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引田弘道著『ヒンドゥータントリズムの研究』

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Academic year: 2022

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著者 島 岩

雑誌名 北陸宗教文化

巻 10

ページ 111‑116

発行年 1998‑03‑01

URL http://hdl.handle.net/2297/3067

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書評

引田弘道 著         

『ヒンドゥータントリズムの研究』

(山喜房佛書林、1997年、519頁、25,720円)

島 岩

( 書評)『ヒンドゥータントリズムの研究』 (山喜房佛書林、 1997 年、 519 頁、 25,720 円)

島  岩

0.1 はじめに

インドの宗教に関して、合理主義的・人間中心主義的宗教理解がどちらかと言えば中 心をなしてきたインド学仏教学研究のなかで、儀礼主義的で呪術的要素や非道徳な宗教 実践をも含むヒンドゥー・タントリズム(ヒンドゥー教の密教)の研究は、これまであま り盛んだったとは言えない分野である。そして、この分野の研究が本格化したのは、世界 的にもここ20年くらいのものである(その先駆的研究の代表例が、Sanjukta Gupta et al.,Hindu Tantrism , 1979とTeun Goudriaan and Sanjukta Gupta,Hindu Tantric and S¯akta Literature´ , 1981である)。その後、欧米では、Andr´e Padoux、Alexis Sanderson, Mark.S.G.Dyczkowski、B.B¨uhnemannなどの一連の研究が、一方、日本では、原実氏と その教え子でフランスでPadoux氏の薫陶をも受けた高島淳氏の研究が、顕著なものであっ た。日本におけるこの両氏はともにこれまで、ヒンドゥー・タントリズムが通常、シヴァ 派系統のもの(カシミール・シヴァ派のものと南インドの聖典シヴァ派のものなど)とヴィ

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シュヌ派系統のもの(具体的にはパーンチャラートラ派のもの)とシャークタ派のものに 大きく分けられる中で、シヴァ派系統のもの(パーシュパタ派とカシミール・シヴァ派)

の研究を行ってきた。それに対して、高島氏と同じく原氏の教え子でイギリスでSanjukta

Gupta氏の薫陶を受けた本書の著者引田氏のほうは、日本ではじめてヴィシュヌ派系統

(パーンチャラートラ派)のタントリズムの研究に着手し、パーンチャラートラ派の「三 宝」と呼ばれる最も重要な三つの文献のうちの一つである『サートヴァタ・サンヒター』

を中心に研究を押し進め、その成果を、東京大学から学位を授与された博士論文としてま とめ、それが今回出版の運びとなったのである。その意味で、本書は、日本におけるヴィ シュヌ派系統のタントリズム研究の画期的著作であると言うことができるであろう(そし て今後は、日本でも、南インドの聖典シヴァ派やシャークタ派のタントリズムの研究へと、

研究が広がっていくのが待たれるところである)。

仏教の密教をも含むタントリズムの特徴としてしばしば、その秘密性(セクトに属す師 による秘密の伝授など)、象徴性(世界や神仏などを象徴するマンダラやシュリー・チャ クラやマントラなど)、儀礼性(入門儀式d¯ıks.¯aや灌頂儀礼など)等が挙げられるが、本 書はそのなかでも特に、儀礼を中心に扱ったものである。つまり言いかえれば、本書は、

タントリズムに含まれている高度の哲学的思索の側面(仏教の密教哲学やヒンドゥー・タ ントリズムのアビナヴァグプタのトゥリカ理論など)と儀礼や瞑想(観想法)を中心とす る宗教的実践の側面の中でも、宗教的実践の側面(そしてそのなかでも特にその儀礼の側 面)を中心とする研究(もちろん、その他の側面も当然そんなにすっきり区別できるもの ではなく、からみあって論じられることにはなるのだが)なのである。

以下、本書の内容を簡単に紹介していくことにしたい。

0.2 本書の内容紹介

全五章からなる本書のまず第一章「ヒンドゥータントリズムとパーンチャラートラ派」

では、インド中世思想におけるパーンチャラートラ派の位置、「パーンチャラートラ」と いう語の意味、パーンチャラートラ文献の中での『サートヴァタ・サンヒター』の位置、

パーンチャラートラ、バーガヴァタ、サートヴァタの定義、ならびに、タントリズムの語 義について考察されたのち、ヒンドゥータントリズムの内容が概観され、最後に、『サー トヴァタ・サンヒター』の構成と内容が簡単に紹介されている。第二章「最高神の展開と マントラ」では、最高神の展開と瞑想の対象としての姿が、四ヴューハ神とヴィシャーカ ユーパ・各月の主としてのヴューハータラ神・ヴィバヴァ神に分けてまず説明され、次に、

これらの神々を指示する手段であるマントラの性格と種類が、その性格と機能・マントラ の抽出・マントラの構造分析・『サートヴァタ・サンヒター』に説かれるマントラの具体 例に分けて詳細に説明されている。第三章「最高神崇拝の種類と次第」では、ヒンドゥー タントリズムにおける崇拝の種類が、日常の崇拝・特殊日の崇拝・現世利益を求める崇拝 という種類や、jn¯ana-, yoga-, kriy¯a-, cary¯a-p¯adaの種類のように一般的な形で分類された のち、そのうちの日常の崇拝について、その儀礼の次第が詳しく紹介される。すなわち、

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この日常の崇拝が、(1) 肉身から神身に至る段階、(2) 瞑想による崇拝と実際の祭祀と火 供(護摩)からなる中心部分、(3) 一連の終了儀礼ののち神身から肉身へと戻る段階とい う三つに分けて、分析されているのである。第四章「パーンチャラートラ派とプラーナ文 献」では、ヴィシュヌ神の眠りと目覚めの儀礼を骨格とする雨期の間の四カ月間の供養に 関して、プラーナ文献の記述とパーンチャラートラ派文献の記述との比較が行われ、プ ラーナ文献に見られるこの供養が、パーンチャラートラ派に見られる神像開眼供養を主な 資料として成り立っていることを論証している。第五章「入門儀礼(d¯ıks.¯a)と灌頂儀礼

abhis.eka)」では、ヒンドゥータントリズムにおいて最も重要だと考えられる入門儀礼

と灌頂儀礼が取りあげられ、その各儀礼が原典資料に基づきながら、実に詳細に説明され ているとともに、両儀礼の関係についても考察が行われている。

0.3 終わりに

以上、本書の内容について簡単に紹介したが、一読してまず感心するのは、その視野の 広さと用いられている原典資料の豊富さである。すなわち、『サートヴァタ・サンヒター』

を骨格としながらも、その他のパーンチャラートラ文献は言うに及ばず、カシミール・シ ヴァ派や南インドの聖典シヴァ派やシャークタ派の文献ばがりか、プラーナ文献までも用 いながら、それらに見られる儀礼との比較を通して、『サートヴァタ・サンヒター』に見 られる儀礼の特質と意義を明らかにしようとしているのである(なかでも、詳しく比較さ れているのが、南インド聖典シヴァ派の文献である『ソーマシャンブ・パッダティ』であ る)。タントリズムは、インドにおける宗教の発展の最後の段階において登場してきたも のであるということもあって、それ以前の宗教的要素をきわめて総合的・複合的に取り込 んできたものである。そのため、その特質と意義を明らかにするには、この著者のような 視野の広さと参照すべき文献の豊富さが必要不可欠な分野であるだけに、その意味でも、

本書の研究は、今後のタントリズム研究にとって、きわめて示唆的なものであると言える だろう。ところでここでーつだけ疑問を述べさせてもらうことにしたい。たとえばシャ一 クタ派のシュリー・クラ派の文献などを読んでいると、シュリー・チャクラ、シュリー・

ヴィディヤ一、ヴァーチュから展開した世界、トゥリプラスンダリーを中心とする女神た ち、サンスクリット語のアルファベット、体内におけるクンダリニーの動きなどが、見事 なまでに緻密にあるいは極めて機械的に対応して包含しあうという相互の総合的な相同性 あるいは包含性が、儀礼(供養)を成り立たせる前提として、あるいは供養の次第それ自体 の中に認められる。そして、この総合的な相同性あるいは包含性がヒンドゥータントリズ ムばかりかタントリズム一般の一つの大きくかつ重要な持質をなしており、そのためこの 特質は、派が異ってもさまざまに形を変えながらも共通に認められるものだと筆者には思 われるのだが、そういった点が少くとも本書の儀礼の記述や今析を読んだ範囲内ではあま り認められないのである。これはどうしてなのだろうか。

なお最後に、『サートヴァタ・サンヒター』の英訳のほうも、今後まとめて本の形で出版され るものとは思われるが、これまで論文という形で出版されてたもののリストを、ここに参考

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のため以下に挙げておくこととしたい。”S¯attvata Sam. hit¯a: An Annotated Translation”, chap.6(2); 9(2); 18; 19(『愛知学院大学文学部紀要』20; 21; 22; 23)、chap.3-6(1); 7-9(1);

12; 25(1)(『人間文化』5; 6; 9; 10)、10-11; 14-15; 13(『愛知学院大学禅研究所紀要』18.19 合併号; 20; 22)、17(1); 17(2)(『曹洞宗研究紀要』21; 23)、16(『東海仏教』37)、1-2

(『前田恵學博士頌寿記念仏教文化学論集』)。

「書評と紹介:引田弘道著『ヒンドゥータントリズムの研究』」『北陸宗教文化』10号、

1998.03、pp.111-116。

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