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3年 課程看護専門学校における「社会人入試枠」の調査結果 設置母体との関連について

第 3章   「社会人」看護 学生 の幻想

第 1節   3年 課程看護専門学校における「社会人入試枠」の調査結果 設置母体との関連について

歳人 口の減少 にて、学校運 営 とい う根底の ところでの影響 を及 ば している。すなわ ち、18 歳人 口が減少す ることで、入学者 の定員割れ とい う側面を生み出 し、学校経営が成 立 しえ

ない ことに もな りかねず、その補完 として社会人の入学 を期待 され てい るのである。

さらに、2010年4月 か ら施行 された 「保健師助産師看護 師法」の改正に よつて、看護師 の国家試験受験資格 として 「

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生大学 を卒業 した者」力`1番目に明記 され、看護 師の教 育の基盤 は大学での教育が主であることが法的に確立 され た。結果 、看護系大学の乱立注4)

を招 き、さらに、少 ない18歳人 口の奪い合い となつてい る。そ こで、看護 専門学校 におい ては、基礎看護教育の担 い手 として棲み分 けを行 うよ うに、一旦学校教育 を終えて、社会 人 として、社会の構成員 として存在 していた人々に着 目し、「社会人入試枠 」とい う特別な 優遇枠注5)を 設けて、各校一定の割合で制限注6)し てぃるが、社会人の入学 を優先的に許 可 し、減少 した18歳人 口の補填 を図つている。それ はまた、社会 か ら見れ ば、生涯 学習の 視点で 「社会人」の看護専 門学校 での リカ レン ト教育を推進 させ ているこ とにもな つてい る。その結果、社会 か らの要請 と社会人個人のニーズ、双方が合致 し、社会人入試 とい う 制度が一般化 しつつあるのが、現在の状況だ と思われ る。

さらに、都道府県別 に社会人入試枠のある看護 専門学校 を見てみ ると

(表 3‑1)、

徳島県 を除 く、全国の46の都道府県の看護学校 に、社会人入試 枠 が設置 されていた。平成23年 度看護 関係統計資料集3)に よると、都道府県別入学状況、

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課程看護 師学校養成所にお ける入学者充足率 を見 ると、徳 島県 は全 国で最下位92.5%と 定員割れ を起 こしてい る注7)。

一方、同 じ年度の、大学での入学状況 を見てみ る と、徳 島県では111.3%と 、京都 に次ぎ

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位 の充足率 を誇 っている。 この こ とか ら、徳島県での看護 師養成 のニーズがないわ けでは な く、18歳の高等学校卒業後 の学生は大学に進学 し、残 りわずか な 18歳人 口が、看護専 門学校 に入学 した とい う構 図になつているよ うに思われ る。 この よ うな看護 専門学校での 入学生の構成 については、同様 の傾 向が他 の都道府県での養成所 で もみ られ る。各養成校 は少 ない18歳人 口を社会人が補填 して、定員 を満 た し、安 定的な学校運営 を図つているも の と推察す る。

結果 、徳 島県に社会人入試枠 が

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課程の看護専門学校 に制度 として存在 してい なこと が、看護専門学校 に運営に明暗 を分 けてい ることになっている可能性が高い。 この ような ことよ り、社会人入試枠 は看護専門学校 の経営的側 面においては、18歳人 口の先細 る中、

経営 を補完す る意味で もな くてはな らない制度 となつてい る。

都道府県別 に社会人入試枠 の傾 向を見てみ ると

(表 3‑2)、 1.香

川県

(独

立行政法人国 立病院機構善通寺病院付属善通寺看護学校、学校法人香川看護専門学校 の2校)、

 2.鳥

取 県

(独

立行政法人 国立病院機構米子医療セ ンター付属看護 専門学校 、鳥取県立倉吉総合看 護専門学校の

2校

)、 3。 青森県

(独

立行政法人国立病院機構

 

弘前病院付属看護学校、財 団法人人戸看護専門学校 の

2校

)、

4、

大分

(独

立行政法人 国立病院機構男け府 医療セ ンター 付属大分 中央看護学校、学校法人藤華医療技術専門学校の

2校

)の

4つ

の都道府県が

100%

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であつた。 これ らは看護専 門学校 の設置率の都道府県であ り、設置 されている看護 専門学 校 のすべてが社会人入試枠 を設 けていた ことになる。

これ らの特徴 として、人 口の少 ない地方の都道府県が上位 を占めていた。 これ らの都道 府県は、看護専門学校のその ものの数 が もとよ り少 な く、

 1つ

の看護専門学校の動 向が他 の学校 に影響 を及 ぼ しやす い。 さらに、 これ ら

4つ

の都道府県の看護専門学校 も、設置母 体には どれ も国立病院機構 の学校が入 つていた。結果、その国立病 院機構 の看護専 門学校 の動 向に影響 されて、他 の学校法人立や財団法人立の看護 専門学校 も社会人入試枠 を設置

している可能性 もある。

国立病院機構 の多 くは、明治か ら太平洋戦争期 までに開設 され た陸海軍病院、傷疾軍人、

傷病軍人療養所 といつた軍や官の直営施設、また各地の結核療養所 といつた実質的 に官の 支配下な どにあつた施設 が、戦後 国立病院や国立療養所 を経て現在 の形 になった経緯があ る。す なわち、戦前の国策 のひ とつ として、傷疾軍人への医療 を提供す るため生まれ、戦 後 は GHQ(連 合 国最高司令部

)に

よ り解体は されたが、地方 の医療保健 の中核 として存在 し 続 けているのが現状である。 この よ うな国立病院機構 が人 口の少 ない地域 での医療施策を 牽引 し、地域 の看護 師確保 のために養成所での社会人入試枠 を取 り入れていることは、社 会人入試枠の一般化 に寄与 してお り、 さらに、地方 におけ る安定的 な医療提供のた めに、

看護師の人材確保には、一旦は他の職業を持ち社会に出ている社会人という存在が重要な 役割を占めていることを意味する。

45

■割合 %

100

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■ 状 ミ 暉

■ 膊 個 鴫 ミ 素 無彙 祇К 熙 日 十 曖 妻 K 織 ぶ ヽ 費 ヽ 燿 ミ ュ 巴 ヽ ぶ 佃 訃 喪 蕉 や 型 緯 ギ

3‐ 1、

都道府県の

3年

課程の看護専門学における

社会人入試枠設置割合

さらに、全国 レベルで数社会 人入試枠のある看護 専門学校 の設置母体別 に見てみ る と、

1位

、学校法人

79校

2位

、医師会立看護専門学校37校

3位

、独立行政法人 国立病院機 構立看護 専門学校 30校であつた。

前述 した独立行政法人 国立病院機構立の看護専門学校 よ り、医師会立の看護 専門学校 が 多いのは、近代以降、医師の行 う医業 の補助的な役割 としての職業人 としての看護師が医 師によつて育成 されてきた経緯が影響 しているのでないか と思われ る。 医師た ちは 自身 の 医療提供 をスムーズに行 うために、自身で看護師を育成 してきた注8)。 医師たちは、自身の 診療雑多な補助業務 を行 うため、使用人 としての看護師育成 を行 つてきた経緯が ここに反 映 されてい る と思われ る。

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それまでは各家庭 で病人が出た際には、裕福 な ところで医師が往診 を行 い注9)、 家族 によ って家庭 内で看護 が賄 われ てきた歴史の中、近代 に入 り、 日清戦争 、 日露戦争、

2つ

の世

界大戦 といった戦争体験 を経 て、家族以外 の専門職業人 としての看護師の要請があ り、や がて、医療、看護 は病院 とい う施設 内において、合理的かつ集合的 に提供 され るに至 り、

病院での見習い看護人 として看護 師育成 が行われ るよ うになつた。

 

日本看護 史によれば、

「明治

30年

代か ら公立の病院に比べて私立の病院 の増力日が 日立った。規模 の大きい私立病 院は 6〜12か月間働 きなが ら学べ る講習所 を付設 し、その病院で使 う看護婦 を養成 した。

また、それだけの余裕 がない小 さな病院や 開業医は、見習 い看護婦 を雇 い入れて、 日々の 診療 にあたつた」4)と ぁ り、病院の設立に伴走す る形で看護師が出現 し、育ってきた経緯 が分かる。 このよ うに見 る と、歴史的経緯 よ り、医師会立の看護学校で多 く存在 し、社会 人入試枠 を積極的に導入 し、医師の診療 の補助 を行 う看護 師育成 に力 を注いでいるのは当 然 の結果であると言 える。

社会人枠 で最 も多いのは学校法人が設 立 した看護専門学校 であ る。 しか も、学校法人立 の看護専門学校は全国504校の看護 専門学校の中で も最 も多 く、102校で、全国の看護専 門学校 の中で

20%の

割合 を 占める

(表 3‑4)。

その設置年代

(表 3‑5)を

見た ところ、

1918(大

7)年

設立の麻生看護 大学校看護科 は特殊 な存在で、これ以降、1950年代 まで学校法人立の看護 専門学校 は設置 されてい ない。

その後、1960年代 に設置 され た学校法人の看護専門学校 は東京 医科大学看護 専門学校、昭 和大学医学部付属看護専門学校 、 日本大学医学部付属看護 専門学校 、順正高等看護福祉専 門学校の

4校

であ り、前者 、

3つ

の養成校 は大学の医学部付属 の看護専門学校であ り、こ こでの傾 向は、前述 した医師の診療の補助業務の担 い手を 自らの施設で育成す るといつた 意味合いが大 きい と考 える。

さらに、その後 も学校法人 の看護 専門学校 は漸次増加 してい き、1990年代か ら飛躍的に その数 を伸 ば している。学校法人立の養成所 は1990年代か らの設置 はそれ までの様相 とは 違い、理学療法士な どの リハ ビ リテー シ ョン分野、介護福祉士な どの介護分野、保 育や社 会福祉 な どの福祉分野な どの学科 を持つ学校法人が総合商社 のよ うに、医療福祉関連の専 門職業人 を産 出 してい る傾 向にある。それ らの学校法人立の看護 専 門学校 の多 くは社会人 入試枠 を設 けてお り、高齢化 によつてニーズの高まる医療 介護福祉分野での人材育成 を、

国家 ライセ ンス習得 とい う側 面で、ひ とつの ビジネ ス として学校法人が積極 的に請 け負つ てい るよ うに思われ る。

1980年以降、学校法人立の看護 専門学校 が増加 し、それ までの国立や地方公共団体の病 院付属の看護専門学校 を凌駕 した ことで、看護師は病院が育て、管理す るもの とい った考 えか ら、む しろ、看護 の ライセ ンスは看護 師を志す各人が 自らの責任で習得 してい くべき もの といったキャ リアデザイ ンの考 えが優勢になつてきた ことの現れではないか と推察す る。

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