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(1)

高齢者介護施設における安全基準に関する研究 ‑  認知症対応型共同生活介護事業所等で発生した事故

・事件の分析を中心に ‑

著者 曽我 千春

著者別表示 Soga Chiharu

雑誌名 博士論文本文Full

学位授与番号 13301甲第4130号

学位名 博士(学術)

学位授与年月日 2014‑09‑26

URL http://hdl.handle.net/2297/40490

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

高齢者介護施設における安全基準に関する研究

- 認知症対応型共同生活介護事業所等で発生した事故・事件の分析を中心に -

曽我 千春

平成 26 年 9 月

(3)

博 士 論 文

高齢者介護施設における安全基準に関する研究

- 認知症対応型共同生活介護事業所等で発生した事故・事件の分析を中心に -

金沢大学大学院人間社会環境科学研究科 人間社会環境学専攻

学 籍 番 号 0821072705 氏 名 曽我 千春

主任指導教員名 森山 治

(4)

i 高齢者介護施設における安全基準に関する研究

-認知症対応型共同生活介護事業所等で発生した事故・事件の分析を中心に-

目次

はじめに 1

第1章 問題の所在と分析視点 3 第1節 問題の所在と研究の目的 3 第2節 本稿における研究対象の限定 4 第3節 先行研究 5

(1)家族内・親族内の介護に関する事故・事件 5 (2)介護事故の裁判事例の研究 6

(3)介護事故のリスクマネジメント 8 (4)介護事故への政策的・制度的な批判 9 (5)その他 10

第4節 本稿の構成 10

第2章 わが国の「介護」政策の歴史的変遷と施設基準等の検討 13 第1節 戦後から1973年までの「介護」政策と施設基準等の検討 14 (1)高齢者「施設」 17

(2)居宅(在宅)サービス 22 (3)高齢者医療 23

第2節 日本型福祉社会の登場と在宅・施設基準 23

(1)「日本型福祉社会」論の登場と社会福祉の方向性 24

(2)「臨調・行革」路線と社会保障・社会福祉制度改革 25

(3)老人保健法の制定と高齢者福祉サービス 27

第3節 介護分野への民間活力導入政策による基準の緩和 28

(1)民間活力の積極的導入 28

(2)「活力と包容力のある豊かな長寿社会」(「長寿社会対策大綱」) 30

(3)「国民の自助努力」と「民間活力」(高齢者対策企画本部) 31

(4)老人保健施設の登場 32

(5)老人訪問看護 34

(6)ゴールドプランから新ゴールドプランへ 36

(7)「新介護システム」と社会福祉基礎構造改革の本質 37

(5)

ii

第4節 介護保険法下での公的規制の変容 42

(1)許可から指定制度へ 43

(2)指定の要件 44

(3)監督 45 第5節 小括 47

第3章 認知症対応型共同生活介護事業所で生じた事故・事件の横断的分析 53 第1節 認知症対応型共同生活介護の概要と施設基準 55

(1)2005年度までの認知症対応型共同生活介護事業の制度と施設基準 55 (2)2005年介護保険改正に基づく制度の変更 57

第2節 認知症対応型共同生活介護事業所「殺人」・「傷害致死」事件 63 (1)入居者「殺人」事件 63

(2)入居者「傷害致死」事件 64

第3節 認知症対応型共同生活介護事業所「火災」事故 65 (1)長崎県大村市の火災事故 65

(2)札幌市の火災事故 73 第4節 小括 77

(1)事故・事件の原因 77

(2)認知症対応型共同生活介護の基準の改善点 79 第3章巻末資料 79

第4章 法外施設で生じた火災事件の検討 90

第1節 法外施設火災事件(「静養ホームたまゆら」火災)の概要 91 (1)「静養ホームたまゆら」の概要 91

(2)東京都と「静養ホームたまゆら」 92

第2節 法外施設と関連諸制度・基準との関係 102 (1)「未届」有料老人ホーム 102

(2)無料低額宿泊施設 106 (3)法定位置付けのない施設 112

(4)「静養ホームたまゆら」とNPO法人 113 第3節 法外施設火災事件の分析 115

第4節 小括 118 第4章巻末資料 121

第5章 介護保険制度における供給主体と公的規制 128 第1節 介護保険法の下での供給主体の検討 128

(6)

iii (1)事前的規制から事後的チェックへ 128 (2)指定制度の検討 130

(3)指定基準の内容の確認 131 (4)指導監督 133

第2節 サービス供給主体の拡大とその問題点(コムスン問題を中心に) 137 (1)介護保険制度と訪問介護事業所 137

(2)コムスン問題を受けた規制の強化 139 (3)指定取消状況の確認 140

第3節 介護保険法と公的規制の検討 143 (1)公的規制強化の動向 143

(2)地域密着型サービスの不指定処分 144 第4節 小括 147

第 6 章 わが国における「介護保障」への課題―高齢者介護施設に対する規制と安全基準 を中心に― 153

第1節 基準の適正な設定 153 第2節 公的規制および安全基準 155

(1)いのちの保障・介護労働者が安全で安心して働くことのできる基準の設定 155 (2)行政の指導・監督と公的規制の強化 156

第3節 小括 157

おわりに 159

参考資料 社会保障関連年表

参考文献等

(7)

1

はじめに

人口の高齢化の進展に伴い、寝たきりや認知症など介護を必要とする「要介護状態」の 者が急速に増加していることは周知のとおりである。従来家族による介護に依存してきた 日本では、産業構造や家族形態の変化により、1980年代後半から家族介護の限界が露呈し てきた。そこで要介護状態を社会的事故として、社会で対応するため、1997年介護保険法 が制定されている。

介護保険法施行後、介護保険法の下で主として地域密着型サービスの認知症対応型共同 生活介護や老人福祉法に規定される有料老人ホーム、高齢者の居住の安定確保に関する法 律に規定されるサービス付き高齢者向け住宅など、高齢者を対象とした「住まい」が急増 している。これらは介護保険法が規定する介護保険三施設とは一線を画するものであり、

営利・非営利を問わないサービス提供主体の参入が可能となっている。一方、介護保険三 施設のなかでも最も需要の多い介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)は全国的に不足 している。

このような中、認知症対応型共同生活介護事業所で火災事故や事件が相次ぎ、入所者が 死亡している(第 3 章)。また、2009 年に群馬県で発生した法外施設の火災事件で」は、

低所得者・生活保護受給者でケアが必要な高齢者が犠牲となった(第4章)。このような事 故・事件が生じるごとに各事業者・事業所のリスク管理体制の在り方や、介護職員の資質 の問題ということが取り上げられる。これらの指摘はもっともであると考えるが、対応が 各事業者・事業所まかせや介護職員の「職業倫理」のみでは、上記のような死亡事故・事 件の再発防止に限界があるのではないかと考える。

そこで本稿では、社会保障政策や介護保険制度および各諸基準の角度からこれらの死亡 事故・事件を分析し、再発防止策を検討することとした。その際に本稿では、上記の認知 症対応型共同生活介護事業所の2つの火災事故と 2つの死亡事件(殺人罪・傷害致死罪)、 法外施設の火災事件(元理事長の業務上過失致死罪)を主たる検討対象とした。介護現場 の事故に関する事例は、例えば高齢者介護施設における入所者の誤嚥、転倒・骨折などの

「介護事故」(死亡も含む)など多くあるが、先に挙げた死亡事故・事件は国の定めた制度・

基準に大きく影響されており、再発防止には介護保険制度や諸基準、行政の管理・監督機 能の改正・改善が不可欠であると考えたからである。

また、これらの死亡事故・事件の分析については、判例研究や臨床的観点等からのアプ

(8)

2

ローチがありうるが、本稿では、現行の諸制度および諸基準について公共政策的観点から 分析することに重点を置き、今後の方向性を明らかにした。

(9)

3

第1章 問題の所在と分析視点

第1節 問題の所在と研究の目的

2000 年に介護保険法が施行され、13年が経過した。この間、「介護」という言葉や介護 サービスは広く社会に広がりをみせ、高齢者介護のビジネス化は進行し続けている。高齢 者介護事業者・事業所も多く設立・開設されその数は介護保険法施行前と比べ大幅に増加 している。

このようななか、全国各地で、在宅での介護殺人や介護心中、高齢者介護施設での「殺 人」事件や傷害致死事件、火災事故・事件など生命を奪われる死亡事故・事件が多発して いる。

高齢者介護施設に関しては、介護保険法施行後、介護保険三施設以外に、認知症対応型 共同生活介護、特定施設入居者生活介護、サービス付き高齢者向け住宅など、多様な施設 が諸制度上認められてきた。また、各法律や制度の隙間を利用した「得体のしれない」施 設、行政に届出のない「法外施設」(「未届施設」)や「寝たきりアパート」、さらには、い わゆる「貧困ビジネス」なども全国各地で広がりを見せている。

従来、わが国の高齢者介護サービスは措置制度の下で、主に老人福祉法に基づいて行わ れていた。老人福祉法では、市町村は措置決定を行った利用者に対して直接介護サービス を提供する、または一定の事業者に対し、利用者に介護サービスを提供することを委託す る仕組みを設けていた。

2000年施行の介護保険法は、高齢者介護サービス供給の仕組みを措置制度から原則、利 用者(被保険者)とサービス提供事業所との契約によるサービス供給へと転換し、サービ ス供給体制は「多様な事業者又は施設から、総合的かつ効率的に提供されるよう配慮して 行わなければならない」(介保法2条3項)と規定されたことで、営利・非営利を問わない 法人が高齢者介護サービス提供事業者となった。その結果、高齢者介護サービスを担う事 業者は急増し、特に営利目的の認知症対応型共同生活介護事業所の増加はめまぐるしい。

認知症対応型共同生活介護は、認知症高齢者の「切り札」とされ、認知症高齢者やその 家族、ケアをになう専門家(介護職員など)などから大きな期待を寄せられていた。しか しながら、認知症対応型共同生活介護事業所での事故・事件が多発している。

本稿は、介護保険法施行後、急増した認知症対応型共同生活介護事業所における事故・

事件を中心に、介護保険制度や各サービスまたは施設等の最低基準および安全基準等の制

(10)

4

度・基準との関係から先の事故や事件の分析を行う。また、本稿では認知症対応型共同生 活介護事業所だけではなく、第 4 章で述べるように「法外施設」で事件が起きていること から、社会保障諸制度および諸基準との関係から「法外施設」火災事件についても分析を 試みた。

これらの分析を通し、事故・事件が発生した原因、諸制度・諸基準の問題点を検討し、

人々の命が守られるような基準や公的規制の課題を整理することが本稿の目的である。

第2節 本稿における研究対象の限定

研究対象の限定に関して、以下の2点を補足しておきたい。

第一に、事故・事件に関する限定である。本稿では、検討対象の事故を入所者(または 入居者)が死亡した認知症対応型共同生活介護事業所の火災事故に限定した。いうまでも なく、事故に際しては、先行研究で挙げたように入所者(入居者・利用者)の誤嚥、転倒・

骨折、ベッドからの転落など多くの「介護事故」が研究対象とされている。しかし本稿で は、高齢者介護サービスの諸制度・諸基準と事故を分析し、その再発防止に資することを 目的としていることから、大惨事である火災事故を取り上げ、わが国の高齢者介護諸制度 の構造的な問題を明らかにしたいと考えている。また、諸制度・諸基準からみた火災事故 への再発防止策が転倒などの介護事故の再発防止策にもつながると考える。

次に、事件については、認知症高齢者共同生活介護事業所の2つの事件と「法外施設」

火災事件を取り上げた。これら3事件は入所者(入居者・利用者)が死亡しており、刑事 事件として立件され、結果、認知症高齢者共同生活介護事業所の2つの事件では元介護職 員が、「法外施設」火災事件では元理事長が、有罪判決を受けている。裁判の中では、高齢 者介護施設の制度の不十分さを指摘している場合もあり、事件と裁判、判決文を分析する ことで、事件の発生要因・再発防止策が検証できると考える。

第二に、家族・親族介護の「介護殺人」「介護心中」の問題である。家族・親族介護の限 界からの介護殺人や介護心中事件は現在でもあとを絶たず、深刻な問題を呈している。こ れら問題は先行研究が示すように膨大な研究が蓄積されている。しかし、高齢者介護施設 で生じた刑事事件を取り扱った先行研究はほかには見られないことから、本稿は在宅以外 の高齢者介護施設で生じ、かつ、介護職員や理事長などが被告となった刑事事件を取り上 げた。

以上のように、本稿で扱う事故・事件は、在宅ではない高齢者介護施設で生じ、入所者

(11)

5

(入居者・利用者)が死亡した事故・事件を対象とした。入所者(入居者・利用者)の命 が保障されるべき居所で命が奪われる事態を重く受け止め、広く、わが国の政策や制度・

基準からこれらの事故・事件を分析する。

第3節 先行研究

本稿の課題に取り組むにあたっては、法学、経済学、社会福祉学、介護福祉学などの分 野における高齢者介護に関する事故・事件に関して、既存の調査や文献を概観し、現在ま での調査・研究の到達点を確認しておく必要があるであろう。

(1)家族内・親族内の介護に関する事故・事件に関する調査および研究

「介護事故」や介護事件については、家族内・親族内の事件を取り上げた太田貞司の「在 宅ケアーの課題に関する試論‐“老人介護事件”の検討から‐」がある。太田は、「老人介 護事件」とは「高齢者と介護者の心中(無理心中、未遂も含む)、介護疲れによる介護者の 自殺、あるいは介護疲れが背景になっている「殺人事件」など実際の高齢者の介護問題に 関係がありそうなもの」としている。太田は、家族介護に必要な援助システムを明確にす るために、1974年から1986年までの13年間に新聞報道されたなかで、東京都、神奈川県、

埼玉県、千葉県の首都圏で起こった「老人介護事件」を分析している。そしてこれらの分 析を通し、①「老人介護事件」の地域偏在を指摘しており、大都市の中で比較的高齢化し ていない地域において、介護者の孤立化から「老人介護事件」に至ること、②十分な対応 能力のない高齢の介護者には、援助が必要な高齢者の早期発見・早期援助の視点が不可欠 であること、③「未婚の子と同居」のケースは、高齢者の介護の上、多くの課題を抱えて いる(介護者の多くが無職であること)こと、④もっと詳しい「老人介護事件」の調査に より、ケースの実態に即した検討が必要であることを指摘している。また、本稿との関係 では、事件の発生時期で「老人保健法が施行されたのは1983年2月であるが、特に、その 前後から目立って多くなっているのが特長(ママ)的であり、これをみる限り増加傾向を 示している」と指摘している点である。この点は、本稿第 1 章で扱う「わが国の「介護」

政策の歴史的変遷と施設基準の検討」の際に大きな示唆を与えてくれている。

近年では、加藤悦子の『介護殺人‐司法福祉の視点から』(クレス出版、2005年)があ る。加藤は在宅介護現場で発生した「介護殺人」の事例を取り上げ、裁判事例の分析から

(12)

6

事件発生に至るプロセスや、加害者の心情について詳細に検討している。そして「介護殺 人は、法的視点からは要介護者の基本的人権、特に「生命、身体の自由その他身体的活動」

が侵害された状態とみなすことができる。要介護者が殺害された、遺棄された、傷つけら れ死に至ったという点で、相手に対する人間性や人間の尊厳の尊重がなされているといい 難いと解釈する。臨床的視点からは、殺害という結果もさることながら、介護者を取り巻 く社会状況が介護者を追い詰め、事件を発生させる要因の一つとなり得ていることに注目 すべきである」とし、事件の背景要因を多角的に分析している。加藤は解決策を「規範的 解決」(法的解決)と「実態的解決」(臨床的解決)の2点から提起している。「規範的解決」

をより効果的にしていくためには、「①事件発生の要因について、加害者の個人的資質のみ ならず、社会環境や文化的側面についても多面的に検討すること、②加害者の反省すべき 点を自分なりに理解すること、③個人の資質のみならず、個人の努力では解決できない社 会的問題についても明らかにしていくこと、④これらを行う方法として、判決事前調査(次 善の策として情状鑑定)を実施する」といった「実態的解決」、すなわち臨床的解決方法を 示している。「実態的解決」については「加害者や加害者家族など事件の当事者にとって の「解決」」と「事件当事者以外の地域住民にとっての「解決」」といった二つの側面をあ げ「地域でのソーシャルワークの展開」の必要性を指摘している。加藤は臨床的な立場か ら在宅での介護殺人を分析し、事件後の心理的側面への働きかけやソーシャルワーク重要 性を提示しており、今後の在宅「介護殺人」の支援策としては一定の効果はあるであろう。

しかしながら、介護者個人や家族関係に重点が置かれ、社会保障・社会福祉や介護保険 法といった法・制度に起因した問題としての分析が不十分である。その結果、社会保障や 介護保険法の構造的な問題を解決することにはつながらない。

以上のように、太田・加藤の両者の「介護心中」「介護殺人」に対する再発防止策は「支 援」に止まり法・制度や政策的な視点が不十分であると考える。

(2)介護事故の裁判事例の研究

高齢者介護施設での「介護事故」を対象としたものとしては、主として判例の研究を行 っている菊池馨実「高齢者介護事故をめぐる裁判例の総合的検討(一)(二・完)10」、

同「介護事故における事業者責任‐判例動向を踏まえて‐11」、長沼建一郎『介護事故の法 制策と保険政策』などがある。

菊池は「介護事故」の判例研究の第一人者で、多くの判例研究を行っている。「高齢者介

(13)

7

護事故をめぐる裁判例の総合的検討」では、「介護事故」を「誤嚥」、「転倒・骨折等」、「脱 出・転落」、「入所者の緊急時における対応」に類型化し、多角的に各判例の内容を分析し ている12。「高齢者介護事故と損害賠償責任」の分析・検討も行われており、「措置から契 約へ」の制度転換が「介護契約」や「福祉契約」といった課題を生じさせ、その中での事 故に際しての損害賠償請求責任をめぐる問題が、裁判上の争いの大部分を占めていること を指摘している13。具体的には、債務不履行か不法行為かの選択、また、安全配慮義務等 について検討が行われている。菊池は「保護義務ないし安全配慮義務の具体的内容・水準 にあたって」は、「直接処遇にあたる介護職員の専門性の水準をどのレベルに設定すべきか、

さらに合理的判断をなし得る介護専門職員を判断基準とすべきか、それとも具体的介護者

(とりわけ高い技術をもっている場合)を判断基準とすべきか、といった問題につき、今 後さらに検討されなければならない」といった課題提起をしている。

注目されるべきは、政策論として介護職員の資格に関し「介護職員につき有資格者であ ることが必須とされていないこと、介護福祉士・ホームヘルパーなどの資格取得の基準と なる専門知識・技術の水準が必ずしも高くないこと、そうした資格が業務独占にかかって おらず、介護福祉士を除き国家資格ですらないこと」といった、現場の介護職員資格制度 の不十分さの指摘をしている。加えて「判例上、安全配慮義務等の水準が殊更に高度化さ れることで、現実の介護水準との大きな乖離を招く恐れがあることに留意すべきである。

政策論としては、資格制度・配置人員などの改善がなされるべきであろう」と課題を提示 している。もっとも、この論稿の主たるねらいは「現段階での把握可能な関連裁判例を総 合的に検討し、判例の到達点を明らかにすること」としており、介護職員の資格・人員配 置の問題提起に止まっており、政策的な改善策は述べられていない。

菊池「介護事故における事業者責任‐判例動向を踏まえて‐14」は、「介護事故をめぐる 判例動向を事業者の責任という観点から分析することを目的」とした論稿である。「介護事 故裁判において問題となる注意義務等の水準は、たとえ同様の事故状況であっても、介護 施設の性格や担当職員の専門性の高さに応じて異なる」ことを指摘し、「利用者に対する直 接的な介護サービス提供に係る注意義務ないし安全配慮義務違反の内容の精緻化と並んで、

報告義務、情報提供義務、連絡義務」などの義務の明確化により「事業者による実際の介 護サービス提供に係る行為規範の側面がある」としている。この点も介護事業者への義務 付けとして重要であると考えるが、あくまでも事故が生じた事後の事故対策であり、事故 や事件の根本的な再発防止策とはとならないのではないかと考える。

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8

長沼も介護事故の裁判事例を中心として介護事故をめぐる法的紛争の構造について丁寧 に分析をしている。長沼は「介護事故」の概念要素を「介護サービスの提供プロセスにお いて、事故が発生したこと、介護高齢者に人身損害が発生したこと、また介護サービスの 事業者ないしは従事者が事故の法的責任を問われていること」としている15。研究対象は

「刑事事件や行政対応を重視する論者もあろう」が、しかし「事故後の民事賠償処理も無 視できない」と民事賠償に問題を限定している16。長沼は民事賠償の裁判事例を概括的に 検討し、なおかつ裁判事例の横断的分析を行っている。また、介護事故の解決方法として 法的な解決方法と保険的な解決方法の組合わせが必要であること、このような仕組みづく りには公的介護保険制度との関係を踏まえて構築していくことの重要性を提示している17。 長沼の丁寧な研究方法は参考になるが、現在の介護保険制度や基準などの分析がないこと から、現場の実態の矛盾を顕在化させ、根本的原因・要因を明らかにするには限界がある と考える。

(3)介護事故のリスクマネジメント

介護事故のリスクマネジメントの問題については、主に実務的な領域で、多くの検討が 行われている。

介護保険法施行、間もない2003年に、社会保障法、社会福祉の研究者、高齢者介護施設 の施設長らを中心とした研究会ベースの増田雅暢・菊池馨実編著『介護リスクマネジメン ト18』が出版されている。先に取り上げた菊池の「介護事故関連裁判例からみたリスクマ ネジメント」、長沼建一郎の「賠償責任保険と介護リスクマネジメント」、堀田聡子の「在 宅介護現場に望まれるリスクマネジメント ホームヘルパーの視点から」などが掲載され ている。これらは、介護事故後の事業所の責任や介護職員の対応方法である「ヒヤリ・ハ ット」などが中心である。

弁護士や高齢者介護施設長らの、高野範城・青木佳史編著『介護事故とリスクマネジメ ント19』は、介護事故の裁判事例を分析するとともに、高齢者介護サービス事業者のリス クマネジメントや解決方法(損害賠償)について実務的な示唆を行っている。高野範城は

「事故の多くは人的・物的な公的責任の条件整備の遅れに起因するものである20」という 考え方を前提としている。また、介護保険制度の導入により、サービスの利用の仕組みが 契約制度となったが、この点については「社会福祉制度として国民に必要で適切な介護サ ービスを提供し、もって介護を要する国民の生存権(自立した生活)を保障することは、

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国や地方自治体の責任であり、そのために介護保険制度や支援費制度があることから、そ こにおけるサービスの質を確保する公的責任はいささかも減じられないはず」と指摘し、

各「介護事故事例」の分析から「しかるべき人員配置基準の見直し、そのための財源確保 といったことも、個別の事業者と利用者の努力では解消できない課題であるから、これこ そ国や自治体の果たす責任が大きい」、「介護サービスの質の保障に責任を持つ公的機関も 十分な役割を果たしてこそ、適切な介護サービスの質の向上がはかられる21」と、実務的 なリスクマネジメントだけではなく、公的責任の重要性も説いている。

2009年には『実践 成年後見』(No.31)(民事法研究会、2009年)が「介護事故と成年 後見」の特集を組んでいる22。このなかで、古場裕司は「高齢者介護施設における介護事 故の実態及び対応策のあり方に関する調査研究」の調査結果をもとに介護サービスにおけ る事故の現況について紹介し、課題について論じている。この論稿では、介護サービス事 業者がサービス提供に伴って発生した事故について、介護保険者である市町村に報告を行 うことが求められていることに着目し、市町村における事故報告制度の運営状況や報告さ れた事故の内容について調査を行っている。介護サービス事業者は、介護サービス提供に 伴って事故が発生した場合には、市町村等に対して報告を行うこととなっている23。論稿 は全国1805市町村を対象として889市町村から回答を得ている。回答した市町村のうち、

事故報告の基準を定めているのは40.5%で、事故報告の様式を定めているのは54.7%であ った。事故の定義は「軽微なものを除く」が42.2%、「外部の医療機関で受診したもの」が

40.3%であった。また、「施設により報告の有無にばらつきがある」36.1%、「施設により記

載内容にばらつきがある」35.7%といった課題があげられているとのことであった。論稿で は、市町村に報告される介護事故に関する情報は、その定義や基準、報告事項がさまざま で全国的な統一が図られておらず、統計的な集計・分析に十分活用できていないことを指 摘している。そして、事故の定義や報告基準などの基本的なルールの統一、個別の事故に ついての責任追及の手段として位置づけられることがないような制度の必要性を述べてい る。古場の論稿は調査結果報告であることから、介護保険制度や基準から事故の再発防止 策などには触れていないが、今後の「介護事故」の事後対応の制度設計について一定の示 唆が得られる。

(4)介護事故への政策的・制度的批判

介護事故への政策的・制度的な視点から再発防止策を論じている研究は少ない。井上英

(16)

10

夫は認知症対応型共同生活介護「殺人事件」(本稿第3章第2項)を取り上げ、この事件の 発生原因について詳細に分析をしている。井上は標記事件の裁判の傍聴を重ねている。そ して「アルバイトが夜間に18人もの生命を預かってよいものだろうか」と非正規の職員が 夜勤帯、一人で18名の生命や健康の責任を負うことを「よし」とする介護保険制度・認知 症対応型共同生活介護事業の基準が最も問題であるとしている24。また、「法外施設」火災 事件(本稿第 4 章)についても、「現在の貧困な社会保障・住宅政策の下、「営利化」が進 むなかで、いわゆる「貧困ビジネス」が跋扈しており」、その象徴が「法外施設」火災事件 であると指摘する25。井上の社会保障・社会福祉の理念からの指摘は参考になる。しかし ながら具体的な制度や基準の内容に関する指摘や改善策については触れていない。

伊藤周平は介護事故をめぐる法的問題について裁判事例を用いて分析している。伊藤は 裁判事例の分析にとどまらず、現行の介護保険制度や基準についても触れ、「現在の職員配 置基準や介護報酬の水準では、施設側に大幅な人員増を求めることは困難で、結局、施設 の側で、介護事故につながる可能性の高い要介護者の入所を敬遠する事態をまねきやすい」

といった指摘をしている26。介護事故の背景として、介護保険制度の構造的な問題、介護 報酬や人員配置基準の不十分さを指摘している。しかしながら、事業者・施設に対しての 責任について指摘がなく、制度、事業者といった重層的な責任という視点が欠けている。

(5)その他

ルポルタージュで出版されたもので、横田一『介護が裁かれるとき』(岩波書店、2007 年)、『介護と裁判‐より良い施設ケアのために』(岩波書店、2012年)がある。前者は幅広 く介護事故・民事裁判を収集し、関係者への聞き取りを行い、丁寧に現状を報告している。

後者は前者の内容を踏まえながらもさらに制度や介護職員などの労働条件等にも踏み込ん で現状報告を行っている。

第4節 本稿の構成

本稿の構成は以下のとおりである。

第 2 章では、わが国の社会保障・社会福祉の歴史を概観し、高齢者介護施設と施設基準 等の公的規制の「変容」・「拡大」の検討を行う。第 3 章では、認知症対応型共同生活介護 事業所で生じた事故・事件を取り上げ、介護保険法、認知症対応型共同生活介護事業の基

(17)

11

準等から、事故・事件の分析を行う。そして法律・基準を作成している国、指定・監督権 限を持っていた都道府県、保険者である市町村の責任等についても考察を行う。

第4章では、「法外施設」火災事件を取り上げ、本火災事件を日本の社会保障政策、関連 政策、法基準から分析を行い、「法外施設」が存在する要因、「法外施設」に入居せざるを 得ない仕組みをどう考えるのかという視点に立ち、検証・分析を行う。

第 5 章では、介護保険制度におけるサービス供給体制とそれに伴う公的規制について検 討を行う。ここでは公的規制の在り方を問うために2007年に生じた「コムスン問題」を分 析し、公的規制と行政の監督体制の課題について考察を行う。

第 6 章では、わが国の「介護保障」の課題として、高齢者介護施設に対する規制と安全 基準について検討する。介護保険法や公的規制・安全基準の課題を検討し、人々の命が守 られる基準設定についての一考察を述べる。

最後に、本稿の内容のまとめを行い、本稿の限界、本研究の今後の課題について述べる。

太田貞司「在宅ケアーの課題に関する試論‐“老人介護事件”の検討から‐」一般社団法人 日本社会福祉学会『社会福祉学』(28(2))(1987年)54-75頁。

太田・前掲書(注1)56頁。

太田・前掲書(注1)71-75頁参照。

太田・前掲書(注1)59頁。

加藤悦子『介護殺人‐司法福祉の視点から』(クレス出版、2005年)。

加藤・前掲書(注5)15頁。

加藤・前掲書(注5)239頁。

加藤・前掲書(注5)277頁。

菊池馨実「高齢者介護事故をめぐる裁判例の総合的検討(一)」『賃金と社会保障』(No.1427)

(2006年)23-44頁。

10 菊池馨実「高齢者介護事故をめぐる裁判例の総合的検討(二・完)」『賃金と社会保障』

(No.1428)(2006年)41-57頁。

11 菊池馨実「介護事故における事業者責任‐判例動向を踏まえて‐」『実践 成年後見』(No.31)

(民事法研究会、2009年)4-12頁。

12 長沼建一郎『介護事故の法政策と保険政策』(法律文化社、2011年)32頁。

13 菊池・前掲書(注10)52-53頁。

14 菊池馨実「介護事故における事業者責任‐判例動向を踏まえて‐」『実践 成年後見』(No.31)

(民事法研究会、2009年)4-12頁。

15 長沼・前掲書(注12)9頁。

16 長沼・前掲書(注12)16頁。

17 長沼・前掲書(注12)365頁参照。

18 増田雅暢・菊池馨実編著『介護のリスクマネジメント サービスの質の向上と信頼関係の構 築のために』(旬報社、2003年)

19 高野範城・青木佳史編『介護事故とリスクマネジメント』(あけび書房、2004年)

(18)

12

20 高野・青木・前掲書(注19)1頁。

21 高野・青木・前掲書(注19)11頁。

22 『実践 成年後見』(No.31)(民事法研究会、2009年)。同書に収められた論文として、菊 池馨実「介護事故における事業者責任‐判例動向を踏まえて‐」(4-12頁)、古場裕司「介護事 故の現状と課題」(13-23頁)、東京都職員の村田由佳「介護事故防止など高齢者の権利擁護に向 けて‐東京都の取組から‐」(24-31頁)、特養施設長の萱津公子「介護事故防止に向けた取り組 みと成年後見の役割」(32-38頁)、弁護士の池田桂子「介護事故への対応‐成年後見人等の役割 と実務上の留意点‐」(39-47頁)、社会福祉士の平岡祐二「介護事故における後見実務の実際」

(48-54頁)、佐藤彰俊「介護事故防止をめぐるリスクマネジメント」(55-63頁)がある。

23 たとえば介護保険施設の指定介護老人福祉施設の場合、「指定介護老人福祉施設の人員、設 備及び運営に関する基準」(平成11年3月31日厚生省令第39号)第35条2項「指定介護老人 福祉施設は、入所者に対する指定介護福祉施設のサービスの提供により事故が発生した場合は、

速やかに市町村、入所者の家族に連絡を行うとともに、必要な措置を講じなければならない。」

24 井上英夫『住み続ける権利―貧困、震災をこえて』(新日本出版、2012年)99‐104頁参照。

25 井上・前掲書(注24)104‐114頁参照。井上英夫「貧困・格差問題とナショナルミニマム の全体構想」日本社会保障法学会編『新・講座 社会保障法3 ナショナルミニマムの再構築』

(法律文化社、2012年)3-4頁参照。

26 伊藤周平『介護保険法と権利保障』(法律文化社、2008年)205‐217頁参照。

(19)

13

第 2 章 わが国の「介護」政策の歴史的変遷と施設基準等の検討

1946年、日本は終戦を迎え、日本国憲法の下で社会保障・社会福祉が「権利」として制 度化されていく。そこには、憲法25条の生存権規定と第2項の国の保護義務をベースとし て国家責任・公的責任を強調した制度が創設されていった。特に1973年までは、公的責任 と国の財源の裏付けにより、社会福祉三法から六法へ、国民皆保険・皆年金の実施、医療 保険制度による被保険者・被扶養者への窓口負担減、老人医療費支給制度など、社会保障・

社会福祉の拡充期であったと言える。

しかし、1973年秋の石油危機を契機とする高度経済成長の終焉により、社会保障・社会 福祉制度の縮小と財源の削減へと方向転換していくこととなる。1982年の老人保健法は、

先の老人医療費支給制度を廃止したばかりでなく、高齢者に一般被保険者とは異なる診療 報酬制度を導入するとともに自由契約の「老人保健施設」、営利法人の参入を認めた「老人 訪問看護制度」を創設した。これらは社会保障・社会福祉制度からの公的責任の後退と各 種基準の緩和、営利化政策の先駆であるといえる。

1980年代後半からは、高齢者保健福祉サービス、特に高齢者介護サービスに民間企業の 参入を積極的に後押しする政策がとられていく。「民活」といった言葉が盛んに登場し公的 責任の後退と自己責任が強調され(「自助」・「共助」・「公助」)、行政の責任の下で行われて いた各種社会福祉サービスの民間委託がさらに拡大していき、行政から民間介護サービス 事業者に対する「ガイドライン」等が登場してくる。公的責任の後退と「民活」の流れを 引き継いだものが介護保険制度である。

そこで以下では、社会保障・社会福祉制度・政策の変遷のなかで、社会福祉サービス制 度や公的規制・基準等がいかに変化をしていったのかを、主に高齢者福祉施策・高齢者「介 護」関連制度から確認しておく。

なお、ここでいう「介護」政策とは、医療との関係を含め、医療の範囲の縮小から「介 護」が登場したことの意味で使用している。

まず、第一期は戦後から1973年までの「介護」政策をみていく。この時期は戦後復興か らわが国の社会保障・社会福祉の確立期であり、各種制度が創設されていく。1963年には 老人福祉法が成立し、社会保障・社会福祉制度が拡充していく時期である。第二期は「日 本型福祉社会」論の登場と「介護」政策である(1975年~1984年)である。1973年の石 油危機を契機とした社会保障・社会福祉制度の縮小・自己責任の強調と公的責任の後退期、

(20)

14

そして「民活」が積極的に導入されていくなかで「介護」政策が拡大していく時期である。

この時期の社会保障・社会福祉政策は、現在の社会保障・社会福祉政策に継承されている 点で重要な時期であると考える。そして第三期として介護分野への民間活力導入政策(1985 年から2000年)である。1985年の社会保障制度審議会「老人福祉のあり方について」(建 議)が社会福祉の対象の拡大と国民の自己負担、積極的な民間企業の参入といった見解を 打ち出した。その後、厚生省(現、厚生労働省)は「シルバービジネス振興指導室」を創 設し、本格的な社会福祉の市場化・営利化に乗り出し、社会福祉関係の国家資格の創設、「国 民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針」(平成 5年4月14日号外厚生省告示第117号)が告示されている。

一方で1970年代後半から「日本型福祉社会」論のもとでの家族扶養の強調は、高齢化の 進行と産業構造の変化に伴う就業構造の変化といった家族を取り巻く状況が変容していき、

家族の私的扶養では立ち行かない現状が顕著となってくる。そこで政府は「介護問題」に 対する対応策を講じられることが迫られた。そこで登場したのが介護保険法である。

第四期は介護保険法施行以降の介護保険制度の下でのサービス・基準、公的規制をみて いく。社会保障抑制政策のなかで介護保険法が「社会保障構造改革」の第一歩であること を確認することができる。

第1節 戦後から1973年までの「介護」政策と施設基準等の検討

1945 年 8 月、「日本はポツダム宣言をうけいれ無条件に降伏した。ポツダム宣言は軍国 主義の一掃、民主主義の復活・強化、基本的人権の尊重などを日本に義務付けた。国際的 に社会保障が基本的人権として位置付けられ、また、戦後の一連の民主的改革によって国 民の生活の安定をはかる社会保障制度の充実が要請」されていった。

1946 年に日本国憲法が公布され、憲法25条に生存権規定がおかれた。特に2項は国の 生存権保障についての努力義務を規定している。1950年の社会保障制度審議会の「社会保 障に関する勧告」(五十年勧告)は、冒頭に憲法 25 条を引用し「これは国民には生存権が あり、国家には生活保障の義務があるという意である。これはわが国も世界の最も新しい 民主主義の理念に立つことであって、これにより、旧憲法に比べて国家の責任は著しく重 くなったといわねばならぬ」とし、生存権保障に対する国の義務を強調している。

戦後の復興には、蔓延した貧困への対応策として、国民の最低生活の保障を目的とした 生活保護法(1946年「旧生活保護法」(昭和21年法律17号)、1950年「新生活保護法(現

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15

行の生活保護法)」(昭和25年法律144号))、子どもの健やかな育ちを目的とした児童福祉 法(1947年)、障害のあるひとへの「更生」「援護」を通して福祉の増進を目的とする身体 障害者福祉法(1949年)が制定されている。1951年には社会福祉事業の全分野における共 通的基本事項を定めた社会福祉事業法(法律45号)が制定されている。

社会福祉事業法では、社会福祉事業を「社会福祉の見地からと、個人の人格の尊重の角 度からみて、その対策にたいする影響の軽重から、第一種社会福祉事業と第二種社会福祉 事業とに分類」している

社会保険制度については、1958年に新国民健康保険法(法律192号)、1959年に国民年 金法(法律141号)が制定され、国民皆保険・皆年金体制が一応整った。

高齢者福祉については、国民年金法による老齢福祉年金の支給、生活保護法による70歳 以上の者への老齢加算(老齢福祉年金額に相当する額)が創設された。また、在宅の高齢 者を対象として、1956年に長野県が「家庭養護婦派遣事業」(老人家庭奉仕員の前身)を開 始し、以降、この活動がいくつかの市町村でも実施され、1962年には老人家庭奉仕員事業 に対する国庫補助が開始された。この事業は「生活に困窮した老人が老衰や病気で日常生 活に支障を来したときに洗濯、清掃、炊事、病気の看病等を行う」ものであった。

高齢者の入所施設は、厚生省(当時)は1956年4月に軽費老人ホーム設備費が国庫補助 予算化(4,925 万円、7 か所分)し「軽費老人ホームの設備および運営について」を通知、

従来の養老院という生活保護法による保護施設とはことなり、施設と利用者との契約に基 づき利用料を支払う軽費老人ホームの「公的」な促進策を講じている

軽費老人ホームは、(ア)低所得階層に属する老人で、身寄りのない者を低料金で収容し、

医学的心理学的配慮の下に、健康で明るい生活を送らせることを目的とし、(イ)経営主体 は国、地方公共団体、社会福祉法人とし、(ウ)生活費に充てる資産、所得・仕送りが一人 月額1万円程度以下の60歳以上の老人で、身寄りがないか家庭の事情で家族と同居できな い者を対象とし、(エ)「社会福祉事業法」に基づき設置費の 2分の1を国庫補助するもの であった。

1950 年代後半から1960 年代に入ると、日本は戦後復興を終え、高度経済成長、第一次 産業から第二次産業・第三次産業への就業構造の変化、核家族化、高齢者人口の増加、私 的扶養の減退、社会環境の変化が進んでいった。このような社会的条件を背景とし、高齢 者に関する対策について関心が高まっていった。政府は、老人福祉施策を総合的に体系化 することを目的として1963年に老人福祉法(法律113号)を制定した。

(22)

16

老人福祉法は基本理念として「老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきたものと して、かつ、豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに、生きがいの持てる 健全で安らかな生活を保障されるものとする」(老福法2条)と「敬愛・健全安定生活保障 の原理」を規定している。さらに「国及び地方公共団体は、老人の福祉を増進する責務を 有する」(老福法4条1項)と「従来、民間または地方公共団体が自由に進めてきた老人福 祉の増進が、いまや国および地方公共団体の責務」であることを明確にうたっている。老 福法の下での公的サービスとして、①65 歳以上の老人に対し健康診査を実施する、②日常 生活を営むのに支障がある在宅の老人に対し「老人家庭奉仕員」を派遣する、③身体上、

精神上の障害あるいは家庭内の事情等により自宅で生活することが困難な状態にある老人 について、その状態に応じて「養護老人ホーム」または「特別養護老人ホーム」に収容す る、といったことが規定された。

老人福祉法の概要は以下のとおりである。

一. この法律は、老人の福祉に関する原理を明らかにするとともに、老人に対し、その心身の健康の保持 及び生活の安定のために必要な措置を講じ、もって老人の福祉を図ることを目的とすること。

二. 老人福祉の基本理念として、(ア)老人は多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛され、

かつ、健全で安らかな生活を保障されるものとすること、(イ)老人は、常に心身の健康を保持し、

その知識と経験を社会に役立たせるよう努めるものとすること、(ウ)老人は、その希望と能力とに 応じ、適当な仕事に従事する機会その他社会的活動に参与する機会を与えられるものとすること。

三. 国及び地方公共団体は、老人の福祉を増進する責務を有すること。また、老人の生活に直接影響を及 ぼす事業を営む者は、その事業の運営に当たっては老人の福祉が増進されるよう努めなければならな いこと。

四. 国民の間に広く老人の福祉についての関心と理解を深める等のため、9月15日を老人の日とし、国 及び地方公共団体はこの趣旨にふさわしい事業を実施すること。

五. 都道府県及び市町村は、各福祉事務所に、老人福祉に関する専門的な業務を行う社会福祉主事を置か ねばならないこと。

六. 市町村長は、毎年、期日又は期間を指定し、65歳以上の者に対して、健康診査を行わなければならな いこと。

七. 都道府県知事、市長又は福祉事務所を管理する町村長(以下、「都道府県知事等」という)は、(ア)

老人又はその養護者を指導すること、(イ)経済的理由により居宅において養護をうけることが困難 な老人を養護老人ホームに収容すること、(ウ)身体上又は精神上著しい欠陥があるために常時介護 を必要とする老人を特別養護老人ホームに収容すること、(エ)老人の養護を養護受託者に委託する こと、(オ)養護老人ホーム、特別養護老人ホームへの収容、又は養護委託の措置を採った老人の葬 祭を行うこと。

八. 市町村は、社会福祉法人その他の団体に対し、日常生活を営むのに支障がある老人の家庭に老人家庭 奉仕員を派遣することを委託することができること。

九. 地方公共団体は広く自主的かつ積極的に参加できる教養講座、レクリエーション等の事業を実施する とともに老人クラブ等に対して適当な援助をするように努めなければならないこと。

一〇. 都道府県は老人福祉施設を設置することができること。市町村、社会福祉法人は都道府県知事の許可 を受けて養護老人ホーム、特別養護老人ホームを、また、社会福祉事業法に基づいて、軽費老人ホー ム、老人福祉センターを設置することができること。

一一. 都道府県又は市町村は、健康診査、養護老人ホーム又は特別養護老人ホームの収容等の措置に要する 費用を並びに養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設備に要する費用を支弁すること。

(23)

17

一二. 都道府県は、市町村が支弁する費用について、(ア)健康診査に要する費用の三分の一、(イ)養護老 人ホーム又は特別養護老人ホームへの設備に要する費用の四分の一を負担すること。

一三. 国は、都道府県及び市町村が支弁する費用について、(ア)健康診査に要する費用の三分の一、(イ)

養護老人ホーム又は特別養護老人ホームへの収容等に要する費用の一〇分の八、(ウ)養護老人ホー ム及び特別養護老人ホームの設備に要する費用の二分の一、を負担すること。

一四. 国は都道府県及び市町村に対し、都道府県は市町村及び社会福祉法人に対し、老人の福祉のための事 業に要する費用の一部を補助することができること。

一五. 福祉の措置に要する費用は、その負担能力に応じて、老人又は扶養義務者から徴収することができる こと。

一六. 有料老人ホーム(一〇人以上の老人を収容し、給食その他日常生活上必要な便宜を供与する施設であ って、老人福祉施設でないものをいう)を設置した者は、都道府県知事に届け出ることとし、都道府 県知事は、有料老人ホームの設備及び運営について必要な勧告をすることができること。

図 1老人福祉法の構成

出所:大山正『老人福祉法の解説』(全国社会福祉協議会、1964年)43頁転記。

(1)高齢者「施設」

老人福祉法の制定により、従来の養老施設は生活保護から外れ、老人福祉法の「老人ホ ーム」と変化した。老人福祉法は保護を要する老人の「福祉の措置」として最も重要な施 策として老人ホームへの「入所措置」を規定しており、低所得者であって家族上の問題や 住宅の問題などを持つ老人は養護老人ホーム(老福法 11 条二号)、心身の「欠陥」のため に常時介護を必要とする老人は特別養護老人ホームに「措置」されることとなった(老福 法 11 条三号)。これらのほかに、軽費老人ホームも老人福祉法の老人福祉施設として規定 され(老福法 14 条)、雑則において有料老人ホームを「届出施設」として定めた(老福法 29条)

老人福祉施設の設置については、都道府県は老人福祉施設を設置できる(老福法15条1 項)、市町村および社会福祉法人は厚生省令の定めるところによって都道府県知事の認可を

(24)

18

受けて養護老人ホームまたは特別養護老人ホームを設置することができる(老福法15条2 項)とされており、老人ホームの設置の認可の権限は、都道府県知事に委任されていた。

老人ホームの設置の許可とは、「行政法学上第三者の法律行為を完成させるために公の機関 が与える同意」とされている。したがって、老人福祉法による「許可」とは、「老人ホーム の実態をなす社会福祉事業的施設を設置することが市町村及び社会福祉法人の任意事業で あることを前提とし、この施設に老人ホームとしての法律的性質を付与する都道府県知事 の同意をいうものである。この場合の都道府県知事は、法律により認可事務の委任を受け た国の機関として、許可を行うもの」とされていた

軽費老人ホーム・老人福祉センターは、市町村、社会福祉法人その他の者は社会福祉事 業法に定めるところによって軽費老人ホームまたは老人福祉センターの設置ができる(老 福法15条3項)とされ、「いかなる者においても設置することができること、及び設置す る場合」、事業開始の日から一月以内に、事業経営地の都道府県知事に経営者の名称及び主 たる事業所の所在地、事業の種類及び内容、条例、定款その他の基本約款を届け出なけれ ばならない(社福法65条、62条1項)。

以下では当時の各施設に関する基準を確認しておく。養護老人ホーム及び特別養護老人 ホームの基準は「厚生大臣は、中央社会福祉審議会の意見を聞き、養護老人ホーム及び特 別養護老人ホームの設備及び運営について、基準を定めなければならない」(老福法17条1 項)としており、「養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設置者は」、厚生大臣の定め た基準を遵守する義務を負う(老福法17 条2項)。この基準を維持することを確保するた めに厚生大臣及び都道府県知事が養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの長から必要な 事項についての報告を徴収し、又は当該職員を派遣して実地監督することができる(老福 法 18 条)、義務を履行しない場合は、厚生大臣及び都道府県知事が当該施設の設置者に対 して必要な命令を行い、または施設設置の認可を取り消すことができる(老福法19条)。 以下のうち、養護老人ホームと特別養護老人ホームは「措置」に基づいて「収容」が行 われ、軽費老人ホームは「措置」を前提としないものである。養護老人ホーム及び特別養 護老人ホームは「正当な理由がない限り措置の実施機関から委託された老人の収容を拒む ことはできない」(老福法20条)。

表 1養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準(厚生省令第十九号)抜粋 老人福祉法第17条第1項の規定に基づく

(25)

19

養護老人ホーム 特別養護老人ホーム

基本方針 被収容者に対し、健全な環境のもとで、社会福祉事業に関する熱意及び能力を有す る職員による適切な処遇を行うよう努めなければならない(2条)

構造の一般原則 日照、採光、換気等被収容者の保健衛生に関する事項及び防災について十分考慮さ れたものでなければならない(3条)。

職員の資格要件 施設長は、社会福祉事業法第18条各号のいずれかに該当する者1若しくは社会福 祉事業に2年以上従事した者又はこれらと同等以上の能力を有すると認められる者 でなければならない(5条1項)。

生活指導員は、社会福祉事業法第 18 条各号のいずれかに該当する者又はこれと同 等以上の能力を有すると認められる者でなければならない(5条2項)。

職員の専従 もっぱら当該老人ホームの職務に従事することができる者をもつて充てなければな らない。ただし、被収容者の処遇に支障がない場合は、この限りでない(6条)。 規模 50 人以上の人員を収容することができる規模を有しなければならない(10条・24

条準用)。

設備の基準 建築基準法第2条第9号の二に規定する 耐火建築物又は同上 9 号の三に規定す る簡易耐火建築物でなければならない

(11条)。

建築基準法第2条第9号の二に規定する 耐火建築物でなければならない(18条1 項)。

次の各号に掲げる設備を設けなければ ならない(11条2項)。居室、静養室、

食堂(略)2

次の号に掲げる設備を設けなければなら ない(18条2項)。居室、静養室、食堂

(略)3 居室 (11条3項一号)

イ 地下に設けてはならないこと。

ロ 被収容者一人当たりの床面積は、収 納設備等を除き、3.3㎡以上とすること。

(18条3項一号)

イ 地下に設けてはならないこと。

ロ 被収容者一人当たりの床面積は、収 納設備を除き、4.9㎡以上とすること。

職員の配置の基準 次の各号に掲げる職員を置かなければ ならない。ただし、収容定員が80人以 下の施設にあつては、栄養士を置かない ことができる(12条)。

一 施設長 二 医師 三 生活指導員 四 寮母

五 看護婦又は准看護婦 六 栄養士

七 事務員 八 調理員 九 用務員

寮母は、被収容者おおむね20人につき 1 人以上を置かなければならない(12 条2項)。

次の各号に掲げる職員を置かなければな らない(19条)。

一 施設長 二 医師 三 生活指導員 四 寮母

五 看護婦又は准看護婦 六 栄養士

七 機能訓練指導員 八 事務員

九 調理員 十 用務員

寮母は、被収容者おおむね6人につき1 人に条を置かなければならない(19条2 項)。

看護婦又は准看護婦は、1 人以上の者が 常時勤務するために必要な数を置かなけ ればならない(19条3項)。

居室の収容人数 一の居室に収容する人員は、原則として 4人以下とする。

一の居室に収容する人員は、原則として 8人以下とする(20条)。

介護 被収容者に対する介護を常時行うことが

できるように職員の勤務の体制を定めて おかなければならない(21条)。

医療 入院治療を必要とする被収容者のため

に、あらかじめ、協力病院を定めておか なければならない(23条1項)。

医務室は、医療法第1条第2項に規定す る診療所でなければならない(23条2項)

生活指導 被収容者に対し、生活向上のための指導を受ける機会を与えなければならない(17

(26)

20 条1項)。

被収容者に対し、その身体的及び精神的条件に応じ、機能を回復し又は機能の減退 を防止するための訓練に参加する機会を与えなければならない(17条2項)。 被収容者の日常生活に充てられる場所は、必要に応じ、採曖のための措置を講じな ければならない(17条3項)。

1週間に二回以上、被収容者を入浴させ、又は清拭しなければならない(17条4項)。 教養娯楽設備等を備えるほか、適宜レクレーション行事を行わなければならない

(17条5項)。

※1 社会福祉事業法第18条各号

一、学校教育法に基づく大学、旧大学令に基づく大学、旧高等学校令に基づく高等学校又は旧専門学校 令に基づく専門学校において厚生大臣の指定する社会福祉に関する科目を修めて卒業した者 二、厚生大臣の指定する養成機関又は講習会の課程を修了した者

三、厚生大臣の指定する社会福祉事業従事者試験に合格した者

※2 居室、静養室、食堂、集会室、浴室、洗面所、便所、医務室、調理室、事務室、宿直室、寮母室、面 接室、洗濯室又は洗濯場、物干場、給水設備、排水設備、汚物処理設備、倉庫、霊安室。これらは、他の 社会福祉施設等の利用することにより施設の効率的な運営を期待することができる場合であつて、被収容 者の処遇に支障がないときは、設備の一部を設けないことができる(11条2項)。

※3 居室、静養室、食堂、浴室、洗面所、便所、医務室、調理室、事務室、宿直室、寮母室、看護婦室、

機能回復訓練室、面談室、洗濯室又は洗濯場、物干場、給水設備、排水設備、汚物処理設備、倉庫、介護 材料室、霊安室。これらは、他の社会福祉施設等の利用することにより施設の効率的な運営を期待するこ とができる場合であつて、被収容者の処遇に支障がないときは、設備の一部を設けないことができる(18 条2項)。

出所:昭和4171日「官報」(号外第85号)(1966年)、9-11頁より作成。

① 養護老人ホーム

養護老人ホームは、従来の「養老施設」であり生活保護法に規定されていたが、老人福 祉法制定に伴い、老人福祉法上の老人福祉施設に位置づけられている。養護老人ホームは、

「65 歳以上の者であって、身体上若しくは精神上又は環境上の理由及び経済的理由により 居宅において養護を受けることが困難な者」を「収容」し「養護することを目的」とした 施設である(老福法14条2項)。

② 特別養護老人ホーム

特別養護老人ホームは、「65歳以上の者であって、身体上又は精神上著しい欠陥があるた めに常時の介護を必要とし、かつ、居宅においてこれを受けることが困難な者」を「収容」

し、「養護することを目的」とした施設である(老福法14条3項)。

③ 軽費老人ホーム

軽費老人ホームは、「無料又は低額な料金で、老人を収容し、給食その他日常生活上の便 宜を供与することを目的とする」施設であり(老福法14 条4項)、社会福祉事業法にいう

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