博士学位申請論文審査要旨
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(2) 博士(社会科学)学位申請論文審査要旨. Eric Romann Lobbying Strategies of Foreign Firms in Japan: from Money and Pressure to Knowledge Building –Corporate Political Activity (CPA) in an International Business (IB) Context-. 1.本論文の主題 本論文は、多国籍企業の進出先国における非市場戦略(non-market strategy)を対象と している。非市場戦略とは、市場における同業者に対する競争のための戦略ではなく、 市場以外の場面で企業が展開する戦略をさす。非市場戦略のなかでも、ロビイング活動 に代表される企業の政治的活動(CPA)に焦点が当てられている。そうした活動を通じ て企業を取り巻く事業環境がどのように作り変えられるかを、在日外資系企業を対象に、 そのパターン、性質、強度、変動、影響について解明しようとするものである。 従来の経営学では、政府や規制当局、業界団体、その他利益団体などの事業環境を構 成する変数は、背景として位置づけられてきた。あるいは、これら変数と企業との間の 関係では、市場原理とは異なるメカニズムが支配的であるため与件として扱われ、もっ ぱら市場というフィールドにおける戦略に限定されてきた。しかし今日、市場戦略を規 定する事業環境それ自体に重要な影響を与える要素として、非市場戦略や CPA を議論 することが、実務の世界はもとより、研究の世界でも共通認識となりつつある。 非市場戦略は日本ではまだ馴染みの薄い研究分野であるが、欧米では注目が高く、す でに一定の研究蓄積がある。欧米の主要大学のなかにはコア科目として設置されている ケースも少なくない。国際経営の分野でも、国による行政や法制度、商慣行の違いとい った、いわゆる「制度的隙間(institutional void) 」に着目して、公式的・非公式的制度 により多国籍企業のビジネスがどのような影響を受け、それに対して非市場戦略をどの ように展開するのが有効であるかという問題への関心が高まってきている。たとえば国 際経営学の世界最大の学会である AIB(Academy of International Business)の年次大会に おいて、それまでも政府・制度・CSR(企業の社会的責任)などをテーマとするセッシ ョンのなかで研究報告がなされてきたが、2014 年にバンクーバーで開催された第 56 回 年次大会以降は、2015 年大会、2016 年大会と 3 年連続で、多国籍企業の非市場戦略に 1.
(3) 関して独立の専門トラックが設けられるほど、メジャーな分野となりつつある。その意 味で、日本と日本に進出する外資系企業を対象に本テーマで研究を行うことは、実務と 研究、また海外の研究と国内の研究の間のリサーチギャップを埋めることにつながり、 本論文の意義は大きい。 多国籍企業による非市場戦略はこれまで、市場メカニズムの機能をサポートする公式 制度の整備の遅れが著しい、新興国市場への進出で議論されることが多かった。とりわ け日本では、透明性の高い法制度や行政システムの存在ゆえに市場を通じたビジネスが 十分に機能し、また非市場戦略に対する寛容性が低いと見なされてきたこともあり、そ のことが研究の立ち遅れに関係しているといえよう。しかし先進国への企業進出であっ ても、規制や行政、金融システムの有り様や、規格の標準化、企業間関係、知的財産、 雇用、教育などの諸制度は、企業の戦略や経営成果に影響を与えるから、非市場戦略と 決して無縁ではない。日本でも、系列システムや政府の産業政策、行政指導、政府調達、 業界団体を通じた関係省庁との利害調整などの非市場的メカニズムが、戦後復興から高 度成長期にかけての経済発展を支えてきた点に鑑みると、非市場戦略がいかに重要であ ったかがわかる。 確かに、日本のビジネスシステムはその後、欧米諸国との貿易摩擦や日米間の MOSS 協議、構造障壁イニシアティブなどを経て、またバブル崩壊後には規制緩和の進展を受 け、より市場的な指向性を強めるようになった。しかしそのことが日本の経済社会構造 における伝統的パワーにシフトを生じさせ、結果として、さまざまなステークホルダー にとって市場外で戦略を選択する余地がむしろ拡大していると、筆者は指摘する。本論 文は、そうした時代背景を正しく認識した上で、日本市場に参入し事業展開を行う外資 系企業にとってのあらたな CPA の実態を明らかにしようとする。それによって、国際 経営における非市場戦略の本質を解き明かそうというのが本論文の主題である。. 2.本論文の構成 本論文は 7 つの章と、ケース分析を詳述した 1 つの補章を含め、全 8 章、315 ページ で構成されている。まず第 1 章で、研究の背景と目的、論文の全体構成が述べられてい る。第 2 章では先行研究の検討が行われている。第 3 章は、鍵となる構成概念の開発と 整理、分析枠組みの構築、および研究方法の提示である。第 4 章では、日本における企 業の CPA とそれを取り巻く全般的環境を、欧州と米国との比較で考察している。第 5 章では日本に進出した外資系企業の CPA の現状が明らかとされ、続く第 6 章で、それ 2.
(4) に対する解釈と理論的な考察、および企業実務に対する含意が述べられている。そして 第 7 章の終章へと続く。第 8 章の補章には、詳細な事例分析が収録されている。22 件 の業界横断的な事例の探索的解析を通じて、第 3 章で提示されたフレームワークの構築、 および第 5 章と 6 章における現状分析と考察を導くプロセスが描かれている。. Contents. page. 1. General Introduction: background, objectives, and structure of the study 1.1 Lobbying and influence: from operational support to shaping of the environment 1.2 Gap filled, purposes and research question 1.3 Goals of our theoretical framework and argument 1.4 Structure of the study. 13. 2. Literature review 2.1 Introduction and presentation of the chapter 2.2 Definitions 2.3 Disciplinary approaches 2.3.1 Economics 2.3.2 Political science 2.3.3 Sociology and organization theory 2.3.4 Strategic management 2.4 Cross-field thematic approach 2.4.1 Resources and capabilities 2.4.2 Taxonomy of CPA 2.4.3 Antecedents 2.4.4 Outcome and performances 2.5 Conclusion of the chapter. 19. 3. Framework and Methodology 3.1 Introduction and presentation of the chapter 3.2 Framework 3.2.1 General presentation 3.2.2 The 2 transversal dimensions: Influence and Coalition 3.2.3 The 3 Main Drivers 3.2.4 The Specific Factors 3.2.5 Process and tactical building block approach 3.3 Methodology 3.3.1 An exploratory research 3.3.2 Qualitative research based on case study 3.3.3 Screening of research field 3.3.4 Data collection and identification of sectors 3.3.5 Selection of cases and treatment of other material 3.4 Conclusion of the chapter. 50. 4. General features of domestic CPA in EU/US/JP and specificities for foreign firms. 3.
(5) in Japan 90 4.1 Introduction and presentation of the chapter 4.2 Domestic lobbying: main features and trends in the US and the EU 4.3.1 The US 4.3.2 The EU 4.3 CPA in Japan and specificities for foreign firms 4.3.1 Japan Inc., corporatism or pluralism? 4.3.2 Institutional characteristics in the light of differences with the US/EU and implications for CPA 4.3.3 CPA patterns, business-government relationships, and political strategies 4.3.4 Financial contributions and transparency 4.4 Conclusion of the chapter 5. Realities of CPA in Japan at semi-macro and micro level 5.1 Introduction and presentation of the chapter 5.2 Major issues for foreign firms in Japan 5.2.1 Demands from the business communities and the governments 5.2.2 Surveys from firms 5.2.3 Focus on the Non-Tariff Measures 5.3 Case study 5.3.1 Analysis by framework factors 5.3.2 Analysis by balance 5.3.3 The outcomes 5.4 Evolution in time and changing paradigm 5.4.1 A brief history of US-Japan intergovernmental economic relationship 5.4.2 The ACCJ approaches through times in the context of intergovernmental 5.4.3 About the role of gaiatsu 5.4.4 Other insight from previous surveys 5.4.5 Final and synthetic remarks: shift to persuasion and collaboration 5.5 Conclusion 6. Interpretation, theoretical discussion and implication for business strategy 6.1 Introduction and presentation of the chapter 6.2 Meaning of Japan in firm’s global strategy and role of CPA as a strategic tool: lessons from our case study 6.2.1 Creating a new business framework: condition of market existence/entry 6.2.2 Boosting sales/ enhancing business 6.2.3 Reducing or neutralizing a threat for business 6.2.4 Support for investment decision-making 6.2.5 Norms and rule setting 6.2.6 Global strategy, meaning of Japan and other considerations 6.3 Specificities of CPA in Japan for foreign firms, conditions of success, lessons or firms in Japan and globally 6.3.1 Specificities of CPA in Japan for foreign firms 6.3.2 Conditions of success and lessons for foreign firms, in Japan and global IB 6.4 Assessment and theoretical considerations 6.4.1 About the RBV/VRIO, extension to political science and bases of influence 6.4.2 Does CPA lead to a sustainable competitive advantage and are there best 6.4.3 Linking resources, forms of influence and business strategies 6.5 Recapitulation and propositions. 126. 184. 4.
(6) 6.6 Conclusion 7. General conclusion: from secrecy favors and pressure to the power of ideas? 7.1 Addressing the research question 7.2 Practical lessons: trends and main features 7.3 Theoretical lessons and contributions 7.4 Limitations of this research 7.5 Further research prospects. 214. 8. Annexes 8.1 Abbreviations 8.2 List of Japanese terms 8.3 List of tables, figures 8.4 Cases summary 8.4.1 GE smart meters 8.4.2 ABB 8.4.3 MC Decaux 8.4.4 VW Airbags 8.4.5 UPS 8.4.6 Delta 8.4.7 DHL scanner 8.4.8 Fluoride (J&J) 8.4.9 Hepatitis C (J&J) 8.4.10 Nicorette (J&J) 8.4.11 Animal vaccine 8.4.12 Rhone Merieux 8.4.13 Harford 8.4.14 Paypal 8.4.15 Western Union 8.4.16 GE lands 8.4.17 Car Repair shops 8.4.18 NACCS system 8.4.19 Utility firms A 8.4.20 O157 8.4.21 GE Wind Energy 8.4.22 Japan Post/Parking 8.5 Questionnaires 8.6 List of interviews by institutions and firms 8.7 References. 225. 3.本論文の概要 第1章. イントロダクション:背景と研究目的、および研究の構成. 本論文における研究課題を設定するにあたり、問題の所在と研究目的について論じて いる。各種調査資料にもとづき、欧米企業が海外での事業活動を遂行するにあたり、ロ 5.
(7) ビイングなどの政治的活動(CPA)が事業環境を形作る(shape)ものとして、より積 極的な役割を担う手段へと変化している事実が示される。にもかかわらず、日本では研 究の世界でも実務の世界でも消極的な役割としてしか見なされておらず、そうした現実 とのギャップを埋めることが本研究の課題であると述べている。具体的には、在日外資 系企業の CPA の、戦略、チャネル、リソースを明らかにし、それらを日本に合わせて どの程度現地化しているか、を解明するとしている。. 第2章 先行研究の検討 企業の CPA を記述・説明する上で、関連する既存のさまざまな理論的アプローチを とりあげ、検討を加えている。対象とする理論的アプローチは、経営戦略における非市 場戦略論のみならず、資源ベース論、国際経営論、取引費用論、集合行為論、エージェ ンシー理論、公共選択論、利益団体モデル、多元論、コーポラティズム、資源依存論、 制度理論など、経営学や経済学、政治学、社会学、組織論にまでおよぶ。とりわけ戦略 経営における非市場戦略論については、「影響」をはじめとする主要概念のあいまいさ が、国際経営論に関してはマクロないしはセミマクロレベルでの議論に終止している点 が問題であると指摘し、5 章以降のミクロの企業レベルでの独自の分析へと受け継がれ ていく。. 第3章 研究のフレームワークと研究方法 本論文が理論的基盤として重視する経営戦略、国際経営論、および政治学で用いられ てきた諸概念を、ケーススタディで得られたデータにもとづき検討・再定義した上で、 分析フレームワークを構築している。それによると、 「制度(institutions) 」、 「課題(issues)」、 「利害関係(interests) 」の3つの “i” が主要なドライバーとなって、 「ターゲット」 「議 論(arguments)」「技術(technics)」「同盟(allies) 」の4変数からなる CPA 戦略ミクス が形成されるが、そこに「産業特殊的要因」と社内外の「政治的資源」の2つが調整変 数として影響して、規制の変更という結果がもたらされる。その上で、在日外資系企業 による CPA を、 「説得(persuasion)」 と「圧力 (pressure)」の2次元からなる「影響(influence)」 バランスと、 「信頼性(credibility)」と「代表性(representativeness)」の2次元からなる 「連携(coalition) 」バランスの、2種類のバランスのなかで捉えるとするモデルが提示 される。. 第4章 欧米日における企業の CPA の一般的特徴と在日外資系企業にとっての特異性 第4章ではまず、欧州と米国における、それぞれ自国企業による CPA の一般的特徴 6.
(8) を、制度的特徴と政治システム、およびアクターの観点から述べている。ついで、日本 国内での日本企業の CPA との比較考察を通じて、パワーゲームの視点からは欧米と大 きな差はないものの、制度・企業組織・文化面からみた日本の特異性が浮き彫りにされ る。それにより、影響チャネルの集団的・間接的な傾向、企業組織の対応の曖昧さなど の日本的特徴が、日本に進出する外資系企業が CPA を展開する際の現地適応の必要を 要請し、重要な示唆をもつものとして導かれる。. 第5章 日本における CPA の実態:セミマクロおよびミクロ・レベル分析 まずは日米欧間の貿易交渉に関する各種文献資料調査、あるいは在日米国商工会議所 や駐日欧州商工会議所、各種業界団体から出された報告書の調査に基づくマクロ・セミ マクロレベルの分析により、在日外資系企業が認知している日本でのイシューが非関税 障壁(日本ローカルな認証、規格、規制、…)にあることが明らかとされる。これらイ シューを CPA のターゲットと捉えた上で、ミクロの企業レベルでのケースを第3章で 提示した理論的フレームワークを用いて比較分析することで、日本における CPA の実 態にアプローチしている。それによると、CPA の個々のケースを取り巻く3つの主要ド ライバーと2つの特殊要因の調整に応じて、影響バランスと連携バランスのとり方は異 なるものの、集団的 CPA の重要性、プロセスの漸進性、日本パートナーとの連携の重 要性において共通していることが明らかとされる。. 第6章 分析結果の解釈と理論的考察、および経営戦略への含意 この章では、前章までの分析結果を整理・考察した上で、企業の経営実務と理論への 含意を導いている。実務上の含意としては、新市場の創造、販売拡大、脅威の中和化、 基準・ルール設定などが、外資系企業にとって日本市場における CPA が有用なターゲ ット・イシューとなることが、対応するケースとの適合関係を確認しながら導かれてい る。また CPA を通じた日本市場での成功要因は、日本以外の市場にも適用可能となる ことが示唆されている。理論上の含意としては、資源ベースの競争戦略で用いられる VRIO パラダイムが CPA に関連する資源をうまく処理できないことが指摘され、政治学 の知見を援用してパラダイムの見直しを図ることが提唱されている。. 第7章 結論 この章では、まずは本論文の内容を要約した上で、分析によって得られた主要な知見 を整理している。つぎに分析結果の妥当性について、現実の国際経営における非市場戦 略の事象に照らして再確認が行われる。また理論への示唆として、CPA に必要な外部資 7.
(9) 源を考慮すると、資源ベース論が強調した資源それ自体のコントロールから、外部のさ まざまな資源を活用して現地の利害関係者との関係を調整・組織化(orchestration)す る能力こそが、事業環境の変化を通じて正当性を確保することにつながり、持続的な競 争優位を手に入れることになることが強調されている。. 4.本論文の評価 本論文の評価として、以下 3 点にまとめて、研究課題と研究手法、および研究成果の 妥当性と独創性、ならびに本研究がもつ意義を指摘しておこう。. (1)本論文は、日本に進出した外資系企業による政治的活動(CPA)を対象としてい る。企業の CPA や非市場戦略は今日、海外においては経営戦略や国際経営の分野で注 目を浴びるトピックとなっている。企業の経営実務の世界でも、新興国市場への進出を 中心としておおいに注目されている。しかしながら、日本や日本企業を対象とした研究 論文はほとんど見当たらない。この点で本研究は貴重であり、リサーチギャップを埋め る意味合いをもつ。またそうしたテーマに政治学の概念や分析手法を用いてアプローチ している点で、きわめて学際的な性格をおび、その意味でも高い独創性を有している。 今後日本でも、このテーマの研究が活発化すれば、本研究はその参照点となりうるもの で、また理論と実務を架橋するものと評価できるであろう。 また、同テーマに関連するこれまでの言説は、そのほとんどが、かつての高度経済成 長期に見られた系列システムや政府の産業政策、行政指導、政府調達、業界団体を通じ た関係省庁との利害調整など、非市場的メカニズムが支配的であった時代の、プレッシ ャー重視型の CPA としての理解が支配的であった。しかし時代は大きく変わり、欧米 諸国との貿易摩擦やバブル崩壊後の規制緩和の進展とともに、日本のビジネス環境は市 場的な志向を強めている。本研究は、丹念な調査とケース分析を通じて、プレッシャー に代わって説得重視型という、あらたな CPA の姿を浮き彫りにしている。この点も本 研究の独創的な成果であり、かつまた説得的である。. (2)本論文で採用された分析方法は、基本的にケースベースド・メソッドであり、調 査対象への観察で得られたデータに根ざした理論(grounded theory)の生成を目指すも のである。先行研究調査で確認された構成概念に対して、さまざまな業界にまたがる 19 社の 22 の政治的活動の事例の丹念な記述にもとづき、既存概念の整理とあらたな概 8.
(10) 念開発を行っている。その上で、概念を構成する変数間の関係を浮かび上がらせながら、 理論的フレームワークの構築が図られている。 このケース・アプローチには、豊富な質的データを活用して研究対象への深い洞察が 可能となることに加え、単純なモデルへの還元が容易ではない複雑な事象の因果関係を 説明できるとか、制度や文化・歴史といった背景にある文脈の描写が行える、などの長 所がある。それゆえ本論文が対象とする日本という制度における外資系企業の非市場戦 略のように、先行研究の蓄積に乏しく、日本に特殊的かつ複雑な変数間の関係の長期の ダイナミクスを分析する上で有用な手法といえよう。その反面で、記述のわかりにくさ や厳密さの欠如、科学的一般化が困難といった問題や、概念の操作化が不十分なため構 成概念に妥当性を欠き、トートロジーになりやすいといった危険もはらんでいる。 こうしたケースベースド研究の弱点を補うため、本研究では以下の工夫が施され、研 究デザインの質の確保が図られている。一つは、第 8 章に収録された、個々の在日外資 系企業による非市場戦略を対象とした分析で、個別ケース内での分析である。そこでは、 理論的サンプリングに依拠して選択された、外資系企業による日本での政治的活動の 22 のケースの現実の事象を通して、理論フレームワークで用いられた概念を明確化す ることに役立っている。また概念間の関係がケースで得られた証拠とフィットしている ことを丹念に検証しながら、経験的妥当性と内的妥当性を高める作業も行われている。 これに対して、第5章では、文献調査や資料調査に基づくマクロとセミマクロ分析に 続けて、ミクロの企業レベルでの複数ケース間の比較分析が行われている。複数ケース の分析の場合、異なるケース間の比較により相違点を浮かび上がらせ、なぜそのような 例外事象が起こるのかを多面的な質的データを踏まえて検討する。つまり異質なケース と対照化させることで、特定ケースに見られる企業の政治活動パターンの状況適合性を 明らかにし、理論モデルを補完・精緻化することに役立っている。. (3)ケースベースド研究は、研究対象の観察と、観察結果に対する洞察を通じて開発 した分析概念や理論モデルを先行研究と比較することで、先行研究がもつ不備や限界、 空白を発見し、既存理論にサムシング・ニューをもたらす上でも有用となりうる。本論 文でも、経営戦略における非市場戦略論や資源ベース論、国際経営学における Liability of foreignness 論、政治学における利益団体研究がとりあげられ、それら既存の研究成果 の相互の意味的連関を確認するとともに、本研究との関係を明確化する作業が行われて いる。 そうした作業を通して既存理論と一致する点としない点を確認し、その背後にある要 因を明らかにすることは、本論文で提示された理論フレームワークの科学的信頼性を高 9.
(11) めることにつながっている。と同時に、従来、マクロやセミマクロレベルで議論されが ちであった企業の CPA を、本論文ではミクロの企業レベルで論じたことは、政治学に おける実証的利益団体研究として貴重な研究である。また経営学の視点からは、異なる 制度における「正当性(legitimacy)」を確保する手段としての役割をロビイ活動が果た していることが明らかとなり、本研究の重要な発見の一つとなっている。昨今の国際経 営研究では、制度的隙間が存在する新興国市場だけでなく、国際経営のさまざまな研究 課題に対して、母国と距離で隔てられた進出先国で正当性を獲得するプロセスとしてア プローチする動きが活発化している。本論文は、そこでの正当性と非市場戦略の概念の 有用性を示唆するもので、学術的にも大きな貢献をもたらしてくれている。. なお審査の過程および公聴会では、審査委員よりつぎのような疑問やコメントが提起 された。 . 数多くのファインディングスが併置的に示され、総花的で、浅く広い印象を与 える。それぞれのファインディングに基づく考察と、そこから導かれる実務的・ 理論的含意についての議論をさらに深める余地がある。さらにはファインディ ングスの相互の間の整合性についても検討すべきである。. . 分析を通じて生成された理論フレームワークの外的妥当性の検討と一般化の試 みについても、さらなる改善の余地がある。. . 2つのバランス論の、それぞれを構成する 2 次元は dyadic な関係として捉えら れているが、両者の相互作用を考慮すべきではないか。. . 基本的に一国の分析となっているが、多国籍企業の子会社が分析対象であるこ とに鑑みて、二国ないしは多国モデルで考えるべきではないか。. . 日米欧の国際比較が、それぞれの国・地域での地場企業による CPA に基づいて 行われているが、同一企業の同一のイシューをターゲットとした CPA で比較す べきでないか。. . ケースの選択基準について、理論的サンプリングのプロセスを示す必要がある。 またケース数の決定はどのような基準で行われたのか。理論的飽和を基準とし たとしても、22 件は多すぎないか。. . インタビュー調査の質に関して、信頼性と妥当性の確保はどのようにして担保 されているのか。分析概念が、具体的にどのような観測可能な変数で説明され るのかの特定化が十分に議論されておらず、構成概念の妥当性にやや問題が残 10.
(12) る。. これらの疑問やコメントは、基本的に、ケース分析を通じて開発された理論的フレーム ワークの妥当性と信頼性をさらに高めるためのものである。今後の研究課題に関わるも のであって、本論文の価値を減ずるものではない。今後筆者が、本研究をさらに発展さ せるうえで有益な手がかりを与えてくれるであろう。.. 以上の審査をふまえ、審査員一同合議の結果、論理性、独創性、実践性、貢献性、ま た学際性の観点から、本論文が優れた論文であることを認めるにいたった。本論文が本 学社会科学研究科の博士学位論文として十分に価値のあるものと判断できる。. 審査委員 主査審査員. 早稲田大学社会科学総合学術院教授. 経営学博士(パリ第一大学). 長谷川. 審. 査. 員. 早稲田大学社会科学総合学術院教授. 池谷. 審. 査. 員. 上智大学経済学部教授. 竹之内. 信次 知明 秀行. 11.
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