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ポンピドゥ・センターのゴダール : ユートピアへ の旅 をめぐる覚書

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ポンピドゥ・センターのゴダール :  ユートピアへ の旅 をめぐる覚書

その他のタイトル Godard au Centre Pompidou : Notes sur  Voyage (s) en utopie 

著者 堀 潤之

雑誌名 關西大學文學論集

巻 56

号 3

ページ 111‑133

発行年 2007‑01‑15

URL http://hdl.handle.net/10112/12549

(2)

《ユートピアヘの旅》をめぐる覚書

堀 潤 之

2 0 0 6 年 5 月 1 1 日から 8 月 1 4 日まで,パリの国立ジョルジュ・ポンピドゥー・

センターにて,ジャン=リュック・ゴダールが構想した展覧会《ユートピアへ の旅 J L G , 1 9 4 6 ‑ 2 0 0 6   失われた定理を求めて》 V o y a g e ( s )en u t o p i e  I  J L G ,   1 9 4 6 ‑ 2 0 0 6  I  A  l a   r e c h e r c h e  d ' u n  theoreme perdu が予定より二週間ほど遅れ て開催された。三つの部屋に分けられた千百平米の広大な南ギャラリーを占め るこの展覧会は,一言で言えば,数年前から準備されていながら,直前になっ て放棄された当初の企画《コラージュ・ド・フランス》 C o l l a g e( s )   de France  の残骸で成り立っている。その企画が「芸術的,技術的,財政的な困難」によ って実現せず,《ユートピアヘの旅》という別の企画をもって替えることにし た旨の断り書きは,展覧会の入り口その他数箇所に貼られている。

この展覧会の「挫折」をめぐっては,展覧会の開始直後から,毀誉褒貶の相

ヴェルニサージュ

半ばする論議を呼んできた。たとえば,内覧会の翌日に『リベラシオン』紙に 掲載された短信で,アントワーヌ・ド・ベックはこの展覧会を「広大な工事現 場」,「催されることのできなかった展覧会の工事現場」と呼び,それは「ゴダ ールを殉教者の座,ポンピドゥー・センターのけちな官僚主義の偽の犠牲者の 座に奉る」という目的にしか寄与しないと断じた上で,こうした事態を招いた

ゴダールの態度をそれでも「刺激的」であるとし,「モダンなものは,芸術を無,

死,詐欺,廃墟に変容させるこうした否定的な挑発から生まれる。ゴダールは

カタストロフ

したがって災難であり,彼はそれを誇りに思っているのだ」と両義的な評価を

下している

1)0

(3)

闊西大學『文學論集』第 5 6 巻第 3 号

確かに,この展覧会,あるいは挫折した当初の企画の残骸は,訪れる者を困 惑 さ せ ず に は い な い 。 わ れ わ れ が そ こ で 目 に す る も の は , 『 映 画 史 』 H i s t o i r e  ( s )   du cinema ( 1 9 8 8 ‑ 9 8 ) でおなじみの作品群の抜粋を)レープ状に流 している薄型テレビや,そこかしこに雑然と貼られた書物の一節や写真,そし てとりわけ実現しなかった企画の九つの展示室のマケット群といった予想の範 囲内におさまる展示物と並んで,建築用の足場であり,格子状の鉄柵であり,

薄型デイスプレイから伸びる丸見えのケーブル類であり,使用されずに会場の 一角に山積みされたテレビであり,おそらくは近場の日曜大工用品店で購入さ れた観葉植物であり, どこにでもあるテーブルや椅子やソファー,キッチンセ ットなどであるからだ。しかも,通常の意味での「展覧会」にふさわしからぬ そうした日用品や資材は, とうてい何らかの美的・芸術的意図にしたがって配 置されているとは言いがたく,映画作品の抜粋を流しているテレビにしても,

ケーブル類が天井から垂れ下がり, DVD デッキは床置きされている。ここに は美的な配慮もなければ,逆にアブジェクションヘの志向があるわけでもなく,

ただ投げ遣りな乱雑さのみが支配しているようにみえる。

だが,それを認めた上で,一見乱雑に放置された雑多なオブジェ,なかんず

くマケット群を仔細に見るならば,ゴダールが当初の企画,およびその残骸た

る現行の展覧会を通じて,何をもくろみ,何をしようとしていたのかが透かし

状に読み取れてくることも事実である。 1 9 4 0 年代末に映画と出会ってから,半

世紀以上にわたって飽くなき映画=思考の試みを追究してきたゴダールが,こ

の 2 1 世紀初頭に映画をめぐるどのような観念形成に至ったのか,またそれをこ

れまで慣れ親しんできた映画作品でもヴィデオ作品でもなく,美術館の中の未

知の展示空間においてどのように展開しているのか。「映画を展示する」とい

うコンセプトが(とりわけフランスで)目立って展開された 1 9 9 0 年代以降の地

平に,本展覧会は何かを付け加えているのか。本稿では以上のような問いに

答えるためのささやかな準備作業として,まずは本展覧会それ自体を詳細に記

述することを試みる

2)

(4)

ポンピドゥー・センターの文化発展部門を総括するドミニク・パイーニが,

ゴダールに展覧会の話を持ちかけたのは, 2 0 0 3 年のことだった

3)

。当初は《コ ラージュ・ド・フランス》と呼ばれていたその企画は,九ヶ月にわたって,「一 週間で映像を「採集」し,二週間でモンタージュを行い,第四週にポンピドゥー・

センターで上映する」というリズムで,九本の映画作品を作り出すというもの だった。パイーニが指摘するとおり,「これはゴダールが実のところつねに夢 見ていだテレビ局を動かすということにつながっていた」

4)0

この企画は, 2004 年 9 月以降フランス北部の都市リール近郊にある国立現 代美術スタジオ,ル・フレノワにて,部分的に実現したようである。アンドレ・

S ・ラバルト,ドミニク・パイーニ,ニコル・ブルネズ,レイモン・ベルール,

ジャン=ミシェル・フロドンといった批評家・研究者らが講演を行った後,ス イスはロールのアトリエにいるゴダールとウェブカムを通じて会話を交わすと いう企画のほか,ゴダールの長期にわたる協力者と言いうる批評家ジャン・ド

ゥーシェやジャン・ナルボニがゴダール作品の上映に引き続いて分析を行うと いった企画がプレス資料の形で公表されている。

しかし,やがて同じ《コラージュ・ド・フランス》というタイトルのまま 九つの作品の代わりに,展覧会場を九つの部屋に分けて,テーマ別に映像の複 製や映画の抜粋を「展示」することになった。 2005 年初頭には,南ギャラリー の千百平米の空間を占める下絵が提示され,同年の秋にはゴダールの手によっ てマケットが作成された。だが,建築家・舞台装置家ナタリー・クリニエール を交えて,マケットを仔細に検討する過程で,九つの部屋を実物大で実現する には,予算を超過してしまうことが判明した上,芸術的な観点からもゴダール の納得が得られなかった。これがすでに展覧会開催予定日のおよそ三ヶ月前の 2006 年 1 月のことだった。ゴダールはこの時点で,「自分の企画をやり直し,

マケットを実物大にするのを諦めることを考えるのを余儀なくされた」。その

後ゴダールはパイーニとの共同作業を拒み,テクニシャンの手は借りながら

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開西大學『文學論集』第 56 巻第 3 号

も,ほぼ独力で南ギャラリーの広大な空間を再組織しようとしたようである。

展覧会は予定より約二週間遅れて,名称も《ユートピアヘの旅》と変更されて,

初日を迎えることになった。なお,パイーニはおそらくこの件の責任を取って,

ポンピドゥー・センターを辞職し,サン・ポール・ド・ヴァンスのマーグ財団 に移っている。

《ユートピアヘの旅》の入り口脇の外壁には,あたかもエピグラフのように,

「示されることができるものは,言われることはできない」 CEQUI PEUT  ETRE MONTRE  I  NE PEUT ETRE DIT というウイトゲンシュタイン風の 警句がゴダールの手書きの文字で二枚のパネルに分けて掲示され,それがフラ ゴナールの《閂》 LeVerrou ( c a .   1 7 7 7 ) の二枚のコピー,および『映画史』

でも使われていたパウル・レニの『猫とカナリヤ』 TheCat and t h e  Canary  ( 1 9 2 7 ) のスチル写真と組み合わされている。壁の前には,巨大なオリーブの 木の鉢植えが二つ置かれている(これはほぼ間違いなく,近所の日曜大工用品 店ルロワ・メルランで購入されたものだ)。ここではテクストとイメージ,絵 画と映画,複製と現実のオブジェが対置されている。展覧会全体の基調をなす

こうした「空間的モンタージュ」は,それぞれの項が表象し,あるいは連想さ せる複数の意味が輻較する空間を作り出す。たとえば,《閂》が提示する寝室

という閉鎖空間の恐怖=魅惑は,怪奇映画の白黒のイメージが醸し出す息詰ま る雰囲気と紆し,逆にオリーブの木はユートピア的な温暖な土地,さらには 1 9 7 0 年代以来,ゴダール的世界の一角を占め続けているパレスチナヘの連想を 誘う。だが,人は当然,すべてをくまなく解読することはできない。テクスト とイメージの共約不可能性を説くアフォリズムが示唆しているのも,そのこと である。ゴダールが提示するものからどのような意味を読み取るかは訪れる者

しだいであり,観客の数だけあるさまざまな解釈の総和はほぼ無限に近い。

展覧会場は三つの大きな部屋に分かれているが,入り口を抜けてすぐの壁面

にはさまざまな紙片を貼り付けた木製ボード,二段の木棚,赤い扉などが置

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かれている。左側のボードですぐに目に付くのは,この展覧会をめぐる断り書 きを記した紙片である。当初の企画《コラージュ・ド・フランス》の題字と展 覧会場全体のマケットの写真に大きな X 印がつけられ,その左側には次のよう

な注記がある。

ポンピドゥー・センターは《コラージュ・ド・フランス:映画の考古学》

と題された企画をそれが呈する芸術的,技術的,財政的な困難のために 実 現 さ せ ず に , 《 ユ ー ト ピ ア ヘ の 旅 : 失 わ れ た 定 理 を 求 め て , JLG 1 9 4 5 ‑ 2 0 0 5 》と題された別の企画をもって替えることに決定した。

Le C e n t r e  Pompidou a  d e c i d e  de ne p a s  r e a l i s e r  l e   p r o j e t  d ' e x p o s i t i o n   i n t i t u l e ≪ C o l l a g e  ( s )  de F r a n c e ,  a r c h e o l o g i e  du cinema d ' a p r e s  JLG≫en  r a i s o n  d e s  d i f f i c u l t e s  a r t i s t i q u e s ,  t e c h n i q u e s  e t  f i n a n c i e r e s  q u ' i l  p r e s e n t a i t   e t  de l e   remplacer par un a u t r e  programme intitule≪Voyage ( s )   en  u t o p i e ,   a  l a  r e c h e r c h e  d ' u n  theoreme p e r d u ,  J L G ,  1 9 4 5 ‑ 2 0 0 5 .  

新しい企画のタイトルは,手書きの文字で書かれている。また「技術的,財政 的な」の部分には内覧会の際にゴダール自身によって抹消線が引かれたという。

おそらくはそのときに使われたマジックが,ボードのすぐ下にある棚の上段に 置かれ,下段には N o t o r i u s と手書きのラベルが貼られた瓶が置かれている(ビ ッチコック『汚名』 Notorious でウランの粉末が隠されているポマールのボト ルヘの目配せである)。ボードに戻って,上記の紙片の左下には,ほぼ同内容 だがより小さな紙片が貼られている。そちらには,新たな企画のタイトルは書 かれておらず,その代わり,《コラージュ・ド・フランス》の題字の下に,手 書きで「今日ではそのマケットしか残っていない」 I ln ' e n  r e s t e  a u j o u r d ' h u i   q u ' u n e  maquette と記され,赤いアンダーラインが引かれている。このような 展覧会そのものの成立過程に対する言及は,ゴダールが映画作品でもたびたび 自己言及的に製作条件に触れていたことを思い起こせば(たとえば『万事快調』

の冒頭部では スターのイヴ・モンタンとジェーン・フォンダに支払う小切手

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閥西大學『文學論集』第 5 6 巻第 3 号

が映される),さほど不思議ではないだろう。

中央の赤い扉には,ゴヤの版画集『ロス・カプリチョス』 ( 1 7 9 9 ) から取ら れた《よいご旅行を》 BuenViage の小さなコピーが貼られている。あたかも これから展覧会を見る人へのメッセージであるかのように。右側のボードには,

雑多な紙片が貼り付けられている。鮫の写真や,「独楽に対する自由」 L i b e r t e pour une t o u p i e というキャプションのある独楽回しの絵,企画が頓挫した後 の混乱を椰楡するかのようなーコマ風刺漫画(数人の政治家らしき人々が車座 になった絵に,「問題:今から何もしないのか,それともさらにもう少し待つ のか?」というキャプションがある)と並んで,次のような謎めいた文章が書 かれた紙片も見られる。

もしこの場所を訪れるようなことがあれば数学者たる訪問者はおそらく,

第一の展覧会の廃墟についてのこの第二の展覧会に設置されたあらゆる客 体と主体のあいだの諸関係の数,その数が今日知られている最大の素数よ

りも限りなく大きな素数であることを認めることができるだろう。

S ' i l   v i e n t   a  p a s s e r  en c e s  l i e u x ,   l e   v i s i t e u r  mathematicien s a u r a  s a n s   d o u t e  p e r c e v o i r  que l e   nombre d e  l i a i s o n s  e n t r e  t o u s  l e s  o b j e t s  e t  s u j e t s   e t a b l i s   d a n s  c e t t e  2 e  e x p o s i t i o n  s u r  l e s   r u i n e s  d e  l a   p r e m i e r e ,  que c e   nombre e s t  un nombre premier i n f i n i m e n t  p l u s  grand que l e   p l u s  grand  p r e m i e r  connu a  c e  J o u r .  

表面的には「空間的モンタージュ」が無限の意味作用を織りなすことを予告 していると読めるこの文章は,本展覧会に時おりみられる数学的メタファーと の関連でも興味深い。

このボードの上部には,「ついに,アメリカの人間は,私たちの夢が映し出

される巨大なスクリーンに,そのアクション全体にわたって広がっていくこと

になるのだ」 E n f i n ,l'homme a m e r i c a i n  va s e  d e p l o y e r  s u r  l ' i m m e n s e  e c r a n  d e  

n o s  r e v e s  d a n s  t o u t e  l ' e t e n d u e  de s e s  a c t i o n s という 1 9 5 3 年にアメリカ映画に

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導 入 さ れ た シ ネ マ ス コ ー プ に つ い て の ト リ ュ フ ォ ー の 文 章 が 複 製 さ れ て い る

5)

。そのさらに上部には,ジョージ・ブッシュが何らかの式典を主催してい る姿が,横長のシネマスコープ的な写真で展示され,シネマスコープの政治的 場面への応用がトリュフォーのやや無邪気な称賛との対比を形作っている。

《ユートピアヘの旅》の主要部分は,「一昨日」 AVANT‑HIER,  「昨日」

HIER,  「今日」 AUJOURD'HUI と名づけられた三つの大きな部屋に分けられ ている。訪問の順番は特に明示されていないが,それぞれに「― 2 」 , 「 3 」 , 「 1 」

という番号が振られている。大まかに言って,「一昨日」は実現しなかった企 画のマケットを展示し,「昨日」はゴダール自身の作品と彼が選んだ他の作家 の作品の抜粋を流し,「今日」は家庭における映像の地位をめぐる考察を展開

している。以下,やや詳しく各部屋の構成をたどってみたい。

3 ‑ 1   AUJOURD'HUI /  ETRE 

展示室がガラス張りになっているために三つの部屋で最も明る<, また展示 内容に最も乏しい「今日」の部屋のテーマは,家庭内空間における映像の地位 である。部屋に入ると巨大な建築用の足場の傍らに置かれたテーブルの上に,

二台の薄型テレビが平らに置かれ, TFl とユーロスポーツがライヴで絶え間な く流れている。フランス語で薄型テレビのことを t e l e v i s e u r a  e c r a n  p l a t と言

うのにかけて,テレビが平らに a p l a t 置かれているわけなので,ゴダール的な

「機知」の典型例と言えるだろう

6)

。テレビが置かれているテーブルの引き出 しには,旧式のタイプライターが載せられ,引き出しの底面には神のモーゼに 対する言葉「前のと同じような二枚の石板を切り取りなさい。わたしはその石 版の上にあなたが砕いたこの前の石板にあった言葉を書きしるそう」(『出エ ジプト記』, 3 4 ‑ 1 ) が貼られている。薄型テレビが現代の石版に見立てられて いるのだろう。

この部屋の広い空間には他にも家庭用品がまばらに置かれている。奥の書

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闘西大學『文學論集』第 5 6 巻第 3 号

斎机と椅子のそばには,薄型テレビが設置され(その足下の床にはオフィス家 具や本棚のカタログの切り抜きがコラージュされている),アンドレ・テシネ の『バロッコ』 B a r o c c o( 1 9 7 6 ) のー場面が流れている。机の上には,「一昨日」

の部屋にもある 4 〈映画作品(義務)〉のマケットの別ヴァージョンが置かれ ている(後述)。部屋の片隅には,十個ほどの鉢植え観葉植物が無造作に置か れている。その脇には, A V 機器を収めたラックと並んで,ダブルベッドが置 かれ,枕の位置にリドリー・スコットの『ブラックホーク・ダウン』 Black Hawk Down ( 2 0 0 1 ) を流す薄型テレビが立てかけられている。部屋の手前側

には,キッチンセットが設置され,その傍らに平らに置かれた薄型テレビから はハードコア・ポルノの映像が流れている。手前の窓際には,ソファーとロー・

テーブルと薄型テレビによって小さな応接間が形作られ,ロー・テーブルの上 には「二度と繰り返さない」 p l u sj a m a i s  < ; a ,   「幸福な未来」 l e sl e n d e m a i n s  q u i   c h a n t e n t ( 共産主義を語る文脈でよく用いられるフレーズ),「ストックホルム・

アピール」 l ' a p p e ld e  Stockholm  (原子力兵器廃絶を訴えた 1 9 5 0 年のアピール)

と手書きで書き付けられた便箋が置かれている。テレビには,エデイ・コンス タンティーヌ主演のレミー・コーション・シリーズの第一作,ベルナール・ボ ルドリー監督による『緑青色の女』 LaM6me v e r t ‑ d e ‑ g r i s   ( 1 9 5 3 ) が映って いる(言うまでもなく,ゴダールの『アルファヴィル』 A l p h a v i l l e ( 1 9 6 5 ) の 起源にある作品にして,『新ドイツ零年』 Allemagne9 0  neuf z e r o   ( 1 9 9 1 ) で も同じ箇所の台詞のみが長く引かれている作品である)。壁のスピーカーから は,時折,リナ・ケッティの甘ったるいシャンソン《希望のないセレナード》

S e r e n a d e  s a n s  e s p o i r が聞こえてくる。

戦争映画とダブルベッド,食べることとポルノグラフィー,肘掛け椅子やソ ファーといった安楽な視聴環境と大衆的な映画作品,これらのモンタージュに よって,部屋全体としては,副題の「ある」 ETRE が 示 唆 す る よ う な た だ 単に生存するだけという様態が支配する家庭内空間で,いかに映像がやり過ご されているかが寒々しく提示されていると言える。展示物の貧しさと断片性が,

その印象を強めている。展示されているものはすべてが既製品でしかなく, し

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かも書斎机はあっても本棚はなく,キッチン・セットはあっても食卓はなく,

観葉植物はあってもバルコニーはない。飾り気のないからっぽのアパルトマン は,『軽蔑』 LeMepris ( 1 9 6 3 ) や『気狂いピエロ』 P i e r r o tl e  f o u  ( 1 9 6 5 ) など,

特に 60 年代作品でおなじみの形象である。しかし, 60 年代には,その形象は登 場人物たちのトランジット的な状態と深く結びついていた。 70 年代ゴダールの 家庭内空間は,『ピア&ゼア』 I c ie t  a i l l e u r s   ( 1 9 7 6 ) で家族がテレビを眺める 居間,『パート 2 』 Numerodeux ( 1 9 7 5 ) で一種の性教育が行われる寝室とい ったように,むしろミクロ・ポリティクスが集約的に演じられる隠喩的な場で あったと言える。近年は『 JLG/ 自画像』 JLG/JLG ( 1 9 9 4 ) や『映画史』に みられるゴダールのアトリエに典型的なように,家庭という空間は,聖ヒエロ ニムスの書斎さながらの思索と探究が行われる場へと道を譲ったように思われ る。こうした系譜に照らすと,「今日」の部屋が作り上げるまばらな家庭的空 間は,単に貧弱で,批判的強度に欠けると言わざるを得ない。

最後に,この部屋の右側の壁に貼られているいくつかの謎めいたボードにも 触れておこう。部屋の入り口から建築用の足場を挟んで真向かいのガラス張り の壁面に,白い巨大なパネルが設置され,そこに黒塗りの板と色の塗られてい ないベニャ板が張り付けられている。黒塗りの板の方には,左上に「マルタ・

クロス」 Lac r o i x  de Malte と書かれた小さなフォトグラム(『映画史』 lB か らの引用。用語としては,フィルムの間欠的な運動を作り出す映写機中の機構 を指す)が貼られ,中央左の区画には小さくてシンプルな十字架がびっしりと 取り付けられている。中央右には,処刑台に吊られている人物の素描(ゴヤ?),

右上には火刑場に向かう女性を描いたゴヤの素描《別のところで生まれた咎に よって》 Porhaber n a c i d o  en o t r a  p a r t e   ( 1 8 1 4 ‑ 2 4 ) の縮小コピーが貼られ,

マジックでボードをはみ出すように大きな X 印が加えられている。右側のボー

ドには様々に装飾された十字架が六つ取り付けられ,なぜか保安官のバッジ

などもまとめて付けられている。ボードの上には,ユニオン・ジャックとダヴ

イデの星のほか,様々な紋章が並べられている。「今日」の部屋にあってやや

異色なこの区画に対して,納得の行く解釈を提供するのは難しいが,かつて輝

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隔西大學『文學論集』第 5 6 巻第 3 号

いていた映像が死に絶える「墓場」のイメージが喚起されることは確かであり,

また十字架や紋章の使用には, 6 〈下衆ども(寓話)〉のマケットの国旗や,『JLG

/自画像』の「ステレオの伝説」のダヴイデの星にも見られるような単純な 図像への意味作用の凝縮のプロセスが見て取れる。

もう一つのパネルには,針金で作られた人型の脇に携帯電話が貼り付けられ たものが二つあり,その右隣の壁に,「1 9 0 0 年 頃 C ・モネは E ・ドガに設置 したばかりの電話を見に来るように誘う。分かるよ, とドガは言う。ベルで君 を呼ぶと,君はそこに行くんだね!」と書き付けられている。その右下には,

「悪いのは:君がすでにそこにいることだ」,「もっと悪いのは:君が自分はこ こにいないということだ」とマジックで書かれたベニヤ板が張り付けられてい る(これは会期中にゴダール自身によって付け加えられたものであるらしい)。

その右には,ジャコメッティの《歩く人》の複製が貼られて,「私は歩かない」

というキャプションが添えられている。そのすぐ右隣のガラスの壁面からは,

ポンピドゥー・センター脇の歩行者専用道路を歩いている人たちの姿が目に入 ってくるので,これもゴダール流の子供じみた機知と言うべきだろう。

なお,展覧会場の外側の空間も用いられている。まず,手前側のガラス壁を 通じて,ホームレスのテントがいくつか並んでいるのが見え,「今日」の部屋 が提示する家庭内空間と印象的なモンタージュを形作っている(ゴダールが何 人かのホームレスにお金を払って,会期中そこに住むように頼んだというまこ

としやかな噂が流通していた)。また,右側の壁の裏側には(建物の外からし か見えないように),マチス風の水彩画が何枚も並べて貼られ,「現実という継 ぎ目のないドレス」 LAROBE SANS COUTURE DE  LA  REALITE というア ンドレ・バザンの言葉が書き付けられている。ここにも, ドレスにかけたちょ っとしたギャグが見られる。

3 ‑ 2   HIER /  A  VOIR 

「持つ」 AVOIR という副題が「見るべき」 A VOIR とも読める「昨日」の

部屋は,映画に捧げられている。左側の壁にスタンダード・サイズのデイスプ

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レイを九つ配置し,ゴダールおよびミエヴィルによる作品の抜粋を流している。

各ディスプレイの下には,当初の企画《コラージュ・ド・フランス》の九つの 部屋に割り当てられた単語を記したプレートが貼られている。『 1PM 』 One P . M .   ( 1 9 7 2 ) の冒頭付近で二人の黒人少女がラジオを持って港を歩き,インデ

ィ ア ン に 扮 し た 男 が テ ー プ レ コ ー ダ ー を 弄 く る 箇 所 が 「 ア レ ゴ リ ー 」 ALLEGORIE とされ,その隣には『ウイークエンド』 Week‑end ( 1 9 6 7 ) の冒 頭部の出発場面,およびブルジョワ夫妻の車にジョゼフ・バルサモが乗り込み,

事故に至るまでのシークェンスが「映像」 IMAGE とされている。「一昨日」

の部屋への開口部を挟んで,『ワン・プラス・ワン』 OneP l u s  One ( 1 9 6 8 ) の ラストシーン(隠喩 METAPHORE),  『 JLG/ 自画像』の「ステレオの伝説」

の箇所(義務 DEVOIR( S ) ) ,   ミエヴィル『私たちは皆まだここにいる』 Nous sommes t o u s  e n c o r e  i c i   ( 1 9 9 7 ) でゴダールとオーロール・クレマンがレスト

ランで食事するシーン(無意識/同盟 INCONSCIENT I  ALLIANCE),  『ワン・

プラス・ワン』のファシストの書店主のシーン(寓話 PARABOLE), 『東風』

Vent d ' e s t   ( 1 9 6 9 ) で 川 辺 の 若 者 が カ メ ラ 目 線 で 演 説 す る シ ー ン ( 夢 想 謡 VERIE), もう一つの開口部を挟んで,『 JLG/ 自画像』の盲目の編集者の シーン(モンタージュ MONTAGE), ミエヴィル『そして愛に至る』 Apresl a   r e c o n c i l i a t i o n   ( 2 0 0 0 ) で子供がバレーを踊るスローモーションのシーン(寓話 FABLE) が展開する。各ディスプレイから天井まで伸びる黒いケーブルが剥 き出しにされ,壁面には文字をマジックで塗りつぶした跡が目を引き,スピー カーが埋め込まれた壁の穴もややぞんざいに空けられておりそれが金色の立 派なプレートと対照をなしている。手前側の壁際にある消火栓の赤いホースは,

「映像」のデイスプレイ上部あたりまで延ばされて,ディスプレイからの黒ケ ーブルと交差している。

他の三方の壁,および部屋の中央には,映画史から召還された映像の断片群

がディスプレイに映し出されている(部屋の片隅には,使用されなかった薄型

デイスプレイが山積みにされている)。手前の壁には,ニコラス・レイの『大

砂塵』 JohnnyG u i t a r   ( 1 9 5 3 ) とジーン・ケリー/スタンリー・ドーネンの『踊

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開西大學『文學論集』第 5 6巻第 3号

る大紐育』 Ont h e  Town  ( 1 9 4 9 ) とアメリカ映画がまとめられ,部屋の角には,

ありふれた食卓と四脚の椅子が置かれ,壁には窓枠のみが飾ってある(「今日」

の部屋の家庭内空間が,部分的に延長されている)。右側の壁には,手前にセ ルゲイ・パラジャーノフの『ざくろの色』 SayatNova  ( 1 9 6 8 ) とアレクサン ドル・ドヴジェンコの『武器庫』 Apc  e  Ha  J I   /  A r s e n a l   ( 1 9 2 9 ) ,   奥にオーソン・

ウェルズの未完の映画『ドン・キホーテ』 DonQ u i c h o t t e   ( 1 9 9 2 ) とロッセリ ーニの『メシア』 I IMessia  ( 1 9 7 6 ) が配されている。奥の壁には,「一昨日」

の部屋からつながっている線路を手前に,ロバート・シオドマクとエドガー・

G ・ウルマーによる『日曜日の人々』 D i eMenschen am S o n t a g e   ( 1 9 3 1 ) およ びフリッツ・ラングの『マブゼ博士の遺言』 DasTestament des Doctor  Mabuse  ( 1 9 3 2 ) という偉大なドイツ映画が並ぶ。

部屋の中央には,大量の笹の植木鉢が配置され,一種のジャングルを構成し ている。その中にスタンダード・サイズのディスプレイが二台置かれ,奥のデ ィスプレイではロジェ・レーナルトの『最後の休暇』 LesD e r n i e r e s  v a c a n c e s  

( 1 9 4 7 ) ,   サシャ・ギトリの『犯人は三人組?』 LesT r o i s  f o n t  l a  p a i r e   ( 1 9 5 7 ) ,   ジャン・コクトーの『詩人の血』 LeSang d ' u n  poete  ( 1 9 3 0 ) ,   ジャック・ベ

ッケルの『現金に手を出すな』 Touchezp a s  au g r i s b i   ( 1 9 5 4 ) が,手前のデイ スプレイではジャン・ルノワールの『恋多き女』 E l e n ae t  l e s  hommes  ( 1 9 5 6 ) ,   ロベール・ブレッソンの『バルタザール, どこへ行く』 Auhasard B a l t h a z a r  

( 1 9 6 6 ) ,   ルネ・クレールの『巴里祭』 14 J  u i l l e t   ( 1 9 3 2 ) ,   ジャン=ピエール・

メルヴィルの『賭博師ボブ』 Bobl e   flambeur  ( 1 9 5 5 ) が代わる代わる映し出 されている。フランス映画に捧げられた一画と言えるだろう。また,ジャング ルの周囲には,二つの小型マケットが放置されている。

自分たちの作品と,映画史の偉大な作品群を並置するやり方は,『映画史』

を踏襲したもので,その意味ではあまり新味はない。引用されている断片は,

ほとんどが『映画史』その他で取り上げられ,ゴダールが繰り返しこだわって

きたものだ。偉大な映画(「見るべき」映画)の時代が今や過ぎ去ってしまっ

たという意味で,この部屋が「昨日」と題されていることも納得が行く。また,

(14)

『映画史』でも高密度なモンタージュが作り出す騒然とした音響状態が印象的 だったが, ここではそれを空間的に展開している点にちょっとした面白味があ ると言える。

3 ‑ 3   AVANT‑HIER  I  AVOIR ETE 

内容面では,「かつてあった」 AVOIRETE という副題の「一昨日」の部屋 が最も充実している。ここでは,中央に実現しなかった企画のマケット群が配 置され,周囲の壁に主にその企画で使うはずだった様々なオブジェが並べられ ている。たとえば 9 〈塞(寓話)〉と題されたマケットの一部を実物大にし たかのように,手前の壁には,マチスの《ルーマニアのブラウス》 LaBlouse  r o u m a i n e ( l 9 4 0 ) ,   ハンス・ハルトゥングのパステル画《 P . 1 9 6 0 ‑ 1 1 2 》,ニコラ・

ド・スタールの《音楽家たち》 LesM u s i c i e n s ,  s o u v e n i r  de Sydney Bechet  ( 1 9 5 3 ) が掛けられて,そのそばの隅には,散らかったベッドが鈍く照らされ(マ チスの同じタブローの縮小された複製がその下の床に立てかけられている),

ベッドの頭の右側の壁に書かれたキューバの詩人ホセ・レサマ=リマの言葉

「光は目に見えぬものの最初の目に見える動物である」 Lal u z  e s  e l   primer  a n i m a l  v i s i b l e  d e  l o  i n v i s i b l e が,その上の極小デイスプレイ(ポケットベル?)

に映し出されている,ゴヤ最晩年の素描《私はまだ学ぶ》 Auna p r e n d o  ( 1 8 2 4 ‑ 2 8 )   を蝋燭の炎で照らした映像断片と呼応している。「昨日」の部屋に至る開口部 を挟んだ壁には,同じ映像が縦に掛けられたより大きな薄型テレビに映し出さ れている。

左側の壁際には,主として,マケット内部に登場する雑多な写真やオブジェ を等身大で再現したものが集められている。細長い区画を囲む作業用の鉄柵に は,デイスプレイが貼り付けられていて, ゴダールとミエヴィルによる美術館 をめぐるエッセイ映画『古い場所』 TheOld P l a c e  ( 1 9 9 8 ) の抜粋が流れている。

ちょうどオーソン・ウェルズの『市民ケーン』 C i t i z e nKane ( 1 9 4 1 ) の冒頭,「立

ち入り禁止」 NoTrespassing の看板が引用されるくだりである。その区画に

置かれているオブジェが,あたかも触れてはならぬ貴重な美術品であるかのよ

(15)

開西大學『文學論集』第 5 6 巻第 3 号

うな演出だ。とはいえ,それらの多くは既存の物品を簡単に加工したレデイ メイド的なオブジェ,たとえばスピーカーと自転車の車輪を組み合わせて作っ たトーテム・ポール(これは 5 〈同盟(無意識・トーテム・タブー)〉のマケ ットから来たものだ)や,ロゼッタ・ストーン,嘆きの壁,エジプトの太陽神 ラーなどの模型,ダースト社の引伸機や,モディリアニに基づくマリオネット などにすぎない(マリオネットは,ポンピドゥー・センター近所の映画書店兼 マリオネット店スカラムーシュに発注されたものである)。『トーテムとタブー』

への目配せとともに,床にもフロイトの顔が表紙になった本が置かれており,

フロイトの時代のブルジョワ家庭の調度品を思い起こさせる。鉄柵で囲まれた 部分の奥には,梯子が立てかけられ,大小のマケットが山積みされている。

部屋の右側の壁には,額縁に入れられた七つの小型デイスプレイが埋め込ま れている。再生装置は壁の中に隠されているが,ケーブル類はあからさまに目 に付くようになっている。再生されているのは,おおむねゴダールとミエヴィ ルによってこの機会に作られた小品である。以下,手前から簡単に紹介してお

くと,①ミエヴィル『ユートピアの思い出』 S o u v e n i rd ' u t o p i e は,九つのマケ ットを細部にわたって順番に紹介する六分程度の作品でいくつかのマケット が部屋の暗さのためによく見えないことを考えると,貴重なドキュメントと言

える。②ゴダール『何でもする女中』 Unebonne  a  t o u t  f a i r e は , 1 9 8 0 年頃に フランシス・フォード・コッポラのスタジオで撮られたスケッチで,ジョルジ ュ・ド・ラ・トゥールの活人画をフィーチャーしている。③ミエヴィル『私が あなたに言うことができなかったこと』 Ceque j e  n ' a i  p a s  s u  t e  d i r e は,ジャ ック・ブレルの《行かないで》 Neme q u i t t e  p a s のインストルメンタル・ヴァ ージョンが流れる中(ただし,私が訪問した七月下旬の段階では,音声は切ら れていた),穏やかな表情をした中年の女性の静止画像が,クロース・アップ やバスト・ショットでモンタージュされる作品で最後に「でも何年も前から 心の中であなたに言っていること」 maisque j e  t e  d i s  c l a n s  mon c c e u r  d e p u i s   t a n t  d ' a n n e e s という字幕が出る。④ゴダール『この人を見よ』 Eccehomo は ,

『映画史』 lA 後半部でニーチェの書名が登場する二分程度の箇所を再編集し

(16)

た も の だ 。 ⑤ ゴ ダ ー ル 『 サ ラ エ ヴ ォ , あ な た を 讃 え ま す 』 J e  vous s a l u e   S a r a j e v o   ( 1 9 9 3 ) は , 9 0 年代以降のゴダールにおける重要なトポスをめぐる三 分の短編である。⑥ミエヴィル『かつては』 Dansl e   temps は,家庭の中で黒 猫がパソコンの上で眠ったり,毛繕いをするさまを描く四分程度の作品である

(クリス・マルケルの猫が思い起こされる)。⑦一時間弱の長さを持つゴダール

『真贋パスポート』 Vr a i   f a u x  p a s s e p o r t は,本展覧会のために作られた最大の 映像作品であるため,やや詳しく紹介したい。

この作品では,テーマ別に映画やテレビからの引用が主に二つずつ並べられ,

それぞれに「善」 BONUS と「悪」 MALUS が振り分けられている。その原則 は途中から半ば放棄されているので,ゴダールはいわゆる星取表的な批評をあ えて実践しつつ,良いか悪いかを言うだけにとどまる堕落した映画批評を椰楡 しているとみるべきだろう。『映画史』にみられた高密度のモンタージュは姿 を消しているとはいえ,「拷問」の章でタランティーノの『レザボア・ドッグス』

R e s e r v o i r  Dogs ( 1 9 9 2 ) と対比して,アルジェリア戦争下の暴力を元兵士らの 証言によって浮き彫りにしたパトリック・ロトマンの『内心の敵』 L'Ennemi i n t i m e  ( 2 0 0 2 ) が「善」とされ,またサミラ・マフマルバフの『りんご』 S i b( 1 9 9 8 )   やヴィンセント・ギャロの『ブラウン・バニー』 TheBrown Bunny ( 2 0 0 3 )   といった近年の作品がきわめて好意的に取り上げられるなど,ゴダールの現在 の関心を率直に伝える作品ではある

7)

部屋の奥の壁には,「一昨日/かつてあった」 AVANT‑HIERI  AVOIR 

ETE と大きく書かれ,その下には何枚かの図版とともに,「リーマンの風景に

おけるゼロのように」 Commed e s  z e r o s  d a n s  un p a y s a g e  d e  Riemann という

文字が書かれている。その手前には不均等な木の柵で囲まれた中,台の上に

二列の線路が引かれ, 6 〈下司ども(寓話)〉のマケットから抜け出してきた

とおぽしき六両の貨車を引く機関車が,いささか乱暴にくりぬかれた壁のトン

ネルを抜けて,右隣の「昨日」の部屋と行き来している。貨車に載せられてい

るのは,テニスボールやバナナであったり,ゴダールお気に入りの葉巻であっ

たりする。線路の背後の奥の隅には,通常サイズのテレビと椅子が置かれ,『真

(17)

蘭西大學『文學論集』第 56 巻第 3 号

贋パスポート』がノン・ストップでかけられている。また,線路手前の床には,

三つの部屋のほぼ同位置の床に分散されたかたちで,ベルクソンの『物質と記 憶』の最後の文章(やや改変されている)が貼り付けられている。「精神は物 質から知覚を借りて,それを糧とし,自由を刻印した運動というかたちで,そ れを物質に返すのである。」 L ' e s p r i temprunte  a  l a   m a t i e r e  l e s   p e r c e p t i o n s   d o n t  i l   f a i t   s a  n o u r r i t u r e ,  e t  l e s   l u i   rend s o u s  forme de mouvement ou i l   a  imprime s a  l i b e r t e .  

ここで中央に配置されているマケット群の内部に目を向けてみよう。 1 〈 神 話(アレゴリー)〉 LeMythe ( a l l e g o r i e ) というマケットでは,近年のゴダー ルがたびたび口にする「なぜハリウッドを映画のメッカと呼ぶのか」という問 いかけが,文字通りに空間的に展開され,ハリウッドの丘を描いた風景画(実 際にはドラクロワの水彩画)とアラブ人家族の集合写真が向かい合う壁面に対 置されている。床面にはアメリカの小説家フレデリック・プロコシュの『幸福 なるアラビアの偶然』 Hasardsd e  l ' A r a b i e  h e u r e u s e が釘打ちされているほか

(ちなみに,『カイエ』が好んだこの小説家の姓は『軽蔑』のプロデューサーに 与えられている),砂漠の中の遺跡といった趣の構造物がしつらえられ,その 壁面に小型デイスプレイが嵌め込まれ,チャップリンの初期作品を流している。

映写機がペルシャ絨毯の上に置かれている。部屋の壁に貼られた絵画の複製の うちには,アウグスト・マッケがチュニジアの風景を描いた水彩画《小道の眺 め》も認められる。この判じ絵めいた空間的モンタージュの言わんとするとこ ろは,マケットの外側に,マルローの『映画心理学素描』の一節ー一_近代の「神 話」としての映画を分析している箇所で,ペルシャの野外映画館でチャップリ

ンの全短編をつなぎ合わせた大長編を見て,純粋状態の神話が出現するのを目 の当たりにした経験を語るくだり が貼り付けられていることで明らかにな る。別の壁面には,民族的な結婚衣裳に身を包んだユダヤ人女性の小さな写真

も見られ,ハリウッドーイスラムの観念連合をより複雑なものにしている。

(18)

2 〈人類(映像)〉 L'Humanite ( i m a g e ) は , 1 のマケットの一部を成して いる小部屋であり,ハイゼンベルクの『現代物理学の自然像』が床面に打ち付 けられ,壁面には曲線をめぐる文章が二面にわたって大きく書き付けられてい る。別の壁では, CD‑ROM の鏡面が逆側の壁面の文字を反射し,フランスの 数学者ローラン・シュヴァルツの百科事典の項が貼り付けられている。ここで は数学的・物理学的メタファーによって,映像あるいは世界をとらえうるのか という問いかけが,不完全な形でではあれ,提起されていると言えるだろう。

そもそも「一昨日」の部屋の別の箇所に貼られている紙片に書き付けてある ように,九つの部屋の構成自体が「九去法」 l apreuve par n e u f という数学的 メタファーで語られている。

全体的に不気味な暗さが支配する 3 〈カメラ(隠喩)〉 LaCamera ( m e t a p h o r e )   のマケットは複雑な観念連合を形成している。乱雑に黒く塗られた床の上に は,ボルトやナットの類,フィルム片が散乱し,ひっくり返されたテーブルに 置かれたデイスプレイにはジガ・ヴェルトフの『カメラを持った男』 ( 1 9 2 9 ) が流れている。部屋の一角にはエジプトの太陽神ラー RA (カメラとの語呂合 わせ)が登え立ち, もう一方の隅には,解体された自動車の模型や床に置かれ たハサミを見下ろすように,ゴヤ最晩年の版画《ブランコの老人》を再現した 操り人形が十分程度の間隔で揺れ動き,それに合わせて,裏返しになったお伽 噺的な世界を歌うパコ・イバネスのシャンソン《優しい狼》 E lLobito bueno  が 聞 こ え て く る

8)

。 壁 面 に は 「 私 は 見 な い よ う に 立 ち 去 っ た 」 ABIINE  VIDEREM という文旬(『映画史』 4A で使われているギヤ・カンチェリのア ルバム名でもある)が書き付けられ,その脇には白黒のポルノ映像が流されて いる。別の壁面にはバタイユの『呪われた部分』が釘打ちされ,出口にあたる 部分にジャン・タルデューの詩の引用が貼られていることからも,この部屋が 死とエロティシズム,老いと形而上学的不安,破壊と創造といったテーマを扱

っていることが分かる。

4 〈映画作品(義務)〉 Le( s )   Film ( s )   ( d e v o i r  ( s ) ) は,「今日」の部屋の家

庭内空間と関連が深いようにみえる(実際,「今日」の部屋にもこのマケット

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開西大學『文學論集』第 56巻第 3号

の別ヴァージョンが置かれている)。マケットの外側には「私たちは子供の頃 に通った学校に戻るのと同様,戦争に戻っていく」というジョルジュ・ベルナ ノスの『辱められた子供たち』 ( 1 9 3 9 ‑ 4 0 年の日記)に基づく言葉が書き付けら れ(四十年以上前の『小さな兵隊』でも引用されていた),ショーペンハウア ーの『意志と表象としての世界』が釘で打ち付けられている。部屋の内部では,

食卓と長椅子や壁面に描かれたフランス窓の素描(これらは「昨日」の部屋の ー画に再現されているとみなしうる), A V 機器を入れるラック(「今日」の部 屋にあるものに似通っている)などが目に付く。壁面には,『新ドイツ零年』

からの再引用で,ヘーゲルの言葉が書き付けられているほか,ナチス党大会の 写真も貼られているが,照明の関係上,細部まではっきり確認することができ ない。

無意識をテーマとする 5 〈同盟(無意識・トーテム・タブー)〉 L ' A l l i a n c e ( i n c o n s c i e n t  totem t a b o u ) では,底面のおおよそ半分を占める紙片に,次の ような文章が記されている。

五十年前,ある女の子がこれらのデッサンを描いて,それを忘れていた。

しかし半世紀後本の中のいくつかの文章を書き留めて,引き出しの中の デッサンを見つけると,その子が成長したところの女性は,文章のそれぞ れが正確にデッサンに対応しているか,またはその逆であることに気づい た。彼女にとっては,映像と文章の天使との戦いは完了していた。

q u ' i l   y a  c i n q u a n t e  a n s  une e n f a n t  composa c e s  d e s s i n s  e t  l e s   o u b l i a  /  mais un d e m i ‑ s i e c l e  p l u s  t a r d  a y a n t  n o t e  q u e l q u e s  p h r a s e s  dans d e s   l i v r e s  e t  a y a n t  r e t r o u v e  l e s  d e s s i n s  d a n s  un t i r o i r  l a  femme q u ' e l l e  e t a i t   devenue s ' a p e r c ; u t  que chacun d e s  t e x t e s  c o r r e s p o n d a i t  exactement  a  un  d e s s i n  ou r e c i p r o q u e m e n t  /  pour e l l e  l e  combat de l ' i m a g e  a v e c  l ' a n g e  du  t e x t e  e t a i t  a c h e v e .  

無意識的記憶の働きを述べたこの文章に対応するように,片方の壁には子供に

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よる四枚の絵が貼られ,向かいの壁には四つの断片的な文旬が書き付けられて い る 。 い わ く , 「 疲 れ 切 っ た わ が 魂 の た だ 中 に , 平 和 と 愛 を 戻 し た ま え J

ramenez l a  p a i x  e t  l ' a m o u r  au s e i n  demon

e . e p u i s e e (ラマルチーヌ),「一 緒に死のうではありませんか 珍しいお申し出ですね」 mouronse n s e m b l e ,   v o u l e z ‑ v o u s ?  La p r o p o s i t i o n  e s t  r a r e   (ヴェルレーヌ),[まったく現実的な誰 かを愛することはできる」 onp e u t  a i m e r  q u e l q u ' u n  de t o u t   a  f a i t  r e e l ,   「水平 線はさらに後退し,人生は広がっていく」 e t! ' h o r i z o n  r e c u l e  e n c o r e  e t  l a  v i e  s '   a g r a n d i t 。部屋の残りの部分には「一昨日」の部屋に展示されているのとほ ぼ同じ,スピーカーをブリコラージュしたトーテム・ポールなどが置かれてい る 。

ヨーロッパをテーマとする 6 〈下司ども(寓話)〉 LesSalauds  ( p a r a b o l e )   のマケットも興味深い。床面には路面電車の絵と車の模型を取り囲むように,

欧州連合とヨーロッパ各国の旗で飾られた鉄柵が張りめぐらされ, さらにそれ が星条旗をあしらった丸太の柵によって取り囲まれている。丸太の柵の別の場 所には, iPod が嵌め込まれ,米軍の軍事裁判所を舞台としたテレビシリーズ が映されている。マケット内部の壁には,「神とわが権利」というイングラン ド王室のモットーもみられる。別の壁には,ゴダール自身が 1 9 9 3 年に撮った三 分間の短編『サラエヴォ,あなたを讃えます』が上映されている。床には「ヨ ーロッパ」,「砦」という言葉が書き付けられており,周囲の壁にはダヴィッド の《ホラティウス兄弟の誓い》をはじめ,古典期の絵画のコピーが貼り付けら れている。マケットの外側には,カール・クラウスの『人類最期の日々』 ( 1 9 2 2 ) が釘打ちされており,このマケットが強固な砦と化したヨーロッパの地政学的 状況をアイロニカルに再現していることは明らかだ。

7 〈現実(夢想)〉 LeReel ( r e v e r i e ) のマケットは薄暗くてほとんど判読 不可能だが,部屋の中央にアンドレ・バザンの『映画とは何か』が釘で打ち付 けられており,モデイリアニの絵が立てかけられているのがかろうじて分かる。

マケットの外側には,「同じものとは,同じものの変化のなさのことではなく,

異なるものにおける特異なもの,異質なものにおける隠された近接性である」

(21)

闘西大學『文學論集』第 56 巻第 3 号

Le meme n ' e s t  pas l ' u n i f o r m i t e  du p a r e i l  au meme mais l ' u n i q u e  dans l e   d i f f e r e n t  e t  l a  p r o x i m i t e  c a c h e e  d a n s  c e  q u i  e s t  e t r a n g e r .   という言葉(アーレ

ントの言葉?)が書き付けられている。

8 〈殺人(モンタージュ)〉 LeMeurtre  (montage) では,床に編集作業中 のエイゼンシュテインの写真があり,その近くのテーブル上には二巻のリール が並べられているのが目に付く。その他,床にはレイモンド・チャンドラーの

『長いお別れ』が置かれ,その隣の赤いテーブルには,「切り返しショット黒書」

L i v r e  n o i r  du contrechamp と題された手帖が置かれている。壁には女性像の 絵画(マリアンヌ?)のほか,「 X +  3  = 1 の よ う な 単 純 な 方 程 式 」 une e q u a t i o n  s i m p l e  comme: X  +  3  = 1 といった文句 (X はマイナス 2 となり,

このマケットが置かれている「一昨日」の部屋番号と一致する)が書き付けら れている。別の壁には,「テイテュス様がベレニスをついに訪ない給うことなく」

(ラシーヌ『ベレニス』第四幕第五場)という文句や,「愛における通い合いの 挫折として呈示されていることが,まさしく愛の関係の積極性をなしている。

〔愛の挫折における〕この他者の不在はまさしく〈他〉としての他者の現前な のだ」 c eque l ' o n  p r e s e n t e  comme l ' e c h e c  de l a  communication dans l ' a m o u r   c o n s t i t u e  p r e c i s e m e n t  l e   p o s i t i f  d e  l a   r e l a t i o n  a m o u r e u s e .  C e t t e  a b s e n c e  d e   l ' a u t r e  e s t  p r e c i s e m e n t  s a  p r e s e n c e  comme a u t r e .   という文章

9)

が他の図像と

ともに書かれている。

9 〈墓(寓話)〉 LeTombeau ( f a b l e ) は,「一昨日」の部屋に部分的に実現

されているように,角にベッドが置かれ, ゴヤの《私はまだ学ぶ》をモチーフ

にした映像断片がデイスプレイに流れ,壁にはレサマ=リマの詩旬が書き付け

られている。長い方の壁には,マチス, ド・スタール,ハルトゥングの絵画と

向き合うように,アカデミズム的な三枚の肖像画が掛けられている。床には数

葉の肖像写真が散らばっているほか,ほとんど何も置かれていない。部屋の名

前にふさわしく,静謡な雰囲気が形作られている。

(22)

* 

こうしたマケット群が垣間見せる《コラージュ・ド・フランス》という企画 は,『映画史』で十全に展開されたゴダール的モンタージュを空間的に展開す ることによって,訪れる者に会場をぶらつきながらさまざまに思考をめぐらす ことを要請する一種の迷路を構成するものになるはずだった。十分に展開され ていない着想や,にわかに判読しがたい謎めいた仕掛けが至る所に残っている

とはいえ,いくつかのマケットはそれ自体ですでに十分興味深い。たとえば,

〈下司ども〉にみられる地政学的モンタージュは, ヨーロッパ的知性が遡遁す る『アワーミュージック』 Notremusique  ( 2 0 0 4 ) のサラエヴォを強く喚起さ せるし,〈神話〉は『愛の担紀』 Elogede l'amour  ( 2 0 0 1 ) にもみられた愛憎 相半ばするハリウッド批判の展開として読解できる。また,〈カメラ〉で展開 される闇の世界は,災厄と悲哀のイマージュが交錯する『時間の闇の中で』

Dans l e   n o i r  du temps  ( 2 0 0 2 ) や,「失われた世紀」をめぐる省察『二十一世 紀の起源』 Del ' o r i g i n e  du  X X I e m e  s i e c l e   ( 2 0 0 0 ) を凝縮したものに他ならない。

とはいえ,全体として,今回の展覧会が挫折したものであることは間違いな い。挫折という事態は,ゴダールの実際の映画製作でも(一連のテレビ作品の 放映拒否),作品の中でも(『パッション』,『フォーエヴァー・モーツァルト』

など)おなじみのものだ。だが,かつてのゴダールが通常のテレビ番組の製作

に挫折することでテレビの潜在的な可能性をかえって明らかにしたような「失

敗の生産性」が今回の挫折による美術館という空間の纂奪ないし非神聖化に

もみられるかどうかには疑問の余地がある。結局のところ,美術館という形象

は , ゴダールにとって椰楡の対象ではあっても(主人公たちが)レーヴル美術館

を走り抜ける『はなればなれに』から,近年の『古い場所』に至るまで),死

に物狂いの格闘が演じられる場所ではなかったのではないか。われわれに求め

られているのはむしろ,彼が展覧会全体,なかんずくマケットで展開した概念

形成を,彼自身の映像作品と積極的にモンタージュし,その関連づけから新た

な思考を紡ぎ出すことであるに違いない。

(23)

闘西大學『文學論集』第 56 巻第 3 号

※本稿は, 2006 年度科学研究費補助金(若手研究 ( B ) ) による研究成果の一部で ある。また,本稿のプロトタイプである「美術館のゴダール一《ユートピアへ の旅》をめぐって」(『未来』, 2006 年 10 月号, 481 号 , 34‑37 頁)の執筆の際には,

未束祉の中村大吾氏から貴重なご意見を頂戴した。記して感謝する。

1)  A n t o i n e  de Baecque,'A B e a u b o u r g ,  Jean‑Luc Godard en n o n ‑ c h e f  du c h a n t i e r ( s ) ' ,   L i b e r a t i o n ,  1 1  mai 2 0 0 6 .  

2) 本展覧会の公式な記録資料(いわゆる展覧会カタログ)は刊行されておらず,現時点で は今後刊行される予定もない。訪問者による写真撮影は禁じられていたが,特別に許可を 得た写真資料が以下に公開されている。 MichaelWitt,'Documentation:  V o y a g e ( s )  en  u t o p i e ' ,  Rouge  9 ,   2 0 0 6 ,  h t t p : / / w w w . r o u g e . c o m . a u / 9 /   g o d a r d . h t m l .   展覧会に関する評やイン

タヴューで参考にしたものは,以下の通りである。 Dossier≪Cinemamusee≫, C a h i e r s   du 

C

ma,a v r i l  2 0 0 6 ;  J a c q u e s  Mandelbaum,'Godard, l e  d y n a m i t e u r ' ,  Le Monde, 2 2  a v r i l   2 0 0 6 ;  C l a r i s s e  F a b r e ,  

℃ 

omment Jean‑Luc Godard s ' e s t  d i s p u t e  a v e c  s o n  c o m m i s s a i r e   d ' e x p o s i t i o n ' ,  i b i d . ;   A u r e l i e n  F e r e n c z i , ' S a u v e  q u i  p e u t  ( l ' e x p o ) ' ,   T

r a m a ,n°2936, 22  a v r i l  2 0 0 6 ;  A n t o i n e  de B a e c q u e ,  a r t . c i t . ;  M i c h e l  G u i l l o u x , ' Q u a n d  Godard f a i t  a u t r e  c h o s e   q u ' u n   f i l m ・ ・ ・ ' ,   Humanite, 1 7  mai 2 0 0 6 ;  A n t o i n e  de B a e c q u e , ' G o d a r d ,  f a c e t i e u x  f o s s o y e u r ' ,   L i b e r a t i o n ,  1 2  j u i l l e t  2 0 0 6 ;  P h i l i p p e  L a n < ; o n ,  

℃ 

e  q u ' i l s  a i m e n t   a  P o m p i d o u ,  c ' e s t  l e s  m o r t s ' ,   i b i d . ;   J e a n ‑ J a c q u e s  S c h u h ! , ' J L G ,  r a p p o r t s  s e c r e t s ' ,  i b i d . ;   A n t o i n e  de B a e c q u e , ' L ' ≪ e x p o   G o d a r d ≫ ,  compromissions i m p o s s i b l e s ' ,  i b i d . ;   C h r i s t o p h e  K a n t c h e f f , ' U n  e n t r e t i e n  a v e c   Jean‑Luc Godard  a  p r o p o s  de s o n  e x p o s i t i o n  au C e n t r e  Pompidou:']e n ' a i  p l u s  e n v i e   d ' e x p l i q u e r " ' ,  P o l i t i s ,  2 9  j u i n  2 0 0 6 ;  Andre H a b i b , 、 I n v i t a t i o nau v o y a g e ' ,  Hors Champ, 27  j u i l l e t  2 0 0 6 ,  http://www.horschamp.qc.ca/artic1e.php3?id̲artic1e=224; Bernard  E i s e n s c h i t z , ' L a  Reponse de Godard'Cin

na0 1 2 ,  E d i t i o n s  Leo S c h e e r ,  automne 2 0 0 6 ,   p p . 9 1 ‑ 1 0 1 ;  Nathan L e e , ' F r a n c e ' s  Cinema P r o v o c a t e u r  D i r e c t s  H i s  Own T r i b u t e ' ,   The  New York T i m e s ,  2 5  June 2 0 0 6 ;  Alex Munt,'Jean‑Luc Godard E x h i b i t i o n ' ,  S e n s e s  of  c i n e m a ,  i s s u e  n o . 4 0  J u l ‑ S e p t  2 0 0 6 ,  http://www.sensesofcinema.com/contents/06/40/ 

g o d a r d ‑ t r a v e l s ‑ i n ‑ u t o p i a h t m l ;   平倉圭「マケットについて―ポンピドゥー・センターに 展示されたゴダールのインスタレーション」, FlowerW i l d ,   2 0 0 6

7 月 28 日 , h t t p : / / www.flowerwild.net/2006/07  / 2 0 0 6 ‑ 0 7 ‑ 2 8 ̲ 1 4 4 3 3 2 . p h p ;   森元庸介「見えなかったもの

J . L .   ゴ ダ ー ル 「 ユ ー ト ピ ア の 旅 」 」 , FlowerW i l d ,   2 0 0 6

7 月 28 日 , h t t p : //www. 

f l o w e r w i l d . n e t / 2 0 0 6 / 0 7  / 2 0 0 6 ‑ 0 7 ‑ 2 8 ̲ 1 2 5 8 1 3 . p h p .  

3) 展覧会の挫折に至る経緯は,特に注記のない限り, DominiqueP a i n i , ' D ' a p r e s  JLG … ' ,  

J e a n ‑ L u c  Godard D o c u m e n t s ,  E d i t i o n s  du C e n t r e  P o m p i d o u ,  2 0 0 6 ,  p p . 4 2 0 ‑ 4 2 6 による。本

(24)

書は,展覧会に合わせて刊行された出版物だが,展覧会の図録ではなく,特に 1 9 6 8 年以降 に焦点を当てた資料集である。

4) A u r e l i e n  F e r e n c z i , ' S a u v e  q u i  peut ( l ' e x p o ) ' ,  T e l

r a m a ,n°2936, 2 2  a v r i l  2 0 0 6 .  

5) フィリップ・ランソンとゴダールとの対話に,この文章への言及がある。 P h i l i p p e L a n c ; o n ,  

℃ 

e  q u ' i l s  aiment  a  Pompidou, c ' e s t  l e s  m o r t s ' ,  L i b e r a t i o n ,  1 2  j u i l l e t  2 0 0 6 .  

6) ゴダールにおける「機知」に関しては,堀潤之「断片,機知,イロニー――—ゴダール

とドイツ・ロマン主義 1 」 ,『 Resonances 』,東京大学教養学部フランス語部会『 Resonances 』 編集委員会創刊号, 2 0 0 3 年 , 62‑67 頁を参照。

7) 取り上げられているテーマは以下の通りである。「 1 神々」,「 2 歴史」,「 3 拷問」,

「 4 自由」,「 5 幼年期」,「 6 政治」,「 7 恐怖」,「 8 美」,「 9 実在」,「 1 0 奇跡」,

「 1 1 貧困」,「 1 2 敗北」,「 1 3 エロス」,「 1 4 J レポルタージュ」,「 1 5 物質」,「 3 8 ア ナロジー」,「 1 5 3 確実性/盲目」,「 217 祖国/汚物」,「 4 6 2 穏やかさ/運命」,「 812 勝利/死」。

8) ゴダールの『アワー・ミュージック』に出演してもいるフアン・ゴイティソーロの実兄 の詩人ホセ・アグスティン・ゴイティソーロが歌詞を提供している。「昔々,ちいさな優 しい狼がいました。彼は羊たちみんなにいじめられていました。/そして意地悪な王子様,

とても美しい魔女,正直な海賊もいました。/こうしたすべてのことは,私が裏返しにな った世界を夢見たときに存在していました」 Eraseuna vez un l o b i t o  bueno a l   que  m a l t r a t a b a n  t o d o s  l o s  c o r d e r o s . /  Y h a b i a  tambien un p r i n c i p e  m a l o ,  una b r u j a  hermosa y  un p i r a t a  h o n r a d o . /  Todas e s t a s  c o s a s  h a b i a  una vez cuando yo s o f i . a b a  un mundo a l   r e v e s .  

9) エマニュエル・レヴィナス『実存から実存者へ』,西谷修訳,講談社学術文庫, 1 9 9 6 年 ,

1 8 6 頁 。

参照

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