2020 年度テーマ研究論文
研究科 大学院会計研究科
専攻 会計専攻
学籍番号 48180020
氏名 春日井 薫
主査 村松 洋介
副査 伏見 俊行
副査 松本 敏史
論 文 題 目
主題 働き方の多様化における給 与所得該当性判断
副題 - 雇用的自営者の課税問題 -
働き方の多様化における給与所得該当性判断 -雇用的自営者の課税問題-
<研究の概要>
研究の目的
本稿の目的は、就労形態の多様化を踏まえ、給与所得の該当性判断について検討するもので ある。給与所得とは、従属的かつ非独立的労働による対価であるとされ、その性質上、従属性と非 独立性が前提とされてきた。しかし、近年のITの発展や、働き方の多様化に伴い、給与所得者の 従属性は年々希薄化しており、給与所得の概念に変化が見られると想定される。
一方、クラウドソーシングの普及等を背景として、組織に従属せず、フリーランスとして働く者が増 加している。彼らは自営業者であるが、中には特定の使用者に依存して仕事を請け負うケースも多 く、実態としてはほぼ被用者と変わらない働き方をしている者もみられる。このように、被用者と事業 者の中間に位置する者の増加が明らかとなり、彼らの所得に対していかに適切な所得区分で課税 を行うかが問題となる。働き方の多様化が今後さらに進むことが想定される中、変化していく給与所 得の概念をどのように捉えればよいのか、改めて給与所得の概念とその該当性判断について検討 し、多様な働き方を前提とする給与所得該当性判断のアプローチを試みるものである。
1、給与所得の意義と問題の所在
まずは、税法、学説、判例、行政解釈を通じ、給与所得の意義について確認した。
給与所得と事業所得の区別については、昭和 56 年最高裁判決において、両者の判断基準が 示されており、その後の裁判等でも、この基準を踏襲して、給与所得あるいは事業所得の該当性が 判断されている。学 説上は、給 与所 得は、労務 の従 属性 と報酬 の非独立性の程度を総 合的 に勘 案して判断するとされ、基本的には、給与所得の性質は従属性と非独立性を前提としている。しか し、その線引きは明確でないケースも多く、総合的、相対的な判断となることから、従来から給与所 得と事業所得の区別は問題となるケースが多かった。具体的事例については、2 章で取り上げるが、
特に問題となるのは、従属性の程度の不確かさである。例えば、先の昭和 56 年最高裁判決は、重 視すべき判 断要 素の一つとして、空間的拘 束性 をあげていたが、これは現在の働き方においては 必ずしも当てはまらないことは明らかである。
このように、そもそも、給与所得該 当性判 断の境界 線や、判断要素、判断の程度を明 確に示す
ことは困難であるが、働き方の多様化により、その判断はさらに複雑性を増すことが予想される。
2、判例分析
過去の判例 を時系列に確認し、それぞれのケースにおいて明らかにされた意義、重視された要 素、該当性判断のアプローチを検討した。具体的には、日本フィル楽団員事件、弁護士顧問料事 件、九電 検針員 事件、麻酔 科医 師報酬 事件、塾講 師料 事件を取り上げた。これらの判 例に共通 することは、どれも労務の従属性が必ずしも明確ではないという点である。労務の従属性が必ずしも 強く認められないケースにおいて、最終的な給与 所得該当性 判断の決め手とされるのは、報酬の 非独立性であることが傾向としてみられた。特に、最後に取り上げた塾講師料事件(東京地裁平成 25 年)判決では、「従属性が希薄であることをもって給与所得該当性を否定すべきではない」ことを 示した。このように、給与 所得該 当性 判断において、従属性の重 要度 が低 くなり、相対的に、報酬 の非独立性の重要度が増していることがうかがえる。
3、給与所得該当性判断要素の考察
給与所得該当性における判断要素について、掘り下げて検討を加えた。
まず、給与所得の該当性は、その契約の性質により左右されるものではないことが、過去の判例 で明らかにされている。次に、労務の従属性については、「使用者の指揮命令に服しているか否か」
を基準として判断される。しかし、この判断については、様々な要素を総合的に判断する必要があり、
何をもって従属的と判断するかの基準が明確でなく、判断に不安定性があるといえる。一方、報酬 の非独立性の判断については、麻酔科医師事件(東京地裁平成 24 年判決)において、「経済的 活動 の内 容やその成果 等によって変動し得る収 益 や費用 が誰に帰属するか」、あるいは「費 用が 収益を上回る場合などのリスクを誰が負担するか」という点で判断することが示され、従属性よりも明 確な基準が示されているといえる。
4、給与所得該当性の判断アプローチ
これまでの判例分析や考察を元に、多様な働き方を念頭においた給与所得該当性判断のアプ ローチについて検討した。検討される要素は三段階あり、まず、使用者と従業者の地位に基づく分 類を行う。これは雇用契 約に基づくか否か、事業者性が明確か否かで判断する。次 に、使用 者へ の従属性の程度を検討して、従属性があるものとないものに分類する。ここでは特定の使用者への 専属性や諾否の有無、代替性等が考慮される。最終的には、報酬の非独立性により、給与所得該 当性を判断するというアプローチを検討した。
<給与所得該当性の判断アプローチ>
5、多様な働き方の当てはめ
4で検討したアプローチに基づき、給与所得該当性を検討した。雇用契約に基づく場合は、いか に非従属的な働き方、独立的な報酬であろうと、給与所得に分類される。フリーランスの場合、使用 者(=顧客)に対する従属性がない場 合には、事 業所 得に分類されるが、特定の一社に専 属する 等、使用者に対する従属性が認められる場合、報酬が非独立的であれば、給与所得に分類される と考える。
結論
給 与所 得者の従 属性が希薄 化する中で、労 務の従属性の程度のみでは、給与 所得 該当性の 根拠を求めることが困難となった。そこで、まずは使用者と被用者の関係性に着目して給与所得該 当性を判断することを試みた。
次に、今後増加が予想されるフリーランス、つまり、被用 者と事 業者 の中 間に位置する者 の働 き 方を想定して、使用者へのある程度の従属性が認 められ、かつその報酬が非独立的なものであれ ば給与所得に該当するとした。税制の働き方への中立性の観点から、フリーランスであっても、その 実態が被用者と同じならば、同様の課税体系であるべきであると考える。
しかし、現状、これに該当するケースであっても、事業者側の都合を考えると、給与所得として課
①地位的
従属性 ㋐被用者 ㋒事業者性が明確
②労務の
従属性 なし
・収益や損失が帰属しない
・労務の対価性を有す
・収益や損失が帰属する
・成果に対する対価である
(非独立的) (独立的)
従属性あり
③報酬形態
㋑ 中間
給与所得 事業所得
※フリーランス、雇用的自営者等
(業務委託契約、請負契約他)
■九電検針員事件
■日フィル楽団員事件
■麻酔科医師事件
■塾講師事件
※社員、アルバイト等
(典型的な雇用契約者) ※伝統的自営業者
■弁護士顧問料事件
税されているケースは少ないであろう。政策として多様な働き方が推進されるならば、働き方に対し て中立な課税を実現する制度の整備 が必 要であり、より実態に即した所得分類を可能とする指針 が示されるべきではないかと考える。
目 次 はじめに
第1章 給与所得の意義と問題の所在 ... 10
第1節 給与所得の意義... 10
1. 所得税法上の給与所得 ... 10
2. 学説上の給与所得 ... 11
3. 判例で示された給与所得(弁護士顧問料事件) ... 12
4. 行政解釈としての判断基準 ... 14
第2節 問題の所在... 16
1. 課税実務上の差異の確認 ... 16
2. 働き方の多様化における問題 ... 17
第2章 判例分析 ... 19
第1節 日本フィル楽団員事件(東京高裁昭和47年 9月 14日判決) ... 19
第2節 弁護士顧問料事件(最高裁昭和56年 4月24日判決)... 22
第3節 九電検針員事件(福岡地裁昭和62年 7月21日判決)... 24
第4節 麻酔科医師事件(東京地裁平成24年 9月21日判決)... 28
第5節 塾講師料等事件(東京地裁平成25年 4月26日判決)... 31
第6節 判例の小括... 34
第3章 給与所得該当性判断要素の考察 ... 36
第1節 給与所得の従属性... 36
1. 雇用契約又はこれに類する原因 ... 36
2. 指揮命令下の労務提供 ... 39
3. 小括 ... 41
第2節 給与所得の非独立性... 41
1. 給与所得の非独立性 ... 41
2. 非独立性の判断 ... 43
第3節 小括... 44
第4節 従属性と非独立性の関係 ... 45
第4章 給与所得該当性の判断アプローチ ... 48
第1節 新たな判断アプローチの検討 ... 48
1. 判断基準における問題点 ... 48
2. 従属性と非独立性の関係 ... 48
3. 判断アプローチの構造 ... 49
4. 被用者性(=地位的従属性)の判断基準 ... 50
5. 労務の従属性の判断 ... 52
6. 報酬の非独立性の判断基準 ... 53
7. 小括 ... 55
第2節 判例の当てはめ ... 55
1. 日フィル楽団員事件 ... 56
2. 弁護士顧問料事件 ... 56
3. 九電検針員事件 ... 57
4. 麻酔科医師報酬事件 ... 58
5. 塾講師料等事件 ... 59
第5章 多様な働き方への当てはめ... 60
第1節 多様な働き方と給与所得該当性の判断... 60
1. 雇用契約にもとづく従業者 ... 60
2. 副業・兼業 ... 60
3. フリーランス ... 61
第2節 雇用的自営 ... 61
1. 雇用的自営者とは ... 61
2. 雇用的自営者における所得分類の問題点 ... 62
第3節 雇用的自営に関連する事例... 63
1. タニタの例 ... 63
2. 電通の例 ... 64
3. ヤマハ音楽教室講師の例 ... 65 おわりに
はじめに
本論文の目的は、就労形態が多様化していることを踏まえ、給与所得該当性判断のアプローチ の再定義を試みるものである。
ITの発達により、多くの業務がオンライン上で行われるようになった。今や会社員であっても出社 せずに自宅で仕事ができる時代であり、会社という「場所」に拘束されない働き方が可能である。
ITの発展は、シェアリングエコノミーという新たな経済市場も生み出した。人々がインターネット上 のプラットフォーム企業を介して、時間・場所・モノ・サービス・スキル等を共有することで価値を生む 市場であり、それは労働市場にも影響を与えつつある。例えば、エンジニアやプログラマー、デザイ ナーやライター等、一定のスキルを持つ者は、プラットフォーム企業を介して仕事を請け負うことで、
一定の所得を得ることが容易になったため、独立してフリーランスとなる者が増加している。彼らは、
事業主ではあるが、従来型の伝統的自営業者と比較して従属的な働き方が特徴であり、「雇用的 自営者」とよばれている。また、専門スキルを持たない者でも、プラットフォーム企業を介して、都合 の良い時間に簡単な仕事を請け負う働き方がある。例えば、Uber Eats の配達員や、家事代行サ ービス等である。このような単発的な労働力の提供による働き方はギグワークとよばれ、これにより主 な所得を得る「ギグワーカー」も増えてきている。
このように、ITの発展が、時間や場所、組織に縛られない働き方を次々と可能にしてきた。そして、
政策や社会状況もその流れを後押ししている。2018年以降の「働き方改革」政策では、社員の副 業や兼業が解禁され、一社専属で働くのではなく、個人が複数の収入源を持つことが身近になっ た。また、育児や介護等でフルタイムで働くことが困難な人であっても働きやすいように、時間や場 所に縛られない柔軟な働き方が推進されている。さらに2020年にはコロナウィルス蔓延の影響で在 宅勤務が急速に定着した。このような現状から、労働者が「時間や場所に拘束されない」、あるいは、
「組織に専従しない」といった働き方が、今後より一般化していくことが予想される。
一方、個人の給与所得とは、学説上、従属的かつ非独立的な労働の対価であるとされ、その判 断基準としては、昭和56年最高裁判決で示された基準が定説とされてきた。従属的とは、使用者 の指揮命令に服し、何らかの時間的・空間的拘束を受けることを指し、非独立的とは、自己の計算 と危険において独立して営まれていない、すなわち事業所得ではないことを意味する。しかし、現代 の給与所得者は、時間や場所の拘束を受けないケースも多く、使用者に対する従属性も希薄化傾 向にある。反対に、現在増加している「雇用的自営者」のように、事業所得者であっても、所得変動 のリスクが少ない定期定額の委託契約で所得を得るケースもある。このように、就労形態の多様化
に伴い新たなスタイルの働き方が登場したことで、給与所得と事業所得の区分に問題が生じている。
つまり、従来想定していた給与所得者や事業所得者の概念に当てはまらないケースが増加してい ると考えられる。このような流れからか、最近の判例においては、従属性ではなく、非独立性の方を 重視して給与所得該当性を判断しているケースがみられる。
本来、所得分類の意義とは、所得の性質に応じて課税所得の算定を行い、担税力に応じた課 税を実現しようとするものである。従来からの所得分類の判断基準が、現在の多様な働き方に対し て適切に機能するのか検討したいと考えたのが、本稿執筆の動機である。
給与所得の性質が、元来従属性にあるならば、それを前提に課税制度が設計されているはずで ある。従属性の希薄化が進む現代の働き方において、給与所得の概念をどのように捉えれば、今 後の多様化の流れに対応できるのか、給与所得該当性基準について考察し、給与所得該当性判 断のアプローチの再定義を試みたい。
第1章 給与所得の意義と問題の所在
所得税 法では、所得はその性質や発生 の形態により担税力が異なるという前提に立ち、その源 泉や性質により所得を分類し、それぞれの所得に応じた計算方法を規定している。具体的には、所 得を、利子所 得、配 当所 得、不 動産 所 得、事業所 得、給与所 得、退職所 得 、山 林所 得、譲 渡所 得、一時所得及び雑所得の10種に分類し、それぞれの性質に応じた所得金額の計算方法を定め ている。これにより各人の担税力に応じた課税を実現することが、所得税法が最終的に目的とする ところである。したがって、課税庁がこの目的を達するためには、所得を性質に応じて適切に分類し、
捕捉することが重要であることはいうまでもない。納税者にとっても、所得分類は課税所得の計算及 び納 税額 に大きな影響を及ぼす問題である。所 得の分類は、課 税庁 及び納税者 双方にとって重 要な問題である。
本稿では、給与所得の所 得区分の問題 について取り上げる。給与所得該当 性の問題は、従来 から、特に事業 所得との区別において争われるケースの多い論 点ではあるが、近 年の働き方の多 様化に伴い、今後さらに給与所得と事 業所 得の判断が困難なケースが増加すると想定する。まず は、所得税法、学説、判例、行政解釈上の給与所得の意義について確認する。
第1節 給与所得の意義
1. 所得税法上の給与所得
所 得税 法は、「給与所 得 とは、俸 給、給 料、賃 金、歳費及 び賞 与並 びにこれらの性質 を有する 給与(以下この条において「給与等」という)に係る所得をいう。」と規定している(所税 28条 1項)。
条文上、給与所得の一般的な性質や定義は示されておらず、給与所得に該当する具体例を列挙 するのみである。そのため、給与所 得の内容は、列挙されているものの内容 を確認し、共通する性 質を読み取ることにより帰納的に把握される必要がある。以下が列挙された具体例である。
① 俸給とは、公務員が受け取る給与である。1
② 給料とは、一般に、広く雇用契約における労務の給付に対して支払われる報酬をいう。2
③ 賃金とは、使用者が労働者に労働の対価として支払う金銭その他のものである。3
1 水野忠 恒編 『テキストブック租税法 』 (中央 経済 社 2016) 84頁 宮崎 綾望 著
2 法律用 語研 究会 編 『法律 用語辞 典(第 3版 )』 (有斐 閣 2006) 251頁
3 前掲注 2 977頁
④ 歳費とは、国会議員に支給される給与である。4
⑤ 賞与とは、一時的な給与である。51
列挙された5項目を概観すると、基本的には広く労務提供の対価を指していることがわかるが、この ように、直接的な定義を与えず具体例の列挙のみで表現しているのは、所得税法における給与所 得の規定のされ方の特徴的な点であるといえる。
これについて佐藤英 明教 授は、「給与所 得については、所得税 法よりも先に日本の社会 に『給 与にあたるもの』が存在し、その『社会通念上の給与』が法律上『給与所得』として取り込まれ、規定 されているという構 造をもっているからだと考えられる」6と指 摘している。つまり、所 得税法 における 給与 所得は、法制定当時 に、社会 通念上給与と考えられていたものを反映させたものであり、「所 得税法上の給与所得」と「社会通念上の給与」は密接な関係にあるといえる。
佐藤教授はさらに、「給与所得の意義を明らかにするということは、給与所得に与えられる法的効 果も考慮しつつ、社会通念上『給与』と考えられているものの意義を明らかにするという作業」6 であ るとする。では、劇 的な社会 的変 化があり、「社会 通念上 の給 与」の概念が変化した場合、それに 伴って「所得税法上の給与所得」の概念も変わるのであろうか。そうであるならば、所得税法が規定 する給与所得の概念は、かなり弾力的なものであると捉えることができる。この点については、本稿 の後半で試みる、給与所得該当性判断アプローチの検討の中で明らかにしたい。
2. 学説上の給与所得
金子宏名誉教授は、給与所得の意義とは、「勤労性所得(人的役務からの所得)のうち、雇用関 係またはそれに類する関係において使用 者の指揮・命令のもとに提供される労務の対価 を広く含 む観 念であり、非 独立 的労働 ないし従 属的 労働の対価と観念してもよい」7とされており、これが現 在の学説上、給与所得の通説的な解釈とされている。
清水敬次教授は、「給与所得は、雇用関係に基づくものに限らず、委任又は準委任の関係にあ るといわれる会社役員の報酬・賞与も含む。給与所得とは、雇用又はこれに類する原因に基づいて 非独 立的に提 供する勤務の対 価として他人から受ける報酬で、退職に伴う一時 支給 金(退職金)
を除いたもの、ということができよう。」8として、給与の意義を広く捉えている。
4 水野・前掲 注 1 84頁
5 水野・前掲 注 1 84頁
6 佐藤英 明 『スタンダード所得 税法 (第 2版補 正 2版)』 (弘文 堂 2020) 161頁
7 金子宏 『租税 法 二 十 二版』 (弘 文堂 2017) 230頁
8 清水敬 次 『税 法(第 五 版)』 (ミネルヴァ書房 2007) 90 頁
谷口勢津夫教授は、28条1項が示す内容として、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費およ び賞与、ならびにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(28条1項)」が、「これらの性質を有 する給与」とはすなわち、「『雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して 提供した労務の対 価』として使用者から受ける給付 をいう」9として、判例に基 づいた給与 所得の定 義を前提としている。また、それは、「名称 の如 何だけでなく、使用者から給付を定期に受けるかま たは臨時に受けるかも問わない。ただし、臨時に受ける給与のうち退職により一時に受けるものは、
給与所得ではなく退職所得(30条 1項)である。」10としている。
このように、学説上 における給与所 得の定義は、表現は異 なれども、基本 的には判例に基づい ており、ほぼ解 釈を同じくしている。所得税 法上、給与所得の明確 な定義が示されていないため、
判例 の積 み重ねにより、このような給与所 得の概念 が形 作られており、金子宏 教授の『租税 法』の 初版(昭和 51年発行)では、すでに、上述の給与所得の意義、つまり給与所得とは非独立的労働 ないし従属的労働の対価であることが記されている。
さらに、給与所 得該 当性の判断基準は、従属性と非 独立性 にあるとし、「『従 属性』が労務 の態 様の基準であるのに対して、『非独立性』は所得の態様についての基準」11であることが、学説上通 説とされている。
3. 判例で示された給与所得(弁護士顧問料事件)
給与所得の意義を示した判例として確立され、その後の裁判においてもしばしば引用されるのが、
最高裁昭和56年 4月 24日弁護士顧問料事件判決である。
弁護士顧問料事件 は、弁護士の顧問契約の報酬 が給与所 得に該当するか否かについて争わ れ、最終的には給 与所 得該当性が否認され、事業 所得と判断されたものである。最高裁は、給与 所得と事業所得の判断の基準を次のように示した。
「(ア)事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ、
反復継続して遂行する意志と社会 的地位とが客観 的に認められる業務から生ずる所得をいい、こ れに対し、(イ)給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき、使用者の指揮命令に服し て提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得 については、とりわけ、
(ウ)給与支給者との関係において、何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的
9 谷口 勢津 夫 『税法基本 講 義(第6版 )』 (弘文 堂 2018) 278頁
10 谷口・前 掲注9 278頁
11 水野・前 掲注1 84頁 宮崎 綾望著
に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければな らない。」12(注:括弧文字下線加筆)とした。
下線(ア)(イ)の部分が、事業所得と給与所得の意義として広く一般に引用される部分である。し
かしこの意義については、本件で初めて言及されたわけではなく、先行する日フィル楽団員事件13 や大嶋別訴第一審判決14の判例を踏襲したものに過ぎない。弁護士顧問料事件で新しく解釈され たのは、(ウ)の部分である。すなわち、給与所得と事業所得を区別する際の判断基準として、何ら かの空間的、時間的な拘束を受けていること、及び継続的ないし断続的労務の提供であることが、
重視されるべきであると示された点である。
本判決では、当該弁護士が行っていた顧問業務の態様が、時間的・空間的拘束を受けるもので はなく、また専属的な契約でもなかったことから、当該所得は「自己の計算と危険において独立して 継続的に営む弁護 士業 務の一態様にすぎないものというべきであり、前記の判断基準に照らせば 右業務に基づいて生じた本件顧問料収入は、所得税法上、給与所得ではなく事業所得にあたると 認めるのが相 当である。」15とされた。顧問 業務の従属 性を否定し、顧 問業務 と弁護 士の本業 との 類似性から事業所得該当性を認めたと整理できる。
非独立性及び従属性の観点から給与所得該当性を検討し、特に従属性については、雇用契約 又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服していること、具体的には何らかの空間的 時間 的な拘束 があるかどうかを基準とするというアプローチについて、最高 裁は「判 断の一応 の基 準」16としたものの、その後 の判 例においてしばしば引用され、給 与所 得該 当 性の判断 基準 として 確立されていった。
(2)給与所得該当性の判断手法
弁 護士 顧問 料事件が重 要判例として位置付けられるのは、事 業所得と給 与所得 の意 義を明ら かにし、両者の区分に関する一応の基準を示した点である。また、明文化されていなかった判断基 準の具体例を判決内に示したことも、判例として意義を有したといえる。
これについて佐藤英明教授は、「弁護士顧問料事件判決における最高裁の判示は、それによっ て給与 所得に新たな定式 化を与えたというよりは、それ以前に一般 に認められていた裁 判例の最
12 最高裁 昭和56年4月24日第 二小法廷 判決 (民 集35巻3号672頁)
13 東京高 裁昭和47年9月14日判決 (訟務 月報19巻3号73頁)
14 京都地 裁昭和56年3月6日判決(行集32巻3号342頁)
15 最二昭 和56年4月24日第 二小法 廷判 決 前 掲注12
16 最二昭 和56年4月24日第 二小法 廷判 決 前 掲注12
大公約数的な定式化を示したと評価するのが正しいように思われる」17としている。そして佐藤教授 は、むしろ、最高裁がそこで明示した「判断手法」にこそ重要な意義があるとする。
最高裁が示した判断手法とは、給与所得及び事業所得の判断基準を示す判決 文の前段部分 に示されている。すなわち、「およその業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が所得税法上 の事業所得(同法 27条 1項、同法施行令63条 12号)と給与所得(同法 28条 1項)のいずれに 該当するかを判断するにあたっては、税負担の公 平を図るため、所得を事業所得、給与所得等に 分類し、その種類に応じた課税を定めている所 得税 法の趣旨、目的に照らし、当該業務 ないし労 務及び所得の態様等を考察しなければならない。したがって、弁護士の報酬についても、これを一 般的抽象的に事業所得 又は給与所得のいずれかに分類すべきものではなく、その顧問業務の具 体的 態様 に応じて、その法的 性格 を判断しなければならない」18という部 分である。弁護 士の顧問 料であるから、ただちに事業所 得、あるいは給 与所 得といったように決定されるものではなく、その 労務の具 体的 態様から判 断した上で、その所得の性質 に応じた所得 分類がなされるべきであると の考え方を示している。
最高裁がここに示した判断の手法は、多様な労務提供に伴う所得分類の判断に際して、契約関 係等の私法的な性質にとらわれず、実際の労務の性質に応じ、柔軟かつ適切な分類を優先しよう とするものといえる。佐藤教授が指摘するように、「労務提供や報酬支払の具体的態様を総合的に 判断し、給与所得該当性を判断するという態度は、その後の判例によって遵守されている。」19
4. 行政解釈としての判断基準
法律、学説及び判例上の定義や基準が確立しているとしても、実務上の判断が容易ではないこ とは常である。そこで課税庁が、法令の公的及び行政的解釈を示しているものが基本通達である。
ここで取り上げるのは、所得税法上の給与所得及び事業所得の区分の解釈を示したものではなく、
消費税の課税実務上、所得区分が明らかでない場合の判断基準を示した消費税法基本通達であ る。
消費税の納税義務者は、法人及び個人事業者であり(消費税法5条)、その場合の個人事業者 とは事業を行う個人をいう(消費税法2条1項三、四)。したがって、個人が役務の提供をする場合、
17 佐藤英 明「給 与所 得の意 義と範囲をめぐる諸問題 」 金 子宏編 『租 税法の基 本概 念』(有斐 閣 2007) 398頁
18 最二昭 和56年4月24日第 二小法 廷判 決 前 掲注12
19 佐藤・前 掲注17 400頁
その役 務提 供が事業として行われたものであれば課税 対象 取引となる。通達は、個人が提供した 役務が課税対象となるか(すなわち事業者となるか)、否か(給与所得 者となるか)の基準について 示したものである。
消費税法基本通達1-1-1 (個人事業者と給与所得者の区分)
事業者とは自己の計算において独立して事業を行う者をいうから、個人が雇用契約又はこれ に準ずる契約に基づき他の者に従属し、かつ、当該他の者の計算により行われる事業に役務を 提供する場合は、事業に該当しないのであるから留意する。
したがって、出来 高払の給与 を対価とする役 務の提供 は事業 に該当せず、また、請負による 報酬を対価とする役務の提供は事業に該当するが、支払を受けた役務の提供の対価が出来高 払の給与であるか請負による報酬であるかの区分については、雇用契約又はこれに準ずる契約 に基づく対価であるかどうかによるのであるから留意する。この場合において、その区分が明らか でないときは、例えば、次の事項を総合勘案して判定するものとする。
(1) その契約に係る役務の提供の内容が他人の代替を容れるかどうか。
(2) 役務の提供に当たり事業者の指揮監督を受けるかどうか。
(3) まだ引渡しを了しない完 成品が不可 抗力のため滅失した場 合等においても、当 該個 人 が権利として既に提供した役務に係る報酬の請求をなすことができるかどうか。
(4) 役務の提供に係る材料又は用具等を供与されているかどうか。
通達の示す判断基準は、基本的には最高裁昭和 56年判決が示した基準と同様である。すなわ ち、役務提供の対価が雇用契約又はこれに準ずる契約に基づくものは、給与所得であるとする。事 業者となるか給与所得者となるかの区分が明らかでないものについては、4 つの判断指標を例示し ている。
4 項目のうち、(1)は、労務の提供が従属的か否かを判断する一例といえる。(2)の労務提供が 指揮監督下にあるか否かは、労務の従属性を示す代表的な判断基準である。よって(1)、(2)は、
労務 の従属性に関 連する判断 基準であるといえる。また、(3)は役 務提供における責任の所在や 損失の負担、(4)は役務提供にかかる費用負担を示しており、後者二つは、独立性に関連する判 断基準の例といえる。
しかし、これらを総合的に勘案するといっても、挙げられた4項目は、指揮監督を受けるかどうかと
いったおおまかな判断基準を示すものと、限定的 な事例を示すものが混在しており、判断要素とし て必ずしも十分 機能するとはいえない。また、材料 や用 具を必要としないサービスやスキルの提供 者には、判断基準が当てはまらないケースも想定される。本通達は、現行の消費税法基本通達に 示されているが、もともとは、昭和26年に示された消費税基本通達(昭和26年通達)の解釈を、現 在も内 容を変えずに引 き継いでいるものとされ20、基 本的 な判 断の枠組みは変わらないとはいえ、
多様化する現代の労務の態様を十分に反映しているとは言い難い。
第2節 問題の所在
1. 課税実務上の差異の確認
判例や学説において給与所得と事業所得の意義が示されているにもかかわらず、その区分が明 確でないケースも多く、給与 所得と事業 所得の区別は様々なケースで争点 となってきた。それは、
給与 所得 と事 業 所得の課税 所得 の計 算上 あるいは納 税手 続き上、様々な差 異を生じるからであ る。
課税所得の計算上、必要経費の実額控除が認められる事業所得に対し、給与所得では必要経 費の実額控除が認められない反面、概算控除という位置付けで給与所得控除が設けられている。
そして、給与所得は、担税力の低い勤労性所得として、他の所得と比較して税負担が軽減されるよ うな仕 組みとなっている。具体 的には、給与所 得控 除により実 際に想定される経費 額以 上に課税 所得額を減殺しているとされる。給与所得控除の在り方については、現在も議論がされているところ であるが、給与所得の性質を前提として、他の所得との調整の意味合いで設定されているものであ る。
これにより、受 給者 の立 場では、事業所 得とするよりも、給与所 得として申 告する方 が税 額を軽 減できる場合がある。例えば、委託契約により毎月定額の収入を得ていて、負担する経費の額がほ とんどないケース等が考えられる。また、納税手続き上も影響がある。給与所得に分類される場合、
収入が一定額以下で他に一定額以上の収入がない場合、確定申告の必要はない。しかし事業所 得に分類されると確定申告を行う必要がある。さらに、事業所得として申告 する場合、消 費税 の課 税事業者に該当すれば、消費税の納税義務を負う。
一方、支払者側は、給与あるいは源泉徴収対象の報酬として支払いをする場合、支払いの都度
20 成瀬洋 平 「源泉 所得 税における給与等の課 税の取 扱い」 税大 論叢73号 193頁
源泉徴収を行い、受給者に代わって所得税を納付しなければならない。また、その年の最後に、徴 収した源 泉所得 税 の合 計 額と、実 際に収めるべき所 得税 を比 較し、過不 足 分を清算 する年 末調 整の手続も行う必要 がある。給 与等ではなく外注 費として支払いをする場合、源泉 徴収 の義 務や 年末 調整 の必 要はなくなる。さらに、消費 税の仕入 税額控 除の対象 となり、消 費税の納 付税額 を 軽減できるメリットがある。
このように、課税所 得の算定 上および課 税実務 上、金銭的・作 業的 負担 の差 異があり、給与の 受 給 者 側 、支 払 者 側 双 方 にとって、自 己 に都 合 のよい所 得 区 分 に分 類 しようとする誘 因 となりえ る。
2. 働き方の多様化における問題
長きにわたり、日本の雇用 関係 における特徴は、終 身雇 用を前提とし、勤 続年数 に応じて賃金 が上昇する長期雇用システムにあるといわれてきた。しかし、1990 年代のバブル経済の崩壊を機に、
その社 会構 造は終わりを告げることとなった。企業 は契 約社員や派遣社員、パートやアルバイト等 の比率を上げることにより、労働 力の調達に効 率性 を求めた。これにより非 正規雇 用者が増 加し、
雇用の流動化が進行した。
雇用の流動化に加え、近年では、ITの発展と社会情勢を背景として、働き方の多様化が加速し ている。
その特徴 の一 つが、柔軟 な雇用形 態である。少子 高齢 化により労働 人口 が減 少していくことが 明らかになる中で、政府 は女 性や高齢者の労働力 の活 用に着目した。定年 制の延長や再雇 用、
時短 勤務 など、生活スタイルに応じたフレキシブルな雇 用形態を推奨し、労働 力の有効活 用を意 図している。また、専門スキルを持つ人材を職務やプロジェクトに応じて採用するジョブ型採用も大 手企 業を中心 に始まっている。新 卒を一括 採用し、時間をかけて人材 を育成する従来 のメンバー シップ型 雇用 とは正反対 の雇 用形 態である。さらに、働き方 改革の一 環で、社員 の兼 業や副業も 解禁された。今後、こういった新たな制度が一般化すると、雇用者の組 織への従属性は、より一層 希薄化していくことが考えられる。
特徴の二つ目として、ITの活用を背 景とした労務環境の変化が挙げられる。オンラインによる在 宅ワーク、リモートワークは、コロナウィルス蔓延の影響も相まって急速に定着した。また、フレックス タイム制や裁量 労働 制の導入も進み、雇用 者に、より業務遂行上の裁 量を与える働き方が増加し ている。
上記のような働き方の多様化における特徴をまとめると、「柔軟な雇用形態」、「組織への従属性
の希薄化」、「時間的空間 的拘束からの解放」といったキーワードに集約される。これは、従来給与 所得が前提とする「従属 的ないし非独立的労働の対価」という概念と、真逆 の方向性を示している ようにも感じられる。
もう一点注目したいのは、自営業者における変化である。近年、クラウドワークやギグワークといっ た新しい働き方が登場している。これにより、例えばエンジニアやプログラマー等一定のスキルを持 つ者の中で、企業から独立していわゆるフリーランスとなる者が増加している。さらに直近の例では、
後章にて検 討するが、大企業において社 員を個人 事業主化する事例も出てきている。彼らは、自 営業者ではあるものの、当然、従来型の自営業者とは性質を異にし、「雇用的自営業者」あるいは、
「個人請負型従業者」とよばれている。
厚労省が平成22年に発表した「個人請負型従業者に関する研究会報告書」21によると、「近年、
就業形態 の多様化 に伴 い、業務委 託契約や請負契 約に基づいて就 業する者(個人請負型 就業 者)が増加」しており、この中には、「実態として雇用労働と変わらない者や、自営であるものの雇用 労働 に近い実態を有する(雇用と自営 の中 間とも言える)働き方の者がいる」と指摘されている。ま た、平成 27 年の税制調査会も、「自営業主の中でも商店主や農家等のような伝統的な自営業主 が減少し、請負契約等に基づいて働き、使用従属性の高さという点でむしろ雇用者に近い自営業 主の割合が高まっている。」22と言及している。自営業者においては、給与所得者とは逆に、従属的 な働き方の増加傾向がみられ、給与所得者と事業所得者の境界は一層曖昧になっていると考えら れる。
なお、給与所得課税の在り方については、政府も、「働き方改革」を推進する観点から、働き方に 中立な税制の構築を進めている。この一環として、平成30 年度税制改正では、給与所 得控除及び 公 的年金等 控除の控除 額 を一律 10 万円 引き下げ、基 礎控除の控 除 額を 10 万 円引き上 げるという控 除の振替が行われている。
しかし、給与所得と事業所得の課税取り扱い上の差異がある限り、所得区分の問題は残る。よっ て本稿では、従来からの給与所得判断基準の枠組みをベースとして、多様な働き方にも対応しうる ような該当性判断のアプローチを検討したいと考える。その上で、特に給与所得者と事業所得者の グレーゾーンに相当するとされる「雇用的自営者」の所得区分について、どのように取り扱うべきか 検討したい。
21 平成22年4月「個 人請 負型 就業者に関する研 究会 報告書」厚 生労 働 省政 策統 括官 (労働担当 )
22 平成27年11月「経済社 会の構造変 化を踏まえた税制のあり方に関する論 点整 理」(税制 調 査会)
第2章 判例分析
過去に給与所得該当性が争われた判例を時系列に確認し、判断の際重視された事実や明らか にされた意義、どのような判断のアプローチが採られたかについて検討する。
第1節 日本フィル楽団員事件(東京高裁昭和 47 年 9 月 14 日判決)23
交響楽団のバイオリニストが、楽団から受ける報酬が事業所得か給与所得であるかが争われ、給 与所得と認定された事例である。
(1)事案の概要
原 告は、交 響楽団の正楽団 員の身分を有するバイオリニストであった。同楽団と原告(楽団員)
の契約内容は楽団運営規定に定められており、同契約により、楽団の主催する演奏会等その他の 音楽 活動およびこれに附随する練 習に従事することが義務づけられており、運営規 定には、勤務 や休暇、欠勤、休職等の服務規程も定められていた。
楽団員は、合同練習及び演奏会出演等については楽団のスケジュールに従う必要があったが、
通常のサラリーマンのように毎日の勤務 時間として拘束されるものではなく、他社に出演することそ の他音楽家としての自由な活動も一切制限されていなかった。楽団員は、演奏出演に必要な楽器 及びモーニング等の特殊 な衣装を自ら用意しなくてはならず、楽譜代その他技術研修費等もすべ て自己負担で演奏活動を行っていた。
報 酬については、契約 に基づき毎 月定額の基 準賃 金及びその他の手 当の支給 を受けており、
楽団の用務で出張する場 合には、出張旅費 規程による旅費(交通費、日当、宿泊料)が支給され ることになっていた。また、毎月の賃金から一定額の健康保険料及び厚生年 金保険料等を差し引 かれていた。原則として報酬は勤務年数に応じて逐年増額されていた。
楽団員は、演奏に使用するバイオリンとバイオリンの弓の購入代金(これらについては 10 年間で 均等 償却することとした上で)、修繕費、衣 装代 等を音楽 家としての活動に必 要な経費として費用 計上することを求めたが、経費算出の基礎となる書類を備えていなかったため、「昭和37年分商工
23 東京高 裁昭和47年9月14日判決 (訟 務月報 19巻3号73頁)
庶業所得標準率」を適用して、収入金額の 25%に当たる金額を経費と推計し、事業所得として申 告をした。この妥当性について争われたのが本件である。本件は上告され、最高裁24は上告を棄却 している。
(2)判決要旨
判決は、原審25を支持した上で、事業所得と給与所得の意義について次のように判示した。事業 所得 については、「対価 を得て継続的に行なう事 業とは、自己の危険と計算において独立的に営 まれる業務で、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的 に認められるものをいうものと解される。」とした。これに対し、給与所得は「雇傭またはこれに類する 原因にもとづき非独立的に提供される労務の対価として受けた報酬および実質的にこれに準ずべ き給付」を意味するとした。
さらに給与所得の本質として、「労務の提供が、自己の危険と計算とによらず、他人の指揮命令 に服してなされる点に、事業所得との本質的な差異がある」とし、「したがって、提供される労務の内 容自 体が事業 経営 者のそれと異 ならず、かつ、精神的、独創的なもの、あるいは特殊高 度な技能 を要するもので、労務内容につき本人にある程度自主性が認められる場合であっても、その労務が 雇傭契約等にもとづき他人の指揮命令の下に提供され、その対価として得られた報酬もしくはこれ に準ずるものであるかぎり、給与所得に該当する」と判示し、音楽家のような芸術的活動を行う場合 であっても、その労務が従 属的なものである場合は、その対価は給与所得 に分類されることを示し た。
また、給与所 得者 の必 要経費 については、「たしかに、音楽演 奏家 は職 業費ともいうべきものが 一般の勤労者より多くかかり、それが給与所得控除額を上廻るものもありうることは否定できないけ れども、所得税法は所得の発生態様ないし性質の如何によつて所得の種類を分類しているのであ り、必要経 費の多寡 を所得分 類の基準 としたものとは解されないから、多種多 様な給与 所得 者に つき収入額に応じた一定の給与所得控除(これは必要経費の概算控除の意味を含んでいる)しか 認めないことの立 法政 策上の当否はともかく、給与を受ける者の支出する経 費が右の控除 額を超 えるからといって、それだけで給与所得者に当らないとすることはできない。」とし、経費負担の多寡 は給与所得該当性に影響を与えないことを示した。
さらに、楽団員と楽団の契約が雇用契約でないことをして、給与所得に該当しないと主張する原
24 昭和53年8月29日 最高 裁判所 第3小法 廷判 決 (訟 務月 報24巻11号2430頁)
25 昭和43年4月25日 東京 地裁判 決 (税務 訴訟 資料52号759頁)
告に対し、「雇傭、請負、委任などの要素の混合した楽団参加契約ともいうべき一種の無名契約に 基づくものであるとしても、それは控訴人が楽団に所属し、そのスケジュールに従ってその指揮拘束 を受ける従属的立場において提供する役務の報酬として支払われたものであり、……これを給与所 得と目して課税したことには、なんら違法の点はない。」として、給与所得に該当するかの判断は契 約形態によるものではないことを示した。
労務内容については、「控訴人が右楽団を主宰するものでないことはもちろん、そのスケジュール 企画、策定、実行にも直接参画するものでないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、右楽団 の一員として控訴人が活動することは自己の危険と計算による企業性を有するものといいえない」と して、事業所得該当性を否定し、給与所得と認定した。
(3)検討
①判断アプローチについて
「労務が雇傭契約等にもとづき他人の指揮命令の下に提供され、その対価として得られた報 酬もしくはこれに準ずるものであるかぎり、給与所得に該当する」としており、従属性が給与所得 該当性に必要な条件という立場をとっている。
そして、楽団との契約内 容に規定された次のような内容から、従属性を判 断し給与所得と認 定した。
・楽団運営規定の定めるところに従事する義務
・契約の有効期間は1年間の自動延長
・服務規程の存在、休暇、欠勤、休職に関する規定有
・出張旅費規程の存在
・報酬は毎月定額で逐年増額、健康保険料、厚生年金保険料、及び源泉所得税を控除 ただし、実際の労務の態様については、「演奏及び練習が音楽家としての芸術的活動であり、
その服務についても通常の勤労者のように日々一定の時間拘束されるものではなく、楽団の定 めたスケジユールに従う以外は他社出演その他の行動が自由である」という点で従属性が希薄 ともいえるが、それは原告の提供する労務が音楽演奏という芸術的活動によるためであり、それ が給与所得該当性を否定する理由にはならないとした。
この点では、「労務の態様」よりも、「契約 内容」や「報酬形 態」の観点から従属性を導いてい るといえる。例えば、報酬が毎月定 額ではなく、楽団員に毎回の演奏会参加の諾 否権があり、
参加した演奏会ごとに報酬が支払われる等であれば、判断は違ったものになったであろう。
②考察
本判決は、以下の点を明らかにした点で意義を有すると考える。
①給与所得、事業所得の意義
事業所得との差異から、給与所得の本質を明示した。
②契約形態について
給 与 所得 は、必 ずしも雇 用 契 約 を原 因とするものではなく、契 約 内 容 の性 質によらず、
「労務の提供が従属性をもつ限り」、その所得は給与所得となりえることが示された。
③労務の自己裁量の程度
提供する労務の内容に、労務の種類により、ある程度の自主性や独立性が求められるも のであっても、給与所得に該当することが認められた。
④費用の自己負担について
経費 を自己負 担して提供 される労 務であっても、給与所 得該 当性 が認 定された。また、
必要経費の多寡は所得分類の基準とはならず、たとえ給与所得者の支出する経費が給与 所得控除額を超えるようなことがあったとしても、給与所得該当性が排除されるものではない ことが示された。
また、本件は芸術 家等 の提 供する労務の特殊 性に鑑みて、給与 所得 該当 性 を判断した例 であるともいえる。その意味において、時代が変わっても現代のクリエイターやパフォーマーの所 得判断におけるメルクマールとなるといえる。労務提供の態様における従属性が希薄であり、一 定の費用負担があったとしても、報酬額が一定で生活給的要素を有する点において給与所得 と認定されている点は理にかなっていると言わざるを得ない。
第2節 弁護士顧問料事件(最高裁昭和 56 年 4 月 24 日判決)26
弁護士の顧問料収入が、給与所得ではなく事業所得に当たるとされた事例である。給与所得該 当性の基準として確立している判例である。
(1)事案の概要
26 最二昭 和56年4月24日第 二小法 廷判 決 前 掲注12
原告は、自己の法律事務所を有し、使用人を数名使用して、継続的に弁護士業を営む弁護士 であった。原告は、複数の会社との間に口頭による顧問契約を結んでいた。契約内容は各顧問先 の法律相 談等 に応じて法 律家としての意 見を述べることであったが、この業務 は本 来の弁護 士の 業務と異なるものではなかった。顧問契約には勤務時間、勤務場所についての定めはなく、契約は 常時数社との間で締結されており、特定の会社の業務に定時専従する拘束を受けるものではなか った。労務提供の態様は、多くの場合電話により、時には各社の担当者が控訴人の事務所を訪れ て随時 法律問 題等 につき意見を求め、その都 度原 告の事務所においてあるいは多くの場合は電 話により、口頭で意見を述べるものであり、原告弁護士が顧問先に出向くことは全くなかった。
相談回数は会社により異なり、月に2、3回というところや半年に1回、一年に1回というところもあ った。各顧問先はいずれも本件顧問料を弁護士の業務に関する報酬として所得税を源泉徴収した 上で支払っていた。顧問先も雇用契約を前提とする給与としては扱っておらず、顧問料から社会保 険料は控除していなかった。
(2)判決要旨
判決は、まず所得分類の意義について、「およそ業務の遂行ないし労務の提 供から生ずる所得 が所得税法上の事業所得(同法二七条一項、同法施行令六三条一二号)と給与所得(同法二八 条一 項)のいずれに該当 するかを判断するにあたっては、租税負 担の公平 を図るため、所 得を事 業所得、給与所得等に分類し、その種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照ら し、当該業務ないし労務及び所得の態様等を考察しなければならない。」と述べている。したがって、
判断に際しては、「弁護士の顧問料についても、これを一般的抽象的に事業所得又は給与所得の いずれかに分類すべきものではなく、その顧問業務の具体的態様に応じて、その法的性格を判断 しなければならない」とした。
その上で、給与所得と事業所得を区別する際の「判断の一応の基準として」、両者の区分を「事 業所 得とは、自己の計算 と危険において独立して営まれ、営利性、有償 性を有し、かつ反覆継続 して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、
給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務 の対価として使用者から受ける給付をいう」と判示した。なお、給与所得判断の具体的な基準として は、「給与支給者との関係において何らかの空間 的、時間的 な拘 束を受 け、継続的ないし断続的 に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかか重視されなければな らない。」と示した。
その上で、弁護士の顧問契約業務は、顧問先からの「監督、支配、介入等指揮監督」を受けるも のではなく、原告の通常の法律業務と性格を同じくするため、「自らの計算と危険において独立して 継続 的に行なわれる業 務活動 とみるべきであり、従って、それに基づいて生じた本件 顧問料 収入 は事業所得というべきである。」と判示した。
(3)検討
①判断アプローチ
給与所得は従属的かつ非独立的な労務の対価であるという前提で、顧問業務の「労務の態 様」から従属性は認められず、また、「労務の内容」についても本業で行っている事業と同様の ものであり区別すべきものではないとして、独立的な業務であると判断し、事業所得と認定した。
②考察
判決で示された給与所得の判断基準は、以下のようにまとめられると考える。
給与所得の意義 具体的判断基準
従属性
(発生原因)
雇用契約又はこれに類する原因に基づく 雇用契約等
(労務の態様)
使用者の指揮命令に服している
何 らかの空 間 的 、時 間 的 な拘 束 を受けている
非独立性 自己の計算と危険において独立して営まれ
た業務からの所得ではない (事業所得に該当しない)
労務の
対価性 提供した労務の対価である
継 続的 ないし断続 的に労 務 又は 役務の提供があり、その対価が支 給されている
本判決は、給与所得と事業所得の意義を明確にし、その具体的な判断基準を示したことにおい て意義を有すといえる。また、具体的な判断手法と判断基準として重視すべき要素に触れた点で、
概念的な区分だけでなく、より一般化した基準に近付いたといえる。
しかし、判決内で「判断の一応の基準として」としているように、今回の弁護士の顧問業務のケー スにおいて示された基 準がすべてのケースにおいて万能に機能するわけではなく、給与所得 及び 事業所得該当性の必要要件を示したわけでもないことに留意する必要がある。
第3節 九電検針員事件(福岡地裁昭和 62 年 7 月 21 日判決)
電 力会 社との間の委託 検針 契約に基づいて検 針員 が受 給した委託 手数 料が、事業 所得か給 与所得か争われ、事業所得に該当するとされた事例である。27一定の従属性を認めながら、主に報 酬形態から独立性を判断し、事業所得と判断した。
(1)事案の概要
原告らは、九電の面接を受けて採用された委託検針員であり、原告らと九電との間の契約は、委 任あるいは請 負契 約と認 められたが、その内容 は一 律ではなく個別に多種 多様であった。業 務の 内容は、委託契約書に定められた検針地区を定められた日に巡回して各家庭の電力量計を読み、
その結果を九電に通知すると共に、毎月の書面で「電気使用量お知らせ票」で利用者に使用料を 通知する単純業務であった。検針員らに勤務時間の定めはなく、検針業務 の代替も認められてい た。また大半の者(60%弱)が検針員と他の業務を兼業していた。検針員らは、業務上使用する作 業服、作業靴、筆記用具等を九電より貸与されていたが、検針地区を巡回するためのバイク等を自 己負 担で購入し、且つ、ガソリン代、修繕代、保険 料等を負 担し、バイクでない場合も交 通機 関の 交通費を負担していた。委託手数料は、毎月の検針件数に一定の単価を乗じた委託検針手数料 が主な部分を占め、出来高制であった。
(2)判決要旨
事業所得と給与所得の意義については、昭和56年最高裁で示された内容について原告と被告 が争う点はなく、委託手数料収入がそのいずれであるかを決するについては、「イ、契約締結(採用)
過程における諾否の自由、ロ、検針日、検針枚数、手数料等契約内容の決定についての対等性、
ハ、業務 遂行過 程における自 由裁量 性、独 立性 、二、業務の代 替性、ホ、業務 (勤 務)時間 の拘 束性、へ、業務に要する器 具、資 材の負担、卜、手数 料の対償 性の諸要素」等が検討されるべき 点も双方異論のないところであった。その上で、具体的な事実に鑑みれば、「九電との関係が実質 雇用契約に類 似する面を有することは否定されない。」と認めつつも、個々の事実に対する認識を 示した上で、「委 託検針 契約 に基づく報酬、料金として、事業 所得に該当 する、と解せざるを得 な い。」と判示した。
事実認定においては、「特に、委託手数料は、略純粋な形の出来高制であって、労務提供の対 価よりも委任 ないし請負 事務 の報 酬としての性格 を持つというべきであり、就 業態様 の関 係で、委
27 福岡地 裁昭和62年7月21日判決 (訴 月34巻1号187頁)
託検針員に勤務時間の定めがなく、就業時間が定例検針日の日数と受持枚数の如何で異なる点、
委託 検針 員に就業 規則による九電の服務規 律の拘束がなく、懲戒 等もない点、業 務に必要な器 具、資材のうち、主要な交 通手段であるバイクの購入、維持費等が委託検針員の個人負 担である 点、検針業務を第三者に代行させることが禁止されてなく、現実に行われている点等は、むしろ雇 用契 約にはない面といわねばならず、兼 業が自由 で実 際兼 業者が多い点も、一般的には委 託検 針契約が雇用契約でない方向を裏付けるものである。」(括弧内文字省略)として、これらの要素を 総合判断して、事業所得と認定した。
<事実認定のポイント>
①採用過程、契約内容
(原告の主張)
採用過程は一般従業員と類似していた。
(裁判所の判断)
委託検針契約は、九電と各委託検針員との間で、具体的な検針地区と定例検針日、検針枚 数等を明示した契約書により個別に締結され、且つ、その内容も多種多様のものであって、対等 当事者間の委任ないし請負契約として効力を有する、といわなければならない。
②業務遂行上の指揮監督
(原告の主張)
業務は九電の直接的な指揮下に行われ、九電から身分証明書が交付され、社名入り作業衣 等が貸与されている。
(裁判所の判断)
委託検針員らは、契約で定められた事項によってのみ九電に従属しており、労務の提供につ き一般的な指揮命令下にあるわけではなく、身分証明書、社名入り作業衣、及び定例打合せ会 等は、検針作業の円滑な実施のためのものである。
③時間拘束
(原告の主張)
形式 的には勤 務時 間の定めがなかったが、業務の内容から、実際は普 通の労働 者と同 様朝 から夕 方まで拘束され、勤 務時 間もほぼ毎 日一定していた。検 針日 も決まっており裁 量の余地 はなかった。
(裁判所の判断)
勤務 時 間 は制 約 の範 囲 内 で各 人の工 夫 に委 ねられており、九電側 で個 々の委託 検針 員の 就業状況等を把握していたわけではなかった。
④費用負担
(裁判所の判断)
業務 上使 用する作業服、作業 靴、筆記用 具等は貸 与されているが、反面、検 針地区 を巡回 するためのバイク等を自 己の負担で購入し、且つ、ガソリン代、修繕代、保険料等もすべて検針 員 が負担していた。(昭 和 51 年 から交 通費の補助 が支給されるようになり、手 当がなされてい る。)
⑤報酬形態
(原告の主張)
委託手数料は毎月それ程変らぬ金額であって、一般従業員の給与に相応する。
毎年 夏冬 の二 回従業 員のボーナスに類する特 別謝礼 金、契約終 了時 には退職 金に類する 解約謝礼金が支払われる。
(裁判所の判断)
委託手数料は純粋な形の出来高制である。
委託検針員に対する処遇の改善として逐次実現されてきたものであって、委託検針契約が委 任ないし請負契約であることと必ずしも矛盾するものではない。
(3)検討
①判断アプローチについて
「労務の態様」からは、一定の従属性を肯定しつつも、「報酬形態」が完全な出来高制であるとい う事実から独立性を導き、事業所得と認定している。
②考察
本判決は、労務態 様における従 属性の認 定の困難さを示している。例えば、時間拘 束性 をとっ ても、勤務日、勤務時間ともに定められていないとはいっても、実際には、検針員はほぼ毎日一定 の時間業務に従事し、勤務日も検針日が決まっており勤務日の選択の余地がない等、解釈によっ て従属性を肯定することも否定することも可能である。そのため本判決では、従属性の判断が明確 にはできないため、主に報酬の形態で独立性を判断しているといえる。
また、詳細を見ると、その報酬形態についても、報酬は出来高 制であるとしている点に疑 問を持
つ。出来 高制といっても、検 針員が毎 月受け持つ数は、ほぼ一定かつ、得ている報酬もほぼ一定 であり、それを大きく変動させる術があったとは思われない。自己負担のバイクの初期投資があると しても均等償却したと考えると費用は毎月一定額となり、修繕費やその他変動費も一定の範囲内と 考えられる。すなわち検針 員のパフォーマンスにより、所得が大きく変動するものではない。対照的 な例として、現代のUber Eats配達員のように、契約形態は同じように委託契約で、配達件数が個 人の裁量に委ねられ、配達すればするほど報酬が上がるというシステムならば、給与所得該当性が 否定されることは理解できる。その点において、報酬の実態が完全な出来高制であるとはいえない のではないだろうか。
第4節 麻酔科医師事件(東京地裁平成 24 年 9 月 21 日判決)28
複数の病院と業務契約を結んで労務を提供していた麻酔科医の収入が、事業所得か給与所得 かが争われ、給与所得と認定された事案である。特に、独立性の判断について、経済的活動の内 容やその成果等によって変動しうる所得の帰属を重視して判断した点において、踏み込んだ基準 が示されている。
(1)事案の概要
原告は麻酔科医であり、複数の医療法人と麻酔手術等に従事する契約を結んでいた。原告は、
各病 院から得た収 入を事業 所得として確 定申 告を行ったが、所轄税務 署は、収入は給 与所得に 当たるとして更 正処分を行った。これに対して原 告が不服を申し立てたものである。各 医療 法人と の契約内 容はそれぞれ個 別に定められており、報 酬額 等に相違はあるが、臨時 に勤 務したものを 除いて、おおよその内容は類似していた。契約にみられた内容及び、労務の態様は以下のとおりで ある。
・勤務形態について
病院ごとに、毎週 何曜日 と決められていた。勤務時間は、一定 時間を定めているところもあれ ば、その日の手術の開始予定時刻までに出勤することだけが定められているケースもあった。
・業務上の指揮命令について
麻酔を担当する患者が誰でありいかなる疾病の患者であるか、その日に麻酔を担当する患者
28 東京地 裁平成24年9月21日 税 務訴 訟資料262号順号 12043