ブ リ タ ■一 ア の 愁 い
プログレ名曲試論﹁月影の騎士﹂
高 岸 冬 詩
序
房飾りのついた兜︑ユニオンジャックを刺繍した帷子を纏い︑顔を白粉で
塗った美男子が︑女声を装い︑言葉を噛みしめ訥々と語りはじめる(図1)︒﹁私
は英国海峡にいます︒寒くて︑ひどく雨が降っています︒私は︑デイリー・エ
クスプレスよh・前からある英国の声です︒私の名前はブリタニア︒これは私の
歌です﹂(.ごヨ貯昏︒国嶺まゲOず聾需卜三9・8年o×8︒島⇒唯団≦聾ζ巨けゲ︒<o§o窃簿p芦
﹃︒ず窪冨U毘図団壱§p5⇒§︒房窪§巳p日募房B図︒・8中.)一九七三年のライブ
でこの前口上を述べているのは︑元ジェネシス(O窪︒︒・むのフロントマン︑ピー
ター・ゲイブリエル(勺臼qOpげ目己)︑ナレーションに続いて演奏される曲は︑
﹁ダンシング・ウィズ・ザ・ムーンリット・ナイト(︑︼)磐n宣αq註爵昏・ζ︒︒島肖
ζ茜穿︑)﹂(以下﹁月影の騎士﹂と表記)である︒ジェネシス五枚目のアルバム
﹃セリング・イングランド・バイ・ザ・パウンド(笥§轟曇ミミ§き§賊)﹄
(一九七三年)の冒頭に収録された名曲で︑アルバムのタイトルもこの曲の歌詞
から採られている︒女神ブリタニァのコスチュームプレイで始まり︑兜と帷子
くろこを脱ぎ捨て︑闇に紛れた黒衣のように白面を浮かび上がらせて歌い踊るゲイブ
リエルは︑現在DVDの映像で見ても︑ユニークで圧倒的だ︒彼の愁いを帯び
た表情と熱気の送るパフォーマンスが︑見る者を虜にすることは間違いないだ
ろう(図2)︒ 一方︑この時点から四十年が経過した二〇=二年六月に︑元ジェネシスのギ
タリスト︑スティーヴ・バケット(9・§︒国p6冨巳が︑﹃ジェネシス・リヴィジテッ
ドH﹄(二〇一二年)を引っ提げて来日した︒往年のジェネシスの曲を︑元のメ
ンバーではないミュージシャンたちと共に再演したステージは︑オリジナル
と遜色のない華麗な(決して﹁加齢な﹂ではない)演奏で聴衆を興奮させた(図
3)︒そして︑バケットが最も好きな曲として紹介し演奏したのが﹁月影の騎士﹂
である︒ゲイブリエルに代わり︑彼と声のよく似たナッド・シルヴァン(Z巴
︒・芽9づ)がリード・ヴォーカルを務め︑曲の雰囲気を損なうことなく︑彼自身の
個性をもアピールするパフォーマンスで︑聴衆を十分満足させた︒しかし︑舞
台の中央にいたのは︑シルヴァンではなくバケットだ︒彼は終始舞台中央に立
ち︑冷静かつストイックに鮮やかなギタープレイを繰り広げ︑曲を完壁にコン
トロールすることによって︑ジェネシスにバケットありきという事実を︑観客
に再認識させたのだ(図4)︒しかし︑バケットとゲイブリエルが︑今でも同じ
ステージに立っていたら︑と詮無い希望を抱いてしまう︒
このエッセーでは︑バケットが最も好きだと明言し︑筆者もジェネシスを代
表する名曲と考える﹁月影の騎士﹂を狙上に載せ︑とくにその歌詞に注目しつ
つ︑分析を試みてみたい︒この曲の歌詞には︑一筋縄ではいかないジェネシス
の曲作りの奥深さが︑比較的シンプルな形で表れている︒しかも︑生粋の英国
出身プログレバンド︑ジェネシスの特色である英国性が︑文字通り前面に出て
いる点で︑ジェネシスの楽曲を研究する手始めとして︑恰好の題材と言えるだ
ろう︒歌詞の分析に加え︑この曲の理解に欠かすことができないゲイブリエル
のパフォーマンスへの言及も交えながら︑﹁月影の騎士﹂がどのような曲である
のか︑筆者なりの解釈を示そうと思う︒
1
まず︑ピーター・ゲイブリエルが優しく物悲しげな声で歌いはじめる︑この曲の冒頭部分から見てみよう︒最初の二行は彼のヴォーカルのみで︑三行目か
らギターの演奏が加わっていく︒
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︒・巴鼻冨聾欝舅8募昌口9︒︿︒げ塁舞︑三§註昏∋︒r"aaひoρ蔀8︒h竃超げ︒
iす冨︻罧︻9聾酵6レ︒δ円巴aぎ募ヨNp
﹁私の祖国はどこにあるのか︑教えてもらえますか﹂/ユニフォーンは︑
真の恋人の目を見て言った︒/﹁私のもとにあるのです1﹂と女王メイビー
は叫んだ︒/彼女の商品を求めて︑彼は自らの宝を差し出した︒
図1
図2
この最初の対話には︑中世の騎士道における︑騎士が宮廷の既婚の貴婦人に愛
と忠誠を誓う宮廷風恋愛のパターンが踏まえられている︒騎士が祖国の所在を
愛する﹁女王﹂に尋ねると︑女王はその国は彼女のもとにあると答える︒つまり︑
女王は騎士の祖国を表象し︑祖国イコール女王であるため︑騎士は祖国を守る
ために女王にすべてを捧げる覚悟であると想像できる︒
しかし︑この真摯な愛と忠誠の関係には︑二重の意味でずれが生じている︒ま
ず︑二人の対話者の名前が奇妙で︑騎士にあたる人は﹁ユニフォーン﹂︑女王にあ
たる人は﹁女王メイビー﹂と呼ばれている︒これらはジェネシスの得意とする言
葉遊びだ︒﹁ユニフォーン﹂は︑﹁ユニフォーム﹂(軍服)と﹁ユニコーン﹂(一角獣)
を合成したパロディで︑軍人に一角の﹁フォーン﹂(ローマ神話における︑山羊の
角と足を持った半人半獣の牧羊神)が重なった滑稽な姿が思い浮かぶ︒一方の
﹁女王メイビー﹂は︑同じ行のヨ︒と韻を踏ませつつ(日ユζ曙げ︒)︑五月(豊穣)の
女王メィ(ρ・§︒hζ電)︑あるいは︑妖精の女王マブ
(メーブ)(ρ器窪亀と9げ自ρ速窪o剛ζ器く︒)をもじっ
た名前と推測される︒こうした言葉遊びによる造語
は︑ルイス・キャロルの﹃不思議の国のアリス﹄等
にもよく出てくるが︑アリスの世界と同じように︑
現実世界とのずれを生み︑夢を思わせるシュールレ
図3
図4
ブリタニアの愁 い 75
アルな世界を出現させる︒ちなみに︑妖精の女王マブは︑人の夢をつかさどる悪
戯好きの妖精であることをつけ加えておこう︒
一方︑二人の関係にもう一つのずれを与える要素は︑歌詞の四行目の意味
の意外性である︒﹁彼﹂が﹁自らの宝を差し出した﹂のは︑﹁彼女﹂のため︑祖国
のためではなく︑﹁彼女の商品を求めて﹂であったというのだ︒これは︑騎士
道精神とは相容れない行為である︒彼﹁ユニフォーン﹂の愚かさから︑彼女の
ヨ︒需ケ巴侮蓉(商品)への欲に目がくらんで︑℃膏︒(大切なもの)を失ったという
意味にもとれるが︑これには別の含みがある︒
もともと︑ここに登場する﹁女王﹂は︑冒頭で紹介したように︑ゲイブリエルが
自らの仮装によって示した﹁ブリタニァ﹂︑英国を擬人化した女神であり︑彼が言
う通り︑この曲はブリタニアの歌︑すなわち英国の歌である︒すると︑﹁彼﹂が求
めた﹁彼女﹂の商品とは︑英国が生産する商品のことになる︒﹁彼﹂すなわち英国
民は︑自国の商品を必死に買い求めて︑その間に︑大切なものを失くしてしまっ
たという︑当時の英国の皮肉な状況を示唆していると言えるだろう︒逆に言え
ば︑﹁女王メイビー﹂の商品は︑﹁五月の女王﹂の豊かな産物のように︑国民の購買
意欲をそそり︑国民に夢を与えるかもしれないが︑実際には︑英国は自らを徐々
にすり減らせていたのだ︒そうした認識は︑﹁英国を一ポンドずつ売る(.9・︒爵謁
団&p巳ξ些︒ぎ§伍")﹂というフレーズに端的に示され︑ゲイブリエルの歌の悲し
げなトーンは︑ブリタニアの斜陽に対する愁いを反映しているのである︒
皿冒頭の四行の後︑ゲイブリエルの拝情的で寂しげなヴォーカルがさらに続く︒
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Oず︒註品旨8讐図o費零ぎ嬉匹鎚巨︒︒・
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岳αq︒a詣団昌唯§匹ξ夢o℃o卍5F
﹁新聞の最新版1﹂と群衆のなかの声が叫んだ︒/﹁老人が死亡1﹂彼が
残したメモには署名があった﹁老父テムズ﹂と︒/彼はどうやら水死した
ようだ︒/英国を一ポンドずつ売って︒//希望と栄光の国民たち/時は
過ぎゆくーまさに﹁幸福な時間﹂が︒/さあくつろいで座りなさい︒/ウィ
ンピーの夢を噛みしめながら/彼らは音も立てずに食べる/英国を一ポン
ドずつ消化して︒
まず︑老入が死んだというニュースを︑街頭で宣伝する新聞売りの声に託し て紹介する︒前ロ上でゲイブリエルが︑﹁デイリー・エクスプレスより昔からあ
る英国の声﹂と述べた部分は︑ここを踏まえているのだろう︒亡くなった老人
はO箆蜀9臼ゲq目才§9と報じられるが︑これは︑ロンドンのテムズ川を擬人化し
たキャラクターであり︑彼は英国をコポンドずつ﹂切り売りし︑水死したとい
う設定だ︒つまり︑古き良き英国を象徴する﹁老父テムズ﹂が︑徐々に衰亡して
いったことを灰めかしていると言えよヶ︒この曲の作られた一九七〇年代当時
は︑﹁英国病﹂と呼ばれる︑社会・経済の停滞が進行していたが︑そうした背景
を踏まえて書かれているものと推測できる︒
一方︑そんな病の進行に気づかない当時の英国民は︑相変わらず希望と栄光
るを胸に抱いて︑﹁幸福の時間﹂を過ごしていた︒彼らは﹁ウィンピー﹂のハンバー
ガーを噛み砕いて夢を見ながら︑﹁英国を一ポンドずつ消化して﹂いたのであ
る︒このくだり︑歌詞に描かれた︑夢みるような幸福感と悲哀の表裏一体を︑ト