再生医療
− iPS 細胞を中心に
根本治療として
注目を集める再生医療−
特許審査第三部審査調査室
菅原 洋平
TECHNO
TREND
調査のテーマとして「再生医療」を選択し、特許の出願 動向、研究開発動向、市場動向等の調査を実施しました ので、その調査結果の一部をご紹介させていただきます。 なお、今回の調査における「再生医療」の定義は、組織・ 器官・臓器形成のメカニズムを解析し、細胞の有する能力 を活用して、組織・器官・臓器の修復・再生を行い損なわ れた機能を回復するために必要な全ての技術としています。2.
再生医療とは 再生医療に用いられる細胞には、自分と同じ細胞を作る 能力(自己複製能)および組織や器官・臓器を構成する多 種類の細胞に分化する能力(多分化能)を有する幹細胞・ 前駆細胞のほか、これらが分化した体細胞が考えられます。 幹細胞・前駆細胞には、全ての細胞に分化できる多能性 幹細胞(胚性幹細胞〔ES細胞〕、誘導多能性幹細胞〔iPS細 胞〕等)、より分化が進んだ体性幹細胞、さらに分化の進 んだ前駆細胞などが含まれます。 再生医療の対象はもちろんヒトが中心ですが、獣医領 域(家畜、ペット)でも既に一部、実用化されています。 最終的には人体を構成するあらゆる組織・器官・臓器が 適用部位となりますが、感覚器系(眼、耳鼻、皮膚等)、 循環器系(心臓、血管、血液、腎臓等)、消化器系(肝臓、 膵臓等)神経系(脳、脊髄等)、運動器系(筋肉、骨、軟骨、 結合組織等)などの修復を目指した研究開発が行われて います。 図 1 は、再生医療に関する技術の俯瞰図です。再生医 療は「再生医療要素技術」、「再生医療応用技術」および「再 生医療支援技術」の三つに大別されます。 「再生医療要素技術」には、「新規な細胞と取得技術」、 「細胞培養・増殖技術」、「細胞分化制御技術」、「細胞改 変技術」、「細胞保存技術」など、利用する細胞を体内か ら分離・採取し再生医療で使用できる形態で提供するた めの技術および足場・スカフォールドに関する「足場関 連技術」が含まれます。「再生医療応用技術」には、「in vitro / ex vivo 機能構 造体の形成」、「in vivo 治療関連技術」、「再生医療関連技 術」などの実際の治療に当たる技術が含まれます。 「再生医療支援技術」には、再生医療を安全かつ治療
1.
はじめに 「再生医療」は、疾病や事故により損傷や機能不全を起 こした組織・器官・臓器に対して、上記の組織・器官・臓 器形成の過程を人為的に再現することにより修復・再生を 図り、機能を回復する医療を指します。再生医療に必要な 要素は「細胞」、「情報伝達分子」、「細胞周辺環境」の三つで、 これらを体外あるいは体内で、単独あるいは複数組み合わ せて提供することにより再生医療は実現されます。 特に京都大学から創出された iPS 細胞は、患者自身の 体から種々の細胞を作り出すことを可能にする革新的技 術であり、再生医療の発展に大きな影響をもたらします。 iPS 細胞樹立に関する基本特許(2008 年 9 月登録)から 分化誘導法、純化法、移植法等に関する研究が進み、こ れらの研究成果が、特許をもとに産業化され、実際の治 療に役立つことが期待されています。このように再生医 療は医薬等による対症療法と異なり、機能を根本的に回 復する医療として注目を集めています。 このような背景から、平成 20 年度特許出願技術動向効果のあるものにするための様々な技術として、「運搬・ パッケージ」、「安全性・品質管理」、「産業用培養システ ム」、「イメージング・モニタリング」、「疾患モデル」な どが含まれます。
3.
特許出願動向 (1)調査範囲 今回の調査では、主な出願先として日本、米国、欧州、 中国、韓国を調査対象としており、時期的範囲は、優先 権主張年ベースで 2002 年から 2006 年としています。 (2)出願人国籍別の出願動向 再生医療に関する日米欧中韓への特許出願件数の推 移、シェアを出願人国籍別で見ると図 2 および図 3 のよ うになります。全体では米国籍出願人が 37%(3,175 件) で日本、欧州、中国、韓国を大きく上回っていますが、 日 本 も 27.1 %(2,327 件 )で 米 国 に 次 い で お り、 欧 州 18.9%(1,623 件)を上回っています。中国、韓国はまだ 図1 再生医療の技術俯瞰図 対象・疾患 機能付与細胞 分化させた幹細胞 体細胞 遺伝子改変細胞 細胞シート 細胞培養・増殖技術 装置・器材、培地成分・添加物、培養条件 新規な細胞と取得技術 新規な細胞、その作製・分離・取得方法 精製方法 (調査対象外) 理学療法(リハビリ) 細胞の関与しない 人工組織・人工臓器 安全性・品質管理技術 運搬・パッケージ技術 産業用培養システム イメージング・モニタリング技術 疾患モデル(再生医療用)作製技術 細胞分化制御技術 細胞改変、分化制御因子(蛋白質・化合物) 培養の工夫、細胞との接触 物理的刺激 細胞ソース 幹細胞・前駆細胞 (ES細胞/ iPS細胞/体性幹細胞他) 体細胞 その他(骨髄/臍帯血) 細胞保存技術 保存機器、保存液 再生医療要素技術 細胞改変技術 ベクター、遺伝子導入、改変技術 再生医療応用技術 再生医療支援技術 in vitro/ex vivo機能構造体の形成再生医療
臓器移植 (心臓・肝・腎・角膜・他) ・運動器系 (骨/関節/軟骨/結 合組織/筋肉/他) ・循環器系 (心臓/血管/血液) ・感覚器系 (眼 / 耳鼻 / 皮膚) ・泌尿器系 ・運動器系 (骨/関節/軟骨/結 合組織/筋肉/他) ・神経系 (脳/脊髄) ・消化器系 (膵臓/肝臓/他) ヒト 獣医領域 足場関連技術 素材、構造・形態 材料工学/ ナノテクノロジー 足場、スカフォールド 合成・天然高分子 無機素材・金属 ハイブリッド素材 誘導因子 サイトカイン 低分子化合物 複数の組合せ in vivo治療関連技術 細胞移植 誘導因子投与 足場移植 細胞と足場 再生医療関連技術 送達方法、器具 複数の組合せ 拒絶回避、細胞処理、ドナー・レシピエント処理 発生工学/生殖工学 分子生物学/細胞工学 ゲノム科学/糖鎖工学 図2 出願人国籍別出願件数とその推移(日米欧中韓への出願、出願年(優先権主張年):2002-2006年) 2,358 2,344 1,972 1,218 681 500 1,000 1,500 2,000 2,500 2002 2003 2004 2005 2006 出願年(優先権主張年) 日本国籍 米国籍 欧州国籍 中国籍 韓国籍 その他 合計 優先権主張年 2002-2006 出願人国籍 中国籍 472件 5.5% 韓国籍 261件 3.0% その他 715件 8.3% 米国籍 3,175件 37.0% 欧州国籍 1,623件 18.9% 日本国籍 2,327件 27.1% 合計 8,573 件 注:2004年以降はデータベース収録の遅れ、PCT出願の各国移行のずれなどで全テータを反映していない可能性があります。 出願件数TECHNO
TREND
連の医療材料・器具を手がける子会社を複数抱えており、 出願人の上位には純粋な製薬企業は少なくなっています。 (4)出願人別動向調査(出願先国別) 出願先国別の出願件数上位ランキングを表 2 に示しま す。日本への出願では日本国籍が上位を占め、米国への 出願では米国籍が上位を占めるものの、欧州への出願は 米国籍が上位を占める結果となっています。 出願件数が少ないですが、近年、出願件数が増加する傾 向にあります。 (3)主要出願人 日米欧中韓への出願の出願人別出願件数上位ランキン グを表1に示します。上位は日本国籍出願人と米国籍出 願人のみが占める結果となりました。1 位の Johnson & Johnsonは米国の大手製薬企業ですが、傘下に整形外科関TECHNO
TREND
図3 出願人国籍別出願件数シェア推移(日米欧中韓への 出願:全期間−期間別、出願年(優先権主張年): 2002-2006年) 表1 出願人別出願件数上位ランキング(日米欧中韓への 出願、出願年(優先権主張年):2002-2006年) 表2 出願先国別−出願人別出願件数上位ランキング(出願年(優先権主張年):2002−2006年) 715 424 291 472 168 304 1,623 1,024 599 3,175 1,799 1,376 2,327 1,198 1,129 261 89 172 0% 20% 40% 60% 80% 100% 合計:8,573件 3,871件 注:2004年以降はデータベース収録の遅れ、PCT出願の各国移行のずれ などで全テータを反映していない可能性があります。 日本国籍 米国籍 欧州国籍 中国籍 韓国籍 その他 2004 ∼ 2006 2002 ∼ 2003 全期間(2002 ∼ 2006) 4,702件 順位 出願人 出願件数 1 JOHNSON&JOHNSON(米) 231 2 オリンパス(日) 207 3 科学技術振興機構(日) 120 4 産業技術総合研究所(日) 87 5 日立製作所グループ(日) 79 6 MEDTRONICINC(米) 68 7 CELGENECORP(米) 66 8 旭化成(日) 56 9 WISCONSINALUMNIRESEARCHFOUNDATION(米) 55 10 帝人(日) 50 11 UNITEDSTATESGOVERNMENT(米) 49 11 慶應義塾(日) 49 13 UNIVERSITYOFCALIFORNIA(米) 48 14 HOYA(日) 45 14 ニプロ(日) 45 16 エーザイ(日) 44 17 BECTONDICKINSONCO.(米) 42 17 NOVOCELL(米) 42 17 ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(日) 42 20 物質・材料研究機構(日) 41 日本への出願(2,443件) 米国への出願(2,589件) 欧州への出願(2,161件) 中国への出願(903件) 韓国への出願(477件) 出願人 出願件数 出願人 出願件数 出願人 出願件数 出願人 出願件数 出願人 出願件数 オリンパス(日本) 178 JOHNSON&JOHNSON(米国) 78 JOHNSON&JOHNSON(米国) 75 UNIVZHEJIANG(中国) 23 SEOULNATUNIVINDFOUND(韓国) 15 科学技術振興機構(日本) 63 MEDTRONIC(米国) 25 MEDTRONIC(米国) 22 UNIVTSINGHUA(中国) 18 CELGENE(米国) 13 産業技術総合研究 所(日本) 61 UNIVCALIFORNIA(米国) 20 UNITED STATES GOVERNMENT (米国) 20 FIELDTRANSFUSION INSTACADMILITARY MED(中国) 17 WISCONSIN ALUMNIRES FOUND(米国) 8 JOHNSON&JOHNSON(米国) 60 科学技術振興機構 (日本) 20 HOYA(日本) 19 JOHNSON&JOHNSON(米国) 12 科学技術振興機構(日本) 8 日立製作所グルー
プ(日本) 58 BOSTONSCIENTIFIC(米国) 19 (日本)科学技術振興機構 17 科学技術振興機構(日本) 12 KOREAINSTSCITECHNOL(韓国) 7 旭化成(日本) 41 BIOMET(米国) 18 CNRS(フランス) 16 SHANGHAIGUORUILIFESCI&TECH(中国) 11 JOHNSON&JOHNSON(米国) 6
WISCONSIN ALUMNI RESFOUND(米国) 16
出願人に比べて出願件数の割には外国出願の件数が少な くなっています。中国籍、韓国籍出願人はまだ出願件数 が少ないこともありますが、外国出願の件数も少なく なっています。 (5)日米欧中韓の五極における出願件数収支 日米欧中韓への出願の出願先国別−出願人国籍別の出 願件数収支を図 4 に示します。米国籍出願人は積極的に 外国出願を行っていますが、日本国籍出願人は欧州国籍 図4 出願先国別—出願人国籍別出願件数収支(日米欧中韓への出願、出願年(優先権主張年):2002-2006年) その他 283件 10.9% 韓国籍 40件 1.5% 中国籍 19件 0.7% 欧州国籍 374件 14.4% 米国籍 1,582件 61.1% 日本国籍 291件 11.2% その他227件 10.5% 韓国籍 28件 1.3% 中国籍 12件 0.6% 欧州国籍 831件 38.5% 米国籍 780件 36.1% 日本国籍 283件 13.1% その他 50件 5.5% 韓国籍 13件 1.4% 中国籍 439件 48.6% 欧州国籍 106件 11.7% 米国籍 177件 19.6% 日本国籍 118件 13.1% その他 31件 6.5% 韓国籍 154件 32.3% 中国籍 1件 0.2% 欧州国籍 62件 13.0% 米国籍 137件 28.7% 日本国籍 92件 19.3% その他 124件 5.1% 韓国籍 26件 1.1% 中国籍 1件 0.04% 日本国籍 1,543件 63.2% 欧州国籍 250件 10.2% 米国籍 499件 20.4% 日本への出願 2,443件 中国への出願 903件 欧州への出願 2,161件 韓国への出願 477件 米国への出願 2,589件 374件 283件 291件 499件 250件 92件 780件 12件 28件 62件 118件 177件 19件 40件 13件 106件 137件 1件 26件 1件
TECHNO
TREND
「要素技術」の「細胞培養・増殖技術」については、日 本国籍出願人の出願が多くなっており、「新規な細胞と 取得技術」および「細胞分化制御技術」については米国 籍出願人の出願が多くなっています。 「応用技術」の「in vivo 治療関連技術」について米国籍 出願人の出願が際立って多くなっています。 「支援技術」に関しては、日本国籍および米国籍出願 人の出願が多くなっています。 これを「要素技術」、「応用技術」、「支援技術」ごとの 出願件数および比率で見ると図 7 のようになります。日 本国籍出願人は米国および欧州国籍出願人に比べて応用 技術に関する出願の比率がかなり低くなっています。 (6)技術区分別出願件数 日米欧中韓への出願8,573件について、技術区分別の出 願件数とその比率を図5に示します。「再生医療要素技術」 が51%、「再生医療応用技術」が44%、「再生医療支援技術」 が5%を占めています。「要素技術」では「足場関連技術」 が31%で最も多く、「細胞培養・増殖技術」(24%)、「新 規な細胞と取得技術」(21%)、「細胞分化制御技術」(19%) がそれに次いでいます。「応用技術」では「in vivo治療関 連技術」が70%を占め最も多くなっています。 技術区分別−出願人国籍別の出願件数を図 6 に示しま す。日本国籍と欧州国籍の出願人については出願傾向が 比較的似通っています。 図5 技術区分別の出願件数(日米欧中韓への出願、出願年(優先権主張年):2002-2006年) 要素技術 その他12件 0.3% 足場関連 技術 1,367件 31% 細胞改変 技術 60件 1% 細胞分化 制御 851件 19% 細胞培養 ・増殖技術 1,060件 24% 新規な細胞と 取得技術 914件 21% 細胞保存 技術 110件 3% 合計 4,374件 応用技術 その他 8件 0.2% in vitro/exvivo 機能構造体の形成 702件 19% 再生医療 関連 415件 11% in vivo治療関連技術 2,642件 70% 合計 3,767件 支援技術 432件 5% 応用技術 3,767件 44% 要素技術 4,374件 51% 合計 8,573件 支援技術 安全性・ 品質管理 117件 27% 運搬・ パッケージ 43件 10% その他 52件 12% 疾患モデル 49件 11% イメージング・ モニタリング 78件 18% 産業用 培養システム 93件 22% 合計 432件図6 技術区分別−出願人国籍別出願件数(日米欧中韓への出願、出願年(優先権主張年):2002-2006年) 図7 出願人国籍別−技術区分別出願件数とその比率(日米欧中韓への出願、出願年(優先権主張年):2002-2006年) 米国籍 欧州国籍 中国籍 韓国籍 その他 その他 13 25 8 3 3 疾患モデル 61 0 25 4 4 イメージング・モニタリング 34 30 10 1 3 8 産業用培養システム 67 9 9 安全性・品質管理 57 27 19 1 3 10 運搬・パッケージ 30 9 3 1 その他 6 2 29 2 4 112 223 45 再生医療関連技術 81 85 220 500 1,221 535 in vivo治療関連技術 73 199 123 15 31 261 in vitro/ex vivo機能構造体の形成 4 4 4 その他 102 33 146 263 431 392 足場関連技術 細胞保存技術 35 35 23 5 1 11 細胞改変技術 8 32 10 2 26 細胞分化制御技術 202 319 129 69 33 99 細胞培養・増殖技術 414 259 205 37 34 111 新規な細胞と取得技術 224 336 181 45 49 79 日本国籍 出願人国籍 技術区分 要素技術 応用技術 支援技術 1,279 1,416 815 304 152 408 841 1,649 735 280 102 160 7 27 8 73 207 110 0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 支援技術 応用技術 要素技術 57.1% 58.2% 64.4% 50.2% 44.6% 55.0% 39.2% 39.1% 33.9% 45.3% 51.9% 36.1% 3.8% 2.7% 1.7% 4.5% 3.5% 8.9% 0% 20% 40% 60% 80% 100% 出願人国籍 出願件数 技術別出願件数割合 出願人国籍 日本国籍 米国籍 欧州国籍 中国籍 韓国籍 その他 日本国籍 米国籍 欧州国籍 中国籍 韓国籍 その他