アメリカ人の日本観:量的分析を中心に
著者
山本 剛郎
雑誌名
関西学院大学社会学部紀要
号
126
ページ
69-80
発行年
2017-03-15
URL
http://hdl.handle.net/10236/00025722
Ⅰ 日本観研究法
日本観とは、外国人であれ、同国人であれ、ヒ トが日本(人)をどう思っているのか(意見・感 想・知識・関心)、ヒトが日本(人)に対して抱 くイメージ(主観的、客観的)はどんなものか、 を問うことである、と考える。どう思うか、どん なイメージを持っているかは、他人との相互作 用、つまりコミュニケーションを通して得られ る。その過程で様々なアプローチが想定される が、大別すると次の 4 つが指摘できる、であろ う。①著名なオピニオンリーダーへのインタヴュ を通しての研究、②書籍・雑誌等に基づく文献研 究、③日本人移民の歴史を通しての研究、④世論 調査・アンケート調査、がこれである。 ①、②、③については別稿で論じたことがある ので、本稿では量的分析である④に絞って、論を 展開する1)。その前にⅡにおいて「なぜアメリカ 人の日本観なのか」について、Ⅲにおいて以下で は触れない①、②、③の知見について述べておき たい。Ⅱ 取り上げる理由
アメリカ人を念頭におくのは次の理由による。 第 1 は、アメリカの世界における立場である。今 日の国際関係に占めるアメリカの位置、すなわ ち、世界政治・世界経済においてアメリカの果た す役割・影響は絶大なものがあり、アメリカを措 いては何もことは進みにくい状況である。そのア メリカが「日本のことをどう考えているのか」 を、日本国民は知りたいし、また、知っておくべ きことであろう。ここにアメリカを取り上げる第 1 の理由や意義がある。第 2 は、アメリカと日本 との関係についてである。アメリカは、世界のリ ーダーとしての役割のみならず、戦後 70 年に亘 って日本に対して多様な提案をし、多くの影響を 与えてきた。民主主義や自由といった価値観を日 本にもたらしたアメリカ、そのアメリカの「核の 傘」の下にある日本にとって、アメリカの存在は きわめて大きく、しかも関係は深い。アメリカが 日本に果たしてきたこうした役割を評価する、し ないに関わらず、外国(人)といえばほとんどの 日本人が先ずはアメリカ(人)を思い浮かべる、 と考える。 日本からはこのように考えられるアメリカだ が、逆にアメリカの日本に対する反応はどうであ ろうか。これが、アメリカ人の日本観に焦点を当 てる理由である2)。Ⅲ 先の分析での知見
1.著名なオピニオンリーダーへのインタヴユを 通しての研究 1980 年代 この研究の代表例として下村満子の『日本たたアメリカ人の日本観
*──量的分析を中心に──
山
本
剛
郎
** ───────────────────────────────────────────────────── * キーワード:日本観、量的分析、大規模調査 ** 関西学院大学名誉教授 1)山本剛郎「日本観研究──アメリカ人を例として」(立命館言語文化研究 第 26 巻 4 号 2015、pp 27-40)。 2)世代によって人種構成が異なり、人種の多様化が進んでいるので、アメリカ人とは誰かが問題となるが、いまは これについては触れない。課題としておく。 March 2017 ― 69 ―きの深層』3)がある。調査がなされた 1980 年代の 状況が、つまり日米を取り巻く当時の政治・社会 ・経済的諸問題が、日本に対する評価・態度・思 いに大なる影響を与えている。状況に応じてモノ は白(好意)にも黒(反発)にもなり得ることが 確認できた。つまり、日本(人)に対してダブル イメージがもたれているわけである。他方、時代 を超えて今日においても通用する思いや評価が観 察できたことも事実である。これは時代制約的日 本観、あれは無時間的日本観という風に、であ る。 2.書籍・雑誌等に基づく文献研究 1940 年代− 1985年 この代表例としてジョンソンの『アメリカ人の 日本観』4)を通して、一般大衆の日本(人)に対 する関心や知識のあり方を問題とした。得られた 知見は以下の通りである。アメリカ人の脳裏には 一般化された東洋人の類型が情報としてイメージ されている。「つりあがった眼、短足」「曖昧な答 え、物静か」などはその一例である。この類型化 されたイメージは、アメリカ人が日本(人)をど う思っているのか・どう考えているのかによっ て、肯定的になったり、否定的になったりする、 というわけである。これは先の下村の知見と軌を 一にするものである。加えて強調すべきは、アメ リカ人の日本観は、中国(人)との関係性におい て捉えられ、一方の評価が上がると他方は下が る、というシーソーの関係において考えられてい る、ことである。日本観は、不変ではなく、時間 ・状況に応じて絶えず変化・循環し、しかも中国 観とのセットで考えられているわけである。さら に言えば、彼らの意識のなかに西欧至上主義的イ デオロギーが強く潜んでおり、その顕在化した例 が原爆投下で、投下の裏には人種差別的意識が垣 間見られた、ということである。 3.日本人移民を通しての日本観研究 1910 年代 −1940 年代 明治期以降、労働を目的にアメリカに渡航・定 住 し た 日 本 人 の 生 活 実 態 を、1906、1907-8、 1913、1920、1924 年に生じた事件を通して分析 するなかで、彼らが被った差別の背後に潜む日本 観を浮かび 上 が ら せ よ う と し た5)。そ の 結 果、 諸々の出来事の背景には米国憲法やそれに依拠す る帰化法が沈潜している、差別の根源はここに在 る、当時の有力な考え方であったアングロ・コン フォーミティや西欧至上主義もこの延長上に位置 付けられる、ことが指摘できた。
Ⅳ 世論調査・アンケート調査に基づく
日本観調査
量的データに基づく日本観研究は、全国・全世 界レベルでなされる大規模調査から、大学の教室 内での小さなアンケート調査に至るまで多岐にわ たる。緊急を要する場合には電話でなされること もあるが、調査票に基づく面談によることが多 い。得られた回答は量的に処理され、多くの場 合、多変量解析に委ねられる。 量的調査の長所は比較が可能な点にある。複数 の時点において、また、複数の地域について、例 えば 10 年前と今日、東地域と西地域、の異同を 比較し、日本観の時間的・地域的変化の実態を探 ることができる。短所は、誰にでも簡単にこの調 査はできないことである。要する費用・時間・人 材が莫大だからである。国際関係等を論じる際に 必須の資料を提供してくれる量的調査が実施困難 なのはこの理由による。グローバル化した社会の 理解に不可欠なこの種の調査が、国を始めとする 大規模な組織や国際機関によって、今後より一層 取り組まれることを期待したい。 日本人観というテーマの特性上、多時点での考 察・分析が望ましい。なぜなら日本観は動態的な ものであり、その変化するものをある特定の時点 で切り取ったものにすぎないからである。いわ ば、動画を静止させたスライドのようなもので、 そのスライドを多くつくる必要がある。ここに、 ───────────────────────────────────────────────────── 3)下村満子の『日本たたきの深層』1990、朝日新聞社。 4)ジョンソン、S. K. 鈴木健二訳『アメリカ人の日本観』1986、サイマル出版会。 5)山本剛郎『都市コミュニティとエスニシティ』32-36 頁、1997、ミネルヴァ書房 ― 70 ― 社 会 学 部 紀 要 第126号できるだけ多くの時点で分析せねばならない理由 があり、そうすることよって、厚みのある、比較 可能な日本観が得られると言えよう。質的分析に 加えて量的に把握することの意義もここにもあ る。 さて、以下、2 つの調査資料に注目する。次の Ⅴで取り上げる調査は、読売新聞社とアメリカの 調査機関「ギャラップ社」とがおこなったもので ある6)。Ⅵの調査は、日米中韓 4 か国共同世論調 査である7)。「何故これら資料なのかに」ついて は、一言申せば、多時点にわたる資料を得ること が困難ななか、これら 2 つの調査報告で多くの年 次がカバーできることに加えて、各調査主体が信 頼のおける調査機関だからである。文献検索中に たまたま見つかったもので他意はない。それだけ 調査報告がきわめて少ない、ということである。
Ⅴ 読 売 新 聞 社 と ア メ リ カ の 調 査 機 関
「ギャラップ社」の調査
1.はじめに アメリカ人の日本観を、1)日米関係の良好度、 2)日本(人)のイメージ、3)信頼度の観点から 考える。調査時点は 1970 年代後半から 90 年代に 亘る。 2.日米関係の良好度 1970 年代後半−1990 年代 日米関係の良好度を、「現在の日本とアメリカ の関係は、良いと思いますか、悪いと思います か」という設問を通して考える。 表 1 より、以下が読み取れよう。①日米関係は 安定している、アメリカ人は日本(人)に対し好 印象を持っている、ということである。「非常に 良い」、「良い」を合算した良好度は 30% 前後か ら 60% 台を推移し、この良好度比率は、表示は 控えるが、日本人のアメリカ(人)へのそれと比 べると、常に数ポイント高い。日本人よりアメリ カ人の方が日米関係は良いと思っている人が多 い、というわけである。この良好度比率の時間的 変化をより詳細に追うと、70 年代後半から 80 年 代中ごろまでおおむね 60% 前後を維持している が、その後徐々に比率は低下し、92 年には 26% と底をつき、やがて反転、99 年には 54% まで回 復する。②視点を変え、日米関係の悪さの程度を みよう。関係が「悪い」、「非常に悪い」(1998 年 からこの選択肢が設けられた)と考える人は 10 %以下と低かったが、87 年頃から徐々に上昇し 始め、92 年に 19% 台とピークに達する。その後 漸次低減に向かい、97 年には 6% 前後となり、 以後も低い水準を維持している。③以上総括すれ ば、日米関係を良好と考えるアメリカ人が多く、 悪いと思っている人はきわめて少ないと言える。 ④最後に気になることがひとつある。「どちらで もない」、「答えない」人が多い、ことである。こ の 2 つの選択肢はその意図するところは異なる が、とりあえず両者を合算すると、最低時でも 83 年の 34%、最高は 95 年の 59% である。これ だけの人が判断を留保ないしは拒否しているわけ である。選択肢を個別にみると、判断・回答を拒 否し、「答えない」人は、多い時で 98 年の 11%、 78 年の 10% で、せいぜい多くても 1 割程度であ る。これは特に高い数値ではない、と考える。問 題は、「どちらでもない」と回答した人の多さで ある。少ない年次でも 3-4 割に達し、多い時に 5 割(95 年)を超え、とりわけ 92 年から 95 年に かけてはどの選択肢よりもこれが最も多い。日米 関係は「よい」、「悪い」という風に割り切って性 急に判断できるものではない、物事には二者択一 的に分けられないものもある、というわけであ る。ある意味でこれはホンネであろうが、ここに アンケート調査の難しさも垣間見える。この人た ちの判断如何で日米関係は大きく変わることがあ る。こうした不明確さは、しかし、この調査に限 ったことではなく、大なり小なりがどの調査にも 内在する、いわゆる調査の限界を示すものであ る。なお、ここでは触れないが、何故「どちらで もない」と回答した人が多いのか、その背後に何 があるのかを探ることの必要性を今後の課題とし ───────────────────────────────────────────────────── 6)監修五百旗頭真『世論調査に見る日米関係(読売ブックレット no.21)』2000,読売新聞社。 7)この実施主体は以下のシンクタンクである。日本:言論 NPO、米国:シカゴグローバル評議会、韓国:東アジ ア研究院 EAI、中国:零点研究コンサルテーショングループ。(http : //www.genron-npo.net/world/archives/6002. html)。 March 2017 ― 71 ―ておきたい。以上の留保はあるものの、期間を通 して言えることは、日本観は良好である。 3.日本(人)のイメージ 1970 年代後半−1990 年代 アメリカ人の日本(人)に対するイメージを、 「アメリカあるいは日本という言葉を聞いて真っ 先に何を思い浮かべますか」という問に対する自 由回答を、分析者がいくつかのカテゴリーに分け て集計した結果を通して考える。表 2 がそれで、 以下が読み取れよう。①アメリカ人の日本(人) イメージとして「第二次大戦・真珠湾」や「経済 力・技術力・工業製品・自動車・エレクトロニク ス」などが脳裏をかすめる。故に、日本との関係 ・状況が良好な雰囲気の時には、「好感の持てる 国・強い経済・繁栄・金持ち」という好意的なプ ラスイメージが、逆に日本との関係が悪化してい るときには、「安っぽい製品・財産買収・貿易不 均衡、信頼できない・卑劣」などのマイナスイメ ージが前面に押し出される。つまり先の下村やジ ョンソンの指摘と軌を一にし、日本に対してダブ ルイメージが持たれているということが指摘でき よう。②70 年代、80 年代には、上位 5 項目に日 本(人)に対するイメージの 7 割近くが収斂・集 中していたのに 90 年代に入ると、説明力は、5 割以下になり、上位 10 項目を加えても、7 割に も満たない。それだけ日本(人)に対するイメー ジが拡散・分散してきていることがわかる。多様 な日本(人)イメージが垣間見られ、日本観が複 雑化していることが示唆されている、と言える。 表 1 日米関係の良好度 非常に 良い 良い 悪い 非常に 悪い どちらで もない 答え ない 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1997.1 1997.10 1998 1999 11.4 10.9 14.9 11.6 7.1 14.7 14.8 13.8 14.4 8.4 7.7 9.0 6.0 4.7 2.2 4.5 3.1 2.4 5.2 6.8 6.6 8.1 39.2 46.4 46.1 43.4 40.0 48.7 44.0 46.4 45.3 39.9 40.4 36.6 43.4 37.1 24.0 32.0 29.4 26.1 40.8 36.5 42.1 45.4 4.5 4.4 3.1 3.7 7.7 2.9 3.2 4.0 3.4 7.0 6.0 9.3 7.9 9.9 18.7 12.3 12.7 12.5 5.2 5.7 5.2 3.7 −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− −−−−− 0.8 1.2 35.1 30.1 29.3 32.7 36.6 28.4 31.7 30.1 32.0 38.7 39.1 40.4 38.7 41.5 49.7 41.8 46.0 51.6 40.5 41.9 34.3 34.2 9.8 8.2 6.6 8.7 8.6 5.4 6.3 5.7 4.8 6.1 6.7 4.8 4.0 6.8 5.3 9.4 8.7 7.4 8.3 9.0 11.0 7.5 出典 監修 五百旗 頭 真『世 論 調 査 に 見 る 日 米 関 係 (読売ブックレット no.21)』 「−−−−−」は「非常に悪い」という選択肢が設けられて いないことを示す。 表 2 日本(人)のイメージ 1978 年 第二次大戦 24.8 工業・製品 22.6 貿易相手国 7.6 安っぽい製品 5.9 強い経済と繁栄 5.8 好意的な言葉(友好的、 勤勉、文化等) 5.4 好意的でない言葉 (信頼できない等) 4.9 貿易不均衡 4.9 過密人口 1.9 日本食 1.9 1983 年 工業・製品 27.9 第二次大戦・真珠湾 24.8 好意を持てる国民 9.5 貿易不均衡 5.3 米国の貿易・輸入 4.2 好意を持てない国民 4.2 技術 3.5 強い経済力 2.4 米国の同盟国 2.1 過密人口 1.5 大韓航空機 007 便 1.5 景色・美しさ 1.4 安っぽい製品 1.3 途上国 1.3 日本食 1.0 上位 9 位(10 項目) 上位 15 位(15 項目) 1990 年 自動車 13.8 第二次大戦 9.9 金・リッチ 7.8 エレクトロニクス 6.2 米国の財産の買収 5.9 経済 5.6 輸入品 5.4 製品 4.6 真珠湾 4.0 信頼できない・卑劣 3.8 産業 3.8 科学技術 3.2 貿易不均衡 2.9 競争 2.2 文化 1.9 食糧・コメ 1.9 1998 年 自動車 10.5 技術力 7.8 第二次大戦 6.2 エレクトロニクス 5.3 経済・株式市場 4.8 真珠湾 4.3 食べ物 3.9 戦争 2.6 通貨危機 2.5 東洋 2.3 貿易・輸出 2.3 上位 15 位(16 項目) 上位 10 位(11 項目) 1978 年 1983 年 1990 年 1998 年 上位 5 位 66.7% 71.7% 43.6% 34.6% 上位 10 位 85.7 86.9 70.8 52.5 出典 監修 五百 旗 頭 真『世 論 調 査 に 見 る 日 米 関 係 (読売ブックレット no.21)』 ― 72 ― 社 会 学 部 紀 要 第126号
③これを先の良好度の回答とクロス集計すると興 味深い結果が得られるであろう。すなわち、「ど ちらでもない」、あるいは「答えない」と回答し た人のイメージはどんなものか、「よい」、ないし は「悪い」と回答した人とどう違うのか、という ことである。もっとも、そうしたデータは得られ ていないのでこの分析は、いまはできない。今後 そうしたクロス集計が要請されよう。④日本観の 時代制約的な側面が示されている。 4.信頼度(信頼できる国) 1970 年代後半−1990 年代 これを、「20 数か国のうちから特に信頼できる 国を 5 か国」選んでもらった設問から分析する。 表 3 は、日本を信頼できる国としたアメリカ人の 比率と、その比率の全体での順位(ⅰ)を示して いる。比較の意味で併せてアメリカ人の中国に対 する信頼度の比率、その全体での順位(ⅱ)、お よび日本人のアメリカに対するそれら(ⅲ)をも 掲げておく。 ①日本への信頼度は、低水準で推移している。 最高は 81 年の 26%、80 年代前半は 23% 前後で 推移し、80 年代後半には 1 割台前半まで低下、 90 年代には 1 割を割る年次もあり、95 年には 7 %と底をつく。その後、若干の回復はあるものの 2 割には届かない。アメリカ人の日本に対する信 頼度は高くはない、いや、低いと言えようか。② 信頼度の順位付けをみると、80 年代後半頃まで はベストテン入りをしていたが、88 年以降は 10 番台前半をキープするに留まり、アメリカ人から すると、日本の存在は多くの友好国の一つ、信頼 度の点では 20 数か国の真ん中程度という位置づ けである。③Ⅲの質的分析において触れた日本と シーソーの関係にあると言われる中国についても 述べておこう。比率を見ると 80 年と 85 年の 8% が最高、最低は 95 年の 2.8%、80 年代前半は 6-8 %で推移し、後半から 90 年代には 5% 以下が多 い。順 位 で 見 る と 94 年、97 年 の 15 位 が 最 高、 最低は 79 年と 95 年の 21 位で、10 番台後半の順 位が多い。比率、順位のいずれにおいても日本に 対する信頼度の方が中国へのそれよりも高い。両 国とも低水準ながら、一方への信頼度の高さが、 他方への信頼度の低さを示すという、いわゆるシ ーソーの関係が形式上ゆるやかながらみられなく もないが、断定はできない。④表示はしていない がアメリカ人の選んだ上位 3 国についても触れて おく。カナダ、イギリス、オーストラリアがこれ で、いずれも生態学的・民族的・文化的距離が近 い国である。しかも隣国のカナダは不動の 1 位を 占め、その比率は 80 年代には 70% 台をキープし ていた。90 年代に入って 60% 台に落ち込んだも のの 99 年には 73% まで回復している。⑤これと 関連して、公共機関への信頼度を問うたデータも みておく。これも表示は控えるが調査時期は、 1993、95、97、98 年の 4 時点である。信頼度を 最も得ている公共機関は教会で、最も低い 93 年 でも 54% の人が信頼を寄せ、98 年には 65% と 最高の信頼度を得ている。教会は国民の半数以上 の人から信頼を集めている、ということである。 アメリカ人が信頼するのはキリスト教であり、キ リスト教国である。上の信頼できる国の選択と符 合していることがわかる。アメリカ人が物事を考 える基底にキリスト教が潜んでいるということで あろう。⑥日本とは生態学的・民族的・宗教的に 表 3 信頼できる国 (ⅰ)アメリカ人 の日本に 対する信頼度 (ⅱ)アメリカ人 の中国に 対する信頼度 (ⅲ)日本人 のアメリカに 対する信頼度 年次 順位 比率 順位 比率 順位 比率 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1994 1995 1997.1 1997.10 1999 12 10 8 6 10 7 8 8 7 9 11 11 13 13 14 13 14 14 13 12 12.6 17.1 21.8 26.0 18.0 22.9 23.4 23.8 23.4 20.3 14.5 15.1 13.3 13.5 7.7 9.9 7.1 11.2 10.9 15.0 20 21 17 17 16 17 17 16 16 16 17 18 20 20 20 15 21 15 17 17 3.0 5.3 8.0 7.1 7.2 6.8 6.2 8.0 7.1 6.2 3.7 4.2 3.7 3.8 4.1 5.7 2.8 6.0 3.7 4.6 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 40.8 45.7 59.2 55.9 49.6 51.3 57.4 56.4 52.7 52.3 56.1 53.8 55.9 56.3 50.7 44.7 37.9 42.1 40.6 43.9 出典 監修 五百旗頭真『世論調査に見る日米関係 (読売ブックレット no.21)』 March 2017 ― 73 ―
異質であるという意識・判断が日本(人)への信 頼度の低さの背後に潜んでいると考える。
Ⅵ 日米中韓 4 か国共同世論調査
1.はじめに Ⅴでは、1970 年代後半から 1990 年代末までの アメリカ人の日本観を時系列的にみた。ここで は、その後どうなったかを、2015 年の調査報告 から考える。この調査は日米中韓 4 か国で実施さ れ、それぞれの国民に、他の 3 国をどう思うかを 訊ねたものである。いま取り上げる分析項目は、 1)信頼度(信頼できる国)、2)重要度(重要な 国)、3)世界課題に責任ある行動をとることが望 ましい国、国際的リーダーシップをとることが望 ましい国、である。これらの項目は日本のみなら ず中国・韓国についても訊ねている。ということ は、回答には多少バイアスがかかってくるのでは ないか、と考える。つまり、各項目をどう思うか を個別に国ごとに訊ねてはいるが、結果的には、 回答者をして共同調査の対象国である日本、中 国、韓国をグループとして捉えさせ、無意識のう ちに 3 国間を比較させ、相対的な判断を問うてい ることになる、と思われる、ということである。 回答は 3 国間の相対的評価・配置を語っている、 と理解する。なお、Ⅴで取り上げた「信頼度」に つても同様のことが考えられるので、この点につ いてはⅦ−ⅰ)で論じる。 2.信頼度(信頼できる国) 2015 年 ①「とても信頼できる」、「信頼できる」を合算 す る と、日 本 79%、韓 国 65%、中 国 46% と な り、日本は、他の二国を断然引き離してアメリカ 人から信頼されていることが分かる。他方、「ど ちらかといえば信頼できない」、「信頼できない」 を合算すると、中国 52%、韓国 32%、日本 16% で、中国は、アメリカ人から信頼されていない比 率が半数を超え、「信頼できない」が「信頼でき る」を上回っている。「わからない」は最大の日 本 で も 6%、韓 国 は 3%、中 国 は 2% と、先 の 「良好度」とは異なり、明解な回答になっている。 ②ジョンソンに倣って言えば形式的には日中間で シーソーの関係がみられると解釈できる。が断定 は控える。たまたまそうなのか、ある理由に基づ くものなのか、またその理由とは何か等について データは何も語らないからである。そうした内容 分析や要因分析は次の課題としたい。 3.重要度(重要な国) 2015 年 ①「重要」、「どちらかといえば重要」を合算す るとアメリカ人の考える重要な国は、日本(88 %)、中 国(88%)、韓 国(83%)と い ず れ も 高 く、三者間で差は認めにくい。アメリカ人はこの 三国を同列にみなしているということである。 「重要」のみで比べると僅差ながら日本よりも中 国の方が高く、中国は日本以上に重要と考えられ ている。しかし、これは、程度の問題なので、両 国間にシーソーの関係がみられるとは言いがたい 表 4 信頼できる国(2015 年) アメリカ人にとって 信頼できる国 とても 信頼できる どちらかと いえば信頼できる どちらかといえば 信頼できない 信頼できない わからない 日本 韓国 中国 22 17 5 57 48 41 12 25 37 4 7 15 6 3 2 参考 日本人にとって 信頼できる国 とても 信頼できる どちらかと いえば信頼できる どちらかといえば 信頼できない 信頼できない わからない アメリカ 韓国 中国 9.2 0.3 0.4 60.6 15.3 8.6 15.6 44.9 50.9 2.4 24.3 26.2 12.1 15.1 13.9 出典 (http : //www.genron-npo.net/world/archives/6002.html)。 ― 74 ― 社 会 学 部 紀 要 第126号と考える。 ②重要度と信頼度との関連を考えるべきだが、 いまは控える8)。上でも触れたが、今後、対応関 係と同時に因果関係の究明に努めたい。 4.世界課題に責任ある行動をとることが望まし い国、国際的リーダーシップをとることが望 ましい国 2015 年 ①アメリカ人が考える「世界課題に責任ある行 動をとる国」を望ましい順にみると、アメリカ (81%)、EU(65%)、日 本(58%)、韓 国(36 %)、中国(34%)、ロシア(27%)、また、「国際 的リーダーシップをとる国」を望ましい順にみる と、同様にアメリカ(92%)、EU(80%)、日本 (73%)、インド(63%)、韓国(62%)、中国(51 %)、ロシア(43%)と続く。国際的リーダーシ ップという点においても、また、世界課題に責任 ある行動という点においても、アメリカ人が考え る望ましい国とは、民族的・宗教的にも近い国、 すなわち自国を除くと EU なのである。アジアで は日本が韓国・中国以上に評価されているとはい え、世界的には日本の評価は高くはない。アメリ カ人の考える日本は、アジアの中では抜きんでて はいるが、EU 諸国には及ばない、アジアの日本 ではあるが、世界のなかの日本にはなり得ていな い、ということである。②先にⅤ−4 で、アメリ カ国民の半数以上が信頼できる公共機関として教 会を挙げていることを指摘した。これは物事を判 断するときの基準にキリスト教が継続して無意識 ながら関わっていることを示すものであり、そう であるが故に、「信頼できる国」としてキリスト 教国が、具体的に言えば「世界課題に責任ある行 動をとる」、「国際的リーダーシップをとる」こと が望ましい国としてキリスト教国が挙げられてい ───────────────────────────────────────────────────── 8)重要度と信頼度をそれぞれ高い、低いに 2 分すると次表のように 4 つのセルができる。 セルⅠ(高信頼度、高重要度)については、形式的にみると「信頼度が高いので、重要度も高い⇔重要度が高い ので、信頼度も高い」、「信頼度は高いけれど、重要度も高い⇔重要度は高いけれど、信頼度も高い」が成り立 つ。しかし、これらのうち実質的論理的には順接の、「信頼度(重要度)が高いので、重要度(信頼度)も高い」 が最適と考える。同様にセルⅡ(低信頼度、高重要度)については「信頼度は低いけれど、重要度は高い⇔重要 度は高いけれど、信頼度は低い」、「信頼度が低いから、重要度は高い⇔重要度が高いから信頼度は低い」が成り 立つ。しかし、これらのうち実質的論理的には順接の、「信頼度が低いので、重要度が高い」が最適であろう。 加えて逆接の、「信頼度(重要度)は低いけれど、重要度(信頼度)は高い」も成り立つ、と考える。いずれの 場合も内容分析が必要である。セルⅢ、Ⅳについては調査結果がないので省略する。 表 5 重要な国(2015 年) アメリカにとって 重要な国 重要 どちらかと いえば重要 どちらかといえば 重要でない 重要でない わからない 日本 中国 韓国 52 55 41 36 33 42 5 5 10 3 4 4 4 4 4 参考 日本にとって 重要な国 重要 どちらかと いえば重要 どちらかといえば 重要でない 重要でない わからない アメリカ 中国 韓国 68.6 41.8 32.2 23.6 40.5 41.5 1.6 5.5 10.0 0.5 2.9 5.0 5.6 10.0 11.2 出典 (http : //www.genron-npo.net/world/archives/6002.html)。 信頼度 高い 低い 重要度 高い Ⅰ 日本 Ⅱ 中国 低い Ⅲ Ⅳ March 2017 ― 75 ―
る、と考える。アメリカ人の考え方の基軸にキリ スト教が潜在的に流れていることが、再確認でき た、と言えよう。③蛇足ながら言えば、アメリカ 人の考え方の基底には、キリスト教に加えて、政 治制度や価値観を同じくする国を望む特性が流れ ていることも指摘できる。
Ⅶ 結びに代えて
① 2 つの調査報告を中心に論を展開してきた。 第 1 の調査は、読売新聞社とアメリカの調査機関 「ギャラップ社」によるもので、そこにおいて、 「日 米 関 係 の 良 好 度、1970 年 代 後 半−1990 年 代」、「日本(人)のイメージ、1970 年代後半− 1990 年 代」、「信 頼 度、1970 年 代 後 半−1990 年 代」の観点から、第 2 の調査は、日米中韓 4 か国 共 同 世 論 調 査 で、そ こ で は、「信 頼 度、2015 年」、「重要度、2015 年」、「世界課題に責任ある 行動をとることが望ましい国、国際的リーダーシ ップをとることが望ましい国、2015 年」の観点 から、それぞれ、日本(人)に対する考え方・思 い・説明・知識を分析した。これがここで言う日 本観分析である。日本観は、多様な日本に対する 感情・意見・認識・評価といった内容を複合的に 包摂している多次元の概念であるので、多様な角 度から日本を切り取る必要がある。そうしないこ とには薄っぺらな単なる感想に終わってしまう、 からである。 さて、第 1 の調査と第 2 の調査とでは、方法も 目的も同じとは言えない。第 1 調査の「良好度」、 「日本(人)のイメージ」については日本のみが 念頭に置かれている、つまり日本(人)が直接対 象になっているが、「信頼度」については日本を 含む全世界の 20 数か国が念頭に置かれ、そうし たなか、「日本(人)をどう思っているのか」を 相対的に問うている。第 2 調査では、三問とも、 アジアの他国との比較において日本(人)を問題 としている。つまり、信頼度を除く第 1 調査は絶 対的な日本観を、第 1 調査の信頼度調査と第 2 調 査は相対的な日本観を、それぞれ捉えている。し かしそれは問題ではない。つまり、どちらが望ま しいのかは、その時々の分析目的によって異なる が、本稿では、どちらの日本観をも採用する。ど ちらもが日本観のある側面を言い当てていると考 えるからである。換言すれば、両者を総合したも の、総和が日本観なのである。われわれは日本観 そのものを問題としており、しかも日本観を説明 変数としてではなく、被説明変数と考えている。 ある特定のもとでの日本観を分析しているのでは なく、どういう状況のもとでの日本観であって も、それが日本観を論じている限り問題はない、 と考える。日本観は包括的な概念だからである。 ② こういう理解の下、アメリカ人の日本観はど うであったか、要約をしておこう。第 1 の読売新 聞社とアメリカの調査機関「ギャラップ社」調査 では、ⅰ)日米関係を良好と考えるアメリカ人が 多い。これは、多少の差はあるがどの時点につい ても言えることで、時間に制約されない日本観と 言えよう。ⅱ)日本のイメージに関しては、日米 関係が良好な時には、「好感の持てる国・強い経 表 6 世界課題に責任ある行動をとることが望ましい国(A) 国際的リーダーシップをとることが望ましい国(B) (A)アメリカ人が考える世界課題に 責任ある行動をとることが望ましい国 (B)アメリカ人が考える国際的 リーダーシップをとることが望ましい国とは とても 望ましい ある程度 望ましい 合計 とても 望ましい ある程度 望ましい 合計 日本 アメリカ 中国 韓国 ロシア EU インド 11 38 7 5 5 16 3 47 43 27 31 22 49 31 58 81 34 36 27 65 34 23 67 15 15 12 37 12 50 25 36 47 31 43 51 73 92 51 62 43 80 63 出典 (http : //www.genron-npo.net/world/archives/6002.html)。 ― 76 ― 社 会 学 部 紀 要 第126号済・金持ち」というメージが、逆に日本との関係 が悪化しているときには、「安っぽい製品・貿易 不均衡、信頼できない・卑劣」などのメージが前 面に押し出され、下村やジョンソンの指摘と軌を 一にし、日本に対してダブルイメージが持たれて いることが指摘できる。時間軸でみると、ときが 進むにつれて日本(人)に対するイメージが拡散 ・分散し、多様な日本(人)イメージが垣間見ら れ、日本観が複雑多様化していることもわかる。 ⅲ)日本への信頼度は、低水準で推移している。 中国の場合、比率・順位のいずれにおいても日本 以上に低い。形式的にはシーソーの関係にあると 言えなくはないが、断定はしがたい。ⅳ)第 2 の 日米中韓 4 か国共同世論調査では信頼度に関して 日本は、他の二国を断然引き離してアメリカ人か ら信頼されている。中国は、アメリカ人から信頼 されていない比率が半数を超え、「信頼できない」 が「信頼できる」を上回っている。第 1 と第 2 の 調査結果で若干の差異が認められる。これについ て項を改めて次の③で触れる。ⅴ)重要度に関し ては、日本、中国、韓国とも重要な国として意識 され、三者間の差は認めがたく、日中は同列とみ なされ、シーソーの関係はみられない。ⅵ)世界 課題に責任ある行動をとることが望ましい国、国 際的リーダーシップをとることが望ましい国に関 しては、アメリカ人が考える望ましい国とは、民 族的・宗教的に近い国、すなわち自国を除くと EU である。日本(人)は、アジアの中では抜き んでてはいるが、EU 諸国には及ばない、アジア の日本ではあるが、世界の日本にはなり得ていな い。 ③ 上で留保した、2 つの調査での信頼度の結果 の異同について検討する。異同の要因は 2 つあ る、と考える。一つは両者の設問の形式・内容が 異なっていることによる。これはよく経験するこ とである。つまり、Ⅴ−4 では「20 数か国のうち から特に信頼できる国を 5 か国」選んでもらった 設問から分析し、Ⅵ−2 ではアジア三国を比較し あう設問形式になっており、両者は微妙に問い方 が異なっている、からである。考えられる第二の 異同の要因は、調査時点による差異である。一方 は 1970 年代後半から 1990 年代にかけての調査、 他方は 2015 年の調査、つまり、時間差の差異で ある。 設問の形式がどうであれ、また調査時点がいつ であれ、いずれの結果も日本への信頼度を言い当 てていると考える。一方は正しく、他方が正しく ない、ということではない。両者を総合したもの がここで言う日本観だからである。 ④ ジョンソンが指摘した中国と日本とのシーソ ーの関係についてまとめておこう。彼によれば、 中国への信頼度、重要度如何が日本への信頼度、 重要度に大なる影響を持ち、逆も真である。この 仮説命題を重視するのは、これが検証されると、 日米関係は米中関係の影響を受ける、また、アメ リカ人の日本観研究は、アメリカ人の中国観研究 なしにはあり得ない、ということになるからであ る。そこで以下、先ずは信頼度、重要度をそれぞ れ個別に、次いで両者を関連させてみておこう。 信頼度については、Ⅴ−4 で論じたように欧州諸 国をも視野に入れてなされた 1978 年−1999 年の 調査では、日中両国はともに高くはない。もっと も、日中両国間を比べると日本への信頼度の方が 中国のそれよりも高いが。2015 年調査ではⅥ−2 でみたように、日本への信頼度は中国へのそれに 比しきわめて高く、アメリカ人の両国に対する信 頼度に差異が認められる。以上から、一方への信 頼度の高さが、他方への信頼度の低さを示すとい う関係がゆるやかながら確認できると言えなくは ないが、これは数字上・形式上のことなので、ジ ョンソンの指摘(知見)を肯定する結果なのかど うかについては、留保しておきたい。日本が信頼 されているから中国の信頼度が低いのか、中国が 信頼されていないから日本の信頼度が厚いのか 等々の理由づけを見極めるには先に触れたよう に、諸々の要因分析が必要であり、軽々に即断で きない、からである。重要度についてはⅥ−3 で 論じたように、厳密には中国の方が高いと言えな くもないが、両国ともに高く、日中間で差異は認 めがたい。これはジョンソンの指摘(知見)を肯 定する結果ではない。以上、日中間の関係を信頼 度、重要度の観点からそれぞれ別個にみたがどち らの場合も、シーソーの関係が、認められるとは いいがたい。 次に個別にではなく、信頼度と重要度との関係 性をみよう。形式論理的に言って、アメリカ人が March 2017 ― 77 ―
中国を重要と考えるのは、中国への信頼度が低い からである。つまり中国には信頼できない何かが あり−それが何であるかを追求することが課題だ が−信頼できないから常に関わっていなければな らないという意味で重要なのである。同様に、日 本を重要と考えるのは日本が信頼するに値するか らであり、日本を重要視せざるを得ない何かがあ るからであろう。問題はここからである。上述の 解釈を実証することが次の課題である。 すなわち、いま問うべきは中国への信頼度、重 要度と日本へのそれらとの関わりである。しか し、われわれに与えられているデータからは明確 な対応関係は読み取れない。両国間の関係を問う 設問がなされていないからである。したがって、 ジョンソンの仮説命題の検証はできない。留保し ておく。しかしこの仮説命題から多くの研究の方 向、課題が湧いてくる。重なる部分もあるが、以 下はその一端である。「アメリカ人は、中国を日 本と同程度、あるいはそれ以上に重視している が、信頼はしていないのはなぜか」、「状況が変化 し、アメリカ人が中国を信頼できるようになる と、中国を重視しなくなるのか。信頼できるよう になっても重視し続けるのか。信頼できるように なると、日本への重要度や信頼度はどう変化する のか」、「また状況の変化とは何がどのように変わ ることなのか」そして、「アメリカは日本を中国 以上に信頼し、重要視しているが、それはなぜ か」等々関心は尽きないが、今後得られるであろ う更なる調査結果のもと、要因分析に加えて歴史 的考察を行ない、上の命題の判断・解釈を試み、 改めてジョンソンの指摘・知見を問題としたい。 このシーソーの関係という問題提起は考察・分析 の出発点になる重要な指摘と考える。 ⑤アメリカ人の考え方の基底にはキリスト教が流 れていること、物事を判断するときの基準にキリ スト教が無意識に関わっていることが、重要な事 実として指摘できる、と考える。これは、最も信 頼している公共機関として教会が選ばれているこ とからも判断される。加えて信頼できる国として アメリカ人の選んだ上位 3 国は、いずれも宗教的 に近しいカナダ、イギリス、オーストラリアであ ること、さらには、「世界課題への責任ある行動 をとる国」、「国際的リーダーシップを発揮する 国」についても生態学的・民族的・文化的距離が 近い−たとえば、同じ宗教をもつ−EU が望まれ ていること、からも援用される。これは、無時間 的・遍在的アメリカ人の考え方で、宗教的・民族 的・生態学的にアメリカとは距離のある日本に対 する考え方(日本観)に跳ね返っていると言えよ う。日本が「アジアのなかの日本」にとどまらざ るを得ない所以である。キリスト教に加えて、ア メリカ人の遺伝子には政治制度や価値観などを共 有する国を好む特性が流れていることがわかる。 これは時代を超えて通じる無時間的考え方であろ う。 ⑥Ⅱ−3 との関連で言えば、アメリカ(人)の考 え方について次の事実も指摘されるべきである。 すなわち、排日移民法等に象徴される差別的法律 やそれに基づく在米日本人への人種差別的言動・ 対応は、1952 年のいわゆるウオータマッカラン 法 McCarran-Walter の成立を待って初めて、変化 ・改善の方向に歩み始めたわけである。この法律 によって、それまで認められていなかった人種へ の帰化が認められ、したがって在米日本人にも帰 化権が付与され、それに伴って在米日本人・日系 アメリカ人への対応も改まっていくのであった。 留意すべきは、こうした差別的法律やその考え方 の背後には、アメリカ合衆国憲法が、また、その 精神を体現したアングロ・コンフォーミティの考 え方やキリスト教に根ざす西欧至上主義が潜んで いる、ということである。第二次世界大戦後まで の日本観は、そのような考え方を反映した、時代 制約的日本観ということになる。その後も、往時 の影響はすぐに消えることはなく、当分の間混在 しながらも、多文化主義的な考え方が徐々に主流 を占めるようになり、やがて徐々ながら人種差別 的言動や振る舞いは表に出なくなってきている、 と言えよう。 ⑦ここで紹介した国際規模の量的な調査は、誰に でもできる調査ではない。大きな組織や機関が大 量の人員・資金を導入して初めて可能なのであ る。国際親善・国際理解のためのみならず、国際 政治や国際経済の視点からも、この種の調査は必 要である。定期的にこうした調査がなされる工夫 が国際機関・国際社会に求められる。 ⑧最後に指摘すべきは、ここでの関心は調査結果 ― 78 ― 社 会 学 部 紀 要 第126号
の報告・分析にあり、事実間の要因分析ではな い、ということである。もっとも、日中間の重要 度、信頼度を巡って、多少深追いしたきらいは否 めないが。今後要請されることは、事実間の関連 およびそれらの時系列的変化の背後に潜む要因分 析をする、ことである。換言すれば、なぜある時 期にある日本観ないしは中国観が懐かれているの か、その底流には何が隠されているのか、という 考察の分析である。日本観は、アメリカや中国を 始めとする国際政治や国際経済の動向、つまり国 際関係の関数であるからである。複雑な国際関係 ・相互作用を視野に入れてはじめて要因分析は成 り立つと、考える。これが次の課題である。 March 2017 ― 79 ―