2008年7月23日フランス憲法改正
著者 勝山 教子
雑誌名 同志社大学ワールドワイドビジネスレビュー
巻 10
ページ 89‑92
発行年 2009‑03‑31
権利 同志社大学ワールドワイドビジネス研究センター
URL http://doi.org/10.14988/re.2017.0000015948
欧州統合の進展と加盟国フランスの議会強化
──2008 年 7 月 23 日フランス憲法改正──
勝山 教子
(同志社大学法学部准教授)
1.2008 年 7 月 23 日のフランス憲法改正の経緯
2008年7月23日に第5共和制憲法史上最大規模の憲法改
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正が行われた。1958年の第5共和 制発足以降通算24回目の改正である。この憲法改正
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案は,「第5共和制の現代化(Projet de loi constitutionnelle de modernisation des institutions de la VèmeRépublique)」と題され,制度全体の 改革を目指すものであった。
こうした憲法改正構想は,2007年4月,5月の大統領選挙の各候補者の公約に盛り込まれて おり,具体的提案内容は異なるものの,大統領多選制限,議会の活動方法の改革と権限強化と いった方向性を掲げるものが多くみられた。
サルコジ大統領は,就任直後の2007年7月12日に憲法改正構想を発表し,同月18日に,
バラデュール元首相を長とする憲法改正案検討委員会を発足させた。「第5共和制の制度の現 代化と均衡の回復に関する検討・提案委員会」と名付けられた本委員会は,同年10月29日 に,3つの柱−「より適切に統制された執行権」・「強化された議会」・「市民のための新たな権 利」−で構成された77項目にわたる改正提案報告書を提出した。
これに基づき政府は憲法改正法案を作成し,2008年4月23日国民議会に提出した。上下両 院での審議において修正が施された後,両院合同会議に付され,票決の結果,賛成539票,反 対357票という,承認に必要な有効票数5分の3に当たる538票を僅か1票上回るのみの結果 により,憲法改正案が承認された。もともと与党議員数(UMP議員475名,連立政党の新中 道党(Nouveau centre)議員22名)だけでは両院合同会議による憲法改正の必要票数を満たし ておらず,政府は修正案で譲歩するなどして社会党の協力を求めたが,失敗に終わっていた。
両院合同会議の票決結果が告げられると議場は怒号に包まれたといわれる。僅か1票差の可決 という結果もさることながら,社会党の大物でバラデュール委員会の副委員長を務めたラング 元文化相が賛成票を投じたことがその理由であった。
以上の経緯を経て,47条文の修正にわたる2008年7月23日の憲法改正が成立し,2009年 3月1日よりその一部が施行されることになったが,改正規定の具体化のために10本の組織 法律と5本の通常法律の制定が同時に定められることとなり(さらに両院の議院規則の改正も
憲法改正そのものは未完の状態といえる。
2.2008 年 7 月 23 日の憲法改正内容(
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抄
)(1)政府統制の強化
・大統領の3選禁止(憲法6条)
・国民の要求に基づく国民投票制度の導入(憲法11条)
・公職者の大統領任命に関する議会による統制(憲法13条)
・大統領の非常事態措置権の発動に関する憲法院審査の導入(憲法16条)
・大統領の恩赦権の制限(集団的恩赦権の廃止)(憲法17条)
・大統領の両院合同会議における所信表明演説の導入(憲法18条)
・司法官職高等評議会の独立性の強化(大統領は司法官職高等評議会の構成員でなくなり,
破棄院長が大統領に替わって司法官職高等評議会を主宰する)(憲法65条)
(2)議会の強化 漓政府統制の強化
・議会による政府統制および政策評価の明文化:「議会は,法律を議決する。議会は,政府 活動を統制し,公共政策を評価する」として,議会の職務を明記する規定の新設(憲法24 条)
・軍事行動の議会による統制(憲法35条)
滷「合理化された議院制」の緩和
・本会議における審議対象を政府法案に替えて委員会案とする(憲法42条1, 2項)
・委員会における審議時間の確保(憲法42条3項)
・政府の緊急手続要請に対する拒否権の導入(憲法45条2項)
・議事日程決定権と政府・議院の共有および野党会派による議事日程決定(憲法48条)
・政府の信任をかけた法案表決手続の制限(憲法49条3項)
(3)市民の権利の拡大
・市民による違憲の抗弁を通じた憲法院審査(事後審査)の導入(憲法61条の1)
・有権者の10分の1の要求に基づく,議会議員5分の1の発議による国民投票の導入(憲 法11条3項)
・国家,地方公共団体,公施設法人による市民の権利と自由の尊重を監視する「権利擁護機 関(仮訳)(Le Défenseur des droits)」の新設(憲法71条の1)
3.議会強化の背景
フランスで議会権限強化が必要とされる要因には,国内的要因と欧州統合に関係する要因の 2つが存在する。
(1)国内的要因
漓第5共和制の「合理化された議院制」
第5共和制発足当時,「議院制の合理化」は,従前の体制を変革するため,その実益を有し ていたといえるが,今日では,民主主義原理に照らして好ましいとはいえず,フランス独自の 奇抜な制度であるとの評価が強
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い。
「議院制の合理化」は,小党が分立するフランスの政党構造において,政権が不安定であっ たことから,政府の安定強化のために導入されたものである。しかし,今日では,フランスの 政党構造は二大政党化に近づき,執行府は安定した議会多数派に支えられており,強大な大統 領権限と議会の弱体化のために制度はその均衡を失っている。
滷大統領直接選挙制導入以後の二大政党化
大統領制の促進が,1962年の大統領直接選挙制導入により強まったにもかかわらず,執行 権に対する議会の対抗権限の強化はあまり図られていない。
澆大統領任期を5年に引き下げた2002年憲法改正
2002年の憲法改正により大統領制がさらに加速された。大統領任期を国民議会議員任期同 様の5年に引き下げた2000年の憲法改正以降,大統領選挙の直後に国民議会選挙が同じ任期 を前提に行われるようになった。大統領選挙と国民議会選挙を密接に関連づけることによって コアビタシオンの可能性が僅少化され,大統領制の強化がさらに進んだ。
(2)欧州統合の進展の影響
議会強化に対するEUの影響も大きい。フランス議会の進展と後退は,ECの進展と後退に 呼応しているといえる。一般的には,フランス憲法もECも議会の弱体化要因として指摘され ており,欧州統合の進展により徐々に加盟国議会の立法領域が狭められ,しかもEC法の国内 法に対する優越の原則により国内議会は権限の効力も弱められたと評価されるが,マーストリ ヒト条約批准以降の欧州統合の進展とともにフランス議会強化のための改革が行われてきたこ とも事実である。例えば,1992年には,マーストリヒト条約調印後に憲法改正が行われ,EU への権限移譲を明記する規定とともに,法律の性質をもつ欧州共同体の法案が閣僚理事会に付 託された場合,政府が国内議会の各議院にその法案を提出し,各議院はその法案につき決議を 採択しうる旨の規定(憲法88条の4)が新設された。
られた。2005年3月1日の憲法改正は,欧州憲法条約の実施に必要とされるすべての権限の 移譲を認め,他方で,欧州連合加盟に関する条約批准の承認に国民投票の実施を義務付けた
(憲法88条の7)。また,次の2点につき議会権限を強化した。漓国民議会議員および元老院
議員は,欧州連合および欧州共同体の諸法案が補完性の原則を侵害すると判断する場合には,
欧州諸機関にその意見書を送付し,かつ欧州司法裁判所に訴えを提起することができる。その 目的のために各議院は決議を採択することができる(88条の5新設)。滷国民議会および元老 院は,同一の文言による動議を採択することによって,欧州憲法条約を簡略化する改正手続の 実施に反対することができる(憲法88条の6新設)。
このように,今日,国内における議会強化がEU統合の促進とともにはかられているといえ る。欧州憲法条約を簡潔化するリスボン条約にも当然加盟国議会の役割強化の方向性が示され ており,リスボン条約の調印・批准と同時期に活動したバラデュール委員会も,「議会を欧州 の意思決定手続のアクターに」として,2005年憲法改正により全面改正された「欧州連合」
に関する憲法15章の規定に議会の役割を強めるための改正を加えることを提案した。こうし た背景において成立した2008年7月23日改正憲法上の議会権限強化規定としては以下のもの が注目される。
漓欧州関係「常任」委員会の創設(憲法88条の4第3項)
澆欧州連合新規加盟条約の批准に関する承認手続に国民投票に加えて,議会の発議による両 院合同会議による承認の追加(憲法88条の5)
注
1 Loi constitutionnelle n°2008−724 du 23 juillet 2008 de modernisation des institutions de la Ve République, JO du 24 juillet 2008.
2 Décret du 17 juillet 2008 tendant à soumettre un projet de loi constitutionnelle au Parlement réuni en Con- grès,JO du 18 juillet 2008.
3 Article 46 de la loi Loi constitutionnelle n°2008−724 du 23 juillet 2008 de modernisation des institutions de la Ve République,JO du 24 juillet 2008.
4 2008年7月23日のフランス憲法改正の内容については次の文献にその概略の報告がある。鈴木尊
!「[フランス]第5共和国憲法の改正」外国の立法(2008. 10)国立国会図書館調査及び立法考査 局
5 Une VeRépublique plus démocratique, Comité de réflexion et de proposition sur la modernisation et le rééquilibrage des institutions de la VeRépublique, p. 3.