第4章 給与所得該当性の判断アプローチ
第2節 判例の当てはめ
1. 日フィル楽団員事件
・報酬の性質
楽団員に支払われる報酬は、原則として勤務年数に応じて逐年増額され、生活給的要素を 顕著に有している点で、報酬の形態は非独立的であるとした。
・費用の負担
楽団員が必要経費を負 担しており、それが給与 所得控除を上 回ることが想定されたとしても、
それだけで独立性を肯定するものではない。
一楽団員の負担する経費(楽器に関連する費用や衣装代等)の多寡は、演奏のクオリティー やパフォーマンスに影響を与えるとしても、その影響度合いを把握することは困難であり、それが 楽団としての売上増加に直結するとは言い難い。さらに、楽団員の得る報酬は、提供した労務 のパフォーマンスに左右されるものではなく、原則として勤務年数に応じて増額され生活給的要 素を有すものである。これより、楽団員には一定額の報酬が約束されており、演奏会 の不開催 時等の損失の分配を負うようなリスクも負っていない。つまり、楽団員が給与所 得控除を上回る 経費を負担しているとしても、自己の計算と危険において独立して業務を営んでいるとはいえな いということになる。
→非独立的労務の対価であるとして、給与所得と認定。
(2)九電委託検針員事件62(事業所得認定)
・報酬の性質
委託手数料は、毎月の検診数に一定の単価を乗じた委託検針手数料が主な部分を占めて いた。委託 手 数料 は、純 粋な形 の出 来高 制 であって、労 務提 供 の対 価よりも委任ないし請負 事務の報酬としての性格を持つというべきとして、独立性を補強する要素とした。
・費用負担
61 東京高 裁昭和47年9月14日判決 (訟 務月報 19巻3号73頁)
62 福岡地 裁昭和62年7月21日判決 (訴月34巻1号187頁)
業務に必 要な器具、資材 のうち、主要な交 通手段であるバイクの購入、維持 費等が委 託検 針員の個人負担であるという点で、独立性を補強する要素とした。
→独立的労務の対価であるとして、事業所得と認定。
(3)麻酔科医師報酬事件63(給与所得認定)
・報酬の性質
手術や麻酔施術 の難 易度や用いる薬剤等の価格などに応じて変 動する仕組みにはなって おらず、医療行為等に対する対価として患者や公的医療保険から病院に支払われる診療報酬 の金額の多寡に応じて報酬が変動する報酬体系にはなっていない。
・費用負担
必要な麻酔設備、麻酔器具、医療行為に必要な包帯やガーゼ等の消耗品については、病院 が準備したものが使用され、麻酔 薬剤についても病院 側が調達していた。医 師が病院に赴くた めの交通費は病院が負担していた。
・リスク負担
手術時に過誤があり損害が生じた場合には、原告に重大な過失があった場合をのぞき、原則 として病院が責任を負う。
→報酬の態様は非独立的であるとして、給与所得と認定。
(4)小括
基本的には、定額で生活給的側面を有す場合は非独立的、出来高制で、委託報酬、成果報酬 的性質を有す場合は、独立的労働の対価であると判断されている。
このように、報酬の非独立性の判断は、金額によっておおよそ把握できるものであり、従属性の程 度問題と切り離しても、ある程度それ自体で給与所得該当性の判断基準として機能するといえる。
第3節 小括
給 与所得の従属 性は、労務 提供の態 様により判断 される。具体 的には、使用者の指揮命 令下 にあるか否かがポイントであるが、何をもって使用者 の指揮命 令下にあると判断するかの基準は必 ずしも明らかではなく、事案に応じて総合的にその程度を判断する必要がある。
63 東京地 裁平成24年9月21日 前 掲注 60
給 与所 得の非 独 立性は、報 酬の態様から判 断される。その経 済活動 が、自己の計 算と危 険に おいて独立して営まれているかという観点で判断され、そのポイントは自己で所得変動のリスクを負 うか否かということである。非独立性の方が、判断のしやすさという点では明確でわかりやすいといい うる。
第4節 従属性と非独立性の関係
給与所得の該当性判断にあたっては、従属性と非独立性の関係性の問題がある。つまり、両方 満たしてはじめて給与所得に該当するといえるのか、それとも、どちらかが一つが満たされるだけで よいのか、あるいは、どちらかに優 位性 があるのかという問題である。これには、①二つを総合的に 判断する、②従属性を重視して判断する、③非独立性を重視して判断する、という三つの立場があ る。
①まず一つ目の立場は、従来からの判例や論説にみられるもので、給与所得該当性は、結局の ところ、案件に応じて個別的かつ総合的に非独立性及び従属性を判断するしかないというものであ る。水野忠恒教授は、「所得の態様(非独立性)と労務の態様(従属性)の程度を総合的に勘案す るしかない」64という立場を示す。その理由として、「給与所 得者であっても、費用を負担したり成果 に連動した報 酬が支払われることはあるし、事業所 得者 であっても、業務 の内 容や時間や場 所に ついて相手方の指示に従うことはある」6564ことをあげている。
②酒井克彦教授は、「原則的にはどのような労務活動の状況(条件)の下で活動がなされたのか という所得の源泉性にこそ給与所得該当性判断のメルクマールを求めるべき」66として、従属性を重 視して給 与所得 該当 性を判断する立場を示している。その理由として、給与 所得は、「受給 者とし ての使 用者 に対する従 属的労 働対 価であるがゆえに、その担税 力が弱いものと理解されていると おり、そこにこそ給与所得という所得区分を他の所得と区別してカテゴライズする意味がある」67と述 べており、給与所得の本質は従属性にあるとして、従属性を重視すべきとしている。酒井教授の提 言するアプローチでは、「非独立性要 件は第二 次的テストとして位置付けることが、給与所得 の趣 旨にも合致している」し、「まずは従属性 要件により判断を行い、次に非独立性要件によるという二
64 水野・前 掲注1 84頁
65 水野・前 掲注1 85頁
66 酒井克 彦 「所得 税法における給 与所得 該当 性の判 断メルクマール-従属 性要 件と非独 立性要 件
-」 (中央ロージャーナル 第14巻 第1号 2017) 97頁
67 酒井・前 掲注66 98頁
段階テストによって判断すべきである」68としている。このフローでは、第一次テストとして従属性を充 足することが明確であれば、給与所 得に該当するとされる。従属性 が満たされない、あるいは希薄 であると判断された場合、第二次テストとして非独立性を判断し、非独立性が満たされれば給与所 得に該当するという考え方である。
③これに対し、佐藤英明教授は、「ある収入が、給与所得に該当するか事業所得や雑所得に該 当するかが問 題となる場面 で、判例において給与 所得 か否 かの決め手とされているのは『非 独立 性』の有無である」69と指摘する。よって、佐藤教授は非独立性を給与所得の重要なメルクマールと し、従 属性を相 対的 に弱 いメルクマールとする立場 を支 持されている。その理由として、非独 立性 が示す報酬の稼得 形態 (収 入は一定 で、利 益の変動 や損 失を負担 するリスクがないこと)が、「社 会通 念上『給 与』と考えられているものの性質にも合致する」70こと、及び「現行の給 与所 得の計算 方法とも親和的である」71ことをあげ、非独立性を判断基準とすることが合理的であるとしている。そ して、従属性については、「従属性が強ければ強いほど、労務提供に対して報酬が支払われるとい う関係は労務提供者において非独立的に行われていることを推認させる」72ものであるとして、その ような従属性と非独立性の関係性を前提として、「外形的な事実から強い従属性が明らかになれば それ以上立ち入ることなく、当該労務の対価を給与と判断しうることが多い」73とされている。したがっ て、従属性は、外形的な事実からその程度が強いことが明らかな場合のみ、判断要素として機能す ると考えられているようである。従属性よりも非独立性を重視するアプローチは、近年の判例におい ても見られる傾向である。
上記のように、従属性・非独立性の関係性の捉え方には複数の立場があり、どの立場を採るかに より、ケースによっては判断が異なる可能性もありうる。
①の総合的判断によるアプローチは、判断要素を偏りなく重視する点でバランスがよいといえるが、
判断の際の方針が明らかでないことで、解釈の裁量が大きくなる可能性がある。
②の従属性を重視するアプローチは、従属性 の判 断基 準(指揮命令 下における労務提供 の判 断基 準)が必ずしも明らかでないという点で判断の安 定性 に欠 ける点と、さらに働き方の多様 化で 従属性の希薄化が進んでいることを考えると、それらに対応する判断が困難になると考えられる。
68 酒井・前 掲注66 98頁
69 佐藤・前 掲注17 407頁
70 佐藤・前 掲注17 407頁
71 佐藤・前 掲注17 407頁
72 佐藤・前 掲注17 407頁
73 佐藤・前 掲注17 408頁