分は
M a t e r i a l k o s t e n
,L ö h n e
,G e h ä l t e r, A b
schreibungen
など,原価集計は費目別計算,部門別計算,製品別計算,製品原価計算は個別原価計算,一 般会計との関連は示唆ありである。
「基礎案」第3案において,目的は原価種類区分に基 づく多様な目的,原価区分は
Materialkosten
,Löhne,Gehälter,Abschreibungen
など,原価集計は 費目別計算,部門別計算,製品別計算,製品原価計算 は個別原価計算と総合原価計算,一般会計との関連は 詳細な言及ありである。くわえて,第3案の特筆すべ き 点 は , 第1
案 と 第2
案 で 明 確 で は な か っ たDivisionskostenrechnung
総合原価計算とZuschlags
kostenrechnung
個別原価計算の区分が明確化された ことである。まず,「基本準則」は「基礎案」第1案と構成をほぼ 同じくしている。「基本準則」では,一般会計との関 連は言及されていないが,それを除く構成は「基礎 案」第1案と同様であり,他の製品原価計算(総合原 価計算)が明示されていない。したがって,構造上
「基本準則」は「基礎案」第1案を手本に作成されたと 考えられる。
次に,「製造準則」は「基礎案」第2案,第3案と構 成をほぼ同じくしている(建部〔2019〕119頁)。「製
造準則」は,原価区分が第1案,原価集計が第2案と第
3案,製品原価計算が第3案,一般会計との関連が第3
案であり,原価区分以外第2案と第3案に依拠してい る。さらに,「製造準則」では,製品原価計算が総合 原価計算と個別原価計算に区分されており,しかも「基礎案」第3案では,製品原価計算は総合原価計算,
個別原価計算の順に規定が進行するが,「製造準則」
の順も同様である。また,「製造準則」は工業会計の 一つとして,原価計算がとらえられていたが,これは
「基礎案」第3案で明示されており,この影響をより強
く受けている。したがって,「製造準則」は「基礎案」
第2案,第3案を手本に作成されたと考えられる。
Ⅳ 「基本準則」からの工場経理監督規程の展開
1.「基本準則」と「参考書」の関連性
仮説では「基本準則」→「参考書」→「調査準則」
→「原価監査要綱」の道筋を示したので,まず「基本 準則」と「参考書」の関連性を見ていきたい。
「参考書」は作成時すでに公表されていた「基本準 図表8 「基礎案」と「基本準則」・「製造準則」の構造比較
「基礎案」第1案1920 「基礎案」第2案1921 「基礎案」第3案1930 目的:
価格設定 原価区分:
Materialkosten Bearbeitungslöhne Sonderkosten
Vertriebskosten Verwaltungskosten 原価集計:
Unmittelbare und mittelbare Kosten 費目別計算 部門別計算 計算結果の集計 製品原価計算:
個別原価計算 一般会計との関連:
言及あり
目的:
価格設定 原価区分:
Materialkosten Löhne, Gehälter Abschreibungen Zinsen
Steuernなど Vertriebskosten Verwaltungskosten 原価集計:
Einzelkosten und Gemeinkosten 費目別計算 部門別計算 製品別計算 製品原価計算:
個別原価計算 一般会計との関連:
示唆あり
目的:
多様な目的 原価区分:
Materialkosten Löhne,Gehälter, Abschreibungen Zinsen
Steuernなど 原価集計:
費目別計算 部門別計算 製品別計算 製品原価計算:
Divisionskostenrechnung und Zuschlagskostenrechnung 一般会計との関連:
詳細な言及あり
「基本準則」1933 「製造準則」1937 目的:
価格設定 原価区分:
物品費 労働費 費用
販売費,総経費 原価集計:
費目別計算 部門別計算 製品原価計算:
個別原価計算 一般会計との関連:
言及なし
目的:
能率向上 原価区分:
物品費 労務費 経費 原価集計:
費目別計算 部門別計算 製品別計算 製品原価計算:
総合原価計算と個別原価計算 標準原価計算
一般会計との関連:
詳細な言及あり
則」を模範にしたと考える。そこで,いかに「基本準 則」を手本にしたかを通じて,「基本準則」から「参 考書」への流れを明らかにしていく。
前稿で瞥見した結果を踏まえると,「参考書」の概 要は,以下のとおりである。
① 民間軍需工場の経理監督に関する規程である。
② 其二において,財務諸表における経理監督のポイント
(資産,資本,損益)が示されている。其二における記述 は,貸借対照表や損益計算書からの企業業績の監視規定で あった。
③ 其三において,原価計算(調査)による経理監督のポイ ントが示されている。
④ 原価区分は物品費,労務費,経費が用いられている。
⑤ 直接費と間接費の計算が明確に区分されているが,部門 別計算には重点が置かれていない。
⑥ 個別原価調査と総合原価調査という形で,個別原価計算 と総合原価計算が区分されている。これは個別原価調査
(個別原価計算)が中心であり,総合原価調査(総合原価 計算)は二次的な位置づけであった。ただ製品別計算とし て明確に区分されているわけではなく,調査の側面から区 分されている。
上記②における「企業業績の監視規定」の件である が,この内容は原価計算機構との直接的なリンクが示 されているわけではない。③でも同じであり,原価計 算の存在が企業業績を明らかにすることについては,
示唆するのみにとどまっている。
また,「参考書」はその概要から,以下のとおりに 価格設定の機能に重点を置いていると言える。
① 原価計算とは「生産品ノ一定ノ單位ニ付其ノ原價要素ヲ 集合計算スル手續」,原価調査は「原價計算ニ基キ原價ヲ 算定スル」ことであり,その目的は「生産品ニ對スル純正 ナル原價ヲ算定シ契約價格,統制價格等決定ノ基礎資料タ ラシムルト原價要素ノ消費量及價格ヲ統制シ尚會計ノ補助 手段トシテ損益計算ヲ明瞭正確ナラシムルニアリ」とされ ている(監査課〔1937〕23-24頁)。
② 原価算入項目の限定および非原価項目の列挙,販売価格 を計算するために,製造原価要素の計算から販売費および 一般管理費までの計算手続きが明示されている。
③ 能率の向上を主目的とした原価計算制度ではない。もち ろん,其二において会社業績の測定が規定されており,こ れによる会社業績の向上が能率の向上につながるのではあ ろうが,規程の中で一般会計との関連(有機的結合)が積 極的に示されているわけではない。
「基本準則」と「製造準則」の各目次は,図表9のと おりである(「製造準則」は,参考として示した)。
「基本準則」と「製造準則」の目次は,先に図表6と
7で示したので,図表9では簡略化して章見出しのみ
を,「参考書」の目次は本稿では初出なので,原価計 算部分のみ章,節,項までを詳細に,その他は章のみ を簡略して示した。図表9 原価計算基本準則,民間工場會計監督官執務參考書,製造原価計算準則の目次
「基本準則」 「参考書」 「製造準則」
序言 第一 総論 第二 物品費 第三 労働費 第四 費用
第五 製造間接費配賦手続第六 販 売費,総経費配賦手続
其一 通則
其二 工場ノ經理監督 其三 軍需品ノ原價調査
第一 一般的事項 第二 物品費ノ調査 第三 勞務費ノ調査 第四 經費(雑費)ノ調査 第五 原價調査ノ要領 一 個別原價調査
二 原價元帳其ノ他簿表ノ整備 三 準備調査
四 直接費ノ調査 五 間接費ノ調査 六 直接費間接費ノ比率 七 間接費ノ配賦 八 間接費豫定率 九 綜合原價調査
第六 原價調査上注意スヘキ事項 序言 第一 総論 第二 原価要素 第三 物品費 第四 労務費 第五 経費
第六 綜合原価計算 第七 個別原価計算 第八 部門費計算 第九 標準原価計算
第十 原価計算と工業会計との関連
出典 :商工省臨時産業合理局財務管理委員会編〔1933〕目次,監査課〔1937〕目次1-6頁,商工省臨時産業合理 局財務管理委員会編〔1937〕目次3-4頁より作成
「参考書」は,陸軍の工場立ち入り検査(工場監査)
のためのマニュアルであった。したがって,「参考書」
では調査という用語が使われ,陸軍が実施した工場監 督のための規程であるところから,「基本準則」や
「製造準則」と形式だけでは比較できないが,「参考 書」の原価計算機構部分は陸軍が目標とした適正な価 格で軍需物資の調達を実現するための監督規程であ り,監督によって価格設定の部分の適正化を担保しよ うとした。実質的には,その目的は「基本準則」と軌 を一にし,その内容は変わらない。以下,図表10に基 づいて,これを瞥見していきたい。
「参考書」において,目的は工場監督(適正価格設 定のための工場監督),原価区分は物品費,労務費,
経費,原価集計は費目別計算,製造間接費計算,製品 別計算,製品原価計算は個別原価調査と総合原価調 査,一般会計との関連は示唆ありである。
それでは,「基本準則」と「参考書」を比較してみ たい(図表10)。
目的は「基本準則」,「参考書」ともに価格設定,原 価区分の費目名称については「参考書」は「基本準 則」の「第二 物品費,第三 労働費,第四 費用」
ではなく,「製造準則」の「第三 物品費,第四 労 務費,第五 経費」に近い(名称のみの相違で実質は 同じ)。しかし,それ以外「参考書」は「基本準則」
と同じ構造である。ただし,製品原価計算は,「基本 準則」では個別原価計算と総合原価計算の区分はない
が,他方「参考書」には個別原価調査と総合原価調査 の用語で,前者に重点を置きながらも両者が区別され ている。ところが,分類観点が異なり,製品原価計算 を明確に規定したものであるとは言えないので,やは り「基本準則」へ近接している。くわえて,「参考書」
は「基本準則」と同様に,一般会計との関連に関する 規定(勘定や帳簿)はなく,規定のみでは原価計算機 構が経営成績や財政状態に関する情報を提供するとは 言えない。この点は「製造準則」とは大きく異なる。
「参考書」は目的それ自体が工場監督の手引書である という性格を有しているが,規程としては調弁価格の 適正な設定が行われているかを監視するために,価格 設定にポイントが置かれた原価計算機構が規定されて いた。
以上により,規程構造の基本的な考え方を見ていく と,「参考書」は「基本準則」に近接し,それを手本 にして作成されたことがわかる。したがって,「参考 書」は「基本準則」からの系譜をひいていると言え る。
2.「参考書」と「調査準則」の関連性
仮説では「基本準則」→「参考書」→「調査準則」
→「原価監査要綱」の道筋を示したので,1. で示した
「基本準則」→「参考書」の次は,「参考書」と「調査 準則」の関連性を見ていきたい。「参考書」は昭和12 年に,「調査準則」は昭和14年に,それぞれ陸軍経理 図表10 「基本準則」と「参考書」の構造比較
「基本準則」昭和8年8月 「参考書」昭和12年9月 目的:
価格設定 原価区分:
物品費 労働費 費用
販売費,総経費 原価集計:
費目別計算 部門別計算 製品原価計算:
個別原価計算 一般会計との関連:
言及なし
目的:
(適正価格設定のための)工場監督 原価区分:
物品費 労務費 経費 一般間接費 原価集計:
費目別計算 製造間接費計算 製品別計算 製品原価計算:
個別原価調査と総合原価調査 一般会計との関連:
示唆あり
図表11 民間工場會計監督官執務參考書と陸軍軍需工業原價調査準則の目次
「参考書」 「調査準則」
其一 通則
其二 工場ノ經理監督 其三 軍需品ノ原價調査
第一 一般的事項 第二 物品費ノ調査 第三 勞務費ノ調査 第四 經費(雑費)ノ調査 第五 原價調査ノ要領 一 個別原價調査
二 原價元帳其ノ他簿表ノ整備 三 準備調査
四 直接費ノ調査 五 間接費ノ調査 六 直接費間接費ノ比率 七 間接費ノ配賦 八 間接費豫定率 九 綜合原價調査
第六 原價調査上注意スヘキ事項
第一章 總説 第二章 原價ノ構成
第一節 製造原價ノ要素 第一項 材料費 第二項 勞働費 第三項 經費
第二節 一般管理及販賣原價ノ構成要素 第三章 原價計算ノ方法
第一節 個別原價計算 第一項 製造原價ノ計算 第一目 製造原價ノ構成 第二目 製造間接費ノ配賦 第二項 一般管理及販賣原價ノ計算 第二節 綜合原價計算
第四章 工業會計ノ勘定及帳簿組織 第一節 總説
第二節 標準勘定組織
第三節 原價調査ノタメノ帳簿書類 第一項 材料費關係帳簿書類 第二項 賃銀關係帳簿書類 第三項 經費關係帳簿書類
第四項 製造間接費部門配賦ニ關スル帳簿書類 第五項 原價計算關係帳簿書類
第六項 製品,仕損品及作業屑ニ關スル帳簿 書類
第七項 一般管理及販賣費,及販賣ニ關スル 帳簿書類
出典:監査課〔1937〕目次1-6頁,JACAR〔1939a〕Ref. C04121287300より作成
図表12 「製造準則」と「調査準則」の構造比較
「製造準則」 「調査準則」
目的:
能率向上 原価区分:
物品費 労務費 経費 原価集計:
費目別計算 部門別計算 製品別計算 製品原価計算:
総合原価計算と個別原価計算 標準原価計算
一般会計との関連:
詳細な言及あり
目的:
調査(価格設定と能率向上)
原価区分:
材料費 労働費 経費
一般管理及販売原価 原価集計:
費目別計算 部門別計算 製品別計算 製品原価計算:
個別原価計算と総合原価計算 一般会計との関連:
詳細な言及あり
局監査課によって作成された。かつて,本間氏が「製 造準則」と「調査準則」の関連を詳しく検討している ので,これには深入りしない(本間〔2016〕27-
56
頁)。図表11では,「参考書」と「調査準則」の目次を 示した。また,参考として図表12では,「製造準則」と「調査準則」との構造を比較した。
まず,参考として「製造準則」と「調査準則」の関 連を瞥見しておきたい(図表12)。
目的については,「製造準則」では価格設定と能率 の向上が規定され,他方「調査準則」(一 準則の目 的)でも,以下のとおりに規定されている(JACAR
〔1939a〕Ref. C04121287300)。
「本準則ハ會計監督官ガ適正ナル軍需品用調辨價格決定ノ 基礎トナルベキ原價ヲ調査スルニ際シ,軍需品工場及其下請 工場ノ正碓ナル原價ヲ調査シ,兼ネテ經營能率ノ增進ニ依テ 原價ノ低下ヲ圖ラシムルガタメニ,當該事業ノ原價計算制度 ヲ指導監督スルニ當リテ参考トスベキ原價調査ニ關スル準則 ヲ示ス
本準則ハ原價計算制度ニ關スル一般的準則ナルヲ以テ,之 ヲ實際ニ適用スルニ當リテハ各種生産形態,業種,經營規模 ニ適應スル具體的準則ノ制定ヲ必要トス」
上記のとおり,目的は「製造準則」,「調査準則」と も,価格設定と能率の向上が規定されていた。ただ し,「調査準則」では,最初に「會計監督官ガ」とい う主語がつけられている。
原価区分は,「製造準則」が物品費,労務費,経 費,「調査準則」が材料費,労働費,経費であり,名
称の相違のみで実質は変わらないが,「調査準則」に は一般管理及販売原価の規定がある。原価集計は両規 程とも費目別計算,製造間接費計算,製品別計算の区 分があり,製品原価計算は両規程とも個別原価計算と 総合原価計算の区分がある。一般会計との関連につい ては「製造準則」と「調査準則」とも詳細な言及あり である。
ただし,「製造準則」では目的が価格設定と能率の 向上が併記されながらも,構造上は一般管理費の計算 規定がなく,明らかに能率の向上目的であったが,
「調査準則」は目的が価格設定と能率の向上の併記の うえで,一般管理費を含めた総原価までの計算,企業 業績を明らかにする一般会計との関連が論じられてお り,両方の目的の達成を規程上では可能にすると思わ れる。この意味では,「製造準則」より「調査準則」
のほうが,価格計算と能率の向上の両目的を達成する 構造としては進化している。
以上により,規程構造の基本的な考え方を見ていく と,「調査準則」は「製造準則」に近接し,それを手 本にして作成されたことがわかる。したがって,「調 査準則」は「製造準則」からの系譜をひいていると言 える。
次に,「参考書」と「調査準則」の関連を瞥見して いきたい(図表13)。
目的については,「参考書」,「調査準則」とも工場 監督(調査)をいかに行うべきかが設定されている。
図表13 「参考書」と「調査準則」の構造比較
「参考書」 「調査準則」
目的:
(適正価格設定のための)工場監督 原価区分:
物品費 労務費 経費 一般間接費 原価集計:
費目別計算 製造間接費計算 製品別計算 製品原価計算:
個別原価調査と総合原価調査 一般会計との関連:
示唆あり
目的:
調査(価格設定と能率向上)
原価区分:
材料費 労働費 経費
一般管理及販売原価 原価集計:
費目別計算 部門別計算 製品別計算 製品原価計算:
個別原価計算と総合原価計算 一般会計との関連:
詳細な言及あり