博 士 ( 農 学 ) 江 口 定 夫
学 位 論 文 題 名
圃場条件下の不飽和帯及び浅層地下水帯を通じた 水移動と硝酸塩輸送の定量化に関する研究
学位論文内容の要旨
1.背景と目的
集 水 域 ス ケ ー ル で の 正 味 の 窒 素(N)負 荷 量 と河 川を 通じ たN流 出量 の関 係に つい ての 既往 の研 究は ,両 者の 関 係が時間的,量的に必ずしも一致しないことを示してい る。この 原因 を明 らか にす るた め には ,土 壌― 地下 水を 通じ た硝 酸塩(N03‑)の 輸送 時間 と形態変 化( 脱窒 によ るN除 去量 と系 内の 有機 態N増 加量 )に 関す る情 報が 不可 欠で ある 。特に,
N負 荷量 の多 い農 地が 広が る台 地か らの 土壌 一地 下水 を 通じ たN03一 輸送 過程 につ いては,
これまでラ イシメータ規模の研究にとどまり,圃場条件下での定量的知見がほとんどない。
そこ で, 本研 究は ,洪 積 台地上の黒ポク土(国内の畑地面積の約半分を占める) 畑圃場を 対象として ,不飽和帯及び浅層地下水帯を通じた水移動を定量化すると共に,N03一輸送量,
N03一 輸 送 時 間 ,N031除 去 量 及 ぴ 有 機 態N増 加 量 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し た 。 2,不飽和帯及び浅層地下水帯を通じた水移動の定量 化
黒 ボク 土畑 圃場(24.5x38.5m,夏作スイートコーン ,秋作ハクサイ,緑肥として冬作コ ム ギ ) を 対 象 と し て ,1995年 か ら9年 間 , 深 さImま で の 保 水 量 と 深 さImに お け る動 水 勾配 を30分間 隔で 計測 した 。作 物の 根群 域下 端 に相 当す る深 さImを対 象と して ,マ トリ ック ス流 (鉛 直一 次元 のDarcy式 で算出)と選択流(降雨開始から直後までの期間 の深さl mま での 土層 内水 収 支か ら算 出) を求 め, 両者 の合 計で ある 年浸 透水 量(230‑‑799 mm)は 年降 水量(987〜1531 mm)に 比例 して 増加 する こ と, 水移 動の 主体 はマ トリ ック ス流 であ ること(年浸透水量の7384%),選択流は年2〜7回しか発生しないが年浸透水量の16‑27% を占めることを明らか にした。
根 群域 下か ら粘 土質 の難 透水 層(深さ約2.6‑5.5 m)上面までの間に存在する浅層地下水 位 を 圃 場 内 に 約5x5m間 隔 で設 置し た観 測井 によ り測 定し ,水 平二 次元 のDarcy式 に基 づ き 水 平 方 向 の 流 出 量 を 算 出 し た 。 約1年 間(2001年11月 〜2002年10月 , 降 水 量894 mm) を対象として,深さ1.Ov‑2.6mの水収支を求めたところ,深さImからの浸透水量は203 mm, 浅 層 地 下 水 の 水 平 流 出 量 は29 mm, こ の 土 層 内 の 保 水量 変化 は2mmとな り, 水収 支の 残 差で ある 難透 水層 を通 じた 鉛直 下方 への 流出 量 は172 mmと計 算さ れた 。ま た, 難透 水層 の透 水係 数は ,7.1x1ヂm´ と推 定さ れた 。次 に ,こ の透 水係 数を 用い て他 の年 の年 間の 鉛直 下方 への 浅層 地下 水流 出量 を計 算す ると 共 に, 年間 の深 さImから の浸 透水 量と 鉛直 下方 への 浅層 地下 水流 出量 の差 から 浅層 地下 水 の水 平流 出量を求めた。その結果 ,9年間 (1995〜2003年)の平 均では,水平方向への浅層地下水流出量(58%)が鉛直下方(42%)
を上 回る と推 定さ れ, 多雨 年(1531―) は水 平 方向 (78%),少雨年(987mm)は鉛直下 方(87% )が 卓越 した 。こ のよ うにして,根群域下の 不飽和帯及び浅層地下水帯の水収支 を定量化することがで きた。
― 82 ‑
3.N
収支に基づく有機態N
量と脱窒N量の推定約
8
年間(1995
年4
月〜2002
年12
月)を対象とすると,降水由来N量94 kgNba‑l
及び施肥
N
量3989
(化成肥料2873十稲わら堆肥1116) kgNha‑1に対して,作物吸収N量は2411kgNha‑l
であり,そのうち1136 kgNha一tが収穫物として圃場外へ持ち出された。その結果としての地表面における正味のN負荷量2947 kgNhaー
1
(100%)に対して,水フラックスとN03−.N濃度の積により求めた深さImからの
N03
一N
溶脱量は1255 kgNha一1(43
%),実測した深さImまでの土層内N03‑N増加量は270kgNhaー
1
(9
%)であった。したがって,この期間,深さlmまでの土層内N収支の残差は1422kgNha・1(
48
%)となり,これは実測した深さ
O
〜30cm
の土壌中有機態N増加量とおおよそ一致した。すなわち,深さlmまでの土層内N収支の残差は,脱窒N量ではなく,主として有機態N増加量に相当すること
が明らかとなった。
約1年間(2001年11月〜
2002
年10月)を対象として,深さ1.〜2.6m(根群域下の不飽和帯と浅層地下水帯)の土層内N03一N収支を求めたところ,深さlmからのN03ー
N
溶脱量は52kgNh『
l
,浅層地下水帯を通じた水平方向への正味のN03
−]N流出量は6kgNha一1, 深さ2
.6m
の難 透水層上 面から鉛 直下方へ のNO
州流出 量は30kgNh
『1
,土層内の不飽和帯中のN03―吸着量を考慮したNOrN増加量は
5kgNh
『l
と推定された。土層内N03
−・N
収 支の残差11kgNha
・1
にっいては,浅層地下水帯ではN03
―の窒素安定同位体自然存在比が 上昇すること,室内培養実験では脱窒が生じることから,浅層地下水帯中での脱窒N
量に 相当すると考えた。さらに,脱窒速度がN03
濃度の一次反応式に従うと仮定し,この浅層 地下水帯中でのN03ー濃度の半減期を求めると3130年であった。4
.不飽和帯及ぴ浅層地下水帯を通じたN03
ー輸送時間深さ
Im
における土壌中N03
一含量と液相中N03ー存在量を比較したところ,N03ーの半分近くが固相吸着されていた。このことは,N03輸送を遅らせる方向に作用する。一方,選
択流はピストン置換(流入水が土壌中に元々ある水をピストンで押し出すように均ーに流
出させる)を仮定した場合よりも
N03
―輸送を速める方向に作用する。これらの相反する作用により,不飽和帯及ぴ浅層地下水帯を通じた鉛直下方へのN03―濃度ピークの移動速度は,
見かけ上,ピストン置換を仮定した水移動速度とほぼ一致した。そこで,この圃場ではN03―
輸 送時間を ピストン置換による水移動時間で近似できると考えて,次の結果を得た。
1995
〜2003年を対象とすると,地表面から根群域下端(深さ1 m)及び浅層地下水面(平均
2.04 m)
までの不飽和帯中のN03
一輸送時間は,それぞれ,平均1.24及び2.81年と推定され,いずれも多雨条件下(1531 mm yr‑1)で小さく(0.75及び1.54年),少雨条件下(987
mm yr‑1
)で増大した(2.51
及び5.88年)。浅層地下水面から難透水層上面(深さ2.6 m)
までのN03―輸送時間は,平均1.85年と推定され,不飽和帯とは反対に,多雨条件下(1531 mnt
yr‑l)
で大きく(2.64年),少雨条件下(987 mm yr‑l)で減少した(1.55年)。これは,主として,多雨年ほど浅層地下水位が高く,飽和帯保水量が増加したことによる。浅層地下水
帯中での鉛直下方へのN03一輸送時間(1.85年)は,
N03
一濃度の半減期3130年より小さく,浅層地下水中のN03−は十分に除去されないまま,その68%が難透水層中ヘ移行すると考え
られる。したがって,この黒ボク土畑では,浅層地下水帯での脱窒による大きなN03一除去
量は期待できず,根群域からのN03一溶脱量を減らす肥培管理が,唯一の地下水汚染軽減対
策である。
5
.結論対象とした黒ボク土畑(施肥Nの28%が稲わら堆肥由来)では,地表面における正味の
N
負荷量 を100
とする と,48が有機 態N
として 表層0‑30 cmに蓄 積するが,残りの52
はN03
−N
となり,地表面でのN
負荷の発生から1.2
年後,根群域(深さIm
まで)以下ヘ溶脱する。溶脱したN03ーは,地表面での
N
負荷の発生から2.8
年後,深さ2mにある浅層地下水面へ到達する。浅層地下水帯中のN03‑Nは,
17
が脱窒により除去されるが,地表面― 83
でのN負荷の発生から
4.7
年後には,N03ーN
として35が難透水層中ヘ移行する。これらの 定量値は,集水域スケールでの土壌一地下水を通じたN03一輸送時間,N03ー除去量及び有機 態N増加量を説明,予測するための新しい知見となる。84―
学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 准教授
長谷川 波多野 長澤 中原
学 位 論 文 題 名
周一 隆介 徹明 治
圃場条 件下の不 飽和帯 及び浅層地下水帯を通じた 水移 動と硝 酸塩輸送 の定量 化に関する研究
本 論文 は6章 から な り ,図42,表15,引 用 文 献223を含 む141ぺ ー ジ の和 文 論文で ある。
他に参考論文5編が添えられている。
集 水 域 ス ケ ー ルで の 正 味の 窒 素(N)負 荷 量と 河 川 を通 じ たN流 出 量 は, 時 間 的, 量 的 に 必 ずしも 一致しな いこと が知られ ている。 これを 定量的に 説明, 予測する ために は,土壌ー 地 下 水 を通 じ た 硝 酸塩 くN03‑)の輸 送 時 間と 形 態 変化( 脱窒によ るN除 去量と 系内の有 機態 N増加 量)に関 する情報 が不可 欠である が,こ れまでの 研究は ライシメータ規模にとどまり,
圃場条件下での定量的知見がほとんどない。
そ こで, 本研究は ,国内 の畑地面 積の約 半分を占 める黒ボ ク土の 畑圃場を 対象と して,不 飽 和帯及 び浅層地 下水帯 を通じた 水移動を 定量化 すると共 に,N03輸送量 ,N03一輸送時間,
N031除去量及び有機態N増加量を明らかにすることを目的とした。
作 物根 群 域 に 相当 す る深さImまでの 土層を対 象として ,9年間(1995〜2003年), 保水量 と 深 さImに お け る動 水 勾 配を30分間 隔 で 測定 し , マト リ ッ クス 流 ( 鉛 直一 次 元のDarcy式 に よ り 算出 ) と 選 択流 ( 降 雨開 始 か ら直 後 ま での 期間の 深さImま での土層 内水収 支から算 出 ) を 求め た 。 両 者の 合 計 であ る 年 浸透 水 量(230〜799 mm)は ,年 降 水 量(987〜1531 mm) に比例して増加すること,水移動の主体はマトリックス流であること(年浸透水量の73〜84%),
選 択 流 は年2〜7回し か 発生し ないが年 浸透水 量の16‑27%を占 めること が明ら かとなっ た。
約1年 間(2001年11月 〜2002年10月 , 降 水 量894 mm)を 対 象 に , 深 さ1.0〜2.6m( 根 群 域 下の不 飽和帯と 浅層地 下水帯) の問に存 在する 浅層地下 水位の 圃場内分 布の測 定値を用い て , 水 平 二 次 元 のDarcy式 に 基 づき 水 平 方 向へ の 正 味の 浅 層 地下 水 流 出量(29 mm)を 算 出 し た。さ らに,こ の土層 内の水収 支より, 粘土質 の難透水 層(深 さ2.6‑5.5 m)中ヘ 流入する ―85―
鉛 直下方への浅層地下水 流出量(172 mm)と難透水層 の透水係数(7.1×10・9m〆)を求めた。
難 透水 層の 透水 係 数と 浅層 地下水位の年平均値(1995〜2003年)を用いて,鉛直下方への浅 層 地下水流出量を計算し ,深さ1.0〜2.6mの水収支か ら水平地下水流出量を求めると,浅層地 下 水 の 流 出 方 向 は , 水 平 方 向(58% ) が 鉛 直 下 方(42% ) を や や 上 回 る と 推 定 さ れ た 。 地 表 面 のN収 支 は , 約8年 間 (1995年4月 〜2002年12月 ) を 対 象 と す る と , 降 水N量94 kg ha‑l及び 施肥N量3989( 化成 肥料2873十稲 わら 堆肥1116) kgha・1に対 して ,作 物吸収N 量は2411 kg ha・l,そのうち1136 kg ha‑1は圃場外への持ち出しであった。地表面の正味のN 負荷量2947 kg ha‑l(100%)に対し て,深さImからのN03‑N溶脱量は1255 kg ha‑l (43%),
深 さImまで の土 層 内N03一N増加 量は270 kg ha一1(9% )で あり ,N収支 の 残差N量1422 kg ha‑1 (48% ) は , 深 さ0‑30 cmの 土 壌 中 有 機 態N増 加 量 と お お よ そ 一 致 し た 。 約1年 間(2001年11月 〜2002年10月 )の 深さ1.0〜2.6m(根 群域 下の 不飽 和帯 と浅 層地 下 水 帯) にお けるN03‑N収支 は, 深さImか らのN03―N溶脱 量52 kg ha一1, 浅 層地 下水帯を通 じ た水 平方 向へ の 正味 のN03‑一N流 出量6kg ha‑l, 深さ2.6mの難透水層上面から鉛直下方へ のN03−・N流出量30 kg ha‑l,不飽和帯中のN03ー吸着を考慮したN03―N増加量5kg ha‑lと計算 さ れ,N収支 の残 差N量11 kg ha一1は浅 層地 下 水中 での 脱窒N量 と考 えら れ た。 脱窒速度が N03ー濃 度の 一次 反応 式に 従う と仮 定す ると ,N03一濃 度の 半減 期は3130年 と推 定された。
不飽和 帯及び浅層地下水帯を通じた鉛直下方へのN03ー濃度ピークの移動速度は,見かけ上,
ピ ストン置換を仮定した 水移動速度とほぽ一致した。そこでこの圃場ではN03一輸送時間をピ ス トン置換による水移動 時間で近似できると考え,1995〜2003年を対象に,地表 面から深さl m及 び浅層地下水面(平均2.04 m)までの不飽和帯中のN03一輸送時間を求めると,それぞれ,
平 均1.24及び2.81年であ った。また浅層地下水面から難透水層上面(深さ2.6 m)までのN03一 輸送時間 は平均1.85年と推定され,N03|濃度の半減期3130年よ りも小さかった。すなわち,
浅 層地下水中のN03ーは十分に除去されず,その68% が難透水層中へ移行すると計算された。
要 約 す る と , 地 表 面 に お け る 正 味 のN負 荷 量 を100と す る と ,48が 有 機 態Nとし て表 層 0 30 cmに 蓄 積 す る が ,残 りの52はN03−Nとな り, 地表 面で のN負 荷の 発生 から1.2年後 , 根 群域 (深 さ1 m)下へ 溶脱 する 。溶 脱し たN03ーは ,地 表面でのN負荷の発生か ら2.8年後,
深 さ2mに あ る 浅 層 地 下 水 面 へ 到 達 す る 。 浅 層 地 下 水 中 のN03‑Nは , 脱 窒 で17が除 去さ れ る が, 地表 面で のN負 荷の 発生 から4.7年 後,N03ー ・Nとし て35が難 透水 層 中へ 移行する。
以上 のよ うに 本 論文 は, 黒ボク土畑圃場を対象と して,不飽和帯及び浅層地下水帯を通じ た 水移 動とN03I輸 送過 程を 定量的に明らかにした。 これらの定量値は,これまで圃場条件下 では得ら れておらず,集水域スケールでの土壌一地下水を通じたN03一輸送時間,N03ー除去量 及 び有 機態N増加 量を 説明 ,予 測す るた めの 基 礎と なる 新しい知見であり,関連学会におい て も高 く評 価さ れ てい る。 よって審査員一同は,江 口定夫が博士(農学)の学位を受けるの に十分な 資格を有するものと認めた。
‑ 86―