奈良教育大学学術リポジトリNEAR
鶏に寄生する有輪条虫の生活史
著者 澤田 勇
雑誌名 奈良学芸大学紀要
巻 1
号 3
ページ 235‑243
発行年 1952‑03‑20
その他のタイトル On the Life‑history of the Chicken Cestode, Raillietina cesticillus
URL http://hdl.handle.net/10105/5181
−2持−
鶏に寄生する有輪条虫の生活史
澤 田 勇(生鞭学汝等r)
(1r,.71年 P 月 2 日 受在り
日 次 1.緒 言 2・利料及び研究方法 3.実蝕成増
】)片節の生野 2)六助幼虫の形嬰 3)鞍蜜尾史の感竣賓諭
4)ヨツボシコミズギワゴミムシの棲意放言 と片粁落下との関係
5)厩嚢尾虫の形態 G)鶏への感染試傲 4.論 議 5.摘 要 6・文 斬
1 楕 言
有精条虫属が地軸霊Ce∫山肌の(MりI.IylS調)㍍鶏 を国有宿主として、世界的に蔓延しているので、生活 史に関しては多数:1学部こよ㌢て、詳細二研発され、
既にその中間宿主として10蘭35啓に㌢いて託鼓さ れてをり、その研究者、年代及び軒問宿三に第1裏主 云す通りである。本邦に於てむ有井虫は大尉訂処く−鶏 舎の鶉糞上にも排旦片節がみられ、そC酷朕片肌よ独 特′?蟻動運動を行い、片節自体も化C条虫に比して大 きい為、几草加勺我々の眼にとまり易く、鶉/、の賢年率 も可1り高率てあるので、椙主てあろ鶴にとつてに有 害であるにも拘らず、その中間福主の梗索は二全く未解 決である。かかる点から才条虫二二中間栢主を枚哀し、
それを儲滅することにより賽〈の悪梁を防・:孝l∴、今 後の養鶏上大きな匡敵だあると考え、HHH年4月 からrl月までの ヶ月芯にわたって本芽虫ら片Fに生 態を明らかにすると共に、その生活史にていて百㌢テ二 研究である。研井実施に際して竺教室の岩田正桁モ士 から絶えず卸熱心なる往け導を戴き、叉材料を得三陸 官を与えられテ二嘉真厚真菜詳放揚々長原徴兵、血口に 同場養怒主任藤間技師の3氏に対して厚く感謝の意を
表十るものてある。
2 材料及び研究方法
望敗㍉偵濁し仁万艮県農業訂験場の鶏舎は京北端の 鶏舎で、両性は運動場を距てて次省鶏舎が‡>仁、北、
芳雄11こ水田、西伊は憎に画している。この−一棟の焉舎 ほ】号から7号予てあり、1号にはl fI51年3月糖 化の白色レデホンの筑カニF数十羽餌苦中てあるにて、
こC「室:ま昔年して2号から7号まてのG窒Cつ妃舎ら運 動場二璧息している昆虫許を打藁してきた。このり窒
(つ我舎には1亡14r一年2月衝化Cつ巨色レグォンう五肯 してもった。連動場LT土質に豪富欝約10日i〕に相等 柁L二大きい川田ナ弊いてあり、そこ二下酎ま鞋土質の壌 土である。これらし二薫舎には看軽条虫 つ落下片節が転 じて多い。両も運動場に箔ちた鶏糞を食べる為に孝数 n昆虫汀が聾息している。この多数CTノ昆虫賢のうち比 軋虻多く見更けられるハトビイロシワアリ 二五五甜 γ−
fi〝JICこげゆJ加JりOCOIJ¶TI刑1日旭,オオバリアリ ガ1¢0・
12ビJ・コ∫㍉正邪五7F.SJIIr−11ら コツボシコミズギワゴミムシ 丁α九四Jぼ巧杭湖]以甘いら ≡「ツポシミズギワゴミムシ 艮彿杭叛け 拙W盈五ゴ(長打ら キアシ ハサ ミ ムシ glめ0γピ11詔 し7毎ど∫ SIrIRAKI,クロマルマケ ソコガネ 0〃絶叫力叩/∫ 加ピγ1V∴T】1Rlエリr期H+(つ6種を採集し てきて、そC二載胚をつJ:し鋸畠鏡を仮曹して本葬且の 鞄靂屋虫つ自然感染の看㌣き調査した杖果、腔染がみ られテ二の∴コツボシコミズギワ=ドミムシ1種たけで、
軋C15種はいづ九も鮮度点てあった。該赦嚢屋虫の形 態,t・観察すると同時に、そC発育迂程をも敏察した。
他方人工だ染試験としてトビイロシワアリに飯域と幼 生を共に先君ぴんに入れ、有韓条虫に片節を与えた処、
片亘をくそっ∴て巣に違∴二桂子カ1見られたが、感染試験 に陰皆二:二終った。
鶴ト、q感染実験誌コツボ/コミズギワゴこムシr虜 粕勺こ白だ悪染していた扇懸垂屋虫を、斉条虫に感 染しないようにして飼育中のE色レグォンの雛に試食 させ、15日と20日1封こ放つ/」沢を玩持して看甑条 虫の感染の有無をしらべた。
奈良学芸大学紀要 算1巻 節3号・1圧通年(昭和三7年)3月2し咽
‑2HP, ‑ 鶏に寄生する有輸条虫の生活史
隼1表 有輪条虫の中間宿主につV、ての研究歴 研 '‑f. 昔
Auく}:町J‑ E.
Ei.oisf, CE.et M. FJ。KES Mjrna L.
Cansky, O. R.
Joniw. M. F.
Wetzkl ".
AuてERT, J.E., A.A.
Cask, et W.M‑ Rf.ii‑.
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Ac'KEET, J.E., et A.A. Case
Au廿蝣:rt, J.E., W.M.
Rkit, ち A.A. Cask
JoyEU二てet J.G.Beafも
HA王乙WOOD, P. D.
H。蝣BSFALl,, M. W‑
LuTTERl工OSF.R, G‑W.
百・r ‑*: 年
1 9 1 8
1929
1 930
1935
1036
1938
19 38
1 9 3 8
19 38
1 0 3 8
1940
中 間
Musca dome.∫tica Anisotarsus terminatus Choeridium histeroides Selenophorus ♪edicularius Stenophor us ♪ediwlarius S. ova Us
Amara (Am.ara) sp.
Cratacanthus dubius Calanthus erralus
amb iguus C. fuscipes Carabidae
Amara basillairs
宿 主
Amara Cratacanthus Harpalus
Pterostichustorvus P.♪ermundus P.(Anaferonia) Amaraobesa A.latocolh A.muscula A.fallax A‑basilaris
Anisotarsussubriγens Chlae乃iustomentc∫u∫
Anisodactyiusruticus Harpaluspennsylvanicus Anthicusfloralis
Alphitophagusbifasciatits Aphodiusgranarius
㌢iboliumcastaneum)ra(j,uit¥
c。nfusum1
Triboliumcastaneum),,, T.confusum)^adult及びIarva) T.
3 責 駿 成 績 1 )片軒の生襟
排催され/l=片節は単独片節は少く4‑5片節が連憤 しているものが多いO上戸独片節又は2片節位の達緯し たものが排漉される場合は、条虫が宿主である鶏の小
陽中に感染して初めて老熟片節を分離して落下される 頃、即ち条虫が感染してから間もない時代のものであ り、離脱虐清片節の方は条虫が小腸に寄生して幾回も 老熟片節を落下させた老条虫の場合に多く見うけられ
る。 1回に排漉され7=連梗片既塊の数は宿寺に寄生し ている右転穿虫GT/数の多寡によって異り、普通では5
汽 田
〜6塊であるう二、多い時には25塊に達したこともあ
った二。
落下した片節:よF一頭の嬬動運動を行い、鶏糞の表面 を燕方向に這いまわるものもあり、又親糞の表面から 砂粒上に這ってゆくものもある。この運動の餌方向性 についてRR叫ArJⅢ1RT,C朋Il等も光、熱、重九二謁 しては何らの趨性も云さないとのべている。
D 俸1 誓言 A〜F 離脱片節の連 夢枕態 ×6
A〜C 前端部を伸張する順序
Ⅰか〜P 後端部を堰偏する順序
運動しつ方向は新らしい′号、離直即ち詰酌に近い方向∴
先づ伸張オ起り (第1回A)、それが段々nひて(閃 お,C)、後端部を前に引きつける(Er),E,PJ。而 して片節カ:収縮した時(図A,F)は片節と片南との 境づ:不明了になり、宛も一片節の如くに見えるが、仲 弓哀すると昌一節と片節坊両側Cつ鼻に於て、前方節も役方 節をおおって鋸濠状になっている処カ、見えてくるので、
片節の境がやや明かになってくる。片節の連動鮮経略 問誌多くは落下後3(1分乃至1質問にてあるか、目陰 て鶏糞が早く乾燥しないような時には、5時間以上も 運動を継屈するものもある。連亘れう二中止すると、間も なく達感冒一節lに各片節il二分癒して1片軌づ㌢球形に収 縮する。落下直後の片節は一触二乳昌色をして不通窮 であるが、運動を中止して球形になった暗にに通訳に 近い真餅色に変る。
2) 六的幼虫の彰媒
落下した老熟号拝め中には多数C卯嶺う二入っている。
卵嚢誌片節をスライドグラスCつ上:二Cつせ、カノミ←グラ スをかけて少々日三を加′Lると、片節う二一部分放れてそ こから外部に続出してくる。令卯嚢中にここ1個づつ六 鈎幼虫に発育した卵が入っている。(第2図A,お,C)
ー23丁−
舞針司 二六鈎幼虫の稽類 ×500 Å 半歳見られる六釣幼虫 上j.C・敵失はフィラメント陳
突起を持った六釣幼虫 n・六的幼虫の中央鈎 ×750 E・六釣幼虫の槻鈎 ×750 六拘幼中は4枚の卯隈につつまれており、その卵膜 n形態こより」瑞として払形C∵事もあり、隠円形のこ ともおる。最外部二第 隈は且毎日t凹凸かなく、92
−119×72−108〝てあり、第2隈、よ相当に凹 凸力二あり、84−04×64〜83〃、第銅莫誌52
−61×48〜51〝、第4隈は中央に存在する六釣
−2諦・.→ 乳こ寄生する有給条虫の生活史
幼虫に接近して処々附弄している処もある。卵の中の あるも〔つてに中一矢Cつ大助幼虫から書象艶に第3隈と第 4隈との問に奴の様なもClこう二軽Uている尊もあり(第 2図B)、又第3隈と第4隈との問にFilamをnt桜のも のか存在していることもある(第2広く一フ)。
六釣幼虫は外隈の大小、形態には大して誕併なく大 部分執形又はそれに近い形姥していて、大什31〜3 5×38〜4針 あり、中心より僅かに偏した外僻に 6個の鈎がある。(第2図口、E)。中央の2本の鈎は2 1〟て細長く、比較的其直ぐて中攻部か位かにふくら んている。他の4本の釣は中東鈍r左右に2本づ㌢位 置し、そCつ長さは17〟で中央釣に比して稗々太短く1 屈曲う甚だしい。6本C鈎は六銑幼虫力生きている 問は経怪なる運動を行って中央に焦ったり、片辺蕾に 移動したりしている。
3) 擬膏尾虫の感染雷駿
=)擬衷犀虫ロコ然感染率し農業試験場の鶏舎より
採集したトビイワシワアリ、オオノ、リアリ、キアユハ サミムシ、クロマノニここ:/−マコガ字、コツボシコミスギ ヮゴミムシ、ヨツボシミズギワゴミムシの6軽こて=い て有駐条虫 つ撹蛮声虫の感染C有無を謁蚕した結芹、
コツボシコミズギワコミムシの振船中にCみ転薗F虫 が感染していた。 トビイローシワ7円∴=日日年4月 28日より6月2j予てと、8月22日からl tI月5 日までの2酎こわたって嵐嬢]735正、教生823 頭、計2558豆亡を調香したか本分虫の振替屋上封lこは 黙感染であった。
又コツポシミズぎワゴミムシはヨツポシコミブギワ
ゴミムシに矩似した昆虫であるか・、その匪脱色に㍍凝 東屋虫にみられなかった。
コツがシコミズギワゴミムシは1日51年6月1日
より拝集を初めたが、7月20日を堤にして段々覚書 の中から姿を捜し、8月に入るキ鶏舎中には程んどそ の姿は見られなくなり、10日以後は、全く見ること が出来なくなってしまった。
この虫は湿把を好み、乾旗した処をきらう持て、日 中は弟舎内互運動場J Lめった川砂の中に壁′已してい るう二、枚乾は地上にはいてて、砂上に鶏糞と共に落F している粗脱片節を会して生活している。1r〉51年 6月1日より7月31日までの2ケ月間こし2針荘採 集し、その ち擬衷巨良つ已然感染力、みられたのに4 5頭で、感染率法36%であった。筒擬森羅虫の感染 状腰は第2豪、第3宏に云す通りであこ。
節2表 ヨツボシコミズギワゴミムシの感染頭数
屏3図 コツポシコミズギワゴミムシの感染欺腰
即ち成封擬襲序虫つみ.単如こ感染していた場合が 1】正、成勲、幼両按東屋虫力量按感染していた場合 カニ11頭、幼顔東屋虫のみの単謝感染力二23頭であり、
敦擬嚢屋虫で発育程度は様々てあった。
(2) 擬諺犀虫のトビイロシワアリへの人工感染 試験。l p51年4・月28日より7月5日までの間に 本条虫とは全く匪係のない野外に棲息していたトビイ ロシワアリの傲曙と幼生を採集してきて、標本瓶に入 れて飼育した。Aグループには右転条虫の賃節を5−
6塊ちつ入れてやった。すると間もなく飯蟻がよって きてH節肯くあえて巣に持ち運んだ。月グルrプには 片節をスライドの上てつぶして六釣幼虫をだしてや 信その上に砂糖水を1滴カけて与えた。観はその甘 い液体をなめそ為に多数夏合し、甘い液と共に六釣幼 虫をも堕食してしまった。かくしてしばらく経て各ゲ バ・←ブ壷にトビイロシワアリ及び幼生、姉をつぶして 枚長したが感染試臥.∴第4表に元すようにすべて陰性
男 −239−
lr終った。
第4衷 トビイ「シワアリの人工感竣試験
4) ヨツボシコミズギワゴミムシ¢棲息状況と 芹節落下との嘲係
1P51年(;月1日より7月20日まての問に、第 舎内の運動場のJ服頼少し滑りおこすと、何処にもヨ ツボシコミズギワゴミムシを見ることが出来た。そし て一一方有措友虫こつ落下片節も多数鶏糞の上にみられた0 即ちコツボシコミズギワゴミムシが本条虫の脛嚢犀虫
に盛染し、それを鶏ノう:ついばんで本条虫に感染した為 相関的に表象虫二つ寄生も多くなり、片節を到る処で落 下させたつてあらう。然るに7月下旬になるに随って コツボシコミズギワゴミムシは段々みられなくなり、
8月10以後どの鶉舎内にも全くそCつ姿を見ることが 出来なくなってしまった。これと平衡して肴輪条虫の 落下片節〇数も段々減少していったが、それ以後片節
(つ落下を注意してみると、全く見ら れなくなったのではなく、時には見 かけることもあった。
5) 擬濃尾虫の形膿
(1)擬楽屋虫の発育過程。六鈎 幼虫がコツポシコミズギアゴミムシ の腹胚内に入ると(第3図A)、先 ずその周囲にあった4枚の卵隈が消 失し初め、遂には六鈎幼虫の両端に 隈の痕顆を残すにすぎない状態にな る。内部の6個の鈎はその音ゝ存在 し、六釣幼虫時代には見られなかっ た油滴様粒子が周辺部に生じてきた が、六釣幼虫自体の発育はまだ初ま っていない。
次いで六釣幼虫は発育を初め(第
_一一2 3[即j)、その浮標を増加して大
雷
節3週 擬菓宅虫の頚育順序
.t.即脾の治夫し初めた六的幼虫 ×GOO R.療育を初めた撮東尾虫 ×120 し∴随円形になった擬嚢臨虫 ×60 D.妨肉屋の生じ初めた拐嚢尾虫 ×60
1.:先端の項起物 2.筋肉面
E 競壌尾虫の先瑞に生じた突起 ×鳴0
さ20只×224付となり、六鈎幼 虫時代の大さ31〜35×38〜
46〝に比較:すれは非常に大きくな り、内部には油滴様粒子が智につま せ っている。鈍は末だ残っているが、
卵隈は消失して見えなくなっている 外皮は非常に弱く、少し圧を加える と破れて内部の油滴様粒子が外え流 出する。それ以後しばらくは単に守 積を増大してゆく(第3図C)のみで、形態的には大 した相異は現われていない。ただ円形であったものが 精々楕円形になったに過ぎない。その大さは32ノo x
246付となったが、依然として鈎が残当しているの が見られた。ついで最外部に薄い透明隈が形成され
(第3図0)、その内側は棺々透慨で、内部の未完成の
ー・・封【・
鶏に寄生する有輪条虫の生活史筋肉闇と銀歯状に接しており、一方に僅かな突起(第 3図l)・1及びE)が形成されてくる。この突起の処か ら成軒擬嚢澤虫にみられる陥人が初まるのである。而 して内部の油滴様粒子はメこきくなり、粧嚢躍虫全体は
;156×485/上のメこきに発育してくる。この段階ま で発育するともう釣は消失して全く見られなくなる。
B 箔 4 図 A.成黙拐東尾虫.x120
1.外包隈 2.筋肉層 3.縦走節 4.翰走筋
5.内襲体 6 沈降石衣顆粒 7.額噴
B・擬嚢尾血の餌境の鈎の配列欺憩ニ ×1300
(3)取成熱擬嚢屋虫の形態(第4図)。ヨツポシ コミズギワゴミムシに感染していた有醍条虫の擬索尾 虫(第4図A)は、群裡267−33施、縦裡32
7−498〟で隋円形のものが多い。重体部の軒端に は正中踵に沿って方形条虫にみられると同様に、陥凹 した細い間隙があって嚢壁を左右に区劃しているが、
間際は余り深く入り込んでいない。後端部には陥凹は なく、又尾部の如き附魔物もみられない。
嚢休部は内外両蛮性部よりなり、周辺部を形成して いるのは外嚢体で、その外部には厚さ的4!上のクチク ラ様の透明な薄い外包隈(図1)があって全体をおお っている。外黄体は3層からなり、外層は稗々不透明 な筋肉層(図2)で中層の縦連筋(図3)と鋸歯状に
接している。内層に直接内襲体と接する処で、厚さ2 4〃の輪発航(図4)で、中層の縦走筋との接着部は 黒味を賭び、前端部では4〟でその巾やゝ薄く、後端 部は19〝で厚くなっている。而してこの輪建都は前 端部王中縁に沿って嚢休部の中に陥入している。
内襲休に(図5)は周辺部に沿って大形の沈降石灰 顆粒(図6)が散在しており、前端部の陥凹野際の両 側迂不透明で暗黒色を呈しているが.中央部は透明で 沈降石灰野粒はほとんど存在しない。内装体の縦樫は 310/A、顆樫は268/上である。吸盤は見えないが、
額竃(図7)は非常に大きく、中央より栢々前端の方 によった処に位置し、絶えず伸縮している。而してそ の額勘こは約10〝の小鈎が2列に並んでをりその廓 メこせるものは(第4図月)に元す通りである。
G) 鶏への感染試随
1951年8月5日、4頭のヨツポシ コミズギアゴ ミムシの睦陸内に夫々7.11、8、6匹の成野擬薬 屋虫が感染しているのを発見し、その成野擬贅昆虫を すばやく飯粒につけて、1951年.7月10日貯化の 4羽の白色レグホンに試食させて、外部から昆虫野等 が侵入しない様に注意して飼育したoNo・1・虹・2の 2羽の鶏は15日後の8月20日、ぶb・3、Ⅳ0・4の 2羽は20後の8月25日に苛殺して小腕を切開して 看輪条虫の感染の有無をしらべた結果は第5表に元す
通りである0
俸5表 籍への感染試験結果
誓蔓義還雷蒜醸 票 針 惑孟
∬0.1 7 1両 票 鉢 %
Ⅳ0.2 ll l 15 憎 悪擁 ヲ石 No.3 8 回 6 卜0ク右
Ⅳ0 4 ‖ 中 日 鋤
即ちNc.1_の鶏には4匹の成熟有給条虫と、1匹の 耽条虫とが寄生し、Ⅳ0.2には7匹の成条虫と2匹の 幼条虫が夫々害生していた。5日間長く飼育したⅣ0・
3とⅣ0.4の鶏には夫々61匹、4匹の成熟有精条虫が 寄生していた。4羽〇平均感染率は73・8%であっ
た。荷4羽の対照鵡はいづれも無感染であった0 4 輸 磯
(1)奈良県幾業試験場内の弟舎には多数の看輸条 虫の落下片節がみうけられるので、この来合の鶏が宥
沢 田
幹条凛の寄生を受けていることは事実である0そこで 本条虫つ鶏′、の。黛染としらべる鴇に、先す慕初トビイ ワシワアリをも象として、1951年4月28日より 9月25日までの間r傲曙1735辞、幼生823頭 の自然感染を調奄したが、有給条虫の梶事罠虫の感染
は全くみられなかった。
最初トビイロシワアリを調奄した理由としては欧米 諸国に於ては本案虫の中間宿主として鴫野は末だ1種 も報告されていないが、4月頃の比較前賢温の低い季 節に鵡舎内でよく目にとまったのは.このトビイロシ ワアリであったからである。又調蚕に玄ナ1生をも対象と したのは、方形条虫では励域の脚即]には成野澤牽昆 虫のみ発見され、擬襲屋虫への発育途中のものはみら れない。即ち擬嚢晃虫の発育は喋が幼生に六釣幼項を もった片鞘を与えることにより、幼触り体内に感染し、
その体内で嬢が絹を繹て成体になる問に成熟財嚢犀虫 になる上されているので二本条虫に於ても同様な過程 を紆るかもしれないと考えたのでかゝる観察を行った。
更に上記の事輿を詳細に検討する為にトビイワシワ アリに窯寸して人工感染試験を行ったのであるが、すべ て陰性に終った。以上の尊宅からトビイロシワアリは 有輪条虫の中間宿千にはなり得ないでもらうと思われ
る。
(2) コツボシコミズギワゴミムシの採集を初め たのは6月1日以後で、調奄の結果自然感染率が36
%という相等な高率を元しており、他の5種の昆虫問 はすべて卿感染であったから、該昆虫はこの鶏舎に於 ける宥隙条虫の有力な中間宿主であるはずであり、4
月下旬鶏舎内をよくしらべた時にも多数の看輪条虫の 排潤片節カ:みられたのであるから、恐らくこのコツボ シコミズギワゴミムシカ:その当時より鴇舎内に棲息し て、有愉条虫つ感染を媒介したのでもらうが、6月1
日以前の棲息状態並びに感染の有無を調奄しなかった ので.何月頃よりこの鶏舎内に侵入して来て、本条虫 の擬藤尾虫に感染するかをしらべる必要がある。
(3) 本研究に於てほ看拓条虫の擬嚢昼虫の発育過 程をしらべるのに.コツボシコミブギワゴミムシの腹 脛内に自然感染していた擬嚢昼虫のみを観察したので あるが、これでこよはっきりした発育段階をつかむ尊は 出来ない。そこでコツボシコミズギワゴミムシに本条 虫の片節を試食させて人工感染を行い、片節を試食さ せてから一定時間の間隙をおいて、本昆虫の柱夏畦の中 を調奄することにより、順を迫って本条虫の厳寒昆虫 の発育過竃をしらべる必要がある。
(4) A ▼重民・r は本条虫の中間宿主の1つとして イエバエ励∫cq か′捌転コ を悪戯しているが、この
−241−
実験に於ても方形条虫の場合と同様、専らノ、工怒梁の みで自然薫染レつ方はやっていない。貰艮試験場内の鶏 舎打鶏糞つ上にも極めて多く∩イエバェ、シマノくェ、
ギンノミェがたかって糞をなめている。このうちイエノく ユ、ギンバェ25聾を採寛し、その時匿内を調奄した がすべて卿感染であった。併しこの難舎には考数のハ ェカ:いるので、徹牒的に感染の看軍を調査してみる必 要がある。
(5)コツポシコミズギワゴミムシは1951年7月
下卿こなって段々減少してゆき、8月に入ったら鶏舎 内から全く婆を没して〔まった0この預由としてす昆 虫昔湿地を好んで棲息しているnで、今夏の様に異例 的な日照りが領くと運動場の砂地が乾燥し、そCウ為に こゝには生活し当棄なくなってしまったのであらう。併 しこれに関しては今少し検討する必要があるで、上記 の尊宅を以ってすれば、有給条虫の感染を媒介ずるヨ ツポシコミズギワゴミムSの撲滅をはかる為には、動 遷場の土を出乗るたけ湿らさぬ様に堪えず乾燥させる
ことが必要であると考えられる。
5 摘 要
(1) ヨツポシコミズギワゴミムシは看輪条虫の 車間信幸としての有力な一員である。
(2) コツポシコミズギワゴミムシカ:多数嵐息し ている期間には、看輪条虫の落下片節の数も多くなり、
前者が減少してくると、後者の数も減少してくる。即 ち両者の問には柑関々係がみられる。
(3) トビイロシワアリは自然、人工両感染其陰 性であったので、本条虫の中間宿主とはならないであ らう。
(4) 本条虫の擬襲星良法コツボシコミズギワゴ ミムシの阪嘔内で発育する。
(5) 実射こ成熟擬嚢屋虫が感染してから成条虫に なるまでには大体20日間を聾する。
8 文 献
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41 (30) : 465-467
Resume
Oil the Life-historv of the Chiukon Costoclo, Raillietina ccsticillus
Isamu SAWADA
Nara Gakuc;ci Unive.sitv
The life-history of Raillietina cesticillus living on a chicken has been studied well, for cestodes are prevalent all over the world. At present, 17 genus, 35 species, of their intermediate hosts are found in Europe and American. In Japan, they belong to common cestodes, but the writer has never found any references dealing with the life-history of them.
This paper describs the movements of the segments and the life-history of the ces- todes. They injure their hosts by destrog- ing the tissue of the small intestinal wall, thrusting deep their scolex into its wall, s- till more entering the muscularis mucosa, and forming intestinal nodules.
There are many groups of white Leghorn chickens of 2 years old in the hen-hcuse of Nara Agricultural Laboratory, and many of them are infected with R. cesticillus.
Many gravid segments are found on new feces and many insects gather on the feces to eat the gravid segments.
(1) Behavior of gravid segments.
Most gravid segments of the excreted R. cesticillus are connected into 4-5 segments.
They creep about freely on the surface of the new feces. The description of their
movements were made by Rhd, Acktrt
and Cask in 1938- When feces are excreted on the ground, the segments move to the
edges of moist parts made by the excrem- ents, or to the dark parts of the feces and also to dry sand granule in the circumf- erence of them. In other words, their mo- vements show any tropism against light, heat or gravity. The process of their movements are illustrated in Fig. 1.
When their movements stop, the conective segm3nts are separated into a single segment and each segment changes into a milkly white sperical mass.
(2) Natual infection of Tachys laetifuus.
In order to find the •E intermsdiate hosts of the cestode, the writer collected the following 0 species of the insects; Tetramori- um caespitum jacoti Wheeler, Euponera solita- ria, Tachys laetificus Bates, Bcmbidion mcrawi- tzi Csna, Euborellia pall'
ipcs SirniA'a, Gnthoph-
af-us atcr Waterhoukt:, from April to Septem- ber 1951, which were found in the experi- mental chicken yards mentioned already.
By examining whether the above mentioned insects were infected with cysticercoid or not, the writer found that only Tachys lact- ijicns were naturally infected. The dissection of 125 Tachys laetificus, led me to find the fact that 45 beetles (3G?O were infected with cysticercoids. The avarage number of cysticercoids fcund in one insects were 4. t and ^he mnximam number was 19.
(3) Forms of onehosphere and cysticercoid.
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