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オランダ臓器提供法の成立 一一世界の臓器移植法(七)一一

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資 料

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│ │ 世 界 の 臓 器 移 植 法 帥 ー ー

115一一『奈良法学会雑誌』第9巻2号 (1996年9月〉 目 次 ーはしがき E 上 院 の 常 置 委 員 会 に お け る 論 議 E 脳 死 判 定 の 基 準

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オ ラ γ ダ に お け る 法 的 観 点 N 実 際 的 問 題 の 処 理 あ と が き に 代 え て V

筆者(山下)は、ナイメヘン大学法学部のベータ i ・タック教授の協力を得て、昨年の夏にオランダ上院に回付された臓器提供 法の最終法案を訳出し、関連情報を含めてそれらを臓器移植法研究会の資料として紹介した(﹁オランダの臓器提供法案11世界 の臓器移植法付﹂本誌八巻二号所収)。 当時、紹介の作業に当たりながら、筆者に興味深く思われたのは、まず、脳死後の臓器移植に同意する旨のドナ I ・ ヵ l ド所持 者が二

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にすぎないといわれるのであるが、脳死は人の死かをめぐって論議の続いている白木との対照で、数字にも一部されるような相

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第 9巻2号一一116 違を生み出している背景事情はどのようなものであるのかに関心がもたれた。 一 方 、 ド ナ 1 ・ カ I ド所持者の数がそのような横這い状態を続けている理由として臓器摘出に対する信頼感の減少があるのでは ないかといわれ、本人の同意なしに摘出されていることはないか、脳死の厳正な判定の前に摘出されていることはないか、臓器の 配分は公正になされているか、などといったオランダ国民の不安感や危倶感などに言及されていた(下院における法案の提出理由 ﹁説明覚え書き﹂による)。そのような不信をもたらすような原因や事情がオランダの園内にあるのかどうかも注目すべきことの よ う に 思 わ れ た 。 臓器提供法案は脳死が人の死であることを初めて明文で規定し、脳死判定の際に使用される脳死プロトコルが作成されなければ ならないと述べている。上述したような不信感などとも関わり、脳死をめぐって新たにどのような議論があるのか、また実務上ど のような処理がなされているのかにも、日本の論議と比較対照する意味で関心がもたれた。 さらに法案は臓器提供は白己決定によるものであることを原則としながら、遺族の関与の余地があるものとしている。これも、 日本では自己決定権との関連で大きな論点のひとつとされていることである。オランダにおける論議と現実はどのようなものであ ろ う か 。 これらのうち脳死関係についての筆者の質問に対してタック教授は﹁脳死判定の基準

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スプラントのコーディネーターであるへンリlテ・ファン・ペゼル(司自ユ忠四

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口当日巴﹀女史から聴取する機会を得た。 このような次第で、前稿を多少とも補完するものとして、本稿では、オランダ上院における臓器移植に関する論議、タック教授 の脳死論、そして、上記のインタビューによる印象などを交えて、オランダにおける脳死・臓器移植をめぐる論議と実務の現状を 紹介し、大方の参考に供したいと思う。

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上院の常置委員会における論議

臓器移植法それ自体の詳細については上記の資料﹁オランダの臓器提供法案﹂を参照されたいが、ここで要約的にその骨子を改 めて紹介する意味で、一九九六年八月二日付けの官報に掲載された短い記事を掲げよう。そこでは、臓器提供法における七点にわ たる要項が示されている。 臓 器 提 供 法 ( 要 項 ) ーボルスト厚生大医とソルブドラファl法務大臣によって最終的に次のようなシステムが選択された。 117一一オランダ臓器提供法の成'{/ 1 死亡後における臓器提供の希望をできるだけ多くの人々が意思表示できるよう中央登録簿を備えた完全な決定システムが作成 さ れ る 。 全ての市民はその希望を登録簿に記載できるように適時に自治体からの文書によって通知される。 その希望は次の形態をとり得る。 ー私は(臓器提供に)同意します。 ー私はその決定を法に定められた私の遺族に委ねます。 私は(臓器提供に)異議を唱えます。 登録された意思はいつでも撤回することができる。 2 3 4

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第9巻 2号一一118 5 遺族は、登録が可能であるにもかかわらずそれをしない人に代わって、臓器提供に同意を与えることができる。 遺族がない場合にはその故人はドナーにはならない。 臓器の摘出に当たって医師が積極的役割を果たし得るために病院プロトコルが作成される。それは、全ての死亡ケlスで故人 が医学的にみてドナーとなりうることを確認する方法、及び同意の確認のためにドナl登録簿を参照し、また遺族と相談する 方法について定めるものである。 6 7 このように、オランダにおいては臓器提供を促進するため一八歳以上の全国民及び臓器提供をとくに希望する一二歳以上の未成 年者がその意思を自治体から送付される無料のドナ 1 申込用紙に記入し、登録するシステムが導入されるととになった。もちろん、 異議(反対意思)をもっ人々も登録できる。全成人は登録促進のための様々な広い啓発活動を伴って登録を動機づけられるが、あ えて登録しない者の代わりに、遺族が臓器提供に同意または不同意の意思を表明できるとしている。自己決定による同意方式が意 図されているが、臓器提供の増大という現実的な考慮から遺族一にも一定の役割を与えるという﹁準・純粋な同意方式﹂が採用され たことになる。このことも含めて上院の常置委員会では様々な質疑応答があった。以下では、それらをとりまとめて、関心を引く 主要な論議を紹介したい。参照した委員会記録は次の全三件である。 -│ 切 開 門 田 件 。 関 白

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円 己 目 門 戸 H 呂町・ (以下は、簡単な問答形式で記述するが、これは筆者自身がいくつかの問答を選択的にとりまとめ、要約的に再構成したもので あることを断っておく J 119-一一オランダ臓器提供法の成立 オランダやその近隣諸国において臓器提供が劇的に減少しているという報道がなされているが、それは事実か。またそれに関連 して臓器売買に対して人々が抱いている不安には根拠があるか。 ー l 一九九五年前半期に臓器の利用が一五%も減少したという報道は正しくない。一九九六年一月、ヨーロッパ・トランスプラン トハライデン市所在)はオランダにおける一九九五年の死後のドナーは一九九四年より約一七%も高かったと報告している。それ が近隣諸国にも当てはまるかどうかはわからない。しかし、かなり大きな変動かドナ l 申し出において現れているとみられている。 臓器の恒常的な不足は臓器売買の潜在的な危険を招くが、我が国ではそのような商業的申し出はなく、また専門グループはそのよ うな実践に手を貸してもいない。世界のどこかで臓器売買のよくない噂が出た直後の申し出の減少はそのような報道によって信頼 性に疑いが生じたためであろう。オランダにおいてそのような行為が行なわれていると認めるべき根拠はない。また法律の施行後 は、かかる商業的行為は可罰的とされている。 法案は、個人の自己決定権、遺族の権利、臓器の申し出の促進、臓器の公正な配分、臓器売買の防止、及び臓器提供の質など様 々の考慮点を列挙しているが、その聞に序列はあるのか。また、いくつかの考慮点は相互に矛盾・対立しているのではないか。

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第9巻2号一一120 ││様々の考慮点の問に序列はない。全ての関連あるファクターを調和させる方策が求められる。衡突があるところではディレン マの可能な限りの解決策が選択される。一八歳に達した全ての市民は個人的に通知を受けて、臓器提供への同意または反対の意思 を明示するよう協力を求められる。その意思決定はいつでも修正または撤回することができる。それは自己決定権の完全な実現を 目指すものである。法案は、故人がその意思を明示していないケ l スでは遺族が臓器提供について決定できるという決定システム を選択した。通知及び登録手続きは多様な広い啓発活動を伴って実施される。それゆえ、その選択結果である自己の意思を登録し ようとしない人々も、﹁意思決定の明示されていない場合にば遺族が臓器提供について決定できる﹂という法律の存在を了知する ことが可能である。﹁異議なしシステム﹂は遺族の地位・権利をおろそかにする。他方で、遺族が全く役割を演じることのない﹁ 純粋な同意システム﹂も臓器の申し出が不十分になるおそれが大きいので選択されなかった。 そのような遺族の役割は、自己決定権を侵害するのではないか。 l i 我々は、多様で広い啓発活動とドナ I ・ カ l ドの諸個人への送付という手段によってできるだけ沢山の人々が自ら登録できる ように最大限の努力をするつもりである。こうして、臓器提供についてその意思を登録していないために遺族が決定しなければな らない人々の数は可及的に判制限されるであろう。遺族による代理の同意の可能性のない純粋な同意システムの選択は臓器不足を解 消しないおそれがある。バランスが重要である。あらゆる奨励活動にもかかわらず、登録せず、または別の方法でその意思を知ら せようとしない人々にとって、どのような結果があるかがわからないという事態はあり得ない。このことはドナ 1 臓器の不足を解 消するために努力しなければならない必要性によって正当化されると思われる。 憲 法 第 一

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条はプライバシーの権利を保障し、また憲法第一一条は身体の不可侵性の権利を保障している。故人が自己決定によ り死後の臓器提供の意思表示をしている場合は当然としても、臓器提供の増大という動機が代理の決定を認める理由として挙げら れ、またそのようなことが認められるとすれば、それは将来において、個人の基本権も、また事情次第では遺族の地位も不確かな ものになるおそれがあるのではないか。

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││臓器提供法の前文に示されているように、我々は憲法の原理に基づいて法案を作成した。憲法第二条は﹁何人も、法律の定 める場合を除いて、または法律の定めるところに従って、その身体の不可侵性に対する権利を有する﹂と規定している。これは、 この権利が、人の死亡の瞬間に終わるものではなく、死後にも原則として存続する、ものと解釈されている。それが法律によって 限定されるのは、重大な社会的利益の保護のために必要な場合でなければならず、同時に補充性と比例性の要件が満たされる場合 である。臓器の効率的かっ効果的な提供を想定することが一般的な社会的利益であることは明快である。その際、市民が臓器提供 にまで至るための様々な社会的な便宜が活用されなければならないし、また活用されるための準備も現になされている。 さらに法案は補充性と比例性の要請も十分に満たしている。一八歳以上の全ての市民は、臓器提供に関する同意または反対の意 思を表示するよう求められ、またその後も登録された意思決定を修正または撤回できる法的保障措置が講じられている。自己決定 権は何ら阻害されていない。 ちなみに、現行の遺体処理法も同様の規定をもっている。すなわち、遺体処理法第七二条は、故人の代わりに一定の人が臓器提 供のために同意を与えることができる根拠規定である。その規定の合憲性は決して疑われてこなかった。遺体処理法の成立過程で、 憲法第一一条に関連した質問に対して、国家または第三者は、立法規定の範囲を超えて、身体または一定の臓器を処分してはなら ないと回答されていたことを想起されたい。 121-ーオラγ夕、臓器提供法の成立 社会には常に﹁沈黙する﹂人々の大きなグループが存在する。彼らが沈黙している場合、その希望がどの方向にあったかは明瞭 ではなく、自己決定権が問題になるのではないか。また、その場合、遺族の態度決定にも困難が伴うであろう。沢山の遺族はその 責任をとることを望まないので、現在、二

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の遺族は同意を与えることを拒否している。 ││我々の政策は、﹁沈黙する﹂人々の大きなグループに向けられている。ドナ I 登録用紙の送付と法律についての広い啓発キャ ンペーンを通して、沈黙するグループの数は可及的に少なくなるであろう。我々は、遺族が同意を拒否するケ l スがあるという事 実は彼らが責任をとりたくないからであるとは考えていない。現在、ケースの半数から三/回以上で同意が与えられていると想定 されている。法律の発効後はその割合がもっと高くなるだろう。

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第9巻2号 122 中央登録簿を備えた同意システムは、臓器の十分な申し出、自己決定権及び遺族の地位に適正なバランスをもたらすといえるだ ろうか。異議なしシステムこそ、当事者に最大の明瞭さを与え、コストも少なくて済むのではないか。異議なしシステムについて は沢山のヨーロッパ諸国でよい成果が体験されているのではないか。ドナ1の増大が見込まれるのではないか。 ││純粋な異議なしシステムは遺族の地位・権利に配慮しないものである。彼らは同意を求められず、ただ臓器の摘出について通 知されるだけである。もっとも準・純粋な異議なしシステムでは、遺族が重大な異議を唱えるときには臓器提供に進むことはない といわれるが、それは故人または遺族が同意しているときには臓器を摘出できるというシステムと比較して、関係する医師に不明 瞭な状態をつくりだす。 全成人が登録するための諸コストは、異議のある場合だけを登録するコストと比較して高くつくという指摘があるが、コストは 単に財政的側面で測定されるだけでなく、社会連帯性の利益、生活・生命の質の改善など金銭では表現できない利益もある。 確かに、登録システムの導入と維持に要する全てのコスト・利益の分析は完全にはなし得ないが、一八歳以上の構造的グループ のために必要なコストは正確に見積もられている(金額を挙げての説明については本稿では割愛する)。このコストは年間平均で 提供される死後の腎臓数(約一一一一例)の代わりに人工透析のためのコストが必要であることを具体的に計算すると、十分に節約の 形で回収されているということができる。また市民、地方自治体、病院及び医療従事者への十分な啓発活動を伴って登録システム が導入されるならば、臓器提供について十分に熟考する気運が醸成されるであろう。 ヨーロッパ諸国を比較して、異議なしシステムをもった国々の臓器収獲高が同意システムをもった国々より平均して高いという 統計的事実(付表つきの説明はここでは割愛する)はなく、また比較に際しては臓器の医学的適合性が考慮されるべきである。こ れらの事実から前者の方がより効果的・効率的であると信じる根拠はない。 高い登録率を予定することは非現実的ではないか。諸外国(ベルギー、ゥェ i ルズ、デンマーク等﹀の経験に照らして、過大な 楽天主義は疑問である。大多数の人は登録しないことが予想される。数年前の会計検査院の報告は人々の態度に変化はないだろう

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としている。ェラスムス大学の調査研究でも大多数は登録しないだろうと述べられている。

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にとどまるだろうという想定で出発する。しかし、適切な啓発と市民個々のアプ ? l チ に よって、いままで国際的に報告されてきたものよりももっと高い割合を達成できると考えている。我々は登録率を一

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に す る 必要はないと考えている。臓器提供の可能性のあるケ l スが発生した場合には、中央登録簿のデータに基づいて故人の意思決定を 知ることができる。﹁遺族に任せる﹂という旨の登録は医師の遺族への接近を容易にする。一定の人々が必ず意思決定を登録でき るようにすることが法律の趣旨であるから、異議はもっているが、登録を﹁忘れた﹂というような事態は起こらないだろう。たと い人々の行動に変化はなく、例えば、現在のコディシル所持者だけがその意思決定を中央登録簿に登録するにすぎないと仮定して さえ、意思決定についてのより適切な利用可能性があることになるから、医師側は現在よりもっとよい立場を確保できるであろう。 提案されたシステムが適切に機能しないことが明らかになったときには異議なしシステムに切り替えることを予定しているか。 ││そういう場合が考えられる。しかし、実際にシステムが機能していないことが証明されなければならない。そして、もちろん、 システムを変更するためには法改正が必要である。 123一一オランダ臓器提供法の成立 質疑応答は、以上のほかに啓発活動の註細、登録システムを構築する作業の進捗状況、臓器パンク及び臓器センターの役割・機 能、個別の法規定の解釈、財政措置、法律施行後の評価をめぐる問題など多岐にわたるが、それらの紹介はここでは割愛する。 結論的に、本法とそれに付随して行なわれる政策措置によって臓器不足の解決が展望できるという政府の説明を了承することに な っ た も の で あ る 。 こうして、一九九六年二月二

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日の常置委員会の最終報告は、﹁委員会は政府の回答覚え書きを検討した結果、法案を全体会議 にかける十分な用意が整ったと考える﹂として委員会審議を終了した。 なお、上院の論議とは無関係だが、オランダでは(そして、おそらく脳死後の臓器を使用している諸国でも)、現在、心臓死の

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第9巻2号一一124 ド ナ l 臓器の使用について再び新たな関心が寄せられていることに注意すべきであろう。その理由は世界的規模で臓器移植界が臓 器の恒常的な不足に直面させられ、臓器調達の限界が意識されてきたことによる。 手短にいえば、一九七

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年代後半以後、脳死クライテリアの受け入れが進み、人工呼吸器を装着された心拍のあるドナーからの 臓器摘出が可能になったことから、日本などを除いて、心拾を打たないドナ l の臓器は使用されなくなった。しかし、冷却保存等 の技術により、心拍を打たないドナ i 臓器のうち、とくに腎臓の利用可能性が注目されている。オランダの場合、脳死後の腎臓の 提供は年間平均一三例である。一方、ドナ1・ヵ i ド所持者は市民の二

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であるから、ほとんどのケ l スでは家族の同意を待機 しなければならないことになる。この時間の経過の聞に貴重な臓器が失われる。というわけで、新法は臓器の保存と実際の摘出に ついて二段階の手続きを採用している。すなわち、保存開始のための法的要件は臓器摘出のための同意手続きとは異なる。もとの 状態での保存はその者の死の開始後、保存に必要な最小限の措置をとることができる。臓器摘出それ自体は、故人または遺族によ ︿ 1 ﹀ る明示的な同意がある場合のみ行なわれる(第二二条)。 先ほども触れたように、上院で法案が可決されたという事実の報道以外にどのような社会的論評もみられなかった。それ以前に ついての一般的な社会的関心を知るために、最近の論説及び主要な新聞報道の存否をナイメヘン大学の図書館司書へング・デ・ピ ッ ト 博 士

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号者向。に依頼して、克明に調査していただいた。現在、筆者の手元にある主要な新聞記事は、九

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年 代に限っていうと、法案が下院に上程された九一年から九三年に集中しており、それ以後は皆無である。そのうち脳死問題に触れ たものは一件(﹁脳死に際しての家族へのことば﹂)だけであって、脳死自体または脳死判定についての議論ではない。それは専門 誌にも見つからなかった。そういうわけで、最近のオランダにおける脳死をめぐる法的考察は、筆者の関知するところでは、タッ グ教授に執筆していただいた論考に限られる。これについては、筆者から、教授に対して、日本における主要な論争点(中山研一 ﹁臓器移植立法のあり方││法案の趣旨と問題点﹂法律時報六七巻一一号一了五ページ等に依拠した)を一示し、若干の説明を加えな がら、対応する問題︿配慮事項)についてのオランダにおける考え方を尋ねたものであった。幾分の問題関心のずれもあって、や や一般的な説明に傾きがちな部分も見受けられるが、配慮点に留意され、オランダにおける現状と近い将来の方向を示していただ

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けたと思う。以下では原文(一九九六年一月二ハ日現在の最終稿)の忠実な訳出に心がけたい。 ( 1 ﹀ 冨 ﹀ ・ 回 o p F O 向 m H H H ω 凹 ロ

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脳死判定の基準

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オランダにおける法的観点

序言 死の判定に関しては、国際的に様々な見解があるようである。これはとくに脳死の判定に関してそのようにいえる。 125一一オランダ臓器提供法の成立 脳死は、生と死を区分する指標としてほとんどの西ヨーロッパ諸国とアメリカにおいて一般的に受け入れられている。脳死は、 移植の目的で臓器が摘出できるように人工呼吸器が死体

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官&に装着されている場合にとくに問題になる。このようなケ l ス で は ド ナ l の最終的な心臓停止による死の判定を待つには及ばないとされている。 欧米以外、とりわけ臼本においては脳死の概念をめぐってなお論争が続いているようである。その結果、脳死患者は依然として 人工呼吸器につながれている。その理由は、遺族はあたたかい身体と心臓の鼓動ゆえに死の現実を受け入れることができず、また ( l u 医療専門職は心筋ケアの中止を強いた場合の法的反動をおそれていることにあるようである。 脳死説は、人の死の判定基準を問題にする際に生命の概念にとって本質的なものは、人格、個人であって、身体または身体的機 能ではないという考え方を採用している。脳死の概念を使用することによって、人は複数の時点でその死を判定されるととになる。 つまり、生物有機体としての機能の観点でみられる人間は、人格としての機能の観点で死亡したとみられる時点とは異なった時点 で死亡したことになる。死の時点の相違は、人聞は身体と精神という二つの要素から構成されるものであるという生命の概念につ いて合意が得られる限りで了解されるものである。死の判定にとって本質的な問題は、身体または精神のどちらが人間として考え られるために決定的かということである。そして、この要素の喪失が人の死を構成することになる。我々の生命の概念において決

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第9巻2号一一126 定的な要素は、精神、つまり、幾分でも意識を働かし得る能力である。 臨床的に認知される心臓機能と呼吸の不可逆的な停止、及び瞳孔の対光反射の消失によって判定される(身体的な)死という通 常のケ l スでは、生物有機体(身体)の死の時期は精神の死の過程と一致する。 脳死のケ I スでは、生物有機体は││人工呼吸器の助けを借りて││一定の期間もとの状態を維持している。その結果、身体の 植物的な諸機能は維持され得る。かくて、その場合には身体は死んではいないが、意識を働かせる能力は不可逆的に欠如している ので、人間としては死んでいると考えられる。そのケ I スではそれを生きている身体と呼ぶこともできるが、(統合機能が失われ ているという意味で)見捨てられた、または放置された身体と呼ぶ方がこの事態をより的確にいいあらわすことになろう。オラン ダの臓器提供法は脳死者の身体を指すことばとして﹁人工的に呼吸させられている死体﹂守

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と いう術語を使用している(第一四条一項)。 そのような術語を使用することによって、この法律は脳死した身体がすでに生きた身体ではなく、死体または遺体であることを 明確にしているのである。脳死者の人工的に呼吸させられている死体からの移植を意図して臓器を摘出することが人間に対する刑 事犯罪を構成することはない。身体の完全無欠性や生命などのその他の個人的法益はもはや侵害されるとは考えられない。いうま でもなく、人聞に対する犯罪は人間が生きている限りで行なわれ得るものだからである。刑法においては、このようなものとして の死体の保護は、生きている人聞に対してなされるよりははるかにもっと制限された範囲でのみ行なわれる。かくて、オランダ刑 法の学説では、人工的に呼吸させられている死体から臓器が摘出される場合には、正当化の根拠として違法阻却事由などが問題に な る こ と は な い 。 しかし、このことは医師たちが脳死体または死者の遺族に対する十分な配慮なしに臓器を自由に摘出してよいことを意味するわ けではない。そうであるからこそ、オランダの臓器提供法は臓器提供のための厳格な手続きを定めたのであって、ここでは死体に 対する注意深い、また慈悲ある取り扱いが本質的に重要であるとされている。 注意深さの要件に従わない行為、例えば、臓器の摘出または移植のプロセスに関与しない、独立の、資格ある医師による死の宣

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告に先立って臓器を摘出する行為は刑事犯罪を構成する(第三二条﹀。 脳死が多数の国々で人間の生と死を区別する指標として受け入れられているという事実は、脳死の判定がそれぞれの国で同じ仕 方で行なわれていることを意味するわけではない。沢山の国々では単に一度の脳波測定だけで十分であるとされている。他の国々 では第二の脳波測定が数時間内にされなければならない。しかし、今日、脳波装置は非常に進歩しているので、現在ではどのよう に微弱な脳活動であっても確認することができるし、また平坦脳波は実際に脳活動の消失を確認できるものであるとして、多数の 専門家が第二の脳波測定の必要性を真面目に疑っていることに注意しなければならないであろう。 他の国々では、有意味な、脳死を確実に判定するための指標として、脳波の測定だけでなく、脳血管の撮影も要求している。他 方、脳波の測定または大脳血管の撮影などの付加的な検査は考慮されるには及ばないとしている国んでもある。それらの諸国では脳 幹反射などの物理的検査が脳死を判断するために十分な確実性を与えていると考えられているからである。 127-ーオランダ臓器提供法の成立 ( 2 U オランダでは、一九九一年一

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月に議会に提出された臓器提供法案に関する議論を通して、この問題が最近再び話題になった。 というのも、この法案は脳死の概念を明示的に受け入れたからである。臓器提供法の第一四条は、死の開始・発生は、人工的に呼 吸機能が維持されている死体からの臓器の摘出が開始され得る前に、医学の最新の水準に従った脳死の判定のための適切な方法と 基準に基づいて判定されなければならないと規定している。 この法律は生体からの臓器提供(第三条から第八条)と死後における臓器提供︿第九条以下)を認めている。生体からの臓器の 提供はドナ!の生命と健康に対するリスクを考慮して非常に制限されている。死後における臓器提供の性質と範聞は生体からの臓 器提供のケIスにおけるそれとは全体として異なった質のものであり、また原理的に、もはやドナIの生命と健康に対する危険は あり得ないのであるから無制限である。それゆえに、ドナーはもはや生きた存在ではないという事実、または臓器は生体からでは なく死体から摘出されるものであるという事実が確認されなければならない。このような確実性を保障するために死の判定のため の手続さが注意深く遵守されなければならない。

(14)

第9巻2号一一128 法律と死 人の死の判定はオランダ法にとっても重要な意味がある。なぜなら、死んだ人はもはや権利主体ではないからである。その人の 死亡によって姻族関係と親権は法律に基づいて終了させられる。その財産は、直接的に、そして直ちに相続人が承継する。故人は 法律に基づいて全てのその主体的諸権利を喪失する。死を判定する医師は、心臓死であれ、脳死であれ、その患者の死と同時に死 亡時期を確定する。その時点で上述した法的諸効果が生じる。 人の死は死にゆく過程の終わりであるから、死亡時点の確認が非常に重要である。死が判定された瞬間、生命に対する犯罪はも はや成立し得ない。医師が死を判定する前には、その人は、たとい生命の最終段階にあろうとも、またはほとんど死にゆく過程の 終わりにあろうとも、生きているものと考えられる。その人の死が確定されておらず、死にゆきの過程にある限りは、その人は身 体の不可侵性に対する憲法上の権利をもっている(第一一条)。死の過程にある人の身体から臓器を摘出した外科医は、謀殺罪、 故殺罪、結果として死に変るであろう重大な身体傷害、または生命に対するその他の犯罪の実行行為者として処罰される。 死の基準は法律には規定されていない。刑法典は生命という法益の保護を重要視しているのであるが、死の定義を与えていない。 刑法典が制定された一八八六年の当時にはそのような定義は余計なことと思われた。なぜなら、中枢神経系の機能終止と関連する 血液循環と呼吸の不可逆的な停止は死にとって決定的であったからである。死の概念は臨床的に確認され得たし、また死は心臓の 活動と呼吸の不可逆的停止に基づいて判定され得た。 しかし、死の単純性は、それ以来、人工呼吸器を使用する医療技術の進歩に伴って複雑化するようになった。この技術の出現と 共に死の新しい概念を導入する必要性も生じた。その時期から脳死もまた規範的な基準として認識されるようになった。臓器提供 法は脳死の定義を与えている(第一四条二項﹀。人間の脳の死は、脳が一

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分間以上にわたり何ら血液の補給を受けないときには 確実であると考えられている。子どもが低体温(一一一一一度までの過冷却)になっていたり、また中毒症状(例えば、麻酔剤または催 眠剤の服用などによる﹀にある場合には一

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分間よりも相当に長い時聞が考慮されなければならない。

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脳に対する血液の補給は以下の三つの仕方で停止に至る。すなわち、 b 心臓のポンプ機能の停止によって引起こされた金循環の停止 脳循環の停止を引起こすはなはだしい脳圧の昂進 外力による脳の圧迫、である。 a C 人の死の判定に付随して法的諸効果が発生することから、死の正確な時点を判定する信頼できる方法が必要となる。このコンテ クストにおいて、人工呼吸を施されている人とそうでない人とは区別されなければならない。 人工呼吸を施していない人に関しては、医学的な意味では全ての細胞がその機能を完全かっ不可逆的に喪失するにはなお時聞を 必要とする(全ての臓器、組織及び細胞が死滅するには相当の時間を要する﹀という事実はあるのだが、医師は臨床的に認知し得 る心機能の不可逆的な停止と少なくとも一

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分間の呼吸の停止の時点で患者は死んでいると判定するだろう。 人工呼吸を施ーしている人に関しては、死の時点はこれらの臨床的な基準によっては判定され得ない。そこで次に脳死が判定され る方法についてより詳細にみていこう。 129-オランダ臓器提供法の成立 脳死の判定 臓器提供法第一四条第一項によれば、脳死は医学の最新の水準に従った適切な方法と基準に基づいて判定されなければならない。 その方法と基準の確定は保健審議会によってなされる(第一五条)。このことに関して、一九九五年一月、保健審議会は、当分 の問、一九八三年の保健審議会の勧告において提案された脳死を判定する診断方法が全面的に適用されるべきであるとする中間報 ( 4 U 告 を 公 表 し た 。 ﹂れらの診断方法は次の通りである。すなわち、

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第9巻2号 ー-130 ( 他 者 へ の ) 問 診 これは、脳損傷の原因を追跡するために常に試みられなければならない(例えば、脳出血、脳腫蕩のはなはだしい悪化、酸素欠 乏 症 な ど ) 。 b 身体的テスト 臨床的診断において、次の諸条件が満たされるときには﹁脳死﹂が推認され得る。 ハ 5 ﹀ 1 1 刺激に対する反応の消失ハこれらの反応が脳

25

宮田)または脳幹によってもたらされる限り)によって特徴づけられる深昏 睡状態。瞳孔の対光反射、角膜反射、阻鴎筋反射、咽頭反射、及び前庭刺激に対する反応がとくに証明されなければならない。 ││自発呼吸の消失。ここでは呼吸作用が、最適の環境において少なくとも一

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分間認められないことが要求される。 a ││体温調節の障害

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血圧調整の障害 C 補助的な診断技術

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臨床的・神経生理学的方法 脳死のケ l スでは、脳波の平知一化が見出される。つまり、脳波検査によって 4記録される脳の自発的電位変動の消失である。脳波 検査は患者にどのような危険も伴わない診断方法である。沢山の研究者は学術文献において、脳波の平垣化の意義と重要性ゆえに、 それが診断基準として適切であることが証明されていると述べている。 ││放射性物質による技術 脳の血管撮影は脳内の循環の消失を示し得る。この目的のために、脳実質に対する頚動脈と椎骨動脈の循環がいずれかの側から も評価される方法を使用しなければならない。 脳の循環の停止を判定する方法として適用される脳の血管撮影は、臨床的症状と脳波検査に基づいて、脳機能の停止がすでに始 まっている場合にのみ受け入れられる。 血管撮影は脳死の診断を絶対的に確実なものにするが、そうでない場合には、再度の臨床的テスト及び脳波検査を行なうために

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数時間を要するであろう。一方、動脈撮影及び聴性脳幹誘発電位反応の検査と結合した超音波トプラ i 検査などの新たな臨床的・ 神経生理学的方法が発展している。 脳の血管撮影に加えて、循環を測定するために、ラジオ・アイソトープやコンピューター撮影装置 ( C T スキャン﹀などによる 他の放射性物質による技術も知られている。 医師は、基準に従って脳が機能しなくなったことを認めたときには、脳が完全かつ不可逆的に機能を停止したことを確認するた めに、つまり、脳死を判定するために、付加的な検査が必要かどうかを含め、原疾患と患者の状態を考慮しなければならない。こ れは、六時間後の第二回の脳波検査または第一回の脳波検査直後の脳血管撮影を伴うことになる。 上述の診断方法でもって、医師は人の死の時点を判定することができる。医学的な意味では、脳死の判定は上述した a か ら c に おいて記述された多様な診断方法が適用されるいくつかの段階からなるプロセスである。 法的な意味では、脳死の判定はそのプロセスの最後の段階である。補充的な診断技術に基づいて脳死の事実が判定されたという ( 6 ) 結論が引き出される。その時点から、同意のための要件が満たされたことを条件に、移植のための臓器の摘出が許容される。 131一一オランダ臓器提供法の成立 医師は家族が臓器提供に同意しない場合には、再度、家族に対してその人は死んでおり、人工呼吸器はどのような目標の達成の ためにももはや役立たないという旨を説明した後にスイッチを切ることになる。 医師は家族に対して人工呼吸器の使用という現代的技術に工って組織の悪化は延長されているが、それには一定の限度があるこ とを説明するだろう。人工呼吸を施している死体の組織の悪化は、二一時間以上にわたって血圧を一定レベルに保つことは不可能 であるという事実を通して進行する。 社会的に有能な医師によって静かな雰閤気のなかで正しい情報が与えられるならば、それは愛する者の死という悲劇的な出来事 を家族にとって幾分とも受け入れ易いものにするだろう。

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第9巻2号一一一132 ︿ 1 ) m o o 阿 国 N C O

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実際的問題の処理

上述において、オランダ上院における臓器提供法をめぐる主要な議論と新たな法律の施行後にも使用されるであろう﹁脳死判定 の基準

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法的観点﹂について紹介した。日本では脳死を社会的に受容される人の死とは考えない比較的多数の世論があり、また 医師や法律専門家の聞にも死の定義を変更することに反対論や慎重論も存在している事実と対照すると、多数ではないにしてもオ ランダ国民の閑にも宗教的、倫理的または感情的理由から脳死を人の死として受容できないという立場が存在するかどうかに関心 がもたれる。上院の臓器提供法をめぐる論議では脳死問題への言及は皆無であワたことについてはすでに述べた。そして、新法は、 なるほど脳死を人の死と定義しており、人工呼吸器をつけられた身体を死体と呼んでいる。しかじ、肉親の突然の脳死に直面させ られた家族が直ちにそれをその人の死として納得するものなのであろうか。タック教授は﹁社会的に有能な医師によって静かな雰 囲気のなかで正しい情報が与えられるならば、それは愛する者の死という悲劇な出来事を家族にとって幾分とも受け入れ易いもの にするであろう﹂と論文を結ぼれている。そうだとしても、法律には規定されていないが、実務レベルでは、例えば、ニュ l ジ ャ ージー・モデルのような処理がなされることはないのであろうか。筆者の重ねての質問に対してタック教授はそのような二重の基 準はないと明言された。論文でも﹁医師は家族が臓器提供に同意しない場合には、再度、家族に対してその人は死んでおり、人工 呼吸器はどのような目標の達成のためにももはや役立たないという旨を説明した後、スイッチを切ることになる﹂と述べられてい

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る。しかし、家族が納得するまでに一定の時聞を要する場合があるであろうし、その聞の保険給付はどうなのかという疑問もある。 教授は、その場合にはそのコストは医療保険から支給されると回答された。 このような予備知識をもって、教授の案内で、予約した日時︿一九九六年六月一一日一一一時﹀にラトパウト病院を訪問した。 応対していただいたファン・ダレン博士は相手の話をよく開くタイプの物静かな中高年の男性で、集中治療のベテランの専門医 であった。ファン・ベゼル女史はヨーロッパ・トランスプラントのコーディネーターとしてラトパウト病院に駐在されている、活 発で、人間的魅力を備えた(つまり、コーディネータ!としての資質をうかがわせる)比較的若い女性であった。 以下、話題の要点部分をこれもまた単純な問答形式で再現してみたい。 133一 一 オ ラγダ臓器提供法の成立 臓器提供の予定がない場合、人工呼吸器を外すということであるが、遺族がその人の死を納得しないということはないのか。ど れほどの時聞をかけて説明するのか。 ー

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ダレン民﹀困難な問題はない。普段に医療的な側面での一般的な教育、啓発、情報提供等が社会的になされているので、脳 死が人の死であることについてはたいてい納得を得ることができる。遺族への説明と納得を含め、せいぜい一時間から二時間以内 で人工呼吸器を外すことになる。

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ベゼル女史)脳死者が子どもの場合、両親が子どもの死を直ちに納得するには感情的に難しい傾向がある。 ││(ダレン氏)説明するのは、死後に人工呼吸器を装着しておくことは無意味であること、人工呼吸器につないでいても臓器を 保存するための昇圧剤等の薬品を使用しない場合、脳の規制力が失われているので、血圧の低下により臓器がだめになるといった 内 容 で あ る 。 脳死が人の死であることを頑強に受け入れないケ l ス は な い の か 。

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ハダレン氏)ほとんどない。ただ、そういわれれば、数年前、一例だけ困難なケ i スを経験した。それは六二歳の婦人が交通 事故で脳死したケ l スである。遺族は同年配の夫だけで、若い家族成員はいなかった(現代医療に関する啓発教育・情報提供を受

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第9巻 2号 134 けている近親者はいなかったという意味であろう)。彼は宗教的な理由(厳格なカトリック教徒のようである﹀で、医師が死を判 定することに反対し、それは神が決定することであると頑強に言い張った。しかし、人(医師)が死の時点を決定したのではなく、 神がすでに死を与えたのだと説明したが、納得しなかった。そこで、一両日待って、回復の見込みのないことを体験させ、人工呼 吸器をとめることの同意を得た。そのほか四時間ほど要するケ l スもごくまれにはある。社会的啓発の問題だと思う。(日本に関 しての質問を受けた。日本では脳死自体を社会的に受容される人の死として認めることに否定的な見解やかなりの抵抗感があるこ となどを説明し、脳死者の八

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程度は心臓死まで人工呼吸器を装着したままであると開いていると述べた。ダレン氏もベゼル女 史も、それでは、二週間もコ一週間もその状態を続けるのか、医療従事者の側からの啓発活動はないのか、と相当に驚かれた様子で あった。タック教授は、だから、日本では脳死者に対する医療保険の給付問題が大きな現実的な課題になるようである、と付け加 え ら れ た 。 オランダの文献を読んでいると、しばしば医療的に無益または無意味な治療の中止という用例を見かけることがある。患者は医 師に医療的に無益な治療を強制することはできないという意味で理解されているのであるが、他方で、医師がもっぱら厳格な医学 的クライテリアに従って、人間的な同情心や慈悲心のない決定をすべきではない﹁灰色領域 L の存在することも承認されているよ うである。家族の納得なしに医師が一方的に人工呼吸器を止めるようなことが広く行なわれているとすれば、社会問題となってい るだろうから、それはあり得ないと思われる。しかし、かなり短時間で人の死を受容できるという文化的あり方が日本人には情緒 的に納得できないのであろうか。その点について、オランダ人にも同じような悲哀感情はあるといわれた。悲京処理の過程は重要 である。だから、臨終の場での別れの挨拶、死者との別れの儀式を行なうことも遺族の権利である。アンピパレントな感情の存在 を否定することはできないが、それは感情の問題であって、再び蘇ることはないという﹁死﹂の事実は事実として認めるというこ とであるようだ。しかし、二!三週間あまり人工呼吸器を装着して、臓器が悪化していく過程を傍観(?)することは、遺族の立 場からしても(いわゆる二人称の死としてさえも)、別れのプロセスとして体験されるよりは、逆に非人道的であると思える文化 感覚があるのかもしれない。オランダにおいて、安楽死が末期段階における個人の選択として尊厳ある死のひとつであると考えら れるのも、最期を意識不明の状態で過ごすことを人間的な品位の低下として厭う心性があることと無関係ではあるまい J

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人工呼吸器の装着はどこの病院でも同様な手続きで行なわれるのか。 ││人工呼吸器につなぐかどうかは医療的決定だが、病院によって扱いが異なることがある。ラトパウト病院では心拍のないケー スでは人工呼吸器を装着しないが、装着するところもある。 脳死判定の基準、時点も、病院によって異なることがあり得るのか。 ││(ダレン氏﹀相違がある。オランダでは三つの方法が使用されている。そのひとつは、身体的諸テスト、心拾の有無等を調査 した後、第一回の脳波検査をする。そして、六時間後に再度、同じ検査をする。もうひとつは、身体的諸テスト、心拍の有無、脳 波検査の後、第一回の自発呼吸のテストをする。まず、純度一

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分間チューブから送り出しながら、人工呼吸器 を外す。そして、血中の二酸化炭素分圧を測定する。第二回目のテストでも同じく二酸化炭素分圧を測定し、自発呼吸が不可能で、 回復不可能であることが証明された場合には、絶対的に脳死していると判定される。この方法がオランダでは最も頻繁に使用され ている。オランダ保健審議会は、これら二つの方法を推薦している。第三の方法は、血管撮影だが、これは五分後の脳の循環をテ ストすることになる。この方法はあまり使用されていない。 保健審議会は、病院相互間の相違を止揚し、統一性を保つために、第一回の脳波検査で脳死を判定してよいと勧告している。 135一一オランダ臓器提供法の成立 オランダでは臓器提供について同意を与えるのは患者の自己決定が原則であるとされているが、事前に本人の明示的な意思表示 のない場合には遺族がアプローチされる。その際、遺族は患者が生きていたとすれば何を優先するかを医師側と議論することが適 切であると考えられているというととである。そして、例えば、第二回の脳波検査の確認前にドナ1の家族と話し合いがもたれる 場合もあるが、法的な意味における家族の同意は患者の死後に得られるものであると理解している。いずれにせよ、その際、患者 及びその遺族は弱い立場にあることがおそれられているという事実はないか。事実上の強制、半強制的な事態があり得るのではな いかという意見は聞かれないのか。

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日本の医師・患者関係のあり方はかつてのドイツ・宝アルに類似したものと承知している。医療現場の雰囲気は

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第9巻2号一一136 医師中心主義的であって、とりわけ、重篤な患者または末期患者が問題であるとき、患者自身よりはその家族と相談されることが 多いようである。このような日本の医療的・法的文化の中では患者の自己決定権は高い敬意を払われておらず、従って、医師まか せになるなど日本人の患者の立場は相当に弱いと聞いている(え・開

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・ ) 。 い ま の 質 問 の 趣 旨 は 、 オランダの医師たちが患者に対して権威的に対処することはないかということだと思う。 l l l ︿ダレン氏)日本のことはわからないが、確かに、この地域に隣接したドイツの領域からやって来るドイツ人の患者たちは、 しばしばオランダ人の患者たちと異なって、医師に対する態度に違いがあることを体験している。比較的にみれば、ドイツの医師 のあり方はオ l ソラティブ・モデルによっているといえるかもしれない。オランダの病院医・専門医もかつては多少ともオ i ソ ラ ティブ・モデルによっていたといえるだろうが、ネゴジエ I ション・モデルへ向かっている。患者は医師に対して自己の言い分を 主張するし、率直に質問もする。交渉しながら、医療法を選択するという仕方が始まっている。転換期である。臓器提供について いえば、医師側が強く迫るというようなことは行なわれていない。(なお、昨年、オランダでは﹁患者の権利法﹂が施行された。 例えば、二ハ歳以上の者が適切な医療情報を受け、治療法について適切に知らされた後に、これを拒否するときには、医師はその 決定に従わなければならない。二一歳以上二ハ歳未満の者の場合には治療の許可は両親と共に当該の未成年者から得なければなら ない(二重の許可制)が、逆に、その未成年者が治療を希望しない場合には、両親が治療を望んだとしても、治療され得ないとい った内容を含んでおり、少なくとも法的には患者の地位が強化されていると共に個人の自立性を重視する考え方を徹底する方向に あるように思われる。││筆者)

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ベゼル女史)脳死患者の臓器提供については、遺族がどのような圧力もなしにその同意・不同意を決定できるよう、まず臓 器が社会の人々に役立つことを簡単に説明した後、静かな別室で一二

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分程度の考慮と相談を遺族同士で自由にしてもらう。その後、 遺族から反対意思が表明されれば、それ以上の話は全くない。それは直ちに了解される。そして、その場合には人工呼吸器を止め ることについて説明し、納得を得る。臓器提供についてどのようなやり方で、家族と話し合っているかを記録したビデオがあるの で、後でお見せしたい。(インタビュー後、ビデオ視聴のため受像機を一室に運ぶなどの準備をしたのであるが、肝心のビデオ・

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テープが見つからず、今回は視聴の機会を逸した。﹀ 臓器提供法が先ごろ上院で採択されたが、登録システムを整備して、一九九八年に施行されるということである。登録システム の整備に相当の時聞を要するようだが、財政的・技術的問題などは別にして、どのような本質的な問題点が考えられるか。

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︿ベゼル女史﹀全成人の登録を奨励するということになるから、理論的にも、実際的にも、プライバシー問題が重要な課題で あると予想される。委員会を設置して論議されることになるが、私もその委員の一人である。(ダレン氏とベゼル女史は、プライ バシー問題が最も大きな問題だとこもごも肯きあいながら話された。一方、タック教授は、自分自身に関していえば、全く問題を 感じないと述べられた。それに対して、上記両氏は、﹁本当に?﹂とむしろ意外な様子だった。タック教授は、医療保険に加入す るときにも個人情報は提供しているではないかと応じられた。) 137一一オランダ臓器提供法の成立 以上、記憶とメモに基づいてイ γ タ ピ ュ l 内容を紹介した。脳死判定の方法などを医学的な意味において正確に理解したかどう か率直にいって自信はない。それはともかく、筆者にとって印象的であり、かっ興味深く思われたのは、ダレン医師とベゼル女史 が全く対等の立場で議論を交わしている雰囲気であった。日本の実情を知っているわけではないが、医師同士の聞でさえ、先輩・ 後輩間では対等に意見・議論を戦わせる関係はなりたちにくいのではないかと想像する。ところが、ここでは、一一例にすぎないと はいえ、ベゼル女史の方に全く遠慮らしきものがないのである。例えば、ダレン医師の話の途中でも、ベゼル女史が割って入って、 私の意見では、私たちのやり方では、と口をはさむ。ダレン氏は静かに耳を傾け、そして背いたり、反対意見を述べたりする。も ちろん、タック教授も割って入る。そういうやりとりのかたわらで、これがオランダの医療現場の流儀なのかと感じた次第だった。

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あとがきに代えて

本稿の冒頭で、二

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万人のドナ l ・ カ l ド所持者について触れた。これは現行の制度、つまり、もっぱら個人の善意をもって 病院またはホlムドクターの待合室に備えられたカlドを任意に入手して、臓器提供の意思を記入するやり方のもとでの数字であ

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第9巻2号一一138 る。これが同様のシステムをもった他の諸国と比較して多いか少ないかを判断できる資料はもっていないが、決して少ない数字で はないと思われる。臓器の割り当てはヨーロッパ・トランスプラントを媒介してなされるので、関係諸国に不祥事が起これば、オ ランダ社会にも動揺の起こることは必然であろう。前稿を記した当時には、臓器提供をめぐるオランダ国民の不信感や不安がどこ で起こった疑惑に由来するものか知らないでいたが、上院の質疑応答の記録による限りはオランダ国内の問題ではなかったことが 了解される。そして、死後の臓器提供率はむしろ上昇傾向にあるらしいことが報告されている。オランダ政府が想定しているよう に、広い啓発活動の進展と共に登録システムが実施されるようになれば、臓器提供に同意する旨の意思登録はさらに増大するかも しれない。オランダ園内に関する限り、脳死判定と臓器提供をめぐって医療不信の事実はほとんどないように思われる。一方、今 回の登録システムのターゲットは﹁沈黙する﹂人々の大きなグループに向けられていることがわかった。自己の死後を予想して、 自発的に臓器提供の意思表示をすることへの心理的ためらいは想像できることである。そうであるからこそ、多くのヨーロッパ諸 国は、自己決定することの罰難を回避させ、明示的な異議を登録した者だけを除外するという政策的立場から反対意思表示方式を ハ I ﹀ 採用しているのであろう。オランダ下院における議論でも、政府の同意方式の提案に対して、むしろ、反対意思表示方式を是とす る意見が多数を占めた(投票多数)ため、一度、政府は提案を撤回して、研究し直すという一幕もあったほどである。一九七八年、 ヨーロッパ評議会の閣僚委員会は反対意思表示方式を最高のシステムとして勧告していた。しかし、一九八七年、ヨーロッパ評議 会は、より注意深く、より慎重に、死者の意思はどうであったかが常に確認されるべきであり、それは異なった法形式で規定する ことが可能であるとして、同意方式、反対意思表示方式のいずれでもよいと個々の国に対して提案し直した。結局、オランダの法 政策は、焦点を患者の直接的な意思にすえて、同意も異議も不明確でなく決定する市民の自発性の向上(議論の活性化、気還の醸 成﹀に期待したことになる。彼らが自ら決定せず、また決定を特定の親族にも委ねなかった場合には、法定の順序で遺族が決定す ることになると規定された(第一一条)。現行の遺体処理法の場合と同様に、本人の意思の村度が認められることになった。これ が自己決定権を侵害するかどうかに関する上院の論議については紹介した。遺族による代理の同意(または異議﹀を認める現実的 な動機は臓器提供の増大という社会的利益の増進である。一方、遺族が考慮すべきことは患者が生きていたとすればどちらを優先 するだろうかということであるとされる。登録システムの構想の通りにことが運ぶことを想定すると、全成人は、一般的な社会的

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139一一オランダ臓器提供法の成立 啓発活動を通して、この法律のシステムを周知することになる。そして、一八歳以上の者には自治体を経由して、個人的にドナ l 登録用紙及び説明書が送付される。それは社会的にまたは家族問で話題にされるであろう。意思を明示したい者は同意または異議 を自ら登録するだろう。特定の家族成員に決定を委ねたい者は、その者の名前を登録するだろう。指名される者は相談を受ける場 合もあるだろうが、法律的には一方的に指名するだけでよく、その事前の同意・不同意、既知・不知は関われない。何の登録もな ければ、法定の順序で遺族の意思が尋ねられることになる。遺族のない者はドナーとはならないとされている。ここまで制度が完 備されるととを考えると家族聞で臓器提供について話し合ったことがないというケ l スはよほど例外的な場合に限られるように思 われる。家族の折り合いが悪くて、話し合えないケ i スはあるだろうが、その場合には提供の意思がなければ、異議を登録するよ うに想像される。しかし、どのような理由にせよ、登録もなく、本人の意思がどこにあるか全くわからないケ l スについてはどの ように考えられるのであろうか。臓器提供について依頼の説明を受ける遺族に全く道徳的プレッシャーがないとはいえないだろう。 しかし、法律は遺族聞に意見の相違がある場合には同意があるものとはいえないと規定している。静かな別室での一定の考慮時聞 を経て、遺族が異議を唱えるときには、それ以上無理強いするような事実は一切ないとすると、故人の信条・価値観からかけ離れ た決定は可及的に避けられると了解されたことになるであろうか。 この点に関連して、筆者が見聞したひとつのエピソードを語りたい。オランダ人の法学教授 A 氏は現行のドナ l ・コディシル (紙片)をポケットの財布に常時携帯されている。夫妻との雑談の際に、話題がそのことに及んだので、 A 夫人も同様のドナ 1 ・ カ l ドを所持されているかを尋ねた。夫人は忙しく暮らしているのでまだ十分に考えていないと答えられた。 A 氏にご自身の臓器 提供の意思について夫妻で話し合われたのか

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うかを尋ねると、妻は自分の考え方を理解しているので、自分の考えに従うのだと い わ れ た 。 A 氏の取り出したドナ l ・ カ I ドは以前みせてもらった古いカ 1 ドと異なり新品だった。古くなると擦り切れ、文字が 不鮮明になるので、時々、書き換えることにしている。妻はちゃんとしたプラスティク製のカ l ドを買うよう薦めるのだが、自分 の臓器を提供するのにわざわざ余計な高い金など払いたくないのでね、とオランダ式のジョークで供笑された。日本人的発想から は、夫人自身の臓器提供についての本音はどこにあるのだろう、とさらに問うてみたいところであるが、いずれにせよ、パートナ ーの意思はパートナーのもの、自分の意思は自分のものという明快な割り切り方があるのかもしれない。夫唱婦随またはその逆の

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