博士学位論文審査の要旨
【学位論文審査の要旨】
本申請論文は、2 型糖尿病者にとってあたりまえとなっている〈日常〉の、“病いとは言 いがたい”経験を、入院や定期的な診察、生活場面への参与を通じて現象学的に記述するこ とを目指したものである。
本論文では、2型糖尿病に関する先行研究が、既存の糖尿病看護の理論、セルフケアや自 己管理などの概念、因果関係という枠組み、とりわけ「疾患」と「病い経験」という二項 対立的な見方を前提としていることを指摘し、〈日常〉の探究においては、これらを棚上げ し、事象そのものへと立ち返ることの必要性が議論された。さらに、〈日常〉を浮かび上が らせる装置として、多様な場面への参加観察と非構造化インタビューが行われた。こうし た本論文の徹底した方法(論)の吟味と態度は、真に「現象学的」であり、新たな研究方 法の提案に繋がり得ると評価された。
結果においては、4名の研究参加者一人ひとりの「入院から始まった2型糖尿病者の経験」、 及び研究参加者のあいだで類似していた「2型糖尿病者のありふれた治療経験」が、現象学 的記述として十分な密度を持って記述された。考察では、メルロ=ポンティの現象学を手が かりとして、<日常>の経験における習慣の捉えなおしと、その捉えなおしの習慣化の絶え 間ない運動、主治医のまなざしや数値の現われにおける経験の「再帰的構造」、病者たちの 経験の基層において働き、能動的・主体的な治療への取り組みとその継続を実現させる「隠 れた志向性」等が〈日常〉の構造として見出され、いずれも新規性及び独創性をもった知 見として判断された。
これらの知見は、既存の「生活習慣」や病者に求められてきた「能動性や主体性」の再 検討を促し、「慢性」という概念の意味自体を新たなものにする可能性を持つ。その意味で、
看護学、及び関連学問分野、さらには現象学という哲学そのものに対しても寄与する研究 である。また、慢性疾患病者にかかわる看護職や医療専門職者に、自らの前提を問いなお す視点を与えるものとして、実践的にも意義ある成果と評価された。
審査会では、目的の表現、生活習慣病と生活習慣の用語の使い分け、研究目的となって いる構造の意味、フィールドワークという方法の特徴、「隠れた志向性」の意味、研究参加 者の<日常>のトーンの違い、現象学的肯きの意味、研究結果の看護学への示唆等について 質問があった。また、追加した方が良い事項や資料の示し方、誤字脱字などが確認された。
質問や確認事項に対しては、申請者からは概ね妥当な回答が得られ、今後の課題等につい ても明確にされた。
以上のことから、本研究が博士論文として評価できる水準に達しており、学位申請者は、
博士(看護学)の学位に相当する学識と能力を有していると判断された。