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代表取締役解職の取締役会決議と特別利害関係
市 J I I 兼
I 序
1
問 題 点取締役会の決議に際して,その決議に特別の利害関係を有する取締役は 決議に参加することができない(平成
1 7
年改正前商法…以下改正前商と 略す…260
条ノ2第 2
項)。改正前商法はそのように規定するが,特別の 利害関係が何を意味するかについては規定せず,解釈にゆだねている。そ こで取締役会における代表取締役の解職決議において,解職の対象となる 当該取締役は,その決議に特別の利害関係を有する取締役(特別利害関係 人)となるのか否かが問題となる。代表取締役の選定決議は取締役会にお ける業務執行の一環であり,選定の対象となる取締役も特別利害関係人と ならず,決議に参加できることは明らかである。また,代表取締役解職提 案があった場合に,議事運営の公正を確保するために,解職対象となった 代表取締役が議長資格を失うことも明らかである。2
立 法 趣 旨取締役会決議につき特別の利害関係を有する取締役は,決議に参加する ことができない(改正前商
260
条ノ2第 2
項)。その立法趣旨について,次のような説明がなされている。取締役は会社の受任者(改正前商
2 5 4条 四 八
‑ 1 ‑
25-1•2-148 (香法2 0 0 5 )
四
3
項)として会社の利益のために議決権を行使すべきであり,自己の利益 のために議決権を行使することは許されないので,決議につき特別の利害 関係があって,自己のために議決権を行使するおそれのある取締役につい(1)
ては,事前にその議決権行使を排除することにしているのである。
取締役が会社のため忠実に職務を執行する義務を負っていること(改正
(2) (3)
前商
2 5 4
条ノ3)
の表れや,決議の公正を期するためとも説明されるが,これらは,同じことを別の言葉で表現したものと考えてよかろう。
3
会社法の規定2 0 0 6 年 5
月より施行を予定されている会社法における関係規定は次の とおりである。(取締役会の権限等)
第 3 6 2 条
取締役会は,すべての取締役で組織する。2
取締役会は,次に掲げる載務を行う。取締役会設置会社の業務執行の決定 二 取締役の職務の執行の監督
三 代 表 取 締 役 の 選 定 及 び 解 職
3
取締役会は,取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。(取締役会の決議)
第 3 6 9 条
取締役会の決議は,議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合以上)が 出席し,その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては,
その割合以上)をもって行う。
2
前項の決議について特別の利害関係を有する取締役は,議決に加わ七
(1) 前田庸「会社法入門第9版』(有斐閣, 2003年) 360頁,関俊彦『会社法概論新版』(商事法務, 2001年) 258頁。
(2) 江頭憲治郎『株式会社・有限会社法第4版」(有斐閣, 2005年) 358頁。
(3) 鈴木竹雄・竹内昭夫『会社法第3版」(有斐閣, 1994年) 279頁,神田秀樹『会杜 法第6版」(弘文堂, 2005年) 125頁。
25‑1・2‑147(香法2005)
‑ 2 ‑
ることができない。
会社法においては,
3 6 2
条2
項3
号において,代表取締役の選定のみな らず解職も取締役会の権限であることが明記されている。改正前商法で は,2 6 1
条において代表取締役の選定が取締役会の権限であることは,明 記されていたが,その解職については,触れられていない。しかし,その 解職についても,取締役会の権限であることについて,判例・学説は一致 していた。この見解を,会社法3 6 2
条2
項3
号は明文化したものにすぎな いとすれば,実質的な内容において,改正前商法と会社法は,異ならない と解することができよう。とすると,代表取締役解職の取締役会決議にお いて,当該代表取締役が特別利害関係人となるのか否かの問題も,改正前 商法においてと同じく,会社法においても,存続するということができよう。I l 判 例
昭和
5 6
年商法改正前の商法260
条ノ2第 2
項が準用する同法2 3 9
条5
項の特別利害関係の解釈について,昭和44
年の最高裁判決は,代表取締 役の解任に関する取締役会決議においては,当該代表取締役は,特別利害 関係を有する者にあたる,と解する(最判昭44・3・28
民集2 3
巻3
号6 4 5
頁)。その理由について,以下のように説明する。「代表取締役は,…,会 社の経営,支配に大きな権限と影響力を有し, したがって,本人の意思に 反してこれを代表取締役の地位から排除することの当否が論ぜられる場合 においては,当該代表取締役に対し,一切の私心を去って,会社に対して 負担する忠実義務(商法2 5 4
条3
項・2 5 4
条ノ2
参照)に従い公正に議決 権を行使することは必ずしも期待しがたく,かえって,自己個人の利益を 図って行動することすらあり得るのである。それゆえ,かかる忠実義務違 反を予防し,取締役会の決議の公正を担保するため,個人として重大な利 害関係を有する者として,当該取締役の議決権の行使を禁止するのが相当 だからである。」(同判決)。その後の判例は,取締役会における代表取締役解任決議において,解任 四六
‑ 3 ‑
25-l•2-146 (香法2 0 0 5 )
の対象となる当該取締役は,特別利害関係人となり, したがって,その決 議に参加できない,と解することにおいて一致しており,判例の立場は確 立しているといえる(東京地判平
2・4・20
判時1 3 5 0
号1 3 8
頁,福岡地 判 平5・9・30
判 時1 5 0 3
号1 4 2
頁 , 名 古 屋 地 判 平9・6・18
金判1 0 2 7
号
2 1
頁)。これらの判例は,いずれも,代表取締役解任に関する取締役会 決議は,取締役会の代表取締役に対する監督権の発動としてなされる,と いう理由で,当該代表取締役は特別利害関係人となり, したがって,当該 決議に関しては,議決権を行使でぎないし,議長の権限も当然に喪失するもの, と解する(上記
3
判決)。皿 学 説
1
序取締役会における代表取締役の解職決議において,解職の対象となる当 該取締役は,その決議に特別の利害関係を有する取締役(特別利害関係人)
となるか否かについて,学説では,判例と同じく,これを肯定する説(肯定
(4) (5)
説)が多いと思われる。しかし,これを否定する説(否定説)も有力である。
(4) 前田・前掲(注
1)3 6 0
頁,神田・前掲(注3)1 2 5
頁,伊藤壽英「判批」鴻他編『会 社判例百選第6
版』(有斐閣,1 9 9 8
年)8 5
頁,上柳他編代『新版注釈会社法(6)』(有 斐閣,1 9 8 7
年)1 1 6
頁〔堀口亘〕,阪埜光男「判批」鴻他編『会社判例百選第5
版』( 1 9 9 2
年)9 3
頁,並木俊守「判批」鴻他網『会社判例百選第4
版』( 1 9 8 3
年)8 7
頁,酒巻 俊之「判批J奈良法学会雑誌1 0
巻1
号( 1 9 9 7
年)5 0
頁,大隅健一郎・今井宏『新版 会社法論中巻I
」(有斐閣,1 9 8 3
年)1 8 5
頁,永井和之『会社法第2
版』(有斐閣,2 0 0 0
年)1 7 7
頁,上村達男「取締役会の招集・運営をめぐる諸問題」商事1 0 4 0
号( 1 9 8 5
年)1 6
頁,三枝一雄『論点整理会社法』(法律文化社,2 0 0 1
年)2 0 6
頁。(5) 龍田節「判批」民商法雑誌
6 2
巻1
号( 1 9 7 0
年)127‑128
頁,正亀慶介「取締役会 における特別利害関係人の範囲と取扱い」北沢• 浜 田 編 『 鹿 法 の 争 点 I』(有斐 閣,1 9 9 3
年)1 4 1
頁,菱田政宏「判批」我妻編代『会社判例百選新版』(有斐閣,1 9 7 0 四
年)1 4 2
頁,河本一郎『現代会社法新訂第9
版』(商事法務,2 0 0 4
年)449
頁,北沢五
正啓「会社法第3
版』(青林書院,1 9 9 1
年)3 6 6
頁,徳永哲男「判批」酒巻編『重要 判例解説会社法新版』(学陽書房,1 9 8 8
年)1 4 9
頁,神崎克郎『取締役制度論』(中央 経済社,1 9 8 1
年)1 5
頁,江頭・前掲(注2) 3 5 9
頁,鈴木・竹内・前掲(注3) 2 8 0
頁,関・前掲(注1) 2 5 9
頁,吉本健一「代表取締役解任の取締役会決議と特別利害 関係」和歌山大学経済学部『新しい時代の企業像」( 1 9 8 0
年)2 2 6
頁。25‑1
・2‑145
(香法2 0 0 5 )
‑ 4 ‑さらに,決議が業務執行の一環としてなされるときには,これを否定し,監
(6)
督権の一環としてなされるときには,これを肯定する説(折衷説)もある。
2
肯 定 説肯定説の論拠は,ほぼ判例に同じである。すなわち,解職の対象となる 当該取締役を特別利害関係人としてその議決権行使を禁止するのは,取締 役の忠実義務違反を予防し,取締役会決議の公正さを担保するためであ
(7)
る。さらに,会社経営能力の適否が問われているときには,判定の対象と なっている当該取締役を除外して決議の公正さを図ることが,決議の公正 を守るという,別の意味での会社に対する忠実義務を遂行することにな
(8)
る。また,特別利害関係を認めるべき根拠として,取締役会による代表取
(9)
締役に対する監督権の行使をあげる。なお,肯定説の立場からは,当該代 表取締役の決議参加が不公正であると判断された以上,取締役会での意見 陳述も公正ではありえないから,当該代表取締役は取締役会から退席しな
(10)
ければならない。
3 否 定 説
否定説の論拠は,次のとおりである。代表取締役のポストの争奪は会社 支配権争奪の一環でもあり,取締役およびその背後にある株主の勢力関係 を反映せざるをえないものであり,ある人が代表取締役として適任か不適
(11)
任かの判断は,忠実義務以前の問題である。利益の衝突は,会社と取締役 個人との間ではなく,取締役間に存在するものであり,これを超克するた
(6) 稲田俊信「取締役会の解任とその手続
J
法律のひろば3 6
巻3
号( 1 9 8 3
年)4 8
頁,出口正義『株主権法理の展開』(文真堂,
1 9 9 1
年)310‑311
頁。四
(7) 伊藤・前掲(注
4) 8 5
頁。四
(8) 伊藤同所。
(9) 永井・前掲(注
4) 1 7 7
頁。(10) 伊藤・前掲(注
4) 8 5
頁,三枝・前掲(注4) 2 0 6
頁。 (11) 龍田・前掲(注5) 1 2 7
頁。‑ 5 ‑ 25‑l・2‑1 4 4
(香法2 0 0 5 )
めに選挙の形をとって代表取締役の選任が行われ,解任もちょうどその裏
(12)
面にほかならない。忠実義務の観点からすると,特別利害関係とは,取締 役が自己の利益を追求すると必然的にそれが会社の不利益となるような関 係であるが,代表取締役解任決議に関しては,当該取締役は自己の利益を 追求する(決議に参加する)と必然的に会社に不利益が生ずるという関係
(13)
にない。代表取締役の解任は,取締役会の監督権限の行使というより業務 執行(経営方針等)を巡る二派の争いそのものである例が多いと思われる
(14)
同人の議決権を排除すべき理由はなく特別利害関係に当たらない。
ので,
折 衷
折衷説の論拠は,次のとおりである。取締役会の業務執行の一環として 代表取締役の解任決議がなされる場合は,当該代表取締役も株主により会 社経営に関し委任を受けて取締役に就任したものであり,自らがその業務 執行の最適任者としてその解任決議を否定する投票を行うことは,会社の
(15)
業務執行に対する忠実義務そのものの履行である。取締役会の監督権の一 環として代表取締役の解任決議がなされる場合は,違法行為ないし非妥当 なる行為に対する責任追及であり,この場合に,当該代表取締役が解任決 議に参加し,解任案に否定する投票をなすことは,自己の責任を回避し,
自己の地位を擁護するものであって,それは個人的利益の追求として特別
(16)
利害関係人となる。
4
説y 検
︳ ︳ ︱ ‑ ロ寸
序
代表取締役と会社との関係は委任であり,
ー
会社はいつでも理由なしにそ 一四
三 (12) (13) (14) (15) (16)
龍田・前掲(注
5) 1 2 8
頁。 関・前掲(注1)2 5 9
頁。 江頭・前掲(注2)3 5 9
頁。 稲田・前掲(注6)4 8
頁。 稲田同所。25‑1
・2‑143
(香法2 0 0 5 )
‑ 6 ‑の関係を解消できる(民
6 5 1
条1
項)。取締役会における代表取締役の解 職決議は,経営専門家の団体であり,経営間題に迅速に対応する必要のあ る会議体としての性格上,取締役への事前連絡なしに,かつ提案理由なし に行うことができる。しかし解職提案の出される状況を具体的に考えてみ ると,解職対象となる代表取締役に違法もしくは著しく不当な行為(以下 違法行為等と略す)がないにもかかわらず,経営方針もしくは経営の主導 権をめぐる争い(以下経営権争奪と略す)に起因する場合と,当該代表取 締役に違法行為等があり,その行為を止めさせるまたはその行為の責任を 追及することに起因する場合に分けられるであろう。以下この二つの場合に分けて検討する。
2
経営権争奪に起因する場合株主は,会社の経済的所有者として,会社を支配し会社の経営に参加す る権利を有する。取締役会設置会社においては,株主の会社支配ないし経 営参加権は,まず,株主総会における取締役の選任・解任を通じて行使さ れるが,それだけでは十分でない。株主の意を受けた取締役が取締役会に おいて経営トップの代表取締役を選定・解職することを通じて,すなわ ち,代表取締役の選定・解職が,間接的にではあれ,株主の意思を反映す ることによって,株主の会社支配・経営参加権は実現する。このことを明 らかにしているのが,取締役会の代表取締役選定・解職権限である(改正 前商
2 6 1
条,会社3 6 2
条2
項3
号)。その点において,取締役各人は対等・平等であり,株主の意を受けて代表取締役の選定・解職の決定に参加す る。それゆえ,たとえ解職決議の対象となっている代表取締役といえども,
(17)
他の取締役と同じく,その決議に参加し,投票することができる。
(17) 参照,河本一郎
I
取締役会の運営(その3)
」法セ3 6 9
号( 1 9 8 5
年)1 2 2
頁「会社 を支配,経営しようとして株主となり,資本多数決の原理に基づいて取締役になった ものが,その趣旨を貰徹せんとして取締役会で自らを代表取締役に選任すべく1
票を 投じ,さらにその代表権剥奪に対し反対投票をするのも,これまた当然のことという べきであろう。」。‑ 7 ‑
25‑1
・2‑142
(香法2 0 0 5 )
四
代表取締役は取締役の中から選定される(改正前商
2 6 1
条1
項,会社3 6 2
条3
項)。取締役の誰もが代表取締役となる可能性を平等に有する。代表取締役の選定をめぐって取締役間に利益対立が生じるとしても,各取 締役が代表取締役の選定に関して有する利益は同質のものであり,代表取 締役の選定は各取締役の平等な参加によって決定されねばならない。代表 取締役の解職についても,経営の指揮を取締役の中の誰に委ねるか委ねな
いか,の決定として,選定と同じである。代表取締役の解職も選定と同じく,
当該代表取締役を含めて各取締役の平等な参加によって決定されるべきで ある。
取締役が決議に参加することができない特別の利害関係とは,たとえ ば,取締役個人が会社と取引する場合のように,取締役個人に有利になる ことが会社の不利になるというように,取締役個人の有利と会社の不利と が直接関係している場合であろう。このような場合には,取締役個人が,
会社の利益を犠牲として,個人の利益を追求するおそれがあり,これを阻 止するため当該取締役の決議参加を禁止することが必要となる。代表取締 役が代表取締役のポストに伴って得る様々な利益(たとえば,平取締役よ
りも多額の報酬)は,会社の利益と対立するものでなく,会社の利益を増 加するために,有能な人物を代表取締役として確保するために,必要なも
のである。代表取締役のポストに伴う様々な利益は,現代表取締役が解職 された場合にも,取締役の中から代わりに選定される新代表取締役がその まま手に入れるはずのものであるから,取締役間に,そのような利益をめ ぐる対立があるとしても,解職決議の対象である代表取締役と会社との間 には利益対立はない。したがって,そのような利益は解職の対象である代 表取締役が解職決議に参加することを否定する理由とはならない。
四
3
違法行為等に起因する場合取締役会は取締役の職務の執行を監督する(改正前裔
260
条,会社3 6 2
条2
項2
号)。平取締役でも,代表取締役の業務執行に対する監督機能を25-1•2-141 (香法
2 0 0 5 ) ‑ 8 ‑
有する取締役会の構成員たる地位に基づいて,代表取締役の業務執行に対 する監督権を有し監視義務を負う。
代表取締役の違法行為等を放置し,それによって会社または第三者に損 害が発生すると,平取締役であっても,監視義務違反として,会社または 第 三 者 に 対 し て そ の 損 害 を 賠 償 す る 義 務 を 負 う こ と も あ る ( 改 正 前 商
2 6 6
条1
項5
号,2 6 6
条ノ3
第1
項 , 会 社423
条1
項,429
条1
項)。代表取 締役が違法行為等をなそうとしているときには,取締役は取締役会におい てそれを問題とし,差し止めるべきであり,またすでに行っていたときに は,その責任を追及するべきである。そのような場合に,取締役会におい て,代表取締役の違法行為等を差し止めるもしくはその責任を追及する手 段の一つとして,代表取締役から代表権を奪うため代表取締役を解職せざ るをえないこともある。たとえば,代表取締役が会社の利益を犠牲にして 個人的な利益を追求しており,その行為を批判しても,その行為を止めな いような場合には,代表取締役を解職せざるをえなくなる。このような場 合 に は , 当 該 代 表 取 締 役 と そ の 責 任 を 追 及 す る 他 の 取 締 役 の 求 め る 利 益 は,まったく異質の利益であり,鋭く対立する。当該代表取締役にとって は,代表取締役を解職されないことが彼の個人的利益となるが,他の取締 役にとっては,当該代表取締役を解職することが監視義務の履行となり,もしそれができないと,監視義務違反の責任を問われるおそれがある。
取締役会での取締役の議決権は,委任契約に基づいて,会社の利益追求の ために行使すべきであり,個人的利益追求のためには行使すべきでない。ま た,取締役会の業務執行の監督権は,取締役間の相互的な監視義務の履行に よって実現される。代表取締役は他の取締役の自己に対する正当な監視義 務の履行を妨害するべきでない。代表取締役は自らに対する監視義務を負
わないし,その履行に加わることもできない。したがって,解職決議の対象
四
0 となっている代表取締役は,その議決に加わることができない,と解する。代表取締役解職の提案理由が,代表取締役の違法行為等を止めさせるま たはその責任を追及すること,いいかえれば,監視義務の履行を理由とす
‑ 9 ‑ 25‑1
・2‑140
(香法2 0 0 5 )
るときに,解職対象の当該代表取締役は解職決議に加わることができな い,とした場合に,この決議参加禁止と取締役会決議への参加を禁止され る特別の利害関係(改正前商
260
条ノ2第 2
項,会社3 6 9
条2
項)係はどうなるのであろうか。
との関
本来,特別利害関係とは,取締役個人と会社との間の取引のように,取 締役個人が有利になると会社が不利になるような,取締役と会社との間に 利益の対立がある場合である。代表取締役の会社の利益を犠牲にして個人 的利益を追求する行為そのものの禁止が,取締役会の議題となった場合に は,当該代表取締役は特別利害関係人として,その議決に加わることがで きないことは明らかと思われる。代表取締役の会社の利益を犠牲にして個 人的利益を追求する行為を止めさせるために,代表取締役から代表権を奪 うことが必要となり,そのために,その代表取締役の解職決議が提案され た場合には,当該代表取締役がその議決に加わって,自らの解職に反対投 票することは,会社の利益を犠牲にして個人的利益を追求する行為を続け るためである,と解される。そうであるならば,それは,会社の利益と代 表取締役の個人的利益が対立する場合であり,特別利害関係に該当すると 解することができよう。
一 三 九
原則と例外
代表取締役解職の提案理由が,経営権争奪に起因する場合には,解職対 象の代表取締役は議決権を有するが,代表取締役の違法行為等に起因する 場合には,解職対象の代表取締役は議決権を有しない。それではこの両者
の関係はどう考えたらよいのであろうか。
株主の会社支配・経営参加権は,まず,株主総会における取締役の選任・
解任を通じて行使されるが,取締役会設置会社においては,これだけでは 十分でない。株主の意を受けた取締役が経営トップの代表取締役を選定・
解職することを通じて,つまり,代表取締役の選定・解職が,間接的にで はあれ,株主の意思を反映することによって,株主の会社支配・経営参加
4
25‑1
・2‑139
(香法2 0 0 5 ) ‑ 1 0 ‑
権は実現される。このことを明らかにしているのが,取締役会の代表取締 役選定・解職権限(会社
3 6 2
条2
項3
号)であろう。とすると,選定のみ ならず解職においても当該代表取締役を含めて取締役全員が平等に議決に 加わることが原則であろう。すなわち,代表取締役解職決議が提案された場合に,原則として,当該 代表取締役もその議決に加わることができるが,その解職提案が当該代表 取締役の違法行為等に起因するものであることが疎明された場合には,例 外的に,当該代表取締役はその議決に加わることができない,と解する。
5
具体的な処理について代表取締役の解職決議であっても,当該代表取締役も含めた取締役の全 員が各自平等にその解職決議に参加できるのが原則である(会社
3 6 2条 2
項3
号)。とすれば,当該代表取締役の議決参加を望まない取締役が,解 職提案は当該代表取締役の違法行為等に起因するものであること,いいか えれば,自らの監視義務の履行のためであることを疎明しなければならな い,と考える。つまり,具体的な処理は次のようになろう。解職議案が提案されると,その対象となる当該代表取締役が通常には議 長を務めていたとしても,その代表取締役は,議事運営の公正確保のため,
議長資格を失い,解職提案の対象となっていない他の取締役が議長となる。
その議長主宰のもとで,提案者が提案理由を説明する。それに対して,解 職対象となった代表取締役が反論もしくは弁明する。この両者の議論に他 の取締役も加わって,解職対象となった代表取締役に違法行為等が存在し たか否かについて議論する。その議論から,議長が,解職対象となった代 表取締役の違法行為等の存在が一応確からしいと判断できると,その解職 提案の対象となった代表取締役は,当該議決に加わることができなくなり,
退席しなければならなくなる。議長がそのように判断できない場合には,
その場合でも,解職提案そのものは有効であるが,解職対象となった代表取 締役も,解職是か非かの議論に加わり,その議決にも参加することができる。
ニ ニ 八
‑ 11 ‑
25‑1・2‑1 3 8
(香法2 0 0 5 )
解職対象となった代表取締役に違法行為等が存在することについての疎 明がないにもかかわらず,当該代表取締役を議決に参加させないで成立し た解職決議は,当該代表取締役を議決に参加させなかったこと,それだけ では無効となるものではなく,当該代表取締役の議決参加を排除する実質 的理由である,当該代表取締役の違法行為等の存在が疎明できなかったと
きに,無効になるもの,と解する。つまり代表取締役が決議に加わらなかっ たことは取締役会決議の瑕疵となるが,当該代表取締役の違法行為等の存 在が疎明されれば,その瑕疵は治癒されるもの,と考える。
V 判例の検討
序
N
において導き出された判断枠組みによれば,従来の判例についてどの ように評価すべきであろうか。この間題を結びに代えてここで検討しよう。代表取締役の解職決議の有効・無効が直接に問題となった事件として,
この問題についてのリーデイング・ケースである①最判昭
44・3・28 民 集 2 3 巻 3
号6 4 5
頁の他に,②東京地判平2・4・20
判時1 3 5 0
号1 3 8
頁,③福岡地判平
5・9・30
判時1 5 0 3 号 1 4 2
頁,④名古屋地判平9・6・18
金判
1 0 2 7 号 2 1
頁がある。これらはいずれも,既にみたように,解任対象 の代表取締役は特別利害関係人であり,議決に加わることができない,判示している。
と
これらの判例を,その会社名から,また会社名の明ら かでないものについては,地方裁判所の名によって,①を日東澱粉化学事 件,②を三越事件,③を福岡事件,④をメイテック事件と表すことにする。
以下においては,
一三
七 日東澱粉化学事件
日東澱粉化学は,
Aが実質上全株を保有し,代表取締役として経営を主
宰していた。A死亡後,その妻 Bが 同 社 の 代 表 取 締 役 に 就 任 し た が , 同
もう一人の代表取締役であり,Bの甥にあたる Cに総括さ
2
社の実務は,
25‑1 ・ 2 ‑137
(香法2 0 0 5 ) ‑ 1 2 ‑
せていた。
ところが,
B
に無断で,Cが 2
億円余を被担保債権とする抵当権を同社 の土地・建物に設定する旨の契約書を同社の取引先である甲社に差し入れ た。このことが一つの原因となって,B
とCが日東澱粉化学の経営をめ ぐって争うようになり,昭和30
年1
月5
日に開催された取締役会におい てCの代表取締役解任決議がなされた。その決議には,同社の取締役で あるB , C , D, Eが出席し, B , D
は賛成,C , Eは反対であった。
その後,
C
が招集した同年2
月1 9
日に開催された取締役会においてC
が代表取締役に選任されたとして,C
の代表取締役就任登記が同年4
月 28日になされた。その同じ日にCが日東澱粉化学の代表取締役として同
社の債権約1
億2 , 0 0 0
万円を甲社に譲渡する契約を甲社と締結した。裁判ではこの債権譲渡契約の有効・無効が争われた。判決は,昭和
3 0
年1
月5
日のC
の代表取締役解任決議は,C
が特別利害関係人として議 決権を行使できないので賛成2
反対1
で可決成立した。したがってC
は 代表取締役でなくなった。その後の同年2
月1 9
日の取締役会は招集権のない者による招集であり,代表取締役の B には招集通知がなされず, B が出席していないので,その取締役会の Cを代表取締役に選任する決議
は無効であり,したがって C は代表取締役でない。そのことを知って甲 社は債権譲渡契約を締結したので,その契約は無効である,と判示された。
この事件では,代表取締役Cの行為によって会社財産が危機にさらさ れており, Cの行為を阻止して会杜財産を守ることが, Cの代表取締役解 任の直接の原因となっていることが窺われるので,代表取締役解任決議に おいて,解任の対象である
Cは議決権を行使できない。したがって判示
と同じ結論となる。
3
三 越 事 件この事件では,代表取締役が愛人である女性の利益を図るため会社の計 算でコミッション料を商品の買受代金に上乗せして支払ったという背任行
‑ 1 3 ‑ 25‑1・2‑1 3 6
(香法2 0 0 5 )
r. ノ
為が代表取締役解任決議の直接の原因となっていることが窺われるので,
解任の対象である当該代表取締役は議決権を行使できない。したがって判 示と同じ結論となる。
福 岡 事 件
被告会社は,
A
が昭和42
年に設立し,経営していたが,A
が昭和5 8
年 に死亡したので, A の長男 Bが代表取締役となって経営していた。 A の 被告会社に対する持株は,A
死亡後,B
の他に,A
の妻C,
長女D,
二女E ,
三女F ,
四女G,
五女H
らによって相続され,C , D , F , G , H
は,B
と共に被告会社の取締役,
Eは監査役になっていた。ところが昭和 6 0
年 頃から,姉妹らの間に,長男B
が母親の扶養を怠っていること,株式の 配当が低額になったことなどから,B
に対する不満が出るようになった。それまで姉妹らは,被告会社の実質上の経営には関与していなかったが,
それを改めるべきであるとの意見が強くなり,平成元年
1 2 月 1 4
日開催の 取締役会において,H
が代表取締役に選任された。平成2
年2 月 1 7
日開 催の母親C以外の全員の取締役が出席した取締役会において, B
の専横 的な態度が変わらないままであるとして,Bが代表取締役から解任された。
その後の株主総会で
B
は取締役に選任されなかった。この事件は,長男
Bが,二女である監査役 E
に会社の書類も見せない 等の専横的な経営,配当が低額になったこと,母親Cの扶養を怠ったこ と等に腹を立てた姉妹らが母親をだき込んで,長男から経営権を奪い取っ た事件である。4
一三 五
しかし,長男
B
が議決権を行使していたとしても結果は変わらなかっ たことが明らかであり,また本件の場合,不意打ちではなく,相当に議論 を尽くした形跡が伺われるので,その瑕疵は,決議の結果に影響を及ぽさ ない特段の事情がある場合として,B
の代表取締役解任決議の有効性は維 持されるべきであろう。25‑l・2‑135
(香法2 0 0 5 )
‑ 14 ‑メイテック事件
原告は東京証券取引所および名古屋証券取引所上場の株式会社メイテッ クの代表取締役社長を昭和
5 5 年 5 月 1 2
日以後平成8 年 7 月 3 1
日の取締 役会で解任されるまで続けていた。緊急動議として提案された解任議案の 提案理由によれば,原告の経営方針ならびに新規事業への投資の考え方が 問題とされており,本件は経営方針ないし経営の主導権をめぐる争いであ ることが明らかである。平成8年 7 月 3 1
日の取締役会の解任決議は,原 告を除いて,賛成1 0 , 反対 2
で可決された。原告は,同社の2 3
期(平成7
年4 月 1
日より平成8年 3 月 3 1
日まで)有価証券報告書によれば,接保有分と思われるものを合わせると
1 5 .7 1
%を保有する大株主であり,これは,同杜の第
2
位の大株主である日本生命保険相互会社の持ち株比率(18)
の
3
倍を超えている。5
間(18) (3) 大 株 主
発行済株式総数
氏名又は名称 住 所 所有株式数 に対する所有株
式数の割合 有 限 会 社 関 口 興 産 名古屋市西区康生通二丁目
2 0
番地l4 , 4 2 5 1 1 . 9 4
日本生命保険相互会杜 大阪市中央区今橋三丁目
5
番12
号1 , 6 6 4 4 . 4 9
株 式 会 社 三 菱 銀 行 東京都千代田区丸の内二丁目7
番1号1 , 6 0 4 4 . 3 3
株 式 会 社 中 京 銀 行 名古屋市中区栄三丁目3 3
番13り1 , 5 2 5 4 . 1 2
関 口 房 朗 名古屋市天白区表由三丁目9 0 6
番地1 , 3 9 6 3 . 7 7
三菱信託銀行株式会社 東京都千代田区丸の内一 T~H 番 5 号1 , 2 3 2 3 . 3 3
明治生命保険相互会社 東京都千代田区丸の内二丁目1
番l号1 , 0 2 0 2 . 7 5 ャ ス
東京都千代田区丸の内二T
月7
番1号8 0 0 2 . 1 6
(常任代理人株式会社三菱銀行)
株 式 会 社 東 海 銀 行 名古屋市中区錦三丁目
2 1
番24号7 7 7 2 . 1 0
住友生命保険相互会社 東京都中央区八重洲二丁目8
番1
号7 4 2 2 . 0 0
計1 5 , 1 8 8 4 0 . 9 9
(注) 1. 三菱信託銀行株式会社の所有株式数には,
1
言託業務に係るものが3 3 6
千 株含まれております。2 .
株式会社三菱銀行は平成8
年4
月1
日付で株式会社東京銀行と合併し,廂号を株式会社東京三菱銀行に変更しております。
出所:株式会社メイテック第
2 3
期(平成7
年4
月1
日より平成8
年3
月3 1
日まで)有価証券報告書
一三 四
‑ 1 5 ‑
25-l•2-134 (香法2 0 0 5 )
~
本件の場合,原告の解任提案がなされたことによって,議事運営の公正 を確保するために,原告が議長の地位を失い,他の取締役が議長として議 事を進めたことに,間題はない。しかし,私見によれば,原告を特別利害 関係人として,協誡および議決から排除したことは問題であり,その瑕疵 は,本件解任決議を無効たらしめるものと考える。本件のように,経営方 針ないし経営の主導権をめぐる争いが原因となって,代表取締役の解任決 議が提案されている場合には,解任対象の代表取締役も意見を交えて十分 に議論すべきであり,それによって結果が変わる可能性もあろう。当該代 表取締役も含めて,十分に議論したうえで,結論を出すべきであり,その 議決には,各取締役の背後にあって各取締役を支持している株主の会社支 配ないし経営参加権を無視できないので,当該代表取締役も参加できるべ
きである。