九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
米国経済再生論と戦略的通商政策 : 政策介入と市場 メカニズムの相克
立石, 剛
九州大学経済学研究科経済学専攻
https://doi.org/10.11501/3122876
出版情報:Kyushu University, 1996, 博士(経済学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
6
米国経済再生論と戦略的通商政策
一 政 策 介 入 と 市 場 メ カ ニズム の相 克 一
立白 剛 著
【目次】
はじめに ・
1 . 目的と課題 2. 本書の構成
- ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ . . . . .
第1章 米国経済再生論の原型・
一産業政策論と市場メカニズムー
5
1 . 産業政策論・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 6 1. 1. 産業政策への関心の高まり
1. 2. レーガノミクスの功罪
1.
3. 産業政策論の展開 2. 産業政策論への批判・2. 1. 脱工業化論批判
2. 2. 産業政策の有効性をめぐる批判 2. 3. 産業政策対象の選択をめぐる批判 2. 4. 合理的産業政策をめぐる批判 3. 産業政策論と市場メカニズム ・
3. 1. 市場メカニズムに対する評価
3. 2. 産業政策論から「市場の失敗」論へ
第2章 戦略的貿易政策論・ ・ ・ 一米国経済再生論の新展開-
1 8
2
73 1
1 . 新貿易理論と比較優位論・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 3 2
1. 1.
不完全競争と貿易1. 2. 外部経済と貿易
2. 市場の失敗と政策介入の正当化 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 3 8 2. 1. 独占利潤の争奪
2. 2. 技術的外部経済
3. 戦略的貿易政策論の展開 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 4 2 3. 1. 新貿易理論と戦略的貿易政策論
3. 2. タイソンの管理貿易論
3. 2. 1. 先端技術産業における管理貿易 3. 2. 2. 管理貿易の諸形態
目次
3. 2. 3. 米国経済再生のための管理貿易政策 3. 3. 競争力政策
3. 3. 1.
80年代のの競争力政策
3. 3. 2. クリントン政権下の競争力政策 3. 3. 3. 競争力政策と貿易収支不均衡問題 3. 3. 4. 競争力政策と市場メカニズム 3. 3. 5. 米国経済再生と競争力政策
4. 直接投資と米国経済再生をめぐる論争・ ・ 88 4. 1. 論争の背景
4. 2. 対米直接投資論争
4. 2. 1 .
ライシュの問題提起 4. 2. 2. タイソンの反論 4. 3. NAFTA論争4. 3.
1. NAFTA推進派の見解 4. 3. 2. NAFTA反対派の見解第3章 戦 略 的 投 資政策にもとづく 米国経済再生論・ ・ ・ ・ ・ 107 一日米通商摩擦を事例として-
1 . 日米間の貿易と直接投資・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・・ ・ 109 1. 1. 直接投資と企業内貿易
1. 1. 1.
企業内貿易1. 1. 2.
直接投資を通じた現地生産・販売
1. 2. 直接投資の非対称性と日米通商問題
1. 2. 1. 企業内貿易と貿易収支不均衡調整策 1. 2. 2. 直緩投資の非対称性と市場参入問題
2. 戦略的投資政策論・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1 4 2 2. 1. 戦略的投資政策の論理
2. 1. 1. 新貿易理論と多国籍企業
2. 1. 2. 戦略的投資政策と市場参入障時 2. 2. 日米半導体協定
2. 2. 1. 所有ベースの貿易収支モデル
2. 2. 2. 日米半導体協定における数値目標設定
第4章 米国経済再生とNAFTA . . . 157 1 . 北米地域の貿易と直接投資・ ・ ・
・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1581. 1. 米墨加の経済的相互依存
1. 2. 米墨間貿易の構造
2. メキシコ経済発展戦略の転換 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 171 2. 1. 輸入代替工業化政策
2. 2. 輸出志向型工業化戦略への転換 2. 2. 1. 構造調整策下の民営化 2. 2. 2. マキラドーラ政策 2. 2. 3. 貿易・ 投資 の自由化
3. 米国多国籍企業と米墨経済関係の再編・ ・ ・
・ ・ ・
・・
・ 183 3. 1. 米国多国籍企業の現地生産と販売3. 2. 米国企業の在外調達と米国の生産分与関税制度
4. NAFTAと米国経済再生 ・ 198
4. 1. NAFTAの性格規定
4. 1. NAFTA合意内容
4.
1. 2. NAFTAの貿易投資 効果
4. 1. 3. 制度的統合としてのNAFTA 4. 2. 米国経済再生とNAFTAおわりに ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2 1 1
- 要 約 と今 後の課 題 -
参考文献・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 216
はじめに
はじめに
1 . 目的と課題
本書は米国という衰退経済の再生可能性と限界に関する研究である。 米間 経済が相対的に衰退の過程にあること、 それが社会的 ・ 学問的な関心を集めて いることに異論の余地はないだろう。 とくに1 980年代以降、 米間貿易収支 赤字の拡大にともない、 米国経済の衰退原因および再生に関する理論的 ・ 政策 的研究が様々な側面から行われている1 )。 米国経済衰退と再生に関する以上の 研究は、 学識者をはじめ多様な立場から行われるいわば百家争鳴の状態であり、
一致した見解を見るに至っていない。 このように米国経済の衰退が顕ι化する 方で、 日本を中心とする東アジア諸国は急速な経済発展を遂げた。 これらの 諸国は対米輸出を大幅に拡大させると同時に、 比較優位構造を急速に高度化さ せながら経済成長を加速してきた。 逆に米国は東アジア諸国からの輸入を急増 させており、 これまで米国を代表する産業であった自動車やコンピュータとい った分野においても東アジア諸国からのキャ ッチアップを受けている。 こうし た貿易および産業構造の転換における米国と東アジア諸国という対照的なパフ
ォーマンスは、 米国経済再生のありかたに新たな理論的インパクトを与えるも のだった。
東アジア諸国の成功は、 東アジアモデルともいうべき新たな経済発展経路 を示すことになった。 このモデルは市場経済を原則としつつも、 産業ないし経
1 ;米国経済再生を指向する研究は、 経済再生のための理論的政策的研究を行う と同時に、 米国経済の衰退要因についても脱工業化論、 産業空洞化論といった 様々な議論を展開している。 しかし本稿では衰退要因については言及するだけ にとどめ、 具体的な分析は次回にゆずることにする。
はじめに
済構造の転換を政策介入によって行うというものであり、 新古典派による経済 成長および経済構造の転換に関する見解とは異なるものである。 この相違点の 中心となるのは、 産業構造の転換は市場メカニズムによって達成されるのか、
あるいは産業政策や貿易政策といった政策介入が必要なのかという点である。
新古典派は産業構造の転換を市場メカニズムにゆだね、 比較優位に基づく国際 分業を前提とするのに対し、 東アジアモデルは政府が長期的に成長の見込める 産業の育成を目指し、 政策介入によって産業構造の転換を図る、 つまり比較優 位産業を長期的に創造するというものである。 この両者の見解は現在論争中で あり決着がついたわけではない。 しかしながら、 少なくとも産業権造の転換に おける市場メカニズムの役割に対して再検討を行う機運を与えたことは間違い ない。
1 980年代以降、 ハイテク産業への産業構造の転換を通じて米国経済の 厚生を高めようとする米国経済再生論が提唱された。 その際、 産業構造の転換 は産業政策あるいは通商政策を通じた政策介入によって行われるとしている川、
で、 東アジアモデルに端を発する市場メカニズムの再検討の流れと軌をーにす る。 その一方で、 市場メカニズムに信頼を置く新古典派の見解も根強い。 80 年代前半の新古典派による産業政策論批判、 90年代に入って行われた競争力 論批判および政策介入を重視する東アジアモデルへの批判の高まりは、 こうし た見解が根強く存在することを示している。 そこで本書では、 米国経済再生論 を具体的な題材とし、 産業構造の転換を通じた国民経済の成長は、 政策介入に よって達成されるのか、 あるいは市場メカニズムに依拠すべきかという問題を 検討することを目的とする。
ところで米国経済における対外依存度の高まりは貿易だけでなく、 直接投 資によっても押し進められる。 とくに80年代後半以降、 米国多国籍企業によ る直接投資の伸びは貿易の伸びを大きく上回っており、 さらに貿易の大半も多 国籍企業の海外事業活動に密接に関連したものとなっている。 多国籍企業は市 場メカニズムに基づき、 世界的な視点での資源の配分の最適化をおこなう経済 主体であるため、 こうした点から米国経済は多国籍企業の海外事業戦略を通じ
ηノU
はじ めに
た再編の影響を大きく受けつつあると言えよう。 本書では多国籍企業という 界市場メカニズムに依拠する個別経済主体と米国経済再生との関連性を具体的 な分析課題とする。
2. 本書の構成
米国経済という衰退経済の再生のあり方を、 市場メカニズムと政策介入と の関連で検討するという目的のため、 本書は、 大きく分けて米国経済再生論の 検討、 そして米国経済再生論と多国籍企業との関連性の二つの側面から検討を 加える。
米国経済再生論の検討については第1章および第2章がこれにあたる。 ま ず第1章では米国経済再生に関する議論を、 1 980年代初頭に提唱された産 業政策論をめぐる論争を題材に分類整理する。 この過程を通じて米同経済再生 をめぐる論争は、 産業構造の高度化における市場メカニズムの評価を軸に行わ れたことを明らかにしたい。 この作業は同時に、 第2章の導入部という位置づ け持つ。 第2章では、 米国経済再生論において中心的な役割を果たす戦略的苦 易政策論について、 市場メカニズムとの関連性を軸に検討する。 その際、 戦略 的貿易政策論による政策介入はどのような理論的背景および根拠を持つのかを、
新貿易理論と市場の失敗論を中心に明らかにする。 そのうえで実際の政策展開 を管理貿易論と競争力政策に分析の対象を絞って検討する。
このように政策介入による米国経済再生が重視される傾向にある - )5で、
経済再生の最も重要な担い手である米国企業の多国籍化が進展し、 米国内で政 策介入の有効性をめぐって論争が生じている。 そこで第3章および第4章は、
米国経済再生論と多国籍企業との関連性について論じることにする。 とくに衰 退過程にあり国民経済単位で米国経済の再生をはかる見解が、 世界的規模で活 動する多国籍企業の論理との間の矛盾をどう解決しようとしているかを明らか にしたい。
円ぺU
はじめに
第3章では日米という先進国間での経済摩擦との関連で検討する。 米国経 済再生論は戦略的投資政策論として米国多国籍企業を政策的に支援する必要↑生 を提唱し、 また実際の政策展開をはかっている。 ここでは戦略的投資政策とし て展開される根拠を、 寡占間競争のもとでのレント争奪という側面と、 市場メ カニズムをめぐる制度上の摩擦という側面から分析する。 しかしこうした見解 も、 多国籍企業の無国籍性の進展によって無効になりつつあることも指摘した い。 第4章では、 NAFTAを題材にする。 ここではNAFTAを多rJ!l籍企業 による静態的分業関係の形成を促進し、 制度的に保証するものとして位置づけ る。 そのうえでNAFTAという多国籍企業を軸とした市場メカニズムの貫徹 が米国経済再生に及ぼす影響を論じたい。 そして最後に、 本書の論点を要約し、
残された課題を指摘しておきたい
第1章 米国経済再生論の原型
一産業政策論と市場メカニズム
ー
米国経済は1 970年代を通じて、 スタグフレーションという形でその問 題点を一気に露呈した。 これは総需要管理政策に対する幻滅を午み、 反作用と して極端な市場主義である供給重視の経済学を台頭させることになった。 レー ガン政権はインフレ抑制こそ成し遂げたものの、 米国経済を戦後最大の不況に 陥れることになった。 一方、 米国経済の世界的な地位も揺らぎ始めていた。 不 況に苦しむ米国経済とは対照的に、 日本経済はオイルショ ックの後遺症を乗り 越え、 米国向け輸出を大幅に拡大させるなどの良好なパフォーマンスを見せた。
自動車などの米国の伝統的な産業部門には次々に日本製品が参入した。 これは 日本経済の脅威と米国経済の衰退という認識を生み出し、 米国経済を再坐すべ く何らかの施策を打ち出すべきだとの見解が提出されることになった。 こうし た内外両面における米国経済の衰退と、 経済政策における手詰まり感は一種の 真空状態を生み出し、 経済学の分野では周辺の部分に位置しいわば異端として の存在を与えられていた産業政策論が脚光を浴びることになったのである。
産業政策論は先端技術産業を軸とした産業構造への転換をはかるといった、
米国経済再生のための明確なビジョンを提示したため、 当時の米関経済再生に 関する議論をリードした。 この産業政策論は産業構造の転換における市場メカ ニズムの役割に疑問を持ち、 これに代わって政策介入を通じた先端技術産業育 成の必要性を提唱した。 こうした政策介入は市場メカニズムを通じた資源配分 を妨げて、 特定部門に資源を集中させるものであったため、 市場メカニズムを 通じた資源配分が最適であるとする新古典派からの批判を受けた。 これにたい して産業政策論はその経済分析の蓄積の少なさから十分な経済学的根拠を提不 することが出来なかったため、 80年代後半まで鳴りを潜めることになる。
本章では、 産業政策論を後章で検討することになる米国経済再生論の原刑
「「υ
1章
米国経済再生論の原刑と位置づける。 そして産 業政策論と新古典派との聞におこった論争点を整理す ることを通じて、 市場メカニズムか政策介入かという米国経済再生論の基本的 な分析視角を設定することを目的とする。 第1節では産 業政策論が提唱される に至った背景と産業政策論の理論的、 政策的内容を検討する。 第2節では新rf1 典派と産業政策論との聞に起こった論争の主な論点を整理し、 これをふまえて、
続く第3節で米国経済再生論の分析視角を設定する。
1 . 産業政策論
1 . 1 . 産業政策への関心の高まり
1 980年代前半とくに84年の大統領選をピークに米国で産業政策論が 展開された。 当時の産 業政策論は共和党政権下のレーガノミクスへの対抗借 として民主党各候補によって主張された。 しかし、 産業政策に関する米国での
議論が広く展開され始めたのは1970年代後半のことであり、 当初の議論は 日本の産 業政策批判という形で展開された。 1979年に米国議会に提出され た「ジョーンズ・ レポート』は、 これまで米国が優位にあったハイテク産業に 対して、 日本政府は超L S 1プロジェクトへの助成という形で産 業政策を行っ ており、 加えて関税障壁や日本製品優先調達など日本市場の閉鎖性と、 産業政 策の存在によって、 日米通商摩擦が生じていると指摘した。 また同年『ベンツ エン
・
レポート』は日本の産業政策が日本産 業の国際競争力強化につながった として、 産 業政策の機能を強くアピールした1)。
1
ì日本の産 業政策批判とは別に、 ジョンソンによる日本の産業政策の紹介が産
業政策導入の関心を高めた。 C.]ohnson, MITI
and the Japanese Miracle: The Growth 01 Japanese lndustrial Policy,
Stanford: Stanford Univ. Press,1982.- 6 -
1章 米国経済再生論の原刑
こうした日本の産業政策批判と並行してカータ一政権下で、 米国でも産業 政策を採る必要があるとの議論が提出された。 産業政策をどう定義するかにつ いては様々な見解がある。 最も広いものとしては「産業・ 企業の活動に影響す る政策全般」というものであり、 ここには税制等のマクロ経済政策も合まれる ことになる。 一方最も狭義の定義としては「産業選択的政策」であり、 特定の 産業を対象として行われる政策のことを指す2)o 従来米国では産業政策がダー ティーな言葉を意味するとされ、 忌避される傾向にあった3J O それは産業政策 が特定産業の支援を行うを意味していたからである。 しかし1970年代後半 の産業政策に関する議論は前者の定義に基づいて議論が行われており、 実際カ ータ一政権の立場は特定産業部門への介入を意図した産業政策を相好した。
時のカーターは政府規制の緩和政策を進めており、 産業政策を採用することが 政府の肥大化をもたらすと懸念したと考えられる4)0
2)米国の産業政策論争および後に紹介する競争力論争では、 産業政策は特定産 業を対象とした政策介入の事を指している。 このように特定産業を狙い撃ちす ることからターゲティング ・ ポリシーと呼ばれることもある。 本稿では特に断 らない限り特定産業を対象とした政策介入のことを産業政策とする。
3)しかし米国においても、 イギリスに対するキャ ッチアップの必要性から産業 政策が行われた。 ハミルトンは「資本は新しい事業に自ら注ぎ込まれることに 優柔不断で憶病である。 国家は、 あらゆる実験の試みの前途に立ちふさがる障 害を克服しやすいように、 用心深く抜け目ない資本家達を応援し、 彼らの確信 を強め、 刺激する必要がある」として産業政策の必要性を主張した。 アレクサ ンダー=ハミルトン『製造業に関する報告書』未来社、 1 990年を参照0
11)実際カータ一政権はマネタリスト的立場からの反インフレ策を採用した。 こ
のようにカータ一政権はケインズ主義に基づく大きな政府から小さな政府への 転換を行っていた。 産業政策を採用しなかった理由はこうしたところにあると 考えられる。
- 7 -
1章 米国経済 論の原刑
1 . 2. レーガノミクスの功罪
1 980年代に入り、 米国の産業の競争力回復のために政府は新しい立場 をとるべきであるという様々な問題提起がなされることになる。 �ビジネス ・
ウィーク」誌の特集「米国の再工業化」が産業政策論争のきっかけを作ること になった5)O この特集は米国産業の競争力弱体化を懸念したもので、 その原 として短期的な経営視点、 敵対的な資本労働関係に焦点が当てられた。 そのう えで、 貯蓄拡大、 投資促進のほか企業に対する信用供与ルールや新通商政策の 策定など産業政策的な処方築が議論された。 こうした動きに加えレーガン政権 下で生じた戦後最大の不況と米国の国際競争力低下という経済条件の悪化およ
び1984年の大統領選挙が産業政策論の展開に拍車をかけることになる。
レーガン政権は、 マネタリスト的見地から通貨供給量の引き締めを通じた インフレ抑制策とサプライ ・ サイド ・ エコノミクス(供給重視の経済学)の 場からの減税策を通じた経済再生を目的としていた。 インフレ抑制を目的とし たマネタリズム的な連邦準備制度の金融政策は、 実際にはカータ一政権期の1 979年から行われたが、 レーガン政権はこうした金融政策のスタンスをより 強固なものにした。 レーガン政権への移行に伴い市場金利は1 980年末から
198 1年にかけてプライムレート20%前後という高い水準となったG,O
こ れに伴いインフレ率も大幅に低下した。 1980年には12. 5 %もあった消5' Business Week, “The Reindustrialization of America," Business Week, June 30,
1980.
6) Council of Economic Adviser, Economic Reþort 01 the President, Washington DC:
U.S.G.P.O., 1982.
nκυ
1章 米 国経済再生論の原刑
費者物価上昇率は1982年には3. 8%に激減した7)。 こうしてレーガン政 権の公約の一つであるインフレ抑制は速くも1982年時点で達成されたわけ であるが、 公約のもう一つの柱である実質経済成長の加速化については問題が 生じていた。 インフレ抑制は米圏内の景気後退およびそれに伴う失業増大、 定 出量の低下をもたらしたのである。
レーガン政権は1981年に経済再建租税法を制定した。 これは個人所得 税の限界税率の大幅引き下げと企業の減価償却促進や新規設備投資税額出除の 拡大を行うものだった。 こうした減税策は、 税率を下げることによって資本と 労働の供給を引き出し米国経済再生につながるというサプライ ・ サイド ・ エコ ノミクスの立場から主張された8)O しかし実際は減税効果は生じず、 高金利に よる景気後退と高失業率をもたらした。 こうしたレーガノミクスの失敗は産業
7)
Council of Economic Adviser, Economic Report 01 the President, Washington DC:U.S.G.P.O., 1983.
8;こうしたレーガン減税策は米国経済再生だけでなく、 減税を通じた米国経済 再生によって将来的に税収も増加するというラッファ一理論をもベースにして おり財政均衡策としての目的をも兼ねていた。
- 9 -
l章 米国経済再生論の原刑
政策論が主張されるきっかけを与えることになった9:。
1 . 3. 産業政策論の展開
レーガノミクスの失敗をきっかけとしてこれまでの日本の産業政策批判か
9)このことから産業政策論の出現を反レーガノミクスという政治学的見地から 説明しようとする見解もみられた。 確かにこうした政治的側面は否定し得ない が、 政治学的なレベルでの把握は皮相的なものといわざるを得ない。 レーガノ ミクスと産業政策論はより根本的な次元で全く対照的な見解であるが、 幾つか の共通する側面を持つ。 レーガノミクスの背景となったサプライ ・ サイド ・ エ コノミクスと産業政策論は、 いずれも米国経済が悪化しているという認識と、
米国経済を再生させようとする意識においては共通している。 しかし、 そのア プローチは非常に対照的である。 サプライ ・ サイド ・ エコノミクスが市場経済 に対する極度な過信に基づいているのに対し、 産業政策論は市場メカニズムに 対する不信を出発点としているということである。 サプライ ・ サイド ・ エコノ ミクスによれば米国経済の停滞は政策介入が過度に生じているからだというこ とになり、 産業政策論によれば市場の失敗を政府がうまく補完していないから だということになる。 また別の言い方をすると、 双方とも米国経済の再生に対 して供給の側面から問題にアプローチするという点では共通しているが、 サプ ライ ・ サイド ・ エコノミクスでは経済全般の貯蓄 ・ 投資を促進することを目指 し、 減税の効果に焦点を合わせているのに対し、 産業政策論では社会全体の資 本形成と言うよりも産業間の資本の分配あり方に注目しているという事が出来 ょう。 政治学的見地から産業政策論展開の要因を示した見解としては次の文献 がある。 Business Week, “1ndustrial Policy: ls the Answer?," Business Week, July 4 1983.
一 10 -
1章 米国経済再生 論の原則j
ら、 米国でも積極的に産業政策を導入すべきであるとする産業政策論の展開を みることになった。 産業政策論は米国経済再生のための特定産業への政策介入 を主張するものであり、 その基本認識は市場メカニズムだけでは先端技術産業 への産業構造転換を通じた米国経済再生を行うことが出来ないため、 政策介入 を通じた市場メカニズムの補完が必要であるというものである10 0 具体的に 次のような二つの現状認識があった。 第一に米国経済は脱工業化しつつある、
第二に日本は産業政策によって製造業部門の成長を促進したという認識である まず脱工業化現象について取り上げよう。 いささか冗長となるが産業政策 論の見解をまとめてみると次のようになる。 国民総生産に占める製造業部門の 割合が低下し、 サービス産業部門の割合が増大している。 また製造業部門内部 でも鉄鋼産業や自動車産業といった基幹的な産業の多くは絶対的な水準でみて も衰退しており、 先端技術分野での優位も相対的に喪失しつつある。 こうした 製造業部門の衰退は当該部門の世界市場における国際競争力の低下となって現 れる。 これらは構造的な問題の現れであり、 全体的な経済成長を目的としたマ クロ経済政策によっては解決できない。 市場メカニズムは投資を適切な方面に 振り向けているとはいいがたい。 鉄鋼産業などの伝統的な産業は、 再建に向け ての資金需要を満たすことが出来ていないし、 将来的な成長産業である先端妓 術産業は、 その成長に必要なベンチャー ・ キャピタルを十分に確保できないで いる。 またこうした新技術開発に関連する既存の政策が非合理的であり、 適切 に行われていない。 米国の労働者は衰退しつつある伝統産業から成長する見込
10)先端技術産業への移行については、 L.C.Thurow,
The Zero-Sum Socieか,New York: Basic Books, 1980. (岸本重陳『ゼロ ・ サム社会�
T BSブリタニカ、
1981年)、 およびBusiness Week, 1980, oþ.cit. 参照。 高付加価値産業への移 行については、 I.C.Magaziner and R.B.Reich, Minding Americα's Business, Harcourt,
Brace, New York, 1982. (天谷直弘監訳『アメリカの挑戦J東洋経済新報社、 1 984年)参照。
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1章 米国経済 論の原刑
みがあり労働者一人当たりの付加価値が高い産業へと移転させなければならな い。 しかしながら投資が誤った方向へ流れていることと、 解雇された労働者が 適切な産業に必要な技術を身につけていないか、 あるいは対立的な資本労働関 係に関する制度が原因となって、 労働者の移転は生じず高失業率を生むに下っ ている11)。 たとえ再雇用されたとしても、 それは低賃金の熟練度の低いサー ビス産業での雇用である可能性が高い12J O
次に日本の産業政策に関する産業政策論者の見解をまとめてみよう。 r-I本 政府は世界市場で潜在的に競争力を持つような産業分野を見いだし、 その産業 の成長を刺激する。 よく引き合いに出される成功例が超L S 1 計!両である。 そ の結果64KDRAMの生産では当時( 1 984年)の世界市場の約70%を 占めるに至っている。 それと同時に他方では、 鉄鋼産業等の基幹産業部門の調
11)対立的な資本労働関係については、 R.B.Reich, The Next American Frontier,
N ew York: Times Books, 1983.を参照。
1
2)脱工業化現象については楽観的なイメージを提示するべル流の脱工業化論
がある。 D.Bell, The Comming of Post-industrial Society, New York: Times Books,
1973. (内田忠夫他訳『脱工業化社会の到来(上)(下) �ダイヤモンド社、
197 5年)参照。 産業政策論は製造業を重要視するため脱工業化現象に対し て悲観的であり、 ベル流の脱工業化論に対して批判的であることは言うまでも ない。 産業政策論とは時期的に異なるが、 産業政策論と同様に国際競争力強化 の視点から製造業の重要性を唱え、 脱工業化論を批判する見解としてコーエン
=ザイスマンの見解がある。 彼らは米国において近年拡大しつつあるサービス 産業の多くは製造業部門と川下 ・ 川上において密接に関連しているため、 製造 業の衰退とその一方でのサービス産業の拡大はあり得ず、 幻想にすぎないとす る。
S.S.Cohen and J,Zysman,
Manufacturing Mαtters:The ]t,⑪th of The Post lndustηαl Economy, NewYork: Basic Books, 1987. (大川哲 ・ 岩田悟志訳『脱工業化社会の
幻想� T B Sブリタニカ 、 1 990年)参照。
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1章 米国経済再生論の原型
整コストを軽減しながら高度化のための調整を促進している。 こうした通産省 と民間産業界との間の緊密な協力関係が自動車産業の世界市場への進出、 輸出
向けに臨海立地した鉄鋼自動圧延工場の発達等をもたらしたIり0
以上の認識から産業政策論者は次のような課題を導く。 第 一に衰退売業調 整の問題、 第二に新技術開発成果の不公平な分配の問題、 第iに市場の不確一 性と過少投資の問題、 第三に国際競争力強化の問題である。 衰退産業の調整の 問題は上述のように鉄鋼産業や自動車産業といった伝統的産業でf主じている問 題であり、 米国はオイルショ ック以降、 保護貿易政策によって海外諸問とりわ け日本からの競争圧力に対応している。 鉄鋼のトリガ一価絡制度、 日本のn動 車輸出自主規制 (VE R=Voluntary Export Restraint)等が該肖する。 ライ シュ等はこのような保護政策は消費者、 納税者ヘコスト負担を転嫁する代物で、
当該産業の競争力の改善には結び付かないと認識している。 彼らはこうした非 合理的な政策を合理的なものにするため首尾一貫した産業政策の採川が必要で あると主張する。
技術開発成果および不確実性に伴う過少投資の問題は、 市場の調整機能と 関連している。 前者の問題に関してライシュが重視するのは、 米国は国防問題、
宇宙開発政策といった安全保障問題との関連で実質的に産業政策を行っている が、 その結果ハイテク産業がシリコン ・ バレー等の特定地域に集中し、 地域間 の資源分配に歪みが生じているという点である。 このことからも体系だった産 業政策が必要とされる。 後者は、 低成長、 インフレ、 エネルギー供給問題な ど市場の不確実性が大きい場合には、 企業の投資期待は減少し保守的な投資態
I 3)鉄鋼産業、 半導体産業、 自動車産業についての米国の産業政策論者による、
本の政策の評価に関しては、 J,Zysman and しTyson(eds.), American lndustηtn lnternαtional Comþetition, Ithaca, New York: Cornell Univ.Press, 1983. (園則 ・ 花田
・
松村・
越智・
大岡訳『日米産業競争の潮流-経済摩擦の政治経済学-J 理工図書、1
990年)を参照。円ぺU-EEEA
1章 米国経済再生論の原刑
度をとることになるため、 国際競争力強化や米国経済再生にとって必要とされ る投資との間に大きな恭離が生じることになる。 産業政策はこうした過少投資 を埋めるために必要であり、 米国政府が国際競争力強化という視点を明示的に
持つ必要があるとする。
以上の課題に対処するための産業政策手段として、 産業政策論者は次のよ うな政策提案を行った。 (
1 )労働者の技能訓練補助、 OJT費用補助、 ( 2 )
利子補給、 減税などによる地域支援策、(
3 )研究開発促進政策としての協調、
( 4
)復興開発銀行に類似した政策金融によるリスク負担と長期資金供給、
( 5
)輸出金融に対する政府補助、( 6
)国際競争力強化のための中小企業育成策、
( 7
)国際競争力強化を軸とした体系的な産業政策、 である。 産業 政策論は以上の政策を通じて市場メカニズムだけでは遅れがちな産業構造の転- 14 -
1章 米国経済再生 論の原刑
換過程を補完し、 促進する必要性を主張するのである14JO
1 t1)産業政策論は様々な立場から主張され多様な形態をとっていおり、 必ずし も一枚岩というわけではない。 産業政策論における様々な見解は、 米同産業が 構造的問題を抱えており、 産業政策の必要性を訴える点では共通する。 しかし な が ら 産 業 構 造 転 換 と 市 場 メ カ ニ ズ ム と の関連性に つ い て 近代化論者 ( Modemaizers )と雇用維持 論者(Preservationists )との間に見解の相違が見 られ、 政策面においても対立を見せている。
近代化論者は鉄鋼産業や自動車産業といった斜陽産業(sunset industries ) から半導体等の先端技術分野における成長産業(sunrise industries)への産業 構造の転換を重視し、 こうした産業構造の高度化が市場メカニズムのみでは遅 々として進展しないことを問題とする。 例えばサローやライシュ等の代表的な 近代化論者は、 産業政策なしには米国経済はさらに世界市場における相対的な 地位低下に苦しむだろうとする。 サローは「成長産業」と「市場機構による成 長産業への構造転換」を重視している。 ライシュは衰退しつつある米国経済を 再生させるためには、 米国内に「他の国々よりも高級な製品を生産する高度な 産業を作り出す」ことが重要で、 それによって米国は他国との競争に勝ち、 国 内に経済的繁栄をもたらすことが出来ると考える。 ここでいう高度な産業ある いは成長産業とは、 精密な製品を作る産業(特殊な製鋼業、 化学産業等)、 受 注生産産業(N C工作機械、 多目的ロボット、 通信等)、 新技術を継続的に導 入する産業(コンピュー夕、 集積回路、 セラミック、 バイオ等)などである。
このように近代化論者は市場メカニズムによる斜陽産業から成長産業への産業 構造の転換を産業政策によって人為的に促進することを主張する。
このように近代化論者が市場メカニズムを補完する形での成長産業の育成 と衰退産業の調整を促すことを主張する一方、 雇用維持論者は市場メカニズム による産業構造転換に逆らってまでも、 鉄鋼産業や自動車産業といった衰退産 業の再生と雇用維持の必要性を主張する。 この見解の 特徴は雇用維持の観点か
Fhυ -EBB-
1章 米国経済再生論の原刑
ら市場メカニズムを否定していることと、 衰退産業の保護を訴えていることで ある。 例えばロハティン等の雇用維持論者は、 斜陽産業の再生あるいは少なく とも支援を主張する(F.Rohatyn, The Twenty-year Century: Essays on Economics αnd Public Finance, New York: Random House, 1983. )。 ロハティンは「市場メカ ニズムは米国の基礎的産業を崩壊させる。 しかしながらこうした市場機構は 然のことながら自由勝手に振る舞うのである(Rohatyn, ibid. ,p.14) Jとして、
市場メカニズムへの抵抗を主張するのである。 また雇用確保の観点から他国の 戦略に対抗するために政策介入を求めることもある。 つまり雇用維持論者の見 解は、 衰退産業の調整という市場メカニズムの機能に逆らって衰退産業が市場 競争力を回復するまで産業政策によって保護しようというものである。 こうし た雇用維持論に近い立場としてブルーストンニハリソンの見解を挙げることが 出来る( B.Bluestone and B.Harrison, The Deindustrializatin 01 Ameηca, New York:
Basic Books, 1982. (中村定訳『アメリカの崩壊』日本コンサルタントグループ、
1 984年) )。 ブルーストン=ハリソンは雇用問題を重視している点で雇用 維持論者と見解を共有する。 彼らによると外国への生産基盤の移転といった資 本の運動機能冗進(hyper mobility )に代表される資本の論理と地域あるいは 労働者の論理は基本的に対立するものであり、 こうした資本の論理こそが米国 の脱工業化(de-industrialization ) をもたらすとの認識に立つ。 こうした認識 から導き出される政策的帰結は、 市場メカニズムの否定である。 この点からす ると、 ブルーストン
=
ハリソンの見解は雇用維持論者とは区別せねばならない だろう。 雇用維持論者は衰退産業を人為的に再生させて競争力を回復させた後 には市場メカニズムに委ねるとする、 一時的な市場メカニズムの否定の立場に ある。近代化論者と雇用維持論者との間のこうした見解の相違はOECDのリポ ートにも現れている(OECD, Technical Change and Economic Policy: Science and Technology in the New Economic and Social Context, Paris: OECD, 1980.) 0 0 E
C
D は成熟産業国の戦略を「自動化」と「放棄(あるいは途上国への移転)Jの2種類に分けた。 ロボット化(生産工程の自動化)や他の労働節約的生産方法の
nhu
-EEA
1章 米国経済再生論の原型
導入を通じた生産性の上昇は近代化論者には受け入れられるだろ うが、 雇用維 持論者には受け入れられない。 雇用維持論者は「雇用不拡大成長(job-less grow出) Jには反対し、 第三の選択肢である雇用維持のための保護主義をと なえる(C.Norman, Microelectronics at Work: Productivity and Jobs in the World Economy, Washington DC: Worldwatch Insutitute, 1980. )。
雇用維持論は衰退産業の再生と雇用の維持を主眼とするが、 政策的には衰 退産業に対する各種の保護政策の必要性を訴えることになる。 例えば鉄鋼のト リガ一価格制度や日本に対する自動車の輸出自主規制(VIE: Voluntary Export Restraint)等がこれに該当する。 雇用維持論が主張する衰退産業への保護政策 に対して、 近代化論者の一人であるライシュは、 このような保護政策は消費者、
納税者に負担をかけるだけで、 産業の競争力強化には一向につながらないとす る(Magaziner and Reich, oþ.cit. )。 さらに保護政策は雇用を各国で奪い合うと い う「ゼロサム ・ ゲーム」を 生 じさせる と し て真っ向 か ら反対す る
( R.B.Reich, “Beyond Free Trade,"
Foreignベ仰irs,Spring,
1983.) 。
失業率の急増を解決する必要性という政治的要請から、 実際の政策として は各種の保護政策がとられた。 しかしこうした保護政策は近代化論者からの批 判のように、 後ろ向きのものであり、 成長産業への資源の配分を妨げるものと 認識され、 産業政策論の主流とはならなかった。 こうして産業政策論は近代化 論をその中心的見解として展開されることになる。 本稿では1980年代前半 の産業政策論を近代化論を中心に検討している。 しかしながら、 生産基盤の形 成を通じた雇用確保の問題は、 198 0年代前半を通じて生じたドルの過大評 価とそれに伴う生産部門の国外移転が急速に拡大した際に、 いわゆる空洞化問 題として再び懸案事項として浮上することになる。
ヴI'EEA
1章 米国経済再生論の原刑
こうした産業政策論は1 984年の大統領選を境に鳴りを潜めてしまった。
その原因として198 3年以降の急速な景気回復が共和党への対案としての産 業政策論の勢いを弱めたことも考えられるが、 より重要な原因は、 新占典派的 経済学の立場から強力な産業政策批判が起こったこと、 しかも産業政策を提日目 していた民主党系の経済学者からも批判が行われたことである。
2. 産業政策論への批判
1 984年の大統領経済報告書は産業政策を採用するか否かの問いに対し て「答えは『否」である。 産業政策はアメリカの工業が現在直面している諸問 題を解決せず、 むしろ逆に新しい問題を作り出すだろう。 ・ ・ ・(人為的な) 政府の投資配分は、 労働と資本をより生産的な用途から別な用途へ娠り向ける ことで、 成長を妨げるのが普通である(カッコ内筆者)Jと明言しているI
5)。
さらに日本の産業政策の成果は暖昧でありヨーロッパに至つては失敗したとし て産業政策の有効性を否定する。 そのうえで財政 ・金融政策といったマクロ経 済政策によって解決することが出来ると主張する。 この主張の背景には経済環 境の変化に対して市場メカニズムを通じた調整が機能するとの認識がある。
「動態的経済のもとで生じる多くの需要変化に対処する最良の道は、 投資家や 労働者がそうした変化に対応することを許すことである。 ・ ・ ・新しい投資機 会と賃金格差に応じて資本と労働が自由に移動することが、 成長を促進するの である」16)o
I 5)
Council of Economic Adviser,Economic Report 01 the President,
Washington DC:U.S.G.P.O., 1984., p.102 (経済企画庁調査局監訳r 1 984年版 アメリカ経済
白書』大蔵省印刷局、 1 984年、 p.102)。
1 6) ibid.,p.186 (邦訳p.102)
- 18 -
1章
米国経済再生論の原刑大統領経済報告書によるこうした批判に加えて注目すべき事は、 問機の批 判が民主党系の経済学者であるシュルツ等によっても行われたことである17、。
このことは産業政策論争が共和党対民主党という対立の図式ではなく、 市場メ カニズムの調整機能をどのように評価するかという問題をめぐる経済学tの問 題であることを意味している。 そこには市場メカニズムを通じる資源の効率的 配分を評価する立場にある見解は、 共通して産業政策に批判的であるという図 式が見える18)。
産業政策論への批判は市場メカニズムを評価するという基本認識に立ち、
具体的には次の4点を中心に展開された19)O 第一に脱工業化現象について、
第二に日本の産業政策の有効性について、 第三に政策対象産業の選択について、
1
7)
C.L.Schultze, “Industrial Policy: A Dissent," The Brookings Review,
vo1.2,no.1,1983., R.Z.Lawrence, Can America Compete?, Washington DC: The Brookings Insutitution, 1984.
1
8)米国における 産 業政策 論争 のサーベイとし て以下の文献が あ
る。C.Johnson(ed.), The lndustrial Policy Debate, California: Insutitute for Contemporary Studies, 1984., G.Thompson(ed.), lndustηαl Policy: USA and UK Debates, London and New York: Routledge, 1989., R.D.Norton, "Industrial Policy and American Renewal,
Journal 01 Economic Literature, vo1.24, March, 1986.
1 9)産業政策論 を批判する見解の整理は次のものを中心に行った。 Schultze,
oþ.cit., Lawrence, 。戸.cit., P.R.Krugman, "Targeted Industrial Policies: Theory and Evidence," a paper prepared for the Conference on Industrial Change and Public Policy, sponcerd by The Federal Reserve Bank 01 Kansas Ciか, August 25-26, 1983.,
P.R.Krugman and M.Obsfeld, lnternational Economics:・ Theoη αnd POlicy, Glenview,
Illinois: Scott, Foresman and Company, 1988. (石井 ・ 浦田 ・竹中 ・ 千田 ・松井共 訳『国際経済:理論と 政策I国際貿易』新世社、 1 990年)
一 19
1章 米国経 済再生論の原刑
第四に産業政策の合理性について、 である20)。 以上の論点はいずれも産業政 策による政策介入の前提として産業政策論が提示したものである。 さらに主流 派経済学者はこのように産業政策論の前提を批判する一方、 経済学的に容認さ れうる政策介入の根拠をも提示する。 これは「市場の失敗」が存在するケース である。 以下では産業政策に対する批判を個別的にレビューし、 最後に主流派 経済学によって提示された市場の失敗のケースについて言及しよう21、。
2. 1 . 脱工業化をめぐる批判
産業政策論が主張される前提のーっとして「米国経済の脱工業化」が指摘
20)産業政策論への批判としては以上の4点の他に、 産業政策の実行可能性を
めぐる 批判がある。 こうし た批判はシ ュルツによってなされた( Schultze
oþ.cit. )。 米国では産業政策を実行できるような政治的土壌がないことがその
根拠となる。 つまり産業政策は特定産業の支援を意味し、 こうした差別的政策 は平等、 公平性を旨とする米国の政治的環境にはなじまないと言うことである。
しかしながら実際は、 マガジナーやライシュといった産業政策論者も、 こうし た米国の政治的 ・ 社会的特殊性を無視しているわけではなく、 むしろ合理的な 産業政策を採用することを困難にするような事情が根深く存在することをを充 分認識していた( Magaziner and Reich, oþ.cit. )。 この論点はあくまでも「産業 政策を採用したならば」という仮想上の問題であるため、 ここでは問題の存在 を指摘するにとどめる。
21) r市場の失敗Jに関する議論は、 市場メカニズムと経済厚生との関連で厚 生経済学において古くから議論されている概念であり、 産業政策を通じた政策 介入根拠として全く新しい概念として提示されているわけではない。 あらかじ め断っておく。
- 20 -
1章
米国経済再生論の原刑されたが、 産業政策論を批判する見解は、 それが完全に誤った認識だとして批 判する。 批判は主に次の点を根拠に行われた。 第一に、 脱工業化現象がデータ
上で確認することが出来ないこと、 第二に、 製造業産出シェアの減少は景気循 環的要因によって説明できること、 第三に、 製造業雇用シェアの相対的低ドは 製造業部門の生産性上昇率の相対的な高さに起因すること、 第四に、 市場メカ
ニズムによる産業構造調整が良好に機能していること、 である。
ローレンスの研究22)によると、 圏内総生産に占める米国製造業のシェア は1960年から1980年まで一定であり低下傾向を見せていない。 196 0年時点で製造業の対国内総生産比は23. 8%であるが、 1 979年H寺点で 24. 8%とほぼ同じシェアを維持している。 また製造業生産の変動は循環的 要因によるものであり構造的要因から説明することは出来ないとする。 製造業 生産の縮小は景気循環の下降局面にあることを意味し、 景気回復は生産の急速 な回復を伴うからである。
また雇用に関しても1970年代を通じて米国経済全体の雇用総数は24
%拡大し、 この拡大は他の先進諸国の中でも特筆すべきものとする。 しかし製 造業の雇用シェアは第二次大戦後一貫して低下傾向を示している。 これに対し てもローレンスは「これは主として生産性(一人当たり生産額)の伸びが経済 の他の部門における生産性よりも製造業の方が高かったという事実を反映して いるにすぎないJ 2:1;として、 製造業雇用シェア低下=脱工業化とする事を批
判する。
基幹産業の衰退=脱工業化というビジョンについても次のように批判を加 える。 鉄鋼産業と自動車産業といった伝統的な産業が衰退過程にある事を認め つつ、 その一方で製造業全体の貿易赤字が拡大する中で高技術産業分野の貿易 黒字が1970年代を通じて大幅に拡大したことから、 衰退産業から先端技術
22)Lawrence,op.cit.
23) ibid., p.15
-EEEA 円/μ
l章 米国経済再生論の原刑
産業への構造調整が市場メカニズムを通じて円滑に生じていると指摘する。 以 上のデータ上の検証から「米国経済は196 0年から8 0年までにサービス経 済化が進んだとはいえない」と結論づける24JO
2. 2. 日本の産業政策の有効性をめぐる批判
産業政策論が積極的に産業政策の採用を主張する要因のーっとして、 日本 の産業政策が産業の競争力向上にとって有効であるとの認識があった。 産業政 策論を批判する見解はこうした日本の産業政策礼賛論があまりに産業政策の役 割を誇張しすぎているとして批判し、 日本の経済成長は産業政策よりもむしろ 市場メカニズムが正常に機能したためであるとする。 ヒュー ・ パトリックは
「戦後の日本の産業発展から考えられることは、 日本の成功の主要な源泉は、
投資の多くを決意しその大きなリスクを負担する民間企業の企業家的バイタリ ティーであるという事である。 政府の主要な役割は、 リーダーシップや指導力 を発揮すると言うよりもむしろ、 市場に適合的でかつ補助的な環境を整備する と言うことにあった」とし、 投資決定はあくまでも民間企業が自ら行ったので あり、 決して通産省ではないとする25J O この見解によれば日本の経済成長は、
第一に、 高貯蓄に支えられた高い投資水準、 第二に、 後発性利益の享受、 第=
に、 質の高い労働と急速な生産性上昇を生む協調的な労使関係、 によってもた らされたのであって、 産業政策はあくまでこうした好条件のもとで民間企業の
活力を阻害しないように機能するものであったとする。
さらに日本における日本開発銀行を中心とした財政投融資の役割について
211)
ibid., p.1925;
H.Patrick, “Interview, " Manhattan Reþort on Economic Policy, vo1.2, no.7, 1982.- zz -
1章 米国経済再生論の原則j
も触れ、 日本の経済成長はこうした政策金融によるものではないとする2“ 。 シュルツは「財政投融資計画」全体でみても、 また産業開発の促進の狙いを持 った重要な財政機関の一つである開銀の融資構成でみても、 政府資金の配分が、
特定の成長産業の育成のために集中化していたわけではないとする。 特に目立 つのは地方公共団体や公企業部門、 中小企業金融公庫、 住宅金融公庫への資金 配分であり、 財政投融資の使途についてもインフラ整備におもに振り向けられ ていたとする。 こうしてみると日本の財政投融資および政策金融は、 庫業政策 論者が想定するような、 成長産業部門への資金の重点配分とはいいがたいこと
になる27)。
2. 3. 政策対象産業の選択をめぐる批判
産業政策論は、 米国産業構造を衰退産業から、 労働者一人当たり高付加価 値産業、 大きな連関効果を持つ産業、 将来性のある先端技術産業へ産業政策に よって移行させるべきであり、 そして他国の産業政策への対抗措置として産業
26)Schuitze,op.cit.,pp.6-7. シュルツが日本の政策金融について取り上げたのは、
サロ一等によって主張された現代版「復興金融会社( Reconstruction Finance Corporation) J設置論を批判す る た め で あ る。 復 興 金 融 会社に 関 し て は Thurow, op.cit. を参照。
27)ただしシュルツの政策金融に関する評価においては、 開銀の融資を受けた 企業は民間金融機関からも容易に融資を受けることが出来るといういわゆる
「呼び水効果」について言及していない。 この点は注意を要する。 また日本の 傾斜生産方式と関連した政策金融の効果に関してはいまだに評価が分かれてい る。
円〈υnfu
1章
米国経済再生論の原売Ij政策をとる必要性があると主張した2H、。 クルグマンによるとこうした主張は 次のような問題をそこに含むというm,o 第一に、 産業政策論が積極的に政策 介入を提唱する背後には、 政府が市場メカニズムよりも正確にあるべき産業構 造を認識できるという前提が存在すること、 第二に、 産業政策論が移行対象と して選択する産業は最適な資源分配をゆがめること、 である。 そのうえで何ら かの「市場の失敗」が存在するのでなければこうした産業政策による政策介入 は正当化されないとする。
労働者一人当たり高付加価値産業を産業政策の対象とする議論は、 't.1老構 造、 とくに労働力と資本を労働者一人当たり付加価値の高い産業ヘシフトさせ ることにより、 生産性および国民所得を増加させることが可能であると主張す る� 0)。 クルグマンは、 まず彼らが高付加価値部門とより労働者
a人当たりの
付加価値が高い部門とを混同している点を指摘する。 高付加価値産業とは通常、高い資本 ・ 労働比率や資本 ・ 産出比率を示す資本集約的産業のことを意味し、
こうした部門への人為的な資源配分は米国経済全体の雇用量や産出量を低下さ せるとする。 さらに、 たとえ高付加価値部門が高収益部門を意味するものであ るとしても、 そうであるならば産業政策によらずとも市場メカニズムによって 資源が自動的に配分されるとして批判する。
また産業政策論は強力な連関効果を生む産業を政策的に支援すべきである とする。 つまり、 政府は経済の他の部門に投入財を供給する産業、 例えば鉄鋼 産業に政策的支援を提供すべきであるという議論である:11
)。
これは中間投入 財を生産する産業の拡大はそれらの産業が生産する財を使用する諸産業の促進円)この他に安全保障上の問題から特定の国防産業を支援すべきとする議論も ある。
29)
Krugman, oþ.cit., Krugman and Obsfeld, oþ.cit.:10)
Magaziner and Reich, oþ.cit.� 1)
E.M.Hadley, “The Secret of Japan's Sucæss," Challenge, vo1.26, no.2, 198.1.
- 24 -
1章 米国経済再性論の原刑
を通じて乗数的に拡大することが出来るという見解である。 この見解はおそら く日本の傾斜生産方式を念頭に置き、 具体的には鉄鋼産業や半導体産業といっ たものを想定している。 これに対してクルグマンは市場の失敗:12 が存紅しな ければ産業政策が正当化される理由はないとする。
将来的に成長の可能性を持っている産業への支援についてであるが、 幼稚 産業保護論がこのケースであり、 現在時点での政策支援コストと将来の時点で の輸出能力との比較が政策介入の基準となる:1:1)。 このように将来産業への政 策的支援は費用便益分析によって便益が得られるならば正当化される。 しかし クルグマンは市場機構が正常に機能しているならば産業政策による支媛は必要 でな い と批判す る。 つまり、 政府が将 来 の成 長産業を選別す る( picking winners)ことは可能であるが、 市場も将来の成長産業を認識し、 日動的にそ こに資源を配分することが出来るのである。 この場合も何らかの市場の失敗が
存在しなければ政策介入の根拠はないことになる。
外国政府に より産 業 政 策 の対象となっている産業 の ケースであるが ( fighting fire with fire)、 これは他国がある産業を支援しその結果自国の産業 が衰退する場合には米国は当該産業を政策的に支援することが出来るとする議 論である31))。 とくにターゲテイングの対象となっている産業が米国に とって 重要である場合、 例えば農業や安全保障にかかわる部門はなおさら政策介入が 重要性を増すことになる。 しかしこうした場合でも市場の失敗が存在しない限 り産業政策介入は正当化されない。 他国が産業政策によってある特定の産業を 支援し、 その結果当該産業生産物の価格が低下すれば、 米国はそれが産業政策 による支援の結果としても、 資源を当該産業から移転させることによって経済
32)これは金銭的外部経済のケースであり、 分割不可能性がこうした外部経済
を発生させる。33; ミル=パステーブル ・
テストのケース0:11): Rohatyn,
oþ.cit.phd qJ臼
1章 米国経済再生論の原汗Ij
厚生を最大化させることが出来るとクルグマンはいう。
2. 4. 合理的産業政策論をめぐる批判
マガジナーとライシュは、 米国は既に産業政策を採用しており、 しかもそ うした政策は適切なものとは言えないとして、 もっと合理的な産業政策をとる べきであると主張する:"i 5)たとえば衰退産業に対する政策がこのケースであり、
米国は鉄鋼産業などの国際競争に晒され急激に衰退しつつある産業の保護を目 的とした輸出自主規制策を行った。 こうした政策は衰退産業を対象とする産業 政策の一種であるが、 こうした政策はせいぜい保護しようとした産業の競争力 低下を単に先延ばしにしただけにすぎず、 米国産業が長期的な競争力をつける ような構造改善に対する支援も促進も行うものではなかったとする。 米国政府 がとった政策が失敗に終わった理由として、 第一に、 保護を行う際に対象とな る産業が競争力向上に向けての対策をとることを条件にしなかったこと、 第 に、 構造転換のための資金の調達において困難に直面している産業へ積極的に 融資する政策をとらなかったこと、 を挙げる。 このように米国は実質的に産業 政策を行いながらも、 それが失敗に終わっていることから、 ライシュらは産業 政策をもっと積極的にしかも合理的に推進すべきであると主張することになる。
さらにこうすることによって今後のビジョンが明確に示され、 政策に対する合 意が形成されやすくなり、 産業政策が利益団体による政治的駆け引きによって 効果を失うことがなくなると言うのである。
一方、 シュルツは逆に、 特別な例外的ケースと認められるからこそ、 つま り産業政策は場当たり的に行うからこそ、 支援のための措置が効果的に行える と指摘する。 敢えて例外的で、 かつ緊急、を要すると政策的に示すことにより、
3 5)
Magaziner and Reich, Op. cit., pp.165 -173.- 26 -
1章 米国経 済再生論の原刑
米国の政治風土の中でも産業政策が可能となったのである。 こうした例外性を 提示せずに、 恒常的に産業政策を行うとすれば、 逆に産業政策は政治的駆け引 きを通じたレント獲得行動によって無に帰すことになるという川、。
3. 産業政策論と市場メカニズム
産業政策論争は1 983年以降の景気回復および大統領選挙の終了に伴い 急速に下火となった。 さらに新古典派経済学による厳密な議論の前には、 ジャ ーナリスティ ックな議論を展開した産業政策論は消滅した。 これは何故だろう か。 産業政策論者は市場メカニズムの評価という根本的なレベルの問題を提起 したにもかかわらず、 市場メカニズムに対する肯定的な評価がその背後にある からと考えられる。 ここでは産業政策論が市場メカニズムに対してもつ一見矛 盾したような評価について明らかにしたい。
3.
1. 市場メカニズムに対する評価
36)特に米国では産業政策は利益団体によるレント獲得競争の対象になりやす く、 その結果、 政策対象が大幅に拡大し産業政策自体の効果が消滅する事がた びたび生じた。 シュルツはジョンソン政権時代に行われた「モデル都市事業」
がその典型であると指摘する。 この事業は物的資本、 教育再訓練、 社会事業等 の総合的援助計画を特定の少数地域に集中することにより、 貧困および衰退の 悪循環を絶つ事を目的としたものだった。 しかし、 行政府や議会での政治的な 駆け引きが行われる中で、 モデル都市の数は次第に肥大化し、 150もの都市 が指定を受けた。 その結果、 各都市に配分される予算はほんの僅かなものにと
どまったのである。 Schultze, oþ.cit.,
pp.9-10.参照。
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1章 米国経済再生論の原刑
産業政策論争における論点は経済学分野から政治学分野まで多岐にわたっ ていた。 しかしながらその中心的な対立点は、 産業構造転換における市場メカ ニズムの調整機能に関する評価であると言えるであろう。 産業政策論は衰退産 業から近代的な先端技術産業へといった産業構造の展開に関する市場メカニズ ムの機能に対して悲観的な評価を下した。 産業構造転換の遅れから生じる大邑 の失業者の増大、 伝統産業都市の急速な荒廃を眼前にして、 市場メカニズムを 通じた調整が迅速に機能していないことに疑問を抱いたのであろう。 サローや ライシュ等の産業政策論者はこうした認識から、 市場メカニズムだけでは遅れ がちな産業構造の転換を産業政策によって補完しようと考えたのである。 一方、
産業政策を批判する見解は、 市場メカニズムによる調整は十分に機能している との認識に立つ。 市場メカニズムを通じた資源配分は最適であり、 政策介入は 不必要であると考える。 こうした立場からすると、 米国経済に生じた係々な問 題は構造的なものでなく循環的 ・ 一時的問題であり、 市場メカニズムによる調 整過程であることになる。
この両者の対立は、 一見、 産業政策論者が市場メカニズムの否定の立場に 立ち、 批判的見解が市場メカニズム肯定の立場に立っているように見える。 し かしながら両者の市場メカニズムに対する評価はどちらも根本的なレベルでは 肯定的であり同じであると考えられる。 つまり産業政策論者の見解は市場メカ ニズムを肯定的に評価しているのである。 それでは産業政策論は市場メカニズ ムの何を否定的に評価していたのであろうか。
産業政策論者が最も重要視したのは、 繰り返しになるが、 衰退産業から近 代的産業への転換の問題である。 その際、 産業政策論者は市場メカニズムを通 じた資源配分の速度を問題にしたのである。 つまり、 産業構造転換というとい う調整に対して経済構造は粘着的であり、 そのため市場メカニズムだけでは充 分な速さでの調整が行われないと考えたのである。 市場メカニズムでは産業構 造の転換が生じないと主張することと、 市場メカニズムでは産業構造の転換が なかなか進まないと主張することは根本的に異なる。 市場メカニズムによる調
- 28 -
1章
米国経 済再生論の原刑整速度が遅いと考える場合、 産業政策の役割は調整速度を人為的に高めて、 市 場メカニズムを補完することが主眼となる。 こうした見解は基本的に市場メカ ニズムを肯定的に評価するものである37)O 結局産業政策論は、 他国からの
際競争圧力が急速に高まるにつれ、 市場メカニズムをつうじた調整能力に対す る時間的な焦りから提唱されたものであると言えよう。
3. 2. 産業政策論から「市場の失敗」論へ
産業政策論者も新古典派経済学者も市場メカニズムによる産業構造転換機 能に対して根本的には肯定的な評価を持つことが以上より確認された。 こうし た状況では産業政策に関する議論は新古典派経済学の枠内である「市場の失敗」
をベースにした議論に綾小化されることになる。 新古典派経済学は産業政策に 関して「市場の失敗」という分析手段を持っていた。 この市場の失敗に関する 議論は、 市場メカニズムによる資源配分が最適であるとの基本認識を持ち、 何 らかの原因によって資源の最適配分が達成されない場合に限って、 市場メカニ ズムを補完するため政策介入の正当性が生まれるとするものである。 つまり市 場を肯定的に評価する立場にあると、 産業政策の正当性を論じる場合には、 何 らかの市場の失敗を見いださなければならないのである。 クルグマンは「通俗 的な産業政策擁護論の問題は、 まさにそれらの議論では政策介入の正当性が
由経済の根底となっている前提の欠如(市場の失敗の議論)に結び付いていな
37)市場メカニズムに対するこうした評価は産業政策論の中でも近代化論者に よって提唱されたことに注意すべきである。 産業政策論の中には、 ロハティン 等の雇用維持論者やブルーストンニハリソン等のように市場メカニズム部分的 にあるいは全面的に否定する見解も存在している。 注1 4を参照されたい。
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