介護保険法は社会保障「構造改革」の第一歩として登場し、従来、非営利原則で行われ てきたサービス供給主体に営利・非営利を問わない法人の参入を認めた。介護保険法の下 で介護サービス提供主体(サービス事業者)は、原則として都道府県知事(地域密着型サ ービスの場合は市町村長)の「指定」を受ける必要がある。「指定」の要件として定められ ているのは、サービス従業者や施設・運営に関する「基準」を満たしているほか、申請者・
開設者あるいは役員などの欠格事項を除けば、「法人」であれば開設が可能である。したが って、介護保険のサービス事業者には、介護保険三施設を除いては多くの営利法人、NPO 法人が参入をしてきている(巻末資料表 1)。営利法人や NPO 法人のなどに参入の道を開 いた狙いを、介護保険制度創設にかかわった元厚生省介護保険制度実施推進本部事務局長
(1998年当時)の堤修三氏は「サービスの量を拡大するとともに、多様な主体の競争によ るサービスの質に向上も期待してとのことでした1」と述べている。
多くのサービス事業者の経営状態や、労働者の賃金および労働条件を含めた労働環境に は国が定めた各種制度・基準、そして介護報酬が決定的な影響を与えている。介護報酬の 影響からくる介護従業者の低賃金・低労働条件は、認知症対応型共同生活介護を含めた介 護現場の職員の高い離職率・人材不足に結びつき、社会問題になっていることは周知のこ とである。
以下では、介護保険サービスのなかで多くの営利法人が参入を果たしている認知症対応 型共同生活介護事業を取り上げる。認知症対応型共同生活介護は、小規模で人手をかけて、
一人ひとりの生き方、自己決定を尊重して日々の生活を送ることが認知症に効果があると され、高齢者ケアの「切り札」「認知症高齢者の切り札」としてかけがえのない役割を担っ ている2。
一方で、介護保険法施行後は「営利化」の象徴と言われるほど、この事業には多くの営 利法人が参入し、その数も急増した。反面、急増した認知症対応型共同生活介護事業所の 中には「質」の低いものもあり問題になっていた。そこで厚生労働省は認知症対応型共同 生活介護の指定基準の変更・規制強化を行ってきた。規制の強化については、2001年4月 に単独の認知症対応型共同生活介護の建設を住宅地に限定、かつ、ユニット数の上限を 3 とする、2002年4月に管理者と計画作成担当者に事前研修を義務付け、さらに同年 10月
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には外部評価を義務付けた。2003年4月にはユニット数を「1又は2」とし、夜間および 深夜の時間帯の勤務は宿直または夜勤は1の職員が他のユニットを兼務する場合、2ユニッ トまで、そして併設施設との勤務は認めないといった規制強化を行った3。これらの規制強 化はサービスの質のばらつきを指定基準の強化により担保しようとするものであった。
表2 認知症対応型共同生活介護事業の指定基準強化の経緯(1999年~2007年)
年月
1999年9月 指定基準の改正によって、個室義務づけの上限が5ユニットとなる。
管理者を認知症介護3年以上の経験者とする。
2001年4月 単独型認知症対応型共同生活介護事業所の建設を住宅地に限定する。
ユニット数の上限を3とする。
2002年4月 10月
管理者と計画作成担当者に事前研修※を義務づける。
外部評価を義務づける(毎年1回)。
2003年4月 共同生活住居(ユニット数)の数を1または2とする。
宿直または夜勤は、1人の職員が他のユニットと兼務する場合、2ユニットまでとする。
また、併設施設との兼務は認めない。
2004年4月 認知症対応型共同生活介護事業所の計画作成担当者のうち 1人以上は、介護支援専門員 の資格がある者とする。また、介護支援専門員は、介護支援専門員でない計画作成担当 者の業務を監督する。
2006年4月 地域密着型サービスに移行。
指定・監督権限は都道府県から市町村に移譲。
「運営推進会議」(おおむね2か月に1回)開催の義務づけ(小規模多機能型居宅介護事 業所と認知症対応型共同生活介護事業所)。
夜間および深夜の勤務は原則夜勤へ変更。
開設者向けの研修の義務化。
2007年6月 275㎡以上の対象施設にスプリンクラー設置を義務づけ※※。 すべての対象施設に自動火災報知設備と消火器の設置を義務づけ。
すべての対象施設に消防用設備の際の消防機関の検査の義務づけ。
定員10名以上の施設に防火管理者の選任の義務づけ。
〈消防法施行令の改正〉
※ 必要な知識と経験を持ち、認知症介護実践研修(実践者研修)修了者。
※※ 人員体制や建物設備による代替策あり。
出所:山井和則『改訂新版 グループホームの基礎知識』(リヨン社、2003年)、山井『改訂新版 グルー プホームの基礎知識』(リヨン社、2008年)等を参照に筆者作成。
急増する認知症対応型共同生活介護事業所に対し、後追いの形で厚生労働省は規制の強 化を行ってきた。しかしながら以下のような人の命が奪われるような事故・事件が生じて いる。
認知症対応型共同生活介護で生じた事故・事件は加害者および一事業者の責任のみで済 まされることであろうか。本章では、認知症対応型共同生活介護事業所で生じた事故・事 件と介護保険法、認知症対応型共同生活介護の制度・各種基準との関係で事故・事件の検 証を試みる。
55 第1節 認知症対応型共同生活介護の概要と施設基準
認知症対応型共同生活介護事業は、高齢者ケアの「切り札」、福祉施策の象徴として登場 し、認知症高齢者やその家族、ケアのにない手たちからも大きな期待を寄せられていた。
認知症対応型共同生活介護は、1970~80年代にかけて、スウェーデンをはじめとする福祉 先進国において、そのケアの形態やケアの方法が認知症高齢者の症状の緩和に結びつく可 能性があると研究・実証を行ってきたことに端を発する。わが国では1990年代初めに登場 し、1993年に「痴呆性高齢者向けのグループホーム」運営が実験的に行われ、1994年厚生 省(現・厚生労働省)のモデル事業となっている4。1997 年度に「痴呆対応型老人共同生 活援助事業」として制度化され、2000年からは介護保険法(以下「旧介保法」)に規定する 居宅サービスの一つ(「痴呆対応型共同生活介護」)として位置付けられた。2005年の介護 保険法改正(以下「2006年改正介保法」)により2006年4月から新設された「地域密着型 サービス」として位置付けられ、それまで都道府県が実施していた事業所の「指定」・監督 権限が市町村に移譲されている。
(1)2005年度までの認知症対応型共同生活介護事業の制度と施設基準
認知症対応型共同生活介護の基準は「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営 に関する基準」(平成11年3月11日厚生省令第37号)(以下「旧基準省令」)および「指 定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準について」(平成11年9月17 日老企第25号)(以下「旧解釈通知」)等に規定されていた。
旧基準省令は、厚生省(当時)の旧解釈通知によれば、「指定居宅サービスの事業がその 目的を達成するために必要な最低限度の基準を定めたものであり、指定居宅サービス事業 者は、常にその事業の運営の向上に努めなければならない」としている。この規定は、指 定地域密着型サービスに移行した現在でも変更はない。
① 事業所の指定
介護保険法の下で各種サービスを提供するためには、都道府県知事または市町村長によ る指定を受ける必要がある(旧介保法70 条2項)。都道府県知事による指定居宅サービス 事業者の指定は、厚生省令(当時)により、居宅サービス事業を行う者の申請により居宅 サービスの種類および事業所ごとに行うこととなっている。
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指定要件は、①法人であること、②旧基準省令で定める基準に従い旧基準省令で定める 員数の当該指定居宅サービスに従事する従事者を有していること、③申請者が旧基準省令 の基準に従って適正な居宅サービスを運営すること、である。
② 認知症対応型共同生活介護の基本的概念
旧介保法において認知症対応型共同生活介護は「要介護者であって痴呆状態にあるもの
(当該痴呆に伴って著しい精神症状を呈する者及び当該痴呆に伴って著しい行動異常があ る者並びにその者の痴呆の原因となる疾患が急性の状態にある者を除く。)について、その 共同生活を営むべき住居において、入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世 話及び機能訓練を行うことをいう」(旧介保法7条5項)とされていた。
③ 人員基準
認知症対応型共同生活介護事業所に配置されるスタッフは、介護従業者、計画作成担当 者、管理者が必置となっている。
事業所で生活介護にあたる「介護従業者」は特に資格の定めはない。「介護従業者」のう ち「1人以上は常勤でなければならない」(旧基準省令 157条3 項)とされているものの、
常勤換算方法で日中は「当該共同生活住居の利用者の数が 3 又はその端数を増すごとに 1 以上」、「夜間及び深夜の時間帯を通じて 1 以上の介護従業者に宿直勤務又は夜間及び深夜 の勤務を行わせるために必要な数以上」(旧基準省令157条1項)とされた。加えて「夜間 及び深夜の時間帯において宿直勤務又は夜間及び深夜の勤務を行う介護従業者は、利用者 の処遇に支障がない場合は、併設されている他の共同生活住居の職務に従事することがで きるものとする」(旧基準省令157条4項)、「同時に職務に従事することができるのは、最 大でも2つの共同生活住居に限られるものである」とされていた5。すなわち、認知症対応 型共同生活介護事業の「介護従業者」の人員配置基準は、日中は利用者 3 人に「介護従業 者」1人以上、夜間及び深夜の時間帯は2つの共同生活住居(ユニット)18人の利用者に 対して「介護従業者」1人以上でよいとされている。また、夜間及び深夜の時間帯に勤務体 制は、「夜勤」または「宿直」のどちらでもよく6、介護従業者の雇用形態は正規雇用か非 正規雇用は問われていない。
その他、「必要な知識と経験を持ち、認知症介護実践研修(実践者研修)7を修了した」
計画作成担当者を配置しなければならない。計画作成担当者は、共同生活住居が 1 の場合