一米国経済再生論の新展開一一
1 980年代前半に提唱された産業政策論は「市場の失敗」という産業政 策を正当化する手段を持たなかったため弱体化した。 しかし1 980年代後、ド 以降、 米国の貿易収支赤字が戦後最大規模で拡大したこと、 しかもこれまで米 国が優位にあった先端技術産業部門においても国際競争力を大幅に低下させた ことから、 新たな産業政策論である戦略的貿易政策論が提出される事になった。
戦略的貿易政策論は、 積極的な政策介入を通じて米国産業の国際競争力強化、
特にハイテク産業の育成と維持を目的とする産業政策のー形態と言える。 しか し戦略的貿易政策論は、 新貿易理論をベースとして政策介入の可能性を理論的 に提示し得たという点で、 80年代前半の産業政策論と異なる。
新貿易理論によると、 各国がどの産業部門に特化するかは要素賦存や比較 生産費格差に基づいて決定されるのではなく、 何らかの歴史的偶然性によって 決定されることになる。 つまり市場メカニズム以外に国際分業関係を形成する メカニズムを示したのである。 ここに政策介入の可能性が存在することになる。
このように比較優位を政策介入によって形成する可能性に加えて、 半導体産業 を代表とする米国経済の再生に不可欠のハイテク産業の分野では、 市場の失敗 が存在することが明らかになった。 市場の失敗は政策介入を正当化する根拠を 与えるものである。 こうして新貿易理論および市場の失敗を背景に主張された 戦略的貿易政策論は、 管理貿易論および競争力政策という形で実際の政策展開 をみることになる。
このように政策介入による米国経済再生が重視される傾向にある一方で、
経済再生の最も重要な担い手である米国企業の多国籍化が進展している。 米|玉 企業による競争力向上への取り組みは必ずしも米国内で行われるものとは限ら ない。 多国籍企業は世界市場メカニズムにしたがって資源の最適配分を世界的
-B'aE轟ηべU
2章 戦略的貿易政策論
な視野で行う経済主体である。 近年米国多国籍企業は日本等の外国企業からの 競争に晒されるなかで、 資源の最適利用を目的とした対外進出を加速している。
こうした米国企業の多国籍化は米国経済再生論の有効性に疑問を投げかけるも のであった。 つまり米国経済再生にとって米国企業は貢献するかどうかという 問題が生じたのである。 この問題は米国における対米直接投資論争およびNA
FTA論争としてあらわれることになった。
本章は、 戦略的貿易政策論の理論的背景と実際の政策展開の現状を明らか にすることを目的とする。 そのために、 まず第1節で戦略的貿易政策論の理論 的ベースとなる新貿易理論の内容を検討することにしたい。 その際、 何らかの 歴史的偶然性あるいは人為的要因によって特定産業部門の比較優位が創造され るとする新貿易理論と、 要素賦存および比較生産費格差に基づき、 市場メカニ ズムにしたがって分業パタンが形成されるとする比較優位論と違いを分析の軸 とする。 第2節では戦略的貿易政策論が依ってたつ市場の失敗という政策介入 の根拠を明らかにする。 これによって戦略的貿易政策論は管理貿易論および競 争力政策という形態で実際に政策展開されることになる。 第3節ではこの政策 展開の現状分析を行う。 そして第4節では直接投資の拡大によって米国経済再 生論にどのような問題が投げかけられているかを示したい。
, . 新貿易理論と比較優位論
比較優位論では、 貿易と国際分業の発生する理由を要素賦存の差異や比較 生産費格差によって説明する。 しかし規模の経済あるいは収穫逓増を前提とす る新貿易理論では、 何らかの歴史的経路依存性( path - dependence )によって 決定された初期条件のわずかな差がその後の展開を左右し、 累積的効果によっ て比較優位構造が固定化されていく。 つまり比較優位論においては所与の比較 優位構造が分業パタンを決定し、 新貿易理論では所与の分業パタンが比較優位
内/U円《U
2章 戦略的貿易政策論
構造を決定することになる1JO
貿易理論におけるこうした変化は、 先進国間貿易の大半が比較優位論では 説明できない産業内貿易であったことから生じた2'o 比較優位論では比較生産 費の低い財を輸出し、 比較生産費の高い財を輸入する。 リカードの例で周知で ある、 毛織物と小麦との間の産業間貿易が行われるのである:i o しかし、 現実 には世界貿易の大半は産業内貿易、 すなわち同一産業内における差別化された 製品の双方向の貿易である。 例えば、 日本が米国に小型乗用車を輸出し、 米国 が日本に大型乗用車を輸出するといった貿易パタンである。 グルーペル=ロイ ドの研究によると、 196 7年におけるOECDI0カ国の貿易にしめる産業 内貿易の割合は63%にも達している。 しかし伝統的な比較優位論ではこうし た産業内貿易の発生を説明できないために、 新たな理論的探求が始まった。 そ して、 その後のミクロ経済学、 産業組織論の発展をふまえて、 1 970年代末 から198 5年にかけて、 クルグマン、 ディキシット、 ブランダ一等によって 新貿易理論が提唱されることになった。
以下では新貿易理論を、 規模の経済-不完全競争のモデルとマーシャル的 外部経済を利用した規模の外部経済モデルの順に紹介することによって、 歴史 的経路依存性によって与えられた所与の分業パタンが比較優位を決定すること
1 )根岸は「各国が異なる産業に特化する国際分業は、 比較優位の原因であって
結果ではない」とする。 根岸隆『経済学の歴史』東洋経済新報社、 1 983年、
p. 44
2)産業内貿易に関する代表的文献として次のものがある。 H.
G. Grubel and P.].Lloyd, Intra-industηTrade: The TheoηI and Measurement 01 International Trade in Differenciated Products, London: Macmillan, 1975.3) D.Ricardo, “On the Principles of Political Economy and Taxation," in P.Sraffa(ed.), The Wo伐s and Correspondence 01 Dαvid Ricardo, vol.l., Cambridge:
Cambridge Univ. Press, 1953. (堀経夫訳「経済学および課税の原理J rリカード
全集1 J雄松堂、 1 972年)
円《υ円ぺU
2章 戦略的貿易政策論
を示す。 こうした歴史的経路依存性は政策介入の余地を与えることになる。 つ まり、 政府が戦略的に重要と考える産業を自国内に創出あるいは維持する可能 性が理論的に開かれることになるのである。
, • , . 不完全競争と貿易
規模の経済が企業レベルで存在する場合は比較優位論が前提とした完全競 争が成立しなくなる。 大企業は小規模企業に対して優位に立ち、 産業は1社あ るいは数社によって支配されることになる。 したがって規模の経済の存花は不 完全競争市場を形成する。 さらに、 想定する不完全競争の形態の違いによって 独占的競争モデルと、 差別的寡占モデルに大別される。 前者の場合には製m 別化による競争が行われるが、 後者の場合には想定されない。 ここでは製品差 別化による独占的競争のケースを取り上げる。 一般に、 製品差別化が進んでい る産業については個別の財ごとの需要は限られており、 それらを全て国内で 産する場合には、 規模の経済を活用できず、 生産は非効率となる。 これに対し、
貿易を行った場合には、 限られた種類の財だけを生産すればよく、 より大きな 生産規模を確保することができ、 規模の経済を活用することが出来る。 このよ うに、 新貿易理論では比較優位とは別に、 規模の経済が貿易の発生源となりう ることが示される。 また、 規模の経済によって産業内貿易が発生することも説 明可能である。
しかし、 このモデルでは、 どの国がどの製品を生産し輸出あるいは輸入す るかという貿易パタンについては理論的に説明することが出来ない。 この点が 重要な政策的含意を持つことになる。 すなわち、 こうした見方によれば、 貿易 パタンは歴史的経路依存性や政策によって決定されるということになる。 つま り、 たまたまある商品を先に生産し始めた国が、 あるいは政策的な保護により 時的に市場を確保した国が、 費用逓減を通じて競争上優位に立つことがある
- 34
-2章 戦略的貿易政策論
のである11ì。 ここでは資本・ 労働比率といった生産要素賦存状態の格差ではな く、 各国政府の政策の違いが重要な役割を果たす余地が存在することになる。
, • 2. 外部経済と貿易
規模の経済は企業レベルだけでなく産業レベルでも生じる。 つまりある企 業の生産性がその企業自身の生産規模よりもむしろ企業が属する産業の大きさ に依存する場合、 規模の経済は企業にとって外部的である、 つまり規模の外部 経済が生じる。 この規模の外部経済によって収穫逓増が生じる場合は所与の貿 易パタンが比較優位を決定し固定化することが生じる。 このことが新貿易用論 の核心であると言える。 多くの産業では、 外部経済の相互作用の過程を通じて 独自の比較優位を形成しているように見える。 比較優位が形成されるプロセス は以下のように図示できる。
図1 - 1 比較優位形成過程
技術的外部経済 金銭的外部経済
②
熟練労働力のプール供給基盤
11)
P.R.Krugman, “Import Protection as Export promotion: Intemational Competitionm the Presence of Oligopoly and Economies of Scale," in H.Kierzkowski(ed.),
Monopolistic Competiton and International Trade, Oxford: Clarendon Press, 1984.
Fhd 円ぺU