第4章 給与所得該当性の判断アプローチ
第1節 新たな判断アプローチの検討
7. 小括
総合的な判断が求められる給与所得該当性の判断において、このような定式化を行うことは適切 ではないかもしれない。働き方は無限に存在し、一つの体系に集約できるほど単純ではなく、限界 事例も多数存在するため、あくまで、判断の簡略化 と多様な働き方をある程度類型化することを目 的とするものである。
また、労務の従属性の変化に伴い、今後、より報酬の態様の判断基準が重視されることが予想さ れるため、実 務上の判 断の指針として、報酬の非 独立性 を示す収益 や損失の帰属の基準 に加え て、報酬 の労務対償性や費用負担についての指針 も、具体的 に示されることが必 要ではないかと 考える。
第2節 判例の当てはめ
検討したアプローチを、第2章で取り上げた判例に当てはめて確認する。
1. 日フィル楽団員事件
①被用者性 -一見して判別がつかない。
楽団員の事業者性は明確には認められず、雇用契約にも該当しない。
②使用者への従属性 -従属性は認められるが、希薄といえる。
一定の時間的拘束は認められるものの、楽団への専属性は求められておらず、必ずしも楽 団への従属性が強いとはいえない。
③報酬の非独立性 -報酬は非独立的である。
ア、収益・損失の帰属
楽団が演奏会等で得る収益は楽団に帰属し、楽団員の報酬に直接反映されるものでは ない。また、運営上の損失が、楽団員に帰属するものでもない。
イ、労務の対償性
報酬は、毎月定 額で、賃 金から一定 額の健康保 険料 及び厚生年 金保 険料等 を差し引 かれていた。原則として報酬は勤務年数に応じて逐年増額されていた。退職金規定も用意 されていた。(報酬は固定的、生活給的側面を有す)
ウ、費用の負担
楽団の用務で出張する場合には、出張旅費規程による旅費(交通費、日当、宿泊料)が 支給されることになっていた(費用は使用者が負担)。一方、楽団員は、楽器及び演奏会用 の衣装を自ら用意しなくてはならず、楽譜代その他 技術研修費等もすべて自己負担であり、
算定方法によっては給与所得控除を超えることも想定されるものであったが、それらの費用 の多寡が、楽団の収入増加に直接影響を及ぼすとは考えにくく、影響があるとしてもその影 響度合いを把握することは困難である。(費用の負担と収益増加の直接の関係が不明確)
①~③より、給与所得に該当するといえる。特に、報酬面において、楽団員の報酬は生活給 的側面を有し、報酬が非独立的であることは明らかであり、給与所得該当性を補強するものと いえる。
2. 弁護士顧問料事件
①被用者性 -弁護士の事業者性は明確である。
弁護士は、自己の法律事務所を有し、使用人を数 名使用して、継続的に弁護士業を営ん でおり、事業者性は明らかであるといえる。
②使用者への従属性 -従属性なし。
業務の時間、場所についての定めはなく、専属的な契約でもない。顧問先に対する従属性 は希薄であるといえる。
③報酬の非独立性 -報酬は独立的である。
顧問 業務は、弁護士 が自 己の計算と危険 に基づき行 っている事業 活動 の一 環であり、事 業活動の最終的な収益・損失はすべて事業主である弁護士に帰属する。また、実際のサービ スの提供の程度にかかわらず支払われており、報酬の労務対償性は希薄であるといえる。
本件は、弁護士の事業者性が明確であると判断されるため、①の段階で事業所得に分類される といえる。②使用者への従属性や③報酬の非独立性を検討しても、報酬の事業所得性は補強され る。
3. 九電検針員事件
①被用者性 -一見して判別がつかない。
九電と検針員の間の契約は、委任あるいは請負契約であった。各検針員の事業者性は明 らかでない。
②使用者への従属性 -従属性はある、あるいは希薄。
形式上、勤務時間の定めはなく、業務遂行上の自 由裁量があり、専属性も有さず、作業の 代替も可能であったという点では、従属性は希薄であるといえる。
③報酬の非独立性 -報酬は独立的である。
ア、収益・損失の帰属
委託手数料は、出来高制であり、収益は検針員自身に帰属するといえる。
イ、労務の対償性
委託 手数 料は、毎月の検 針件 数に一定の単価を乗じた委託検針 手数 料が主な部分 を 占め、出来高制であった。
ウ、費用の負担
検針員らは、検針地区を巡回するためのバイク等を自己負担で購入し、且つ、ガソリン代、
修繕代、保険料等を負担していた。バイクでない場合も交通機関の交通費を負担している ため、基本的には費用を負担することが義務付けられていたといえる。
本件では、報酬が出来高制であり、費用負担 の義務もあることから、収益・費用が検針員に 帰属するといえ、報酬は独立的であり、事業所得に該当すると判断された。
一方、報酬の態 様を詳細 に検討すると、出来高制といっても、受け持つ検針 地区がある程 度決まっているため収 益には上 限があり、実 際の報酬も一定である。さらに、費用を負担して いることも、負 担費用 が収 益の増加 に直 接影 響があるとは考 えにくい。さらに、九 電との関係 性から一定の従属性があることと合わせて考えると、給与所得に該当するとみなすこともできる ように思われる。このようなケースについては、やはり労務の従属性を合わせて検討した上で、
判断することが必要であるといえる。
4. 麻酔科医師報酬事件
①被用者性-事業者性はなく、雇用契約上の被用者にも該当しない。
医師と病院間の契約は業務委託契約であった。
②労務の従属性 -従属性はあり、あるいは希薄。
病院 ごとに勤 務日 、勤務 時間が定 められており、時間的 場所 的拘束 があるといえる。医 師に専属性は求められておらず、業務の諾否権も有す点では、従属性を希薄化するものと もいえる。医師が業務 遂行に必要な様々な判断を医師 が自ら行うことは、従属性を否 定す るものではない。
③報酬の態様 -報酬は非独立的である。
ア、収益・損失の帰属
手術や麻酔施術の難易度や用いる薬剤等の価格などに応じて変動する仕組みにはなっ ておらず、医療行 為等 に対する対 価として患者や公 的医 療保 険から病院に支 払われる診 療報酬の金額の多寡に応じて原告に対する報酬が変動する報酬体系にはなっていない。
イ、費用負担について
原告が手術に伴う麻酔を行うに必要な麻酔設備、麻酔器具、医療行為に必要な包帯や ガーゼ等の消耗品については、各病院が準備したものが使用され、麻酔薬剤については、
原告である麻酔科医が調達した上で、使用した薬剤代金を各病院が患者又は公的医療保 険から受領することとされていた。
医師が病 院に赴くための交通費 は病院が負担していた。手術時に過誤 があり損害 が生 じた場合には、原則として病院側がその責任を負うことが認められていた。
ウ、報酬の対償性
一回の勤務あたりで基本的な定額報酬が決められていた。(報酬は固定的)
医師と病院の間にはある程度の従属性が認められ、最終的には報酬の態様で給与所得該当性 を判断しているといえる。
5. 塾講師料等事件
①被用者性 -講師らの契約は業務委託契約であり、事業者でも被用者でもない。
②使用者への従属性 -従属性は希薄。
業務遂行状況の報告や、マニュアルに従って授業を行うことを求められていたが、実際の内 容は各講師の裁量に委ねられていた。勤務時間の定めはなく、業務遂行上の自由裁量があり、
専属性も有さず、作業の代替も可能であり、従属性は希薄と判断される。
③報酬の非独立性 -報酬は非独立的である。
ア、収益・損失の帰属
顧客から得る収入はすべて、派遣元 の会 社に帰属 し、顧客の債務不 履行 による損失等 の負担を講師は負わない。
イ、労務の対償性
報酬は講義時間に応じて支払われる。時間単価は、講師により一定の範囲で差があるが、
単 価変 動の幅は限定的 であった。対 価は講師の指 導の成果の程度 により増減するもので はない。
ウ、費用の負担
講師らは、実際には授業で使うテキスト等の費用を負担していたが、それは義務付けられ てはいなかった。また、費 用の負担 が、収益の増 加 に直接関 係するものではない。講 師は 交通費の支払を受けていた。
本件では、労務 の従 属性 は希薄であるが、報酬の非独 立性を重視して、給与所 得該 当性 が判 断されている。
時代背景を異にするものもあるが、1~5の当てはめにより、一通りは判例と同様の判断を導くこと ができた。労 務の従属 性に幅を持たせ、報酬 の非 独立性で給与所 得該 当 性を判 断するアプロー チは、従属性の希薄化が見込まれる今後の働き方においては有用ではないかと考える。