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看護専門学校における「社会人学生」とは誰のことか : 「社会人学生」を巡るトライアンギュレーション

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(1)

平成

25年

学位論文

看護専 門学校 にお ける

「社会人学生」 とは誰の ことか

.「

社会人学生」 を巡 る

トライアンギュレーションー

学 校 教 育 研 究 科

人 間 発 達 教 育 専 攻

教 育 コ ミユ ニ ケ ー シ ョン コ ー ス

M 1 2 0 1 8 A

(2)

目次 序章 はじめに 第

1節

「声」の記述・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Pl

2節

研究の動機・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P2

1章

先行研究 との関連お よび仮説の設定 第1節 看護師養成制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 。

P5

2節

看護師の職業社会化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P7

3節

看護教育の中の 「社会人学生」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P8

4節

研究の 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P ll 第

5節

研究の方法・ 。・・・・・・・・・・・・・・・ 0・ ・・・・・・・・・・・

P12

「社会人」をめぐる トライアンギュレーシ ョン 第

6節

本論文の構成 。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 。

P13

2章

歴史の中での看護 と社会人 第1節 看護 とは何か

1.看

護 の出現・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 。・・・・

P16

2.看

護の定義・・・・・・・・・・・・・・・ 。・・・・ ●●●●●・・

P17

第2節 看護 と看護教育の変遷 1。 江戸時代の看護

∼家庭看護の中心期∼ ・・・・・・・・・・・

P22

2.明

治期初頭の看護

∼近代看護の萌出期∼ ・・・・・・・・・・・

P23

3.明

治期後半の看護

∼近代看護の確立整備期∼ ・・・・ 。・・・・

P26

4.戦

後の看護改革

∼近代看護の再構築期∼ ・・・・・・・・・・

P29

3節

「社会人」の誕生 と「社会人」扱われ方 ∼朝 日新聞検索サイ ト聞蔵 (1879∼

1989)の

「社会人」記事 より∼ 。

P33

(3)

3章

いわゆる 「社会人」看護 学生 の理想像 ∼

3年

課程看護 専門学校 にお ける 「社会人入試枠」 の調査 よ り∼ 第 1節

3年

課程看護 専 門学校 にお ける 「社会人入試枠」 の調査結果・・ ・・・・・

P43

設置母体 との関連 について 第

2節

3年

課程看護 専 門学校 にお ける 「社会人入試枠」 の調査結果・・ 。・・・・

P53

「社会人入試枠」の応募条件 について 第

4章

「社会人」看護学生の 「声」 ∼ 自ら「社会人」 と自覚のある看護学生へのインタ ビューの質的分析 ∼ 第1節 「社会人」学生の質的データ分析 の 目的 と方法・・・・・・・・・・・・・・

P59

1.研

究 の 目的

2.研

究方法

3.研

究協力者 の基本属性 とデー タ収集時期

4.研

究内容 5。 倫理的配慮 第

2節

質的デー タ分析 の結果 と分析

(1)―

「面接調査結果 の質的データ分析の概要 ―

P61

3節

質的デー タ分析 の結果 と分析

(2)一

社会人」が看護 師 を 目指す動機 ―・・ ・・

P65

4節

質的デー タ分析 の結果 と分析

(3)一

「社会人」が捉 えるス トレー ト学生像 一・

P68

5節

質的デー タ分析 の結果 と分析

(4)一

「社会人」が捉 える社会人像 一t・ ・・

.P71

6節

質的デー タ分析 の結果 と分析

(5)一

「社会人」が捉 える社会人であ る自己像 ―

P74

7節

質的デー タ分析 の結果 と分析

(6)一

「社会人」が学ぶ意義 ―・・ ・・・・・・

P76

8節

質的デー タ分析 の結果 と分析

(7)一

社会人 とス トレー トー・・・・ ・・・・ ・

P80

終章 総合考察 第

1節

本研 究のま とめ・ ・・ ・・ ・・ ・・・・ ・・・・・・ ・・・・ ・・ ・・・・ ・・

P84

(4)

2節

今後 の課題・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・ ・

P89

謝辞・ ・・・ ・・・・ ・・・・ ・・ ・・・ ,・ ・・ ・・・・・・ ・・・ ・・ 。・ ・・・・ ・

P91

(5)

序章

は じめに

1節

「声」の記導

「二十数年間、ぼ くは看護記録や介護記録 を書き続 けてきた。 しか し、肝心 なことは書き 損 じてきた、 とい う気持 ちが強い。何 が書 けなかつたか。 ケアの証拠 のために記録 はし ていて も、ケアの記述 は して こなかつた。ケアの現場 には、 さま ざまな声 が交錯 す る。 その声 に促 され 、励 ま され 、問い詰 め られ えて、ケアは展 開す る。 それ なのに、記録 に ぉいては、それぞれ に異 な る肌理 を持 つたあの声 、 この声 は どこにいつたのか。私 に届 いたはず の声の正気 は、意味内容 を固定す る文字 の羅列の隙間か ら蒸発 して しま うのだ。」 (西

川勝『 となりの認知症』2013 P101)

西川勝氏は精神科看護士 、透析看護 師、認知症 ケアに携 わ り、現在 は大阪大学コ ミュニ ケーシ ョンデザイ ンセ ンター にて臨床哲学 を教授 している。西川 氏 には

20数

年 の看護の 現場 での実績があ り、それ が西川氏の哲学の源泉 になつている。 この よ うに西川氏が大切 にす る 「臨床」 とはなんであろ うか。 どのよ うな場を指 し示し てい るのだ ろ うか。 どの よ うな こ とを含有す るのだろ うか。 も とよ り、「臨床 (clinic)」 とは診療所 を指 し、 さ らには、人 が横 た わ るベ ッ トそ の もの も意 味す る と言 われてい る。 つ ま り、臨床 には常 に何 らかの実践 が前提 となつて い る。 西川氏が言 う 「臨床」 とは、机 上 の上 で交 わ され る架 空 の シ ュ ミィー シ ヨンで はな く、一貫 して人び とが出会 い、ぶつか り合 うダイナ ミックな現場である。 さらに言 えば、その現場 には、病 める人が cureと

careを

求 めてや つて くる。す なわち、臨床 とい う現場 は 日々力動 的に うごめく、 人 と人 とのcureと

careの

共同実践の場 ともいえる。人 と人が交差 し、無意識的に も己を さらし、ぶつか り合 う現場 なので ある。 このよ うな現場 の 中で、西川氏 は一体 どんな声に 出会 い、 どんな声 を記述 したい と願 つているのだ ろ うか。 この よ うな西川氏のつぶやきに も近い声 を耳に とどめつつ、それでは私 は どうなのか と、 自己を振 り返 る。 筆者 は、西川氏 同様 に、看護 師 とい う職 を基盤 に持つ対人援助職 を生業 にしてい る。振 り返れば私 も多 くの記録 を書 き続 けて きた。その中には、患者 さん と呼ばれ る人び とか ら 絞 り出 された、データー と言われ る数値化 された客観的指標 の数々、剥 ぎ取 られた一部の 声等 々を書 き連ねてきた。 ケアの対象が患者 さんか ら学生 さん と呼ばれ る人び とに変わつ て も、本質的には変わ らなかつた よ うに思 う。学生指導経過録 、面接記録 、企画書や報告 書 の類、多 くの出来事 を記録 し、文字化 してきた。そ して、これ らの文字化 はこれ か らも、

(6)

対人援助職 として多 くの記録 を書 き連ねてい くことになるだ ろ う。 ところで、私は、西川 氏の言 う「声」を本 当に記載 して きたのだろ うか と今更思 う。私は西り│1氏の言 う「促 され」 た り、「励 ま され」た りす る声 を本 当に記録 に残せ ているのだ ろ うか。ケアの基盤 に も、原 動力 にもなる「問い詰 め られ」る声 に私は本 当に応 えてきたのだろ うか。西川氏同様 、様々 な声が交差す るケアの現場 に身 を置いているはいるが、本 当に大切 な声 に耳を傾 け、本 当 に書 くべ きケアの声 を記述 してきたのだろ うか。 振 り返 ってみれ ば、それ らはすべて、私が業務 を遂行 した とい う結果のための、私がそ こに存在 した とい うための記録類 であ り、結果的に、 自己の保身 のための記録であ り、 さ らにそれ らは、私 とい う枠 を超 えることはなかった。私 は時に 「問い詰 め られ」た り、時 に 「励 ま され」た りもす る本 当の声の正体 を書 くことな く、過 ご してきて しまったのであ る。私の記述 した、一見す る と声 にも似 た よ うな記載は、 自己のた めの他者 の輪郭 を象っ た記録であ り、決 して、そ こに本 当の他者である当事者 は存在 しなかつた。 これ よ り、私 は、「私に届いたはず の声 の正気」を取 り戻すため、当事者 の声 に熱 心に耳 を傾 け、その声 を拾い上げ、そ して記述 してい こ うと考 える。 第

2節

研 究 の動 機 筆者 は現在、

3年

課程看護 専門学校 に教員 として在籍 している。 ここ数年 の安定的な傾 向 として、「社会人学生」 と呼ばれ る「社会人経験」を有す る学生が、一定割合で看護学校 に在籍 している。筆者 の勤務す る学校 においては、推薦入学 と合 わせてで あるが、入学定 員枠 の

20%で

「社会人入試枠」がある。社会人入試枠制度 は一般入試制度 と比べ ると、入 試 の試験科 目が一般教養 と面接 のみ とい う優遇策が取 られ てお り、例年、高い倍率 で応募 者が殺到す る。その よ うな社会人学生が、

20%枠

内での 「社会人入試」制度が存在す るこ とも、上記 の傾 向に拍車 をかけているが、筆者 の主観 的にはその

20%と

い う枠 を超 えて、 毎年定員枠 の約半数が、「社会人学生」 と言つた印象 を持つ。 この よ うな 「社会人学生」のイ メァジ として、入学 当初 は学び に飢 えた様子で、教師の 言葉 の一字一句 を とりこぼす まい と、教室では前列 を陣取 り、予習や復習 を欠か さず、講 義終了後 には、いの一番 に質 問 しに来 る 「マジメな学生 さん」 とい うのが印象 を持つ。ま た、自主的に放課後 に学習会 な どを組織化 し、教師 ごとの資料集 な ども作成 し、「マ メな学 生 さん」で もある。 しか し、 自衣 に着替 え、学内での演習や学外 の病院での臨地実習 とも なる と評価 が逆転 し、「何度教 えて も不器用な学生」であった り、「前職でのや り方 に固執 す る」「頭がカタイ学生」 と評 され ることが多い よ うに思 う。筆者 は 「社会人 つて、業務ば か り追つて、看護 をみ よ うと しない よね」といった他 の教員 のつぶや きを聴 くこともある。 筆者 か らすれ ば、このつぶや きは、教員 に とつて、「社会人学生」 とは 自分 たちの手札にな い行動パ ター ンでや つて くる強者 として映つてお り、その反動 もあ り、 自衣 とい う衣 を身

(7)

にま とい、看護 とい う自分た ちが活躍できるフィール ドに入 つた途端、「で きない人」とし て、弱者扱 いを して しまってい るのではないか と思 う。 総 じて、看護学校 において、「社会人学生」 とは若い学生 のお手本や 良い先導役 になる こともある一方で、「手強い」存在 で もあ り、学校側 としては、諸刃 の刃的存在 となつてい る。このよ うな側面か ら、一部 の看護専門学校 においては、「社会 人学生」の持つ リスクを 回避 して、既 に存在 してい る「社会人入試枠」に制限をかけた り、「社会人入試枠」が現存 してい る学校で さえも、「うちは現役志向です」とはつき りと言い切 る学校 もあ り、看護専 門学校の中には 「社会人学生」 を敬遠 している傾 向もあるよ うに思 う。 看護教育 の現場 においては、「社会人学生」 とは、 うま く扱 えることができれば、異質 な集 団をま とめる求引力 にな り、その力 はかな り強靭で有用であるが、他 の学生へ の影響 力 が大 きい とい う理 由か ら、学生 とい う集 団の統制 をかき乱す こともにもな りかねず、扱 いづ らい ことは事実である。つ ま り、「社会人学生」をどの よ うに捉 えてい くか とい うこと は教授者側 の教育力 を問われ ることにもつ ながる。 近年、 このよ うな 「社会人」経験 を持つ学生や新人看護 師の扱 いづ らさについて、多 く の研究成果 を 目にす るよ うになつてきた。 しか し、それ らの研究結果 を概観す るなかで、 や は り違和感 として感 じず にはおれないのが

t当

事者不在 の研 究結果である。 この よ うに 看護界か ら扱 いづ らさを感 じられ、問題視 されてい る社会 人経験 を もつ学生や新人看護師 たちは、その よ うな 自己の ことを どの よ うに捉 えているのだろ うか。その よ うな当事者の 声が研究結果 にはない よ うに思 う。そ こで、今回、 このよ うに扱 いづ らい と感 じさせ る社 会人学生の声に耳 を傾 け、その声 を記述 に迫つてみたい と考 える。 この節 の最後に冒頭 の西川氏のケアの記述 とい う点につ いて、再度引用す るみたい り。 その場かぎ りで消 えて しま う声、その時誰かに向け られ た声は、た とえ録音 して も再現 できない。客観 的再現 を拒む本性 を、声は身 にま とってい る。 それ を何 とか したい。文 章 としては容易 に揺 るがない形 を与 えたい とい う欲望が。 ケアす るもの内側か ら噴き出 して くる。声 に呼ばれ て、その声 に共振 した身体か ら声 を文字へ 引きはが して、他者に 提示 したい とい う欲求である。 声 を記述す るとい うアポ リアに、ケアの現場 は どう応 えてい くのか。声 の原初性 として の呼びかけ、声は次の声 を呼ぶばか りである。声 を失 うこ との大 きさを 自覚す る道だけ は開かれてい る。身 もだえす る記述 にこそ、声はふ さわ しい。 (西川勝『 とな りの認知症』

2013 P103)

現場にあふれている声を捉 え、記述す ることは一見す ると簡単そ うである。 しか し、そ 3

(8)

の 日常的な習慣的行為でブ ライ ン ドされて しまっているた めに、声 の記述 は難 しいのかも しれ ない。西川氏 はそれ を、「客観性 を拒む本性 を、声は身 にま とってい る」と表現 し、記 述す る作業はアポ リアだ と言 う。 しか し、幾度 とな く見過 ご し、過 ぎ去 って しまった声た ちを再現 させ るためにも、看護教育 にお ける 「社会人学生」 とい う問題 の真 なる声 を書い てい くことに挑戦 してい く。

<引

用文献

>

1)西

り│1勝 :と な りの認知症 。ぷね うま舎。

2013.P101

2)│力

:1)P103

<参

考文献

>

・西川勝 :た め らいの看護 臨床 日誌 か ら。岩波書店。

2009

・鷲 田清一 :老いの空 自

.弘

文堂

.平

21年

0村

上靖彦 :摘便 とお花見 看護 の語 りの現象学

.医

学書院。2013

(9)

1章

先行研 究 どの関連 お よび仮説 の設定

第 1節

看護師養成制度

社会人学生の問題 を取 り上げる前 に、現在の看護師養成課程 を概観す る。看護師養成過 程 には、い くつかの種類 がある (表 1‐ 1)。 まずは、一般 に看護 師 と呼ばれ る職種 の中で も、国家資格 である看護 師免許 と都道府県知事免許である准看護 師 とい う

2種

類 の看護師 に大別 され る。そのため、

2つ

の コースが原則的にまず設 定 され ている。看護師免許を取 れ る養成校 は高等学校卒業 を必須条件 に してお り、准看護 師は中学校卒業 を必須条件に し てい る。後述す ることにな るが、前者 の看護師免許が、明治初頭 の看護 師養成の トレン ド ではあ り、看護界では准看 護 師制度の廃止、す なわち看護 師免許 の一本化 を切望 している が、現在 に至 るまで実現 で きていない。 准看護師の中には、進 学 コース と呼ばれ る看護 師免許取得 を 目指す者 もいる。准看護師 の養成校 の中には高等学校衛 生看護学科 を併設 している高等学校 もあれば、准看護 師教育 を単体で行 つてい る養成校 もある。 また、それ らが昼夜 に開講 され てい るかによつて、就 業年数が異 な り、養成機 関の種別 を倍増 させてい る。さらに、高校 の衛生看護科の中には、

5年

一貫教育を行 つてい る学校 もあ り、 このよ うな養成校 では卒業 と同時に看護師の国家 試験の受験資格が得 られ る。 看護師養成校 においては、厚生労働省管轄の看護専門学校 と文部科学省 管轄の大学・短 期大学に大別 され、 さらに専門学校の中には保健師資格 も合 わせ て 目指す統合カ リキュラ ム注1)を 取 つてい る養成機 関 もあ り、看護 専門学校 の種別 を多様 に してい る。 さらに、看 護 師の上 に積み上 げる形式 で助産師、保健 師 といった看護職 があ り、それぞれの養 成機関 が存在す る。 この よ うな看護 師養成 のすべての過程 において、前述 した過程 以外 の、いわば枠外の社 会 か ら、社会人が再度看護 師 を 目指 し教育機 関に舞 い戻 つてきてお り、社会人学生が存在 している。筆者 が所属す る看護専門学校 において、前述 した よ うに、近年高等学校卒業直 後の入学生 (以下、ス トレー ト学生 と称す る

)以

外 に、高等学校卒業直後 に大学や他の専 門学校 な どの学歴や何 らかの職歴 を有す る社会人経験のある学生 (以下社会人学生 と称す る

)の

入学が一定の割合 で存在す ることが顕著 になつてきてい る。

(10)

講際

略馴

鰤銅

  

︲Ψ

図1‐

1

看護 師免許取得 の過程

(11)

*1:1999年

に保健婦助産婦看護婦学校養成所指定規則 の一部 が改正 され た。これ に伴い2002 年度入学生か ら、准看護 師養成課程 の教育時間が 1500時間か ら

1890時

間に増や されてい る 第

2節

看 護 師 の職 業 社 会 化 看護 師は、養成校 を卒業 し社会 に出た後、

2つ

の社会化 の波が押 し寄せ る1)。 ひ とつ は 看護 師 とい う職業 に馴染む とい う職業社会化であ り、 も うひ とつ は、入職 した組織 に剛1染 む組織社会化である。 さて、 ここで用語 の定義 を してお く。職業社会化 とは 「人 々がある職業 につ き退職す る までのプ ロセス、お よびその職業の担い手 に期待 されてい る職務遂行能力や態度、職業倫 理、職業観 な どが習得 され る過程」(新教育社会学辞典

)と

し、組織社会化 を「組織への参 入者が組織 の一員 となるために、組織 の規範・価値

0行

動様式 を受 け入れ、職務遂行に必 要 な技能 を習得 し、組織 に適応 してい く過程」2)と定義す る。この定義 内容か ら理解で き るよ うに、社会化、つま り剛1染んでい く先が、職業 なのか組織 なのかに よつて、職業社会 化 と組織社会化が区別 され る。現代 において、単独で職業を起 こしている ところは少な く、 その よ うな意味では職業集 団 とい う組織 に参入 して組織化 され ることが多 く、

2つ

の社会 化は区別 され に くい側面 を持 つてい る。特に、看護 師の場合 、高校生に よるイ ンターンシ ップでの看護 師体験や 、ヘルパーな どの介護職 の経歴 を持つ人か らすれ ば、病院や介護施 設 な どの看護 の体験 自体が社会人経験 としてあ り、組織社会化 と職 業社会化が混然 と進行 しているよ うに思 える。そ こで、 ここでは、前述の高橋の定義 をも とに、下図の よ うに組 織社会化 にお ける 「文化的側 面」 と「技能的側面」 を分離 させ 、後者、技能的側面は職業 社会化 と組織社会化 にまたが る概念 として提 えることにす る。 図1‐

2

組 織 社 会化 と職 業社 会化 の 関連

(高

1993)

7

組織社会化

(文

化的側面

)

(12)

組織への参入前の組織社会化 については、看護 師 とい う職業 を 自己のキャ リア発達の段 階に志向 した段階で始 まってい る と考 え られ (「予期的社会化」注2))、 この段階での社会化 にはその個人がその時に所属 している文化 に非常に影響 を受 ける。職業選択の中で、看護 師が ピックア ップ され、 さらに、看護 師になるとい う決定 を した段 階、最終的には、看護 師養成所 に入学 した段階には、少 な くとも看護師 とい う職 業への大枠のイ メ∵ジ化 ができ てお り、看護師の職業社会化が始 まってい ると言 われてい る3)。 このよ うな点か ら、看護 師 とい う職業選択者 には、一般大学な どの進学先 を選択 した者 と比べて、早 くか ら職業社 会化が進 んでい る。内山4)らは進路選択時期 にあるオープ ンキャンパス参カロ者の声 を元に、 看護系大学でのオープ ンキャンパス参加者 が、

<思

いや り

><優

しさ

>な

どの温かいイメ ー ジか ら、職業的発達 に向けた望 ま しいスター トを してい る傾 向があることを示唆 してい る。 この ことよ り、看護師 とい う職業の一般社会 における認知度、 白衣 の天使 に代表 され る良いイ メージの先行 、看護職 の職業選択 の狭 さ注3)な どか ら看護師の職業社会化が入学 前か ら開始 してい るのが分か る。 しか し、

=方

で、実際の看護教育 においては、学生の職業アイデ ンテ ィテ ィに影響を及 ぼす とされている5、 6)。 看護 師の教育カ リキュラム上の臨地実習 の時間は、かつての

3分

1まで減少 してお り注4)、 学生各人 が抱 く看護師のイ メー ジ と実際の業務 との狭間での苦 し み、す なわち、 リア リテ ィシ ョックが起 こると考 え られ、 この リア リテ ィシ ョックが看護 師の職業社会化 に大 きな影響 を及 ぼ していると考 え られてい る。 さて、 この職業社会化 はいわば、その職業に馴染んでい く過程 を示す ものであるが、こ の職業社会化 を果 た してい く個人 の内部では、その職業が持つ倫理性や価値規範 を 自己の 内部 に取 り入れてい くとい う職業アイデ ンティテ ィめ形成 が起 こってい る と考 え られる。 職業アイデ ンテ ィテ ィ とは、

Eriksonの

心理社会的発達理論 をベースに、個人の職業に お ける意識 を表す もので、個人 の職業 とい う社会的役割 に対す るアイデ ンテ ィテ ィである と言われている7)。 組織社会化 、職業社会化は、所属 しよ うとす る集団の価値規範 を自己 の内部 に取 り入れ、その文化 を 自己の中に違和感 な く踏襲 してい く過程 を意味す るが、職 業アイデ ンテ ィテ ィはそれ まで諸々の経験 に根差 した 「私」 とい うカテ ゴ リーの中に、 さ らに特定の職業のカテ ゴ リー を積 み上げ、 自己を変容 させ てい く様 である。いわば、職業 社会化 と組織社会化 が受 け入れ る側 か らの視点にたつて変容 してい くことを語つているの に比べ、職業アイデ ンテ ィテ ィは変容す る主体である 「私」 を中心 に語 られてい る。そこ で、看護 師の組織社会化 と職業社会化 の問題では、そのプ ロセスの 中で変容 してい く個人 の内部環境 とその周囲の外部環境 との双方で語 られ るべ きである と考 える。 つま り、下図2‐

2で

示 した よ うに、ある文化 に参入 して きた個人が、その文化 の中で衝 突 を起 こ した場合、ある二定の文化の価値規範 の中に個人 を押 し込 めよ うとす る組織の間 題 と、その組織、文化 に適合 で きない個人の問題 とが双方 に存在す ると考 え られ る。すな わち、それは組織社会化 にお ける職業アイデ ンテ ィテ ィの不適合 と言 える。

(13)

組織社会化

(文

化的側面

) 図1‐

3

本研究の元 となる組織社会化 における職業アイデ ンテ ィテ ィの不適合 〔モデル図〕 第

3節

看 護 教 育 の 中 の 「社 会 人 学 生 」 社会人学生は、最終学歴や職歴 な ど様々な背景があ り、多彩 な価値観 を持 ち入学 して く る。 しか し、社会人学生は概 して、学び続 ける強い意志 を持 ち8)、 学習へのモチベーシ ョ ンは高い状態で入学 して くる9)。 結果 、授業態度 も非常にま じめで、 レポー トな どの課題 に対 して も、提 出期 限を順守でき、 レポー ト提 出にあた り、表紙 の作成や余 自の設定な ど 細かな体裁 を整 えての提 出な ど、それ までの社会経験が活 か された行動 があ り、同 じく社 会人である教員 に、非常に よい印象 を与 えてのスター トとなることが多い。社会的常識 を 加 味 された真摯で謙虚 な学習態度で、成績 が優秀な学生が多 く、成績上位者が社会人学生 で 占めることも少 な くない。 しか し、一方で、学年 を経 るごとに、 グループワー クな どの 集 団の学習や、看護師教育 に欠かせ ない授業形態である臨地実習での様 々な人 とのコラボ レー シ ョンを必要 とされ る学習 においては、蹟 きを覚 えることが多い 10。

30歳

代の看護 学生は、入学前の社会経験 か ら判断 した行動 を しやす く、イ ンシデ ン トにつなが りやすい 危険 もは らんでい る とい う指摘 もあるlp。 この よ うな社会人経験 を持つ学生、新人看護師の教育 に関 して、基礎看護教育、現任教 育の場 においての関心は深 く、数 々の研究結果が報告 され てい る。 また、個々の組織での 努力ではな く、看護界全体の取 り組み として、

2009年

には社会人経験 を持つ学生、

2012

年 には社会人経験 を持つ新人看護 師の学習支援 のための特集 が組 まれてい る (前者、医学

(14)

書院出版 の「看護教育」、後者 、看護 の科学社 出版 の「看護実践の科 学」)。 これ らの特集は、 それまでス トレー ト学生だけを、 さらにその先 にある、ス トレー ト新人看護師を育成 して きた ことしかない学校、 あるいは臨床での教育現場での新 たな異端者 とも捉 えられ る学生 や新人看護師に戸惑 う姿 に も映 る。 それら研究 を概観す る と、①社会人学生は、年齢が高 く、記憶力 な どの点に困難 さを覚 え 1り、同級生 との差異 を感 じ 19、 日常的に様々な困難 を抱 えてい る。② このよ うなス ト レー ト学生 とはまた違 った困難 さを抱 える社会人学生に対 して、独 自の学習支援体制を整 えるべ きである1つ とい う

2つ

の論 旨が読み取れ る。 これ らの研究の動 向の中か らは、看護教員たちの社会人学生 に対す る手詰ま り感 とい う 焦燥感 が見て取れ る。つま り、看護教員 たちは、社会人学生への対応 を、それまでのス ト レー ト学生 を想定 した均一的な教育システム とは違 ったパ ター ンを要求 してきてい ると捉 えている。その上 で、 自分た ちのそれ までの教育技術 にはない社会人学生 を迎える とき、 看護師集 団である看護 教員 は 自身が、それまでの看護実践 で培 つて きた問題解決思考で、 この問題 を乗 り切 ろ うとしてい るのである。前述 の研究結果 を見 る と、社会人学生 の問題 の焦点を 自分たちには手 に負 えない異端 として外在化 して、 自己か ら離れ た ところで問題 視 している。 この よ うな社会人学生への対処は、看護師が行 う日々の思考 である看護過程 に類似す る。 看護過程 は

5段

階 も しくは

6段

階に分類 され、その内容 として、①アセスメン ト (情報 の分析)、 ②看護 問題 の明確化、③計画、④実施、⑤評価 のサイ クル を持つ。社会人学生た ちは教育者側 か らひ とつの 「看護 問題」 とされているので ある。私 たちは、社会人経験を 持っ学習者 を異端児 、問題児扱 い し、「支援」「援助」の対象 として取 り扱 お うとしている のである。その中には、かつての 自分がそ うであった よ うに、 自分 の過去 を彿彿 とさせ る ス トレー ト学生は看護 学生や新人看護 師 として 「善きもの」 として位置づ け、 自分 たちの 過去 の経験にはない社会人経験 を持つ学習者 を 「悪 しきもの」 として無意識 の中に も価値 づけてい るのではないか と推察す る。 高橋 lυ は 「人 間は相互性 とい う関係 の中に身 を置いてい る。 しか し、それは『 予め措 定 された もの』で も実体 として取 り出せ るもので もない。」 と述べ ている。つま り、私たち 人間はすべか らく、私一人 で生 きてい るものでな く、私 と他者 との間に起 こる出来事を共 有 しなが ら生 きてい るのである。社会人学習者の学び問題 を、教育者側 の扱いづ らさとし て社会人学生 を異端児扱 い して、学習者 のみに帰着 させ てい るよ うでは、事 の根底 的な解 決 とな らないのである。私 たちが社会人経験を持つ学習者 に困難感 を抱 くのは、私 たち教 授者 と学習者 の双方に分かつ ことな く、不可分に起 きてい る問題 で あると考 える。つ ま り、 社会人学生の抱 える問題 は教員側 の問題 で もあるのである。 10

(15)

4節

研 究 の 目的 本研究では、看護専門学校 にお ける社会人学生の問題 を契機 として、社会人学生 に刷 り 込 まれた看護界での教育の問題 に 目を向ける。社会人学生 は看護 師 になつてい くうえで、 様 々な困難 を抱 えてい る と捉 え られてい るが、その困難 は一体誰 の困難 であろ うか。社会 人学生が抱 える困難 さは どの よ うな状況か ら生まれ出るものなので あろ うか。 現在、看護師教育 において、社会人学生をや っかいな学生たち と捉 えているところがあ るが、前述 した よ うに、社会人学生の問題 はそれぞれの組織 。文化 の成員 として 自他 とも に認知 され る前の、いわばその文化 に馴染んでい く前の移行期 の問題 として考 えた際、社 会人学生の職業アイデ ンテ ィテ ィ形成 の不全感 は、裏 を返せ ば、受 け手側 である看護師文 化 の適応不全 とも捉 え られ るのではないだろ うか。つま り、社会 人学生の問題 は社会人学 生側 と教育の責任 を負 う教員側 の双方の問題であるにも関わ らず 、私 たち看護教員 たちは、 慣れ親 しんだ問題解決思考 を使 つて、問題 を自己 と切 り離 し、外在化す ることによつて、 あえて、問題 か ら一歩距離 を置 き、社会人学生だけが問題 の中核 であるよ うな錯覚 をして いないだ ろ うか。 この よ うな問題意識 を持 ちつつ、本研究 では私 た ちが社会人学生 を困難 と捉 え、学習支援 の対象 として捉 えていることの根本的な立ち位 置 の問題 を考えてい く。 さらに、 この社会人問題 を考 える上で欠 かせ ない問題 の前提 となつてい る、私た ちが現 前 として語 る 「社会人」 とい う存在 にも目を向けてい く。 そ もそ も 「社会人」 とは一体誰 の ことなのか、「社会人」 とは どの よ うな人種 を指すのか、社会 は 「社会人」に何 を求めて い るのか、「社会人」は どの よ うに構成 されているのか とい う点 について明 らかに していき たい。「社会人」とい う存在その ものを問 う事で、私たちが十全 に了解 していると思 われて いる 「社会人」存在 の裏側 に どの よ うな真 の問題 が隠 され てい るのか明 らかに していきた い。その上で、社会人 に看護 師教育を行 つている教育機 関での教 育の在 り様 について、示 唆 を述べていきたい と考 える。 ■ ■ 1 ■

(16)

5節

研究の方法

「社会人」をめぐる トライアンギュレーション

本研究は 自ら「社会人学生」 とい う意識 のある 「社会人学生」た ちの声が研究の根幹を な してい る。 この社会人学生のイ ンタ ビュァでは質的デー タ分析 に よつて、「社会人学生」 とい う自ら自覚のある学生 たちが 自身 とは対岸 にい るス トレー ト学生 を どの よ うに捉 えて い るのか、また、社会人である自己や仲間を どのよ うに捉 えてい るのか、「声」の分析 を行 い 「社会人学生」像 を浮 き彫 りに してい く。 さらに、社会人学生が学ぶ こ と

(Learn)の

意義 を通 じて、その対概念で ある社会人の教 える

(Education)の

問題 を考 えてい く。 ところで、研究の評価 について、研 究の判断基準 として以下の よ うな点において研 究の 質の保障が行 われ る。 表1‐

1

研究の判断基準

量的研究 における内容妥 当性 (Inter Va■dity)とは測 定 したい対象が正確に測 定でき

てい るか、データか ら結果 が導 けるか とい う点を問 うものであるが、質的研 究の場合、こ れ に該 当す るのが信用性 (Credibility)に 当たる。この信用性 の確保 のための手段 として、 ①研究参加者 との長 いかかわ り、②長期的な観察、③ トライアンギ ュレー シ ョン、④研究 者仲間によるデー タの分析・結果の評価 、⑤研究協力者 に よる分析 のチェ ックが必 要であ る。本研究においては前述 の信用性確保 のため①∼④ を選択 してい く。 トライアンギュ レーシ ョン (triangulation)と は三角測 定 とも呼 ばれ、質的研究の質を 高める方法の一つである。本研究 においては、社会人学生 を提 えるため、社会人をめぐる 歴史的側面、看護専門学校 での社会人入試枠か らの社会人 の捉 え方 、当事者 である社会人 学生へのイ ンタ ビューでの質的デー タ分析 と

3つ

のそれぞれ違 った観測 ポイ ン トを置き、 よ り信憑性 のあるデー タ分析 を してい く。 真 の 「社会人学生」像 を浮 き彫 りにす るために、対概念 となつてい るス トレー ト学生や 学生その ものの対極 にある教員 とののイ ンタビュー を観測点 にす る方法 も トライア ンギュ 量的研究 内容妥 当性 (Inter Validity) 外 的妥 当性 (External Validity) 信 頼 性 (Rehability) 客観性 (OtteCt市ity) 質的研究 信用性 (Credibihty) 移 転性 (nrattsferability) 信 憑 性 (Dependability) 確証性 (Conformability) 9 “

(17)

レー シ ョン として妥 当か も しれ ないが、本研究では これ らの教育の 中でのカテ ゴ リをはず し、看護や社会人 め ぐる歴 史的経緯 とく看護学校での社会 人入試枠 の分析 とい う、異なつ た研究結果 を 「社会人学生」 とい う軸 に沿つて、あえて分析す るこ とで、 よ り信用性、確 証性 のある研究結果 が得 られ るもの と期待す る。 第

6節

本 論 文 の構 成 前述の よ うに、本研 究では、 よ り信用性 を高めるために、 トライ アンギュレーシ ョンと い う手法 を用いて社会人問題 に迫 つてい く。そ こで、以下 の研究 の本文 においては、

3つ

の章 に分 け、段階的に考察 を進 めてい くもの とす る。 第

2章

「近代 日本 における高等教育 としての基礎看護教育の変遷」において、社会人学 生の歴史的背景 として看護 の定義 を重ねつつ、その看護 の歴史 と看護 に携 わる看護 師が ど の よ うな背景 を持 つて生まれ、専門職化 していつたのかを述べ、また、その点 とは少 し離 れた点で、看護 に限定せず 、広 く 日本社会 に 「社会人」が どの よ うな経緯 で誕生 していつ たのかを述べ る。 この よ うな過去の看護 、看護教育、その 中での看護学生 の生成 を考える ことで、過去の歴史的解釈 の中で、現在の理解 、未来の予測が可能 になるのではないか と 思われ る。 続 いて、第

3章

では、その よ うな社会人学生が現代社会 において、どの よ うに望まれて、 期待 を受 け、 どの よ うにふ るま うべき と社会か ら要請 を うけてい るのか とい う点において 考察 してい く。具体的には、筆者 と同 じ看護養成所 である看護専門学校 の社会人入試枠の 有無、また、その応募条件 を分析す ることによつて、本人 との意識 とは別 に、社会 か ら求 め られ る社会人像 について考察 してい く。 さらに、第

4章

では、その よ うな社会人学生 として 自らも自覚 のある看護学生のインタ ビューを質的デー タ分析 に よ り解析 し、当事者 である社会人 は 自身や周囲 を どの よ うに捉 え、学び続 けてい るのか、社会人 とは一体誰の ことだったのか、社会人が学ぶ とい うこと は どうい うことなのかを考察 してい く。 13

(18)

<註

>

1)統

合カ リキュラム とは、地域看護 、在宅看護 、訪問看護 を包含 した ものであ り、卒業 と同時に看護 師国家試験の受験資格 と保健師国家試験 の受験資格が同時に得 られ る。

2)予

期的社会化 とは別名 「見込みの社会化」 とも呼ばれ 、成人期 の社会化 に広 くみ られ る

6予

期的社会化 は家族・友人・教育機 関・文化な どに影響 を受 ける とい う。

3)看

護職 とは、保健 師、助産師、看護師、准看護 師の こ との こ とを指す。

4)こ

れまでのカ リキュラム改正では、平成元年 に高齢化社会へ の対応 として 「老人看護 学」が、平成

8年

には平成

4年

に制度化 された訪問看護 に対応す るための 「在 宅看護 論」及 び精神 の保持増進 の重要性 か ら「精神看護学」 力`新たに追力日された。 しか し、 総時間数 につ いてはゆ とりの確保 と弾力性運用 を可能 にす るために、総時間数 の削減 が図 られた。特 に実習時間については

1770時

間 (昭和

42年

)か

ら、

1035時

間に減 少 してい る。

<引

用文献

>

1)ウ

ィ リアム ソン彰子 :社会人経験のある新卒看護 師の育て方。看護実践の科学.Vo137.5。

2012.P6

2)高

橋弘司 :組織社会化研究 をめ ぐる諸 問題

.経

営行動科学第

8巻 1号

。1993.P2

3)長

谷川美貴子 :看護学生にお ける職業社会化 と職業意識 の関係

.淑

徳短期大学紀要第

51号

2011. P168

4)内

山久美 大澤早苗 横 山孝子 :職業社会化 と看護学生の意識

.保

健科学研究誌

.2

振井。 2005。 P79‐85

5)マ

イマイテ ィ パ リダ

.紙

谷克子

.本

多陽子

.落

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64

6)宮

脇美保子 寺 岡三佐子 小元まき子

:4年

生大学にお ける看護学生 の職業社会化 ―

3年

次の臨地実習 にお ける体験 に焦点 をあてて (第

3報

).1贋天 堂大学医療看護学部 医 療看護研究。第

4巻 1号 2008P57‐

63

7)竹

内久美子 :新卒看護 師の職業的アイデンテ ィテ ィ形成 と職務態度 ―縦断的研 究に基 づ く検討 ―

.目

白大学

:健

康科学研究。第

1号

.2008。

P101-109

8)根

岸貴子

:社

会人経験 を持つ学生が看護専門学校で学ぶ ことの認識 。 日本看護 協会学 会論文集 。看護教育.2012。

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9)成

田広美 栗本澄子

:社

会人入学者 の背景 と意識変化 お よび周 囲に与 える影響

.看

護 教育.Vo150。

2 2009.Plll

10)前

9)P l12

14

(19)

11)柴 田淑子:社会人入学者 の増加 によつて変わる専門学校 .看護教育。Vo150。

2.2009.P106

12)'■ 妻

12)P lll

13)西谷千恵 :社会人経験 を持つ新人看護 師の職業生活の様相.日本看護協会学会論文集. 看護教育。

2004.P39

14)都

留美恵子 東村妙子 ら

:社

会人経験 を有す る新人看護 師へ の教育経験 に関す る 研究

.看

護協会学会論文集

.看

護管理 。

2007.P338

15)高

橋勝 :経験の メタモル フォーゼ

.勁

草書房 。

P9

<参

考文献

>

・茂野香お る代表著者 :系 統看護 学講座 専門分野

I

基礎看護学 〔2〕 基礎看護 技術. 医学書院

.2013

・グレッグ美鈴 :看護師の職 業的アイデ ンテ ィティに関す る中範 囲理論 の構 築。看護研究.

Vo135. No3. 2002

0佐

藤郁哉 :質的データ分析法 原理・方法・実践

.新

曜社

.2013

15

(20)

2章

歴史 の 中で の看護 と社会人

1節

看護 とは何か

1、 看護 の出現 看護 の歴史 を概観す る前 に、そ もそ も看護 とは何か、何 を以て看護 を指すのだ ろ うか とい う問いを立ててみ る。看護 の歴史 を考 える以前 に、看護 を ど う捉 えるかによつて、看 護 の歴史の扱 われ方 も違 つて くる。 そ こで、この節 では看護 の定義 を巡 り、看護 の語源か らその経緯 について考 えてみ よ う。 看護 は、その言葉 である「看」の字があ らわす よ うに、手 と日で守 ることを表 してお り、 人 と人が暮 らし続 ける中で、看護 は社会の中で、家族 な どの物理 的 にも精神的にも近 しい 存在である人び とを対象 にほぼ 自然発生的に行 われていた。 いわば、看護 の歴史は人類の 歴史で もある。北イ ラクのシャニダール洞窟で発見 されたネア ンデル タール人の化石か ら は右腕 が不 自由なまま比較 的高齢 まで生 きた形跡 があつた とい う1)。 この ことか ら、周囲 の仲間に助 け られた ことが推察 され、 ここに誰かが誰かを守つた とい う看護 の原点が見い だ され る。 日本の縄文時代 において も、火傷の人 に対 して、女性 が貝殻 の粉 と蛤の汁を混 ぜて塗つて治 した とい う記載 もあ り2)、 人類の歴史 とともに看護 が存在 していた こ とにな る。 さらに、時代 は下 り、 中世イ ギ リスで私たちが、現在使用 して い る看護 師注1)の英語表

記である 「nurse」 が出現す る。英語表記 での 「nurse」 とぃ ぅ語 は、「養 う nOurish」 か ら派生 した もので、「食物 を与 えて養 う、あるいは乳 を飲 ませ る」とい う意 味のラテ ン語か ら「nutrie」 を語源 としてい る。発生 当時の

nurseの

役割 は現在 とは少 し様相が違 ってい た。中世イ ギ リスにおいて、「nurse」 とい う言葉 は当初乳母 を指 していた と言われてお り、 その後は、時代の経過 とともに、徐々に当初用い られていた乳母 といつた狭い範 囲の意味 を指 し示す ことを超 え、乳母 を含 む、広 くお世話 をす る人 、す なわち看病人 を指す よ うに なつた と言われてい る。

しか し

(こ

の よ うな 「nurse」 と呼ばれ ていた 当時の看病人 たちは、専 門的な教 育を受 けてお らず、見 よ う見まねで周囲のお世話 をしていた。そのため、 当時の看病人の仕事に は醜間が絶 えず、看病人の仕事ぶ りを見下す風刺が横行 して、 当時の看病人の身分 は非常 に低い ものであつた。 この よ うな中、

19世

紀 に入 り、近代看護 の祖 と言われ る F O Nightingale(1820∼ 1910) が登場す る。ナイチ ンゲール の功績 は大 き く、有名 なク リミア戦争 での活躍がある。感染 症や栄養不良か ら派生す る病態 を見ぬき、適切な環境調整 を行 う。その結果 、赴任 当時

42%

もいた感染症患者 を

3か

月の内に

5%に

減 らす ことに成功す る。 また、彼女 自身 はイギ リス貴族 の出身で、当時、身分の高い階級 の人々が

nurseを

す る 16

(21)

とい うことはその身分 を捨て去 ることにも通 じ、ナイチンゲール は母 と姉 の強い反対を押 しのけて看護師への道 を選 んだ とも言われてい る。 このよ うな貴族 出身の ものが身分の低 かつた看護 の道へ身 を投 じることで、当時の社会への影響力は過大で、看護 師 自体 の身分 の引き上げに大いに寄与 した もの と考 える。 また、ナイチ ンゲール は後輩育成 である看護教育にも力 を注いでいる。 それまで、身分 も低 く、専門的教育 を受 けて こなかつた看護婦たちに対 して、教育 の必要性 を説 き、専門 的な教育 を施す ことを提案す る。彼女 の考 えは、「看護婦 の教育 は看護婦 自身で」の理念の もと、ク リミア戦時にて集 め られ たナイチ ングール基金 を元 に、イ ギ リス ロン ドンの聖 ト ーマス病院内にナイチ ンゲール看護学校 を創設 させ、専門の訓練 と知識 を備 えた看護婦教 育が確立 していった。 この教育方法は 「ナイチングール方式 (Nightingale e System)」 と 呼ばれ、世界各国に広 ま る。 日本 において も、ナイチンゲール方式 での教育 システ ムは、 明治初頭、近代看護教育導入期 に積極的に取 り入れ られてい る。後述す ることにな るが、 日本 においては、この よ うな 「ナイチ ンゲール方式 (Nightingale O System)」 を積極的に 取 り入れていつた明治初頭 の看護婦養成所 とそれ以外の養 成所 では明暗 を分 ける結果 とな る。 2、 看護 の定義 さて、そのナイチ ンゲール は、

1860年

ナイチンゲール看護 学校創 立時に『 看護覚 え書き』 を上梓 し、その中で看護 について以下のよ うに定義 してい る3)。 この定義 が人類史上初め て看護 を定義 した ものである。 看護 とはこれ まで、せ いぜ い薬 をのませた り湿布剤 を貼 つた りす るこ と、その程度の 意味に限 られてきてい る。 しか し、看護 とは、新鮮 な空気、陽光、暖か さ、清潔 さ、静 か さを適切 に整 え、 これ らを活か して用いること、また、食事 内容 を適切 に選択 し適切 に与 えること一 こ ういつた ことのすべてを、患者 の生命 力 の消耗 を最少 にす るよ うに整 えることを意味す るべ きである。

*下

線は筆者 ナイチ ンゲールが生 きた この時代、人々の命 を脅か したのは感染症 であつた。

1796年

に イギ リスの医師E・ ジェンナーが種痘 を発 見 し、ベル リンでは種痘 が、

1801年

にワクチン が導入 され、さらに

1928年

、A・ フレミングによるペニシ リンの抗生物質 が発見 され るま で季節 ごとに流行す る疫病 として人々の命 を脅かす恐怖で あ り、脅威 で もあつた。 これ以 前の人々は 自身の 自然治癒力 にて、体 内に入つた最近や ウィルス を 自身の力でツト除す るこ とが唯一の治療方法であ り、そのために体 を休 めるとい う養 生 とい うことに重きが置かれ 17

(22)

ていた。 この よ うな考 えの も とでは、最大限に体内の 自然 治癒力 が発露す る環境調整 とい うことが重要であつた。 その ことについて、早 くか ら着眼 していたのがナイチンゲールで ある と言 える。数多 き看護理論家 の中で、ナイチ ンゲール ほ ど、環境調整 の重要性 を説い た理論家 はいない。病気 に罹患 した患者 は弱きもので看護 を受 け得 るだけの対象 といつた 捉 え方ではな く、患者 にはそ もそ も自然治癒 してい く力が力強 くその内部 に備 わつてお り、 その 自然治癒力に さえ働 きかけて さえいれ ば、患者 は 自然 に良 くなつてい くとい う考 えで、 この よ うな患者の持つ力 に着眼 した看護 の観点は、現代 に至 るまで重要な要素 となつてい る。 ナイチ ングール はその後 も執筆活動 を続 け、膨大な資料 を後世 に残 してお り、『 看護覚 え書き』『 病院覚 え書 き』な どの多 くの書物 は以降の看護理論家 に多大な影響 を与 えること になる。

ナイチ ンゲール以降、

20世

紀 に入 り、主にアメ リカで

V O Henderson(1879∼

1996)、

E O Wiedenbach(1900∼

1996)、 」・

lbavelbee(1926∼

1973)、

Ho Eo Peplau(1909

1999)な

どの看護 理論 家 が輩 出 され る。 ここで は、 も う一人 、V・

Hendersonの

看護 の定義 を紹介す る。 看護独 自の機能 は病人であれ、健康人であれ各人が、健康 あるいは健康の回復 (あ るいは平和的な死

)の

一助 となるよ うな行動 を行 うこ とを援助す るこ とである。それ の人が必要なだけの体力 と意志力 と知識 とを持 つていれ ば、 これ らの行動は他者の援 助 を得な くて も可能 で あろ う。 この援助は、その人ができるだ け早 く自立できるよう に しむ けるや り方 で行 うな

*下

線 は筆者

V O Hendersonの

看護 の定義 は 「看護独 自の機能」 として、それ までの看護理論家が明 確 に しなかつた看護 とは何 か とい う点 を端的に表現 した。 す なわち、看護婦 はどの ような 健康 レベルの人であつて も、健康 問題 に関わつてい くことを明確 に した こ とは当時活気的 な ことであつた。 さらに、ヘ ンダー ソンはマズ ローの欲求段階説 に影響 を受 け、現在でも 看護師が対象の援助 を行 う前の査 定 (アセスメン ト

)に

使 用 され る 「看護過程」や 「ニー ド論」 を提唱 し、現代看護 の礎 をな した偉人である。 今 日、看護 を学ぶ時、看護 を実践す る際、 自分たちは何 を学ぶ のか、何 を実践 してい く のか とい う点において、必ず看護 の定義 とい う問題 に当た らないわ けにはいかない。先述 した看護理論家 による様 々な定義 がな されているが、看護 の定義 については、社会全体に 公認 されてい る一律的な ものは現在 ないのが現状である。 そ こで、我々は、ナイチ ングー 18

(23)

ル を初 め とす る先人の看護理論家たちの看護 の定義 を時に流用 しつつ、主に看護師 とい う 職能集団で集合体 とな し、主 に病院で労働 を行 うことで、 あたか もそ こに看護が存在 し、 看護 を看護 師は実践 してい るよ うに錯覚 しているのが現状 である。

ここでは、それ らの定義 の中か ら、看護師の職能団体の うち、世界各国の看護 師協会か

ら成 る組織 で、

130以

上の国の看護師 を代表 し、国際的な保健 医療専門職 団体である国際

看護 師協会(International Counci1 6fNurses/1CNの 看護 の定義 を引用す る。おそ らく、´ ここの定義が世界各国の看護 師に とつて、積極的に賛同す ることはないに しても、おおよ そ合意の得 られ る定義だ と思われ る5)。 看護 とは、あ らゆる場 であ らゆる年代 の個人お よび家族、集 団、 コ ミュニテ ィを対 象 に、対象が どの よ うな健康状態であって も、独 自にまたは他 と協働 して行われ るケ アの総体である。看護 には、健康増進お よび疾病予防、病気や 障害 を有する人 々ある いは死 に臨む人 々のケアが含 まれ る。 また、ア ドボカ シーや環境安全 の促進、研究、 教育、健康政策策定への参画、患者・保健医療 システ ムのマネー ジメン トヘの参与 も、 看護 が果たすべ き重要 な役割 である。 (日本看護協会

:ICN基

本文書 httpソ/www.nurse.or.jp/nursing/internationa1/icn/definition/index.html)

*下

線 は筆者 さらに、日本での最大の会員 数 を誇 る看護師の職能団体 である 日本看護協会 (Japanese

Nursing Association/JAN)で

の看護 の定義は以下の通 りである6)。 看護 とは、広 義 には、人 々 の生活 の 中で営 まれ るケア、す な わ ち家庭 や近隣 に お け る乳 幼児 、傷病者 、高齢者 や虚 弱者等へ の世話 等 を含 む もの をい う。狭 義 には、保健 師助 産 師看護 師法 に定 め られ る ところに則 り、免 許 交付 を受 けた看 護職 に よ る、保健 医療福 祉 の さま ざまな場 で行 われ る実践 をい う。

*下

線 は筆者 上記 に挙げた看護 の定義 は看護 の未来や発展 を見越 して、広義 に看護 を枠づけす るもの であるが、 これ とは逆 に、看護 の最低基準の業務 を指 した定義 として、制約 的限局的な法 律上での看護 の定義 を取 り上げ る7)。 19

(24)

『 看護 師』 とは、厚 生労働 大 臣の免許 を受 けて、傷病者若 しくは褥婦 に対す る療養上 の世話又 は診療 の補助 を行 うことを業 とす る者 をい う。

*下

線 は筆者 つ ま り、今 日において看護 とは、主には傷病人や褥婦 な ど自身の内部 に備 わつている、 自助努力 だけでは 自身 の健康 回復 が期待できない人 々に対 して、医療 を柱 とした看護 の専 門的スキル を駆使 して、 日前 の対象者 の健康回復 を図る実践の総称 である と言 える。その 健康の概念 を巡 り、顕在的な健康 の破綻以前に潜在的な健 康課題 に関 して、予防的見地を 持 つて関わろ うとす る実践 も視野 に入れ られてきている。 その よ うな観点か ら、健康破綻 の 自覚のない人 も看護 の対象 とされ、出生以前の子 どもか ら死 に至 る老人 までのすべての ライ フステー ジの人々を、有病 の 自覚の有無に関わ らず看護 の対象 としている

:さ

らに、 方法論 として、医療や福祉 な どの看護 が活躍す るすべての場面 において、他 の関連職種 と パー トナシ ップを結び、政策へ の参画 も望 まれているので ある。 看護 とい う営みは、その名 が与 え られ る以前か ら人類 の歴史 とともに他 人 を思いや る心 か ら派生 し、「手 当て」とい うよ うな家庭 の世話 の文化の中に脈 々 と受 け継 がれてきた。木 村8)は このような看護の源泉を 「『 かけがえのないいのち』 をみつ める母親 のまな ざしが 看護 の原風景である」 と述べてい る。 この よ うな素人による世話 が家庭 の外 に出てい く中 で、質の保障のないままに劣悪 な世話人の横行 に歯止 めをかけたのがナイチ ンゲールであ った。いわば、ナイチ ンゲール の登場 が無 ければ、専門家 としての看護婦 は存在 しえなか つた と言 える。 ナイチ ンゲール に よつて専門家 として分化 した看護 は、時代 の変遷 とともに看護理論家

によつて定義を重ねられている。おぉよそ、現代において、専門家としての看護婦は健康

問題に関わる職種 として理解 されている。 このよ うに、ナイチンゲールを祖 として生まれ、発展 してきた看護であるが、ここでは 歴史的経過を踏まえ、その上で看護の定義を概略的に述べた。 さらに、次節では、 このよ うな看護が どのよ うに発展 してきたかを、主に 日本の歴史を振 り返 ることで明らかにし、 看護 と看護教育、その中でのいわゆる「社会人」の存在、在 り様な どを歴史的に概観 して い く。

<注

>

1)2001年

の保健婦助産婦看護婦法の改正のよ り、

2003年

3月

1日 か ら、それ まで、女 性 が使用 していた看護婦 と、男性が使用 していた看護 士 とい う名称が看護師に名称統 一 された。 20

(25)

<引

用文献

>

1)茂

野香お る他 :系 統的看護学講座 専門分野

I

基礎看護学 〔1〕 看護概論。医学書 院。

2013.P3

2)看

護史研究会編 :看護 学生のための 日本看護史

.医

学書院。2000。

P2

3)F O Nightingale著

湯槙 ます ほか訳 ;看護覚 え書 き一看護 で ること・看護 で ないこ と。改訳

7版

P14

現代社

2011

4)V O Henderson著

湯槙 ます ほか訳 ;看護論

-25年

後 の追記 を添 えて。日本看護協会 出版会。

1884.P38

5)日

本看護協会

:ICN基

本文書

http7/ww‐

nurse.o■jp/nursing/internationa1/icn/deinition/index.html

6)日

本看護協会編 :看護 にかかわる主要な用語の解説―概 念的定義・歴 史的変遷 0社会 的文脈。社団法人 日本看護協会

.P10。 2007

7)保

健師助産師看護 師法 、第

5条

「看護師の定義」

8)木

村千代子 :三木哲学論 一看護 における人間理解 のために一 。 日本大学総合社会情 報研究科紀要.No.4。

2003.P363

<参

考文献

>

,高

木正道 :近世 ヨー ロ ッパ の人 口動態 (1500∼

1800年

)。 静 岡大学経 済研究.4(2),p. 147‐174.1999

0土

曜会歴史部編 :日本近代看護 の夜 明け。医学書院。

1990

0日 本看護歴史学会編 :検証―戦後の看護 の

50年

。メヂカル フ レン ド社。1998 0日 本看護協会歴史学会 :日 本 の看護

120年 .日

本看護協会 出版会 。

2008

9 “

(26)

2節

看護 と看護教育の変遷

1。 江戸時代の看護 ん家庭看護の中心期∼ 前述 したように、 日本 においても、看護はお世話文化の中に埋 もれて、有史 とともに存 在 していた。 さらに、仏教伝来、仏教の定着 とともに、僧侶による病人の看護が行われて きた。聖徳太子によつて建立 された四天王寺における、施薬院、悲 田院は有名である。「看 護」 とい う言葉は古 くか ら使 われていたよ うである。江戸時代の看護は主に家庭看護であ ったが、この時代に職業的看護者である産婆の誕生、印刷技術の向上、人々の識字率がア ップ したことなどが関与 して、多 くの医療・看護にまつわる書物が発行 されている。その 中のひ とつ

1832(天

3)年

に医師の平野重誠 (1790∼

1867)に

よつて書かれた『病家 須知』には第

3巻

「小児養育の心得」のひ とつに「病気の看護」とい う記載があり「看護」 とい う文字が確認 されている。この時の「看護」には「モ リ」とい うル ビがふ られてお り、 「看護」

=「

子守 り」を表 していた ことが分かる。 これは 「nurse」 とい う言葉が当初は 平L母を指 していたことと重な り、西洋 と日本 とい う物理的な距離感 を超 えても、同 じ歩み をしていることは、看護の発生 と発展の普遍性を示 してい るよ うに思われ る。以下、『病家 須知』の変体仮名 で書かれた大要を示す1)。 病気はすべてつ くるものだ。季節の変わ りめに出る病気か ら痘療や麻疹に至 るまで も、避 けよ うとすれば避 けられ る。ま して梅毒などの伝染 しやすいもの、吐き下 しの 食養生の悪いもの、酒の飲み過 ぎや房事多 くで起 こる病気な どはなお さらである。人 び とは寝冷 えや食べ過 ぎ、過労が病気のもととは知つているが、流行病は自分の力で は避 けられないものだ と、医師の中でも考えている人がいるのだか ら、素人がそ う思 うのは無理がない と思 う。だか ら、私はいま、それ ら防げるわけを皆に知 らせ たい。 そ して、すでに病気の人には、その正 しい手当てを分か らせたい と思 う心がおさえ られないので、 とうとう一冊の本にして しまった。 この『 病家須知』の第

1巻

の冒頭 に書かれてい る著作 の意 図を読む と、作者の平野重誠 は家庭看護 を主眼に置 き、読者 としては家庭内で看病 に当たる人々に対 して向け られたも のである と分かる。 ここでは人 々のセル フケアヘの重要性 を説 き、 自身の滋養次第 で病気 は防げる と述べてい る。 自身の療養環境 を整 えること、 これは同時期、感染症で悩 まされ た時代のナイチンゲールの論 旨 と通ず るものがあるよ うに思 える。 江戸時代の看護 は前述の よ うに家庭看護 が中心であ り、小石川養成所 な どの一部 の診療 所で働 いていた女性 (小石川養生所 には 「病人扱 い と薬煎 じ」 を担 当す る下男

5名

と「女

(27)

性 の看病 と洗濯」を担 当す る下女

3名

がいた とされ る

)を

除 けば、病人 を看護す る専門の 職業 はなかつた。 助産師に関 しては、江戸時代 よ り出産 に手慣れた女性が経験的 な技 を活 か して出産を手 伝い、謝ネLを受けるよ うになつてお り、現在の看護職 に含 まれ る専 門職人 としての看護の 出発 は江戸時代の産婆 の系譜 に さかのぼることができる。

2.明

治期初頭 の看護

∼近代看護 の萌出期∼

1868(慶

4=明

1)年

1月 か ら始 まった戊辰戦争 の 中で、新政府軍負傷兵士の看護 に女性看病人が採用 された ことが、我が国最初 の職業 としての女性看病人が誕生 した と言 われてい る。明治の新政府 は横浜 にあつた神奈川奉行役宅 にあつた漢学稽 古所修文館 に「横 浜軍陣病院」を開設 した。 そ こで診療 したのが、薩摩藩 のイ ギ リス公使パー クスの紹介で 派遣 されたイギ リス大使館付 き医師W O Willis(1837∼

1894)と

、同 じくイギ リス大使館 付 き医師シ ッ ドこルである。 これ らの医師のもと、「せつ」「なか」「浜」とい う名前 の看病 人がいた とされてい る。 シ ッ ドール による と、患者 につ く看病人や付 き添 う人 は主 に既婚 の婦人 であつた とあ り、 日本最初の看病人 は、少 な くとも傷病人や褥婦の世話 を した経験 のある家庭看護 の経験者 が選 ばれていた可能性 があ り、 この意味において、現在では 「社会 人」に該 当す る人々が 看病人になつていた と推察 され る。 また、患者 にわがまま行為 を許 さないためにも欠 くこ とができぬ確 固 とした態度 が彼女 たちには不足 している と指摘 してお り、看護 に関す る専 門的な知識や トレーニ ングを経てお らず、 自身の看病の経験のみで現場での実践が求めら れていた ことが分 かる。 前述の

3名

の看病人のほかに も、専門的な トレーニングは積 んでいないが、大病 院で働 いた女性看病人が この頃ツト出 されてい る。彰義隊の戦いな どで負傷者が出たため、東京に 軍陣病院が移 され、名称 も「大病院 (現東京大学医学部付属病院)」 と変更 された。その「大 病院」が 「医学校県病院」 となつた折 に、入院規則や職務規則 な どが規定 され、「看病婦人 之儀 四拾歳以上之外堅 ク禁候事」 と

40歳

以上でない者 とい う年齢制限を設 けつつ も、「看 病方取締」「看病方取締助」な どの現在で言 うところの看護 師長な どの看護 管理者 も設定 さ れてい る。 しか し、職業 としての看護婦 の誕生は戦争や疫病 な どの有事 に絡み、社会か ら求 められ ての誕生であ り、 この当時は 「看病人・介抱人」 とい う言葉 が使 われてお り、現在 のよ う な「看護婦」の名称が使 われ たのは

1876(明

2)年

であ り、同年 12月 19日 付 けの「東 京医学校」の公文書 に計

15人

の看護婦 の定員が記載 され てお り、 この時以降、看護婦 と い う名称 が次第に社会 に浸透 してい く。 この看護婦たちには、前述 の職務規定 とは違い、

23歳

53歳

までの看護 師がいた とされている。

参照

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