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地域の特性を生かした青少年育成についての研究 : 学校・保護者・地域の3者が一体となった地域教育経営の在り方

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(1)平成10年度 学位論文. 地域の特性を生かした青少年育成についての研究 一学校・保護者・地域の3者が一体となった地域教育経営の在り方一. 学校教育専攻 生徒指導コース. 学籍番号M97152J 氏. 名 生 田. 進.

(2) 目. 次. 第1章 問題意識と研究の目的・方法、一一一一一一…一………一一一一…一一…一一・1 第1節. 問題意識 1.1. 1.2. 第1節. 生涯学習体系への移行 「開かれた学校」の現状と課題. L3. 学校週5日制に対する家庭・地域の現状. 1.4. 研究の目的と研究の意義. 第2節. 第2章. …一一一一一一一一一一一一一一一一一一一……一一一一一一一一一一…一一一……一1. 研究の方法と調査の概要一一一一一一一一一一一一…一一一一一一一…一…一一一一・12 1.1. 研究の方法. 1.2. 調査の概要. 「地域教育経営」的アプローチへの展開一一一一一一一一一一一…一一一一一一一15 「地域教育経営」の理論一一一一一一一一…一…一一…一一一一一…一…一一一15. 1.1 「一般システム理論」と「地域教育経営」の概念 1.2 「地域教育経営」の機能 第2節. 「地域教育経営」的概念への視座…一…一一一一一一一……一一一一一一・21. 2.1 地域における教育(形態)の構造的把握 2.2 「地域教育経営」への視座. 第3章 小学校区を中心とした特定地域における地:域青少年スポーヅ育成 モデルについての分析…一……一一一一一一一…一…一一一一一……一一…30. 第1節. 調査対象育成グループが存在する地域特性…一一一一一一一…一30 1.1. 学校教育と「地域教育経営」的育成活動との関係. 1.2. 地域スポーヅとしてのソフトテニス. 1.3. 学校・社会・家庭教育の構造的把握と行政の関わり. 第2節. 調査内容と分析手法 一……一一一一一一一一…一一一一…一一……一一一一42 2.1. 調査内容のフレームワーク. 2。2. 調査対象者のフレームワーク. 2.3. 調査から、分析までのデザイン. 2.4. 調査結果の分析手法. i 一.

(3) 第4章 第1節 第2節 第3節 第4節 第5節. 質問項目ごとの応答内容の分析一一一一一一一一一一一…一……一一…一一53. 「生涯学習体系への移行」に対する応答内容の分析一一…一53 「開かれた学校づくり」に対する応答内容の分析一…一一…70 「地域の教育力の活用」に対する応答内容の分析一一一一……86. 「学社連携・融合の方向性」に対する応答内容の分析 一一102 「生涯スポーヅへのアプローチ」に対する. 応答内容の分析 一一一一・121. 第5章 第1節. 総合的分析のまとめと今後の課題……一一一…一…一一一一…154 研究のまとめ ……一…一……一一一一一一…一一一一一…一一一…・154 1.1. 育成活動の意義. 1.2. 育成活動と学校・教師の役割. 1.3. 育成活動を通して、学校・家庭・地域が一体化する可能性. 第2節. 今後の課題と展望 一一……一…一一一一一一一一…一一………17Q 2.1. 地域社会における学校・教師の役割. 2.2. 学校・家庭・地域社会の一体化を図る育成活動の方向性. 2.3. 教育行政の支援の在り方. 文献目録……一一一一………一…一……一一一一一一一…一一・一一一一一…一…一一…184. あとがき 一……一…………一一一一一一…一一一…一一一一一一…一…一一……一190. i 一.

(4) 第1章. 問題意識と研究の目的・方法. 第1節. 問題意識. 1.1生涯学習体系への移行. 今日、教育に携わっている数多くの人々が、毎日のように新聞紙上を騒が せている中学生を中心とした子どもたちが引き起こしている事件の数々に心 を痛めていながらも、こうした状況を打破するような解決方策への糸口さえ も見つけ出せないままでいるジレンマを感じていることと思われる。こうし. た中で、現在審議中である第16期中教審では、緊急に1つの視点として「家 庭教育」を見直すことの必要性を訴えている。また、それ以前には「地域の 教育力(社会教育)」を見直すことの重要性が叫ばれていたのは周知の事実 である。こうした事態に鑑みると、現実の教育・学習の場面である「学校教 育」、「社会教育」及び「家庭教育」の相互の関係を適切に把握するととも に、それらを再編成し、具体的な方向性が示されることが、いわゆる今日の 状況を改善することの一方策となり得るように思う。こうした意味で言うな. れば、3者の教育分野の新しい連携・協力、あるいは組み合わせを、より確 かなものとして再構築していくことこそが、「生涯学習体系への移行」とし て捉えることができよう。子どもたちを取り巻く社会情勢は、人ロが過密化 した都市部においても、人口が激減し益々過疎化しつつある地方においても、. 高度情報化が驚異的に進展しつつある現代社会においてはそう差があるとは 言えなくなったように論じられることがある。しかし、実際には、過疎化・ 高齢化・少子化の進む農山村の極少人数地域においては、都市部とは異なっ た情勢が確実に存在する。そうした実態を考察し、農山村の極少人数地域に しかできない児童の育成方法を模索することは、先に述べたように、今日の. 様々な問題を抱える教育の在り方を追求する上で、1つのモデル的な要素を 含むものとして重要であると思う。そこで、その具体的な一方策として、地. 域の特性を生かし、学校・保護者・地域の3者が実質的に一体となって児童 に関わることで、「より望ましい児童の育成が可能となると共に、地域その ものの活力をも高めることが可能ではないか」という仮説を、論理的に立証 してみたい。. 一1一.

(5) 1.2「開かれた学校」の現状と課題. 1965年にユネスコにより、パリで開かれた第4回成人教育推進会議にお いて、PLe㎎randによって提唱された生涯教育について、各方面で論議iさ. れるようになってから久しい。我が国においても例外ではなく、1971年の 中央教育審議会答申(以下、中教審答申とする)、社会教育審議会答申(以 下、社教審答申とする)、1985年の臨時教育審議会答申(以下、臨教審答申 とする)など、教育施策の中心的課題として幾度となくその理念が提起され、. 生涯学習社会を構築するための取り組みが、全国各地で行われてきている。. この「生涯学習社会」という言葉は、1991年の中教審答申「新しい時代に に対応する教育の諸制度の改革について」において初めて公的に使われてい る。すなわち、同答申*’では、改革の視点の1つとして生涯学習を挙げ、 「これからは、学校教育が抱えている問題点を解決するためにも、社会の様々な教育・学習. システムが連携を強化して、生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学ぶことができ、 その成果を評価するような生涯学習社会を築いていくことが望まれるのである」. と提言したのである。また、ここでは、「生涯学習における学校の役割と課 題」として、 「人々の生涯学習の基礎を培うこと及び地域や社会の人々に対して様々な学習の機会を提供 することが重要である」. 「人々の生涯学習の基礎を培うためには、特に、初等中等教育の段階において、生涯にわた って学習を続けていくために必要な基礎的な能力や自ら学ぶ意欲や態度を育成することが重 要となると考えられる。このためには、教育内容を精選して基礎・基本を徹底させると共に、 新しい知識を学んだり発見したりすることの楽しさを体験させることが必要である」. と指摘している。. これらのことから分かるように、中教審答申では具体的な学校の役割とし て、「生涯学習の基礎の形成」と「地:域や社会の人々への学習機会の提供」. の2つを挙げている。これらを現実的に遂行していくためには、1987年に 出された臨教審2の「教育改革に関する第3次答申」において、 「学校・家庭・地域社会は、児童・生徒の立場を中心としてその責務と役割を果たすため、 本来の機能の充実を図ると共に、有機的連携、相互協力に努力する必要がある」. と指摘しているように、家庭や地域社会との連携が必要不可欠であることは 一2一.

(6) 改めて言うまでもない。連携への具体的な実践の足がかりとして、「開かれ た学校」の必要性が、中教審、臨教審、教育課程審議会(以下、教課審答申. とする)等で繰り返し提言されている。特に、1987年臨教審第3次答申で は、第2章「初等中等教育の改革」第5節に「開かれた学校と管理・運営の 確立」と題する箇所が設けられており、 「従来言われてきた『開かれた学校』は、学校施設の地域社会への開放というような比較的 狭義の意味で捉えがちであった。しかし、これからの『開かれた学校』の在り方は、単なる 学校施設の開放という範囲を越えて、学校施設の社会教育事業等への開放、学校の管理・運 営への地域・保護者の意見の反映等をはじめとする開かれた学校経営への努力、学校のイン テリジエント化の推進など学校と他の教育・研究・文化・スポーヅ施設との連携、自然教室、. 自然学校等との教育ネットワーク、国際的に開かれた学校などへと、より広く発展するもの と考えられる。学校の管理・運営についてもこうした『開かれた学校』にふさわしい在り方 が模索されなければならない」. と明確に記述され、単に施設開放に止まらず、学校教育そのものを「開く」 ことや学校の権利・運営をも含めて「開く」ことの必要性が提起されている。. しかしながら、実際に行われている状況はどうであろうか。全国の大学をは じめとして高等学校はもちろんのこと、多くの小・中学校でも、学社連携の 一方策として、「開かれた学校」の在り方が具体的に模索され、多種多様な 実践が試みられている。しかし、それぞれの学校や地域の実態や特性を十分 に踏まえた上での開放を目指したものは少ない。すなわち地域の実態として の人口を例にとってみると、過密化している大都市においても、過疎化が進 む地方においても、そのほとんどが旧来の考え方による学校施設の開放や学 校の教育機能開放としての開放講座、地域素材の教材化、地域の人材活用、. 青少年の健全育成や地域行事への参加などにとどまっており、その学校・地 域にしかできないような特定の学校や特定の地域における独自性を発揮した 連携の在り方を模索した例はあまりない。ましてや家庭を独立した教育機能 と捉え、地域の教育力と分けて考えるのなら、学校を含む3者が学校を取り 巻く地域の実態や特性を十分に踏まえた上で連携というよりも、文字通り一 体となった教育の具体的な取り組みや在り方を実際に模索した例はほとんど ないと言ってもよい。 一3一.

(7) 次に具体的な学校施設の開放の状況について述べてみたい。東京都教育庁 生涯学習部の報告(「学校開放実態調査報告」1993.12,1993.3.31調査)によ. ると、東京都内の小・中学校における何等かの形での学校施設の開放は、全. 体の92%を占め、スポーヅ関連施設を中心にして、その開放率は非常に高 く、学校5日制が定着してきた中、教室開放を中心にして、その他の施設に ついても開放が一層進みつつあると言える結果が出ている。. しかしながら、実際には従来から言われてきた管理運営上のいくつかの課 題は解決されないままである。例えば、「学校開放の責任は教育委員会にあ る」と明文化されてはいても、ほとんどの場合、その庶務実務は実態として 教頭が負っており、結果的に教頭の職務に過重負担をかけていることが挙げ られる。これについては、行政側の対応を再考する必要もあるが、学校開放 を地域との連携や学校改革などと結びつけて考えるならば、それぞれの学校 を取り巻く地域的特徴や学校施設・設備の実態を踏まえた上での開放マニュ アル的なものを作成していくことも重要なことであると考える。また、学校. 開放に対する学校側(教職員側)の意識改革も課題の1つとして挙げられよ う。なぜなら多くの場合、学校開放に対する学校側の意識は「善良なる管理 者」としての意識だけであり、生涯教育構想的見地から創造的に学校開放を 実施していこうとする意識にはほど遠いといった実状があるからである。. 以上のように、現在行われている「学校開放」の具体的な施設・設備の開 放だけを捉えてみてもまだまだ課題は残されたままであり、真の意味での学 校開放が行われているという状況にはなり得ていないのが現状である。. L3学校週5日制に対する家庭・地域の現状 1987年教課審答申惚では、 「…. 学校教育と家庭教育と社会教育とは、それぞれの機能を発揮しつつ、相互に補完し. 合う必要がある。学校と家庭や地域社会との連携を一層深めるためには、特に学校が家庭 や地域社会に積極的に働きかけてその理解と協力を求め、学校内外を通じた幼児児童生徒 の生活の充実と活性化を図る必要がある。また、地域におけるスポーヅ活動、文化的な活 動、奉仕活動、自然に親しむ活動などを通じて望ましい人間形成を図るようにすることが 必要である。そのためにも、生涯学習体系への移行にも配慮しつつ、社会教育施設等の整 ・4一.

(8) 備とともに学校開放を促進することが大切である」. とされており、それを踏まえた上で、現行の学習指導要領では、各学校段 階とも総則において、「地域や学校の実態に応じ、家庭や地域社会との連携 を深めるとともに、学校相互の連携や交流を深めることにも努めること」と されている。これらから、「学校教育と家庭教育と社会教育とは、それぞれ の機能を発揮しつつ、相互に補完し合う」ためには、まず学校教育・家庭教 育・社会教育のそれぞれの機能を十分に吟味する必要がある。これについて. 矢野氏鱗は、「3者間の分業化が正しく行われるためには、家庭、学校、地 域間の教育的役割分担の能力が吟味されなければならない」としている。し かし、こうした検討をあまりにも厳密に行うことは、文字通りそれぞれが全 く分業化されてしまう恐れも生じるのではないかと考える。なぜなら従来、. 学校教育と社会教育とには、それぞれが受け持つ教育内容や担当者の意識の 持ち方などに大きな溝があり、行政担当者と学校教育関係者との間にはしば しばセクト主義が生じ、両者の関係をぎくしゃくとしたものにしてきた。し たがって、分業化を明確にすることにより、そうした状況が益々大きくなっ ていくことが懸念される。そのことは、新井氏朽が学校を中心にして家庭と 地域社会が連携して子どもの人間形成にあたるべきという考え方をもとに学. 校のスリム化を目指し、1995年に経済同友会が発表した報告書「学校から 『合判』へ」を例にとり、 「学校教育を『スリム化』する場合、学校は知育を中心に行い、家庭と地域社会は徳育と体. 育を引き受けるというような役割分担の仕方については、大いに検討すべきであろう。筆 者としては、地域の実態に応じ、学校行事的なものは地域社会に引き受けてもらうことに は反対ではないが、学校の教育課程を教科課程に再び戻すことには異議がある」. と述べているように、まだ詳細に検討すべき点が多く残っているように思う。. むしろ、現在の子どもたちを取り巻く状況や子どもたち自身の実態に鑑み、. 従来のようにそれぞれが教育的機能を分担し合い、相互に関連し合っても全 く対応できないような事態を想定し、今後はそのような状況にも十分に対応 でき得るような教育連携の在り方を模索しなければならない。それには、地 域に生きる人々を中核として、地域の実態と特性を十分野考慮しながら、学 校教育と家庭教育と社会教育とが、互いの機能の特色を尊重しながら、相互 一5一.

(9) に補完し合うことで成り立っていく従来から行われているような学社連携で 止まらず、相互がそれぞれの機能をより細分化し、補完し合うだけでなく、. それぞれの教育機能を再統合化した門門融合でもなし得ないものとしての一 体化していくことの方策を構築していくことが重要であると考える。. こうした中、1992年から、初等中等教育の各学校段階において、学校週 5日制が実施され、それに対応して全国各地で青少年の学校外活動の充実を 図るための様々な取り組みがなされてきている。しかしながら、地域によっ てはいろいろな問題が生じてきている。文部省の「社会の変化に対応した新 しい学校運営等に関する調査研究協力者会議」の審議のまとめによると、学 校週5日制についての基本的な考え方における家庭や地:域社会における課題 として、. 「学校週5日制を導入するに当たっては、家庭や地域社会の果たす役割は極めて大きい。家 庭や地域社会においては、子どもがゆとりある生活の中で人間形成の基礎を培ったり、様々 な体験をしたりする必要がある。…. 」. と提言している。また、この提言を受けて出された「学校週5日制の解説と 事例 ∼ 子どもの豊かな人間形成にために ∼」申6では、家庭や地域社会 における課題として、. ①子どもがゆとりある生活の中で人間形成の基礎を培い、豊かな自己実現 を図るようにするとともに、様々な体験を通して生き方を学んだり人間性 を高めたりするよう配慮すること. ②教育委員会及び学校においては、親や教育関係者をはじめ広く国民に自 ら考え主体的に判断し行動できる子どもを育成する教育についての理解を 求め、協力を得るよう連携をより一層深めること ③子どものが校外における豊かな体験をする機会や場を増やし、活動が一 層活性化するよう、教育委員会及び学校が家庭や地:域社会との連携を一層. 強化すること. と解説している。しかしながら、「連携を一層深める・強化する」とは言い ながらも、現実にはどうであろうか。まず、家庭について考えてみたい。1988. 年に総理府が行った「家庭と地域の教育力に関する世論調査」によると、 63.2%が「家庭のしつけや教育力が低下している」と答えており、実感とし 一6一.

(10) ての教育力の低下が明らかにされている。地域の教育力についても同様なこ とが言えるであろう。また、最近の若い親たちに目を向けると、その多くが、. 少子家族のもとで、物質的にも恵まれ、大切に育てられ、あくまでも個人優 先で他からの干渉を極端に嫌う自由を満喫してきた世代になってきている。. そうした彼らは、時には我が子に拘束され自由を奪われたと感じたり、そも そも「子育て」が献身的で犠牲を伴う行為であることが分かっていながらも、. 日常の単純な「子育て」の行為にとまどいや苦痛を感じ、心の余裕を失いが ちになることもあろう。さらに、徹底的な個人主義の考え方により、他の人 の育児を見聞したり、他の人に頼ったりするという経験が乏しいため、何事 につけても養育に対する不安がつきまとい、「子育て」そのものが困難にな ってきているようにも思う。家庭環境をみても核家族化や少子家族化がより 一層進んだことにより、親の子どもに対する過期待・過保護に加えて、家庭 内での子ども同士の磨き合う関係や集団活動の中での自己鍛錬などの経験が 全くと言っていいほどなされなくなってきているように思う。こうした状況 の中で、本来家庭で直接手をとって行うべき育児やしつけ、基本的生活習慣 の指導までもが、保育所や幼稚園、学校などに委ねようとする一方的な依存 傾向が増加していることも事実であろう。このような家庭の実態を踏まえる と、一方的な依存という意味での学校と家庭との連携は、成り立ってはいる が、正しい意味での連携とはかなりかけ離れていると考える。したがって、. 今一度親の意識の変革を図るとともに、家庭教育そのものの在り方を見直す ことが肝要である。. 次に地域について考えてみたい。1992年3月23日付で、文部省初等中 等教育局長・生涯学習局長の連名で各都道府県教育委員会教育長宛に出され. た「学校週5日制の実施について(通知)」朽には、学校運営上の対応につ いての留意事項の中で、 1 教育課程上及び学校運営上の対応. (2)学校運営上の対応 オ 各学校及び教育委員会においては、保護者や地:域社会に対する働きかけについて、. 次の例を参考にしながら、家庭や地域の実態などに配慮して積極的に取り組むこと。 (イ) 保護者や地域の人々と協力して、青少年団体活動、異年齢集団による種々の地 一7一.

(11) 域活動、奉仕活動、地域の人々との交流活動などへの幼児児童生徒の参加を促す などして、有意義な学校外における活動が促進されるようにすること。 (ウ) 社会教育関係の団体や施設、地域住民などとの連携や協力を積極的に図るとと. もに、社会教育関係団体などの協力を得ながら、地域におけるボランティアなど の人材の発掘に努めること。. と示している。 しかしながら、例えば「地域の人々・地域住民」とは一体誰. を指し示しているのか、「青少年団体活動、異年齢集団による地域活動」と はどのような活動であるのか、何等具体的なものは示されてはいない。ただ、. 1995年に出された「社会の変化に対応した新しい学校運営等に関する調査 研究協力校の実践事例等を編集した事例集」には、いくつかのものが例示さ れてはいるが、そのほとんどが既存の青少年育成団体や従来から公民館活動 などに携わっている人たちとの協力関係であり、いわば行政主導による取り 組みの要請に対して、学校側(教育委員会も含めて)が半ば受動的に行った 結果であるように思う。もう少し能動的に地域全般を見直して新たに人材を 発掘したり、意図的に育成団体を組織したりするような活動の報告はほとん どないように思う。また、活動が単発的で、イベント的なものが多く、真の 意味での連携になり得ていないようにも捉えられる。さらに、より実質的な 地域連携を果たす上においては、単に教育委員会や公民館等の公共機関のみ に頼った地域の情報だけでなく、学校側が自ら地域に出かけて得るつながり や情報をもとにして活動を組み立てていくことが大切であると考える。都道 府県はもとより市町村における行政の中でさえも、教育行政そのものが首長 部局にはあまり理解されないということが多々ある。ましてや学校での様々 な取り組みに対する地域の理解を得るには、学校便りで知らせたり、学校行 事に招いたりすることだけでは、到底不十分である。日常からの継続的なつ ながりなくしては、地域の実態や特性をつかむことは不可能であり、実質的 な連携を図るということなどは全くと言っていい程、確立はなされないであ ろう。. 一8一.

(12) 1.4 研究の目的と意義. 1) 研究の目的 第1節の問題意識に基づき、本研究の目的を次のように設定する。 地域の特性や実態を検討し、それらを十分に考慮した上で、学校・保護者 ・地域の3者が一体となった教育活動の、具体的な実践例を調査・分析する ことによって、「地域教育経営」的概念に立った、青少年育成の一方策につ いて、学校側の役割を中心にして研究を深める。. 2) 研究の意義 学校教育と社会教育との連携については、その意義やその必要性について、. 数多くの答申等で明らかにされているところである。また、1998年9月17 日に出された、生涯学習審議会答申棺における、「社会の変化に対応した今. 後の社会教育行政の在り方について」では、第3節の「生涯学習社会におけ るネヅトワーク型行政の推進」の「2 学校との連携」の中で、 (1)学校と社会教育の連携 子どもたちの生きる力を育むために学社融合の必要性が言われ、様々な場面で取り組みが. 始まっているが、いまだに学校教育と社会教育の連携は不十分と言わざるを得ない。学校 教育と学校外活動があいまって、子どもたちの心身ともにバランスのとれた育成が図られ ることとなる。昨今の子どもたちを巡る環境を考えると、早急に学社融合の実を挙げてい かなければならない。. 地域社会の核としての開かれた学校をつくることや、学社融合の観点から、学校施設・設. 備を社会教育のために利用していくことが必要である。余裕教室等を利用するなど学校施 設を社会教育の場に提供することにより、児童、生徒と地域社会との交流が深まり、地域 社会の核として開かれた学校が実現できる。また、特に学校体育施設については、地域住 民にとって最も身近に利用できるスポーヅ施設であり、学校体育施設の地域社会との共同 利用化を促進し、地域住民の立場に立った積極的な利用の促進を図ることも重要である。. とし、「開かれた学校」づくりの推進が、改めて訴えられている。. また、学校・家庭・地域の教育連携については、学校教育においては従来 から配慮してきていることは周知のことである。例えば、臨時教育審議会で、 一9一.

(13) 「社会の教育機能の活性化」を審議iした第2部会に、rg85年10月30日に 文部省初等中等教育局から提出された、「学校における家庭、地域社会との 連携について」では、 児童生徒の健全な人間形成を図るためには、学校、家庭及び地域社会がそれぞれの教育機 能を十分に発揮するとともに、その成果を一層確実なものにするため相互に補完し合うこ とが大切であり、密接な連携・協力が必要である。. との認識が示されている。このように学校と家庭や地域との相互の意思の疎 通、理解促進を図ることへの努力がなされてきていると指摘することができ る。. 例えば、(1)地域の教育力の活用に積極的に取り組んでいこうとする「地. 域の実態に即した教育課程の推進」(教師用手引き書『地域の実態に即した 教育課程の推進』の刊行、1982年が挙げられる)、(2)学校・家庭連携推進校. の指定(1984年度から)などによる「道徳教育における家庭・地域社会と の連携及び基本的生活習慣の指導の推進」などの取り組みが挙げられる。ま. た、今日においては、先述した教課審の答申(1987年12月)に示された現 行の教育課程の基準をみると、学校が中心となって、家庭及び地域社会との 教育連携を一層強力に推進する方向性が見受けられる。 こうした中で、学校・家庭・地域社会の教育連携を試行した先行研究には、. 例えば、矢野氏ほかによる、「教育分業化」を基本的視角とし、課題意識に. 3者間の教育的役割の分担や進行状況の妥当性の欠如、重複や対立・矛盾の 存在、相互の協力と統一の欠如、「いわば、無政府的分業化」の進行を捉え て、「統合性をもった相互補完的協力的分業の確立のための、新しい原理構 築」を志向した研究りが挙げられる。また、学校教育の基本的役割を確認し、. 家庭教育や社会教育などの領域との結びつきを探り、相互補完的・協力的な. 実践方策を明らかにすることに主眼をおいた自治体の研究機関による研究 (例えば、東京都立教育研究所*10、愛知県教育センター*”)も指摘できる。. さらに、それらの諸研究を踏まえて、岡東氏等が、子どもの発達するべき能. 力を行動特性に絞り込んで、それらを育成する3領域の教育的機能分担を明 らかにすると共に、学校・家庭・地:域社会の教育連携の推進過程や支援機構. としての行政の課題などを、保護者・教師・青少年指導者の意識調査や事例 一10一.

(14) 研究から明らかにしょうとした研究12などが挙げられる。これらの研究を踏 まえて、本研究の意義を述べると、次のことが要約できる。. まず、実際に、小学校区において、学校・教師と家庭・保護者と地域社会 ・住民が一体となって、子どもたちの育成活動を進めていることに関して、. 育成活動に関わる当事者はもちろんのこと、様々な教育領域や立場にある人 の考えを、直接、聞き出すという方法をとっており、アンケート調査ではな. かなか得られないような詳細な内容を調査することができたという点であ る。確かに、中山間地域の過疎地であることから、その標本数は少ないので あるが、その分、聞き出せた内容は豊富であり、地域に生きるそれぞれの領 域・立場の人々の考え方を、浮き彫りにすることができると考える。また、. 3者が連携を越えた一体化するためには、どのように有機的・構造的に結び ついていくことが必要であるのか、また、それぞれの役割や効果・意味は何 であるのかということも考察できると考えている。. 次に、学校・教師、家庭・保護者、地域社会・住民といった3者の意識調 査や事例研究は、先述したようにいくらかあるのだが、それらの教育領域を 連携させる、支援機構としての行政関係者に対して、意識調査を行った例は あまりないと思う。しかも、教育行政だけでなく、一般行政に当たるものも 含めて、直接、質問をぶつけ、その応答内容を得るといったような調査は、. 珍しいと考える。これによって、直接、教育に関わる3者の考え方や想いと は別に、主に教育の財政的な支援を行う行政を担当するものが、教育そのも のの連携としてだけでなく、地域の活性化や地域づくりを睨んだ、地域にお ける教育連携の在り方に対する考え方も、考察することができると考える。. さらに、岸本氏によると、「3者の教育連携の推進方策を構築する上に、 地域の条件性に応じた『あり得る』方策への示唆が必要とされる串13。」とし. ていることに関して言うと、この調査対象が、特定地域における育成活動で. あり、1つの条件として、「地域特性」を考慮していることから、学校・家 庭・地;域社会の教育連携・一体化の推進方策に関して、「唯一最善の万能策」. というものであるという硬直した捉え方でなく、まさに地域の条件性に応じ た「あり得る」方策を示唆することができると考える。. さらに、総合開発研究機構・地方シンクタンク協議会の「地域社会と教育 一11一.

(15) *14. vにおける、「スポーヅ少年団活動と地域支援 一白球が結ぶ地域活動と. 今後の展開一」の中では、「スポーヅ少年団活動は、スポーヅ施設が整備さ れ、優秀な指導者がいればできるというものではない。『スポーツ』という 視点だけでなく、『スポーヅ活動を行う場=地域』という視点から、よりト ータルなアプローチが必要となってくる。」という、少年スポーヅ育成活動 に対する新たな視点をもつことの必要性が訴えられている。この研究は、ま さにその部分を追求したものであり、単に少年スポーヅ活動の在り方を追求 していくというだけでなく、地域における育成活動としての少年スポーヅ活 動の在り方を追求するものであり、とても意味あるものであると考える。. 第2節. 研究の方法と調査の概要. 2.1 研究の方法 まず、地域の青少年育成スポーヅ活動に、学校・教師、家庭・保護者、地. 域社会・住民の3者が、どのように有機的・構造的に結びついて、活動を進 めているのかを明らかにするために、「生涯学習体系への移行」を睨んだ質. 問項目を作成し、3者はもちろん、行政関係者に対するインタヴュー調査を 行うこととする。次に、その応答内容について、KKrippend・㎡眞’5によるメヅセ. ージ分析の技法の1つである「内容分析」を行い、シンボリックな事象・現 象として分析をし、それぞれの社会的役割や効果・意味を追究していく。. 2.2 調査の概要. 調査の実施に際しては、1992年から実施の現行学習指導要領に改訂する 基本的なねらいとなった「これからの社会の変化とそれに伴う児童の変容に. 配慮しつつ、生涯学習の基盤を培うという観点に立ち、21世紀を目指し社 会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成を図ることゴ16の中で、「生 涯学習の基盤を培うという観点に立った教育の推進」といった基本的な考え 方をもとにして、その質問内容のフレームワークを確立し、独自のインタヴ ュー内容を作成することにした。既に新たな学習指導要領の改訂を睨んで、. 1998年7月29日付で発表された教育課程審議会答申「幼稚園、小学校、中 学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善につ 一12一.

(16) いてゴ17の中では、特に完全学校週5日制の教育内容の在り方として、 1 教育課程の基準の改善の方針 1 教育課程の基準の改善の基本的考え方 (1)教育課程の基準の改善に当たっての基本的考え方 (オ)変化の激しいこれからの社会においては、… 学校教育では、生涯学習の基礎とな. る力を育成することが重要であるとの考え方に立って、教育内容の改善を図る必要があ. ると考えた。. と掲げられているように、引き続き、生涯学習体系への移行を視野に入れ、. 学校・家庭・地域社会が連携を図りながら、それぞれがその教育機能を十分 野発揮することによって、子どもたちの育成を図ることの重要性を述べてい る。したがって、インタヴュー対象者をまず学校(学校教育)と家庭・地域 (家庭教育を含む社会教育)といった領域をもとに大きく3つのグループに 分けた。つまり学校領域については、主として学校教育に直接携わる関係者 から、家庭・地域領域については、保護者を含めた地域住民を主とした社会 教育関係者から、また学校教育・社会教育の両方を実際に支えている教育行 政を主とした行政関係者からなるグループである。さらに、それぞれが所属. する領域の中で、職種や所属、職責等を考慮に入れて、合計6つの小グルー プに細分化を図った。そして、それぞれの小グループへの質問は、基本的な インタヴュー内容の枠組みは変えることなく、それぞれの立場にとって、よ り適応した分かりやすい言葉に変換して質問することにした。そして、得ら れたそれぞれの応答内容を記録し、それぞれの質問項目におけるキーターム を設定し、キータームを含む文章から、キーコンセプトを引き出した上で、. それをデータベース化することにより、それぞれのインタヴュー項目に対す る応答内容を細かく整理し、様々な角度から内容の分析を行い、その内容に ついての考察を行うこととした。. 一13一.

(17) 〈注〉. *1中央教育審議会答申『新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について』1991年。. *2臨時教育審議会答申『教育改革に関する第3次答申』1987年。 *3教育課程審議会答申『教育課程の基準の改善の関連事項』1987年。 *4矢野峻著『地:域教育社会学序説』東洋館出版社、1981年、236−237頁。 *5新井郁男、亀井浩明、尾木和英編『教育研修総合特集No.125学校・家庭・地域連携読本』 教育開発研究所、平成8年、14−15頁。 *6文部省『学校週5日制の解説と事例:子どもの豊かな人間形成のために』大蔵省印刷局. 平成4年、13頁。. *7文部省『学校週5日制の事例集』東洋館出版社、平成7年、131頁。 *8生涯学習審議会答申『社会の変化に対応した今後の社会教育行政の在り方について』. 平成10年9月17日、21頁。 *9矢野峻・岩永久次・柳治男・森山沽一「学校、家庭、地:域集団間の役割分担に関する研究」. 『九州大学教育学部紀要』第24集1978年、1−51頁。 *10東京都立教育研究所『これからの学校の役割と機能:学校と家庭、地域との連携を求めて』 1980年。. *11愛知県教育センター「学校教育と家庭教育の連携」『研究報告書』第117号、1980年。 *12岡東壽隆・岸本幸次郎・田畑佳則・林孝・小山悦司・河相善雄「子どもの行動特性と家庭、 学校、地域社会の教育連携に関する研究」『広島大学教育学部紀要』第1部第31号、1982年、 109−l19頁。. *13岸本幸次郎・林孝・小山悦司・河相善雄「地域の状況に応じた学校の経営方策」『広島大 学教育学部紀要』第1部第31号、1982年、99−108頁。 *14総合研究開発機構・地方シンクタンク協議会「スポーヅ少年団活動と地域支援」『地域社 会と教育』社団法人システム科学研究所、平成7年、297−317頁。. *15KKdppendorff著、三上俊治・椎野信雄・橋本良明訳『メッセージの技法:「内容分析」へ の招待』勤草書房、1989年、21−39頁。. *16文部省『小学校指導書 教育課程一般編』ぎょうせい、平成元年、2−3頁。. *17教育課程審議会答申『幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校、及び養護 学校の教育課程の基準の改善について』平成10年。. 一14一.

(18) 第2章 「地域教育経営」的アプローチへの展開 第1節. 「地域教育経営」の理論. 1.1 「一般システム理論」と「地域教育経営」の概念. 「地域教育経営」について述べるにあたって、教育経営学をその手がかり とする必要がある。もともと教育経営学は、「経営」の視座から、教育を統 合的に捉え直すという側面をもっている。具体的には、教育行政機関相互の 関係、教育行政機関と教育実施機関との関係、教育実施機関相互の関係、学 校教育と学校外教育、フォーマル教育とノンフォーマル教育、ノンフォーマ ル教育とインフォーマル教育など、ともすれば、個別的に研究対象とされが ちな教育事象を、可能な限りトータルに取り扱うというのが、教育経営学の 特質であると言える。こうした視点に立つと、教育経営学が、「生涯教育論」. と結びつく要素を有していること、特に「生涯教育」を具体的に構想する際 の、最も有力なものとなりうることが容易に判断できる。これは、周知の通 り、「生涯教育」そのものが、統合性の原理に立つものに他ならず、「生涯 教育」の基本的な考え方を踏まえると、「生涯教育」の構想・具体化にとっ て、教育経営学の統合的な視座が重要な意味をもっていることが分かる。そ こで、岡東氏が唱える、「地域教育経営㌔を捉えてみると、「地域教育経営」. そのものが、教育行政と共に、「生涯教育」の支援態勢となる役割を担って おり、人々の「生涯学習」の組織的・体系的な教育的援助が「生涯教育」で あり、その効果性と効率性を図るシステム構築及び支援行為が、教育行政や 「地域教育経営」の主要な任務という関係がある。したがって、「地域教育 経営」を考えた場合、それを個別の教育事象として捉えることは不可能であ り、地域における新たな教育の在り方を構築する上で、教育領域はもちろん のこと、その方法や、具体的な組織づくり等、トータルな視点をもって考え ていく必要があり、必然的に教育経営学的なアプローチをして、捉えていか なければならなくなると考えられる。. システムとしての「地域教育経営」を考えるにあたって、安原氏ηによる 生涯教育的なトータルな視点を社会教育・成人教育に対して提供すると考え られるシステム・アプローチについての考察を参考として考えたい。まず、. 生涯教育的なトータルな視点を、地域の教育に対して提供されると考えられ 一15一.

(19) るシステム・アプローチについて考えてみる。安原氏が行った手順としては、 まずシステムについての基礎的な理解を得るために、岸本氏ほかによる、「教. 育経営学の基礎理論㍉に拠りながら、一般システム理論及びその教育事象 への視座を整理してみることであった。それによると、 システムは、ベリエン(Be㎡en,F.K., General and Social System, Rutgers Ulliversity Press,1968.)によって、. 相互に関連した構成要素の集合と、システムへのインプットとシステムからのアウトプ ットの流れ(flow)の種類や量を濾過するような特性をもつ境界である。. と定義されているということである。すなわち、彼によれば、「境界内にお いて、相互作用する構成要素が存在するときは、いつでも、システムが存在 するということであり、システムは、環境からのインプヅトを必要とすると ともに、環境へのアウトプットを生成するということである。しかも、シス テムのアウトプットは、ある感知可能な特性において、インプットと異なる ものである。しかも、システムによって生成された識別可能な変化は、シス テムの目的として見なすことができる。」(p.66−67)ということである。. このようなシステム概念に基づく一般システム理論について、シルバーは、. 次のように、「一般システム理論は、知識を生み出すための科学的、実証的 なアプローチである。また、この理論は、システムに加わる力である情報や エネルギーの流れに見られる不変性や予知可能なパターンを見い出すことを 意図したものであり、また、構成要素間に見られる諸関係を説明するために、 数量化可能な因子を探求しようとするものである。」(P.80−81)と整理している。. また、これらの考え方の根底となるものとして、ベルタランフィ*4は、「わ. れわれは(システム)を、測度によって表される、相互関係にある要素の複 合体として定義する。そのような複合体は、任意のシステムの方程式によっ て規定されうる。」とし、「システムは、要素の集合とその相互関係の全体 (総体)」としている。. このように理解される一般システム理論は、いわゆる演繹的なシステム・ アプローチに対して示唆するところが大きいことは、学校というオープン・ システムを把握する場合にも示されている。すなわち、「一般システム理論 は、まさに多様な諸現象を解明する際に、多様な学問領域に十分対応できる 一16一.

(20) 抽象言語を提示することによって、グローバルな視座を提供」(P82)するも. のであり、学校や社会教育施設・団体など、人的システムを構成する要素間 の関連性に、着目するトータルな視座を提供する。そして、そうした視点か らは、組織理解や組織における諸事象の解釈にも有用なものとなる。また、. 一般システム理論は、様々な事象に対して記述的かつ説明的な枠組みを与え るものであり、その枠組みは、システムがどのように機能するかを提示する ものである。さらに、システムのアウトプヅトは、システム内から意図的、. 無意図的に生成されるものであるから、上位システムに対する適合性によっ て再検討の余地が生じてくるのである。. 例えば、社会教育における青少年育成活動の成果を、一般システム理論に 考えてみるとどうなるであろうか。地域の青少年育成団体が、地域の子ども たち、地域社会あるいは社会全体に対して、有用なアウトプヅトを生成しな い場合には、もっと有益な学習者変容を生じるためのサブシステムを再編成 し、インプヅトを制御しなければならなくなるという状況となる。このよう に、教育経営の実践面に対して、一般システム理論は有用性を多大に有する ものである。. こうしたシステムとそれぞれの環境との間に、どんなインプヅトとアウト プットとの関係があるのかに、関心を寄せる一般システム理論のパラダイム. から、新たなパラダイムとして、マトゥラーナとヴァレヲ5は、生命システ ムを規定するために、「オートポイエーシス(Autopoiesis)概念%」を生み出. した。その概念をルーマンηは、社会学に転用しようと試み、「一般化され たオートポイエーシス概念は、徹頭徹尾、システムの諸要素を生産すること によるシステムの自己産出と自己保存という意味をもつものと定義される。」. とし、「われわれは、システムを成り立たせる要素を、そのシステムを成り 立たせる要素そのものによって生産し、再生産するシステムを、オートポイ エーシス的と呼ぶことにしたい。そうしたシステムが統一体として用いる全 てのもの、すなわち、そのシステムの要素、過程、構造、システムそのもの は、まさにそうした統一体によってシステムの中で初めて規定される。別の 言い方をすれば、システムの中へ統一体をインプットしたり、システムから 統一体をアウトプットしたりするようなことはあり得ない。このことは、環 一17一.

(21) 境へのいかなる関係も存在しないということを意味するものではない。環境 への関係は、オートポイエーシスそのものとは別の実在のレベルに存するの. である。㌔としている。こうしたルーマンの社会システム理論そのものを 探求をし、その定義をそのまま「地域教育経営」という考え方と、直接、結 びつけることを目標とするのではない。しかし、ルーマンの言う一般化され たオートポイエーシス概念の定義と「オートポイエーシス的」という言葉に 着目するなら、「地域教育経営」という考え方も、「自己産出と自己保存」. という意味で捉えると、オートポイエーシス的な考え方と言えるのではなか ろうか。すなわち、「地域教育経営」は、「教育の住民自治」=「自己産出」. を基底としながら、地域における教育の経営=「自己保存」を目指していこ うとするものであるのだから、まさにオートポイエーシス的と言えると考え るのである。. 1.2 「地域教育経営」の機能. 生涯学習の基本的な考え方の1っに「統合・調整」という概念がある。具 体的には、教育事業・機能などの統合・調整をその視野に入れている。松原 ・鐘ケ江埋りは、学校・保護者・地域の3者の教育的機能を有機的に結びつ けながら、全面的発達を促す青少年教育を築き上げるという観点に立って、. 「地域社会に根ざす学校教育」を考えるのに次のような8つの柱を立て、そ れぞれについて検討をされている。 ア 学校教育課程における地域の教材化 イ 児童・生徒の日常生活体験の教材化 ウ 生活体験学習. 工 地域社会の住民活動・学習活動との連携 オ 学校施設の開放・「地域の学校」への方向. 力 住民主体の地域教育計画づくり キ 住民の意思を学校教育に反映させる学校審議委員会の制度化 ク 学校教育を通しての地:域人材の形成. しかしながら、こうした「学社連携*10」に見られるよう、これらのうち、. 具体的な実践の積み上げがなされ、ある一定の評価を得つつあるのは、「学 一18一.

(22) 校施設の開放」ぐらいであろう。多くの場合、その「統合・調整」は非効率 的なものであり、十分に機能し効果を上げてきたとは言えず、両者の機能を より効率的にしょうとする「学社融合1’」という新たな考え方も生じ、試行. 錯誤を繰り返しながらも、その実践の積み上げが少しずつなされつつある。 だが、何れも、行政主導で導入されたものであり、学校教育・社会教育とも に主体的に取り組んでいるとは言い難く、理論として考えられているほどの 効果が上がっていないのが現実であると考える。そこで、従来からの行政主 導的な考え方の発想を転換し、今日の教育課題・問題の複雑性を鑑み、地:域. における教育の経営の主体となっていくのを地域住民に求めた考え方が生じ た。それが「地域教育経営」であり、岡東町*uは、 「地域教育経営」は、教育に関係するところの「地域経営」であり、地域における教育の 経営であると考えられている。したがってその主体となるのは当然その地域の住民であり、. 住民自身の主体的な参加と関与が土台となった「教育の住民自治」を目指すものでなければ ならない。(民主化の原則). また、「教育の住民自治」を基底としながらも、教育・学習の実際の展開では多元的・多 層的な経営を行い、それぞれの効果と効率を求めると同時に総体としても有効性を求めなけ ればならない。(合理化の原則). と述べている。また、具体的な取り組みを推進するために、アメリカのコミ ュニティ教育の経営を参照し、従来の実行委員会や運営委員会などとは異な って、地域におけるそれぞれの教育組織体の代表者やその教育に関わる地域 住民主体の「生涯学習推進協議会」(仮称)を基幹教育施設等に設け、地:域 住民の教育経営組織としての機能性をもたせることを提案している。そして、. その会に対して、「地域の教育目標・課題の設定」「地域の教育組織体の機 能の見直し・調整」「地域の教育組織体及び地域組織を含めた教育の相互連. 携」「地域の教育・学習資源の活用」「有効な活動を保障していく条件整備 の企画」等を主要な任務と位置づけている。これらの任務を遂行するための 作業は、地域における教育組織体それぞれの主体的経営を尊重しながらも、. 総合調整機能を持ち合わせ、かつ、住民の主体的な参加と関与とが保障され たものである必要があることも明らかにしている。. 仮に、こうした動きが実現するとした場合においても、さらに、行政主体 一19一.

(23) である「教育委員会」もこれに参加をし、本来の行政の役割である、法制三 下のもとでの守備範囲において、イニシアティブを発揮していかなければな らないことは自明の理である。もっと言うならば、教育委員会は、一般行政 部局(首長部局)との関係において、住民の教育に関係しては、行政のセク ショナリズムを越えた、総合調整機能を持ち合わせることが期待されるので ある。現代社会において、経済優先の近代化に伴い、一般行政施策の多くの 部分も、ハードウェア事業の推進に偏ってきたのであるが、近年の経済の停 滞・景気悪化の進行に伴い、一般行政施策も、ソフトウェア事業へと転換し てきている。したがって、地方行政において行われる一般行政事業も、ソフ トウェア事業としての教育的な事業が増えてきており、もはや、「教育のこ とは、教育委員会で。」という時代は、終焉を迎えつつある。こうした中で、 予算執行のために、一般行政部局が、子どもたちを含めた地域住民に対して、. 教育的な事業を行い、それらの事業に全く教育委員会が関わらないというこ とも、頻繁に生じているのが現実である。これらは、縦割り行政が表す、顕 著な例であると言えよう。そうした行政のセクショナリズムをできる限りな くし、ヨコのつながりを図っていくことが、ますます求められているのにも 関わらず、現状としては、一般行政の事業と、教育行政の事業とは、はっき りとして太い線が引かれている。これらを打ち破るためにも、学習対象者で ある地域住民の、教育経営への参加・関与が重要であると考える。すなわち、. 住民主体の「地域教育経営」的な取り組みをすることにより、行政のセクシ ョナリズムを和らげ、行政の予算執行をスムーズにし、より効率的に予算を 使う事業を、つくりあげることができると考えるのである。. この「地域教育経営」の概念を基盤として、特定地域の学習対象を青少年 (主に小学生)に関わるものに限って考えていけば、学校・教師、家庭・保. 護者、地域社会・住民の3者が一体となった青少年教育とも言える、青少年 育成活動の在り方を模索していく指標となりうると考える。さらに、青少年 育成活動に関わる、地域の異年齢の多くの人々を視野に入れると、単に青少 年育成ということだけには止まらない。すなわち、地域住民主体の上に成り 立つ、住民自身の手による教育自治の発展性として、荒井氏串’3が提唱したよ うな「ローテーション社会」の形成とも大いに関わりうると考える。つまり、 一20一.

(24) 青少年育成活動を通して、学習対象者である子どもたちだけが、学習を提供 されているというわけではなく、その学習を支援する周りの大人たちも、子 どもたちに関わる中で、子どもたちを支えるボランティアとしての役割を学 びとっているとも考えることができる。指導者でありながら、学習者でもあ るといった関係が、活動全般を通して行われる可能性があるのである。. このように青少年を取り巻く多くの条件と、その地域のもつ特性を考えて いくことにより、地域そのものの活力をも高揚させることのできうる、方策 を提起できるものと考える。. 第2節. 「地域教育経営」的概念への視座. 2.1 地域における教育(形態)の構造的把握. 現在、実際に行われている子どもたちを対象とした教育実践の大きな枠組 みを一般的に考えてみると、「学校教育」「社会教育」「家庭教育」の3つと 捉えることができよう。「生涯学習体系への移行」を視野にして考えた場合、. これら3つの教育の枠組み・機能をどのように統合・調整していくかが、問 われている。その場合、「統合・調整・連携」等という言葉で表すといとも. 簡単なようであるが、実際にはそれぞれのもつ独自性であるとか、存在意義 をそれぞれが了解し合い、各々の場で展開される教育・学習活動の成果やメ. リヅトを相乗的に組み合わせ、実質的な意味で3者が一体となった教育・学 習活動の仕組み・方策が創出されなければならないのである。つまり、3者 が各々別々のシステムとしての機能を果たしつつ、総体としてもより効果的 な成果を生み出すような関係や結びつきの方策を、構築していくことが重要 なのである。このような観点から、近年、生涯学習を推進していく上で、様 々な場面において、主張され出したものに、「ネヅトワーク化」の理論・実. 践がある。ここで重要なのは、こうした3つの教育分野の機能を精査し直す とともに、それぞれのつながりについても構造的に、捉え直してみることで ある。井上氏は、3者の教育の枠組みを現行の教育制度から、次のように、 ①学校教育「フォーマル(定型)教育の典型」. ②社会教育・特に公的社会教育「ノンフォーマル(非定型)教育の典型」 ③家庭教育「インフォーマル(無定形)教育の典型」 一21一.

(25) といった3層構造として捉えている。つまり、意図的というよりも、その多 くが結果的に高度に制度化された、あるいはその必要のある教育・学習のシ ステム、次に、多少制度化された、あるいはその必要のある中間的な教育・ 学習システム、そして全く制度化されていない、あるいはしてはいけない自 由で、私的な教育・学習のシステムが、いわば「層」を成す形で存在してい ると考えている。さらにそれらの基底的部分として、生活のあらゆる局面に 生起する、全くシステム化され得ない偶発的な学習の存在も示している。 このように、井上氏*14は、「教育の制度化の度合い」から見た現行の教育 (形態)の構造を簡単に図式化したものを(図一1)のように示している。. しかしながら、これはあくまでもその多くが意図的・計画的に構築されてき たものではなく、歴史的・時間的な推移の中で結果としてそうなったものを 理念的にとらまえた「理念型」としての構造図であり、「現実態」とでは、. かなりの懸隔がある。また、各層は図のようにはっきりと線引きされたもの でなく、その接点は極めて弾 力的なものであると考えるの が、妥当であろう。また、ノ ンフォーマル教育の典型とし. (典型として). 大. フが励. 教育. 制 度. ノンフォーマル 社会教育. 化. て定義されている社会教育. 教. の. 合. あり、今日のいわゆる学校外. い. インフォーマル教育. ノ. ’. ’. ’. ’ ’. ろう。これらを、法制度に基. 、 、 、. 偶発的学習 (インシデンタル・ラーニング). 、. 、. 、. 、. 、. 、. ’. もかなりが入り込んできてい ると捉える方がより確かであ. も. ’. ’ ’. い。したがって、社会教育は. 家庭教育. /生活の様々な場面での無意図的学習. 小. 羅して定義したものではな インフォーマル教育の部分に. 育. 度. は、あくまでも公的なもので 教育と言われるもの全般を網. 学校教育. (学習の量) 出典:井上講四王「社会教育の概念」田代直人編著 『社会教育の理論と実践』樹村山、1994. 図一1. づく公権力作用として、実質 的に計画・統制を行っているのが、教育行政である。生涯学習体系への移行 を視野に捉えた場合、地域の人々が、生涯にわたり、全生活関連の中で、自 一22一.

(26) 主的・自律的に学習できるような教育的援助、それ自体が「生涯教育」と捉 えることができる。そして、その支援態勢が、教育行政の役割となるのであ る。つまり、人々の生涯学習の教育的援助が生涯教育であり、その効果性と 効率性を図るシステム構築及び、支援行為が、教育行政の主要な任務である と考えられる。しかしながら、そうした支援態勢は、高度に制度化され、法 制度のもとに限定される、教育行政だけで請け負っていくことは、今日の教 育課題の性格、問題の複雑性、多様化等を考えた場合、もはや限界に到って いると考えてもよかろう。したがって、多元的・多層的な教育の経営形態を も越え、地域としての統合的・発展的な教育の経営が要請されるのである。. つまり、生涯教育の基本的な考え方として「統合」があり、地域の教育の理 念もそれを求めていると考えるのならば、教育行政だけで、地域の教育の経 営を行っていくというのではなく、地域の各レベルにおいて、地域住民が主 体となる「地域教育経営」の必要性が、ますます求められているのである。. 住民1人ひとりの学習機会を保障し、それを支援していくために、「教育の 制度化の度合い」から見た、住民自身のインシデンタル・ラーニングを支援 し、既存の教育制度を問い直すことのできうる、「地域教育経営」を進めて いくことが、今、まさに期待されているのである。 2.2 「地域教育経営」への視座. 「地域教育経営」の意味するものを「教育の範囲」という観点で考えてみる. と、地域における教育をトータルな視点で見ていくこと、つまり地域におけ る全ての教育・学習が生活のあらゆる場面において、有機的・構造的な連関 を有しているとを再確認するに他ならない。その中でも、特に「制度化され た教育(教育行政の範囲内)」という範囲に限って考えると、それに当ては まるのは、学校教育・(公的)社会教育である。これらの接点づくりとして、. これまでに「三社連携・融合」などといった具体的な取り組みがなされてき てはいるが、未だその接点領域は非常に小規模で微弱なものでしかない。互 いが、有機的・構造的につながっているとは言えないのである。いわゆる同. 一教育行政の中の2領域としての、学校教育・社会教育の実質的な連携さえ もが果たせていないと言ってもよいのである。だからこそ、学校教育と社会 一23一.

(27) 教育の壁を越えるという意味での「地域教育経営」の視点が求められるので ある。. 岡東町によると、「地域教育経営’5」は、 一定地域の中で、人々の教育・学習に関係する者が、教育の実態を直視し、教育観や理念 の共通理解を深めながら、地域の教育目標や課題を設定し、その達成に向かって教育領:域や. 機能の分担を図り、教育資源を最大に活用し、相互に連携することによって、相対としての 人々の教育・学習を促進する営み。. と捉えられると定義している。また、これは地域教育の経営とは概念的に異 なり、地域を基盤として、住民の教育・学習の効果的・効率的な経営を意味 するものであるとも定義している。こうした考え方が出てきた背景には、従 来から行われてきた、生涯教育施策の具現化のために、縦割り行政の弊害を 除去するために行われてきた統合・調整を図る施策の中で、学習主体となる べき住民自身が、どうしても行政サイド主体の押しつけ的な学習を、行わざ るを得ないような実態があり、住民主体の学習推進組織の必要性が、重要視 され出したからであると考える。これまで、地域において、生涯にわたる教. 育計画の必要性や、教育の連携・協力体制の必要性が説かれたり、教育事業 を統合したり、調整したりする必要性が説かれてきたのにも拘わらず、その 実績はなかなか上がっていないのが実態ではなかろうか。例えば、学社連携 がそうであり、世代間交流教育がそうであり、一般行政部局(首長部局)と 教育行政部局との連携・協力がそうであり、その他にもいくつものことが考 えられる。これらが理論として説かれたほどには、その実績が上がってこな. かったことの、1つの要因として考えられるのは、生涯教育・学習を推進す る経営主体となる教育行政(教育委員会)が、法制度に基づく一定の公権力. 作用としての計画・統制過程であることによると考えることができる。だか らこそ、住民の自主的・自律的な計画・統制過程であるといった「地域教育. 経営」の経営組織体が、必要となってくるのであると考える。行政が経営主 体となった場合、先に述べたように、どうしても法制度に基づく一定の公権 力作用となり、行えることが限定されてしまうということがある。つまり、. 行政の役割としては、従来から行ってきているように、施設・設備の整備と いったようにハードウェアに関する部分が大きく、その他にも人的資源・財 一24一.

(28) 的資源の整備や管理などに限定されてしまうと考えられる。これでは、生涯 学習の基本理念として求められる「いつでも、どこでも、何でも、誰にでも」. といった学習を保障することには、限界が生じる。もちろん、地域における 行政としての役割は不必要ではなく、むしろ、その役割を積極的に、きちん と果たすことが大前提であるが、それだけでは不十分である。やはり、そう した限定されない部分を補完するものとして、学習主体である住民自身が、 主体的に経営に参加・関与することが求められるのである。これに関連して、. 学校教育を推進する上での地方教育行政について、1998年9月21日に出さ れた第16期中教審の最終答申*16では、学校長が、地域の学外有識者、青少 年団体代表、保護者らに、教育方針や生徒指導の進め方について助言を求め る「学校評議員制度」を新設することを求めている。こうした具体的な答申 が、なされたことにより、地域においては、今まで、行政だけが地域の教育 経営の管理・運営にあたり、そこに住む住民の意思が、余り反映されてこな かったことを反省し、今後は、住民自身も参加・関与することで、より実績 の上がる教育経営の実践化がなされるであろうと期待する。すなわち、学校 も生涯教育・学習の観点から、教育機関・施設の経営を見直すということで 考えると、人々の人生の一時期を通過する、教育機関であるという視座、ま. た、青少年の生活空間における、他の教育資源と結合した1つの資源である という視座に立ち、その在り方を問い直すことが必要となってくる。つまり、. タテの統合とヨコの統合の観点から、経営の在り方や教育・指導の在り方を 検討することを意味するものでもある。. こうした学校教育の変革の動きをきっかけとして考えるのなら、改めて、 教育を「制度化」という視点で捉えてみると、結局、意図的な教育・学習の システムの中で、高度な制度化を必要とする学校教育(フォーマル教育の典. 型)と、そうした高度な制度化は求めないものの、一応、制度化された柔軟 かつ足回りのよい公的社会教育(ノンフォーマル教育の典型)とが、相互の 役割をきちんと押さえながら、制度化された教育(形態)の全体として、い わば、「連続した教育機会として」、再構築されていくことが必要であると 言える。もっと言い換えれば、いわゆる、「タテの統合とヨコの統合」を、. 少なくても、この2つの段階までのレベルにおいて、両者が力を合わせて実 一25一.

(29) 現をしていく仕組みが、何としても必要となってくるのである。だからこそ、. 今日の学校教育を核とした教育行政の在り方が、改めて問われているのであ り、また、学校教育のスタンスの変革の必要性が、他ならぬ学校教育の側か. らも出てきている状況(第16期中教審答申等)を考えると、その具体的な 打開策は、やはり教育行政全体の抜本的な改革しかない、という結論に達し てしまうのである。. 「地域教育経営」の意味するものの1つとして、「教育をトータルな視点 で見る」ということが挙げられる。つまり、全ての教育・学習は、生活のあ らゆる場面において、有機的・構造的な連関を有しているということを視野 に捉えているということである。したがって、例えば、学校教育も、地域に おける教育機会、教育資源の一部であるという認識が、改めて求められるこ とでもある。しかも、これは、従来のような、個々の「学校経営」の延長線 上のものとして、媛小化されるものであっては、決してならない。つまり、. それぞれの学校独自だけのためのものであるといった、経営の捉え方であっ てはならないのである。それ故に、教育行政、あるいは教育機関の経営者・ 管理者(学校長や公的社会教育施設の長等)には、こうした広い視野で、地 域の教育を捉え、それに基づく経営的手腕が求められているのである。その ためにも、各教育行政組織も、そのような視点で再編成し、その所掌事項の 見直しを図る必要も出てくると考えられる。これを具体的に実現できる可能 性があるものとして、公的に制度化された学校教育と社会教育との接点づく りが挙げられる。しかしながら、現実には、両者の接点領域は非常に狭く、. 弱いものであり、相互が有機的・構造的につながっていないことは周知の事 実である。したがって、学校教育行政と社会教育行政との、さらなるつなが り(一元化)が求められるのであり、その意味における「総合行政化」の核 が、こうした教育行政レベルの中で、形づくられる必要があると考える。言 い換えるならば、まさに、学校教育と社会教育の垣根を越えた、いわゆる真 の意味での「地域教育経営」の視点が求められるているのであり、そうした. 視点に基づき、学校教育関係者、社会教育関係者の双方が、融合的な取り組 みを模索し、実践していくことが求められているのである。こうした意味で 言うならば、改めて、行政の管理的な立場の人々、及び、学校の管理職的な 一26一.

参照

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