教育宗教関係論
著者名(日)
井上 円了
雑誌名
井上円了選集
巻
11
ページ
433-486
発行年
1992-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002939/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja義. 肖 ヒ tt 二 ff 醐灘t/t/t lt る 庶 〔・×慾」 ⋮毅育宗敢關係論 弁上 序 論 頃者致育部内起穂て惑賄幡蹴苗致芭の聞にご一の衝実を家し議論諸 方牢纂タ語峯庄輻真塗垂蒙癒を知ちず然れピも此賃実や皐ぱ敷育部 内忙止まらガ今梶じ苦冊菩・灘勝鎌を講するにあちされは蒋寡必す枇合 百艇の上客於て拾蛋妃馨ナ嬬●は債然ピして火を見るか如しヌ敬育 宗敦の分限逗偏の貼克タいピも多少世論ρある所にして敢育蚕尊ε 宗歎蚕蒋ξの頂、鐸起◎鍋叉惑同く驚家の一聞題凌’零信す蕗ぱ余は 魔ぱ拳運上畿育宗液綬滋懲ぴひ糞顕係を翌ホし實際上亦其槽係麺 (巻頭) 4.刊行年月日 明治26年4月29日 明治26年5月27日 初版: 底本:再版 5.句読点 なし 1.冊数
1冊
(タテ×ヨコ) サイズ 2. 185×127㎜ 08 コジ数
一総 ぺ 2 ・ . 言 緒 本文:106 一 明治廿入ハ年四月⋮廿五・日印刷 全 全 年四淵漸九冨登行 墾五灘潰.灘薄再版 、望・、・ぎ撒え﹄ぶろ需、 ド琴三濠雀盲 ﹁﹁︽ 阿 ・薙臣 w 装Cげ乱く﹁淵.5 “㌢㌢へW、﹄, ,・.死濠欝者 えジ雛杉・ぐ “轟鍵灘難繋 −・⋮蒸び㌘磁二縫∨麟 硲縫・存、所 、 ◇ ざ・灘脚騰
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一 ÷T 一 } 翫 tt 、電ば教育宗教関係論 緒 言 数十日前、哲学館学生に対して教育宗教に関する二、三回の談話をなし、余の意見を開陳したることありき。 しかるに哲学書院よりこれを世に公にせんことを余にもとむ。余もと世間に対して述べたるものにあらざるも、 これを世に公にするもまたあえて妨げなければ、速やかにこれを諾せり。しかるに余、日夜多忙にして自ら起草 する余暇なければ、学生中筆記せしものの草稿によりて一読するに、いまだ意を尽くさざるところ多しといえど も、講義の順序要領に至りては大差なきをもって、そのまま印刷に付することとなせり。ここに;口を題して本 書の緒言となす。 本書は序論、本論、結論の三部に分かち、本論を理論上、実際上の二段に分かつ。序論においては余が教育宗 教に関する経歴を述べ、本論中、理論上においては教育宗教の理論はともに哲学を根拠とするゆえんを述べ、実 際上においてはこの二者ともに国家を目的とするゆえんを述べ、結論においては、わが国の教育は勅語に基づき、 宗教は仏教をとらざるべからざるゆえんを述べたり。しかるにその述ぶるところ一場の談話に過ぎざれば、余が 意見の大要を指示するのみ。
明治二六年四月一五日 講述者識
433井上 円了 講述
434序
昧
日田 頃者教育部内において勅語とヤソ教との間に一、二の衝突をきたし、議論諸方におこり紛々擾々停止するとこ ろを知らず。しかれどもこの衝突や単に教育部内にとどまらず、今にしてその予防策を講ずるにあらざれば、将 来必ず社会百般の上において紛擾を生ずべきは瞭然として火を見るがごとし。また教育宗教の分離混同の点につ いても多少世論のあるところにして、教育全体と宗教全体との関係についても同じく将来の一問題なりと信ずれ ば、余はここに学理上教育宗教との性質およびその関係を明示し、実際上またその関係いかんを論定せんとす。 このことたるや、余は目下の一大急務なりと考うるなり。ことに本館は教育家宗教家を養成するをもって目的と する学校なれば、世間すでにこの衝突について議論紛々たる以上は、本館にありて在学するものはあらかじめそ の決心を定めおかざるべからず。これ余がここにこの問題を掲げきたりて講述せんと欲するゆえんなり。かつ余 は教育宗教の問題に関しては多年いささか考究するところありて、その結果ついに先年本館を創立するに至れり。 故に余はこの関係を論ずる前に本論に入るの端緒として、余の従来の経歴に照らして精神目的のあるところを陳 述すべし。 太政維新以来わが国伝来の仏教は全く世人の排棄するところとなり、日に月に衰頽の光景を現呈し、その存亡教育宗教関係論 またまさに旦夕に迫らんとするありさまなりき。これにおいて余は慷慨に堪えず、奮然立ちてこの衰運を挽回せ んことを自ら期せり。しかしてこの頽勢を回復せんとするには、まずその衰頽せる原因の果たして那辺にあるか を探究せざるべからず。故に余はこれを探究して、その原因は内外二部より生じたることを発見せり。内部の原 因とはなんぞや。曰く、維新以来政治上より衣食住に至るまでみな旧を捨て新を取り、一事として変更せざるは なく、一物として進遷せざるはなし。しかるに顧みて仏教そのものの状態を観察するに、僧家一般に維新の激変 に遭うも従来の頑眠いまだ覚めざるをもって、世運の趨勢いかんを知らず依然旧習を株守し、更に進みて力を仏 教の拡張に尽くす者なし。これにおいてか、仏教の内外その権衡を失し平均を保つことあたわず。勢いかくのご とくなるときは、仏教そのものは必ず衰頽せざるを得ず。更にこれを歴史上より観察せんか、その今日衰微の原 因すでに数百年前より早く仏教の内部に胚胎しきたりしことを知るべし。 余は仏教の始めてわが国に伝来せしより今日に至るまで、千数百年間の歴史を分かち五世期とす。けだしかく のごとく分かつゆえんは、一世期ごとに仏教上に一大変遷ありしをもってなり。 第一世期︵シナ仏教の時代︶ 聖得太子の時より桓武天皇以前に至る 第二世期︵日本仏教理論発達の時代︶ 桓武天皇御宇より源平以前に至る 第三世期︵同実際発達の時代︶ 源平時代より徳川以前に至る 第四世期︵外形発達の時代︶ 徳川時代より維新以前に至る 第五世期︵未定時代︶ 維新以来 鰯 仏教の始めてわが国に伝わりしは聖徳太子以前にありといえども、その公許を得たるはまさしく聖徳太子の時
にあり。故に聖徳太子以後桓武天皇以前までを第一世期とす。この世期は仏教ようやく隆盛なりしといえども、 その当時の事情をみるに、これを日本仏教といわんよりはむしろシナ仏教と名付くるをもって適当なりとす。そ もそも当時わが国はシナと交通来往すること頻繁にして、文物多くかれに模擬し百事みなかれを標準と立てたる 勢いなりしをもって、仏教もまたシナの仏教をそのまま伝えたるのみ。故にその仏教たるや、いまだ真正にわが 国情に同化したるものというべからず。故に余はこの世期をシナ仏教の時代と名付く。しかるに桓武天皇以後は 全く日本仏教の時代にして、この世期には空前絶後の高僧、伝教、弘法の二大師世にあらわれ、伝教大師は皇城 鎮護のために叡山を開き、かつひそかに政治に参与して大いに国家のために画策するところあり。弘法大師は本 地垂 の説を起こし、もってわが国の神仏二道をして並行一致せしめんことを企てり。かつ当時の政府の意も全 く仏教をもって天下を治めんとするにありたれば、この時より仏教始めて国家的宗教すなわち日本の国体に結合 したる一種の宗教となれり。故に余は桓武天皇以後今日に至るまでを日本仏教の時代と称す。しかしてこの第二 世期すなわち桓武天皇以後源平以前の間は天下泰平無事にして、仏教またはなはだ隆昌を極めり。故に当時の僧 侶は広く典籍にわたり深く学理をみがき、俗士といえどもまた仏教を学ぶものすこぶる多かりき。当時の文学の 全く仏教の支配を受けたる一例を見ても、その勢力いかんを想像するに足らん。しかるに源平時代に至りては天 下の形勢一変して、政治上宗教上ともに一大革命を見るに至れり。しかしてその政治上に革命を起こせるは、源 平以前において藤原氏ひとり政権を掌握し門閥政治の極端にはしりし反動なり。けだし当時にありて源平二氏は 国家に勲功あり、また勢力ありしも、久しく門閥政治の下に屈伏せしが、藤原氏のようやく衰うるに乗じ一時に 奮起してその権力を奪い、自ら取りてこれに代われり。これよりのち天下麻のごとくみだれ、争闘絶ゆることな 436
教育宗教関係論 き乱世となれり。社会すでにかくのごとき変動あれば、宗教上にもまた必ず変動を生ぜざるべからず。かの藤原 氏極盛の時代においてはたまたま英傑の出ずるあるも、身門閥の家に生まるるにあらざれば、もって功業を立て 伎備をあらわすことあたわず。これをもって英雄むなしく深山幽谷に潜在し、静かに高妙の学理を究め、もって その精神を慰むることを務めり。ことに当時の宗旨は華厳、天台、真言、法相等にして、みな高妙の理論を唱う るものなれば、仏門に入る者はいくたの年月を積重してその知力思想を鍛練せざるべからず。かつその戒律は極 めて厳粛なるものなれば、学問上よりするも実行上よりするも、到底普通人のなし得べきことにあらず。故にこ れらの宗旨は泰平の時代に適するも、乱世の際に弘まるべきものにあらず。しかして争乱多事の社会に応合する ものは、修行も学問も容易になし得らるべきものならざるべからず。これ源平時代において宗教上また一大革命 の起こりたるゆえんなり。これによりて考うるに、源平以前の宗旨はおもに理論を主とし実行を客とし、源平以 後の宗旨は実際を先にし理論を後にしたるがごとく見ゆるは、ともにその当時社会の事情のしからしめたるや明 らかなり。故に余は源平以前の仏教を理論上発達の時代とし、源平以後の仏教を実際上発達の時代とす。この源 平時代において新たに興りたる宗旨はすなわち浄土宗、禅宗、真宗、日蓮宗なり。浄土宗は学問戒律の修行を要 せず、ただ念仏によりて成仏することを説く。すなわち実際上の宗旨なり。真宗もこの宗より分派したるものな れば、やはり念仏宗なり。日蓮宗は天台宗の高尚なる理論は実際上乱世多事の世界に適せざるを見て、これを一 変して簡易なる宗旨となし題目成仏を唱えり。その理論は高尚なる天台に基づくといえども、その応用に至りて は浄土宗のごとく簡易の宗旨なり。禅宗はこれまた実際を目的とする宗旨にして、この宗は他より一見せばはな 37 はだ高尚なるがごとく思わるるも、その実、理論の高尚なるにあらずして趣向の高尚なるのみ。また源平以前の 4
宗旨は多く経論の講究をなす風ありしが、禅宗はこれに反して経文はただこれ月を指示する指に過ぎずとして文 字に拘泥するの弊を排斥し、その戒律のごときも天台、真言等に比すればはなはだ簡略なるものとなれり。かく のごとく源平時代において一時に高僧碩徳輩出しおのおの一宗を開きしは、けだしそれ以前の宗旨の多事なる乱 世に適せざるを見て、時勢相応の改良を実施したるなり。かつ源平以前の宗旨はおおむね世間を遠離せんとする 傾向ありしが、この時代に興りたる宗旨はおのおの世間に結合せんとする風あり。これ他なし。前者にありては、 社会の事情人心を抑制するのはなはだしき、人をしてその希望を満足せしめざるがために、当時の宗教はもっぱ ら人心を他の方向に転じ出世間一方に誘入するをその目的としたるも、後者にありては、世間に向かってその望 みを満たすことを得る時代なれば、出世間を目的とする宗旨も兼ねて世間を目的とするに至れり。故に真宗のご ときは寺院を繁華の地に建て真俗二諦の教えを説き、王法為本を主張せり。日蓮宗のごときはこの世界すなわち 極楽なりとの説を唱え、祖師自ら安国論を草して、仏法を盛んならしめんにはまず国家を盛んならしめざるべか らずといえり。これまた世間に結合するものなり。けだし浄土宗、真宗は西方に別に極楽あるを説き、天堂は死 後の世界なることを唱えたれば、日蓮宗はこれに反対し、此土すなわち極楽なり、此身すなわち仏なり、なんぞ 死後を待つの要あらんといいて、もっぱら現世を目的とせり。しかりしこうして、浄土、日蓮宗の念仏、題目を 主とするごとき易はすなわち易なりといえども、多少知識を有するものよりこれをみれば、易に過ぐるがごとき 感なきにあらず。故をもって、戦国にありて英雄をもって自ら任ずる武人には、なお不足を感ずることなきを得 ず。しかるに禅宗は以心伝心、見性成仏を唱え、高尚の趣向を説きて、もって乱世武人の思想に適合せしめたり。 これまた一種の反動によりて起これりといわざるべからず。つぎに第四世期徳川時代においては、源平以前の宗 438
教育宗教関係論 旨と以後の宗旨とを問わず、幕府よりすべてこれを保護優待せり。けだし織田信長のごとき英傑にして宗教の勢 力を圧倒せんことを企てしも、到底これに勝つことあたわざりしをもって、徳川氏はこれらの経験にかんがみ、 もって国家の治平を保たんとせば必ず宗教によらざるべからざることをさとりしなるべし。しかれども単に宗旨 のみに椅頼するときは宗旨のためにかえって国家を奪われんことを恐れ、殊更に従来混清せる儒仏二道を分かち、 儒をもって仏の反対に立たしめ、世間の道徳は儒教のつかさどるところ、死後の葬祭は仏教の支配するものとせ り。その結果たる、儒は中等以上に行われ、仏は多く中等以下の信ずるところとなれり。故にこの時代において は表面は仏教はなはだ隆昌を極めしがごとくなるも、その実、理論実際ともにその精神すでに過ぎ去りて、ただ その形式発達の時代となれり。これ当時政府の優待の過ぎたるがために、外形上の儀式装飾は大いに進みしも、 その内部の精神はようやく腐敗するに至りしなり。かつ徳川氏はヤソ教の侵入を恐れしをもって、特に仏教に保 護を与えたり。しかしてこの弊や徳川の季世に至るに及びて層一層極端に傾き、仏教はただ儀式的装飾的のもの となり、僧侶は遊惰に流れ無学に沈み、位階を争い座席を競い、年臓をもって階級を定め、はなはだしきに至り ては金銭をもって僧位を鷲売するに至れり。しかれども当時の僧侶はなお仏教の精神すでに去りて形骸のみ存す るを知らず、鼓腹撃壌もって天下泰平、仏教繁昌を謳歌しつつありき。これを要するに、源平時代の前後にあり ては仏教内部の精神、あるいは理論上に発しあるいは実際上に発したりしが、徳川時代に至りては外部の保護優 待のはなはだしかりしため、内部の精神は転じて外部に移り、単に儀式上の一点においてのみ古来比類なき隆盛 を極めたりき。しかるに一朝王政一新の大革命あるに会し、僧家は愕然としてこれに処するの方を知らず。かつ 39 4 この革命や不幸にも三〇〇年間徳川氏が与えたる外部の保護を一時に剥奪せしをもって、ここに仏教は無精神無
形式のありさまとなれり。これに加うるに世運鰻々として日に月に進歩するも、仏教家は頑眠いまださめず、な お改進の途に就くを知らず。ああ、仏教明治初年の事情かくのごとし。衰えなんと欲するも、あに得べけんや。 これ余が仏教衰頽の原因は内部にありというゆえんなり。 つぎに外部の原因とは、維新以来泰西諸邦との交通ようやく開け百般の文物わが国に輸入するに従って、種々 の学術宗教これと同時に侵入したるにあり。しかして仏教はこれら学術宗教の刺激によりて、ますます衰微の機 運に傾けり。その学術とはすなわち理化等の諸学にして、この学はもっぱら実験に基づきて組織したるものなり。 しかしてこの実験的学術のひとたびわが国に行わるるや、仏教の説大いにこれらの学説と矛盾乖反するところあ り。これにおいて世人は理化学実験説を真理なりと認むると同時に、仏教は三〇〇〇年以前の想像説と断定し、 これを妄談空言として排斥せり。すなわちかの仏教の須弥説のごときは、彼らの攻撃する一要点なりき。かつ彼 らはわずかに仏教中の一点にして学理に反するあれば、ただちに仏教全体を挙げてこれを排斥せり。しかして仏 教家中に一人として学理上よりこれに答うるものあらず。これその衰頽せざるを得ざる一原因なり。また、つぎ にその原因たるべきものは、ヤソ教のわが国に侵入したることこれなり。わが国泰西諸国と交通を始めしより、 万般のこと上下ともに西洋開化の風に心酔し、一時はこれを模倣するをもって一般の主義とせり。しかしてその 余響宗教社会にまで波及し、わが国の宗教は未開の宗教なり、西洋の宗教は開明の宗教なりと誤解し、ヤソ教を 信ずる者日に月に増加し、ために仏教は大いにその勢力を減殺せられ、社会の中流以上にある者は仏教を顧みる 者なく、ただわずかに愚夫愚婦の間にこれを信ずるものあるのみ。これにおいてか、千有余年わが国の民心を支 配しきたりし仏教も、今や数十年を出でずして撲滅せんとするの悲境に沈降しつつあるを見るに至る。 440
教育宗教関係論 かくのごとく仏教は内部より腐敗を生じ外部より攻撃を受け、ついに衰頽せざるを得ざる場合となりしが、余 は深くこれを遺憾とし、微力ながらこの衰運を挽回せんことを思い、仏教をして再び隆昌ならしめんとするには いかなる手段をもってせば可なるべきかを考究し、ついに仏教復興は実際上と理論上との二方によらざるべから ざることを発見せり。しかして余は実際上の方法はしばらくこれをおき、まず理論上より改良を施さんことに着 手せり。余は学理上より仏教の道理の中等以上の学者社会に説くべき価値あることを示さんとするには、いかな る学を研究せば果たして適当なるかを考察せしに、今日仏教の衰廃は一方においては理化学の流行その一原因た るをもって、理化学に対して宗教の真理を開示するには必ず哲学によらざるべからず、また一方にはヤソ教の侵 入その一原因たるをもって、ヤソ教を排して仏教を振起するにはまた哲学によらざるべからざることを発見せり。 すなわち当時余の考うるところを記すれば左のごとし。 学理上よりヤソ教を排斥するものは哲学なり 理学に対して宗教を保護するものは哲学なり と。故に余は理論上より仏教を振興せしむるにはただ唯一の哲学を研究するにあることを信じ、大学に入るにあ たりて自ら哲学科を選びてこれを専修したり。 しかして余が研究中、なお一事の余が心中に浮かび出でたることあり。すなわち仏教の盛衰は国家の消長に関 係すということこれなり。何故に今日ヤソ教の世界中に勢力をたくましくし、仏教のわが国に萎靡して振るわざ るかというに、これ畢寛西洋諸国の富強にして、わが国のこれに比して貧弱なるがためのみ。もしわが国にして 西洋諸国よりも富かつ強ならしめば、わが国の宗旨もまた必ず世界万国の上に盛んなるや疑いなし。果たしてし 441
からば、仏教を盛んにせんと欲せば、まずこの国を盛んならしめざるべからず。かくして余は一方にありて国家 を保護するの必要を感ずると同時に、他方に向かいては学問上に真理を愛求するをもって目的とせざるべからざ ることを感ぜり。すなわち学者としては真理を愛し、国民としては国家を護らざるべからず。この護国愛理の二 大義務は吾人の最大目的なることを唱えり。そもそも人たるものは身心すなわち肉体と精神より成れるものにし て、肉体は吾人一個の成立を有するがために親子兄弟の繋累を生じ替属の関係これより起こり、精神は知識思想 を有するをもって学問の研究これより生ず。替属はあまた相集合して国家を形成し、学問は研究を重ねて真理を 発見するに至る。国家は実際上にして、真理は理論上なり。しかして実際上の性質は差別にして、理論上の性質 は平等なり。今これを概括すれば左のごとし。
⊥
身1﹂替属−国家ーー実際−差別
心−学問ー1真理−理論−平等
これにおいて、いやしくも人間たるものは身に護国の義務を担い、心に愛理の念を抱かざるべからざるを知る べし。かくのごとく身心の二者おのおのそのつかさどるところ異なりといえども、その実互いに密接の関係を有 するものなり。なんとなれば、身心相待ちて吾人の成立をなすものなれば、ただ表裏内外の差あるのみ。この二 者決して相分離すべからず、学問国家また偏廃すべからず、平等差別また決して偏椅すべからず。もしその一を 取りて他を廃すれば、必ず一方に僻する偏見に陥るべし。しかれども時と場合とにより、護国を先にして愛理を 後にすることあり、愛理を始めに置きて護国をつぎに置くことあり。あたかも歩行の際、あるいは右を先にし、 あるいは左を先にすることあるがごとし。今この関係を仏教上に適用するに、宗教の隆替は国家の盛衰に伴うも 442教育宗教関係論 のなれば、我人は国家のためには仏教を改良してその隆昌を期せざるべからず、また真理のためには仏教中に包 含する道理を究明するをもって目的とせざるべからず。これただに仏教家の責任たるのみならず、いやしくも日 本国民たるものはことごとく負担すべき義務なりと知るべし。 以上は余が経歴上、宗教につきての考えを述べたるものなり。しかして余は初めにおいては単に仏教回復の一 念を有し、哲学専修もこの目的より起こりしが、大学在学中その考え一変して、人生の目的は護国愛理の二大義 務を尽くすにあるを悟れり。その後﹃仏教活論序論﹄を著述せるは全くこの意に基づけり。かくのごとく余の考 えは哲学研究の前後において多少異なるところありといえども、これただその区域の広狭のみ。仏教を振起する 精神に至りては、前後一貫して終始相かわることなし。以上は余の仏教に対する感情の一端を述べたるのみ。以 下、余が教育の必要を感ずるに至りし次第を示さんとす。 仏教を再興せんとするにも、仏教家その人にして知識と道徳とを兼ね備うることなくんば、到底その目的を達 することあたわず。人よく道を弘む、道の人を弘むるにあらずといえるごとく、宗教は人を待ちて始めて盛んな るものなれば、仏教を再興せんにはまず仏教家を養成せざるべからず。これ仏教内部に教育の必要なるゆえんな り。またたとえ仏教家の智識のみ進歩するも、社会一般の人智進歩せざるときは、仏教をして盛昌ならしむるを 得ず。なんとなれば、世間一般の人智の程度低きにおるときは、外部より刺激を与うることなきをもって宗教家 は自らその位地に甘んじ、改良進歩の念を起こすことなきをもってなり。これ国民教育の一般に必要なるゆえん なり。しかしてもし国民教育の進歩によりて一般の人智大いに発達し、仏教家の智識の程度なおこれより低きに あるときは、なにびとといえどもかくのごときものを宗教家として奉戴することなかるべし。故にいやしくも宗 443
教家たるものは社会とともに進歩し、なおいくぶんか社会一般の人智の程度より高位におらざるべからず。余ま た西洋諸国にヤソ教の盛んなるゆえんを探究したるに、その原因また実にここにあるを知る。西洋の宗教家たる ものは多少一般の人民を教導するに足るべき学力を備え、かつその社会の智識の程度も一般に進歩するをもって、 もし宗教家にして不徳の所行をなすものあれば、世人はこれを宗教家として待遇するを許さず、ためにその人は 宗教内部に生活するを得ず。故に宗教家たるものは社会の制裁力の強きがために、自然その徳行を修め智識を磨 かざるを得ざるに至る。これ西洋の宗教の今日なお勢力ある一原因なり。これによりてこれをみれば、今日わが 国においては一に仏教家の教育、二に国民の教育を奨励することは、目下の一大急務なりというべし。 およそ吾人は国民として護国の義務を担うものなれば、この点より考うるも教育を盛んにするは吾人の責任た るや論をまたず。今日わが国にして西洋諸国と対等の交際をなし対等の条約を締結せんとするには、まず国民の 位地を高め、彼と同等の資格をもたしめざるべからず。しかして国民の位地を高めんとするには、必ず教育によ らざるを得ず。つらつらわが国の形勢を観察するに、わが国維新の際にありてはこれを西洋諸国に比するに、万 般のこと一として彼に勝るものなく、器械工芸等の有形的文明より政治教育等の無形的文明に至るまではるかに 彼の下に位するをもって、わが国民は全力を尽くして泰西諸国と肩を比べ文明国の列に加わらんことを企てたり。 このときに当たりてわが国民の最初に着目せしは泰西の有形的器械上の文明にして、一時は全国挙げてこれに心 酔し百事その風を模擬せんと欲し、工芸器械等みな彼より輸入し、ここに二五年間孜々として開国の事業に力を 尽くし、今日においてはほとんど西洋各国と同等の位地にまで進歩するに至れり。しかれどもその実力いかんを 顧みて、わが国が果たして今日西洋と同等の交際をなし得るや否やを考うるに、いまだにわかに首肯するを得ず、 444
教育宗教関係論 なおはるかにわが国の彼に比して劣るところあるを見る。これ他なし。けだし吾人の今日に至るまで騒々として 進みきたりしものは、ただ有形の文明のみ、外見の文明のみ。しかるに西洋諸国は数百年の久しき間、有形無形 並行並進し、ことに無形の智識思想の文明まず発達して、その枝に有形の文明の花を現出したるものなれば、到 底わが国の比較にあらず。しからば我人はこの国の無形の文明を進めて、今後西洋と同等の位地に至らしむるこ とを務めざるべからず。 無形の文明とはなんぞや。およそこの世界万有を大別するときは、物と心との二者に出でず。物に関するもの は有形にして、心に関するものは無形なり。有形とは器械、製造、土木、航海等をいい、無形とは智識、徳義、 権利、および信仰の四をいう。この四はみな吾人の心の上にある性質ならびに作用にして、この四を講究するも のは教育、道徳、政法および宗教なり。すなわち人の智識を開発するは教育にして、徳義を養成するは道徳なり。 もし教育をその広き意味にて解すれば、道徳もその中に入るべし。しかして人間相互の権利を全うせしむるもの は政治法律にして、信仰を定むるものは宗教なり。この四はともに無形を目的とするものなれば、いわゆる無形 上の文明とはこの四の並進して発達するをいうなり。あるいは人情を純良にし、あるいは風俗を高尚にし、ある いは勉強力を養成し、あるいは愛国心を奮起せしめ、あるいは団結心を輩固ならしむる等、すべてこの四の力に よらざるはなし。しかしてこの四を学問として研究するときは哲学に属す。故に哲学は無形の学なり。これに反 して器械、製造、土木、航海等の有形に属するものを研究するは理学なり。故に理学は有形の学なり。今これを 図に示さば左のごとし。 445
わが国は維新以来有形の文明大いに進歩したりといえども、無形の文明はいまださほどに発達せざるなり。し かれどもこの無形中、政治法律は多少進歩したるを見る。けだし政治法律は他の三者とともに無形に属すといえ ども、またおのずから種類の異なるものなり。教育のごときは、その方法はたとえ外部より注入するも、その目 的は内部の心意開発にあり。しかるに権利なるものは、もと各人相互の間に成立するものなれば、これを保護す る政治法律は全く外部より強行的手段を用いて当てはむるなり。故に政治法律は無形中の外部に属し、教育、道 徳、宗教の三は無形中の内部に属するものなり。今日わが国においては外部は進歩せしも内部はいまだ進歩せず、 形はすでに整いしも実はいまだ備わらず。しからば今後、吾人のますます盛んならしめんとするものは教育道徳 および宗教なり。しかれどもこのうち道徳は教育と宗教との相関係するものなるが故に、別に道徳の一目を挙ぐ るを要せず。さればわが国現今の最大急務とするところは、実に教育と宗教との二者を振起するにありと知るべ し。 しかるにここに一問題あり。曰く、わが国教育の法は泰西文明国のすでに完成せるものを輸入してこれを実施 したるものにして、今やいかなる山間僻阪といえども校舎の設けあらざるはなく、いかなる貧民の子弟といえど も普通教育を受けざるはなし、これ、あに教育の進歩にあらずしてなんぞやと。それしかり、しかりといえども、
教育宗教関係論 これなお教育の完成というを得ず。なんとなれば、わが国教育の進歩は、その建築の壮麗なる、器械の整備せる、 試験法の厳重なる、学科の高尚なる、その他管理法、教授術等の外部に属するもののみにして、教育の精神たる 心意の開発という点に至りては、いまだ果たしてその実功を奏したりというを得ざればなり。しかのみならず、 従来の教育たる、その欠点また少なしとせず。例せば一般の教育みだりに外部の競争にとどまりて内部の実を顧 みることなく、また智育一方の教育に偏して道徳実行のこれに伴うことなし。また教育勅語の下賜せらるるに至 るまでは教育の方針は多くこれを外国に取り、人倫道徳の教えといえどもその標準を西洋各国に取りて修身科に 適用しきたれり。また一個人主義の教育法あるを知るも、いまだ国民たる資格を与うるをもって目的とする教育 あるを知らざりき。頃者文部省教育令の発布ありて、ようやく国民的教育の方針一定するに至れり。これを要す るに、従来わが国の教育は洋風の模倣にして、いまだわが国に適当せる教育というべからず。故に今日より更に 改良を加えて、完全真正なる教育を振起せざるべからず。 教育と宗教とはこれを理論上より講究するときはともに哲学に属するものにして、これを実際上より観察すれ ばいずれも国家に関するものなり。そもそも教育の目的は一個人の心意を開発して完全なる人物を作るにあり。 しかしてその人にして完全なるときは、これによりて組織せらるる国家もまた完全なるべし。故に教育は完全な る一個人を作り、もって国家を益するものなり。しかして宗教の目的はただ一個人の精神を安定するのみならず、 人々の間に精神と精神とを結合し、いわゆる精神的団体を結成するものなり。なんとなれば、宗教はいずれも一 種不可知的の体を立て、これに向かいて衆人の精神を一結するものなればなり。ただし宗旨によりてその体を客 観上に立つるもの︵浄土宗、真宗等のごとし︶と、主観上に立つるもの︵禅宗のごとし︶との相異あり。しかれ 447
ども不可知的の体に向かいて各自の心を結合するに至りては二者同一にして、前者は客観上に一致せしめ、後者 は主観上に一致せしむるものなり。故に宗教は人心を一結するに大いにその功ありと知るべし。 以上論ずるところによりてこれをみれば、余が護国愛理の二大目的を達するには、この教育と宗教とを興起す るより適切急要なるはなし。すなわち国家よりいえば教育を振起せざるべからず、真理よりいえば仏教を再興せ ざるべからず。しかれども教育もこれを学問上より研究するには真理と関係し、宗教もこれを実際上に応用する には国家と関係するをもって、図のごとく相互密着の関係を有するものなり。故に教育宗教を振興すれば、これ と同時に護国愛理の二大義務を完成するを得べし。
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余や微力を掃らず自ら進みてこの二大目的を遂ぐるをもって畢生の本務とし、終始一貫すこしもその志を変ず ることなかりき。それ余が始めて大学にあるや常に自ら新聞雑誌に書を投じ、もって余が目的の一部分を達せん とし、教育上には普及舎の当時初めてわが国に通信教授を開設するに際し、これに加わりてその一部を担任し、 もって普通教育の普及を計り、また宗教上には﹃明教新誌﹄の寄書家に加わりて論説を草し、いささか各宗僧侶 に対して仏教の再興を促せり。しかして大学を出でし後はもっぱら著述に従事し、教育上には心理倫理等の書を 編述し、宗教上には仏教の講究振起に力を尽くせり。これみな余が二大目的より出でしものなり。 しかるにそののち余がこの目的を実際上に応用せんとするには、まず学校を設立するの必要を感じたるをもっ て、さきに哲学館を創立し実地に教育を施行するに至れり。しかして哲学館の目的とするところは文科大学の速 448教育宗教関係論 成を期し、広く文学、史学、哲学を教授するにあるも、なかんずく教育家、宗教家の二者を養成するにありて、 その方針とするところは、教育の方は日本主義をとり、宗教の方は仏教主義をとることとなせり。余が教育上日 本主義をとるゆえんは、わが国はすでに堂々たる独立国にして泰西諸邦の属国にあらず、吾人は日本の国民にし て欧米諸邦の臣民にあらず、吾人はすでに日本国民たる以上はこの国を維持せざるべからず、この国を維持せん とするには、日本固有の精神を保存せざるべからず。故に余は当時わが国の諸高等学校の西洋主義をとれるに反 対して日本主義をとり、教授上に日本語を用うるは申すまでもなく、教師も決して西洋人を用いざることと定め り。しかれども、方今は勅語ひとたび下りて教育の方針一定するに至りしをもって、殊更に日本主義を唱うるの 必要なし。また宗教上仏教主義をとるゆえんは、余が﹃仏教活論序論﹄に詳述せるがごとく、仏教は実際上わが 国固有の宗教となり一千有余年の間、人心を支配しきたりしものなれば、もし仏教にして野蛮非理取るに足らず、 これを今日に伝うべからざるにあらざる以上は、日本国民たるものこれを信奉せざるべからざる義務を有するも のなり。いわんや学理上仏教は真理として講究すべき価値あるにおいてをや。これ余が仏教主義をとるゆえんな り。 すでに哲学館を創立して以来、余自ら欧米各国の教学の実況を観察せんと欲し、遠く泰西に遊び年を越えて帰 朝し、更に大いに感ずるところありて、哲学館を改良し日本大学を開設せんことを計画せり。これまた余が護国 愛理の二大義務に関係するものなり。けだし教育と宗教との本源にさかのぼりてその主義を明らかにせんと欲せ ば、その国固有の学を専修する道を開き、もって学問の根拠を確定せざるべからず。わが国固有の学は国学、漢 学、仏学にして、日本大学の目的はこの三学の専門科を設くるにあり。これを要するに、余の教学に関する事業 449
は大小種々あれども、すべて護国愛理の二大目的を実行するに外ならざるなり。 以上は余がおよそ一〇年間の経歴の大要なり。しかれどもその間、余が志向多少変遷するところなきにあらず。 初めには宗教一方をとり、つぎには教育宗教をあわせとり、前には仏教のみを再興せんと欲し、後には国家と仏 教とともに隆盛ならしめんことを望めり。しかれども余が大体の目的、精神に至りてはすこしも変ずるところな く、ただその見識に前後広狭の差あるのみ。換言すれば、目的の変更にあらずして発達なり。しかるに世間、あ るいは余の目的変更を疑い、前には仏教の保護者として熱心にして今は大いに冷淡なりというものありといえど も、これけだし社会の五、六年前と今日と大いに変遷するところあるを知らざるによるのみ。そもそも近年仏教 の形勢大いに一変し、七、八年前においては仏教まさに廃滅せんとするのありさまなりしも、そののち世人は宗 教の必要を感じ、自然に外国の宗教を用うるより、むしろわが国固有の仏教をとるにしかざるを知るに至れり。 天下の形勢すでに一変するにおいては、世人の余の事業を見るもまた必ず変ずるところあるを感ずべし。しかる に世態のかくのごとく変遷したるを覚えずして余の事業を評するは、あたかも船に乗る人、己の動くを知らずし て対岸のはしるを見るがごとし。 今また七、八年以前衰頽の極度に達せし仏教の、何故に今日その勢力を挽回するに至りしを尋ぬるに、その原 因に二あり。一は哲学の流行、一は日本主義の流行なり。哲学の流行は学問上にして、日本主義の流行は実際上 なり。まず哲学の流行がその一原因たるは、第一に帝国大学にて印度哲学の名称をもって仏教をその学科に加え られしより、仏教は大いに世人の注目するところとなれり、第二に近来仏教の研究泰西諸国に盛んなりしをもっ て、またわが国の学者の仏教講究に心を傾けたるによる。つぎに日本主義の流行の仏教再興を助くるに至りしは、 450
教育宗教関係論 わが国維新以来一時の間は上下ともに欧化主義に傾きしも天下の形勢は一変して、他国を崇拝するときは国家の 精神を失い、その結果大いに憂うべきものあるを悟りしによるなり。畢寛、近来ヤソ教の行われたるは、ヤソ教 は西洋文明国に行わるる宗教なるをもって、定めて完全なる宗教ならんと誤解してこれを信奉するもの多かりし によれり。故をもって、日本主義の流行とともにわが国民はその国固有の宗教を奉ぜざるべからざることを感じ、 仏教の勢力ようやく回復するに至れり。 哲学の流行および日本主義の流行につきては、余もいささか力を尽くしたるところなきにあらず。余は大学に ありて自ら哲学を専修せしのみならず、世間に哲学を普及せんことに力を尽くせり。故に在学中余が主唱者とな り、先輩諸氏と計りて哲学会と名付くる一会を組織せり︵明治一七年一月二六日開会式を挙行す︶。しかして大学 を出でたる後は哲学拡張のために哲学書類を発行するの必要を感じ、自ら発起して哲学書院を開きたり︵二〇年 一月︶。また余が首唱ならびに主任となりて﹃哲学会雑誌﹄を発行し︵二〇年二月五日︶、編集所を余の宅に設け たり。つぎに哲学普及のためには哲学教授の道を開くの必要を感じ、哲学館を創立せり︵二〇年九月一五日︶。そ ののち哲学の応用を講ずるの急務なるを知り、館内に哲学研究会を開きたり︵二三年七月三日︶。以上はみな余が 発起首唱したるものなり。つぎに日本主義の拡張につきては、余は初め二、三の友人と相計り、同志相合して政 教社を起こし、﹃日本人﹄なる雑誌を発刊したり︵二一年四月三日︶。こは単に政治上の主義なるも、余は更に学 問上の主義を日本風に化せんと欲し、西洋より帰朝後ただちに日本大学設立論を草して、その主意書を天下に発 表せり︵二二年七月︶。ついでその翌年、資金募集の規則を発布せり︵二三年九月︶。これより全国一周を企て、 その翌年より資金募集に着手せり。その着手以来本年︵すなわち二六年︶二月まで、余が地方にありし時日合計 451
三九五日にして、その巡回せし場所は一道一府三一県四七力国二一八カ所なり。しかして演説の数八一一回にし て、一回の聴衆平均五〇〇人とすれば、四〇万以上の人に日本主義の必要ならびに哲学拡張の必要を知らしめた り。なお進みて全国四〇〇〇万の同胞にこの主意を知らしめんこと、これ余が祈願するところなり。 前述のごとく余はこの日本主義の拡張と哲学の普及とによりて多少仏教の再興に力を尽くして今日に至り、そ の精神は前後更に変ずることなし。しかるに世人は余が目下日本大学設立の事業に全力を尽くせるを見て、初め に仏教回復の有力者なりしも、今はその精神を変じて仏教外の事業にのみ奔走すというがごときは、これ全く余 の目的を知らざるものなり。余が大学設立論はひとり日本主義を学問上に振起するのみならず、あわせて仏教を 学術上より講究するの道を開き、もって世間の学者に仏教を知らしめんとするにあり。これ余が今日の急務なり と信ずるところなり。しかれども余はまた多少世間の仏教家と意見の異なるところなきにあらず。余は教育と宗 教との間に立ちて、一方には教育を盛んにし、一方には仏教を興さんとし、もって二者の調和を計らんとするも のなり。これ余が初め仏教再興の一念よりその原因を推究しきたり、その結果、わが国今日の急務は教育宗教の 二者を同時に振起するにあるゆえんを感ぜしをもってなり。 上来陳述せしところは余の今日までの経歴にして、いまだかつて人に対して語りしことあらざれども、今教育 宗教の関係を論ずるに当たりその経歴を述ぶるの必要を感じ、かくのごとく開陳したるなり。これより本論にお いて教育宗教の哲学ならびに国家に対する関係を述明し、結論においてこの二者の方針を論定せんとす。 452
教育宗教関係論
本
払
日肝日 教育と宗教とに二種の関係あり。一は理論上の関係、一は実際上の関係なり。すなわち理論上にありて哲学に 関係し、実際上にありて国家に関係するものなり。しかして理論上に教育の基づくものは心理学にして、宗教の 基づくところは純正哲学にあり。この純正哲学の哲学たるは言をまたず、心理学もまた哲学に属するものなり。 実際上には教育は学校を設立して子弟を教訓し、宗教は寺院教会を設置して一国人民を教導す。しかして教育も 宗教もともに人心を目的とするものにして、そのうち教育は心の現象上に関係し、宗教は心の本体上に関係す。 故に吾人の一身中に、心をもって教育と宗教との二者を結合するなり。今心を中心としてこの関係を表示すれば 左のごとし。 心理学 教育 学校 一 ︵心象︶ 理論︵哲学︶ 心 実際︵国家︶ ︵心体︶ ﹁ 純正哲学 宗教 教育の定義は種々あれども、その目的は知識を開発するを主眼とす。もちろん教育の関係するところははなは だ広漠にして、単に知識のみならず情感にも意志にもまた肉体にも関係するものなり。しかれどもその主とする 53 ところは知識開発にありというを得べし。宗教の目的はまた種々あれども、そのおもなるものは心霊を安定する 4にあり。この心霊と知識とはともに我人の一心なり。ただその間に体象の区別あるのみ。すなわち心霊は心の本 54 体を義とし、知識は心の現象に属す。これを理論上よりいえば、一は心理学に基づき、一は純正哲学による。ま 4 たこれを実際上に応用すれば学校寺院の組織を生ず。余が以下講述せんとするところはこの順序に従うものにし て、まず初めに理論上教育宗教と諸学との関係をのべ、つぎに実際上教育宗教と国家との関係に及ぶべし。
理論上の関係
理論上にていえば、教育には通例、体育と心育との二種を分かつ。しかしてその心育中、智育、情育、意育の 三あり。体育は生理学に属し、心育は心理学に属す。故に教育の理論は生理、心理を並説するを要す。しかれど も教育本来の目的は心育にあり。その体育を加うるがごときは他なし、心意の発達を期せんがために、その身体 の育成および健康をはかるをもってなり。故に教育の最も関係あるものは心理学なり。しからばその学はいかな る関係を教育の上に与うるかというに、心理学は智、情、意の性質規則を攻究するものにして、その結果を実際 に適用するものは教育なり。すなわち心理学は理論にして、教育は応用なり。故に心理学の講究は教育を実施す るに欠くべからざる学問なりと知るべし。 宗教はそのなんの種類たるを問わず、みな心をもって目的とするものなり。しかれどもその心たる、生滅ある 心を指すにあらず、不変不化の霊魂をいうなり。故に宗教は学問上より考究するときは、心体の実在を論定せざ るべからず。また宗教には心外に神仏のごとき最上無限の実体を既定するものなれば、理論上その存するゆえん を証明せざるべからず。しかして学問上心の本体、神仏の実在を論明するものは哲学をおいて他に求むべからず。教育宗教関係論 これ余が宗教は学問上にありては哲学に属すというゆえんなり。 しからば教育学はそのまま心理学にして宗教学はそのまま哲学なりやというに、決してしからず。教育学も宗 教学も、おのおの理論的と実際的との二種あり。教育学中実際を主とする実際的教育学は教授術、管理法等の実 際に関する部分を講究するものにして、直接に哲学に関係するものにあらず。これに反して理論を主とする理論 的教育学は直接に哲学と関係するものにして、心理学すなわちこれなり。また宗教学にも実際に属する儀式的宗 教学と、理論に属する論究的宗教学とあり。いずれの宗教にもその宗祖の製作せし経文あり。仏教の一代経、婆 羅門教の﹃ヴェーダ﹄、ヤソ教の﹃新・旧約書﹄、回教︹イスラム教︺の﹃コーラン﹄のごときこれなり。しかして その本経の説くところの真理非真理はおいて問わず。経文の一字一句を読請解釈し、これによりて布教伝道を目 的とするものは、余はこれを儀式的宗教学という。あるいはその経文の解釈のみをこととするにおいては、注釈 的宗教学と名付くべし。これに反して理論上よりその経文の説くところ果たして真理なりや否やを攻究するもの は論究的宗教学にして、余が宗教学の哲学に属すといいしはこの部分を称するなり。かくのごとく教育も宗教も 理論的講究上よりいえばともに哲学に属するなり。 つぎに心理学と純正哲学との関係をのべんに、およそ哲学には二種の部分ありて、一を有象哲学といい、一を 無象哲学という。有象哲学のおもなるものは心理倫理等の諸学にして、無象哲学はすなわち純正哲学なり。かく のごとく心理学、純正哲学は哲学中最も緊要なる部分を占むるものにして、その原理に基づきて教育学、宗教学 を組成するなり。今心理学と純正哲学とを比較せんに、心理学は部分学にして純正哲学は統合学なり、心理学は 心の一部分を考究し純正哲学は物、心、神三者の全体を考究す、心理学は心の現象を研究し純正哲学は物、心、 455
神三者の本体を研究するものなり。かくのごとく二学の性質おのおの異なるがためにその研究の方法もまたした がいて異なり、心理学は理学的方法により純正哲学は哲学的方法による。理学的方法は感覚すなわち経験を標準 とし、哲学的方法は思想すなわち論理を根拠とす。けだし心理学の目的とする心の現象はわが感覚上の経験によ りて認識することを得るも、純正哲学は本体上の研究なるが故に、感覚の及ばざる所に入りて証明せざるべから ず。故に両学の研究に異同を生ずるなり。 心理学はその研究の方法理学的なるが故に、またこれを理学︵。oo︷oo⇔o︶の一とするなり。この点よりみれば、 理学に有形的と無形的を分かたざるべからず。有形的理学は物理化学等の諸学をいい、無形的理学は心理倫理等 の諸学をいう。今教育学をこれに配すれば、その心育の理論を講究する心理学は無形的理学に属す、しかして教 育中の体育は生理学の道理に基づくものにして、その学は有形的理学に属す。この意味よりいえば、教育学は全 く理学に属するものなり。古代にありては諸種の学術みな哲学中に包含せられ、今日のいわゆる理学のごときも これを﹁ナチュラル・フィロソフィー﹂︵万有哲学︶と称せしが、今日は哲学の区域理学のために減縮せられ、心 理学のごときもこれを﹁メンタル・サイエンス﹂︵心意的理学︶と称し、理学中に包括せらるるに至れり。しかれ ども今日わが国に使用する理学なる語は単に有形的理学を称するものなれば、無形的理学に基づくところの教育 学は哲学に属するものといわざるべからず。 もしそれ心理学を理学とし純正哲学を哲学とする説に従い、教育は理学に属し宗教は哲学に基づくものとせば、 ここに理学と哲学との関係を一言せざるべからず。およそ世界には可知的と不可知的との二種の部分あり。なか んずきて理学の研究する場所は可知的の範囲に限るものなり。哲学もまた理学的に研究する学派にありては可知 456
教育宗教関係論 的のみにとどむるものとす。すなわちフランス︹の︺コント等の唱えしところこれなり。イギリスのスペンサーも また多少これが影響を受け、その哲学中に可知的、不可知的の分界を説き、学術上講究すべきものはひとり可知 的の範囲内にありとなせり。また可知的の中に既知と未知とあり、理学は既知より未知に進むものにして、哲学 は可知より不可知に及ぼすものなり。しかして哲学は絶対上より論ずれば、可知も不可知も一なりとす。なんと なれば、不可知的そのものも吾人の全く知り得ざるにあらず、吾人はすでに不可知的なりと知りたるなり。すで に不可知的なるものありと知れば、不可知もまた可知なりといわざるを得ず。もしまた相対上より論ずれば不可 知的は不可知、可知的は可知にして、この二者その別ありとするなり。要するに理学は可知的界にとどまりてそ のうち既知より未知に及ぼし、哲学は可知的不可知的の両界にわたりて可知より不可知に及ぼすものなり。しか るに今また未知と不可知とにつきて、未知は人智によりて知り得べきものにして、ただ今日いまだ知られざるの み。不可知は人智なにほど進むも到底知り得べからざるものに与うる名称なりとするも、その分界明らかならざ るをもって二者同一なりという者あり。しかれども人智に限りある以上は、その力の到底及ばざる不可知的ある ことを許さざるべからず。また理学は可知的範囲内に限るものとなさざるべからず。なんとなれば、理学は感覚 経験を基礎とし、感覚経験上の事実に照らして知るべからざるものは確実と認定することあたわず、しかるに感 覚経験は有限なるものにして、その力の及ばざるところあること明らかなり。果たしてしからば、未知と不可知 とを分かち理学は可知以内の学にして、その範囲外に不可知的の存在するを許さざるべからず。これに反して哲 学は思想を根拠とするものにして、思想なるものは有形無形を問わず過去と将来とを論ぜず、可知的を超えて不 57 4 可知的中に論入するものなり。故に思想には制限なく、可知と不可知との区別も思想自ら定むるところにして、
いかなる定義も一切思想の与うるところなれば、思想そのものには定義を下すを得ず。しかして哲学は思想によ りて推究するものなれば、哲学にもまたその定義を下すこと難し。しからば哲学はその区域極めて広大にして、 思想とその範囲をひとしくするものなり。しかれども単に学術といえば、理学も哲学もこの中に入らざるを得ず。 かつ理学哲学ともに一致する点ありて、人智を中心とするは二者の相同じきところなり。ただその研究の方法た るべきもの、一は感覚をもってし、一は思想をもってするの差あるのみ。また単に既知の点にとどまりて考うれ ば、未知も現在の不可知にして、不可知もやはり未知なり。しからば理学哲学ともに可知より不可知に及ぼすも のというも、あえて不可なることなし。 理学は単に相対の上に論じ哲学は相対絶対の上に論ずるものなるが故に、理学は哲学に比すればその区域狭陰 なり。しかして哲学より理学の説くところを見ればはなはだ浅薄なるがごとく、理学より哲学の論ずるところを 見ればはなはだ不確実なるがごとく思わるるなり。もし理学を単に有形的となさば、なお一層狭隆なるものなり。 心理学、倫理学のごとき昔はみな哲学の範囲に属せしが、今はこれを理学的に研究するの道を開き、理学の中に 加うるものあるに至れり。これただ理学の意味に広狭の差あるによるのみ。 もし理学もその広き意味によりて有形無形を総括すという説に従わば、教育は理学に属し宗教は哲学に属すと いうべし。この区別によれば教育は可知的の範囲において成立し、宗教は不可知的に関係して成立するなり。今 これを心の上につきていえば、教育は人の成長とともに次第に変化する心象に基づき、宗教は始終不変なる心体 に基づく。すでに教育は変化する心をとるをもって現在一世を目的とし、宗教は不変の心に基づくが故に広く過 去未来にわたりて三世に相関す。畢寛教育は可知にとどまり、宗教は不可知に基づくよりこの差異を生ずるなり。 458
教育宗教関係論 また道徳につきていえば、教育宗教ともに道徳を支配するものなり。しかれどもその間に区別ありて、教育は心 象上に道徳を説くをもって現在一世に限り、宗教は心体上に道徳を談ずるをもって未来の賞罰を説く。しかして 教育は外部にありては社会の制裁をもって不義非道を抑制し、内部にありては良心の命令をもって善道を履行せ しむ。しかるに宗教は現世の行為を原因として未来にその結果あるを示し、もって死後の賞罰を説く。これ畢寛 教育と宗教とはその目的相異なりて、教育はこの世界に対して道徳を守らしめ、もって完全なる人物をつくらん とし、宗教は人間以上、世界以外のものに対して純善なる心性を開かんとするが故なり。また真理の上につきて いえば、教育宗教ともに真理を目的とするものなり。しかれども教育は可知的内にして宗教は不可知的内なり。 一は人間より見て真理とするもの、一は神仏より見て真理とするものにして、その見るところおのおの異なり、 故に教育の真理はときによりて変遷するを免れざるも、宗教の真理は万古不易なりとす。しからば教育は一般の 学術に基づき、宗教は学術以外に存するものなりというべし。 これを要するに、理論上においては教育宗教ともに哲学に基づくといえども、その間相異なるところありて、 教育は可知的にとどまり宗教は不可知的に関するが故に、教育は理学に属し宗教は哲学に属す。これ一応の区別 なり。更に深く考察するときは、宗教は真理をもって万古不易と既定するものなれば、これを学術の範囲に入る るべからず。かくのごとく論定するときは、教育宗教の二者は全く相離れたるものと断言せざるべからず。すな わち上来論ずるところの点、左の三段に分かる。 第一段 教育も宗教もともに哲学に基づくこと 第二段 教育は理学により宗教は哲学によること 459
第三段 教育は学術にして宗教は非学術なること この第三段の断言に従えば教育と宗教とはその性質全く異なるものにして、教育の基づくところの学術は可知 より不可知に及ぼし、宗教は不可知より可知に及ぼすものなり。故に教育と宗教とを対照せば、一は勢力の作用 により一は情感の作用により、一は論究を主とし一は信仰を主とし、一は道理に基づき一は天啓に基づくものな り。これを表示すれば左のごとし。
教育︵可知的︶ 智カー論究ー思想1ー道理
宗教︵不可知的︶1情感−信仰ーー直覚ー天啓
すなわち教育の道理は可知的界に属するをもって智力思想の論究によりて知るべしといえども、宗教は人智以 外、不可知的に属する以上は、わが情感上の信仰もしくは天啓によるより外にこれを知る道なし。しかるにここ に一問題あり。すなわち宗教は不可知的より可知的に及ぼすというも、吾人は智力の作用を借らずしていかにし て不可知的を知るを得るかということこれなり。これを知るに宗教上二法あり。一は人間中の大聖人あるいは予 言者︵たとえば仏教の釈迦、ヤソ教のキリストのごとき︶によりて吾人自ら知るべからざることもその教示によ りて知るを得べしといい、一は吾人各自の直接にその心に感知するによりてその事情を知るを得べしという。す なわち吾人は乱心を沈め静かに考察するときは、自然に不可思議の妙理を感受覚知することあるこれなり。この 二法はともに天啓なれども、前者は予言者の訓示を信じ、後者は各人自ら直覚するものなり。故に二者ともに我 人の方より推知するにあらずして不可知的の方より啓示するものなれば、これを天啓という。その一は間接の天 啓にして、その二は直接の天啓なり。また内外両界において天啓を感ずることあり。内界は心内の直覚において 460教育宗教関係論 し、外界は宇宙の現象においてす。しかして内界は神秘すなわち神人交感をもって天啓とし、外界は霊怪すなわ ち奇跡怪事もしくは万有の霊妙をもって天啓とす。左に天啓の種類を表示すべし。 しからば天啓はいかにしてあり得るか。この天啓を説くにヤソ教のごとく天変地異は人間と同様なる意志を有 する神のなすところとすれば、道理の上に不都合なるも愚俗に了解せしむるには便利なり。しかるに仏教のいわ ゆる真如のごときものより説明するは、学者に知らしめやすきも愚人に対してはやや困難なりとす。今これを説 明せんとするに、まず人類は果たして完全なりや否やということを考えざるべからず。そもそも宇宙間に存在せ る森羅万象を探究するに、決して人類をもって完全なるものと断定するを得ず。人類の感覚器官はその数わずか に五種に過ぎず、しかもその五官はみな不完全なるを免れず。また人類の智識思想は時々刻々変化して極まりな く、人々の知ること思うことおのおの異なりて定まりなし。故に人類より見ればこの宇宙には知るべからざるも のありて、不可思議の世界あること疑うべからず。しかるに吾人の今日不可知となすものも将来知り得べきこと あらんという者あり。しかれども人類の進歩には程度あり。吾人の今日不可知とするもの、将来その智力進みて 今日に数倍せるものとならば、いくぶんか今日知るべからざるものを知り得ることあるべきも、なおその前にあ 楓 る不可知は必ず多かるべし。十を得ば百あり、百を得ば千あり、千を得ば万あり、到底尽くるところなくして無
限ならん。かつ吾人は将来幾万の星霜を経過せば、あるいは最上至極の全智全能の境遇に達するを得べしと仮定 するも、地球そのものにも一定の寿命ありとするときは、人間にも全くその種類を絶滅するときあるべし。果た してしからば、人類世界にありては不可知的なるもの永く存することは疑うべからず。かくのごとく人類は微弱 不完全なるものなれば、わが智力をもって進みて不可知的の本体を知るを得ず。しかれども吾人の方より多少そ の体に向かって探るを得ば、また不可知的の方よりも吾人に通ずるの道あるべき道理なり。けだし不可知的なる ものは吾人を離れて遼遠なる所に独存するものにあらず、吾人に最も近き所すなわち吾人の身心すでに不可知的 なり。瀞荘たる天地より一滴の水、一撮の土に至るまで深くその理をきわむれば、一物として不可知的ならざる はなし。なかんずく吾人に最も近き極所は吾人の心なり。たとえば地球の内部に含蓄せる火気の外部に噴出する はその最も薄き層よりするがごとく、可知と不可知との間に厚薄を異にする界壁ありと仮定せば、その最も薄き 所は心なり。故に不可知的のその気を可知界に噴出するにはまずわが心をもって噴火口とし、その内に啓示を感 ずるなり。かの釈迦その人のごときは噴火口の最も大いなるものなれば、その心中において不可知的の霊気を噴 出せること最も多しというべし。しからば釈迦のごときは生まれながら賢明にして、すこしも修行も苦心も要せ ざるべき道理なりというに、こはヤソ教において解すればやや困難なる点にして、ヤソは父なくして生まるとい うがごときすでにこの世界の規則を破りたるものなれば、三〇歳に達するを待たず生まれながら世界を震動する に足るべき不可︹思︺議を開現する理なれども、仏教にていえば原因結果の規則を基本とするをもって、この世界 に生まるる以上はたとえいかなる大聖人なりといえども万有自然の規則に従わざるを得ず。釈迦はすでに人類の 規則に従ってこの世界に誕生せる以上は、その智識の開発もまた人類一般の規則に従わざるべからず。しかれど 462
教育宗教関係論 もその結果に至らば大いに他に異なるところあるを見るべし。たとえば地中より出でたる宝玉はその初め瓦石と 異なることなきも、ようやく琢磨してその結果に至り大いに異なるところあるを見るがごとし。けだし釈迦のご とき大聖人はその心内に包有する美玉は千里を照らす力を有するも、その初めて人胎に宿りて形体を結ぶに当た りては更に他人と異なるところなし。ようやく生長して心内の美花ひとたび開くときは、不可思議界より発する 大光明をその上に放ち衆人の仰歎するところとなるなり。これを要するに、可知不可知両界の交通する関門は吾 人の心にして、この心においてただちに不可知的の天啓を感受するなり。これ宗教上において観法を修め戒律を 保ち、もって心の沈静を計るゆえんなり。もしそれ妄念の雲霧ひとたび消散せば、朗々たる真如の明月は霊然と してその清光を四方に放つに至るべし。 つぎに外界における啓示に二種あり。その一は外界の規則に反するものをとりて啓示とする説、これヤソ教の 唱うるところにして、原因なくして結果あり、親なくして子を生み、死せるもの復活するごとき、みな神の自在 力の作すところとす。かかる不道理なる啓示は今日決して許すべからず。仏教にもまた外界の不思議を説くこと なきにあらざれども、これもとより道理の証明を待たざるべからず。これに反して第二は外界の規則の秩然とし て乱れざる中において自然に不可思議を感知する説、こは道理上許すべきものなり。たとえば秋の夜蒼々たる中 天に懸かる明月を眺め、冬の日満目榿々たる雪景をみれば、おのずから天地の美妙を感じ不思議の観念を起こす がごとき、これやはり一種の啓示というべし。これによりてこれをみれば、この宇宙の内部には一大勢力を包有 し、この勢力の発現によりて天地その位を保ち万有その形を現ぜしがごとし。この説たる単に宗教上の想像にあ らず、今日諸学者の唱うるところなり。理化学の攻究によるに、宇宙の太初渾沌たる一物ありこれを星雲という。 463
星雲ようやく回転を生じて、ついに千万無量の世界を形成するに至れり。しかしてその回転するは、その内部に 包有せる勢力の開発ならざるはなし。この勢力発現して物力となり生活力となり感覚力となるも、その最も純粋 なるものは人類所有の心なりとす。この勢力とは余がいわゆる不可知的体中より発するものにして、これを仏教 にていえば真如自体より生ずる大活力なり。この点より見れば、天啓もまた全く道理なきにあらず。 およそ宗教はいかなるものにても天啓を説かざるはなし。もし天啓を加えざれば決して宗教となるを得ず。た だその天啓とするところ、さきに挙ぐるごとく内界外界、直接間接の別あるをもって、宗教異なればその説くと ころまた異なるのみ。今仏教のごときは主として内界の啓示を説くものにして、あるいは﹁一切衆生はことごと く仏性を有す。﹂︵一切衆生悉有仏性︶といい、あるいは﹁心仏および衆生はこれ三無差別なり。﹂︵心仏及衆生是三無 差別︶といいて、吾人もし妄念の雲を一掃すれば、だれにてもその心内において真如の月光を開現せしむべし。し かしてその雲を払わんと欲せば、観法戒法等の手段によらざるべからず。故に吾人が道徳を行うもまた妄念をは らう一手段たるに過ぎずとなす。これ仏教一般の通説とするところなり。これに反してヤソ教のごとき道理外通 則外の自由意志を有する神を立つる宗旨は、吾人は善をなすもその善果たして神の意に適するや否や、これによ りて果たして神の救助をこうむるべきや否や得て知るべからざるも、神は善人を愛するものなるべきをもって吾 人は善をなして神の意を迎え、もってその救助の命を待たざるべからずと唱うるに至るべし。 上来陳述せしところをもってこれを見れば、教育は現在世界において完全なる人物を造出せんがために智識道 徳の養成を期するに至り、宗教は人類をして不可知的界と通じかつこれに達せしめんとし、その手段に道徳を修 めしむるなり。かくのごとく教育は人類一生の間に限るものなれば、その見解をもって不可知的にわたれる宗教 464