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言語文化研究所年報 12号

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(1)

ISSN 0915-7654

武庫 川 女 子 大 学

言語文化研究所年報

12

(2)

武 庫 川 女 子 大 学

言 語 文 化 研 究 所 年 報

12号

インター不ットの日記サイ トにおける表記の特徴

岸本

千秋

1

次 ネッ ト表記

( )付

き文字 日記 爆

表現 としての言文一致体

―速記演説文の文体規範 と表現 ― キー ワー ド キー ワー ド キー ワー ド キ ー ワー ド キー ワー ド

西崎

15

市川

真 文

31

昌妊

45

徳原

茂実 イ

1

メデ ィア利用 の原型

― メデ ィアか らみた国語教育史

1-言文一致 速記演説文 規範意識 言語主体 表現 言語生活 科学化 言語文化 学習方法 流行歌 語彙調査 人称代名詞 男女の恋

古今集仮名序の「 こ とわ ざ」 について

韓国の流行歌の語彙

-1998・ 99年の流行歌 を資料 として一 古今集仮名序 ことわざ 言語活動 事業 諺

(3)

武庫HI女子 大学言語文 化研 究所年報 第12号 (2000)

インターネットの日記サイトにおける表記の特徴

1.はじめ に 個 人・企業 を問 わず、 ケー タイやパ ソコ ンを使 ったメールが、現代 の情報 社 会の 中で大 きな位 置 を しめつつあ る ことは確 かであ る。特 に若者 につ いて は、「他 人 と面 と向かって話 をす ることが音手である」 な どの意見があ り、 事 実 、「顔 が見 えない分 、素直 に 自分 の気持 ち を表 現 で きる」 とい う使 用者 も多 くいるようである。 ところで、 インター不 ツ トには、個人の 日記 を集めたサ イ トがある。 日記 ではあ るが公開 されている、つ まり他 人に見せ ることを前提 として書かれ、 公 開 されている 日記である。それ らを閲覧 してみ る と、 インターネッ トの世 界以外 で はほ とん ど見 られ ない独特 の表記 方法 が、大 き くわ けて3種 類 あ る ことに気が付 く。一つは (^3^)/、 \(^0^)/、 m(__)mな どの「顔文字」で ある。二つ 目は、メールア ドレスのサーバーの前 につける「C」 を、人物や 場所の説明 として応用 しているものである。例えば、 あお じ

@16歳

の くだらない毎 日ヽ ♪ 朝 ごはん

@我

が家 などである。そ して三つ 目は(笑)の ように、多 くは文章の末尾に現れる( ) で くくられた表現方法 (以下、「

( )付

き文字」

)で

ある。例 えば、 アイス じゃな くてチ ョコの部分が不クタイに… (黙) の (黙

)や

、 9年前 の 自分 に恋 しそ うにな りま した (爆). の (爆

)な

どである。

これら「顔文字」・「

@」

・「

( )付

き文字」など、インターネットの世界

独特の表記方法を総称 して、「ネット表記」と呼ぶことにする。

この「ネット表記」のうち、本稿では

(爆

)な どの「

( )付

き文字」に

(4)

注[]し、 どのような文章 に「

( )付

き文字」が現れるのか、 また、 日記サ イ トの使用者たちが、 どの ような意味 ・感情で「

( )付

き文字」 を使 って いるのか、そ して どういった効果 をねらっているのかについて分析を試みる。 用例 は、「

( )付

き文字」の直前に現れる文章 (以下、「本文」

)と

「( ) 付 き文字」 を 一つのセ ッ トとして挙げることとする。 2.デー タの収集方法 と特徴 デー タを集めた 日記サ イ トは次 の

2種

類 であ る。 http:〃www.diary.ne.jp/i/ さる さる日記 hip:″sv.mcity.ne.jp/D/ 日記 うえぶ

3-無

料の 日言己レンタル ー この2つのサ イ トか ら、10代ヽ30代のユーザーが書いた ものを中心 として 用例 を抽出する。 それらの用例 を見てみると、「

( )付

き文字」の全体 としての特徴は、感 情表現や本文の状況説明をする役割・働 きにあると言ぇる。その感情表現 ‐ 状況説明 している「

( )付

き文字」 は、バラエテ イに富 んでいて、数 も多 い。以下に用例 を示す。 く感情表現

>

(1)昨

日のボクの様子 を見て、心配 して くれたらしく、今 日は従兄弟が 妹 さんと一緒 に、観光に連れていって くれる事 になった !(喜)

(2)あ

!そうそ う今 日意外 と暑 くなかったねえ 風が心地 よかった(嬉)

(3)ん

―、やっぱ り強歩大会のせいだなこんち くしよ―― !(怒)

(4)本

当に大文夫 なんで しようか… (不安)

(5)ん

で 、帰 って きた らネ ッ ト友 か ら手紙

&誕

生 日プ レゼ ン トが あ … … (愛)

(6)で

もこっちが落ちててうまく話せず。 くうっ (悔)。

(7)視

聴覚室覗いたら、春 日井先輩がいたので、笑われるの覚悟で ネク タイの結び方を教えて もらう … … … 。(恥)

(8)ふ

ふ…こうやつてヒ トは成長 してい くんだな、て初めて実感 した今 日この頃… (哀愁)

(5)

イ ンター ネ ッ トの 日記サ イ トにおける表記の特徴

(9)あ

―、日本語のクラスに入れてもらえますように (はぁと)

00

う∼∼ん。でも……・(悩)

0)で

、今日はこれから投函。はああ・… (嘆息) 0カ イベント、蹴 りました (滅)。

03

東京は行かないし…・行ける程金もないし (溜息)

00

はあ …・・なんて作るのめんどくさそうなんだろう …(涙)

0,

これは私の通う高校の毎年みどりの日に休み返上で開催されるマラ ソン大会です (温)

00

今、1まくは河●塾 に通 ってお ります (照) 0つ そのまま洗濯機を回したらきっと渦の中で戯れるんでしょうね。あ はは (乾笑)

00

しかしまた変なことしてたね

LAIDさ

ん!(失笑)

09)い

ろいろあったけど、楽しかったね ―・…も(徴笑)

20

あ、そうそう。今日はバイト無いのに呼ばれました (苦笑)

ID

春 日井先輩は体温低いって言ってたけど、先輩のぬ くもりがあった かかった … … …。(悦) ② 昨日から念願の

7連

体が始まりました!(感涙)

00

な、何 とか佃 イベント用に新刊用意出来ました。ヨカッタ…。(安 心) ② 今度か らもっとちゃん とタイ ミングよく更新 しな くっちゃね、(痛 笑)、

2'

いや∼、 どうやらまだ未練が残ってるらしくてねえ、色々と(泣笑) これ らは、喜怒哀楽などの感情を表 している用例である。 ⑨ (はあと

)は

、普通「ハー ト」 と片仮名で表記するか、あるいは記号の 「 」で表す ところを、平仮名で表 している。α》(減

)は

「滅入つている気 分」 を表 してお り、

GO(涙

)や

⑮ (潤

)は

泣いている様子 を直接的に表現 し ているものである。① は、「あはは」 とい う「乾いた笑い」であることを(乾 笑

)と

いう省略 した形にして表 している。 また、

2)(悦 )は

「悦 に入 ってい る」書 き手の様子 を伝 えていると捉えることができる。

(6)

このパ タンでは、「

( )付

き文字」を付け加えることによって、本文で表 している喜怒哀楽などの感情 をより明確に し、強調 している効果があると考 えられる。

<状

況説明

>

(1)ど

―せ雨続 きの うちに伸びるんだろうと思 うと嫌 になって くる・… で も去年の惨事 を繰 り返 してはならぬ。 うう (鳥肌)。 (2)く ぅ!!これは時間外手 当付かないのか

!'

'付

かない・… ぶぶ ぶぶぶぶ … ・(沈没)

(3)時

間止 まってほ しい ……(切実)

(4)平

井堅のニューウンングル

vvvい

いス、良い曲!ああ もう今 日は 幸せ一 うふふううううヽ∼

vvv(か

なり変な状態)

(5)春

日井先輩は太 るって言 ってたけど、おい しいモノは我慢 しちゃい けませんっっ!!(力説) (6)まあ俺 もテニスは じめたの中2やか らね (言い訳) (7)20日は練習 らしいけど…あれ

'何

'オ ミつちもしか して変わったの か

'

違 うよなぁ?(独り言)

(8)朝

っぱらか ら母親 に泣かされた (大マジ)。

(9)だ

れか、どらえもんち ょうだい (かなり切実)

00

…こ、これから頑張 ります。オス。(気合い)

CD

暑いのは人混みのせい (ばそ

QD

ちょっとばっかテレビ台 とコンセン トをい じって、 とうとう繋げま した。 ぅひひひひ (←ちょとヤバイ人風)。

03)そ

れか ら、それから、ギャラリーも公開 しました !が んば りました よ !誰 か誉めて下さい !(誇 らし気に) 0つ あっ、お兄ちゃんに反対 されて しまうか しらね えヽ?(お婆ちゃん 風に)

0)あ

のね (アクセン ト微妙 ここに表 したものに限らず、ほとんどの用例が「話 しことば」の調子で書 かれたものである。その結果、声に出して話す場合には相手に伝わるニュア

(7)

イ ンター 不 ッ トの 日記サ イ トにおける表記の特徴 ンスが、話 しことばのままに書いているため うま く伝わ らない ことが多 くな る。つ まり、話 しことばでは省略が多 くなって しまうため、書 きことばなら 不要な状況説明が必要 になって くるのである。 さらに言えば、他人に誤解 さ れない よう気 を配 っているため、細かなニュアンスを伝 える「

( )付

き文 字」 を用いるのである。 (1)の「 うう」や、(2)の「ぶぶぶぶぶぶ … 」 などは、それだけではどん な状況なのかは分か りにくいが、(鳥肌)、 (沈没

)と

い う「

( )付

き文字」 が付け加 えられることによって、それぞれ(1)鳥肌が立っている状況や、② シ ョックで気分が沈没 している状態であることが分かる。 また、⑫は「うひひ ひひ」 という笑いを (←ちょっとヤバ イ人風

)に

笑っている様子だ と解説 し ている。α鎌0も同 じように、それぞれ書 き手 としては (誇らし気に)、 (お婆 ちゃん風に

)と

いうつもりで書いていることを示 している。①の「あのね」 は普通のアクセントではなく、微妙に違ったアクセントで発音するこを表 し ている。

3.パ

タン

1-

「形式」を観点として 全体 としては、感情表現や状況説明といった役割を持つ「

( )付

き文字」 であるが、「形式」 という観点からパタン化することもできそうである。 特徴的なパタンとしては、大 きく次の4つに分けられる。「漢字

1文

字」 「オノマ トペ」「表情を直接表現」「有名人を引用」であり、以下、それぞれ について用例を挙げてい く。 3.1.漢字1文字

(1)あ

ああごめんなさい眠いか ら勘弁 してお くれ (詫) ② 甘い もの食べたほうがいいよなあと思 って、買って食べて、具合を 損ねてます (殴)

(3)ち

ょ、ちょっと、妹 さん巫女のバ イ ト中 じゃないのっっ

?!(慌

)

(4)誰

も僕の

HP見

てないんで しょうか

?(汗

)

(5)上

のンヤツ、プ レザーは根性で作 るわよ ‐……(燃)

(8)

⑥ アイス じゃな くてチ ョコの部分がネクタイに¨・(黙)。

0

あれ∼、おか しいなあ

?前

は確かに結べたはず なのに 一・・―。 (考) これ らは、書 き手の今の気分や状況 を漢字一字で表 しているものである。 感情や状況 を語句単位や文単位で表現するよりも、 より強 く、直接的な印象 を読み手 に与えようとしているものであろう。 (1)は謝っていることを (詫

)と

いう漢字一字で表 している。③は慌ててい る様子 を (慌

)で

、(4)は「汗が出てきた」 ことを (汗

)で

、 また(6)の (黙) は、ネクタイにチ ヨコがついて しまったことが シヨックで思わず「沈黙」 し てまったことを、それぞれ漢字一字で表 しているものである。 3.2.オ ノマ トペ

(1)外

見 はiMacと か

Macの

ノー ト

PCが

いい な カ ラーが綺麗 なんだ よ ね 特 にグ リー ン … … (う っとり) ② と、ゆ―ワケで先輩、共 に大 りましょうっっ!!(にっこり/天使の 微笑み) ③ 日本語 なんか忘れてるに決 まってるじゃないですかあ (にや ぁり) (4)ま あいいけど …・いいけどさ (いじい じ)

(5)あ

∼、恐ろ し (ぶるぶる)

(6)こ

れならいい加減 に鉛筆転が して選んだ方が当たるん じゃないです か (が一ん)

(7)勝

手 に連れ出 しちゃっていいのっっワ!(あせあせつ) (8)ま あ、なるようになるか。(へろり)

(9)飲

めないです。 日本酒なんか。喉が痛 くな ります。(きっぱり)

00

まあヽその分打つか らいいかぁヽ !(あ っけらかん) (2)(にっこり

/天

使の微笑み

)は

、単 なる (にっこ り

)で

はな く、(天使 の微笑み

)の

ような (にっこり

)な

のだと二重 に説明 しているものである。 (5)の (ぶるぶる

)や

(6)の (が一ん

)な

どは、普通は片仮名で表記 されるとこ ろを平仮名を用いている。普通 とは違 った表記 を用いて他入 との差別化 を図

(9)

インターネッ トの 日記サイ トにおける表記の特徴 ったり、強調効果をもたせたりするものであろう。また、(3)は単に「にやり」 ではなく、(にやあり

)と

表現 してお り、含みのある笑いを表そうとしてい る。(7)はあせっている様子を「焦る」ではなく(あせあせっ

)と

表現 してお り、(8,は平然としていることを (へろり

)と

いう語句で表している。これら も、他人があまり使わないような表現方法を用いて、独自の感情を表現 しよ うとしているものである。 3.3.表情表現

(1)帰

り道にふ と目に付いた画材屋 に寄ってみる。そ して発見。(輝)

(2)ね

ぇ …‐

(T▼

T)人

のア ド使 うなよ …・(青筋) ③ 仕方ないので彼 を待 たずにお昼ご飯 を食べ にいつた オムライス… 多かった… (遠い日)

(4)1人

には広い部屋なんだよなあ… (違い日)。

(5)愛

情が歪んでますか、私 (遠い日)。

(6)今

度はハー ドが燃えたそ うです よ、楽 しいですね (遠い日)

(7)早

く頁数 とか決めてサークル情報 アップ したいんですけどね∼ (と おい 日)

(8)最

近 は私 はス ケジュール担 当 なんですが、 これ も誉 め られ ま し た。・ … そこが また、亀裂のもと … … (違い日)

(9)や

、昔か らあた しおか しいのはわかってるんですけ ど… (遠い目) これ らは、書 き手のその時の表情 を、そのまま直接 に表現 したものである。 このパ タンでは、(遠い日

)と

い う「

( )付

き文字」が頻繁 に用い られてい る。普通「遠い目をする」 とい う表現は、 自分 に対 してではな く、自分以外 の人物 に対 して用いられるものである。 しか し、ここでは書 き手本人が 自分 の様子 を (遠い目

)と

表現 している。つ まり、 自分 を客観的に捉えて表現 し ているのである。 3.4.有名人を引用

(1)ダ

メな時はダメです。こういう時は、「次行 きましょう、次 どうぞ」

(10)

(いかりや長介風

)で

す。

(2)昨

晩か ら痛痒かったので、おそらくもの もらいだと思 っていたのが ジャス トミ∼∼ 卜

!!(福

澤アナ風) (3)(¬。¬)‐…‐( ―

)…

… \

(っ

。)/正解 !(み のもんた風) (1)は、いか りや長介がテ レビで よく使 っていた「次行 きましょう、次 どう ぞ」 とい うフレーズを引用 して、(いか りや長介風

)の

イン トネーシ ョンの つ もりで書いているのだということを表 している。(2X3)も同様で、(2)は「ジ ヤス トミー ト」 という箇所を (福澤アナ風

)に

表現 していることを示 し、③ はテレビのクイズ番組での、みのもんたと同じような調子で「正解」 と表現 していることを表 している。これらは、有名人が使っているフレーズを用い ることによって、そのイントネーションや言い回しなどの特徴をそのまま表 現 しようとしたものである。

4.パ

タン

2-

「表現スタイル」を観点として

次に、

「表現スタイル」という観点から見てみる。ここでは、書き手が「

( )

付き文字」を用いる趣旨やねらいがどういったところにあるかを観点にパタ

ン化することとする。特徴的なパタンは「言い訳・弁解」「誇張」

「ツッコミ」

の3つ である。

4.1.言 い訳・弁解

(1)VHSの

ヴ イデ ヲデ ッキだ とダヴ イ ング どころか再生 もで きないハ ズ (ホ ン トの トコロは よ く知 らないので、

VHSデ

ッキで もダヴ ィ ン グで きるのか も知れ ませ んが (無知 謝))

(2)あ

ん なに出血 して、左 日腫 らして さあ …ち ュ ニ フ ォームひ よこ 色 だ しさあ (無関係)。

(3)俺

の こ と興味 あったんだね (勘違 い)

(4)そ

の 日は意味 もな くダブルの紺のスー ツで出勤 しま した(意味不 明) (5)ま あ、 どうにか これか らもやる事 は したいです (謎) (6)さあ さあ ここか らが戦 いの始 ま りです (謎)

(11)

イ ン ター 不 ツ トの 日記サ イ トにお ける表 記の特徴

(7)あ

、そ うそう。整理番号やっば り78番で した。運命ですね (謎)

(8)あ

∼刻がみぇる (大謎)

0

その件 に関 してはとりあえず今月末 には どうにか しようと思ってい ますが。ええ。(謎)

Oo

…つっても俺、楽観的な事 なかれ主義の平和主義者の優柔不断者だ か らなあ。(謎)

OD

そ して皆 さん、あの

EDを

歌っていたのが今 をときめ く (?)矢井田 瞳嬢が歌っていた というのをご存知で しょうか。(謎) これ らは、読み手が誤解 しそうな本文について、誤解 を避けようとして、 「

( )付

き文字」で言い訳 を付け加えているものである。 (1)は、読み手か ら「無知だ」 と誤解 されない ように、「無知 なことは自分 で認識 している」 ことを自ら示 しているものであろう。 (5)∼ODの本文については、読み手にとつて一体何が言いたいのか分か らな い内容である。そこで (謎

)と

いう「

( )付

き文字」 を用いて、「これはわ けが分か らないことを書いているのだ」 とあ らか じめ言い訳 をしていると考 ぇられる。 インター不 ットの世界以外では、おそ らく「'」 とい う表記が用 いられる場面であろう。 く状況説明

>の

箇所で述べ たように、「話 しことば」で書かれた本文では、 書 き手の意図するニュアンスが うまく伝わらないことが多い。そこで書 き手 は、「

( )付

き文字」 による解説 を付け加ぇて、読み手から誤解 を受けない よう、言い訳 をしているのである。 4.2.誇張

(1)良

い。 とて も良い。かなあ∼ リオススメですな、こりゃ (大賛美)

(2)信

じて もらえなさそ うなんだけど ‐…‐(激苦悩)

(3)総

評。 これで もか、 とい うほどのアイ ドル映画で した (鬼苦笑) に

)あ

∼∼かわいい∼∼ (病気)

(5)誰

か我輩 を雇って (懇願)

(6)チ

ヤツトしてて切 な くなって きたっす…げふっ !(吐血)

(12)

(7)木

曜まで会員は

20%オ

フだったのでた くさんい らん もんまで買って きて しまいました∼。(玉砕) ③ 見た目も可愛いけど、それ以上に性格が可愛いっ

!!(破

)

(9)じ

ゃない と、明 日の物理のテス トかな りやばいことになってたは ず ‐― (滝汗

00

酷い・― 私が何 をしたっていうんだぁぁぁぁッ

!!(絶

叫) ① 老化始 まる …Ⅲ

?(号

泣) 本文の内容に比べて、おおげさな表現の「

( )付

き文字」を付け加えて いる例である。(2)(鬼苦笑

)の

「鬼」や、(3)(激苦悩

)の

「激」などは、そ れらの文字を付け加えることによって、(2)「苦笑」よりもさらに音々しい笑 いであること、(3)き わめて「音悩」 している状態を表そうとしている。(5) 「願い」は (懇願

)に

、αO「叫び」は (絶叫

)に

、またOD「泣 く」は (号泣) にと、それぞれの感情や状況が最大級のものであることを示している。また、 ⑥ (吐血)、

0(玉

砕)、 (8)(破裂

)な

どは感情表現や状況説明にはあまり用 いられない語句である。それらをあえて使用することによって、程度の甚だ しさを実際以上に誇張 して表現 しようとしているものである。 4.3.「ツッコミ」

(1)っ

て、一応 、や って ます よ … … 学校推薦 もらった、一社 だけ (おいおい)

(2)パ

スワー ド忘れて (おい) ③ 時間がな くて化粧 もせず、下地 もぬっていなかったのでやばいヽッ ッ

!

まあいっか (おい)

0

ま、そんな事 は実はこの際関係 な く、ただ

CDが

目に入 ったか らな んですけ どね。(オイ)

(5)そ

れ以外の用途 に使 う人は阿呆です (をひをひ

(6)あ

ヽあ・……足なら強歩大会サボれたかな・…(をい)

(7)人

間天気予報がで きちゃうの

c便

利で しょ??(ぉ ぃぉぃ!1) (8)ま あ、ヘルプなんで適当にこな して (ぉぃぉぃ)

(13)

インターネットの 日記サ イ トにおける表記の特徴

(9)と

にかく、こんな後輩好きだよ (お

00 -息

つ くともうそのままだる くなっちゃって動 くのが嫌になっ て … (お

CD

就職活動中のとろろです・‐

‐ごめんなさい嘘です

(ぉ

02

しかも、履歴書めっちゃ適当にというか 。

・ もっていく日の午前

中につくってみたり・・・・・前日に麻雀やったり 〈

これらは、いわゆる「ポケ」 と「 ッッコミ」の「ッッコ ミ」 に相当す るも ので、自分でポケた内容 に対 して、自分で「おいおい」 とツッコミを入れて いるものである。 (5る)は「を」や「 ひ」 を用いることで、他人 と差別化 を図ろうとしている と思われる。 また、(7)∼02はそれぞれ (おいおい

)や

(ぉのように小文字表 記 に して、小 さな声で ささやいている様子 を表 していると考 えられる。(お い

)や

(おは省略の形 をとった ものであろう。

5.「

爆」―意味が推測しにくいもの一 これまで挙げた「

( )付

き文字」は、本文 とほぼ同 じ意味を表している ものであったり、あるいは本文に説明を加えていたりするものであつた。反 対に言えば、例えば (涙

)と

いう「

( )付

き文字」からは、必ず「泣 くよ うなできごと」の本文が書かれていたのである。つまり、本文 と「

( )付

き文字」は相互に関連 し合っていて、書き手の感情なりその時の状況なりを 読み取れるものであった。 ところが、「

( )付

き文字」から本文の内容を連想することが不可能であ ったり、それぞれの用例に何らかの法則を見つけてパタン化することが困難 なものがある。それが、(爆

)と

いう「

( )付

き文字」である。 (爆

)の

用例を以下に示す。

(1)相

部屋…ということで、2日間この部屋が寂 しくなります (爆)。 ② もう、ずっと"昼で帰るから!"を連発 していました (爆)

(3)誰

からも連絡無かったら ‐‐…家で引き篭 もってます (爆)

(4)あ

、あたしらの中で恋 してる

=乙

女ってるって言うのがひそかに流

(14)

行ってるねん (爆)。

(5)あ

た しなんか、あた し突っ走 りす ぎ!!ってよく思 うもん (爆)。 ③

9年

前の自分に恋 しそうにな りました (爆)。

(0

買わなきやいけないもの、た くさんあるのに。。。(爆)

(8)全

品100円だけあって…それ相応の鮮度の ものが回ってたよ (爆)

(9)正

確 に言えば明後 日なんですけど日付変わっちゃってるんで明 日で す (爆死)

00

それか ら “飛騨牛の申焼 き''の店をまたもや発見 し、 しつ こく食べ る (爆死)

OD

模試の無い世界に連れてって くれる方大募集 (爆死)

02

久々に日記更新。ほんまに久々す ぎやわ (爆死)。

00

今回は1人一品なんか料理作って くるというなんともめんどい (爆 死

)条

件付な もんでひめねえさんは卵焼 き担当で した。

00

で もで も、悩み中なのだ。。なん とか して。。。。(校爆) (1)は、例 えば (涙

)や

(寂

)な

どの「

( )付

き文字」であれば、その意 味が よ く分かる。 しか し、(爆

)か

らは「寂 しくな ります」 という本丈 を連 想することは難 しい。つ まり、(爆

)は

、書 き手の具体的な感情 を直接 に表 す ものではな く、本文について状況説明 しているもので もないことが分かる。 また、(5)では、「思 うもん」 とい う表現の仕方か ら、何か しら強調 したい 雰囲気が伝わって くる。 ところが⑦では、「 た くさんあるのに。。。」 とい う言 い さしの後に (爆

)が

用い られている (「。。。」は、余韻 を表す「…」 と同 じ 意味の記号 として使われていると推測する)。 これ らか ら (爆

)は

、各用例 に共通する感情 を表す「

( )付

き文字」で もないことが分かる。 「爆」は本文の内容 に関連 した文字ではな く、また、各用例には、共通す る感情や状況 も見出 しに くいため、パ タン化するのが困難なのである。 しか し、少な くとも次のことは言えよう。 「爆」は「は じける」「破裂する」 といった意味 を持つ漢字であるか ら、 書 き手は感情や状況の程度が甚だ しい ものであることを表現 しようとしてい るのではないだろうか。おそ らく、 もともとは「爆笑」 とい う「

( )付

(15)

文字」があり、それが省略されて「爆」になり、次第に「爆笑」から離れた

意味で使われるようになってきたものと考えられる。例えば、

(9)∼COの (爆

)は

「死ぬほど」という強調の意味をさらに強めているものであろう。α

は「核爆弾」の略か。

インターネットの世界以外では「激∼」や「超∼」、あるいは「めっちゃ

∼」と強調表現される内容が、現在のインターネットの世界では

(爆

)と い

う漢字―字が用いられているのではないかと推測するのである。

6.お

わりに 以上、インターネットの日記サイ トから、「ネット表記」の「

( )付

き文 字」について大まかにパタン化し、その使われ方の分析を試みた。 日記サイトにおける「

( )付

き文字」の大 きな役割・働 きは、本文で表 している感情を表現 したり、また、状況を説明したりするところにあるらし いということが分かった。 「

( )付

き文字」は、ほとんどが漢字一字か語句、あるいは省略 したこ とばなどの短い単位で現れ、長いものでも (いかりや長介風に

)と

いった程 度である。つまり「

( )付

き文字」のポイントは、「いかに短い表現で多 く のことを語らせ、または強烈な印象を与えるか」にあると言えそうである。 そして、「

( )付

き文字」 には、多 くの人たちが使 っている、(爆

)や

(遠い目)、 あるいは (謎

)な

どの表記がある一方で、用いられる目的が、 書 き手の感情や気持ちを強調 したり説明したりするところにあるため、さま ざまな種類があ り、非常にバリエーションに富んでいることも分かった。 今回の分析では、本文から書 き手の心理を想像するしかなかったが、多 く の日記ユーザーたちが「

( )付

き文字」を多用する背景については、おお よそ次のことが言えそうである。 「

( )付

き文字」の使用者たちは、ある面では他人と同じような表現方 法・表記方法を用い、それらを使いこなすことによって安心感や連帯感を持 とうとしている。しかしまたある面では、他人とは違った表記方法を使用す ることで、いかにおもしろく目立つような内容にできるか、いかに読み手に インターネッ トの 目記サ イ トにおける表記の特徴

(16)

興味 を持 って読んで もらえるかとい うことに意味を見出 してもいる。「( ) 付 き文字」 という共通項 を媒体に して、他人 とつながっていることを意識 し つつ、その一方で他人 とまった く同 じであることは避けようとしている。 インターネッ トの 日記サ イ トとい う個人の世界 に遊びなが ら、反面、他人 の目を非常 に気に している姿が浮かび上がって くるのである。 本稿に挙げた用例は全体のごく一部であ り、すべてを抽出することはでき なかった。抽出 した用例以外 にも、余韻 を表す「…」 を「。。。」のような句 点の連続で表 している例や、文字のフォン トや色を変えているもの、あるい は、

( )の

後半 を省略 している (おのような形 なども数多 く見受けられた。 今回は、用例 を大 まかなパ タンに分類す るにとどまったが、漢字1文字 を 用いて感情 を表現 しているものや、オノマ トペによって誇張 している例など、 パ タンが重複 している用例が多 くあ り、観点によるパ タン化の方法は再考の 余地があ りそ うだ。今後の課題 としたい。

(17)

武庫川女子大学言語文化研究所年報 第12号 (2∞0)

表現 としての言文一致体

一速記演説文の文体規範 と表現―

西

0 渡辺鼎に「半開化は衛生の害」 と題する演説文がある。その一節 に、 ………仮令 むつか しいことを陳べて も脳髄 に這入 らぬ ときは何 にもな りませぬか ら私は極めて俗語で陳べ ます。併 しあまり俗語す ぎて高貴の 諸君 に向っては不敬 に存 じますか ら此の段は何卒御海容 を願 ひます。 とある。 この一節 に続 く演説文は、 さて、これか ら半開化衛生上の害 を述べやうと思 ひますが凡て世の開 化 と云ふことは顔 る良いことで必ず開化 しなければならぬが併 し物 は一 利一害で開化 も亦開化の度 に依って種々のよしあ しが御座います。 のように続 く。 この部分のみを見る限 り、「俗語」で陳べるという渡辺鼎の「俗語」の概 念規定が明確ではないが、現在の口語文に極めて類似するものであることは 認められる。しかし、このような調子ですべてが語られている訳ではない。 本稿は、話 し言葉と書 き言葉との中間に位置する言文一致体成立に影響を 与えた演説の文章についての若干の報告である。 1 話 し言葉 と書 き言葉 とは本来その機能を異 に していた。 しか し、江戸時代 末期か ら明治時代 にかけて西洋の文物が輸入 され、西洋諸国の文章では言文 の隔た りの無いことに気づか され、我が国において も言文を一致 させた易 し い文章の必要が考えられ、言文 を一致 させるという文体革命の運動が意図的 に展開 されることになる。その結果成立 したのが、いわゆる「言文一致体」 である。その歴史的展開については、F近代文体発生の研究」(岩波書店)、

(18)

r言文一致の歴史論考」(桜楓社

)等

の山本正秀氏の研究によって、多 くの 点が明らかになっている。 しかし、言語学的観点からの文章史的考察につい ては今後の課題であろうと思われる。 ところで 森岡健二氏は「現代の言語生活」(『講座国語史

6

文体史・言 語生活史』大修館書店

)の

中の「標準語の形成」の項で、林茂淳による「速 記叢書 講談演説集」の出版以後、「演説」が「国語」で書かれるようにな ると指摘する。因に、「連記叢書 講談演説集」は明治 一九∼二〇に掛けて、 九善商社商店によって刊行されたものである。 さらに、林茂淳の上記資料中の十人の演説を分析 した神田寿美子氏の「言 文一致体における連記演説文の研究」(『東京女子大学日本文学』19号

)の

中 の文末表現に関する調査を引用 して、「Fござります」が多いのを始めとして rでござんす』『ぢゃ」「でごぎる」がなお用いられているところに、現在と の違いが認められるが、すでに明治二十年ごろ、大勢は現在の話 しことばに 近づいていたということができよう」 と記す。 因に、前掲の神田論文は、資料の十人の演説から、無作為に各々約一頁を 抽出して、品詞 (名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞・連体詞・接続詞・ 感動詞・助動詞・助詞

)別

に用語 とその文法的用法についての検討、および 資料全体についての ①文の長さ ②文の構造 ③文末の形式 ④受身の言 い方 ⑤表記法 についての検討からなるものである。 本稿では神田論文の考察はあるが、文末の表現の形式を中心として、文法 における二形対立現象等についての用例に視点をあてて、言文一致体につい ての若千の問題点を指摘 したい。 2 前掲神 田寿美子氏 の 「言文 一致史上 にお ける速記演 説文 の研究」 に よる と、 十人 の演 説 を分析 した文末表現 は次 頁の よ うにな ってい る。 その中で、神田氏は「非敬体の文末が相当使われていることは、現在のロ 語文につながる文章として重要である」としながらも、常態の約二人%、 敬 体の約七二

%で

ある点に鐘み、「口語文としてみると、丁寧語、尊敬語が多

(19)

類 用例 数(%) ま す す で 有 り ま す 201(11.6%) で御座 ります で御 座 い ます で 御 座 ん す 16( 0.9%) 5(0_3%) ぢ ゃ で あ る 23( 1.3%) で 御 座 る 3(0.2%) 月l 名 言司 16( 0.9%) 助 詞 そ の 他 ピ│. l.」 言│・ 1731 表現 としての言文 一致体 い とい う点 は、現在の普通の国語文 と大 きな相違点である」 と述べている。因に、 敬体の多用の点 については、演説文 とい う性格か ら当然 との指摘 はある。文末の 表現が、その文体の特徴 をとらえる場合 の指針の一つ となるのは確 かなことでは ある。 しか し、具体的な演説の場合一律 的な統計 には問題がある と思われ る。以 下、林茂淳『速記叢書 講談演説集」第 一冊∼第三冊所収の演説の文章について、 若干の考察を加えたい。 資料 としたのは、 「漢字やぶ り」

外山 正一 「地球の位置」

寺尾

寿 「節酒会 を賛成するの趣 旨」 杉

亨二 「社会外に道徳なし」

加藤 弘之 「仮名世界の準備」

近藤 真琴 「半開化は衛生の害」

渡辺

鼎 「ノルマントン践船長の罪を鳴らさんとせば宜 しく先ず証擦蒐集に尽力す べ し」

薩垂 正邦 「真正の改良」

高田 早苗 「ノルマントン競沈没事件を論す」

大谷木備一郎 以上の九演説である。因に、外山正一、寺尾寿、杉亨二、加藤弘之、近藤真 琴、渡辺鼎の六演説については神田寿美子氏の調査対象と重なっているもの である。 3 文末表現 は文体 の特徴 を提 える有効 な要素である。言文一致体 としての演 │

(20)

説文の文末表現の場合において も例外ではあるまい。 しか し、その規範意識 という点 においては、なお考えるべ き点があると思われる。 以下には先ず二形対立の文末の形式 を中心 に報告する。

「御座います」と「御座ります」

・ それは地球の大きさのことで御座います。(地球の位置) 。今申したことと同じ趣意で御座います。(地球の位置) ・ 諸君に厚 くお礼を陳べなければならぬことが御座います。 (半開化は衛生の害) ・ 開化の度に依 ッて種々のよしあしが御座います。 (半開化は衛生の害) 上に示した「ある」の丁寧語「御座います」を含む演説文は、現代の話 し方 を全 く同じものである。 「御座います」は「御座 ります」の変化 (イ音便形

)し

た語であり、近世 後期に成立した語である。「御座います」と「御座 ります」 とは、「安永頃に はまだrござります」の方が圧倒的に多いが、この勢力は時間と共に弱まる。」 (前田勇編『江戸語大辞典」

)と

の指摘の通 りであるが、共用される場合、 「ございます」は「ござります」よりも丁寧さが劣 り、くだけた時に用いら れたとされるものである。 しかし、この二形の併用を「丁寧な表現―砕けた 表現」 といった対立と判断することの是非についてはなお考えるべ き点があ ると思われる。この点については後にふれたい。 「御座います」 と「御座 ります」の所用の状況については、近藤真琴「仮 名世界の準備」

)の

演説に、両語形俳せて9例 見える。そのうち 。英書か仏書の読める人は宜う御座いませうが∼。 の一例のみが「御座います」であるが、他の

8例

は「御座 ります」である。 近藤真琴は両形を併用するが、外山正一には「御座 ります」のみ

3例

、杉亨 二には「御座 ります」のみ

6例

、薩壇正邦には「御座 ります」のみ19例、大 谷木備一郎には「御座 ります」のみ 6例 見える。一方、寺尾寿には「御座い ます」のみ

7例

、渡辺鼎には「御座います」のみ

3例

見られる。因に、高田 早苗には両形ともその用法は見られない。

(21)

表現 と しての言 文一致 体 ② 「である」と「ぢゃ」 神田寿美子氏の報告によると、調査対象とした十人の演説には、「ぢゃ(3. 7%)、「である (1.3%)」、「だ (0.3%)」 の所用報告がある。今回対象とし た九演説中には「だ」の例は見えない。 ・ ∼無罪を言ひ渡 したるは審理の道を尽 くさぬものである。 (薩墟正邦) ・ 仮名文字は便利であ リモロコシ文字は不便であるとヽ。

(近

藤真琴) 等「である」の例はあまり多くない。因に「である」の丁寧体「であ ります」 の例は多いが、演説文 という点で「丁寧体」の多用は当然であろう。なお、 「であ ります」については別に扱う。 ところで、「である」の語尾を落 とした「であ」の約縮によつて生 じたと 言われる「ぢゃ」について次のように見える。 。他の言葉で申せばネーション即ち国民と云ふことぢゃ。 ・ 社会の生理心理にもあてはまることぢゃ。 。強い人を徳義の有る人と云ふのぢゃから何でも強 くなくてはならぬとヽ 。政府が構はぬものぢゃから罰することは出来ぬことぢゃ。 ・ 他を害する法が有るのぢゃ。 因に、「ことぢゃ」(二人例)、「ものぢゃ」(六例)、「(体言

)ぢ

ゃ」(一七 例)、「のぢゃ」(一三例)、「からぢゃ」(一例)、「ばかりぢゃ」(一例)「ぬぢ ゃ」(二例)、 の如き文末の用法以外に、接続的用法としての「ぢゃから」 「ぢゃとて」「ぢゃが」等の用法が一七例見える。 なお、用法として注目すべ きものは、打ち消 しの助動詞の連体形「ぬ」に 承接するものがある。 ・ 法律の本趣旨も行われて居らぬぢゃ。 ・ 決 して悪いことをは申されぬぢゃ。 因に、この「ヽぬぢゃ」は、本来ならば「∼ぬのぢゃ」のように、準体助 詞「の」を介するものであるが、この準体助詞の入らない語法である。この 用法についても後にふれる。 ところで、調査対象とした演説では、文末詞「ぢゃ」の見られるのは、加 藤弘之の「社会外に道徳なし」のみで他には見えない。加藤弘之の口癖 と見

(22)

るべ きものか。 「連記叢書 講談演説集」の再版 に付載する「講談演説集批評摘録」 に 我輩 ノ遺憾 トスル所唯一点アリ加藤先生 ノ演説中「ヂ ャ」 卜云フ事度々 見ユ例ヘハ「道徳ハ社会 ノ維持 卜保存 トノ為二出来 タモ ノヂャ」 ノ如 シ 此ハ筆記 ノ儘 トハ思ハ レヌナ リ (「東洋学芸雑誌」五九号) のように、文末表現「 ぢゃ」 に対する批判が見えるが、当時の話言葉 として の規範 には していない とい うことの現れではあろう。 しか し、「速記叢書」 が演説の侭 を再現 した もの とするならば、個々人の恣意的な言語意識の反映 と見るべ き用法であろう。 ③ 「ます」 と「 まする」 ・ 外山 正一 ・ 智識の方便に過 ぎぎる智議があ りまする。 ・ ムダのことを一言演 るまでで有 りまする。 ・ 寺尾

壽 ・ 賓 に心細い もので有 りまするで有 りまするか らして 。其れを惑星と名づけまする。 ・ 杉

亨二 。今 日世界の大変動 と思はれまする。 ・ 渡辺

鼎 ・ 此の近縣の様子 を見 まするに∼。 ・ 薩埋 正邦 ・ 管輸すべ きものであ りまするから。 ・ 罪すべ き人で御座 りまする。 ・ 高田 早苗 ・ 随分おそろ しいことが有 りまするが、 ・ 忍びず といふ ことであ らうと考へます る。 ・ こころに富むで居 ります るか ら、 。私の考へ まするには、 。原因が無ければなるまいと考へまする。 ・ あたはぎる所であらうと考へ まする。 ・ 歴史を見 まするに、 ・ 外 に方便あるまじと思ひまする。 ・ 賎 しみを受 くる所以であ りまする。 。本性を備へ居 りまするが∼

(23)

表現 としての言文 一致体 。改良に従事するが肝要 と考へ まする。 ・ 大谷木備一郎`一大問題 となッて居 りまする。 以上に抽 出 した用例 は、「あ ります」「あ りますから」「あ りますが」等の 用法 と併存するものである。因に、抽出 したような用例の方が圧倒的に少な い。 しか し、高田早苗の場合 には、「あ ります」が十三例見えるが、約半 々 の比率 を占める。文末 を、所謂終止形 にするか、連体形 にするか と言 う観点 も個人の認識の違いを認めることになろうか。 ④ 助動詞「 です」 と上接語 寺尾壽の「地球の位置」 には ・ 責に其れまで も知 りたい課ですが∼。 。今日の学問の有様では分 らない所 までは行 きたいものです。 ・ 僅かの間に通 ることの出来るものです。 ・ 昔の人の知って居 ったのは先づ其の位 なものです。 。日本の里数で九高七千五百里です。 のような「体言

+で

す」の例が、他 に一人例見える。右の用法以外 に、 。地球の薫類には違ひないです。 ・ 地球の家来 に違 ひ無いです。 ・ 我々の測量 に届かないです。 ・ ∼まぼ しくて見に くいです。 ・ 地球の半分 よりは大 きいです。 ・ 地球 より少 し小 さいです。 ・ ∼アマノガハの方 に行 く程多いです。 のように「形容詞

+で

す」、 さらに「動詞

+で

す」の例が次の ようにみえる。 ・ ∼確 に知れて居 るです。 ・ 現 に有るです。 ・ 我 々は今に有 ると思って居 るです。 その他 には、「 ∼か らです」「 ∼のです」が各一例見える。 近藤真琴「仮名世界の準備」 には、

(24)

。先生の奥方がお揃へ になるさうですが ∼ 。我が囲では孝経 をたのみ に して居 るのですが∼ の二例が見 られるに過 ぎない。 渡辺鼎 「半 開化 は衛 生の害」 には、 「体言十です」が十七例、「∼からです」「∼のです」が各一例、「 ∼です が」「∼ですから」が各二例みえる。 高田早苗「真正の改良」には、次の一例が見えるに過 ぎない。 ・ ヽ直ちに打ち捨て ヽしまふ様です。 因に、外山正一、杉亨二、加藤弘之、薩墟正邦、大谷木備一郎の演説には 助動詞「です」の用例は見えない。 以上の用例のうち、活用語に承接する「です」についてのみ触れておく。 活用語―動詞・形容詞―に助動詞「です」が接する場合、例えば「行 くの です」「良いのです」のように、準体助詞「の」を介 して活用語に接する用 法が明治初年の洋学会話書から認められることが松村明氏の報告 (「明治初 年の洋学会話書における助動詞『です」とその用法」

)に

よって明かになっ ている。因に、 。太陽系は外にッレがあるのです。(地球の位置) の如 き例が演説文にも見 られる。

活用語が形容詞の場合には、準体助詞「の」が省かれて、形容詞に直接

「です」の下接する用法のみ見られて、「形容詞

+準

体助詞+で す」の例は

当該資料には見られない。

なお、活用語が動詞の場合も、準体助詞「の」が省かれて、動詞に直接

「です」の付く用法が寺尾壽

(「

地球の位置」

)に 見られる。

⑤ 打消の助動詞「ない」 と「ぬ」 打消の助動詞「ない」と「ぬ」の用例を示す。 「ない」の例 。智識との関係を考えて見なければならない。 。そんなことは知らないが∼ (同) (外山正 一)

(25)

表現 としての言文 ‐致体 ・ ∼答へは出来 ないか も知れない (寺尾 壽) 。我 々の物知 りたが りも暫 く満足せねばならないです。(同) 。国 と国 との間には道徳に合 はない ことをや るが∼ (加藤 弘之) 。仮名の運用 に順序が付かないか ら兎角 ∼ (近藤真琴) ・ 言葉は漢字 を知 らなければ分 らない (同) ・ 山奥 を尋ねて も熊の居 らないで はない (渡辺 鼎) 。この暑 いの に入力 にも乗 らないであるいてヽ。(同) 。実は推測 に過 ぎない ことで御座 りませ う。(薩壇 正邦) 。罪跡が現 はれない ことはあ ります まい。(同) 。∼ 隧 蔑」 といふ二字 に過 ぎない ことであ らう。(高田早苗) ・ ヽ長 く耐へ ることの出来 ない といふのがヽ (同) ・ ∼攻究 しなければな らないか。(大谷木備一郎) 「ぬ」 の例 ・ 遊 ぶ時間 も無 ければならぬ。(外山正 一) ・ 人は一方の ことよ り外 は分 らぬ ものでヽ。(同) 。社会 を維持 し進歩 を謀 らねばな らぬ。(加糖弘之) 。∼戦争 も出来ぬか らなほ さら殺 さね歯 ならぬ詳 ぢゃ。(同) ・ ヽ気 を長 くしなければな らぬ所 は気 を長 くすることも有 り気 を短 くしな ければな らぬ所 はヽ (近藤真琴) 。お礼 を陳べ なければならぬ ことが御座 い ます。(渡辺 鼎) ・ 必ず開化 しなければな らぬが ヽ (同) 。我が人民 は助 か らぬ といふは責 に憤怒 に堪へぬことであ ります。 (薩壇正邦) ・ 審理の道 を壼 さぬ ものである。(同) ・ 人の死 を聞いて悲 しまぬ ものはな くヽ (高田早苗) 。彼の様 な事件は起 らぬ筈であ らう。(同) ・ 事実 を確 かめなければな らぬが、 (大谷木備一郎) ・ ∼請 け取れぬ ことでは御座 りませぬか。(同) 資料 と した演 説文の中か ら、助動詞「ない」「ぬ」 を基本 的 に二例ずつ抄

(26)

出 した。外山正一 においては、「ない」の例が「ぬ」 よりやや多いがその用 法は恣意的である。寺尾壽 においては、「ない」の例のみで「ぬ」 は見 えな い。加藤弘之においては、「ない」の例 は上 に示す一例のみで、他 はすべて 「ぬ」 の例のみである。近藤真琴の場合 は、「ぬ」の例 は上例の二例のみで、 他 は「ない」の例 のみである。渡辺 鼎 ・薩睡正邦 ・高日早苗等の場合 は 「ぬ」 を基本 として「ない」が まま見える。 因に、現代においては、打消の助動詞「ぬ」の終止形は「ん」 となる。 ・ ∼厄介になってあ とでは更 に知 りませんだったなと∼ (杉 亨二) 。今度は我が太陽の家来 と言はぎるを得んです。(寺尾 壽) の例が見えるが、他 は、 ・ ∼座 って居ることは出来 ませぬが∼ (外山正一) 。月の直径は人百八十七里ほか有 りませぬ (寺尾 壽) ・ 誠に不思議 な詳では有 りませぬか (杉 亨二) 等のようにすべてが「ぬ」である。上例の「ない」 と「ぬ」 との対応 に於 い ては、「 あ りませぬ」の「あ りませ ない」の用法はないので助動詞「ぬ」の 例か らは省いている。 打消の助動詞「ない」「ぬ」の、演説集 においての使 われ方 は、基本的に 現代語の用法 と同一である。 ・ 地球は貴 に小 さい もの と言はなければならないで御座います。 (外山正一) 。外に ドンナものが有るか一向分 らないで有 りませうが∼ (同) 。條約書に一筆加へたとか加へなんだとか消 したとか消さないとか∼ (寺尾 壽) 。警官の厄介になってあとでは更に知 りませんだったなどといふような∼ (杉 亨二) 。子供を殺 した り夫婦の配偶をせなんだり∼ (加藤弘之) ・ 先刻 も申した如 くモ トは分れなんだが∼ (同) 。法律の本趣意 も行はれて居 らぬぢゃ。(同) 。社会に必要なことぢゃから決 して悪いことをは申されぬぢゃ。(同)

(27)

表現 としての言文 一致 体 ・ 我 々同胞 を出 さぬかったか も知れない。(大谷 木備一郎) 以上 に示す「ないで (ある ‐ご ざる)」「ぬ ぢ ゃ」 とい う言い方は珍 しい もの で あ り、打消過去 の「 なんだ」 の形 も見 られ る。因 に、「 なかった」 は見 ら れ ない。 ところで、打消の助動詞「ない」「ぬ」の使用状況、「ないで」「なんだ」 等の用法等、演説文による片寄 りが見られる点、これも演説者の恣意的な言 語意識によるもので、時代の規範意識 というものは確認出来るものではなか ろう。 4 演説 の文章 は、基 本 的 には現在 の 回語文 に近 い もので はあ る。 しか し、反 面 、語法の上か らはかな りの隔た りを感 じさせ る表現 も日に付 く。以下、そ の幾つかの点 について記す こ ととす る。

4-①

「己を利するの心」の言い方

格助詞の「の」が用言の連体形 をうける用法は、漢文訓読 によって生 じた 語法である。連体格助詞は格表示機能 を有 しない体言、あるいは体言相当の 語が下の体言 との関わ りを示めす ものである。従 って、活用語の連体形 には 連体格表示機能 を有す るものであるので、「己 を利するの心」 と言 った言い 方は本来有 り得 ない用法である。 しか し、中世以後漢文訓読における、助辞 の「之」の訓読 との関係 によって、当該訓法が生 じることとなる。 ところで、この用法が次のように見 られる。 ・ 其の社会に相応 した維持 と進歩 とを営むの術 を得た ものは∼(加藤弘之) ・ 己を利するの心 を抱いてはならぬ (同) 。他 を害するの事 を行ふてはならぬ (同) ・ ∼出来ると出来ぬの違ひが有 る (同) ・ 必ず測 るべか らざるの惨状 を醸す に至 りませ う (渡辺 鼎) 。彼等は我々を軽侮するの心あ り (高田早苗) ・ ∼其の平常義侠富むの商売柄か ら考へて (同)

(28)

・ ∼掛酌 な く保守 して而 して進歩す るの覚悟 な きことは∼ (高田早苗) ・ 私は宗教 の力 に依 るの外 に方便あるまじと思 ひます る (同) ・ 日本人を真面 目な らしむるの手段 は宗教 を盛 んにす るに∼ (同) 。日本の国情 を議 らしむるの地位 にある者 はヽ (同) 。其 の免状 を没収す るの処分 を為すべ しと∼ (大谷木備 一郎) 。空 しく海底の藻屑 とな りたるの一事 は貴 に悲 むべ くヽ (同) ・ ∼東洋人 を蔑視 し之 を蔑視す るの極之 を虐待 してヽ (同) これ らの語法 は、口語文 とい う観点か らは程遠い感 じを与 える ものである が、限 られた演説 に見 られる ものである点、前項で触れたように個 々人の回 癖 的 な もの と見 るべ き ものであ ろ う。 因に、高田早苗の「軽侮するの心」の例は、続いて「彼等は我々を軽蔑す る心あるのが∼」とある点を考えれば、この言い方も個々人の言語意識に係 わる極めて恣意的なものと見るべ きものであろう。

4-②

「ヽするが よい」 と「∼するのが多い」 準体助詞「の」 に関わる問題点である。 ・ 私のはいったのは仮名の会の月の部 といふ もので (外山正一) 。ヽ字の講釈をするのが多い (同) 。∼ ―番遠方 に居 るのが海王星でヽ (寺尾 壽) ・ 星の中で大 きく見ゆるのは近いので (同) ・ ヽ西洋の とは甚だ しく違ふて居る。(加藤弘之) のような「の」の用法は準体助詞 としての一般的用法であるが、 ・ ∼ トルビ ドヘ破裂九を投げつけたは誰なるぞ (外山正一) 。さういふことを,,日べ るは何 と言ふ学問かと云にヽ (寺尾 壽) 。∼入力車を廃 して馬車に代るは頗る緊要なことで (渡辺 鼎) 。ヽ被告人のみを審問 して無罪を言ひ渡 したるは審理の道を表さぬ もので ある。(薩址正邦) 。設令全国を挙げて英語を談ぜ しむるはむつか しきこととした所でヽ (高田早苗)

(29)

■,■ _ f .:〔 二lI. の ように、各々の演説文か ら一例づつ抄出 したが、準体助詞「の」の介入 し ない語法例 もかな り見 られる。 「∼するのが多い」「∼するが よい」のように一般化 した見出 しに したが、 演説文 には「ヽするのが多い」 と言 う語法の方が多いが、「∼するが よい」 と言 う語法 もかな り見 られる。 しか し、この語法の対応の比率は演説者 によ って違いが有る。その片寄 りについてはほとん ど見 られない場合 もあるが、 演説文 によってはかな りの比率で見 られる場合 も有る。 この場合 も言語主体 としての演説者の言語意識の差の反映 と見るべ きものであろう。

4-③

「ムダな論」 と「ムダのこと」 ・ ムダな論とは知れど社会には随分ムダのことも有る故ムダのことを一言 演るまでで有 りまする (外山正一) のように、漢語形容動詞の連体形に「ヽな」と「∼の」の両形が見られる。 因に、現代の言い方としては「∼な」が一般的である。 「∼の」の例を次に抄出する。 ・ 星と言ふものは大事のもので∼ (寺尾 壽) 。野蛮の社会では野蛮に相応 した術を用ひて (加藤弘之) 。野蛮の社会などでは誰も斯 く為さむと∼ (同) 。野蛮の有様に付て∼ (同) 。野蛮の国と開けた国と全 く違ふて (同) 加藤弘之には、他に「野蛮の人」「野蛮の時」「野蛮の教法」「残忍のこと」 「不条理のこと」などの例が見られる。 ・ いろいろまた困難のことも起 ッて (近藤真琴) ・ 漢詩を用ひた方が上品の様なおつな習はしがあッて (同) 。沈思黙慮するが必要のことであらうと考へる。(高田早苗) 。二個の要識に非常の改良を加へねばなりませぬ (同) ・ 非常の武勇を現はしたのは∼ (同) 等々と見える。 「∼の」の用例の見られる寺尾壽・加藤弘之・近藤真琴・高田早苗等の演

(30)

説文には、加藤弘之を除いて当然「∼な」の用例 も存する。 漢語形容動詞の連体形「∼の」「∼な」についても全 く恣意的とみて過言 でないであろう。 以上 は文末の二形対立の用法お よび現代の話 し言葉 と比 して、恣意的では あ るが若干の気 になる用法 について抄 出 した ものの報告である。 5 「言文一致」 とは「言」(話しことば

)と

「文」(書きことば

)と

の一致 し た、平安時代中期の語法 を基調 とした文章体の伝統に対 しての新 しい文章体 のことを言 うのが一般的である。 神田孝平は「文章論 ヲ読ム」(『東京学士会院雑誌」明治―八

)の

中で、 言語 卜文章 トラー致セシメン ト欲セハ作ル所ノ文章 ラ朗読 シ聞ク者 ヲシ テ直二了解ス可 カラシムヘシ聞 ク者 ヲシテ直二了解セシメント欲スレハ 平生説話 ノ言語 ヲ用 ヒサルラス平生説話 ノ言語 ヲ以テ文章 ヲ作 レハ即チ 言文一致ナ リ とある。因に、言文一致 とい う語の初出 と言われているものである。 ところで、この神田孝平の言い方に従 うな らば、「平生説話の言語」 とは 言 うものの、言語 という資材 に対する言語主体の意識は自ず と異なるもので ある。つ まり、表現行為に対 しての言語における意識は、言語主体の対象 に 対する姿勢 と大 きく関わることが普通だか らである。 演説 を速記 した文章は言文一致史上重要な資料の位置 を占めるものである ことには間違いなかろうが、仮 に言文一致体 とい う文体 を想定する場合、3・ 4において指摘 したように、例 えば文末表現 ひとつ とってみて も、表現主体 個々人の言語に対する意識 によつて異なり、一致体 という規範 としての総体 を想定することは不可能であろう。 時枝誠記が「国語規範論の構想」(『言語生活論」

)の

なかで「言語表現 は、 我我話手が言語 といふ資材 を運用す る処 に成立す ると考へ られる」 として 「規範的意識の如 きは、言語資材の運用に於いては問題 にされようとも、言

(31)

表現 と しての 言文 一致 体 語 を対象 とする言語学の関 り知 らぬ ことであるといふ ことになる」 と記す点 に符合 しようか。 つま り、表現行為 自体 における言語に対する意識は、言語主体の言語 に対 する意識 によるもので、言語主体無 くしては言語 に対する意識 も想定で きな い。従って、言文 一致 を文体 としての規範 を求めることは基本的には不可能 であろう。 演説を速記 した文章 は、言語主体である演説者の被言語主体である聞 き手 に対 した「口語文語」 にす ぎない。演説文は総体 としては語彙・語法・文体 等の面で日語化 された ものではあろうが、 さりとて、それを「言文一致文」 としてあらゆる場合 (現象

)を

一律的に規範化 して処理することには問題が あろう。 池上禎造氏が「言語生活史 としての国語史」(『国語 と国文学」第三十三巻 十号

)に

おいて「評価が一般的になって、その社会が皆その線 に揃えられ よ うとする力が規範である」 と述べ るが、演説文の ような「国語文語」 におい ては、それが所謂言文一致体の成立 と深 く係わっていることは事実ではあろ うが、時枝誠記の「国語規範論の構想」の言葉 を引用すれば「言語 とい う資 材の運用」の面 において、所謂「国語」への接近は認め られるが、「言語的 表現」 としての「規範的意識」 を云々することには無理があろう。 しか し、表現行為 というものを、被表現主体に対する表現主体の意識 と大 きく関わるものであるという視点を主眼に置 くとき、個々人の表現上の用法 の差異 は、確かに表現主体の恣意的な ものではあろう。 しか し、寧ろ大切 な ことは、例 ぇば「連体形

+の

十体言」 といった用法 を例 に取れば、それが漢 文訓読調 とい うことが大切であるのではな く、表現主体がなぜ 日常の「物言 い」 とは異なる言い方 を用いているのかと言 うことこそが問題 とされて しか るべ きであろう。 樺島忠夫氏が、2001年春季国語学会の「表現研究 と発見の楽 しみ」 と題す る講演の中で、F福翁 自伝」 を例 に引いて、言文一致 を基盤 とする文章に於 いて、文語調の部分のあることを指 して、「表現の後戻 り現象」 とされ、そ の部分 こそが表現意図 として重要な意味合いを有することを指摘 されたが、

(32)

本稿で取 り上げた「演説文」などに於いては、樺島忠夫氏の言 う「表現の後 戻 り現象」 こそが、重要な意味合いを有する場合 もあることに留意する必要 もあろう。 つ まり、例 えば全体が文語調であった り、漢文訓読調あったりする場合は、 単 に言語主体の言語意識によると判断するのが妥当ではあろう。 しか し、所 謂話 し言葉が基調の文章 において、文語調あるいは漢文訓読調等が混在する 場合には、単 に言文一致 とい う観点での規範意識の曖味 さというのではな く、 文語調なら文語調が、漢文訓読調 なら漢文訓読調が、その場面でなぜ用い ら れているのか という点、つ まり文語調な り漢文訓読調な りの意味の考察が必 要 となろう。 言文一致体 とい うことを、単に「言」 と「文」 との一致度 といった点での み捉えるのではな く、表現 という視点での研究が待たれるところであろう。 ともか く、「 日語文語」のお もしろさは、「話 し手 としての言語主体の言語 とい う資材の運用」 の面に求める点 にあろ う。

(33)

武庫川女手大学言語文化研究所年報 第12号 (2000)

メデ イア利用 の原型

― メ デ イア か らみ た 国語 教 育 史

1-市 り

Il

真 文 メデ ィア利用への動 き 1950年代は、国語科 におけるメデ イア利用の基本的な枠組みが成立 した時 代である。 1951年に発表 された「小学校学習指導要領国語科篇 [試案]」 には、「われ われの大部分が社会生活 をしてい く上 に、読むのはまず新聞であ り、聞 くの はラジオである。映画 も現代生活 において重要な地位 を占めている。」 とあ る。そ して「一般篇」が聞 くことの学習内容 について「電話で話 を聞 き取る 技能、 さらにラジオのプログラムを選んで聞いた り、 よい映画を選んでみる 習慣や態度の指導 もここに含めて考 えられる。」 としているのを受けて、「国 語科篇」では国語能力表の問 くことの能力 に

2年

2

放送 を聞いて楽 しむことがで きる。

4年

1

映画をみて楽 しむことがで きる。 とあ り、 また話す ことの能力に

4年

7

電話 をかけることがで きる。 をあげている。言語生活に新 しいメディアが浸透 したことを背景 に、国語科 の内容 を検討 したことが分かる。 言語生活の変化にともない積極的にメデイアの利用を図ろうとする姿勢は、 当時の国語教育実践家・研究者 に等 しくみ られた もの と思われる。た とえば、 倉沢栄吉氏は1950年3月 の「実践国語」誌上で、50年後、すなわち2000年の 国語教室の状況 を次のように想像 していた。・I 今 日ではどの学校 にも「ことばの資料室」があって、そこには、ワイ ヤー レコーダ、オシログラフなどの器械はむろんのこと、オー トグラン シング (カー ド学習のための

)類

の教具、百年前の朗読音盤、世界各地

(34)

区の人々の日形模型などが備えられている。 多様 なメデ イアが学習環境 を構成 していることを述べ、小分団学習 ・個別 学習が授業の基本であるとしたあ と、い くつかの授業場面 を描いて教せる。 (社会班 は

)昨

日撮影部 によってプリン トされた、 ××事件公判の録 音映画 を見て、研究会を開 くため、 この公判 における判事の想考 と弁論 術 について」 というのが、与ぇられたテーマであったのである。 談話 を単位 とした話 し言葉の研究的学習が記録映画を手だて として展開 し うることを述べている。「ある教室では、かなが きの練習 をしている。教育 放送の録音 レコー ドを用いて、 ききなが ら書いてい く。」 と文字学習で も聴 写の有効な手段 として放送の録音が取 りLげられている。 また邦文 タイプの 普及にあわせて、「学科で も、児童用の、軽い、携帯 タイプを一人一箇ずつ 所持 させては、その タイプを、かわいらしい手でちょこち ょこたた きなが ら、 思案顔 をして、文面 を見つめている子 もいる。」 と、新 しいメデ イアが速や かに学校 に浸透 して くることも予想 してる。 こうしたメデ ィアの教育的利用は、国語科を大 きく変えてい く力 を持 って いることも指摘 している。 ある教室では、ワイヤーレコーダーを使 って、今 しもスピーチ改善の 研究最中、三台の器械 をの中央 にすえて、グループに別れて盛んに吹 き 込み、再生 し、それを評価 しあっているのは、三年生か。(略

)低

学年 のためには、独話の練習 に、仮想相手 を設置するスクリーンに、天然色 で、た くさんの動物たちが現れた りする。独話者はその動物たちに向か って、「 うさぎさんね、1まくは……」 などと話 しかける。 この仮想相手 は、学年により時 に、目上の人であ り、父母であ り、大衆であ り、議会 である。 (略) 「二十世紀 はよみの世紀である」 とい うことは、 この前半世紀 か ら 1970年ごろまでは一般 に容認 されていたが、今では「効果的な会話の世 紀」 ということになって、カリキユラムの上で も、 よみはまっさきには とり上げられないようになった。

(35)

メデ イア利 用 の 原型 この ように、メデ イアの利用 によつて、従来なかなか指導で きなかった領 域 で効果 的な学習が構想で き、それが、民主主義的な社会の言語生活の構築 を目指す当時の思潮 と結 びついた とき、国語科の性格や カリキュラム も大 き く変わ りうる可能性 をは らんでいたのである。 50年 後 の国語教室 を想像 しなが ら、倉沢氏 は「今後の国語教室 に望みたい こ とは、科学性の確立 とい うことである。それは、計画立案の科学性 とい う こ とと、方法 の科学性 とい うこととあ る。」 とこれか らの国語教育へ の注文 を述べ、 さらに学習指導の場面 において も「有効 な科学的資料 をどん どん生 か さなければ うそである。」 と積極的 に新 しい メデ イアの活用 を奨励 してい る。 ラジオ・ 映画の利用―鑑賞指導の可能性 倉沢氏 に見 られるような、国語科教育 におけるメデ イア利用への期待は、 言語生活の大 きな変化 を背景 としていた。 ラジオは、すでに1925年に正式の放送が始 まり、28年には全国放送網の基 幹が完成 し、大衆社会の成立・成熟へむけて多 くの期待が寄せ られていた。 これが報道 と娯楽の両面で実現 してい くのは1945年以降である。片桐顕智は、 53年の Fラジオと国語教育」の中で、 (ラジオなどの発達により

)話

しことば本来の姿が生 き生 きと甦 って、 社会的手段 としての問題 をよびお こして きたのである。書 きことばを手 段 とする印刷文化の機関 とならんで、話 しことばを手段 とする伝達機関 はラジオとレコー ドの発明 といえよう。特 にラジオは、いままでの文化 機関に類 を見 ない までの無限な伝達性 を持 っている。 と言語生活が変わ りつつあることを指摘 し、なかでもラジオの社会的な機能 に大 きな期待 をかけている。●2それはラジオの もつ社会教育的機能 とい うこ とであ り、「同一のよい言語環境 をマス・プロの形で再生産 してい くところ に、その社会化生活化 を通 して教育力 を持 って くる」、「ラジオは、正 しく明 りょうな共通語の言語環境 をどこにで もつ くる教育機能 をもっている。」 と 述べている。

表 5)韓 国 と日本 の流行歌 の上位25語 使 用率 は %%で あ る。 韓 国の流行歌 1.■ (私 、僕 :代 名詞 ) 2̲」 (お 前 、君 :代 名詞 ) 3.項 (こ と :形 式名詞 ) 4.叡 ■ (な い :形 容詞 ) 5.■ (私 の、僕の :冠 形 詞 ) 6.争 (仕 方 :形 式 名詞 ) 7.子 ■ (て くれ る :補 助動 詞 ) 8.ユ ■ (あ なた :代 名詞 ) 9.村 ■ (恋 、愛 :名 詞 ) 10.銀 ■ (て い る :補 助動詞 ) 11.〜 著■
表 10)韓 国 と日本の感情語彙の比較 単位 は %%で あ る 泣 ・涙 悲 ・寂 喜 ・嬉 ︿口 草 葦匡 1  98‑99 5.4 4.1 0.4 9.9 日 本 66‑67 77 87 17.99.2 8.1 1 11̲1 0.0 32.215.712.3 5.5.時 を表す語 一 日の時間の中では。卜■ (朝 、 16)、 り (夜 、 22)だ けが現われた。 日本 語の流行歌 に多 く用い られた夜が韓国語 にも多い。現代人の生活のパ ター ン において夜 は一人になる時間が長い。その上夜は

参照

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