博士 (環境科学)本多健太郎
学 位 論 文 題 名
道東別寒辺牛川水系に生息するイトウ(ほ c カ〇ウ¢刀ッめ 成 魚 の 季 節 的 移 動 生 態 お よ び 生 息 場 特 性 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
日 本 最 大 の淡 水 魚 であ る イ トウHucho perryiは ,2006年 以降IUCNの 絶滅 危惧種IA 類に 登録され ているが ,保護 策を講じ る上で 必要となる本種の季節的な移動生態や生息 場特 性に関す る情報は 限られ ている。 そのた め,本研究では,個体群が安定している北 海道 別寒辺牛 川水系の イトウ をモデル に,本 種の季節的・日周的な移動パターンを把握 し, 周囲の環 境情報と 対応さ せること で,移 動・滞在の誘因を探った。続いて,イトウ 成魚 が長期的 に利用す る生息 場の季節 的な特 性を物理環境の面から推定した。さらに,
降海(汽水)型イトウの耳石中に含まれる微量元素を分析することにより,本種の淡水・
海水(汽水)間の回遊履歴の解明を試みた。
2008年4一5月に ,別 寒辺牛川 水系上 流域及び 厚岸湖 内におい て,イ トウ成魚15個体
( 尾叉 長476−839 mm)を 小型定 置網等に より捕獲 し,腹 腔内に超 音波発 信器を装 着し て放 流した。 標識魚は ,4月下旬か ら11月末 にかけて 本流・ 支流の合 流点を中 心に上流 域か ら厚岸湖 に設置し た25台の 超音波受 信機に よって追 跡した 。また, 毎月1台の受信 機をカヌーで曳航することにより設置した受信機間を補完した。得られた移動データは,
同時 期に記録 した水温 や潮位 などの河 川環境 データと比較・検討した。さらに,曳航し た受 信機の受 信データ を基に イトウの 季節的 な生息場を特定した。そして,生息場と関 係が 深いと想 定される 河川物 理環境デ ー夕( 水深,河畔林量,河川屈曲度)を計測し,
そ れ ら を 標 識 魚 が 滞 在 し た 区 間 と 滞 在 し な か っ た 区 間 と の 間 で 比 較 し た 。 放流 後12個体か らデー タが得ら れ,設 置した受 信機の総受信回数は152,398回であっ た。 データか らは,産 卵場か ら降下し た後11月 末に河川が凍結するまでの期間終始河川 の中 流域から 移動しな い個体 (n 5)や ,河口 ・下流域での移動期と中上流域での滞在 期の2つのフェーズを持つ個体(nニ〓ニ5),河口域から中流域までを頻繁に行来する個体(n
=2)が確 認される など, 生息範囲や移動バターンには個体差がみられた。全体的には,
春季 は厚岸湖 から上流 域まで 生息範囲 が分散 したが,夏季にぬると,生息範囲は上流側 へ移 動し,中 上流域に 留まる 個体が多 くみら れた。秋季では,引き続き中上流域に留ま る 個 体 が 多 か っ た の に 対 し , 2個 体 は 下 流 ・ 河 口 域 ま で 降 下 し た 。 また ,口ジス ティッ ク回帰分 析を行っ た結果 ,夏季に下流・河口域に滞在した標識魚 の上 流側への 移動は同 流域の 日最高水 温の影 響を強く受け,春季および秋季における中 上流 域の日最 低水温は 標識魚 の下流へ の移動 を促すことが明らかとなった。そして,中 上流域では,シーズンを通して日出時にもっとも多くの移動がみられ,次いで,日没時・
夜間に多く,日中の移動頻度は低かった。一方,潮汐の影響を受ける下流・河口域では,
日出 時・日中 に高頻度 で移動 する傾向 がみら れ,夜間の移動頻度は低かった。下流・河 口域 の移動に は潮位や 潮流と の顕著な 関係は 確認されなかった。さらに,標識魚の移動 には 降雨量や それによ る水位 変化の影 響はみ られなか ったがI中上 流域にお いて,特に
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7−14時では快晴時の移動頻度が低い傾向がみられた。
曳航した受信機の結果より,標識魚の生息場は季節を問わず中流域においてのみ確認 された。滞在が確認された区間は,確認されなかった区間と比べて規模が大きな淵が付 近に存在し,河道がより屈曲する傾向がみられた。さらに,樹木の葉が生え揃う夏季か ら秋季にかけては,河畔林量の多い区間を生息場として利用することが示された。これ らにより,イトウ成魚も他のサケ科魚類と同様に身を隠すのに適した環境を生息場とし て選好していると推察された。
2008,2009年の春季および2008年の秋季に厚岸湖で漁獲されたイトウ成魚10個体(尾 叉長452−826 mm)から耳石を採集し,Sr/Ca比(ストロンチウムとカルシウムの比)を 求めた。結果,3個体は未成魚期に汽水域へ降下していた一方で,残りの7個体は成魚 期に初めて降下していた。未成魚期に降下した個体は成魚期に降下した個体よりも成長 が早い傾向がみられた。また,採集個体はすべてメスであり,春季に漁獲された9個体
(内8個体は成熟サイズ)はしゝずれも生殖腺が未発達であった。分析個体のSr/Ca比は いずれも先行研究で示されたサハリンのLake Aynskoyeで採集した降海型個体のSrCa比 の半分以下であったことから,本水系に生息する個体は海洋まで降下していないか,も しくはそこでの長期回遊を行っていないことが示唆された。
以上より,本水系に生息するイトウ成魚は,生息域が異なることによって移動パター ンを季節的に変化させることが示され,個体毎にこのパターンを使い分けることが明ら かになった。また,厚岸湖まで降下した個体の多くが成魚になってから降下した中で未 成魚期に降下する個体が存在するなど,本種は一個体群の中でも個体差が大きく,生活 史レベルにも変異がみられた。本研究成果は,本種の基礎生態情報を示す知見として,
今後本種の保護・保全に大いに貢献するものと期待される。
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学位論文審査の要旨
主査 准教授 宮下和士 副査 教授 仲岡雅弘 副査 教授 山羽悦郎
副査 教授 帰山雅秀(大学院水産科学研究院)
副査 助教 三谷曜子
学 位 論 文 題 名
道東別寒辺牛川水系に生息するイトウ(Huc カ〇peyryi) 成魚の季節的移動生態および生息場特性に関する研究
日 本最大の 淡水魚 であるイ トウHucho perryiは近年絶 滅危惧種に指定されているが,
保 護策を講 じる上 で必要と なる本 種の季節 的な移動 生態や生息場特性に関する情報は限 ら れている 。その ため,本 研究で は個体群 が安定し ている北海道別寒辺牛川水系のイト ウ をモデル に,本 種の移動 パター ンを把握 し,周囲 の環境情報と対応させることで,移 動 ・滞在の 誘因を 探った。 続いて ,イトウ 成魚が長 期的に利用する生息場の季節的な特 性 を物理環 境の面 から推定 した。 さらに, 降海型イ トウの耳石中に含まれる微量元素を 分 析 す る こ と に よ り , 本 種 の 淡 水 ・ 海 水 間 の 移 動 履 歴 の 解 明 を 試 み た 。 2008年4ー5月 に, 別 寒辺 牛川水 系上流域 及び厚 岸湖内に おいて ,イトウ 成魚15個 体
( 尾 叉 長476ー839 mm)を小 型定置網 等により 捕獲し ,腹腔内 に超音 波発信器 を装着 し て 放流した 。標識 魚は,4月下旬 から11月 末にかけ て本流 ・支流の 合流点 を中心に 上流 域 から厚岸 湖に設 置した25台 の超音 波受信機 によっ て追跡し た。また ,毎月1台の 受信 機 をカヌーで曳航することにより設置した受信機間を補完した。得られた移動データは,
同 時期に記 録した 水温や潮 位など の河川環 境データ と比較・検討した。さらに,曳航し た 受信機の 受信デ ータを基 にイト ウの季節 的な生息 場を特定した。そして,生息場と関 係 が深いと 想定さ れる河川 物理環 境デー夕 (水深, 河畔林量,河川屈曲度)を計測し,
そ れらを標 識魚が 滞在した 区間と 各流域と の問で比 較した 。
放 流後12個体 か ら デー タが 得られ, 産卵場か ら降下 した後11月 末に河 川が凍結 する ま での期間 終始河 川の中流 域から 移動しな い個体(n 5)や河口・下流域での移動期と 中 上流域で の滞在 期の2つのフェ ーズを 持つ個体 (n゜5) が確認さ れるな ど,生息 範囲 や 移動パタ ーンに は個体差 がみら れた。全 体的には ,春季は厚岸湖から上流域まで生息 範 囲が分散 したが ,夏季に なると ,生息範 囲は上流 側へ移動し,中上流域に留まる個体 が 多くみら れた。 秋季では ,引き 続き中上 流域に留 まる個 体が多か ったの に対し,2個 体 が下流・ 河口域 まで降下 した。
ま た,口ジ ステイ ック回帰 分析を 行った結 果,夏 季に下流・河口域に滞在した標識魚 の 上流側へ の移動 は同流域 の日最 高水温の 影響を強 く受けることが明らかとなった。そ し て,中上 流域で は,シー ズンを 通して日 出・日没 時・夜間に移動が多くみられたー方
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で,下流・河口域では,日出時・日中に高頻度で移動する傾向がみられ,夜間の移動頻 度は低かった。標識魚の移動には潮位や潮流との顕著な関係はみられずI降雨量やそれ による水位変化の影響も認められなかった。
曳航した受信機の結果より,標識魚の生息場は季節を問わず中流域においてのみ確認 された。滞在が確認された区間は,淵が付近に存在し,河道がより屈曲する傾向がみら れた。さらに,樹木の葉が生え揃う夏季から秋季にかけては,河畔林量の多い区間を生 息場として利用することが示された。これらにより,イトウ成魚も他のサケ科魚類と同 様 に 身 を 隠 す の に 適 し た 環 境 を 生 息 場 と し て 選 好 し て い る と 推 察 さ れ た 。 2008,2009年の春季および2008年の秋季に厚岸湖で漁獲されたイトウ成魚10個体(尾 叉長452一826 mm)から耳石を採集し,Sr/Ca比(ストロンチウムとカルシウムの比)を 求めた。結果,3個体は未成魚期に汽水域ヘ降下していた一方で,残りの7個体は成魚 期に初めて降下していた。未成魚期に降下した個体は成魚期に降下した個体よりも成長 が早い傾向がみられた。また,採集個体はすべてメスであり,春季に漁獲された成熟サ イズの8個体はいずれも生殖腺が未発達であった。分析個体のSr/Ca比はいずれも先行 研究で示されたサハリンのLake Aynskoyeで採集した降海型個体のSr/Ca比の半分以下で あったことから,本水系に生息する個体は海洋まで降下していないか,もしくはそこで の長期回遊を行っていないことが示唆された。
以上より,本水系に生息するイトウ成魚は,生息域が異なることによって移動パター ンを季節的に変化させることが示され,個体毎にこのパターンを使い分けることが明ら かになった。また,厚岸湖まで降下した個体の多くが成魚になってから降下した中で未 成魚期に降下する個体が存在するなど,本種は一個体群の中でも個体差が大きく,生活 史レベルにも変異がみられた。これらの研究成果は,本種の基礎生態情報を示す知見と し て , 今 後 本 種 の 保 護 ・ 保 全 に 大 い に 貢 献 す る も の と 期 待 さ れ る 。 審査委員一同は,これらの成果を高ぐ評価し,また研究者として誠実かつ熱心であり,
大学院博士課程における研鑽や修得単位などもあわせ,申請者が博士(環境科学)の学 位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した。
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