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わが国における「介護保障」への課題―高齢者介護施設に対する規制 と安全基準を中心に―

ドキュメント内 ・事件の分析を中心に ‑ (ページ 159-178)

本稿では、高齢者介護現場で発生した事故・事件を横断的に検証してきた。第 3 章で検 討した認知症対応型共同生活介護事業所の事故・事件は、指定基準を満たしていたにも関 わらず発生している。第 4 章で検討した法外施設火災事件は、まさに「法外」であったこ とから指導・監査に入ることができなかったとされている。

本章では介護保険法における公的規制や最低基準を含めた安全基準の課題について検討 を行い、事件や事故の再発防止策について考察を行う。

第1節 基準の適正な設定

第 3 章で検討した認知症対応型共同生活介護事業所で発生した事故・事件は、国の定め た人員、設備および運営基準を満たしていたにも関わらず生じている。このような悲惨な 事故・事件が生じる背景には、指定基準、すなわち最低基準の低さがあるのではないかと 考えられる。

最低基準は、措置時代から見直しの必要性が指摘されていた。河野正輝は「これらの最 低基準は、憲法 25 条にいう、「健康で文化的な最低限の生活」基準を、福祉施設の設備と 処遇について具体化したものであり、社会福祉の権利形成にとっては重要な意義を持つも のであるが、社会福祉における本来のナショナル・ミニマムのあり方からみて、なお問題 があるわけではない」とし、4つの問題点を指摘している。第一に最低基準が生活困窮者対 策としての救護施設と未分化であり、1970年代以降のわが国の対人サービスの保障として の社会福祉の理念の観点からみて根本的に洗いなおす必要性、第二に、施設最低基準の立 法形式は、児童・老人・障害者福祉の各部門において不統一であり、施設最低基準の省令・

通達は煩雑でわかりやすいものではないことから、人々のできるだけわかりやすい形で明 治する必要性、第三に在宅サービス基準の設置、第四に国の補助金の削減、地方自治体負 担の強化、シルバービジネスへの傾斜などの動きから、全国共通の社会福祉ミニマムの維 持とその向上という本来の行政目標に逆行する傾向、を指摘している

介護保険法施行、社会福祉事業法の施行で河野の指摘した最低基準の問題点は解消され たかというとそうではない。ここでは、認知症対応型共同生活介護事業を例とし、河野の 指摘した最低基準の問題点と突き合わせて検証しておく。認知症対応型共同生活介護事業

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の基準は第 3 章で記したところである。近年、その需要は増してきており、また入居者の 重度化も深刻な問題を呈している。そもそも認知症対応型共同生活介護事業は、草の根か ら始まり、厚生省のモデル事業として実施され、2000年の介護保険法のもとで居宅サービ スとして位置付けられ、2005年の介護保険法改正の折、地域密着型サービスに位置付けら れ現在に至る。その間、多くの規制の強化が行われたことは前述したとおりである。その 他に、人員については、代表者、管理者および計画策定計画者に対する研修の義務化が図 られている

第一に生活困窮者対策として未分化という点である。介護保険法施行以降は契約制度の 導入から契約できる利用者のみが認知症対応型共同生活介護事業所を利用することができ る。したがって、契約できない高齢者が存在し、先にみたような法外施設への入居を余儀 なくされるという別の問題が浮上してきていることに留意しなければならない。また、特 に介護従事者の常勤換算方法での人員の配置、無資格者、一人夜勤体制および非正規の配 置は、入居者の生命や健康、暮らしを保障するには程遠いものとなっている。

第二にわかりやすい基準については、介護保険法に基づく基準は政令・省令に委ねられ ている部分が多く、解釈通知や厚生労働省の「Q&A」の回答に基づいて実務が行われてい る実態がある。筆者が参加している市の介護保険運営協議会の部会において公募委員から は「なぜ職員がコンマで数えられるのか?」といった質問も出ている。利用者はもちろん のこと、住民にとってわかりやすい基準かと言えばそうなってはいない。

第三の在宅サービスの基準の設定については、先のコムスン問題の際に指摘したように、

基準はできたものの、その基準が低く、質の低い事業者までもが参入してきている実態が ある。

第四に、国の補助金の削減、地方自治体の負担増、シルバービジネスへの傾斜による全 国共通のナショナル・ミニマムの不在という点については、1990年の「国の補助金等の整 理及び合理化並びに臨時特例等に関する法律」から始まり現在まで地方自治体への補助金 は削減され続け、地方自治体の財源は逼迫し続けている。また、2011年「地域の自主性及 び自立を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」が公布され、

地方自治体の条例制定権が拡大している。シルバービジネスについても、介護保険法施行 以降、介護保険サービスはもちろんのこと、介護保険外の分野でも拡大しつつある。この ようななかで全国共通のナショナル・ミニマムの確立とは逆方向に向かっている。介護サ ービス利用者の格差は拡大し、サービスを利用できない要介護高齢者の存在という課題も

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しかしながら、地方自治体の裁量の拡大は、地方自治体が独自の基準を設け、よりよい 介護サービスの提供に努めている場合も少なくない。このような取組が地方から発信され、

全国共通のナショナル・ミニマムの確立につながることが期待できるのではないと考えら れる。

第2節 公的規制および安全基準

介護保険法施行以降、多くの事業者が参入した介護現場では事故・事件や不正事例の多 発に、逆に行政の関与・指導や監査の強化が行われている。また、指定を受けた事業者に ついても2005年の改正介護保険法で利用者の意思や立場を常に尊重する「忠実義務」を規 定し、これに違背した場合については、指定取消ができることとされた。慢性的な人手不 足が深刻な問題を呈している介護労働現場についても、2011年の改正介護保険法では、労 働基準法等に違反して罰金刑を受けている者等、また「労働保険料の徴収等に関する法律」

により納付義務を負う保険料等の滞納処分を受け、引き続き滞納をしている者については、

都道府県知事または市町村長は事業者指定等をしてはならない(介保法78条の2第4項等)

され、指定事業者が労働基準法等の法律の規定により罰金刑を受けた場合は都道府県知事 または市町村長は指定の取消等を行うことができるものとされた(介保法78条の10等)。

このように多様な事業者の参入は一方で介護保険法の目的や理念についてふさわしくな い事業者の参入までも認めてしまうのではないかという懸念があるものの、他の一方では 事業者については厳格な選定を行い、なおかつ指定を受けた後でも忠実義務や行政による 指導・監督を強化したことは質の高いサービスを提供するための第一歩になると評価でき る。

最後に、介護保険法における公的規制や最低基準を含めた安全基準の課題と事件や事故 の再発防止策について触れておく。具体的な課題や再発防止策の提示は各章の小括で行っ ていることから、大枠のみを示しておく。

(1)いのちの保障・介護労働者が安全で安心して働くことができる基準の設定

今後、わが国の高齢者はますます増加し、2025年には75歳以上が2179万人という推計 が出ている。増加する高齢者に伴い要介護高齢者も増加し、介護サービスの需要も増して くることであろう。このような状況の中で介護サービスの基準の課題は多岐にわたる。ま

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ずは、各介護サービスの安全基準の検証を行うべきであろう。特に施設系のサービスにつ いては、災害・火災等に対する建築上の基準はもちろんのこと、特に介護従業者の人員配 置基準は早急に見直すべきである。認知症対応型共同生活介護においては夜間および深夜 の勤務については1ユニット 1人の介護従業者で「よし」とされている。それも正規また は非正規を問われていない。第 3 章で述べた各事故・事件は不十分な人員配置に問題があ ったといえる。

入居者・利用者のいのちを守り、介護従事者の安全な労働を保障するためにはやはり常 勤換算方式の見直し(廃止)と正規介護従業者の複数配置が急務であると考える。適切な 人員配置の確立については、科学的な検証を必要とするが、資格取得者の配置と複数夜勤 体制は社会福祉の理念にかなった人員配置であると考える。この点、1970年に中央児童福 祉審議会が発表した「児童福祉に関する当面の推進について」は、重症心身障害児施設の 職員配置について非常に充実した人員配置を提言している。その内容は「重症心身障害児

(者)の特殊性から、他の心身障害児(者)に比し、その療育は、複雑困難を極めており、

そのため、これら障害者の介護にあたる看護婦、保母等の介護職員の数は、児童対比 1:1 程度が必要と考えられるが、入所児(者)の処遇改善と職員の勤務条件の緩和をはかるた めに、さしあたり、少なくとも児童対比1.5:1以上の職員数の確保を早急に実現しなけれ ばならない」としていた。加えて、このことを実現するために、「入所児(者)および職員 の処遇の改善を図るために、重症児指導費の大幅引き上げを図る必要がある」、同時に職員 の資質の向上を図るための教育・研修訓練早急の実施の必要性もあげている

(2)行政の指導・監督と公的規制の強化

介護保険制度は多様な事業者の参入を認めたが、そこには質の低い事業者の参入も残 念ながらみられる。違反行為があった場合は指定取消という行政処分があるが、その場合、

利用者がサービスを受給することが困難となり、地域の介護基盤を崩すことにつながる。

この場合、事前の規制の強化とともに行政の指導・監督が重要となろう。

事前の規制の強化については、先にあげた「サービスを継続的安定的に提供する能力」

を事業者指定の条件として広げるとともに「忠実義務」を厳格に規定し事業者の責任の自 覚を要請する必要がある。

行政の指導・監督の強化については、サービスの最低保障のための行政の関与や指導・

監督は引き続き存続させるとともに、第三者評価やオンブズマン制度の導入も積極的に活

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