――目次――
1,
五蘊と阿頼耶識,神林隆浄,Ryūzyō KANBAYASHI,pp.1-13.
2,
シユトラウスにおける宗教の批判と創設,丸川仁夫,Hitoo MARUKAWA,pp.14-32.
3,
ドイツ青少年労働者の宗教意識について,佐木秋夫,Akio SAKI,pp.33-43.
4,
慶元条法事類の道釈門(中),宋代宗教法制の一資料,牧野巽,Tatsumi MAKINO,pp.44-58.
5,
宗教発展の問題と文化圏説,杉浦健一,Kenichi SUGIURA,pp.59-74.
6,
法華経の構成要素と起原,吉田龍英,Ryūei YOSHIDA,pp.75-94.
7,
英米宗教哲学の文献,英米における宗教哲学の現状,大島豊,Yutaka ŌSHIMA,pp.95-113.
8,
日本宗教文化史上における古精神の展開,原田敏明,Toshiaki HARADA,pp.114-121.
9,
金田一京助著『アイヌ叙事詩 ユーカラの研究』,嶋田明雄,Akio SHIMADA,pp.122-129.
10,
仏教の教義と哲学,ド・ラ・ヴァレ・プサン氏の近著瞥見 Louis de la Vall【eの上に´】e Poussin: Le
Degme et la Philosophie du Bouddhisme,
堀一郎,Ichirō HORI,pp.130-138.
11,
経済機構から吟味した『仏陀時代』,石津照璽,Teruji ISHIDSU,pp.139-146.
12,
ロイマン教授の面影,ラグヷンシヤ対訳,徳永茅生,Bōsei TOKUNAGA,pp.147-175.
13,
新刊紹介,pp.176-186.
五蕗と阿頼耶識
紳 林 隆 挿
l 婆羅門曹畢思想と儒教彿敦は婆羅門哲畢の有我詭に封抗して、無我詮を極力主張することに成ってある。有我訣に対して、彿陀が無
我詭を主張せられたのは、造物主としての大自在天の存在を否認するが食めであつた。彿陀出世昔時の婆羅門は、
人類の吉凶鯛宿は、一に大自在天の意志に依るものであると焉し、大自在天の歓心を得て、世上の利金幸宿を得
やうと云ふ信仰が盛んに行はれ、自己の行霧の善悪が、幸不幸を賂来するものであると云ふ道徳的の思想は全く
認められて無かった。彿陀は此の鮎に注意し、各人の自由意志から蓉来する行焉のみが、人々の運命を左右する
カを有して居るもので、我等各個人と直授何等の閲係の無い大自在天が、人類の垂痛を支配し得ると信ずるが如
きは迷信であるとして.その迷信の撲滅に力を致されると同時に、善因は善果を招き、悪因は悪果を持ち来すものである意を力説せられた。この粘から見て彿敦は、その曹群の雷初に於て、既に哲拳的であ少、道徳的であるけ
有ゆる世の存在は皆因果関係の連績継起の相に外ならないと、彿教では見倣すのであるから、世に存在する一
事一物も、常任不発の貨鰹は無いことに成る。随て造吻主としての大自在天が存在しないと同様に、現に人々が
目撃して居るものも、亦復因果閲係の連領地起、若しくは因縁所生の相に外ならないと見撤すことになる。世の
五薙ミ阿頼耶裁 ∂β7二 玉顔ミ阿轍耶哉 有ゆる存在物は、現に賓存して居るが如くに載取されても.賢は刻一刻に流動し発化して居るのであつて、一刻 一剃那たりとも.同一状態に滞留する何吻もないのであるから、我々人類の内に個我の賢醍ありと見られて居っ た婆辞門哲拳の思想も、此の萬吻鱒困線所垂の相であると云ふ原理に照す時、自ら滑散しなければならなくな る。▲即ち彿敦は他我としての大自在天を否認すると同時に、何人我をも悉く否認するに至った。彿敦では個人我 を分析して色ハ︼茸、汽・受︵つ已昌鼠Y想︰S誌別昔pU・行︵ぎ賢冨rP︶・戚︵くi讐蓉盲︶の五つの要素の因縁米壁の醍であると 見撤し、之を五慈若しくは五取盈︵P賢。p乳賢p穿訂已b豊又は五陰若しくは五取陰と呼んで屠る。籍は衆集の意 に解されて居るから.色鹿とは有ゆる色の集りを意味し、諸藩とは識の集合鰹を指すのである。 かく個我を五蕗として考ふる時に、某所に何等眞寅常任の賓殴、即ち我と見撤す可き何者も無いことに成る。 斯くして姿辟門哲畢の算我存在の見解を改更することが出来、彿陀新獲見の無我の教義は樹来することに成っ た。併し其れと同時に、園黒豚報、酬肉感果の説明に窮することに成って来た。何んとなれば個我の中に永額す 可き存在がなく、時々刻々に五戒の各要素は欒化し流動するものとすれば、その五蕗を鮭とする一個人の行馬に 射して、何物が善悪鵡蕗の結果を酬報せられるのであるか、一個人に就て見れば、其の一個人を形成する各要素、 即ち五題は時々刻々に牽化し流動して屠るから、昨日の一個人と今Hの其の人とは.外見上は同一人の如くに見 えても、寮は全く興る人柄と成って居ることに成る。因果應報とは.或る一人の盛したる行侶が善であるならば、 その結果として葺き報酬が、同一の人に節することで無くてはならたい。然るに善行忽を思した者と、その書き 報を受くる育とが異る場合には、因果應報の原坪は無意義と成て来る。是に於てか無我の教義を樹てながらも、 占ββ
道徳的の原理としての園果應報の理を説く場合に少なからず、不都合が感じられ、是に於て彿敦では、世俗の詮
だとは昔ろて言る、が.而も帳我を承認しなければ成らなくなつて来た。此の慣我と目さる可きものが即ち阿頼耶講である。阿轍耶識は外面は単一の存在の如く見えて居ってもー其の茸は種々雑多の要素の聯橋勉起の流動鰹に
過ぎないことに見倣されて居るから、婆擢門哲畢の常任不発の箕我とは、自ら其の本質を異にして居る。彿敦で
は五感を世間の人は賓我と見撤して居ると説き、叉茸我の見解に執着して居るものに、正しき見解を輿ふるが悠
めに、阿頼耶諭を詮くのであるなぞと捗伽経にも説いてあるが、其は単に世間の見解に勤してだけでなく.因果 應報・酬因感奥の理を詮き.生死輪廻の詮を樹てて居る園係上、よし候我であるとしても.我に近似した存在を認容せずには居られないのである。かかる必要から、一日戻世人の認めて居る葦我を五戒に分解して、寮我の見解
を撃退した彿教が、侭我としての阿鎖耶識の存在を、却て力説しなければならない状態に導かれて来た。
彿敦哲拳は、恰も婆羅門哲畢を根本的に破壊し去ったかの如き載が有るが.仔細に研謝し来る時、彿数は婆羅門教の反射着ではなく、寧ろ婆羅門教義の展開者とも目す可きもので、婆羅門の哲拳思想腋彿教に於て充分に登
遷し、見事なる成果を収めて居ると考らる吋き粘が決して少くは無い。この粘から見て、彿敦は婆羅門哲畢の一段
進歩したものであると見る可きである。かのブリハツド・アーラヌヤーカ・ウパニシャッド︵一、六−一︶の謂ゆる 名・色・業︵慧旨毘官k§空︺詭の如きは原始俳教に於て、十二因縁並に業感線起の教義として、大に帝展し完成せら れてある。叉ヌリシンハ・クー。ハニーヤ・ウパニシヤド︵七、三︶の有・知・書︵S呂己馴nan山P︶設は、大乗彿敦に於て. 初地歓喜地の菩薩が、諸法の如蜜柑︵有盲経知して、歓喜舞雀する境界として、趣て完全なる黍蓮を途げて居ると 五超ミ阿頼耶裁 封汐五蕗ミ阿轍耶菰
四
認めることが出来る。之れに依て考ふるに、婆尿門数に於ては牽芽したままで.未だ充分蓉達し得ない思想が、 彿敦に入り来って、完全に成長し.豪亜常時の目的を立派に速行し得て居るものは、決して一二の思想に止まら ない。現に今間転として居る阿療耶︵㌢邑の如きも、マイトラーヤナ・ウパニシヤエ六三七︶で、既に使用さ れてある譜である。其は倶舎︵内。許庫戒︶としての心臓の峯鬼にして、我の止任する最膠の肝依を意味することに成ってある。心臓の峯虞を心の屏依、即ち阿頗耶であると見撤して屏ることは、彿敦の通義と成って居る。併し
阿頼椰は原始彿教に於ては、肝依の意味には用ひられずに、愛の義若しくは執成の義として使周されて居た。その
後無筆世親が解深密経並に塊伽論等に依り、十地経に明されてある三界唯心の思想を高調して.唯識の教義を樹 立するや.阿頗椰は、彿敦の教義上、梅て重大なる意義を有することと成少、一大費展を成し途げらるに至った。 かく見来る時に.婆尿門思想が、彿敦の教義の上に、如何に重大なる影響を及ぼして居るか、又彿教に依りて婆 羅門思想が、如何に曹達し.完全なる成果を収めて居るかに、一驚を喫せざるを得ざるものがある。之に依て考 ふるに.彿敦は婆擢門数の詮を陽に破壊し去る態度を示して居るが、箕は其等の思想を自己の中に取り入れて、新しい生気を吹き込み、完全に育成したものと見撤す可きである。犠て彿教は印度の正統思想の大系の上から見
て、傍系のものでは無く、寧ろ正統思想が一段と進歩して、面目を改更したものであると見撤す可きである。
〓 五
菰
菓感級勉説は、俳敦の根本原理であらねばならないが、この訟を徹底する馬めには、少くも候我の存在を認め
なくては、此の詭を成立たせることが出来ない。慣我とは婆羅門哲拳の眞我説に封抗した語であつて、異に賓在
∂7(フするものでは無いが、侭りに寮在の相を里して居る存在を指すのである。
大乗沸教では、法身を大我の身.若しくは無我の大我なぞと科して屠る。又凡夫は常・攣我・押ならぎるものを常・琴平浮と見撤して居るから、顕倒妄想の見解を懐くものと呼ぶのである。而して此の常・攣我・渾は法身の
四徳であると見られて居るから、法身彿を眞我と見て居ることは、これ亦彿敦の通義である。此の眞我に勤して、
有馬無常の凡夫身の葦相を償我と稀する。凡夫身は有漏雑染の身であると云ふ研から、有漏身と名けられ、併呑
薩の身を無漏身と呼ぶ。五蕗とは有ゆる存在吻を分析しての表戟ではあるが、五点綴和合の身なぞと科して居る
場合は、我等の凡夫身、即ち有漏身を指して居る。彿在世常時の阿蘇漠の聖者の身は、五薙暇和合の身ではある
が、その五薙には未来受生の業力を具へて居ないから、有漏身ではなく、無漏身で無くてはならない。我々凡夫
身には未来受坐の煩悩業が常に附鰭して居るから、有漏の五戴から成り立って居る。慌て五亜には有漏と無漏と
の別あることを許さなくてはならない。畢に五戒と言ふ場合は、有漏か無漏かが明かで無いが、五取蕗と呼ぶ場
合は、有漏の五超を指して居る、取︵qp釧d冨︶とは煩悩妄執の意に解されて居るからである。原始彿敦に於て、五慈詮が重に説かれ、般若経も此の思想を継承して居るが、寛大粟の諸経典に於ては、五菰の
語は殆んど全く使用されなく成って居るり五蕗の思想は、一存在を分析して得た名稀である。一個の存在物は、之
を分析すれば.五の要素と見撤すことが出来ると云ふ場合と、五の要素から凡ての存在物が成立すると云ふ場合とは、自ら詭明の憩度が異る。一個の存在物は之を分析すれば、五の要素と見倣すことが出禿ると云ふ場合は、かく
分析し得ると言ふだけで、其れ以上何ものをも意味して居るのでは無い。然るに琴一の場合の如くに、有ゆる存
玉顔七阿頼耶誠 五 占7J在物は、克偶の要素から成立すると言ふ場合は、その成立の粋由を明にしなければないない。五偶の要素が和合す
る場合に、和合の條件を明にする必要がある。即ち五何の中の何れの要素が主動と成って、他の国賓素を引寄せる
のであるか、五要素の外に或る一棟の力が働いて、先の要素を和合させるのであるか、此の粘を充分に説明しなけ
れば、五蕗詮は成立しないことに成る。然るに思想螢建の順序としては、先づ第一の場合の東亜説が草生し.其 の後に至って、第二の場合の.五意詭が起りかけて来たのであらう。五藩読も此の第二の説に進んで来た時に.無色界には色が無いから、色・受・想・行・誠の五要素の一の色鑑は、舛色界には無くても宜いものである。叉無想定・
無心定等の定に入る時には.想薙も受薙も無くなるのであるから、此等のものは必要でないが、而も倫ほ生死界を輪廻する王位は無くなつて居ないのである。即ち五蕗の二三の要素が炊けても、輪廻の壬鰹は依然として存在し
て放るから、五藷は輪廻の主鰐を指す用を渇すに足らないことが明かに成って来た。是に至って五鹿は輪廻の壬
鰹と見撤すには不充分であると云ふことに気付き、弦に五鑑の敵格を補ふ備に、来者の塙大森諭に依れば.如来出世囚穐功徳経に野間乗数に於て、彼の大衆部には、根本菰を立て、化地部には、額生姥蕗を立てて居るが、又此
等は暗に阿樹耶識を指して居るに外ならないと詭かれてある。︵眞諦辞、巻上.正戒三一、二四、C︶叉成唯識 論第三には上座部の分別論者は.有分識を樹てて居ることが示されてある。︵正成.三一、一五、乱︶︹世親の大乗 大鑑徐に、俵庇識︰赤銅鎮部経中.建議有分識多︵jE威、三一、七八五.乱︶とあるから、説一切有難の分別論者 とは、同部を指すのであらう。︺此の根本識も窮生虎蔑も有分識も、倶に五慈説の紋陥を補ふ鵠めに.案‖された慣定紋に外ならない。かくの如き経過を通って、弦に無著書藍の阿頼耶縁起詮が誘ひ出されて来ることに成った。
五鑓富阿穏耶識 β7β三 阿 親 耶 寂
阿頗耶識縁起の思想を最も最初に明にしたものは、無著の琉大乗論を第一位に推す可きであらう。無著は阿頼
椰の語を何軽から取り入れて居るのであるかと云へば、檜萱阿含経に於て、愛阿頗耶・粟阿頼耶・欣阿絹耶・薫阿
頼耶が明されてあることが、玄奨澤の同諭上巻︵正歳、三一、一三閲、乱︶に明してある。而して此の文は彿陀扇 多罪と眞静繹との二本には映けて居る。又現存の漠謬檜萱阿合軽にも.此の意味の文は見雷たらない。巴利文の アンダツタラ・ニカーヤ、一二八、ブハヤヴツガ︵Bbp苫屋gp︶︵冒:l・p・−ど︺には薫阿頼耶︵智蔓鼠−1ゑ、欣阿 頼耶︵ぎ琶邑、楽阿頼耶︵ぎ竃m邑iI豊の1二名が見えてある。又マツヂマ・ニ功−ヤ、二六、A音p薫・彗宰 tすm︵p・−○ヾ︶に上記の三名が奉げられてあるだけである。前者の檜萱阿含経の巴利文の方は.全然漢謬には無く. 後者の中阿含経の方は、漢霹の哺剰多品羅摩経︵正成、一、七七五、¢︶が、之れに相苦して居るのであるが、今の阿超庇ゐ一節抜けて居る。隋の蘭那腑多渾の彿本行集経第三十墓に但衆生輩、書画羅部品蹄併、寧阿蘇
那︰任一阿藤那〓翠撃著虎、心多食故、此塵評兎︵正戒、≡、八〇五、こと詮てある。次に婆沙論第百四十五巻 に阿頼耶者、謂レ愛︵正統、二七、七囲六C︶とあり、倶舎論第十六に謂契経詭、併合矢母三中略︶起覿起塗、些. 阿頼耶︰起由延底︰︵ヨ呈i︶、起飯箸宗、︵正成、二九、八七、C︶とあるが、光・賓の二記は、其の謂ゆる契経と は何経を指すか、更に証明を施して無い︵光記第十六、正戒四一、二六〇、こことは遺憾である。無音菩薩の造と言はれて居る蟻大乗論三澤の中で、玄奨繹にだけ檜愛阿含経に寧撃欣轟の四種の阿超耶が明
かれてあると云ふは、不審である。倫ほ現存の巴利文に四種阿頼耶の濾紙の文が見常らないことは、第二の不審
五蓮ミ阿積耶裁 七 ∂ t 7 占玉顔ミ阿粗耶哉
八
である。叉無著の師である滴勒菩薩の塊伽師地論には恭一賀正戒、三〇、二七九、b二八〇・b︶第六十三巷 ︵正戒二二〇、六空、b︶、第七十六︵同、七一八、a︶等に阿劇耶諭の事が盛んに説かれて屠るのに、その師事せる粥勒造の戒伽諭の文を引かゃして、無著が元来璽切有部の出身である厚から、殊に蛤二阿含経の文を引鐙
しゃぅとしたのは、同経が詮一切有部の聖典であると云ふことにも依ることと思はれる。
この阿頼耶と蘇とを結び付けて阿頼耶識と耕し、八識建立の端を開いたものは、正に碗伽師地論であらうJ同諭 の第六十=毎に、諸心の差別を五柏忙陸別して説明してあるが、その中で第二の膠義の道理に依て差別を建て、一 を阿鰯耶諦とし、二を樽識と渇し、阿超耶識を併依経とし.轄諭を能依と見撤して居る。謂ゆる輪講とは、眼識乃至意諦等の七種にして、曹へば水浪は暴流に依止するが如く、或は影像の明鏡に俵止するが如くである。元よ
り此等八諸に、心・寧譲の三義は具つて居るのであるが、而も其の中で義の膠れたるに約して名指す時には、阿頼
耶諦を心と名くる。心は集起を義としてあるが、阿頼耶諭は、−切法の種子を集来し奪起する作用が膠れて居る からである。未那︵宰呂風︶を意を名く、意は思量の義である。未那竺切時に恒に我と我肝と、及び我慢等とを執着し、思量する性質を辞して居るからである。眼識乃至意識は、外部の境界を了別するので、殊に認識の作用が
膠れて居るから、識を配することに成ってある。︵正戒、三〇、六五一−b︶と述べてある。この心奉諸に閲し ては、雄阿含経第十二審に彼心・意・諦、日夜呼起、須奥不桓−種々樽琴畢生累減︵五戒、二、八二、乱︶と詮てぁる。愚夫無闇の凡夫は、此等の心・寧識を妄執して、我若しくは我屏と見撤して居る意味が、同虞に明されて
ぁる。成唯識論第五には心・意・諭の=這各々別の寿があり、集起を心と名け、思尭を意と名け、了別を持と名け ∂74る。是の如くの三毛は、八識に通じて存するけれども、膠穎に慌て.第八をば心と名ける、諸法の種子を集め、諸
法を現起するからである。第七をぼ意と名ける、戒講等を放じて、恒忙審に思量して、我等と篤すからである。
飴の六を識と名ける、色・欝・香等の六種の別々の境界に勤して、免動に且つ間断に丁別するからである︵正成、 三一、二四、C︶と詮てあるが、其の意は塊伽論で明す屏と略々同一である。次に心・意・識は別々の存在であるか、将た同一の心鰹の上の三義であるかに就て、倶舎論第四には心・意・諭鰹
一と説き又云く、心意識、三名節詮、義錐宥レ異、而醍是一と言ってある。兢大乗論巻上には、執心意窮三但名異
義同︵眞諦浮、正戒.三一、︼一四、C︶と述べて、心・意・識とは、一鰹の上の義文の別である意が明されてある。心・意・識の設が展開して八講説が起少、之れに依て、心の諾の作用が二應は詮明し轟されることに成るが、次
に我等の兎角に陥り易い誤解は、八織詮に捕はれて、心識は八偶の猪立した存在であると見倣すことである。若し
種子概念に掃はれる時には、八偶の濁宜した心識の存在が有る可きであると言ふ読も立ち、古来から野間乗は一
心詮、大乗は八識別鰹詭であると言ふ定紋があるけれども、吾人は大乗に於てもー心詭の方が合理的であると思
はれる。八偶の心識が個々濁立に存在すると言ふは、無知者の褒めに説明の便宜上使用する訣であつて、一心詮
の方が、寧ろ眞賽義を表示した詭であると信する。成唯識論弟七にも、心意識八種、俗故相有レ別、眞故相無知、
相併相無故︵正成、三一、三八、C︶とあるが、此の詮が正義であらねばならない。心識に八識の別は有っても、其は畢に義円上の異であり、心講説明の便宜上から八識ありとしたのであつて、八識は一心識の分別仮定の名義
に過ぎないもので、此の一心諭は阿頼耶識自醍であらねばならない。マイトラーヤナ、ウパニシャッドは﹁庫戒
五臆七阿頼耶鼓 ∂75五蕗ミ阿報耶鼓
一〇
としての心臓の峯鹿は、歓喜なる最上の併依なり﹂と言って居る。此の中で併依とは阿頗耶に苦るのであるが、
前に揚げた璃伽論第六十三巻に.﹁阿機耶は併俵なり﹂とあるは.今のウパニシャッドの文と一致して居ることが 思ひ出だされ、此の心臓の塞鬼に於て.一心識が認琴慮知・聯想等の種々の作用を起して居ると言ふことに紆著する時、彿敦の唯心思想も、ウパニシャッドの一思想を完全に野澤させた思想鰹系であることに思ひ苦るのである。
四 阿親耶識と五蕗
心臓の峯鹿即ち阿頼耶に於て、有ゆる精紳作用が起ると言ふのであるが、この事が何程の眞理を物語て居るか
は.今此虎に批判することは出来ない。兎に角、精紳作用の起る肝を阿頼耶と呼んで居るのであると言ふだけは.事箕として何人も承認することが出来るであらう。
この阿頼椰鼓を輪廻の圭鰹と見撤すことに閲して、成唯識論筆二に第八識が存在してあるから.譜の有情は生死に流博するのである、それは第八誠に、流韓に順する種子即ち潜勢力を包蔵して居るからである。かくの如く生
死を流轄するのは、此の第八識が存在するからであるが、叉迷人凡夫が修行の結果として.捏柴の果を詮宿するこ との出来るのも.亦此の第八惑が存在して居るが璃めであると明してある︵正蔵、三一、一例.b︶。次に五蕗も 亦生死輪廻の圭鰹と目されて居ることは、長阿含経第一に於て.衆生可恕、常寧闇軍受一身危脆︰声生有識、有 玩有苑、衆苦節集、死施生レ彼、従レ彼生抜、換地苦陰一︵正成、一、七、b︶と詮てあるが、此の文中の苦陰とは、苦果としての五盛を意味する。此虞に死し、彼幽に生じ、又彼盛から此鹿に生じて来るのは、此の五薙が存
在してあるからだと言はれて居る。之れに依て五番を以て生死輪廻の壬経と見撤して居ることが明かである。
∂7♂輪廻の主鰹をば世間殊に印度思想では我を呼んで屠る。錐阿合鰹節二に、見レ有義者、一切皆於庇五受陰ご界我
︵正戎、二、一一、b︶と詮き、大鳥婆抄論第九に.於恵取籍︰執レ有い我故︵jE戒、二七、川一、a︶とあり.又世親論 師の大乗五蕗論に﹂玉何、我慢、謂於衷取蕗︰隈計鰯レ我、或夢我肝︼︵正戒、三一.八五二、e︶とあるが、これ等 の経論は、五取題を世間では我と見て屠ると記してある。次に阿頼耶諭を世間では我と見て居るとは.梼伽経等 を始めとして枚拳に邁ない程である。その一例として無著の旗大桑論客上に、或諸有情、塙顔蕃︰寧自我故︵五 戒、三一、一三三、b︶と詮かれてある。これ等の譜文に於て﹁我﹂をば、生死輪廻の主鰹を指す意味に解する時に、文意は渾然として瞭解せられるのである。
以上の如く五鑑と阿頼耶識とは、倶に生死輪廻の王鰹であると見倣されて居る鮎に於て既に一致して居る。又
生死輪廻の玉髄としては.五澄の中では、無色界に於ては色薙が無くな少、無想克と無心克とに於ては、受・想等の精紳要素の放くることあるにも狗はらず、それ等の有ゆる場合に於て、輪廻の王位は依然として存在して屠るの
であるから、五籍は輪廻の壬幣として不充分であることは、前に既に述べた通りである。此の動から考ふるに、
阿頼耶識は五恋の映陥を禰ふ食めに一塊供された償定診であらねばならないと思ふ。
阿機耶識は五菰に代って輪廻の王位として現はれた侶定論であるとすれば、五戒と阿頼耶識とは本より無願係
のものであつたか、若しくは阿頼和議は、五籍中の或る要素と密接な閲係が有るや否やを吟味する必要がある。
此の両者の関係を吟味する前忙、沸教に於ては物よりも心を重んずる傾きが先づ存在してあつたことを知らね
ばならない。詮一切有部の聖典と目されてある檜壷阿含経第五十一に、心寧法本一︵正戒、二、二七.b︶と言てあ 五凝ヾJ阿轍耶識 β77五癌ミ阿珂耶菰
三
る。之れと略も同一の意味が雑阿含経番十禦正成、二、六九、¢︶並に巴利聖典S.翠寧声A讐ぎ竃已.甲つ一 芸よ︶なぞにも見えてある。又大毘婆沙論策二十七巻に、謂五蕗中、心最夢膠とあり、冬苧、若心清渾−飴蔑亦 然︵1E威三七二讐、C︶とあることに依り・克蕗中に於ても精細要素がl可なり童要成されてあることが解る。五戒中の精細要素とは、受琴憑準誠意の三者であるが、これ等の中にも、誠意に重要性が潜んで居るやうに想
像されるが、而も此の意味を充分明瞭に表現して居るものは一世親絵師の作である大乗成業諭と大乗五蕗諭とで
ぁる。此の両論に依り、五蕗と阿頼耶識との関係が自ら明かに成る。世親論師は大衆部の謂ゆる根本識とは阿頼
耶諭を意味するものであると見撤して.拓大乗論第二巷に阿頼耶蕃、名添木識宝蔵、≡、三二七l a︶と明 記してある。而して此の根本識をぼ、五籍の中では識取藩の掻展であると見て居る。大乗成業論に、此︵根本︶識、 横森何取癒中=慧彗應旨−識取薙抵歪戒、≡、七八五、a︶と詮てある。次に大乗五藩論に日く、云何歳蕗、 謂於廃線境亨別野性.亦多心藁申■採襲故、意師法政、最勝心考謂阿頼耶識・何以故−申血詩中諸行種管 採集一故︵正戒、≡、八川九、C︺とあり・此等の文意から考ふるに、諦藷をば、阿頗耶誠と見撤してあること が、極て明瞭である。然るに無著の蟻大乗論告上には、此中五取準詮多阿頼野妄奨謬、正成−≡、三 四、b︶と言つてある。之れに依れば無著書薩は、先取滋をば阿頗耶識と解して㍍るのに勤しl世親諭師は五取菰中の識取蓮を阿頼耶謹と見撤して居る。此の如く兄弟二師の間に、五潜と阿頗耶識との閥係に就て、多少の相違
はあるが、五取蕗と阿頼耶識との問に密接なる関係あることを認めて居つたことに於てー相互の間に更に異りは無
いのである。之れに依って見れば、阿頼耶謹は五蔑の改造されたものであると見撤すことが‖来るのであらう。
∂7∂大日経心品に菰阿頼耶と言ふ語があるが、五薙が一樽して阿頼耶識と成ったのであるとの事業を知つた時、何等 の疑鮎をも遺すことなく、自ら氷解されることに成る。 以上の設を要約すれば、五森と阿頼耶講とは、倶に輪廻の壬経と目さるべきもので、俳敦の無我詭の立場から は、之を慣我と見倣見しては居るものの、倫理的の見地に立って、因果應報の数理む樹つるからには.此の償我 詮を設定して置かなければ、善因善果、悪因悪果の理を主張することが出来なくなるから、この必要に腐られ て、阿頼耶惑が成立するに至ったのである。 五籍と阿頼耶識とは同時に起った訣ではなく、五蕗の候定詭では、輪廻の王位を指すものとしては、其併に幾 多の映粘あることが見出だされ、その紋鮎を禰ふ鰯めに根本識・窮生宛藷・有分識等、種々の候定論が提供され たが、結局、有部の拳腺を継承して居った無著・世親の南師に依って、阿頼耶詩論が最後の膠を制して、弦に輪 廻の主醍としての個我の拳読は、一先づ成立し此の問題は一段落を告ぐることに成った。 然るに阿頼耶諭は、世親論師に依れば、五戒中の識薙が費展し勢力を得るに至つたことに成ってある。従来、 五鑑の各要素は均等互裕の勢力であつたが、無著・世親に依って、識薙が勢力を檜し、他の四鹿を自己の内に取 り入れることに成った。構って阿頼耶識成立の事情に照せぼ、世親の詭の如く、五戒中の誠意が費展したものと 見なければならないが、而も阿頗椰識の中に他の四蕗を取り入れ、色題の如きは同識の相分として見らるること に成ったのであるから、無著の詭の如く.阿頼耶識は即ち五戒にして.五戒の一段進歩した形に於て現はれて来 たものが、鮎ち阿超耶識であると云ふ改も、其併に幾分の眞理が含まれてあることを見過してはならないと思ふ。 五薙寸J阿租耶荻 ∂79
シュトラウスに於ける宗教の批判は先づその﹁イエス停﹂に始まる。シュワイチエルによれば、眞のキリスト 停の起りは歴史的研究の結果として自ら生じたのではなく、敦構に反抗せんとして教組イエスの人格に直接赤へ ︵〓 んとしたのが抑上の起原である。而もそれの起ったのは趣く近世期のことに腐する。中世に於て鱒云ふまでもな く.あれ程強くロマの教煉に反抗したルツテルさへも、この方面の歴史的研究にはカを荏がなかつた。その後二 三の名を挙げ得るが、こ1に問題とするに足るのは、ライマールス︵一六丸四1一七六八︶に始まる合理的解将 のキリスト停であらう。合理主義的傾向は近世に於ける著しい特質であ少、それが.宗教を封象としてはイギリ スの理紳論として焚え.その思潮は流れてフランスに及び、更にドイツにも普及し∵フィマールスはこの方面の ︵二︶ 卓越せる一人として多くの功績を残してゐる。 これを総括的に見れば、イエスの生涯の事柄を天啓として、紳の子の奇しく尊い地上の生活として、教榛の教 ふるま1に超自然的に説明した後に、近世の理性主義の摸索に伴つてか1る合理的解群が行はれるに至つたもの と考へられる。前者が凡ての事を超自然的に意味するに封して、後者は凡てを自然的事項として理解せんとした。 そして両者とも彼等の言ふべきことを言つた。この論畢から新しい解決が、神話的鮮輝が生れて凍たと見ること シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創設
レユ!フクスに於ける宗教の批判と創設
ノ 一四夫
∂8()は敢て無理ではないであらう。シュワイチエルの言葉の如く、これをヘーゲル流に云へば、超自然的詮明で示さ ︵三︶ れる﹁正﹂と、合理的解得で代表される﹁反﹂とからの﹁合﹂である。 ︵四︺ シュトラウス以前にも新約の物語に関して神話的解梓を試みた者が無かつたわけではない。マタイやルカの生 誕物語に神話的見解が加へられたこともあり、嘗約に封すると同様に新約の奇蹟物語に園しても既に疑問が投げ られてゐた。然し、﹁シュトラウス以前には未だ誰人も両聖典のこれらの物語の凡てを.同一の原理を適用するこ とにょつて詮明するだけの勇気は有たなかつた。批判が未だ.マタイ停やヨハネ件の著者が使徒であるといふ推 ︵五︶ 定の束縛から脱しきつてゐなかつたからである。﹂シュトラウスはその鮎に徹底した。それだけ彼は先人に比して 邁かに料率的であつた。歴史的領域の充分なる研究を経、鹿拳ならずんば批判の不可能なるを彼はよく知ってゎ た。宗教的な、又教義的な表象から情緒と思惟とを内的に自由にすることを、彼はその哲拳研究から得た。即ち ヘーゲルの哲辱が彼を自由にしたのである。それは彼をして理念と現貰との関係を明かにせしめ、彼を思索的キ サスト論のより高い認識に導き、有限と無限、紳と人とに閲する神秘な透徹さに彼の眼を開いたのであつた。か くて従来のキリスト停約束縛から離れて彼はその歴史を専念研究し.新しい道を硫宜したのである。さればこそ シュトラウスのその新しさを、ブフライデラーは次の如く云ってゐる、﹁シュトラウスの著作の新しさは、コ卿話﹄ の原理を聖書の物語に適用したことではなかつた。他の者が既に背約の場合にそれを用ひてをり、又それはある 程度まで新約にも適用されてゐた。そのオリヂイナサティは、この原理を宿昔物語の各部分に徹底的に適用した ところにある。扁青書と、それらの物語によつて批判的理解に輿へられる困難との問の叡筋を暴露した錐の如き シュトラウスに於ける宗教の批判ヾJ創設 ∂βl
シュ土7ウスに於ける宗教の批判ミ創設 一六 尖鎗さ、抱自然主義的護敦者等の凡ての遁辞及び年批朝的合理論者のあらゆる強制的技巧的な解繹を摘蓉し、批 判主義の究梅的結果から凡ての逃げ路を遮断した無慈悲なまでに鎗い明敏、そこにこの著書のオリヂナりティが ︵六︶ ある﹂と。 シュトラウスは苗代から行はれた聖書物語の種火なる解将に就て叙述した後自詮の紳話的解揮に及び、この物 語の中に神話の存し得る可能性が外的許嫁にょつては何等反駁されないと云ふ。即ち、古代の紆明は我々に先づ、 ある使徒或は使徒と親しかつたある他の者が福音物語を書いたことは敦へるが、然しそれがその使徒の名の許に 後に散骨に流布するに至ったものと同一であるか香かに就ては語らないし、第三に、我々の宿昔育と相似た書が 存在したことは教へるが、それらが鹿茸にある一人の使徒或は使徒の仲間のものしたものであること些ボさない。 要するに現在の琴青書が事賓の目撃者或はよく知悉した同時代人の手に成るものであることは記し得られないの ︵七︶ である。 舗って神話なるもの1成立を考ふるに、それは一人の人間の創作ではなく.人間の集囲の.又教代の作である。 口から口へ倖へられる物語は雪遷磨の如くふくらみ、ある時ある人間 − 天分ある人間がそれから、或は宗教的 な、或は詩的な、或は教訓的な感激を受け、こ1に形をとつて現はれるに至る。トロヤの物語もモーセのそれも、 何れもかくして精緻な形式む以て我々に侍ったのである。さて宿昔書に於て、こ1に云ふ扁青柳話の源泉となり 内容となつたものは何であるかといふに、一つはイエス以前からユダヤ人の心に存してゐたメシアの概念.メシ アの期待であり、他はイエスの人格、行動によつて残された特殊な印象である。シュトラウスはこれを純粋押詰と ∂∂β
呼ぶ。他に歴史的訓話と解せられるものがある。これはその名の示す如くその根底に一定の個々の事賛を有する
のであるが、それが宗教的熱狂に捕へられ且又紋主といふ観念から樺び出された神話的意識に纏ひつかれて生じ
たものである。洛外に.紳請といふより寧ろ停詭といふ方がより避雷なもの.即ち前者が主として概念の産物で あるに比し.事葺から生れたもの、而もそれが久しい停承の間にゆがめられ形を牽へられ、奇妙な組合せと混乱 とを件ふてゐるもの ーか1るものが同じく函青物譜の中に介在し、更に最後に、以上のものと底別さるべき筆 者の加筆−純粋に個人的なもので、単に全醍を結び合せ明瞭にし且つ最高の調子を輿へる偏に試みられた加筆 ︵八︶ がある。シュトラウスによれば福音書中にはかくも多くの非歴史的要素が存在するのである。これら非歴史的のものを
除いて正しいj少なくとも比較的正しい﹁イエスの生涯﹂を見る展に、シュトラウスは次の如き規準を立てた。即ち、単に出来事の特殊な性質やその起り方が批判的に疑はしい呼ばかりでなく、換言すればその外的環境が奇
蹟的になど示されてゐる呼ばかりでなく、猶本質的な主意や基雄がそれ自身矛盾してゐたり.或は昔時のユダヤ 人のメシ7思想と全く調和してゐる時に於ても、そこに示された特殊な方針や取披ひ方は勿論−全脛の拇兼辛が非歴史的と見倣さなければならない。反封に、語られたもの土般的内容ではなくて唯形式だけが非歴史的性質
を示す時は、少なくとも歴史的事件の核心をそこに推察することが出来る。尤も、他の資料からそれが蓉見され
ない限りは、この核心が事賽存してゐるのか或はそれが如何に成立してゐるのかを催足することは出来ないので
ぁるがー。停詭的な談話、或は筆者によつて飾られた説話の中では.作満的容想や誇張を凡て除挺し・又あら シュトラウスに於ける宗教め批判ミ創設 占∂3シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創設 一八 ゆる外的の附加物を抽き去り且凡ての間際を満たすべく努力することによつて、歴史的根墟を見出すに成功する ︵九り ことは比較的無難である。 かく些言ふもの\非歴史的要素の多くが散剤混入してゐる扁青書の如き記述の中ではー脛史的のものと非歴 史的のものとの問の境界線は常に動線してをり、事案これを明瞭に院分することは容易の業ではない。﹁少くと も、批判的見地からこれらの記事を取扱ふ最初の綿密な企ては、はつきりとした瞑劃線を引くことで成功と云っ てよからう。従来歴史的のものとされてゐた凡ての明るさを批判が滑し去って了つた時の巾で、眼は漸次正味に 封象を諦別するに慣れなければならない。そして本書の著者は、凡ての事件に於て、何が起つたかわからないや ︵︼■﹁J うな場合に何も起らなかったと云ふやうな責任轄嫁は殊に避けやうと思ふ﹂とシュトラウス自ら語ってゐるやう に、無責任な破壊を欲したわけでは決してないが、こ1では、イエス停の新なる建設よりも寧ろ古きもの1破壊の 悠にカが注がれてゐる。イエスの幼時から、受洗.誘惑、宮潔め、癒しその他の奇蹟、発貌昇天に至るまでの事件 の多くは、歴史的に否定される。彼自身この批判の結果を充分謎めてゐる。﹁我々の探求の結果は、信徒がその救 壬イエスに就て信ぜんと欲したことの最も偉大な償植ある部分を明かに抹殺し.彼等がその信仰から蒐集した躍 動せる動機の凡てを電へし、且その凡ての慰安を枯死せしめた。十八世紀の問人類の螢養であつた眞理と生命と の無限の番えは蕩蒸されー挽回するに由なく思ぬれる。放も尊貴なるものが土に締り、紳はその恩寵を棄て.人 ︵l一﹂ はその威厳を失ひ、天と地との問のつながりは稚たれたかに見えるぐ﹂ 最後に彼は.彼が歴史批判的に破壊したものを教義的にある程度まで何夜せんとした。但し彼はそれを、キり 5β皇
ストを信する宗教的信仰を形而上畢的彗喩に移すが如き仕方で成したのである。宗教の眞理を事寮や道徳感情の 経験や意欲に求めないで論理と形而上畢的範噂に求むるヘーゲル哲拳に準接したのである。然しこの数式的回復 の試みはこ1に間置とするには足りない。宗教批判者としてのシュトラウスの第一の仕事として充分の償檀と影 響を有するものは、イエス倖の神話的批判解繹である。そして又従来最も重きを置かれたヨハネ停を却けて寧ろマ ︵一二﹂ タイ.ルカを重要成したことである。彼はこれによつて﹁イエス樽﹂史上に一エポックを劃した。それが資料の解 剖批判に於て鉄ぐるところがあるとは云へ、又破壊に急で宿昔停承の歴史的核心を明かにする建設的な方面に貧 鶉であり不充分であるとは云へ、その解将に飴りにも葛約を重んじすぎてゐるとは云へ・∼ともあれ彼のこの書 は.その後のイエス停が、建設的に向ふにせよ.又イエス抹殺論者の如きよれ破壊的方向を取るにせよ、一度は ︵一三︶ 顧るべき尉門となつたことは事資である。この書が現はれて数年間に数十の反駁者が現はれたことによつても、 如何にそれが常時の敦界、思想界に大なる破紋を起したかゞ察せられる。人々の信仰の中心たるイエスに就ての 判期的な破壊伸業は、同時にこの昔時の人々の宗教を根抵的に震撼せしめることであつた。シュ土フウスも云ふ やうに、又何時の時代にもあるやうに、﹁敬虔家は.かくも怖るべき紳聖破壊から面をそむけ、隆国たる′信仰の自 ′ 記を懐いて、− 無法の批判は欲するま1に試みるがい1、聖書が宣言し敦曾がキリストに就て信することの凡 ︵一団︶ ては依然永遠の眞理として吃嘉し、↑粘一劃も囁らないー・iと云ふ﹂たであらう。がそれだけ開腹は重大であつ た。 − 私的にも自己の大挙での峨を奪はれた程に。 その後彼は、彼のこの書に加へられた反駁攻撃に封して激しく挙った。が一八三八年の本書第三版や、﹁キリス シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創薩 ∂∂∂
二〇 シュトラウスに於ける宗教の批判ミ創謹 ト敦に於ける︼時的ものと永久的のもの﹂なる論文に於ては大に譲歩した。然るに翌年に出た第囲版に於ては叉 ︵︼五︶ 第一版に締ったのである。そして翌四〇年から四一年にかけて出された﹁キⅥ′スト数倍仰論﹂に於て、彼はキリス ト教の教義全際に亘る精密な批判を試みたのである。彼は云つてゐる、・ぎヘーゲルの後は二つに分れ.右派が 科挙及び時代の将帥的躍進との結合を失って行ったに謝し、左派からはヘーゲルによつて試みられた哲拳とキリ スト教との調和を誤りとするものが出、凡ての宗教的思索を欺勝とし、信と智との封立が再び確立して、﹁知らん が馬に信ず﹂から再び﹁不合理なるが故に信す﹂に復節するか、或は反封に.純粋な、信仰から解放された知諦へ ︵一ふハ︶ 進んでいつた、と。そして彼シユ!フウスは賓にこの最後の道をとつたのである。﹁イエス樽﹂に於ては彼はヘー ゲル哲拳に立ってゎた主神諮はヘーゲルが概念と区別して表象と呼んだものに属し、紳撃と哲拳、信と智とは 唯形式的に異なるので、内容的には同一と前提されてゐた。﹁信仰諭﹂に於ても亦、ヘーゲル哲畢に操るところは 甚だ大である。然し、根本的な鮎でヘーゲル哲拳から睨却する。信仰は知識の範囲に高められるのではあるが、 ヘーゲルとは反射に、両段階の内的統一が主張されないで、滞たし難い間隙が高張されるのである。彼によれば、 哲畢と現賓宗教との間には、同一の内容が哲拳に於ては概念の形式に高められ、宗教に於ては感情と表象との形 式で存してゐる限り、単に非本質的差別が存するに過ぎないとするヘーゲル宗教哲拳の議論は.誤つてゐるので ある。何故なら、この議論は、非本質的のものを本質的とし、本質的のものを非本質的のものとするからである。 想像と情緒とは正に宗教の本質を構成する。この形式規定は宗教の内容の特殊性を決定する。だが滝野のものを 哲畢と宗教との共通の内容と見倣すことは無意味である。稚封のものそれ自身は直に宗教の内容ではない︵それ 占β∂
︵l七﹂ は単に哲拳の内容である︶。それは、それが情緒と想傲との封象である程度に於て宗教の内容なのであを。 かく宗教と哲撃との問の内容の同一性に閲するヘーゲルの主張が基礎づけられないと共に、又一方で哲挙が、 か1る表象、或は情緒と想像との本質的形式としての宗教に内容を宣侍し、純な理性を通して翳された哲畢的内 容より以外の、もつと不完全なものとすることは事案である。そして人間のこの性質、正碇に云へば自己認識の 衝動理性が、表象の働きを支配し、諸宗教の高揚的系列を通じて、眞理へ盆ミ近く接近せしむべく導くことも怖か である?従って眞に哲拳するものにとつては、滝封なるもの1本質やそれの有限なるものへの園係に就て、又自 然に就て、人間の決定に就ての彼の哲畢確信の鰹系は、信仰ある者にキリスト教信仰の眞理の絶鰹が保詮すると 同棲な、内的な且彼の本質の統一を完成する満足を保証するものである。哲拳と宗教とは、この意味で精紳の同 一な最高の要求を充分満たす。唯宗教がそれを感情と表象を以てするに比し、哲畢はこの最後の覆被を去少、事 ︵一入︶ 物それ自身の観想に、概念に押迫るのである。即ち曹草するものは宗教者よりも一段高位にあるのである。 斯く、ヘーゲル哲拳より抜け出でんとしたシュトラウスは、宗教からも脱却せんとした。この﹁信仰論﹂は彼 の、宗教からの、少なくともキリスト教からの、睨離の道標べである。彼がこの書忙懸けた期待は大きい。これ は﹁通俗な例で云へば、一商店の清算をなすが如き役目を教義拳に勤してなすのである﹂、そしてあらゆる鮎で ︵一札︶ ﹁避くべからざる破産﹂を宣告するものである。それは犀利明徹を以て寛いた厳密な畢術的な書である。教義拳よ りも寧ろ教義史である。彼は各教義の成立と草津とを一歩一歩追求した。彼によれば、﹁教義の眞の批判はその歴 ︵∵つ︶ 史である。﹂各人の主観的批判は子供にも止め得る樋ひの流れに過ぎぬが.世紀を通じて客観的に行はれ禿たつた シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創設 ∂β7
シュトラウスに於ける宗教の批判ミ創設 二二 批判は水門乞も埴をも粟り越える大河の流れだ。従って彼は、この書から﹁教義の唯一の目的は歴史にょつて自 ︵二 己を破壊することである﹂といふ印象を受ける稚に、綿密にその歴史的発展を辿る。各教義の系列の初めに先づ 聖書の教へるところ.次にそれの苗カト∴リツク教曾への牽展−スコラ的加工、完成。次にプロテスタントの敦 へ、ソキヌス藩主それは一の過渡をなし、合理漉からシュテイルマツヘルの信仰論、そして最後に思耕的な婁 化と昇準。それは再びヘーゲル哲畢である。これの助けにょつて紳戟.キリスト諭、救済諭、不滅論専が、表象 の教義的形式から概念の哲拳的形式に登へられる。教義は宗教哲拳になる。信仰は知識の範囲に高められる。然 しこ1で彼がへ−ゲル哲単に別れることは既に述べた如くである。両者の内的統一は認められない。キりスト数 倍仰は哲拳の前に﹁破産﹂する。彼は智の世界にのみ最高のものを見たのである。更に彼の解明を聴かう。 ︵二二︶ 抑上凡ての宗教は啓示に基礎を置いてゐる。キリスト教に於ても同様である。従って啓示はキリスト教信仰諭 ︵こ≡︶ の形式的根本概念である。然らば琴ホは如何にして現顛するか。−・l封自的に理性である精紳が、その理性によ って未だ透徹されない直接の向自存在に、ある他のものとして理性を封宜せしめる。凡ての精油的内容はこの場 合この客動的方面にある。王観的のものは墨虚、或は欺縮約な感魔的内容で濡たされてゐる。主観的のものは客 槻的のもの1精細的充溢と決定とを得なければならない。それがこの場合啓示として現はれるのである。琴ポの シルシ 外にある主観が啓示を認めるのは、外的、客観的休後にょつてである。即ち政言と奇蹟。そこで蜃 輿へられた啓示が紳からのものであることは如何にして認められるかナ・それを示す換言と奇蹟とによつて。 然らばそれが事葦汲言であり奇蹟であることは如何にして知り得るか? それは聖書の紆明に操る。聖書の澄明 βββ
の異なる所以はで それが過誤なき紳忙よつて輿へられたものであるから。では、聖書が紳から輿へられたこ と、即ちそこに紳の眞意の示されてゐることは何によつて知るかで 我々が聖書を謹む時に輿へられる聖釜の内 的澄明にょつて。然らばこの澄明が、我々自らの精神の輿へるもの或は我々の外部にある邪悪な欺瞞的な婁など の輿へるものではなくて聖婁の輿へるものであるといふことは如何にして認め得るか?ぎ1こ1に正統派の倦系 の糸は断稚する。啓示の静的証明の代りに人間の澄明が現はれるのである。即ち聖書の眞なる事及び信するに足 る事から、それが紳の啓示を物語るものであるといふことを眞理だと結論し、又聖書の紳に相應しい内容から、 それの紳的起源を結論するのである。 然しか1る人間の澄明に射しては、同時に又疑問も出し得る。即ち、故意にしないにしても自欺から、或は神 話停設の歴史的構成に暗いところから、聖書を眞であり信ずるに足るものであるとしてゐるのではなからうか? 聖書は雑多の書から成ってをり、そこには充たされない琴富もあるし、又奇蹟も、神話的膵繹や自然の事発として の説明により解滑されるのではないか? 等等。斯くして結局啓示の中に.人間自身の法則−−理性の法則では なく、人の感情と想像力との法則が認められるに過ぎない。人間はこの二重人格的想像力に手を伸べてゐるので、 それが自らに復節すればそれは滑えて了ふ。但しこれは、知識ある者にのみ許された行程である。精神に満たさ れた者のみがよくか1る自己の想像的欺瞞から逃れ得るのである。精神を内に有たぬものはそれを外に有つ。漢 音すれば、自ら決定し得すしてある構成の決定に依らんことを求める者、即ち坤性信仰に熱してゐない者が、啓 示信仰に止まるのである。こ1に人間赦骨の二つの階級、即ち知識ある者と、一般民衆餌ち常襲的でない者との シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創設 占(S9
問の溌抑がある。それは多分決して砺たされ符ないものである。
かくてシウ!フウスは彼の鮮明の最後に力強く云ふ、﹁故に、信仰ある者は知識ある者をして、又後者は前者をして、各自の遣を穏かに行かしめよ。我等は彼等に彼等の信仰を許す。彼等は我等に彼等の哲拳を許せ。若し驚
倍なる者が我等を彼等の致命から追放するならば、我等は寧ろこれを良しと見る。霞まれる調停の如きは無益で
︵二四︶ ある。唯封尭者の分離こそ望ましい。﹂かくして、﹁シ言ラウスが死ぬ少し前にその有名な著作﹃奮信仰と新信仰﹄のなかで公にした最後の信仰常白
︹こ玉︶ は、彼を異に知ってゐた人々にとつては、大して驚くべきことではなかつた。﹂こ1に、彼が既に1信仰諭﹂のキリスト教教養の批判の結果獲得したもの、優位にあるものとしての宗教からの訣別が示されると共にー更に蹟極的
に、新科挙と結ぶあらゆる考察によつて彼はその人生観、世界漑を基礎づけんとしてゐる。けれどもチエラlも ︵二六︶ 云ふ如く、こ1に輿へられたものは哲拳脛系ではなくて、寧ろ1一つの信仰告白である。﹂新科挙が番信仰に封立するのではなくて﹁新信仰﹂が﹁奮信仰﹂に射光してゐるのである。
彼はこの書に於て四つの間挺を提出する。第一に﹁我々は猶キリスト教徒であるか﹂−次に﹁我々は猶宗教を宥するか﹂、そして﹁我々は如何に世界を理解するか﹂﹁我々は如何にして我々の生活を塵頓するか﹂の川項目である。
先づ我々は猶キリスト教徒であるかり・勿論﹁声もある。我々は聖書そのものをもー畢に天啓の番として無條件
に受入れ難いことを既に知ってゐる。又コペルニカス以来の天文拳は.そこに示された宇宙の創造、天地の構成よりは渇かに凝った宇宙の生成構造を数へてゐる。そこに語られた人間その他の生物の創造は、新料率の教ふる
シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創設 βク0生物の費生展開とは似ても似つかぬものである。蛇の形した悪魔の誘惑、人間の椿罪∃それは古代に多く見ら れる、蛇に射する嫌悪、或は経み多き人生に封する詮明の一つの幼なき表現に過ぎぬ。罪なき者が罪ある者の馬 に犠牲となつて死ぬ丁−1それは未開人の取引の方法であり、野暮なる者の表象の仕方である。その他、1−車す るに我々の祖父の奉じ来ったキリスト教の信仰、それに基く儀式等凡てはー現在の我々の受納し難いところであ る。そこで我々が躊躇なく正しく正直に云ふとすれば、﹁我々は最早キリスト教徒ではない﹂と告白しなけれぼな ︵二七︶ らない。 ︵二八︶ 我々は最早キサスト教徒ではない。でも我々は猶宗教を有ってゐるであらうか?﹁然り﹂而して﹁香﹂。何故なら ば、古い宗教、従来宗教と目されてゐたものは、新知識に養はれた我々には最早無用であり受入れ難いものであ るが、我々は新しい宗教.即ち﹁新信仰﹂を有するからである。然らば何故に我々は我々祀先が有ってゐた宗教と 紋別しなけれぼならなかつたか? 先づシュトラウスの従来の宗教に閲する見解を見やう。彼によれば.﹁宗教と ︵二九︶ は従来の概念規定によれぼ、紳の認識と崇拝及び未来生活の信仰である。﹂抑そ宗教は如何にして畢生したかと云 ふに、理性なくしては宗教なしと云ひ得る。即ち何か出来事に打つかつてその際因を尋ね、その根源を採らうと する衝動と能力があるところに初めて宗教が生れる。然しこの客靭的な理性衝動だけではいけない。か1る無私 の知識衝動、眞埋衝動よりもより根本的なものとして、人間の安寧を巽ふ衝動のあることを認めなければならな い。二言に言へば、自然人生の種々相から輿へられる恐怖は、入関の安寧福祉を糞ふ心む動かし、事の眞相を知 らんとし、不充分なる知識を想像が補ひ、こ1に宗教的意味に於てより高い本質を認め、旦未来の生活を麹望せし シュトラウスに於けろ宗教の批列ミ創設 5ジJ
二六 シュトラウスに於ける宗教の批判寸1創設 めるに至る。多紳敦であれー神教であれ.兎に角如何なる宗教にも紳柏木質の表示と奉仕とがあり、叉未来車活 二ニ〓﹂ の期待は本質的な附魔物として紳信仰に伴つてゐる。 然し今や我々はか1る宗教から離れ去るのである。一鰐宗教は.その本来の可能的要素として理性、知識衝動 を有ってゐたにしても.そこには想像力の結合がなければならぬ。人間の知らんとする衝動.何ものかに節依せ んとする感情、殊に人間の宿祉を巽ふ欲望、そこに想像の力が加ってか1る宗教表象を成立せしめるのである。 そこで、人類の精紳教養と宗教とは、その教養が特に想像力の形で留ってゐる限りは相伴ふものである。ところ が人間の理知的教養が豪速し、殊に自然を周到に観察してその法則を究めるやうになつて来ると、宗教は次第に制 限され贋迫されて来る。﹁人的露魂に於ける宗教的領域は、アメリカの赤色インディアンの餞土のやうなものであ ︵二二︺ る。人がそれを悲しむにせよ非とするにせよ、その日色の隣人によつて年々狭められて来るのである。﹂斯くして 現在の我々は、祖父の宗教を受入れるぺく徐りにも洗い智的教養をもつってゐる。か1る宗教に甘んじ符ない理 解力を有し、自然の理法を明かにしてゐる。我々は最早宗教を有たない。然り宗教を有たないのである。︵こ1ま では﹁信仰論﹂の結論の一般化である.Y−然るに.悲しくも又穀ばしくも、我々は獅宗教を右するのである。 ﹁制限あるにせよ費韓あるにせよ.それは鹿波ではない。宗教は我々にあつて最早それが我々の軌先に於てあつ ︵一三 た如きものではない。然しそれだからと云って我我から宗教が消滅し去ったのではない。﹂ こ1でシュトラ 才的な夢想者のゐたことをひ夢想者は刺激を輿へ.高みへ引き黎げ、文展史的に大なる影響を看ち得る。然し我 占9β
々は人生の某内済として彼を選ばうとしないであらう。若し我々が袖の影響を理性の統御の下に置かないならば− 〇三こ﹂ 彼は我々を躇み迷はすであらう﹂とイエスに就て云った彼。そしてキリスト教を、父一般に宗教を理性の下位に 置いてこれを批判し、これを拒否した彼。その彼が新しい知識の綜合の結果新しい宗教を建てんとする。そこで ニイチエは云ふ、﹁ところで我々は更に知ってゐる。そこには天才のない夢想者のあり得ることを。刺激を輿へす 高みへ引き上げす.而も人生の案内者として歴史的に甚だ久しく影響を及ぼし搭乗を支配しやうともくろむとこ ︵≡四︶ ろの夢想者のあり得をことを。彼等の夢想を理性の統御の下に置く必要は一屠甚だしい﹂と。シユ.トラウスのそ れが夢想であるか香かは暫く別とするも、彼のこの世界戟人生鵜に、彼の誇僻するこの﹁新信仰﹂に、可成り破綻 のあることは事賓であり.叉通俗論であることは認めなければならない。 ﹁汝と、汝が汝の中に又汝の周囲に知覚する凡てのもの、汝及び他の者が遭遇する凡ての椚衆事、それらは何の関 連もなき断片に非ず、原子或は偶然の相野なる混沌にも非すして.凡ては永遠の法則に従ひつ\あらゆる生命. 雷ゆる理性・雷ゆる菩の竺の根源より覆するものなるを忘る勿わβこれがシュトラウス自らの云ふ﹁宗 教の精髄﹂である。我々は既に紳を央った。然し我々は依然としてある究療なるものに依存してゐる。それは﹁宇 ︵三六︶ 宙の理念﹂或は単に﹁宇宙﹂と呼んでよいものである。それは我々の知兜及び思惟が我々を導いてゆく最後のも の、それ以上に我々の越え得ない究極の原因である。凡てのものはこれに依存する。それは、ある稚射的に坪性 的な、書き人格者︵紳の如き︶の創造物ではなく、それ白身超射的に坪性的な書きものであり、それ自身原因でも あり、作用でもある。それはある最高坪性にょつて設計されたのではなくて∵最高坪性の上に設計されてゐるの シュトラウスに於ける宗教の批判寸J創設 占ク3
︵≡七︶ である。そこには幾多のもの1生成発化、蓉遷衰退がある。然し全線としては先の瞬間に於けるよりも後の瞬に
於てより完成してゐるといふことなく、叉その反射もない。全鰹に於ては、生成発化、費達衰退のあらゆる段階
が互に存立してをり、互に無限に相補って全醍の調和の妨げられ乱されることはない。そこには唯、無限に活動
する素材があり、蓉澤退化新生衰滅しながら永遠の園を措いてゐるのである。各素材は各瞬間にその目的を達成
しっ1或る交代愛化を行ってゐるのであるが、然しその向上も退化も、この全鰹の中にあつては、喉柏射的概念 ︵二八︶に過ぎないのである。全鰹としては破綻なき調和を保ってゐる。、そこに支配する永遠の法則に従って、凡てのも
のが永遠に活動してゐるのみである。こ1にけ二切の目的論的見解は除去されてゐる。云迂盲製作者のない時計 が、又何の馬に時間を示すといふこともなく.唯必然的に機械的に無限に時を刻み頼けてゐるのであるJ凡てのものゝ原因である宇宙は理性的であり菩であると云ひながら、その作用その法則に何等精静的のものが考へられ
︵三九︺ ることなく、唯機械的必然的な活動が認められてゐるに過ぎない。無限の素朴の必然的な所動があるに過ぎない。精神的に考へられた宇宙のやうでありながら賓は甚だ機械的唯物論的である。ところでシュトラウスによれば、
人間はとの宇宙に封して泡射的に蹄依し、篤信なる者がその紳に捧げると同じ敬虔を捧げなければならないので
︵M︰.︶ ある−ト1・j、さて人間は、ダーウィン流の進化によつて下等なるものから進化して来た。そして人間が人間たるの決定的な
︹円
黙は臓の蕾蓮である。これによつて人問は人間としての費遷を完了したJ﹁連動がある使件の下で熱に牽ずろなら ︵円一一ノ ば、それが感覚に愛するやうな俵件もあるであらう。﹂それは脂であり紳経組織である。凡ての柿紳的な働きは人 シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創設 創り間の物質的組織に依存してゐる。我々は最早重肉の二元の封立を許さない。だが、かく唯物論的に考へられかけ た人間も、彼によれば再び、一方では外延的な非思惟的な、他方では思惟的な、即ち肉性的でもあり精紳的でも ヽヽ ︵円−一っ ヽヽ あるものである、き貰に﹁我々は凡てか1るものなのである。﹂ 人間は最早、勿論紳から何等の目的をも輿へられてゐない。自然の内在的な目的が備ってゐるのでもない。人 ︹円田 間は、これもダーウィン流の、生存競争により自然淘汰によつて、その生存を清けてゆくものである。競争に膠 ち、自然に邁應した時.そこに過去の生活があり又未来への生活がある筈である。然るに又、人間は畢なる自然 ︵円五︶ 物ではなく、人間に昼.種族の理念﹂なるものがある。人間が、自己の単に自然物でないことを忘れす、この種族 の理念を一部は自己の内に賓現し、叉それを他の者の内にも認め且要求せんと努力するところに人間道徳の基本 があるのである。即ち、自然の中にあつて、生存競争を虚し自然淘汰をうけつ1生活を辿る筈の人間が一同時に 自然を超克し、種族の理念なるある高い法則か目的かをもつて、その賓現に努めなければならないのである。 唯物論と観念論との夫々の不足を禰ひ、料率的探究と哲拳との結合によつて新しい人生観世界観を打建てん ︵四六︶ としたシユ!フウス自身が、こ1に果してそれ以上のものを塁訳したか。それは果して新しい統一をもつた思想 であらうか。香、人を引き上げるに足る﹁新信仰﹂であらうか。寧ろそれは、自家撞着に満ちた折衷以外の何物で もないではないか。彼は同時に概念論着であり唯物論者たらんとした。ヘーゲル哲学が行きつまり、新カント凍 の新しい樽向が既に起ってゐた時、へ−ゲル哲拳の残浮から猶披けきらず二方で未だ吟味を要するダーウィンの ︵円ヒ︶ 詭壱そのま1受期した彼は、﹁自然科挙的に早過ぎ哲拳的に遅過ぎた﹂とも云はれるであらう。更に叉﹁新信仰﹂の シュトラウスに於けろ宗教の批判ミ創設 ∂9β
シュトラウスlこ於けろ宗教の批判ミ創設 三〇 創始者と見ての彼は、ニイチエの所謂﹁教養ある俗物﹂の名に屈すべきではなからうか。然し、彼の﹁イエス停﹂に 始まる宗教批判は.過波的の感は深いが、ヘーゲルの後に乗る現在にまで重要な一方向として、充分の意味を有 つことは認めなければならない。 証
︵︼い A芦ert∽上が司ei諾r−¢e箆bicb︷e del Hあben JeP2・句○語ど長︵柏AuP一望00︶p A
︹テ︶︰P㌻巨買戻−Abbandlungeロヨー1den言m︵計m洛gWpざ訂iten de︰邑urlie訂n ReligiOロ︵−蒜eがあろが、特に聖書批
判に就て重要なのl‡ScどtぎFriかOd2rApOざgie2りdie霊r−︸旨買genくereど彗GOtte切でみり、︰れの一部にレツ シングlこよつて所謂亡WO︼許nbぎtel字義2苫tS;写して一七七四年以死出版苫れ圭が、定言二八五〇董五二の=N ei︵胃冒き読r bistOr軒訂巧訂010gie−、にW、R一〇結がその完全花刊行を試み圭。シュトラウスり㌻Ⅰ︷■S・R㌻E弓uS 亡ndsein什許ぎt崇のぎi音2rdi¢扁r2旨genくere冒erGOtt包ミトe甘軋gこ苫柏にこの著の全健的解剖夢二甲してゐる。 ︵三︶ Sc’尋乱t買こbid.弾∞旭− ︵四︶ シュトラウス日月そり﹁イエス俸﹂の序論中に征衆の紳詩的解繹の跡な辿ってゐろ。S︷rau乳巳訂○へJ訳uS−tr・b竃Gi・ 〇rg¢些iOt︵ひtF ed・−−苫e p・詑∵ヌ本書原本初版はーS詑γム声 ︵五︶ 01tO崇︼2こ包・eイが上鴇の音に寄ぜ圭序文ibid◆p●舛 ︵六︶ ゴぎid巧勺r、ib芦p・舛l−国︸T ︵七︶ S−⊇u乳︼とが已J貌u馳−p.悪勇 ︵八︺ 禁−・Pu芦⋮bidワ諾丁彗 ハ九し ぎu−・聖︼ibい㌢p・≡いC、彗芦 ︵岩︺ 哲r呂潔ibid・p.竺丁⊥蒜 戊裕
︵一一︶ 謹r琵琶−p・謡可 ︵≡ 現在で・lぺマタイ.ルカよりもマコのカがより重電祝され、更に資料分析に精緻を加へてゐろが、それらの越つ㍗叙 述豆三枝氏の近著、﹁基督時代﹂八東以下参照。 ︵;︶ 才オ尋eit願r−ibid●eト㍗悪声 ︵声し S︷r呂訟−巳訂○︻Je呂職、p一讃↓ ︵一五︶ Sす瘍、せ訂eg邑ic訂Gl呂bens︼e冒ei已hrergescbiebtlicFen賢tまcEungund山m内琶pへmitdermOdern昏W・ i協e口汚Fp辞 ︵く○︼.Ⅰ.−00告いく○−●Il●−00告︶ ︵一六︶ S︷r誓澄gl呂beusleF2−く○︼・︻−∽・−Ⅰふ ︵完︶ St⊇亡顎こbid.∽.︼寸 ︵一︿︺ Stぺぎm∽−ibid■㌘誌−諾 ︵一九︶ StrPl届こbid●S−舛−舛Ⅰ ︵ニ○︶ Str警戒こbid−Pご ︵三︶ プライデラー、伊達諸、宗教哲撃史、五五二頁 ハ云︶ Sth空家ダibid●S●芸 ︵二三︺ Stra竜こbid●S●∽巴芦 ︵ニ四︶ 望r芦き∴b∑・㌘∽宗 ︵ニ五︶ プライデラ\宗教曹畢史、五五三賞、シュトラウスの=の著、=D2・已teunddニ・nel岩Gぎbe。に一八七二年−こ 出tが、=れが現はれろ遷に、その一信仰論﹂に於て紳撃から離れ、博記吏ニュ青いてゐt彼が後lニ再び紳単に阿り、 −−.D琵訂benJ作Sn冒rd諾d昌l巽訂く01k.。−00芦に於ては資料の故ひも進み、イエス日月り生産l二就てもつ寸J建設 シュトラウスl二於けろ宗教ゐ批列ミ創設 ∂97