宗教的倫理の進化 ──教典の分析を中心に──
著者
勝丸 浩之
雑誌名
東北宗教学
巻
16
ページ
71-99
発行年
2020-12-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/00131067
宗教的倫理の進化
──教典の分析を中心に──
勝丸 浩之
キーワード:遺伝子と文化の相互作用、群選択、生得的適応、認知的適応 第1章 モラルの起源についての人類学者クリストファー・ボームの仮説 第1節 モラルの起源についてのクリストファー・ボームの疑問 人類学者であるクリストファー・ボーム(以下ボーム・C)は、『モラルの 起源 - 道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか』[ボーム・C 2014](1) の中で、伝統的な狩猟採集民において、①集団のなかに必ず血縁関係にある家 族とそうでない家族が混在する、②この集団の構成員はすぐさまきちんと見返 りが得られるとは期待せずに、ある種の活動に必ず協力する、③この集団の構 成員は仲間内でもっと対象を広げて寛大になることが好ましいと盛んに説く、 の三つが特徴的にみられ、さらに、謙遜する態度がその集団から称讃されてい ることを観察している。これらの社会の特徴は、①移動性、②大型動物の肉を 個々の家族で貯蔵するのではなくて広く分け合う、③移動することのない恒久 的な集落には居住せず、常に狩猟と採集を組み合わせ、環境から手に入るもの に応じて暮らしを立て、大型哺乳類の比較的脂肪の多い肉を食べることを重視 している、④「キャンプ」あるいは集団は平均して20~30人くらい、⑤各家族 はそれぞれの炉で調理する、⑥集団はかなり自由にキャンプの取り決めを行い、 家族が必要に応じて出入りできる、⑦集団は血縁関係にある少数の家族と、血 縁関係にないもっと多数の家族との混成である。 実生活では人間は近縁や遠縁の者だけでなく、血縁関係の無い人をも助ける。 血縁のある我が子に対して利他的行動を取ることは、遺伝子を残せる確率が高 くなることが数理的に証明されている。しかし、血縁関係が一切ない者に対し、 自分が受け取る以上に他人に与えようとするような利他的行動があることは謎 である。一方、ヒト、チンパンジー、ボノボの共通祖先が属する原チンパンジー属は 「利己的」になったり「身内びいき」になったりする性向が非常に強く、さら に、支配されて不都合にも不平等な立場に置かれると怒るという傾向(被支配 嫌悪)や、何かを強要されたり、偉そうに命令されたりするのをひどく嫌う傾 向(不平等忌避)がある。 ボーム・C は、利己的行動、身内びいき、不平等嫌悪、被支配嫌悪を本性と して持つヒトの子孫である現代の狩猟採集民の中に血縁関係にない仲間に対す る利他的行動や、寛大になる範囲をさらに拡げるように勧めること、さらに謙 遜する態度がなぜ生まれたのかについて疑問を持った。また、現代の宗教にお いても様々な黄金律、例えば、「自分がしてもらいたいと思うことを他人にせ よ-キリスト教での古典的な黄金律のくだり、だれも傷つけるな。そうすれば、 だれにも傷つけられないだろう。-ムハンマド『別離の説教』、己の欲せざる 所を人に施すなかれ。-孔子『論語』15-24」[ボーム・C、2014:63頁~64頁] のような利他的行動に類似した黄金律があることについても疑問を持った。 第2節 モラルの起源についてのボーム・C の観察
ボーム・C は、更新世後期タイプ(Late Pleistocene Appropriate:LPA)に 分類される現代の狩猟採集社会に関する民族誌的研究報告を分析した。南カリ フォルニア大学グドール研究センターで構築している LPA 狩猟採集民の社会 行動(分類項目232)だけに焦点を絞った狩猟採集民を対象とした民族誌的研 究報告のデータベースを利用し、10の LPA 社会[(①アンダマン諸島の住民、 ②グリーンランド西部のイヌイット、③コー族(アフリカ)、④ムルンギン族 (オーストラリア)、⑤イヌイットのネツリック族(カナダ北西部)、⑥アラス カ北部のイヌイット、⑦高地のユマ族(北米)、⑧北極地方のイヌイット、⑨ ティウィ族(オーストラリア)、⑩ヤーガン族(南米)] における社会行動を詳 細に比較・分析した。[ボーム・C、2014:231頁~261頁] その結果、【A】社会的略奪者と社会的略奪者への社会的制裁、【B】血縁以 外への寛大さ「利他的行動」への支持が調査した全ての LPA 社会において確
認された。【A】および【B】の詳細を調査10社会中の発現割合(%)を付して 以下に示す。 【A-1】社会的な略奪者(逸脱者)について[ボーム・C、2014:240頁~ 241頁] 社会的な略奪者は脅威を与える者と人を騙す者とに大きく分類される。脅威 を与える者として、殺害(100%)、呪術や妖術(100%)、人を殴打(80%)、 そのほかの乱暴(70%)がみられた。人を騙す者として、盗み(100%)、分配 しない(80%)、嘘をつく(60%)、ズルをする(一般)(50%)、協力しない(40%)、 集団にズルをする(肉の分配等)(30%)、個人にズル(30%)がみられた。 殺害、呪術や妖術、盗みは全ての LPA 社会において社会的な略奪者とみなさ れている。 【A-2】社会的略奪者(逸脱者)への社会的抑止(制裁)の手段[ボーム・C、 2014:244頁~245頁] 究極の制裁として、集団全体で犯罪者を殺害(70%)、集団から選ばれた者 が犯罪者を殺害(60%)、集団から永久に追放(40%)がみられた。比較的軽 い制裁として、世論(集団の意見)(100%)、うわさ話(世論の個人的な表明) (90%)、嘲笑(90%)、集団やその代表による直接の批判(80%)、集団によ る辱め(60%)、その他の辱め(50%)がみられた。社会的な疎外として、空 間的な疎外(場所を移らせる、家やキャンプの向きを変える)(100%)、集団 による仲間外れ(70%)、冷淡な態度(会話を減らす)(70%)、犯罪者を避け る傾向(50%)、共同絶交(全面的に避ける)(50%)、集団から一時的排除(40%) がみられた。致命的でない身体的制裁として、致命的でない身体的処罰(90%)、 殴打(50%)がみられた。 厳しい制裁として「死刑」および集団からの追放があり、比較的軽い制裁と して集団の意見である世論、うわさ話、直接の批判があった。また、社会的略 奪者との接触を避ける行動、致命的でない身体的処罰があった。 【A-3】集団の人間だけでなく人間を超えた超自然が社会的略奪者に対して 制裁を行うという考え(道義的な超自然的制裁)について[ボーム・C、
2014:250頁~251頁] 超自然的制裁として、超自然的制裁の言及(90%)、超自然的な力が罪を罰 するという考え(90%)、個人の逸脱が集団全体に危害を及ぼすという考え (70%)、逸脱者をうまく操るために超自然的存在を利用(50%)がみられた。 【B】血縁以外への寛大さ「利他的行動」への支持[ボーム・C、2014:234頁 ~235頁] 血縁への援助が好まれる(100%)、血縁以外への援助が好まれる(100%)、 寛大さや利他行動が好まれる(100%)、分配が好まれる(100%)、協力が好ま れる(100%)であり、調査した全ての LPA 社会において「利他的行動」が支 持されていた。 第3節 モラルの起源についてのボーム・C の仮説 血縁関係にない仲間に対する寛大さ「利他的行動」や、寛大になる範囲をさ らに拡げるように勧めること、さらに謙遜する態度のようなモラルが進化して きた過程について、次のような仮説を提唱している。[ボーム・C、2014:387 頁~418頁] 氷河が後退しはじめ気候が温暖になったため植物が繁茂し、動物が増える今 から約1万年前の完新世より前の時代である更新世における環境、即ち、氷河 期と間氷期を繰り返し、極端な気候変動が激しく、狩猟対象となる大型の獣類 の数も少なく、共同で狩猟していた時代の人間の集団が大型哺乳類の肉に依存 していると仮定する。個人や小さな「家族」ではなく、集団全員で獲物を殺し てきちんと分け合わなければならなかった。なぜなら、平等な肉の分配のメ リットは、全員がより元気で健康になることで狩りが成功しやすくなり、より 安定した生活が可能となることであり、結果的にその集団の存続に有利になる からである。 集団で大型有蹄類の狩りを行い、得た肉の分配時に、力の強い乱暴者が一人 占めあるいは身内のみで独占しようとすると、原初のチンパンジー属は何かを 強要されたり、偉そうに命令されたりするのをひどく嫌っているため喧嘩が起
きる。その時、乱暴者の力が強すぎて残りの集団でも対抗できない場合は、乱 暴者の力に屈服するが、大型有蹄類狩猟用の手頃な武器を持っており残りの集 団の力が乱暴者の力よりも大きな場合、乱暴者がその集団から説得される、あ るいは死刑もしくは放逐により集団から排除される可能性がある。死刑あるい は集団から放逐されるような社会的制裁を受けるとその個体は生きていけず、 特に乱暴者が若年であれば遺伝子プールへの直接的影響は大きく、乱暴者の遺 伝子は子孫に伝えられない。即ち、グループ選択(群選択、集団選択、社会選 択)が働くことになる。前頭前皮質 / 傍辺縁系は個人の社会的な戦略立案 / 自 制に寄与する情動反応を司る。外在する概念などを自分のものとして取り込む ことで集団が好むルールを内面化して利己的行動を自制できるようになれば、 潜在的な乱暴者も適応度が増し集団内での生存が可能となる。肉の分配時の乱 暴者は集団における free rider(ただ乗り者)で「集団からの逸脱者」である が嘘をついたり盗んだりする者も集団の free rider であり集団にとっては脅威 となる。このような free rider に対しても大型有蹄類狩猟用の手頃な武器によ る社会的制裁が行われたと考えられる。 利己的で力の強い乱暴者や盗みを働くような「逸脱した嫌われ者」を処罰す る能力が高まり、実際にこのような罰を下したとすれば、このような社会選択 によって人間の遺伝子プールは長い時間をかけて進化を遂げ、人間の「ネガ ティブ」な好みが関与しており、社会的な逸脱行為をしやすい人間-あるいは 少なくとも、性欲や、物欲や、権力を求める不適切な渇望を抑制できない人間 -が子孫を残せる可能性が低くなる。同時に、処罰を恐れたり、自分の集団の ルールを把握し取り込んだりして、自らの反社会的傾向をうまく制御できた人 が高い適応度を獲得した。ルールを内面化するようになると、人類は良心を獲 得した。ルールの内面化による良心が生まれた後、良心に基づく道徳観念の重 要な側面としての人の羞恥反応が生じ、人は恥ずかしさで顔を赤らめる(羞恥) ようになる。羞恥心を持つようになると、自分や他者の道義的判断や、集団内 のうわさ話によるコミュニケーション(評判による選択)が社会選択圧となっ て、倫理が生まれてくる。即ち、遺伝子と文化の相互作用が生じ、社会環境が
我々の行動に影響を及ぼすようになる。このような道徳的な社会選択は最低で も1000世代は行われなければならず、人間では進化心理学で進化適応の環境 (Environment for the Evolutionary Adaptedness:EEA)とされている更新世後 期(Late Pleistocene Appropriate:LPA)に相当する。
第4節 ボーム・C の倫理の進化仮説についての妥当性
Fehr E. らは、『若年小児における平等主義』[Fehr E.et al, 2008] (2)の中で、 子どもには利己的で他人にわずかしか与えない者に報復し、被験者間の不平等 を避けようとする傾向があることを見出した。お菓子の提供を拒んだり受け入 れたりする実験に参加した子どもを調査したところ、3~4歳では、圧倒的多 数の子どもたちが利己的に振る舞うが、7~8歳の子どもたちのほとんどは、 有利なまたは不利な不平等が取り除かれた資源配分を好んだ。しかも、この不 平等嫌悪感はそれが行われる範囲が狭く、自分自身の社会集団のメンバーに対 し発揮される傾向がある。これらの結果は、人間の平等主義と身内びいきと言 える偏狭主義には深い発達的ルーツがあり、幼年期における利他的共有と偏狭 主義の同時出現は、同じ進化プロセスが人間の利他主義と偏狭主義の両方を共 同で推進すると予測する最近の進化論の観点から興味深いことを示している。 Fehr E. & Èchter S.G. は、『ヒトにおけるただ乗り者に対する利他的懲罰』 [Fehr E. & Èchter S.G.,2002] (3)の中で、240名の学生を対象とした「投資ゲー ム」を行った結果を報告している。このゲームは4人でグループを構成し、各 人が投資して資金を増やし仲間で分け合う。自分では資金を出さない場合でも 分け前にはあずかれることからただ乗りも可能である。ゲームの進行につれて ただ乗り者が増える傾向にあった。しかし、ただ乗り者に対して資金を用いて 懲罰を行うことにすると協力行動が大きく促進された。この利他的懲罰の動機 はただ乗りを行うメンバーに対する怒りの情動(感情)であった。 ヒトが2~3歳頃利己的行動を行うが7~8歳になると所属集団内で不公平 な分配を嫌うようになり、成人では「ただ乗り者」を排除しようとすることは、 所属する集団が存続するために守らなければならない行動規範であり、狩猟採
集時代に1000世代以上の時間をかけて群選択(社会選択)の結果としてヒトの 倫理が成立したとするボーム・C の仮説を支持するものと考えられる。 亀田達也は、『モラルの起源 - 実験社会科学からの問い』[亀田、2017](4) の中で、ヒトの行動は「進化時間(10万年以上)」におけるヒトの生得的な適応、 「歴史時間・文化時間(数百年・数千年)」あるいは「歴史時間・文化時間」 よりも短い緊急時における認知的な適応に分類できるとしている。ボーム・C が1000世代以上の時間をかけて狩猟採集時代に獲得したとしている倫理は亀田 達也が指摘している「進化時間(10万年以上)」におけるヒトの生得的な適応 と見なすことができると考えられる。 Greene J.D. らは、いわゆる『トロッコ問題』のジレンマを利用して、2つ のジレンマ、即ち、歩道橋ジレンマと転轍機ジレンマにおける心理過程を研究 した[Greene J.D. et al. (2001)](5)、[Greene J.D. et al. (2004)](6)。その 結果、ジレンマ毎の判断の違いを情報処理二重過程モデル、即ち、感情が優位 に働く過程と推論が優位に働く過程、によって説明しようとする。歩道橋ジレ ンマにおいて、ほとんどの人は作業員を突き落とすことは許されないと回答し た。歩道橋ジレンマにおける fMRI では、感情に関わる脳領域である内側前頭 前皮質(MPFC)、後帯状皮質(PCC)、扁桃体(amygdala)の活性化が相対的 に高く、義務論的判断が行われていた。一方、転轍機ジレンマにおいて、ほと んどの人は、転轍機の操作は道徳的に許されると回答する。転轍機ジレンマに おける fMRI では、推論が優位に働く過程であり、高次認知機能に関連する背 外側前頭前皮質(DLPFC)、下頭頂葉の活性化が相対的に高く、帰結主義的判 断が行われていた。推論が優位に働く過程は感情が優位に働く過程と比較して 人類進化の後期に発達した過程である。狩猟採集時代に獲得した倫理は感情が 優位に働く過程であり、義務論的判断がなされていると考えられる。 現生人類は全て出アフリカを行ったホモ・サピエンスの子孫であり後期旧石 器時代に進化した倫理が現代にも受け継がれているのであろうか。集団からの 逸脱者への制裁、血縁者以外への寛大さ「利他主義」、謙遜する態度など現代 の狩猟採集民にみられるモラル、即ち、集団の存亡に関係するような逸脱行為
の禁止と集団の生存を高める積極的な道徳について、テキストが残っている宗 教教典中の宗教的倫理についての分析を行い宗教的倫理の進化について以下で は検討する。 第2章 教典にみられる宗教的倫理─現代の狩猟採集民にみられるモラルとの比較─ 第1節 古代ユダヤ教(モーセ五書)にみられる倫理 LPA 社会において確認された【A】社会的略奪者と社会的略奪者への社会的 制裁および【B】血縁以外への寛大さ「利他的行動」への支持と関連する倫理 が古代ユダヤ教(モーセ五書)の倫理にも認められるかどうかを検討した。 『七十人訳ギリシャ語聖書 モーセ五書』[秦、2017](7)、『新共同訳 聖書 スタディ版 改訂版』[日本聖書協会2014](8)、『新共同訳 旧約聖書続篇 スタディ版』[日本聖書協会2017](9)にみられる【A】および【B】の詳細 を以下に示す。 【A】社会的略奪者と社会的略奪者への社会的制裁 (殺人の禁止)十戒には、「殺してはならぬ」(出20:15、申5:18)とある。 殺人および相手の身体を傷つけたり死なせたりした場合の罰が出エジプト記第 21章第12節~第32節に記載されており表1にまとめた。 表1 殺人・傷害の対象と罰(制裁) 出21:12 ある者がある者を撃った場合は死に処せられる 出21:13 故意でない場合は逃れの場所が与えられる 出21:18~19 二人の男が口論し、ほとりが隣人を石 / 拳で撃つ→床に伏す →杖をついて外を歩ける→罰せられない。金銭的損失と治療 費を弁済する。 出21:20~21 自分の男奴隷 / 女奴隷を杖で撃つ→死亡した時は罰せられる。 1日か2日生き延びる場合は罰せられない。∵所有物のため。 出21:22~25 二人の男が喧嘩して身ごもった女を撃つ→未熟児で生まれ る場合、罰せられる。女の夫が要求するものを与える。未熟 児でなくてもその他の損傷があれば、その部位に対応した罰 を受ける。(目には目)
出21:26~27 自分の家僕の目 / 端女の目を撃つ→完全に失明→自由の身に する。自分の家僕の歯 / 端女の歯を折る→自由の身にする。 出21:28 牛が男 / 女を突いて、突かれた者が死ぬ→牛は石で撃ち殺さ れる。牛の所有者は罰せられない。 出21:29~30 以前から突く癖のある牛で人々が所有者にそれを証言して いるにもかかわらず処分していない牛が男 / 女を突いて、突 かれた者が死ぬ→牛は石で撃ち殺される。牛の所有者は死に 処せられる。贖いの金が要求されたら、自分の命の代償とし て払う。 出21:31 牛が男の子 / 女の子を突く→定め(出エジプト記第21章18節 ~30節で規定されたもの)に従い彼(牛?)に対し必要な措 置を講じる。 出21:32 牛が男奴隷 / 女奴隷を突く→牛は石で撃ち殺される。牛の所 有者は銀30ディドラクマを彼らの主人に払う。 社会的地位が同等の男同士の間で、ある者がある者を撃った場合には加害者 は死刑になるが、故意でない場合、指定された場所への逃亡が許されている。 自分の奴隷を杖で撃ち、死亡した場合は罰せられるが1日か2日生き延びれば 罰せられない。家僕 / 端女を撃って失明させるか歯を折った場合、自由の身に してやる等詳細な罰が定められている。 (不倫の禁止)十戒には、「不倫をしてはならぬ」(出20:13、申5:17)と ある。不倫について、その対象範囲とその際の罰がレビ記第20章第10節~第21 節に記載されており表2にまとめた。 表2 不倫の対象と罰(制裁) レ20:10 他の男の妻と不倫する人、つまり隣人の妻と不倫をする人、 不倫をする男と不倫をする女は、必ず死に処せられる レ20:11 自分の父の妻と寝る:二人とも必ず死に処せられる レ20:12 自分の息子の嫁と寝る:二人とも必ず死に処せられる レ20:13 女と寝るように男と寝る:二人とも必ず死に処せられる レ20:14 女とその母をともに娶る者:彼と彼女らは火で焼き殺される レ20:15 四つ足の動物と交わる者 レ20:16 家畜に近づいてそれによって身を穢す女 レ20:17 自分の姉妹(自分の父や自分の母の娘)を娶り、彼女の恥部 を見、そして彼女が彼の恥部を見る:彼らは自分たちの一族 の前で完全に絶たれる
レ20:18 (生理で)穢れた女と寝て、彼女の恥部をあらわにする男、 二人は、その一族(の者たち)の中から完全に絶たれる レ20:20 自分の親族の女と寝る者:彼らは子なくして死ぬ レ20:21 自分の兄弟の妻を娶る者:彼らは子なくして死ぬ 不倫の場合、その多くは死刑に処せられる。なお、出エジプト記22章16節に は、婚約していない処女の娘を誘惑した場合、結納金を払って妻としなければ ならない。とあり、事実婚があった場合、社会的に認知された婚姻になるよう にしている。 (盗みの禁止)十戒には、「盗みをしてはならぬ」(出20:14、申5:19)と ある。盗みについて、その対象範囲とその際の罰が出エジプト記第21章第17節、 第22章第1節~第14節に記載されており表3にまとめた。 表3 盗みの対象と罰(制裁) 出21:17 イスラエルの子らのひとりを盗み出し、虐待して売り飛ば すか、自分のもとに留め置く者は死をもって(その命を) 絶ってもらう 出22:1 羊 / 牛を盗む→屠る / 売る→盗人は弁済する(牛1頭→牛5頭、 羊1頭→牛4頭) 出22:2 盗人が抜け穴のところで発見され、撃たれて死んでも、発 見者は罰せられない。 出22:3 しかし、太陽が昇っていれば発見者は死なねばならない。盗 人が無産の者であれば贖いのために彼自身が売られる。 出22:4 盗んだもの(驢馬 / 羊)が発見されたら、それらを2倍にし て弁済する。 出22:5 自分の家畜が別の畑の草を食べた場合、産出物の損害の程 度に応じて自分の畑から弁済する。 出22:7~8 保管物(金、物品)が盗まれた場合、盗人が見つかれば盗人 による弁済、見つからなければ保管者は神にかけて盗んで いないことを誓う。 出22:9 牛、驢馬、羊、衣服、(その他)申し立てられた一切の紛失 物に関し、不正な取得が問題にされた場合、両者の係争は 神の前に持ち出される。神により有罪とされた者は2倍にし て弁済する。
出22:10~13 預けられた家畜(驢馬、羊、牛、その他)が傷つく / 死ぬ / 連 れていかれるかして、誰もそのことを知らない時、隣人の 預託物に何の不正も働いていないと誓う。神の誓い(神の名で なされた誓い)が両者の間で行われる。所有者は誓いを受け入 れ、預かった者は弁済におよばない。盗まれたのであれば所有者 に弁済する。野獣に食われた場合は弁済におよばない。 出22:14 隣人から借りた家畜が傷つく / 死ぬ→所有者が一緒の場合は 弁済不要、一緒でなければ弁済する。 出エジプト記21章17節には、イスラエルの子らのひとりを盗み出し、虐待し て売り飛ばすか、自分のもとに留め置く者は死をもって(その命を)絶っても らうとある。また、出エジプト記22章には様々な盗みと保管それぞれに対する 罰が記載されている。 (偽証の禁止)十戒には、「隣人に対して偽証をしてはならぬ」(出20:16)、「お まえの隣人にたいして、偽証をしてはならぬ」(申5:20)とある。裁判およ び法廷において取るべき態度が出エジプト記第23章第1節~3節、6節~9節 に記載されており表4にまとめた。 表4 裁判および法廷において取るべき態度 出23:1 おまえは、根も葉もない噂話を受け入れてはならない。おま えは不正なものに加担して、不正な証人になってはならな い。 出23:2 おまえは、悪のために多数の者に追随してはならない。衆に 与して多数の者とともに(道から)はずれ、判決を枉げては ならない。 出23:3 おまえは、裁判で貧しい者を憐れんではならない。 出23:6 おまえは、裁判で貧しい者の判決を枉げてはならない。 出23:7 おまえは、すべての不正なことから遠ざからねばならない。 おまえは、罪のない者や正しい者を殺してはならない。おま えは、贈り物のために不敬虔なものを放免してはならない。 出23:8 おまえは、贈り物を受け取ってはならない。贈り物は見る者 たちの目を盲目にし、正しいことを歪めるからである。 出23:9 おまえたちは、仮寓の者を圧迫してはならない。おまえたち は、仮寓の者の気持ちを知っているからである。おまえたち 自身がかつてエジプトの地で仮寓の者たちだったからであ る。
公正な裁判を行うべきであり贈り物を受け取ってはならない等としている。 (貪婪の禁止)十戒には、「おまえの隣人の妻を欲してはならぬ。隣人の家や、 彼の畑や、彼の男奴隷や、彼の女奴隷や、彼の牛や、彼の驢馬や、彼のすべて の家畜やおまえの隣人のもの一切を欲してはならぬ」(出20:17)、「おまえの 隣人の妻を欲してはならぬ。おまえの隣人の家や、かれの畑や彼の男奴隷や、 かれの女奴隷や、彼の牛や、彼の驢馬や、彼のすべての家畜や、おまえの隣人 のものいっさいを欲してはならぬ」(申5:21)とある。盗みの対象となるも の(者および物)として、妻を含め隣人の持ち物一切を挙げている。妻も含め られているがいずれも生業に関連しており生活を行うために必要な財産である。 これらのものに対する欲望は不倫、あるいは盗み、場合によっては殺人の原因 にもなるため十戒の中に規定されているものと思われる。 (超自然的存在(神))十戒には、「おまえは、わたしの前に(わたし以外の) 他の神々を持ってはならない」(出20:3、申5:7)とあり、唯一の超自然 的存在(神)を礼拝すべきとしている。 また、「おまえは、偶像やいかなる似姿の象も、みずからつくってはならな い(出20:3)、おまえは、それらにひれ伏してはならぬし、それらに仕えて もならない」(出20:5)、「おまえは、おまえ自身のために刻んだ物や、いか なる似姿の像もつくってはならない」(申5:8)、「おまえは、それらにひれ 伏してはならぬし、それらに仕えてもならない」(申5:9)とあり、超自然 的存在(神)の偶像・似姿を造ってはならないとしている。 さらに、「おまえは、おまえの神・主の名をいたずらに唱えてはならない」(出 20:7、申5:11)とあり、神の名をいたずらに唱えることを禁止している。 十戒には、安息日の聖別が記されている。「おまえは安息日を覚えて、それ を聖別せよ。おまえは6日の間働き、おまえの仕事が何であれ、それを行う。 7日目は、おまえの神・主に捧げる安息日。おまえはその日にどんな仕事もし てはならない」(出20:8~10)、「おまえも、おまえの息子もおまえの娘も、
おまえの男奴隷もおまえの女奴隷も、おまえの牛もおまえの驢馬も、おまえの すべての家畜も、おまえのもとに身を寄せている仮寓の者も(おまえの町の門 の中にいる)」(出20:10)、「おまえは安息日を守り、それを聖別するのだ(申 5:12)。おまえはその日にどんな仕事もしてはならない。おまえも、おまえ の息子も、おまえの娘も、おまえの牛もおまえの驢馬も、おまえのすべての家 畜も、おまえの門の中に(いる)仮寓の者も仕事をしてはならない。おまえの 男奴隷もおまえの女奴隷も、おまえと同じように安息できるからである」(申5: 14)。 出エジプト記23章には、「おまえ、牛、驢馬、女奴隷の息子、仮寓の者が休 息し元気を回復するため(出23:12)」とあり、安息日の聖は動物を含め働く 者たちの過重労働を禁止するものであった。しかし、出エジプト記31章には、 「安息日を穢す者は、必ず死に処せられる。その日に仕事をする者はみな、そ の者は自分の民から完全に絶たれる。(出31:14)」、「7日目に仕事をする者は みな、死に処せられる。(出31:15)」とあり、安息日聖別に違反するものは死 をもって罰せられる。 【B】血縁以外への寛大さ「利他的行動」への支持 (弱者保護ほか)出エジプト記第22章21節~27節およびレビ記第19章9節~ 18節では仮寓の者、寡婦、孤児を虐げたり圧迫したりしてはならない、貧者に 対して借金返済の督促をしてはならず、質物としての衣服は日没前に返す、日 雇いの賃金はその日のうちに払う、畑の収穫物は全部刈り尽くしてはならず、 畑に落ちたものは拾ってはならない等の弱者保護、盲者、聾者等の障害者保護、 兄弟を憎むな、隣人を戒めよ、復讐するな、民の子を恨むな、隣人を愛せのよ うな積極的な道徳(人道的な行動)をとるように命じられている。弱者保護ほ かの「利他的行動」を表5にまとめた。 表5 弱者保護、人道的行動、隣人への愛、ほか 出22:21 弱者保護 仮寓の者、寡婦、孤児を虐げてはならないし、 圧迫してもならない
出22:22 神の制裁 虐げたらおまえたちを剣で殺す。おまえたちの妻 は寡婦となり、おまえたちの子供は孤児となる 出22;25 弱者保護 貧しい兄弟に金を貸すなら返済を督促してはな らず、また彼に利子を課してもならない 出22:26 弱者保護 質物として隣人の衣服を取っても日没前に返さ なければならない レ19:9 弱者保護 畑の収穫物をすべて刈り尽くしてはならない レ19:9 弱者保護 収穫物の地に落ちたものを拾い集めてはならな い レ19:10 弱者保護 葡萄畑の果実を取り尽くしてはならない レ19:10 弱者保護 葡萄畑に落ちた葡萄を拾い集めてはならない レ19:13 弱者保護 日雇い人の賃金を翌朝まで留め置いてはならな い レ19:14 障害者保護 耳の聞えぬ者を悪しざまに言ってはならない レ19:14 障害者保護 目の見えぬ者の前に躓きとなる物を置いてはな らない レ19:17 憎むな 心のうちで兄弟を憎んではならない レ19:17 戒めよ 隣人を率直に戒めるのだ レ19:18 復讐するな 復讐してはならない レ19:18 恨むな 民の子らに恨みを抱いてはならない レ19:18 隣人を愛せ おまえ自身を愛するように隣人を愛するのだ 弱者保護はおもいやりであるが、それを命じる背景には原チンパンジー属の 心理的基盤である不平等忌避、狩猟採集時代に獲得した倫理(「利他主義」)が あるのではなかろうか。 (父母への尊敬)十戒には、「おまえは、おまえの父とおまえの母を敬うのだ。 幸いがおまえにあるためであり、また、おまえの神・主がおまえに与えるよき 土地で、おまえの(生きている)日数が長くなるためである」(出20:12)、「お まえの父とおまえの母を敬うのだ。・・・幸いがおまえにあるためであり、また、 おまえの神・主がおまえに与える土地で、おまえの(生きている)日数が長く なるためである」(申5:16)とある。
出エジプト記21章には、「自分の父か自分の母を撃つ者は必ず死に処せられ」 (出21:15)、「自分の父か自分の母に悪態をつく者は死をもって(その命を) 絶ってもらう」(出21:16)とあり、暴力のみならず悪態をついても死に処せ られた。 第2節 LPA 採集社会における倫理とモーセ五書に見られる倫理との比較 LPA 採集社会において殺人、盗み、不倫は「死刑」の対象となる。このよ うな逸脱行為の禁止と制裁としての石打は、モーセ五書の中にも全て規定され ている。また、LPA 狩猟採集社会では嘘をつくこと、ズルをすることは社会 的な略奪者と見なされる。十戒の中に偽証禁止、法廷での態度が記載されてお り公正な裁判を行うため偽証は罪とみなされている。嘘をつくことは LPA 狩 猟採集社会と同様に古代のユダヤ社会においても社会的な略奪(不公平)をも たらすとされたものと考えられる。 LPA 狩猟採集社会では人を殴打すること、分配しないこと、協力しないこ となども社会的な略奪者とみなされ集団による制裁の対象となる。農業革命後、 蓄積できる食糧、交易によって得られる富、その他の圧倒的な増加があった。 社会も複雑となり階級、身分も発現した。生存に必要な量以上の食物、あるい は生存のためには必須ではない物の生産が行われるようになった。十戒の中に、 「おまえの隣人の妻を欲してはならぬ。隣人の家や、彼の畑や、彼の男奴隷や、 彼の女奴隷や、彼の牛や、彼の驢馬や、彼のすべての家畜やおまえの隣人のも の一切を欲してはならぬ」としている。財が豊富になった定住社会において狩 猟採集時代と比較して欲望の対象が拡大したがこれは集団の存続に危険をもた らすものとして排斥されたと考えられる。 モーセ五書では十戒のひとつとして父母への尊敬を挙げている。財が豊富に なった定住社会において父母を大事にしない風潮が現れてきたことが考えられ る。 LPA 狩猟採集社会と同様に殺人、盗み、不倫に対する死刑がモーセ五書で は明記され、さらに父母への尊敬は神との契約でありそれを犯した場合に罰と
して死刑がある。しかし、モーセ五書の時代の社会集団の人口は急増している。 集団内の噂話、評判、死刑だけでは倫理遵守が達成できず超自然的監視者を発 明して社会の中のただ乗りを防いだと考えられる。モーセ五書の神は Shariff A.が『高神は大規模集団の宗教のためにつくられた』[ Shariff A.(2011)](10) の中で述べているように新石器時代が始まる完新世に生まれた新機軸で、大き く複雑な社会でのみに群選択、社会選択によって現れた人を高所から見つめる ような大きな神と考えられる。集団を危険にさらす行動を禁止し、集団の存続 を高める行動を推奨する。古代ユダヤ教の超自然的存在(神)はこのようにし て成立したものであろう。 LPA 採集社会において、見返りが得られるとは期待せずに仲間に協力し、 このような行為の対象を仲間内でもっと広げて寛大になることが好ましいと盛 んに説かれ、また、いばらない、謙遜する態度の人が称讃されている。モーセ 五書では仮寓の者、寡婦、孤児を虐げたり圧迫したりしてはならない、貧者に 対して借金返済の督促をしてはならず、質物としての衣服は日没前に返す、日 雇いの賃金はその日のうちに払う、畑の収穫物は全部刈り尽くしてはならず、 畑に落ちたものは拾ってはならない等の弱者保護、盲者、聾者等の障害者保護、 兄弟を憎むな、隣人を戒めよ、復讐するな、民の子を恨むな、隣人を愛せのよ うな人道的な行動をとるように命じている。社会的な弱者(寡婦、孤児、寄留 者、聾者、盲者、貧者)への共感、いたわり、人道的行動、また、人と争わず 隣人への愛を勧めている。 狩猟採集時代に獲得した倫理はほぼそのままモーセ五書の倫理として受け継 がれている。ただし、農耕牧畜の生活が始まっており、狩猟採集時代とは異な る新たな倫理も加わり、さらに超自然的存在(神)も発明された。 農耕、牧畜、漁労などを行い、定住生活に移行し、生産される食料の量が狩 猟採集時代と比較して劇的に増加した段階においても、倫理とは集団(社会) の中でしか生存しえない人間が個々の生存のみならず所属する集団が存続する ために守らなければならない行動規範であった。欲望を貪り求めること(貪欲) の禁止、父母への尊敬のような LPA 狩猟採集社会にはみられない倫理項目が
出現し、また、これらを守らせるため、Shariff A. が述べているように、大き く複雑な社会でのみに群選択、社会選択によって現れた、人を高所から見つめ るような大きな神が発明された。 狩猟採集生活時代の倫理は、「進化時間(10万年以上)」におけるヒトの生得 的な適応で、自動的直感的な感情が優位の義務論的判断(感情、理性)を基盤 にして獲得されたものと考えられる。これに対し、モーセ五書の倫理は、亀田 達也が言う[「歴史時間・文化時間(数百年・数千年)」あるいは「歴史時間・ 文化時間」よりも短い緊急時における認知的な適応][亀田、2017](4)であ り、Greene J.D. らが言う、「情報処理二重過程モデルにおいて推論が優位に働 く過程、即ち、高次認知機能に関連する背外側前頭前皮質(DLPFC)、下頭頂 葉の活性化が相対的に高く、帰結主義的判断が行われる判断」[Greene J.D. et al. (2001)](5)、[Greene J.D. et al. (2004)](6)が重要な役割を果たしてい ると考えられる。 第3節 預言書および新約聖書にみられる倫理 LPA 社会において確認された【A】社会的略奪者と社会的略奪者への社会的 制裁および【B】血縁以外への寛大さ「利他的行動」への支持と関連する倫理 がモーセ五書においても確認された。古代ユダヤ社会が王政期に移行した段階 の倫理およびキリストが活動した時期の倫理について、『新共同訳 聖書 ス タディ版 改訂版』[日本聖書協会2014年](8)、『七十人訳ギリシャ語聖書 イザヤ記』[秦、2016年](11)、『書物としての新約聖書』[田川、2013年](12)、 『新約聖書 本文の訳』[田川、2018年](13))中の関連項目を検討した。 イスラエルの預言者は、社会批判、政治批判、宗教批判を行った。イスラエ ル王政期の預言者アモス(紀元前720年)およびイザヤ(紀元前740年~701年) はいずれも律法がないがしろにされ、特に社会的弱者が虐げられていることに 対する社会批判を行った。偽証禁止、貪婪禁止がないがしろにされ、裁判での 賄賂が多くなり、寡婦、孤児等の社会的弱者が強奪あるいは略奪され社会格差 が拡大したことを批判し、富者が高慢で貪欲となり、濃い酒を飲み、夜更かし
をする者たちに禍いあれとしている。賄賂を受け取る裁判員、弱者からの財産 強奪等が挙げられており、律法に定められた正しい裁判が枉げられているとし、 これが神の罰としての王国滅亡の思想と結びつき律法遵守が強調された。なお、 アモスはヤハウェ祭儀を批判して宗教批判も行っている(アモス書第5章21~ 24節)。また、旧約聖書の預言書の中で葡萄酒をがぶ飲みする者、シケラ(濃 い酒)と混ぜ合わせて飲む者は禍いとされている。酒の発明に伴い、飲酒の害 が認識され宗教的倫理として禁止されたものと考えられる。アモスおよびイザ ヤによる社会批判、宗教批判をそれぞれ表6および表7にまとめた。 表6 イスラエル王政期の預言者アモスによる社会批判、宗教批判 [日本聖書協会、2014] 1章3節 主はこういわれる。ダマスコの三つの罪、四つ の罪ゆえにわたしは決して赦さない。(ギレアド を踏みにじった) ダマスコの罪 1章6節 主はこういわれる。ガザの三つの罪、四つの罪 ゆえにわたしは決して赦さない。(虜をすべてエ ドムに引き渡した) ガザの罪 1章9節 主はこういわれる。ティルスの三つの罪、四つ の罪ゆえにわたしは決して赦さない。(虜をすべ てエドムに引き渡した) ティルスの罪 1章11節 主はこういわれる。エドムの三つの罪、四つの 罪ゆえにわたしは決して赦さない。(彼らが剣で 兄弟を追った) エドムの罪 1章13節 主はこういわれる。アンモンの三つの罪、四つ の罪ゆえにわたしは決して赦さない。(ギレアド の領土を広げようとした) アンモンの罪 2章1節 主はこういわれる。モアブの三つの罪、四つの 罪ゆえにわたしは決して赦さない。(エドムの王 の骨を焼き灰にした) モアブの罪 2章4節 主はこういわれる。ユダの三つの罪、四つの罪 ゆえにわたしは決して赦さない。(主の教えを拒 み / その掟を守らず 先祖も後を追った偽りの 神によって惑わされた) ユダの罪 2章6節 主はこういわれる。イスラエルの三つの罪、四 つの罪ゆえにわたしは決して赦さない。 彼らが正しい者を金で、貧しい者を靴一足の値 で売ったからだ。 イスラエルの罪 借金を返済できなかっ た正しい者が靴一足の 値で奴隷に売られた 2章7節 彼らは弱い者の頭を地の塵に踏みつけ、悩む者 の道を曲げている。 父も子も同じ女のもとに通いわたしの聖なる名 を汚している。 弱い者の頭(裁判官に 賄賂を贈って弱者の訴 えをもみ消した)/ 悩む 者の道 父も子 / 同じ女のもとに 通う
2章8節 祭壇のあるところではどこでもその傍らに質に とった衣を広げ、科料として取り立てたぶどう 酒を神殿の中で飲んでいる。 質にとった衣 / 科料とし て取り立てたぶどう酒 3章1節 イスラエルの人々よ 主がお前たちに告げられ た言葉を聞け。─わたしがエジプトの地から導 き上った全部族に対して─ 3章2節 地上の全部族の中からわたしが選んだのはお前 たちだけだ。それゆえ、わたしはお前たちをす べての罪のゆえに罰する。 3章9節 ~15節 サマリアの滅亡 4章1節 この言葉を聞け。サマリアの山にいるバシャン の雌牛どもよ。弱い者を圧迫し、貧しい者を虐 げる女たちよ。「酒を持ってきなさい。一緒に飲 もう」と夫に向かって言う者らよ。 サマリア / 金持ちの女性 4章2節 主なる神は、厳かに誓われる。見よ、お前たち にこのような日が来る。お前たちは肉鉤で引き 上げられ最後の者も釣り鉤で引き上げられる。 4章3節 お前たちは次々に、城壁の破れから引き出され、 ヘルモンの方へ投げ出されると / 主は言われる。 5章11節 お前たちは弱い者を踏みつけ、彼らから穀物の 貢納を取り立てるゆえ、切石の家を建てても / そこに住むことはできない。見事なぶどう畑を 作ってもその酒を飲むことはできない。 イスラエルに住むこと は赦されない。 5章12節 お前たちの咎がどれほど多いか その罪がどれ ほど重いか、わたしは知っている。お前たちは 正しい者に敵対し、賄賂を取り 町の門で貧し い者(都市貴族に支配された都市外の住民)の 訴えを退けている。 正しい者に敵対 賄賂を取り 貧しい者の訴えを退け る 5章21~ 24節 わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける。祀りの献げ物の香りも喜ばない。たとえ、焼き尽く す献げ物をささげても / わたしは受け入れず肥 えた動物の献げ物も顧みない。お前たちの騒が しい歌をわたしから遠ざけよ。竪琴の音もわた しは聞かない。正義を洪水のように / 恵みの業 を大河のように尽きることなく流れさせよ。 ヤハウェ祭儀を批判 6章3節 お前たちは災いの日を遠ざけようとして不法に よる支配を引き寄せている。 神の裁きの日 6章4節 お前たちは象牙の寝台に横たわり / 長いすに寝 そべり 羊の群れから子羊を取り 牛舎から子 牛を取って宴を開き (富者は高慢) 6章5節 竪琴の音に合わせて歌に興じダビデのように楽 器を考え出す。
6章6節 大杯でぶどう酒を飲み / 最高の香油を身に注ぐ。 しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることはない。 ヨセフ(北王国全体)の破滅 6章7節 それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き 寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。 6章12節 馬が岩の上を駆けるだろうか / 牛が海を耕すだ ろうか。お前たちは裁きを毒草に恵みの業の実 を苦よもぎに変えた。 (正義は胆汁に変えら れる) 8章4節 このことを聞け。貧しい者を踏みつけ / 苦しむ 農民を押さえつける者たちよ。 貧しい者は圧迫される 8章5節 お前たちは言う。「新月祭はいつ終わるのか、穀 物を売りたいものだ。安息日はいつ終わるのか、 麦を売り尽くしたいものだ。エファ升は小さくし、 分銅は重くし、偽りの天秤を使ってごまかそう。 8章6節 弱い者を金で、貧しい者を靴一足の値で買い取 ろう。また、くず麦を売ろう。」 9章1節 わたしは祭壇の傍らに立っておられる主を見た。 主は言われた。「柱頭を打ち、敷石を揺り動かせ。 すべての者の頭上で砕け。生き残った者は、わ たしが剣で殺す。彼らのうちに逃れうる者はない。 逃れて、生き延びる者はひとりもいない。 9章8節 見よ、主なる神は罪に染まった王国に目を向け これを地の面から絶たれる。ただし、わたしは ヤコブの家を全滅させはしないと主は言われる。 罪に染まった王国を地 の面から絶つ。ただし、 ヤコブの家を全滅させ はしない。 9章11節 その日には / わたしはダビデの倒れた仮庵を復 興しその破れを修復し、廃墟を復興して昔の日 のように建て直す。 9章12節 こうして、エドムの生き残りの者とわが名をもっ て呼ばれるすべての国を彼らに所有させよう、 と主は言われる。 表7 イスラエル王政期の預言者イザヤによる社会批判 [秦、2016] 1章15節 おまえたちがわたしに向かって手を差し伸べて も、わたしはおまえたちからわが目をそらす。 たとえおまえたちが嘆願の祈りを増し加えたと しても、わたしはおまえたちに耳を貸しはしない。 おまえたちの手が血だらけだからである。 手が血だらけ(罪なき 血が流される) 1章21節 何ていうことだ、公義にあふれた真実なる都シ オンが娼婦になりさがったのだ!(かつて)そ こには正義が宿っていたが、今は人殺し(の巷) だ。 アモスに続く弱者保護 の思想
1章22節 おまえたちの銀は不純物。おまえの宿屋の主人 たちは葡萄酒を水で割る始末。 不正がはびこる 1章23節 おまえの高官らちは(教え)に背く者、賄賂に 目を細める者、袖の下を好む者、裏金を追い求 める者、孤児のためになる裁きを行わぬ者、寡 婦達の訴えにどこ吹く風の者。 賄賂に目を細め、袖の 下を好む者。贈り物で 法を歪曲する者。 3章16節 主はこう言われる。「シオンの娘たちは驕り高ぶ り、首を伸ばし、流し目を使い、小股で歩き、 長衣を引きずりながら、足にからませたりして いる」と。 富者の高慢 5章8節 禍だ、隣(の家)から何かを奪おうとして、(自 分の)家を(隣の)家に寄せ、(自分の)畑を(隣 の家の)畑に近づける者たちは。おまえたちだ けは地の上に住めないのではないか? 隣の家や畑を奪おうと する者 5章11節 禍だ、朝早く起きてシケラ(濃い酒)を欲しが る者たちや、夜更かしをする者たちは。葡萄酒 が彼らを焚き付けるからである。 朝早くから酒を欲しが り、夜更かしをする者 5章20節 禍だ、悪を善と、善を悪と言う者たちは。闇を 光りと、光りを闇とする者たちは。苦いを甘い とし、甘いを苦いとする者たちは。 悪を善と、善を悪と言 う者 5章21節 禍だ、自らを賢いと自惚れ、臆面もなく知った かぶりをする者は。 自惚れて知ったかぶりをする者 5章22節 禍だ、おまえたちの中の葡萄酒をがぶ飲みする 者たちや、シケラ(濃い酒)と混ぜ合わせて飲 むことのできる者たちは。 葡萄酒をがぶ飲みする 者 10章1節 禍いあれ、悪しきことを書き記す者たちに。彼 らは(人々の)労苦を書き留めるとき、 10章2節 貧しい者たちの訴えを歪め、わが民の中の貧し い者たちの権利を奪っているからである。寡婦 が彼らの強奪の餌食となり、孤児が略奪される。 寡婦が強奪され、孤児 が略奪される 田川建三は、『書物としての新約聖書』の中でイエスが行った旧約聖書批判 について次のように述べている。「……キリスト教発生当時のユダヤ教は明白 に正典宗教であった、ということができる。しかもこの正典は決して単なる宗 教経典であったのではなく、生活の全てを覆うはずの巨大な権威であった。ユ ダヤ人の生活は原則的にはその全てがこの正典の上に立って営まれるべきもの であった。しかし、またそれだけにますます実際にはそれらの正典化された諸 文書が書かれた頃とはすでに時代、生活環境ともに大幅に異なってきていた一 世紀パレスチナにおいて、特に北部のガリラヤ地方などにおいては、正典宗教
が社会全体を支配するという構造そのものに無理があった。それらの文書は、 その書かれた時代においては確かに、極めてすぐれた文書であった。けれども 今となってはさまざまな点でアナクロニズムである。だからイエスがそれに大 きな批判を投げかけたのも、その意味では当然のことだったと言える。」[田川、 2013年:38~39頁] 原始キリスト教は旧約聖書をほぼそのまま引き継いでおり、その中の宗教規 定および倫理規定の内容については特段の差異はない。従って、十戒を守り、 社会的な弱者(寡婦、孤児、寄留者、聾唖者、貧者)への共感、いたわり、人 道的行動をするように、また、人と争わないことを勧めていると考えられる。 福音書ではモーセ五書にある人道的な行動、隣人への愛を示せなどをそのまま 踏襲すると共に、極端な律法主義(出エジプト記31章14節~15節:安息日を守 らない場合死刑とする)に反対し、安息日に困窮者がいればそれを救うことを 優先せよとする反律法主義的なイエスの行動を伝えている。律法を形式的に守 ることを最優先事項とし、現実の社会生活にみられる格差、貧困、病気等の社 会問題に対応しようとしない祭司階級およびエルサレム神殿への批判がイエス の活動の基盤にあったと思われる。終末論、救済の福音を宣教し、ユダヤ教の 神殿(申命記的律法遵守)を否定するイエスの活動は反律法主義ということが でき、これは贖罪思想が成立する前の原始キリスト教の運動であったと思われ る。 第4節 LPA 採集社会における倫理と預言書および新約聖書の倫理との比較 古代ユダヤ社会は対等な戦士連合ともみなせるがイスラエルでは時代を経る に連れて王政に移行する。古代ユダヤ社会(モーセ五書)の倫理は LPA 採集 社会における倫理とほぼ重なるが、イスラエル王政期において、不正、不平等 が多発する社会(集団)の存続を維持するため、社会批判、政治批判を行った 預言者が活躍し、モーセ五書の倫理を遵守せよと説いた。さらに、時代がくだ り、律法の遵守を強化した祭司階級に対する反律法主義的行動をイエスが行っ た。
モーセ五書の倫理は、「歴史時間・文化時間(数百年・数千年)」あるいは「歴 史時間・文化時間」よりも短い緊急時における認知的な適応で、推論が優位に 働く過程、即ち、高次認知機能に関連する背外側前頭前皮質(DLPFC)、下頭 頂葉の活性化が相対的に高く、帰結主義的判断が基盤にあるが、律法の遵守が 満足になされない場合、あるいはその律法が硬直化した場合、認知的適応で帰 結主義的判断に加え、人間の本性としての被支配嫌悪、不平等忌避、狩猟採集 時代に獲得した倫理感情(生得的適応、感情的判断)が基盤になって、社会へ の批判がイエスを含む預言者によって行われたものと考えられる。 第3章 モラル(道徳)の進化および人間の本性についての考察 井筒俊彦は、『コスモスとアンチコスモス-東洋哲学のために』[井筒、 2019](11)の中で、コスモスとは有意味的存在秩序であり、これは人為的制 度(ノモス)によってがっしり固められた秩序構造を形成し、大小様々な規模、 色々のレベルのコスモスが存在するとしている。存在世界(自然界、人間界) が一つの全体的秩序構造としてその普遍的な存在秩序を維持するためには普遍 的存在理法が必要であり、普遍的存在理法を表わす言葉として、「ロゴス」(西 洋哲学)、「ヌース」(理性、知性、宇宙的神的知性:プラトン)、「道」、「天道」、 「天」、「理」、「すじみち」、「ことわり」(中国:儒教:三綱五教)、「リタ」(イ ンド、ベーダ時代:自然界を整然と秩序づける宇宙的存在理法。人間世界でも 倫理性、道徳生活を厳格に規制する基本的理法)を挙げている。このコスモス はその中で人間が安全に生活できる世界である。 一方、人為的制度(ノモス)によってがっしり固められた秩序構造であるコ スモスを耐えがたい抑圧のシステムと感じる人々がいるとしている。アンチコ スモスの基礎には無境界説があり、「存在の表面に縦横に引かれた境界線は、 たんなる見せかけの分割であって、本当は実在しないもの、究極的には幻視の 所産である」とする人々の中にコスモスに反抗しようとする気持ちであるアン チコスモスが当然起こってくると述べ、アンチコスモスは、程度の差こそあれ、 人間誰もが心の底に秘めている、なにかの刺激を受けて急に心の中に湧き起り、
どうしても抑えることの出来ない強い欲求、即ち本然的衝迫であるとしている。 アンチコスモスの自己表現の例として、過激な革命への情熱、アナキズム、 ニヒリズム、反律法主義、反道徳主義、神への反逆、無神論、反現実主義的文 学、反現実主義的美術、老荘思想、大乗仏教の空哲学、ヴェーダーンタの「マー ヤー(幻影、幻力)論」、ギリシャ悲劇等が挙げられている。一方、コスモス の例として、警察国家、度を過した管理社会が挙げられている。 LPA 狩猟採集の時代にみられる集団を脅かす逸脱行為の発現は原チンパン ジー属が持っている生物の本能[利己的行動(個体保存)および身内びいき(種 保存)]を基盤にして発現するもので、これらは井筒俊彦が言うアンチコスモ ス(本然的衝迫)に相当すると考えられないであろうか。もしそうであれば、 井筒俊彦がアンチコスモスの自己表現の例として挙げているギリシャ悲劇の中 の憎悪、怨恨、怨念、愛欲、嫉妬、呪い、不義密通、近親相姦、裏切りは、 LPA狩猟採集の時代と比較すれば格段に豊かな社会の日常生活に不安のない 特に上流階級にみられる行為であり、その当時の倫理に反し、かつ集団を脅か す逸脱行為であり、利己的行動、身内びいき、さらに既に発達してきている認 知的判断を基盤にして発現するものではなかろうか。 一方、アンチコスモスの自己表現の例として反律法主義が挙げられている。 捕囚期以前のユダヤ教は神がイスラエルの民を選び、エジプトの地から約束の 地に住むことを許したことに関して行った神との契約で、律法を遵守し供犠を 行うことでその中で安全に生活できるコスモスであった。ところが、王政期に 至り、モーセ五書中の偽証禁止、貪婪禁止がないがしろにされ、裁判での賄賂 が多くなり、さらに、寡婦、孤児等の社会的弱者が強奪あるいは略奪され社会 格差が拡大したことから預言者(アモス、イザヤ)は社会批判を行い、律法の 遵守が強調された。また、当初休息を与えるための安息日聖別がこれを破った 場合に死刑とするような律法重視により「度を過した管理社会」となりイエス およびパウロによる反律法主義活動が行われた。預言者(アモス、イザヤ)、 イエスおよびパウロの行動は、原チンパンジー属の子孫として受けついできた 本性である不平等嫌悪、被支配嫌悪、さらに、LPA 狩猟採集時代に獲得した
倫理(血縁以外への寛大さ「利他主義」など)や感情的判断などが基盤になっ て発現したと考えてもよいのではなかろうか。 同様に中世以後のフランスにおいて国家を守るコスモスとして発達した王政 が「監視社会」のような絶対王政に変質したとき、アンチコスモスとしての過 激な革命への情熱が発現したのではなかろうか。安全に生活できる世界である コスモスの中の集団において、富の分配の不公平が進展したことで集団が支配 階級と被支配階級に二極化し、支配階級の中の利己的行動、身内びいきが基盤 になり被支配階級を圧迫あるいは搾取するような絶対王政に変貌したならば、 被支配階級の中から被支配嫌悪、不平等嫌悪、LPA 狩猟採集時代に獲得した 倫理(血縁者以外への寛大さ「利他主義」など)が基盤となって革命への情熱 が発現し、支配階級からの圧迫を除き、新たな安心して生活できるコスモスを 形成しようとするのではなかろうか。被支配嫌悪は近代の権利闘争の中で自由 主義思想となり、不平等嫌悪は平等主義思想に転化したとすれば、LPA 狩猟 採集時代に獲得した血縁以外への寛大さ「利他主義」と合わせ、フランス革命 のスローガンである「自由」、「平等」、「博愛」に合致する。 原チンパンジー属の特性でまた人間の本性である利己的行動、身内びいき、 被支配嫌悪、不平等嫌悪を本然的衝迫であると仮定する。利己的行動、身内び いきは動物が当然持っている本性で、個体および種の存続のために絶対に必要 なものである。ところが群れを作る動物の中でも特にヒトの集団、LPA 狩猟 採集社会において、利己的行動、身内びいきを基盤として集団を危険にさらす 行動(肉の独占)を取る逸脱者がでた時、集団の力による社会選択によってそ の逸脱者が抹殺され「良心」が獲得される。この「良心」を基盤として集団内 での噂話などが次の段階の社会選択圧となって、利己的行動の抑制、身内びい きの抑制、血縁以外への寛大さ「利他主義」、謙遜する態度が倫理として成立 する。このような社会は存続が可能な社会であり人間が安全に生活できるコス モスとなる。 農業革命以降、農耕、牧畜、交易などが生業となり、社会の複雑化、食糧、 その他の財の急激な増加により、抑制されていた利己的行動、抑制されていた
身内びいきが覚醒し、利己的行動、身内びいきがアンチコスモスとして新たな 種類の集団からの逸脱者を出す。しかし、このような集団の存続の危機の時、 ユダヤ社会においては預言者あるいは超自然的存在(神)がそれまでの LPA 狩猟採集社会集団内の噂話と同様の社会選択圧となり、その社会に適応した倫 理を守らせる存在となる。 このように考えると井筒俊彦のアンチコスモスの自己表現の例は、利己的行 動、身内びいきが基盤となって集団を危険にさらすものと、被支配嫌悪、不平 等嫌悪、血縁者以外への寛大さ「利他主義」などが基盤となって、「度を過し た管理社会」、捕囚期以後のユダヤ教の社会、絶対王政期のフランス社会のよ うな同じ集団の中で支配する者と支配される者が存在する場合に不平等な状態 におかれることを解消しようとするものに大別できるのではなかろうか。人間 は個体のみで生存することはできず、社会という集団の中でしか生存すること ができない。この集団生活において、人間の本性である利己的行動、身内びい きが基盤となって集団を危険にさらす行動を行う逸脱者(個人あるいは集団の 中の支配層)が生じると集団はこのような集団に危害を及ぼす個人あるいは集 団の中の支配層に制裁を加える。制裁の手段が噂話、宗教的倫理、政治、法律、 さらに場合によっては革命である。制裁が効果を発揮すれば人間が安全に生活 できる社会(コスモス)となる。歴史の中での社会の変化に伴い、抑制された 利己的行動および抑制された身内びいきの覚醒(アンチコスモス)はおそらく 止むことはない。人間はその度に安全な世界として新たなコスモスを形成する のであろう。そして新たなコスモスも時間の経過に伴い必ず人間の自由や平等 を脅かすものに変質し、それに対する抵抗(アンチコスモス)が狩猟採集時代 に獲得した倫理や、ヒトの本性である被支配嫌悪および不平等嫌悪を基盤とし て生じてくるのであろう。 後期旧石器時代に獲得されたとボーム・C が提唱するモラルとそれの基盤と なった原チンパンジー属の本性である被支配嫌悪、不平等嫌悪がフランス革命 の基層にある可能性を指摘した。また、原チンパンジー属の特性である利己的 行動、身内びいき、被支配嫌悪、不平等嫌悪と後期旧石器時代に獲得した血縁
者以外への寛大さ「利他主義」などの倫理が井筒俊彦の提唱するアンチコスモ スに相当する可能性を指摘した。
【文献】
⑴ ボーム・C2014年『モラルの起源─道徳、良心、利他行動はどのように進 化したのか』斉藤隆央訳、長谷川眞理子解説 白揚社
⑵ Fehr E, Bernhard H. & Rockenbach B. (2008) “Egalitarianism in young children” Nature 454, 1079─1083
⑶ Fehr E. & Èchter S.G. (2002) “Altruistic punishment in humans” Nature 415: 137-40
⑷ 亀田達也2017年『モラルの起源 - 実験社会科学からの問い』岩波新書 ⑸ Greene J.D, Sommerville R.B, Nystrom L.E, Darley J.M, Cohen J.D. (2001)
“An fMRI Investigation of Emotional Engagement in Moral Judgment” Science 293, 2105
⑹ Greene J.D, Nystrom L.E, Engell A.D, Darley J.M, Cohen J.D.(2004)“The Neural Bases of Cognitive Conflict and Control in Moral Judgment or emotional processes” Neuron 44:389─400 ⑺ 秦剛平(訳)2017年『七十人訳ギリシャ語聖書 モーセ五書』講談社学術 文庫(河出書房新社から刊行された創世記(2002年)、出エジプト記(2003年)、 レビ記(2003年)、民数記(2003年)、申命記(2003年)を合本して文庫化し た。加筆・修正・再構成を行い、新たに図版を挿入した。) ⑻ 日本聖書協会2014年『新共同訳 聖書 スタディ版 改訂版』 ⑼ 日本聖書協会2017年『新共同訳 旧約聖書続篇 スタディ版』
⑽ Shariff A.(2011)“Big gods were made for big groups Religion” Brain and Behavior 1 :89─93
⑾ 秦剛平(訳)2016年『七十人訳ギリシャ語聖書 イザヤ記』青土社 ⑿ 田川建三2013年『書物としての新約聖書』勁草書房
⒁ 井筒俊彦2019年『コスモスとアンチコスモス─東洋哲学のために』岩波文 庫
Evolution of Ethics
── Focused on the Analysis of Religious Scriptures ─
Hiroyuki Katsumaru
Christopher Boehm had observed that hunter-gatherer populations always have kin-related and non-kin related families, and their members always work together without expecting a reward. He questioned why these people become altruistic and generous toward non-kinship peers. He analyzed the social behavior in the ethnog-raphy-like research reports about the present-day hunting gathering (H-G) society classified into the Pleistocene latter period type (Late Pleistocene Appropriate: LPA) and as a result, advocated the following hypothesis. When a strong rowdy tries to monopolize the hunted beast at the time of the distribution of the meat, there is a possibility that the rowdy is excluded by a death penalty from the group. When a human can restrain himself from selfish behavior, a latent rowdy humanʼs life in the group becomes possible. That is interaction between genes and culture.
In the LPA H-G society, murder, theft affair, and lying are serious departures from the group and subject to social sanctions. Prohibition of such deviations is also stip-ulated in the Old Testament. In the LPA H-G society, there is a generosity "altruism" and humble attitude toward non-kinship peers. These are found in the Old Testa-ment. Moralities in the LPA H-G were all existing in religious scriptures.