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Vol.66 , No.1(2017)086和田 壽弘「初期新ニヤーヤ学派における原因の概念――シャシャダラの定義――」

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Academic year: 2021

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(1)

初期新ニヤーヤ学派における原因の概念

―シャシャダラの定義―

和 田 壽 弘

1.

 序

新ニヤーヤ学派1)14世紀のガンゲーシャ2)によってその体系が確立される が,彼と彼以前の関わりについては不明な点が多い.そこで,彼以前の新ニヤー ヤ学を「初期新ニヤーヤ学(派)」と名付け,この学(あるいは学派)の伝統につな がる重要人物の思想を解明することによって学派形成史の一助としたい.この「初 期」に属する人物としてシャシャダラ(1275–1325年頃)を取り上げるが,彼のガ ンゲーシャへの影響が大きいことは,Bhattacharya (1958: 87–90) やVattanky (1984: 123–129) らの研究によって明らかである.本稿では,哲学上重要な概念である因 果関係に注目し,シャシャダラが規定した「原因」という概念を明らかにする. 拠り所となるテキストは,彼の『ニヤーヤ・シッダーンタ・ディーパ』( Nyāya-siddhānta-dīpa: NSD)「原因性章」(Kāraṇatā-vāda)である3) NSDについての先行研究の中で,「原因性章」に関して言えば,主要なものは

Dalai (2005: 20–24, 72–79) とMishra (2008: 174–185) である.Dalaiは「原因性章」の 要約と英訳を行ったが,そこから章の議論内容を詳細に理解するのは困難である. しかし,Dalaiはシャシャダラの挙げる定義とガンゲーシャの『タットヴァ・チ ンターマニ』(Tattva-cintā-maṇi)「推論部」(Anumāna-khaṇḍa)「神の存在証明の章」 (Īśvara-anumāna)における表現との類似点を11箇所にわたって指摘し,この点は評 価できる.一方,Mishraは「原因性章」の全体を詳細に要約していて有益であ る,シャシャダラの定義とウダヤナとの関係を指摘した点も評価できる.ただ し,この2つの先行研究がシャシャダラの最終的な3つの定義を十分に説明して いるとは言い難いことは確かである.その難点を補うために,本稿は彼が認める 3つの定義の意味するところと,その3つの定義の関わりを明らかにする.

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「原因性章」の構成: A 原因性の5つの暫定定義の提示 B 反論者による5つの暫定定義への批判 B1 第一定義の批判/ B2 第二定義の批判/B3 第三定義の批判/ B4 第四定 義の批判/ B5 第五定義の批判 C シャシャダラの確定定義 C1 暫定第二定義の承認(確定第一定義)/ C2 暫定第三定義の大幅な改変(確定第二 定義)/ C3 暫定第五定義の新解釈(確定第三定義) 2.

 暫定定義

シャシャダラは「原因性章」の冒頭で,議論対象となる暫定定義を次のように 5つ提示する.次の《テキスト1》はA部分の全訳である.

《テキスト1》(NSD, p. 12, 2–4) kiṃ tatkāraṇatvaṃ kāryaniyatapūrvavarttitvaṃ vā kāryaniyatapūrva-varttijātīyatvaṃ vā. ananyathāsiddhaniyatapūrvavarttitvaṃ vā kāryasahabhāve saty etad eva vā. saha-kārivirahaprayuktakāryābhāvavattvaṃ vā. anyad vā. その原因性とは何か.(1)結果より必ず先行するものであることなのか,(2)結果より必ず 先行するもの[にある]普遍を有することなのか,(3)別様成立しない〈[結果より]必ず 先行するもの〉であることなのか,(4)結果と共に存在し,かつ,それ[すなわち,別様成 立しない〈結果より必ず先行するもの〉であること]なのか,(5)補助因(sahakārin)の無に よって引き起こされた〈結果の無〉を有することなのか,あるいは,[これらとは]異なる ものなのか. 上に言及した先行研究が指摘しなかったことであるが,これら5つの暫定定義 のうちの最初の4つは結果が発生する場合の原因を定義しようとし,最後の定義 は結果が発生しない場合の原因を定義しようとしている.つまり,原因には, 〈条件が満たされるので結果を生み出すもの〉と〈条件が満たされないので結果 を生み出さないもの〉とがあることが意識されていたのである.以下には,ここ に挙げられた5つの定義がどのように適用されるかを見ておこう. 暫定第一定義は,原因が結果に必ず先行することを言っているに過ぎない.イ ンド哲学の文献では,因果関係にある例として棒と壺がしばしば用いられるが, 棒が何故壺の原因と見なされるかの理由は厳密には不明である.この例に定義を 適用すると,棒は必ず壺に先立って存在しているので,〈壺という結果に必ず先 行すること〉という性質は棒に存在する.つまり,定義は被定義項である棒に適 用される.暫定第二定義は,原因が結果に先行するものの集合の要素であること を言っている.壺の原因としての棒の例を使えば,特定の一本の棒だけが壺の原

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因なのではなく,どのような棒でも壺の原因となりうることを意味している. 暫定第三定義は,第一定義に「別様成立しない」を付加したものである.「別様成 立しない」とは「別様成立する」の否定であり,別様成立するものとは,例えば,壺 の原因を陶工とする場合に,陶工の原因である〈陶工の父親〉も壺の原因とするこ とができそうに感ずるが,父親は壺に対して〈別様成立するもの〉である.このよ うに父親は陶工の原因として成立してしまうので,壺の原因とする必要がない.父 親が原因であることは,壺が結果である場合とは別様に成立してしまっているので ある.この様な〈別様成立するもの〉でない棒は,壺の原因と見なされる.暫定第 四定義は,暫定第三定義に「結果と共に存在し」を追加したものである.例えば, 祭式の果報という結果は,新得力(apūrva)という媒介作用(vyāpāra)を通して原因 である祭式と「共に存在する」と承認される場合,この定義が祭式に適用される. 暫定第五定義は,上述したように,結果の発生条件を満たすことができなかった 原因を定義しようとしたものである.補助因とは原因以外の要因である.例えば 陶工が壺を製作する時,陶工は〈行為主体〉という原因,ろくろの回転盤を回転さ せる棒は〈手段〉という原因とされる.〈壺の材料である粘土と回転盤との結合〉 や〈回転盤の回転〉や〈粘土と陶工との結合〉や水などは補助因である.結果の発 生条件を満たさない原因とは,例えば水や土を伴わない種である.種は芽の原因で あっても,補助因である水や土を伴わなければ芽という結果は発生しない.補助因 の非存在によって結果が発生しない場合には,種は芽の原因であると判定される. 3.

 確定定義

シャシャダラはA部分で提示された5つの暫定定義についてB部分において 議論を重ね,C部分で暫定第二定義はそのまま承認し,暫定第三定義と暫定第五 定義を大幅に改変して,都合で3つの確定定義を提案する.《テキスト2》はC1 部分の全訳であるが,《テキスト3》《テキスト4》は,それぞれC2部分とC3部 分の部分訳である.

《テ キ ス ト2》(NSD, p. 14, 3–5) atrocyate kāryaniyatapūrvavarttijātīyatvam eva kāraṇatvam. na cākāśāder api kāraṇatvam. sāmānyata iṣṭatvāt. na hy ākāśādikaṃ na kiñcid api prati kāraṇam.

この[5つの定義に関する議論]について[シャシャダラによって次の結論が]主張され る.原因性とは,結果より必ず先行するもの[にある]普遍を有することに他ならない. そして,虚空(ākāśa)なども原因ではない.[これは]一般的に承認されているからである. 実に,虚空などはいかなるものに対しても原因ではない.

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シャシャダラは,まず確定第一定義として,「結果より必ず先行するもの[に ある]普遍を有すること」という暫定第二定義を認めている.B部分での議論に おいて,この暫定定義の最大の難点は,原因とされるもの(例えば棒)に普遍が ありうるかどうかということであった.C1で彼はこの様な普遍があることを認 め,要素が1つしかない集合を原因とは認めない.

《テ キ ス ト3》(NSD, p. 14, 6–9) viśiṣya tu ananyathāsiddhetarapūrvavartti tvān upajīvighaṭapūrva- varttitvanirūpitaniyatasamavadhānapratiyogijātīyatvaṃ tat. an anyathā siddhatvaṃ ca yatkāryaṃ prati yasya niyatānvayavyatirekau tadupajīvanena yasyānvaya vyati rekau tadanavacchinnānvayavyatireka- pratiyogitvam. そして[上述の定義とは]区別して,その[原因性]とは,〈別様成立しないものとは別の ものが先行すること〉に依存しない壺に先行することに表述された(nirūpita)〈確定的関係 の関係項(pratiyogin)〉にある普遍を有することである.そして,別様成立しないものであ ることとは,結果xに対して,yの恒常的な肯定的随伴と否定的随伴とが成立し,yに依存 することによってzの肯定的随伴と否定的随伴とが成立する場合,zによって制限されな い(anavacchinna)肯定的随伴と否定的随伴との関係項であることである. 確定第二定義は「〈別様成立しないものとは別のものが先行すること〉に依存 しない壺に先行することに表述された〈確定的関係の関係項〉にある普遍を有す ること」であり,暫定第三定義を大幅に改変したものである.「壺」を結果の例 として含む点は定義として十全でないかも知れないが,その意味するところを以 下のように説明できる.原因が棒であり,壺が結果であることが前提である.壺 は,〈別様成立しないもの〉である棒とは別のものである(例えば)ロバが先行す ることには依存しない.ロバは壺に対して〈別様成立するもの〉であるので,壺 は〈ロバが壺に先行すること〉に依存することはないからである.その様な壺に 先行することによって表述された4),つまり説明された〈確定的関係を持つ関係 項〉である棒には,〈棒性という普遍を有すること〉という性質が存在する. シャシャダラはこのような性質が原因性であると主張しているのである. さらに彼は〈別様成立しないもの〉を,「結果xに対して,yの恒常的な肯定的 随伴と否定的随伴とが成立し,yに依存することによってzの肯定的随伴と否定的 随伴とが成立する場合,zによって制限されない肯定的随伴と否定的随伴との関係 項」と定義する.例えば,棒が壺の原因である場合,別様成立するものとは〈棒 の色〉である.この例を使って,xに「壺」を,yに「棒」を,zに「棒の色」を代入 すると,「壺に対して,棒の恒常的な肯定的随伴と否定的随伴とが成立し,棒に依

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存することによって,壺に対して〈棒の色〉の肯定的随伴と否定的随伴とが成立 する場合,〈棒の色〉に制限されない肯定的随伴と否定的随伴との関係項であるこ と」という表現が得られる.棒には壺に対する肯定的随伴と否定的随伴が成立す るが,〈棒の色〉に対しても成立してしまう.この様に棒を通して,壺に対する 肯定的随伴と否定的随伴が成立する〈棒の色〉は,別様成立するものと見なされ, 原因から排除される.棒は,〈棒の色〉が壺に対して有する肯定的随伴と否定的 随伴とは関わりなく,壺に対する肯定的随伴と否定的随伴を有する関係項である. なお,本文中の「zに制限されない5)肯定的随伴と否定的随伴」は,「zと必ず共 起するわけではない〈肯定的随伴と否定的随伴〉」と言い換えが可能である. 〈別様成立するもの〉とは,本稿第2節で述べたように,別のものの原因とし て成立するものである.シャシャダラはこの様な規定をそのまま原因の定義に入 れれば,定義項の中に被定義項が入り込んでしまうおそれから,〈別様成立しな いもの〉を肯定的的随伴と否定的随伴と「被限された(被制限者)」のみを使って 規定したと考えられる.

《テキスト4》(NSD, p. 14, 11–15) yad vā sahakārivirahaprayuktakāryābhāvavattvam eva kāraṇatvam. asyārthaḥ. itaravyatirekāvacchinnakāryānutpādavyāpyatvam. . . . || śrīḥ || cha || iti kāraṇatāvādas tṛtīyaḥ || あるいは,原因性とは,補助因の無によって引き起こされた〈結果の無〉を有することで ある.この[定義の]意味は[次の如くである].[つまり,定義の適用対象]以外のもの の無によって制限された(avacchinna)〈結果の発生しないこと〉の被遍充者(vyāpya)である ことである.……以上が「原因性章」という第三[章]である. 確定第三定義として,暫定第五定義「補助因の無によって引き起こされた〈結 果の無〉を有すること」を認め,それを解釈して「〈定義の適用対象〉以外のもの の無によって制限された〈結果の発生しないこと〉の被遍充者であることであ る」とする.「定義の適用対象以外のものの無によって制限された〈結果の発生し ないこと〉」とは「〈補助因の無〉によって制限された〈結果の発生しないこと〉」 のことであり,〈補助因の無〉と〈結果の発生しないこと〉が共にのみ成立してい ることを意味する.つまり原因は存在するが,結果が発生していない場合を扱っ ている.原因があって補助因がない場合のみに結果が発生しないのだから,補助 因があれば結果が発生することとなる.換言すると,「原因がある場合に,〈補助 因の無〉と〈結果の発生しないこと〉とが共に成立する」ということが認められ る.従って,原因は,〈補助因の無〉と〈結果の発生しないこと〉との共起の被遍

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充者6)である.定義中の「制限された」は,〈補助因の無〉と〈結果の発生しない こと〉とが共に成立していて,どちらか一方だけが成立するという場合がない, ということを知らせるという機能を果たす.このことから,〈補助因が存在する こと〉と〈結果の発生しないこと〉とが結びつく場合は排除されているのである. このように確定第三定義は,〈補助因の無〉と〈結果の発生しないこと〉との あり方を厳密化することによって,石片(śilāśakala)に過大適用されることを防 いでいるのである.水も土も持たない石片には〈補助因の無〉と〈結果の発生し ないこと〉とが共に存するが,この〈結果の発生しないこと〉は補助因があって も石片に存在する性質である.従って,石片が有する〈結果の発生しないこと〉 は〈補助因の無〉によって制限されない. 4.

 結論

シャシャダラは,原因には特定の条件(補助因)が うことによって結果を生 み出すものと,条件が わないために結果を生み出せないものとがある,という ことを意識していた.彼が認める3つの確定定義の内,はじめの2つは前者の原 因を,第3は後者の原因を定義したものである.確定第一定義は「結果より必ず 先行するものにある普遍を有すること」であり,これは原因の一般的で最も簡略 な定義である.確定第二定義「〈別様成立しないものとは別のものが先行するこ と〉に依存しない壺に先行することに表述された〈確定的関係の関係項〉にある 普遍を有すること」は,確定第一定義をより正確にしたものである.しかも,こ れに含まれる「別様成立しないもの」を規定するに際して,原因という概念を使 用しないことによって,定義が自体依存(ātmāśraya)の欠陥に陥ることを避けて いる.確定第三定義「原因以外のもの(つまり補助因)の無によって制限された 〈結果の発生しないこと〉の被遍充者であること」は,二つの確定定義が規定す る原因とは異なる種類の原因の規定であり,その代替とはならない.シャシャダ ラの最も正確な定義は,確定第二・第三定義である. 1)この学派の特徴については,和田(1999, 26–37);Wada (2007, 20–35)参照.

2)本稿で言及する学匠の年代は,Potter (1977: 9–12), Potter (1995[1970])とPotter and Bhattacharyya (1993: 10–13)に依る.

3)「原因性章」の先行研究,テキスト, 釈書,翻訳および詳しい分析は,和田(予定)参照.

4)「表述された」(被表述者)と「表述するもの」(表述者)の機能については,和田(1999: 34–35);Wada (1990: 66–80)(2007: 31–33)参照.

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5)「制限されない」(anavacchinna)は「制限された」(avacchinna)の否定形であるが,制限す るもの(制限者)の機能は,《テキスト3》の場合,「自身と被制限者が同時にのみ成立する ことを知らせること」である.《テキスト4》においても同様の機能である.この機能は 新ニヤーヤ学派の術語としてこれまでしばしば言及されるものと少し異なる.従来の機 能に関しては,和田(1989a, 1989b, 1999: 32–34);Wada (1990: 81–98, 2007: 28–31)参照. 6)「〈補助因の無〉と〈結果の発生しないこと〉との共起の被遍充者」とは,「〈補助因の 無〉と〈結果の発生しないこと〉との共起を決して逸脱しないもの」という意味になる. 参考文献および略号 〈一次文献〉

Nyāyasiddhāntadīpa (NSD) of Śaśadhara. in Śaśadhara s Nyāyasiddhāntadīpa with Ṭippana by Guṇaratnasūri. Ed. B. K. Matilal. L. D. Series 56. Ahmedabad: L. D. Institute, 1976.

〈二次文献〉

Bhattacarya, Dineshchandra. 1958. History of Navya-nyāya in Mithilā. Mithilā Institute Series 3, Stud-ies no. 2. Darbhanga: Mithilā Institute of Post Graduate StudStud-ies and Research in Sanskrit Learning. Dalai, B. K. 2005. Nyāyasiddhāntadīpa of Śaśadhara. Delhi: Pratibha Prakashan.

Mishra, Arun Ranjan. 2008. Nyāya Concept of Cause and Effect Relationship. Delhi: Pratibha Prakashan.

Potter, K. H., ed. 1977. Encyclopedia of Indian Philosophies: Indian Metaphysics and Epistemology:

The Tradition of Nyāya-Vaiśeṣika up to Gaṅgeśa, vol. 2. Delhi: Motilal Banarsidass.

̶̶̶, ed. 1995 (1970). Encyclopedia of Indian Philosophies: Bibliography, vol. 1 (2 sections).

Delhi: Motilal Banarsidass.

Potter, K. H. and S. Bhattacharyya, eds. 1993. Encyclopedia of Indian Philosophies: Indian Philosophical

Analysis Nyāya-Vaiśeṣika from Gaṅgeśa to Raghunātha Śiromaṇi. Vol. 6. Delhi: Motilal Banarsidass.

Vattanky, John. 1984. Gaṅgeśa s Philosophy of God. Adyar Library Series 115. Madras: The Adyar Li-brary and Research Centre.

和田壽弘 1989a「インド新論理学派における制限者(avacchedaka)(1)」『東海仏教』34: 79–88. ̶̶̶ 1989b「インド新論理学派における制限者(avacchedaka)(2)」『名古屋大学文学部 研究論集』105: 25–35. ̶̶̶ 1999「新ニヤーヤ学派の起源と分析方法」『インド思想史研究』11: 15–41. ̶̶̶ 予定「初期新ニヤーヤ学派シャシャダラによる原因の定義について」『インド論理 学研究』10.

Wada Toshihiro. 1990. Invariable Concomitance in Navya-Nyāya. Sri Garib Dass Oriental Series 101. Delhi: Sri Satguru Publications.

̶̶̶. 2007. The Analytical Method of Navya-nyāya. Gonda Indological Studies 14. Groningen: Eg-bert Forsten Publishing.

(本稿は科学研究費補助金(基盤研究(B): 課題番号16H03348)[平成28年度―31年度]: 研究 課題「インドにおける因果の思想の研究」: 研究代表者,丸井浩)による成果の一部である.) 〈キーワード〉『ニヤーヤ・シッダーンタ・ディーパ』,原因性章,anyathāsiddha,別様成立 (名古屋大学教授,Ph.D.,博士(文学))

参照

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