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学社連携・融合の方向性

他社連携→学校教育→社会教育

 活動  事業

教育委員会

翻全データ

教師   参加

 (グラフー6)

1)学校関係者についての分析

 ①グラフからの分析

 (グラフー1)から、「学社連携・融合の方向性」に関して、多く用いら れているタームは、「地域」「活動」「参加」であり、比較的多いのは「行政」

「事業」「教師」であることが分かる。これらから、「地域」で行われる社 会教育の様々な「活動」「事業」へ「参日置することについて、応答してい ることが多いと推察される。この中で、タームには挙がらなかったが、「活 動」や「事業」そのものは、概ね意味あるものであるとしながらも、「行政」

サイドから、学校や「教師」に対しての半強制的な「参加」要請があること に、不満を示している場合が比較的多くあった。ここでは、この地域が、中 山間地域の過疎地であり、子どもの数が非常に少ないのにも拘わらず、夏休 み中に行われる社会教育「事業」の数が多く、各事業ごとでの「連携」が不 十分であるという実態が表面化している。そうした実態の中で、社会教育事 業の中での子どもの引っ張り合いがあり、どうしても半強制的な「参加」要 請が、学校に対してなされてしまうことの不合理性を訴えていた。こうした

「事業」への参加体制を考えると、本来の社会教育の参加体制となり得てい ないとし、それを理由として、町の社会教育の在り方に対する深い疑問と強 い不満とがもたれていた。他の領域を含めて、相対的に見ると、学校関係者 の「学社連携・融合の方向性」ということに関する応答内容そのものが少な く、特に一般教師からの応答は極端に少なく、ターム全般の使用頻度も少な いことが分かる。これは、インタヴュー時に、一般教師の多くからは、「学 社連携・融合」は、どういつだ意味であるのかというように、質問者に対し て、逆に質問をすることが何度かあったことから、「学社連携・融合」とい う言葉に対する認識が、あまり深くないと推察され、それが応答内容の少な さの要因となっていると想像できる。こうしたことを考えると、「学究連携

・融合」という言葉は、行政用語あるいは研究用語としては定着してきてい るものの、学校現場では、まだまだそれに対する認識は浅く、特に「学期融 合」となると、聞いたことのある教師は少なく、ほとんど理解されていない

ということが強く感じられた。「社会教育」そのものに対する関心もあまり 高くなく、やはり、学校教育の現場の教師から見ると、「社会教育」は全く

の別物であり、それに対する認識が比較的浅く、社会教育側からのアプロー チの仕方に対する不満が、大きいことをはっきりと表している。

 ②学校関係者の絞り込みの結果による要旨

 学校関係者だけを対象にして、キータームの絞り込みをした結果、1人が 抽出された。

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うした活動はあるのだろうか。何かの行事を行うときには、企画の段階では、数多くある と思うが、実際に行う活動で、形として、ここで言われる学   ・一Aになっているか

悼か  え    分にま具 ・な仮 思い浮かまない。(学社連携・融合について簡単

に説明)

例えば、「ふるさと教室」のような事業を考えると、それぞれの説明をしてくださる態越   についての情 ま  山   、 かに社A       A・た サイドの が

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 ③抽出データによる要旨の分析

 抽出された要旨を、「学社連携・融合の方向性」ということで分析してみ ると、波線を引いた部分が、それに直接関連すると考えられる。それらを抜 き出してみると、次のようなコンセプトが得られる。

 ア.公民館主催の社会教育事業として行われる「ふるさと教室」が学社連   携に当てはまると思うが、ただ単に参加をするということなので、学社   融合にはなっていないような気がするということ。

 イ.スポーヅ活動であるソフトテニスの活動も、学校から指導者として関   わっているので、学社連携に当てはまるのかもしれないが、スポーヅ活   動全般を見ると、当てはまるかどうか分からないということ。

 ウ.学社融合の意味がはっきりとせず、具体的な活動の例を思い浮かべる   ことができないということ。

 エ.地域人材についての情報は、社会教育・行政サイドの方が詳しいが、

  事業そのものの持ち方などについては、学校教育サイドの方が、子ども   の実態に即したものを提供できると考えるので、両者が事業についての   話し合いをしていく必要があるということ。

このように、「学社連携」に対する認識は多少はあるものの、「惣社融合」

となると、イメージすら湧かないというのが、学校現場の正直な実態である ことが窺える。そんな中でも、現在、行われている社会教育関連事業に関し て、その形や方法を再度考え直すことにより、子どもたちにとってのよりよ い学習を提供できると考えている。その場合、社会教育サイドだけで事業を 組み立て、実践していくというのではなく、その企画段階から実践まで、学 校サイドも関わることが、キーポイントであることをはっきりと訴えている。

もちろん、あくまでも、それは子どもたちが必ず参加をし、教師もできる限 り参加をするといった事業を、前提として考えた場合に限られる。逆に考え ると、学校教育側のものと、社会教育の側のものとが話し合うといった機会 が、今までほとんどなかったということを、示しているとも考えられる。学 校教育と社会教育との接点は、思ったよりもかけ離れており、その影響が、

結局は、子どもたちにのしかかっているようにも感じる。したがって、(エ)

のコンセプトのように、両者が一度じっくりと話し合う機会を設けることが

重要であり、その中から新しい連携や融合の姿を創り出していくことが望ま れると考えている。唯一、ソフトテニスの活動は、学校関係者の1人が、社 会体育として行われている地域の活動に、自らが進んで関係していることか

ら、1つの連携の姿を創り出していっているように考えられるが、他の分野 においては、まだまだであると考えている。

 ④学校関係者における管理職と一般職員との比較分析

 (グラフー1)から分かるように、この質問項目における学校関係者の応 答は、全般的に少なかったのであるが、(グラフー5)から歴然として分か

るのは、管理職は比較的限られたタームにしても、多く応答しているのに対 して、一般職員の応答は全般的に少なく、関心の薄さを物語っているように 感じる。管理職の応答内容のタームの散らばりに着目すると、「地域」「活 動」「参加」「教師」「行政」「ソフトテニス」が、比較的多く用いられてい ることが分かる。これに対して、一般職員から得られた応答は少なく、あま

り特徴を見いだすことができないのであるが、「事業」「参加」「活動」が比 較的多く用いられている。管理職は、「地域」「活動」として行っている「ソ

フトテニス」の「活動」に、「教師」が関係していることを、「学社連携」

の1つの形として捉えており、「学校教育・学校体育」と「社会教育・社会 体育」とが、接点を見いだす1つのよりどころであると考えている。また、

逆に、「行政」が半強制的に「参加」を促す「事業」の在り方について、警 鐘を鳴らしている。これに対して、一般職員は、「公民館」等の主催で行わ れる「事業」の参加体制や「事業」で行う「活動」の見直しを訴えている。

それらを特徴的に表す、絞り込みの結果による要旨の例を挙げると、次の2 つのようになる。これらは、何れも管理職の要旨であり、一般職員のものは 抽出されなかった。

 ア.「学社連携」→「学校教育」→「社会教育」の次に、「地域」を設定   した場合に抽出された要旨

 言葉的には、よく「学社連携」ということが言われるが、その   生  習 い、こ

 に けば 必然・に 晶 育  A  とは  せ を得オい。だから、「繍《

 Aは、 A。  いったよ、に切り  た え   つたり  まりに 「    立妻

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