日本認知・行動療法学会 第44回大会 106
-嗜癖行動への治療アプローチ―民間と矯正施設における最善の治療とは?―
○(企画・司会者)横谷 謙次1,2)、(話題提供者)神村 栄一3)、(話題提供者)田中 佑樹4,5)、(話題提供 者)田村 勝弘6)、(指定討論者)若島 孔文7) 1 )新潟青陵大学大学院臨床心理学科、 2 )PsychoBit、 3 )新潟大学人文社会・教育科学系、 4 )早稲田大学大学院人間科 学研究科、 5 )日本学術振興会特別研究員、 6 )新潟刑務所 処遇部 企画部門(教育)、 7 )東北大学大学院教育学研究科 0 .企画(横谷謙次) 日本での嗜癖行動への治療ア プローチ--民間と矯正施設--飲酒・違法薬物使用・ ギャンブル・窃盗・性行動に関しては、嗜癖行動の枠 組みで近年捉えなおされており、DSM-5でも嗜癖行動 が精神疾患の一種として広く認知されている。嗜癖行 動に対して認知行動療法ではリラプスプリベンション モデルや動機付け面接法などが提案されており、その エビデンスも蓄積されている。しかし、日本ではこれ らのエビデンスに基づいたアプローチが十分に実践さ れているとは言えない。そこで本企画では、日本で行 われている嗜癖行動への治療アプローチを民間と矯正 施設それぞれを紹介し、現状と課題を提案する。神村 と田中が民間施設の治療アプローチを提案し、田村と 横谷が矯正施設での治療アプローチを提案する。最後 に若島が指定討論としてコメントを行い、話題提供者 とフロアを含めて議論を行う。1.話題提供者(神村栄 一) ギャンブルの問題と「認知」 人は誰でもどこで も「認知」する。ギャンブルの問題は、代表的な行為 嗜癖であるから、認知などを主たるターゲットにしな くても良さそうだがそうはいかない。発表者は、かな り重要と考えている。ギャンブル障害においてター ゲットとすべき認知は、「言い訳(excuse)」「合理化」 である。自傷行為の問題では時にあるような「乖離」、 つまり「ふとと気がついたら馬券を購入していた」と いうエピソードはまずない。必ず言い訳を組み立てた 上で、再発させている。深刻なギャンブル障害の方に なると、生活の中のうちのかなりの割合で「(今日に 限っては勝負したって)ええじゃないか」の結論を導 くことでフル回転させている。「人は誰にでもツキが ある日とない日があり、ツキがある日なのにそれに気 づかずすごしてしまうのはとてももったいないことで ある」「その日どれだけツキがあるかはどこを調べて もわからない」「毎日のように試合がある野球選手や 株のトレーダーの仕事でもしていない限り、仕事帰り に立ち寄ってスロットで 2 、 3 千円ぶんでも回してみ るしかない」「実際にはその額では確認しきれず増額 してしまうことも多いが『大きなツキをみすみす逃さ ないため』にはしかたのないことである」…。このよ うな、クライエントの情報処理を面接の中で具体的に とらえ、吟味し、改善できるようにするためにどうで きるか、どうすべきか、を中心に当日は考察してみた い。2.話題提供者(田中 佑樹) 民間医療機関におけ る嗜癖行動に対する認知行動療法本邦における嗜癖行 動に対する治療的アプローチとして,これまではピア サポートがその中核とされてきた(たとえば,佐藤, 2011)。しかしながら,自助グループをはじめとした ピアサポートの効果は理論的検討にとどまっており, 本邦においては嗜癖行動に対する実証的知見に基づく 治療の体制が十分に確立されているとは言いがたい現 状にある。一方で,欧米においては,認知行動療法が 嗜癖行動に対する治療として中心的に実施されてお り,当該の嗜癖行動の頻度の低減に一定の効果を有す る こ と が 明 ら か に さ れ て い る (e.g., Gooding & Tarrier, 2009)。本邦においても,数少ないながら医 療機関において認知行動療法に基づく治療の取り組み が実施され始めている(たとえば,野村他,2012)。 認知行動療法の実施に際しては,当該の嗜癖行動が合 法であるかどうかや,その維持要因となる随伴性の差 異に応じて,設定する治療目標や効果的な治療コン ポーネントが異なることが指摘されている(田中他, 2018)。しかしながら,実際には,個人にとって嗜癖 行動の再発に至りやすいリスク状況の回避(リラプ ス・プリベンション)を原則として,当該の行動を促 進する認知の歪みの修正を試みる認知的再体制化と いったさまざまな治療コンポーネントを総花的に取り 入れた集団プログラムの適用によって支援が行われる (e.g., Dowling et al., 2007)にすぎない現状にあ る。そこで本話題提供においては,民間医療機関にお ける嗜癖行動に対する認知行動療法に基づく治療の取 り組みを紹介することに加えて,集団形式による実施 に際しても個に応じた治療を行うための工夫に関して 報告する。3.話題提供者(田村 勝弘) 刑事施設の 嗜癖に対するアプローチ 刑事施設に収容されている 者の多くは,何らかの嗜癖が原因となり生活が不安定 になり,犯罪を起こしている。そもそも嗜癖の原因と なっていたのは,本人は気が付いているか否かは別と して,かなり小さなころから生きづらさを抱えている ケースが多い。さらに事件を繰り返してきたことで, 刑事施設に度々収容され,なお生きるスキルが制限さ れ生きづらさが深刻になり,もはや嗜癖だけが生きて いくための原動力,痛み止めとなっていた。現在,刑 事施設では再犯防止のため改善指導・教科指導を実施 自主企画シンポジウム 9日本認知・行動療法学会 第44回大会 107 -している。多くの受刑者は懲役刑で収容され,自由刑 と作業,つまり罰で犯罪を抑止することを狙っていた のだが,現在は再犯防止を全面に掲げて刑事施設内で 嗜癖からの回復のためのプログラムを実施している。 現在行っている改善指導は主に, 1 .嗜癖に対する再 発防止に関するプログラム, 2 .嗜癖の原因となって いた生きづらさからの回復のプログラム, 3 .社会で 生活するための各種制度や就労に関するプログラムを 実施している。私が改善指導でアプローチをしていく 中で,彼らは「(嗜癖を)やめたことがないのでやめ 方がわからない。」と言う。-これは正直な発言だろ う。嗜癖が生活の中心となっていたために,嗜癖がな い生活を自分一人でイメージすることができないから だ。刑事施設の改善指導は,身柄が拘束され,嗜癖が できない環境だからこそ落ち着いてプログラムを受け ることができる。違法薬物,アルコールに対するアプ ローチを中心に刑事施設の取り組みを紹介し,御意見 をいただきたい。4.話題提供者(横谷 謙次) 繰り 返される性犯罪加害行動に対するブリーフセラピー 繰り返される性犯罪行動(強姦や強制わいせつなど) はパラフィリアにおける性的サティズムと一般には考 えられる。一方、嗜癖性障害群の観点から見れば、性 犯罪行動は非物質関連障害群とも考えられる。ここで は後者の観点から性犯罪行動を捉える。また、性犯罪 行動を引き起こす悪循環のパターンを特定し、それに 介入するブリーフセラピーの観点から治療を行った事 例を 2 つ紹介する。事例 A :40代男性。他者との親密 希求が高く、その親密希求が満たされないと、性犯罪 を行い、それによって親密希求を満たしていた事例で ある。査定期では、性犯罪に至る悪循環を治療者と一 緒に特定することによって性犯罪のリスク場面が特定 できた。介入期では、性犯罪に至らない「新親密希求」 を特定し、その「新親密希求」を実現していくことで、 性犯罪に至らない行動パターンが形成されていくこと も確認できた。事例 B :60代男性。他者からの自律欲 求が高く、その自律欲求が満たされないと性犯罪を行 い、それによって自律欲求を満たしていた事例であ る。査定貴では、性犯罪に至る悪循環を一緒に特定す ることによって性犯罪のリスク場面が特定できた。介 入期では、性犯罪に至らない「新自律欲求」を特定し、 その「新自律欲求」を実現していくことで、性犯罪に 至らない行動パターンが形成されていくことも確認で きた。事例 A 及び B 共に査定期では、性欲ではなく、 事例 A 及び B の個人的価値の観点から記述することに よって、悪循環のパターンを特定することが可能で あった。また、介入期では、悪循環に陥らない例外の パターンを見つけつつ、新たな価値観(いきがい)を 見つけていくことが、性犯罪の予防に効果的であっ た。 自主企画シンポジウム 9