はじめに
褐色細胞腫は治癒可能な二次性高血圧の代表 的疾患で,偶発腫瘍として偶然に発見される頻 度が高くなっている一方,高血圧クリーゼとし て急激な病態の増悪を契機に診断される例も少 なくない.適切な診断・治療がなされなければ 死に至ることもあることから,まず,褐色細胞 腫を念頭に置く必要がある.本章では,褐色細 胞腫クリーゼの診断と治療を解説する1~3).1.褐色細胞腫クリーゼの病態
血圧が著しく上昇し,放置すれば近い将来, 不可逆的な標的臓器障害により致命的となり, 直ちに降圧加療が必要な状態を「高血圧クリー ゼ」と称する.通常,拡張期血圧が 120 mmHg 以上,頭痛,悪心,嘔吐,痙攣,意識障害など の中枢神経症状,肺水腫,心不全,腎機能障害, 眼底出血,乳頭浮腫などを伴う.各種の脳,心 血管系疾患が基礎疾患となるが,内分泌疾患で は褐色細胞腫が最大の原因で,褐色細胞腫ク リーゼと称する.クリーゼを契機に褐色細胞腫 と診断される例も少なくないが,適切に治療さ れている場合にクリーゼを経験することは稀で ある.心筋梗塞類似の胸痛,急性心不全,不整 脈,急性腹症を示すこともある.確実な診断と 特異的治療が必須である4).2.クリーゼの誘因
日常生活に関連する種々の動作(重い物を持 ち上げる,前屈姿勢),妊娠(子宮による圧迫), 診断・治療の行為により発作は誘発される(表褐色細胞腫クリーゼ
要 旨 立木 美香1) 成瀬 光栄2) 褐色細胞腫からの急激なカテコールアミン分泌により,著明な高血圧, 全身症状,標的臓器障害を呈する病態を褐色細胞腫クリーゼと称する. 様々な刺激が誘因となって発症するもので,予後は不良であることから, 早期の診断と適切な治療が必須である.カテコールアミン,代謝産物の過 剰および画像診断による腫瘍の確認で診断する.α遮断薬フェントールア ミンの静脈内投与後,点滴静注を継続し,血圧が安定したら選択的α1遮 断薬の経口投与を行う.安定期には所定の準備期間を経て腫瘍の手術的摘 出を行う. 〔日内会誌 105:647~652,2016〕 Key words 褐色細胞腫,褐色細胞腫クリーゼ,カテコールアミン,αブロッカー 1)国立病院機構京都医療センター内分泌代謝内科,2)同 内分泌代謝高血圧研究部 Endocrine and Metabolic Emergencies;Points of Initial Management. Topics:II. Pheochromocytoma crisis.Mika Tsuiki1) and Mitsuhide Naruse2):1)Department of Endocrinology and Metabolism, Kyoto Medical Center, National Hospital Organization,
Japan, 2)Division of Endocrinology, Metabolism and Hypertension, Kyoto Medical Center, National Hospital Organization, Japan. Ⅱ. 褐色細胞腫クリーゼ
1)2).テニスのレシーブの際に体を屈曲し発作 が起きた症例もある.診療と関連する要因とし て,診察時の過度の腹部触診,注腸,各種薬剤 がある.従来,診断のため実施されたグルカゴ ン試験,メトクロプラミド試験はクリーゼを誘 発する可能性があり,実施すべきでない.メト クロプラミド(プリンペランⓇ)は制吐薬とし て救急外来で使用(主に静注)されるが,抗ド パミン作用(D2受容体拮抗薬)を有し,内服薬 も注射薬も褐色細胞腫に対して使用禁忌であ る.同じくD2受容体拮抗薬であるドンペリドン には昇圧発作の報告はなく,添付文書に禁忌の 記載はないが,メトクロプラミドと作用機序が 同じであるため,使用に注意を要する.虚血性 心疾患,高血圧に対するβブロッカー単独投与2) は血管平滑筋のβ2(血管拡張に作用)をブロッ クし,α作用が増強されるため,禁忌である. 副腎CT(computed tomography)ではヨード 造影剤による造影効果の有無が診断に有用であ るが,ごく稀ではあるが,クリーゼを誘発する 例が報告されていることから,我が国の添付文 書では褐色細胞腫は「原則禁忌」となっている. 「やむを得ず実施する際にはフェントールアミ ン,プロプラノロールを準備する」ことが添付 文書(表 2)に記載されている.筆者らに経験 はないが,注意事項を十分に考慮して検査を実 施する必要がある.ちなみに,米国では非イオ ン性低浸透圧造影剤ではそのリスクはなく,禁 忌とはなっていない5). 悪 性 褐 色 細 胞 腫 に 対 す る 化 学 療 法(CVD (cyclophosphamide,vincristine,dacarbadine) 療法),131I-MIBG(131I-meta-iodobenzylguanidine) 内照射,外照射,経カテーテル動脈塞栓術(tran-scatheter arterial embolization:TAE)の施行に 際し,腫瘍崩壊に伴い,腫瘍内に貯留したカテ コラミンが逸脱してクリーゼを誘発することが ある.
3.診断
1)臨床所見 カテコラミン過剰による症状(頭痛・動悸・ 発汗など),著明な血圧上昇に伴う症状(悪心・ 嘔吐・意識障害など),急激な循環血漿量減少に よる脱水症状(皮膚の弾力低下,粘膜の乾燥, 頻脈,尿量減少)を呈する.心筋梗塞類似の胸 痛や急性心不全,肺水腫,ショックなどを呈す ることもある. 表1 褐色細胞腫クリーゼ発症の誘因(文献2より引用) 日常生活に おける誘因 前屈姿勢,運動,過食,飲酒,くしゃみ,排尿,排便,ストレス,喫煙,妊娠(子宮による圧迫) 手技・検査 腹部の触診,注腸検査,腫瘍生検,ヨード造影剤1 治療 薬剤 メトクロプラミド[プリンペランリンⓇ]3,グルカゴン,β遮断薬単独投与,三環系抗うつ薬Ⓡ]2,ドンペリドン[ナウゼ その他の 治療 化学療法(CVD療法),放射線療法( 131I-MIBG内照射,外照射), カテーテル的動脈塞栓術(TAE) 1 CTなどでの造影剤についての注意参照(表2) 2 内服薬も注射薬も禁忌 3 D2受容体拮抗薬であるドンペリドンには昇圧発作なく添付文書に禁忌の記載はないがメトク ロプラミドに準じて注意. 表2 ヨード造影剤使用時の注意(添付文書より) 褐色細胞腫の患者及びその疑いのある患者では造影剤 の使用により血圧上昇,頻脈,不整脈等の発作が起こる 恐れがあるため使用は原則禁忌である.やむをえず造影 検査を実施する場合には静脈確保の上,メシル酸フェン トラミン等のα遮断薬及び塩酸プロプラノロール等の β遮断薬の十分な量を用意するなど,これらの発作に対 処出来るよう十分な準備を行い,慎重に投与する.2)検査所見 脱水を示唆する血清蛋白濃度,BUN(blood urea nitrogen)/クレアチニン比,ヘマトクリッ ト上昇を認める.腫瘍崩壊を伴う場合は血清 LDH(lactate dehydrogenase),ALP(alkaline phosphatase),BUN,カリウムの増加,腫瘍か らの炎症性サイトカインによる刺激で好中球優 位の白血球増加,CRP(C-reactive protein)著増 を認めることがある.内分泌学的検査では血 中,尿中カテコラミンおよび代謝産物であるメ タネフリン,ノルメタネフリンの増加を確認す るが,結果の判明には約 1 週間を要するため, 疑い例では入院時に速やかにオーダーする.循 環血漿量減少による血漿レニン活性,血漿アル ドステロン濃度の増加を認める. 3)画像診断 腫瘍の局在確認のため,腹部超音波検査, CT,MRI(magnetic resonance imaging)などの 画像検査を全身状態に応じて実施する.腫瘍は 通常3~10 cmであるため,超音波検査でも確認 可能であることが多い.副腎部に腫瘍が見つか らない場合はパラガングリオーマを疑い,全身 検索を行う.
4.治療
1)急性期の治療 原則として安静および薬物治療を目的とした 入院治療が必要である.褐色細胞腫の診断が未 確定の場合は,通常の高血圧クリーゼ治療の原 則に沿って治療するが,可及的速やかに鑑別診 断を行い,特異的治療を行う必要がある(表3). 治療の基本は過剰なカテコールアミン作用の阻 害である.動脈ラインによる血圧モニターが推 奨される.第一選択としてαブロッカーである フェントラミン(レギチーンⓇ)を経静脈的に 投与する.フェントラミンは即効性があるが, 持続時間が非常に短いため,静注後に持続点滴 が必要である.その他,必要に応じて,適宜, カルシウム拮抗薬ぺルジピンや硝酸薬の点滴静 注を行うこともある(表3).初期治療の目標と しては拡張期血圧を 110 mmHg以下に維持す る.その後,2~6時間の間に160/100 mmHg程 度に降下させる4,6).血圧低下に伴い,臓器の虚 血症状が出現したら,適宜,治療を減量あるい は中断する. フェントラミンは非選択的αブ ロッカーであるため,交感神経末端のシナプス 前α2受容体も阻害する結果,交感神経末端での ノルアドレナリン遊離が増加し,頻脈の原因と なる.頻脈を合併した際にはβブロッカーを投 与するが,急激なβ遮断により致死的不整脈を 表3 褐色細胞腫クリーゼの薬物治療 処方例* ・速効性だが持続が短いため,1)に続いて2)を実施 1)フェントラミン(レギチーンⓇ)10mg/1ml(原液)2~5mg静注 2)フェントラミン(レギチーンⓇ)100mg(10ml/90ml5%ブドウ糖液)(最終濃度1mg/ml) を2ml(2mg)/1時間で点滴静注,漸増. ・以後,投与量に応じて濃度を調整(10mg/時以上必要なときは最終濃度2mg/mlになるよう に希釈して使用) ・20mg/時以上必要なときは原液で使用 ニカルジピン(ペルジピンⓇ)25mg/25mlを原液で2μg/kg/分にて点滴静注 ニトログリセリン(ミリスロールⓇ)5mg/10mlを原液で0.5μg/kg/分にて点滴静注 *用法・用量に関しては適宜添付文書を確認すること.生じることがあるので,緊急時を除き,経口投 与が望ましい. 2)亜急性期の治療 急性期を脱した後は,手術的摘出と術中ク リーゼ予防のためにドキサゾシンなどの選択的 α1ブロッカーの経口投与を開始,漸増する.頻 脈や不整脈合併時にはαブロッカーにβブロッ カーを併用する.α・β遮断薬であるラベタロー ル(トランデートⓇ),カルベジロール(アーチ ストⓇ)も使用可能であるが,α遮断作用よりも β遮断作用が相対的に強いため,米国のガイド ライン5)では推奨されていない. 血圧コント ロールが不十分な場合には,カルシウム拮抗薬 やARB(angiotensinⅡreceptor blocker)を適宜 併用する. 3)安定期の治療 治療の原則は腹腔鏡下腫瘍摘出術で,術前治 療として,①循環血漿量の回復,②α遮断薬の 投与が重要である.①として,心不全や腎不全 などの問題がない場合には,1 日 10~12 gの食 塩摂取あるいは生食の点滴を行う.②として は,選択的α1遮断薬であるドキサゾシン(カル デナリンⓇ)の経口投与で,8 mg/日(時に12 mg/ 日)程度まで漸増する.術前の治療期間として は,2~4週間程度が一般的である.さらにチロ シンからドーパに変換するチロシン水酸化酵素 を 阻 害 す るαメ チ ル パ ラ タ イ ロ シ ン( デ ム サーⓇ)はカテコラミン合成を阻害するため,α 遮断薬との併用が有用であるが,我が国では未 承認で治験が開始されている.
5.診断と治療に関する留意点
救急外来で汎用される制吐薬メトクロプラミ ドはクリーゼを誘発する可能性があり,また, 手術や出産時のクリーゼは突然死の原因にな る.急激な血圧上昇,低血圧は腫瘍内の出血, 壊死を考慮する必要がある.高血圧クリーゼの 例では常に褐色細胞腫を考慮する必要があり, 高血圧と関連した病歴,身体所見,病態把握の ための一般検査,原因疾患診断のための検査を 行う.診断と治療のフローチャートを図に示 す.本病態はカテコラミンによる末梢血管抵抗 の増大,循環血漿量の減少が基本であることか ら,速やかなα遮断薬の投与と補液が治療の原 則である.頻脈にのみ着目して安易にβ遮断薬 を単独投与することは禁忌である.6.トピックス:悪性褐色細胞腫
褐色細胞腫の約10%は転移性,悪性で,初回 手術時に臨床的,組織学的に良性と診断されて も,数年後に遠隔転移を来たす例がある.この ため,米国のガイドラインでは,全ての褐色細 胞腫は術後,永続的に経過観察が必要としてい る.ノルアドレナリン優位型,腹部パラガング リ オ ー マ,Kimuraら7)に よ る 病 理 組 織 所 見 の GAPP(grading system for adrenal phaeochromo-cytoma and paraganglioma)スコア,Ki-67(腫 瘍増殖能の指標:MIB-1)染色陽性率,近年次々 と報告されている種々の褐色細胞腫感受性遺伝 子,特にSDHB変異などは悪性を示唆する所見と して重要である.米国のガイドライン5)では, 全ての例で遺伝子検査を考慮することを推奨し ている.検査する遺伝子の種類は,症候,家族 歴,診断時の年齢,腫瘍の位置などにより優先 順位を決定するが,特に転移を有する症例では SDHB,傍神経節細胞腫ではSDHを検査する.遺 伝子検査は「保険医療の枠組み」で施行される ことが望ましく,カウンセリングを受けられる こと,検査は認定施設で実施することが望まし いとされている.しかしながら,報告されてい る遺伝子変異の浸透率は 100%ではないことか ら,遺伝子解析に際しては,早期発見の可能性 などのベネフィットに加えて,解析結果が未成 年者やその両親に及ぼす社会心理学的影響にも配慮する必要があるとともに,解析実施前に変 異陽性例における具体的な臨床的対応もあらか じめ計画を立てておく必要がある.
おわりに
褐色細胞腫クリーゼは突然発症し,循環不 全,肺水腫,腎不全,播種性血管内凝固症候群 (disseminated intravascular coagulation:DIC)な どを急激に併発することから,適切な診断・治 療がなされなければ死に至ることもある.すで に褐色細胞腫と診断されている患者では,高血 圧クリーゼの誘因につき十分に説明しておく必 要がある.褐色細胞腫と診断され,経過観察中 の症例でのクリーゼの診断は比較的容易である が,診断されていない症例での急激な発症例は 診断に苦慮することが少なくない.高血圧ク リーゼの症例を診た際には,常に褐色細胞腫を 念頭に置き,適切かつ早急にα遮断薬による治 療を開始するとともに,カテコラミン測定と可 能な画像検査を実施し,診断を行う. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:成瀬光栄;研究 費・助成金(小野薬品工業) 図 褐色細胞腫クリーゼにおける治療と診断の流れ 褐色細胞腫を疑う 高血圧クリーゼ 治療の流れ 常に悪性を考慮 生涯フォローアップ 機能診断 腫瘍の局在診断 参考所見 123I-MIBGシンチグラフィ Ca拮抗薬 ニトログリセリン注射薬 α遮断薬 フェントラミン 静注・点滴静注 ドキサゾシン 経口投与 (β遮断薬併用 経口投与) 尿中メタネフリン・ ノルメタネフリン 血中カテコーラミン 尿中カテコーラミン 副腎CT 副腎MRI 多彩な症状 (頭痛,動悸,胸痛など) 診断の流れ 腫瘍摘出手術文 献 1) 成瀬光栄,他:厚生労働省難治性疾患克服研究事業「褐色細胞腫の実態調査と診療指針の作成」研究班 平成 21 年 度研究報告書. 2) 厚生労働省難治性疾患克服研究事業「褐色細胞腫の実態調査と診療指針の作成」研究班編:褐色細胞腫診療指針 2012.2012, 23―26. 3) 成瀬光栄,他:褐色細胞腫.内科 105 : 1558―1563, 2010. 4) 立木美香,他:褐色細胞腫クリーゼの治療,褐色細胞腫診療マニュアル改訂第 2 版.成瀬光栄,平田結喜緒編.診 断と治療社,2012, 8―40.
5) Lenders JW, et al : Pheochromocytoma and paraganglioma : an endocrine society clinical practice guideline. J Clin Endocrinol Metab 99 : 1915―1942, 2014.
6) 立木美香,成瀬光栄:褐色細胞腫クリーゼの診断と治療は?,内分泌代謝疾患Clinical Question 100.成瀬光栄編. 診断と治療社,2014, 132.
7) Kimura N, et al : Pathological grading for predicting metastasis in phaeochromocytoma and paraganglioma. Endocr Relat Cancer 21 : 405―414, 2014.