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夏曽佑『最新中学教科書 中国歴史』訳注(一)

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タイトル(英) Commentary on Hsia Tseng‑yu's The Latest Textbook of Chinese Ancient History for High School (I)

著者 井澤, 耕一

雑誌名 茨城大学人文社会科学部紀要. 人文コミュニケーシ

ョン学論集

号 1

ページ 127‑132

発行年 2017‑09

URL http://hdl.handle.net/10109/13343

(2)

夏 曽 佑 ﹃ 最 新 中 学 教 科 書   中 国 歴 史 ﹄ 訳 注 ︵ 一 ︶ 二 九 要 旨 お よ び 凡 例 一 ︑ 本 訳 稿 は 清 末 民 国 の 学 者 夏 曽 佑 ︵ 一 八 六 三 ︱ 一 九 二 四 ︶ が ︑ 光 緒 三 十 年 ︵ 一 九 〇 四 ︶ か ら 三 十 二 年 ︵ 一 九 〇 六 ︶ に か け て 出 版 し た ﹃ 最 新 中 学 教 科 書   中 国 歴 史 ﹄ 全 三 冊 の う ち ︑ 第 一 冊 ・ 第 二 冊 部 分 を 全 訳 し 注 釈 を 加 え た も の で あ る ︒ 本 書 全 体 で は ︑ 人 類 の 起 源 か ら 魏 晋 南 北 朝 ま で の 歴 史 を 記 述 し て い る ︒ 内 容 に つ い て ︑ 夏 氏 は 清 末 中 国 を 席 巻 し た 新 学 を 支 持 し て お り ︑ そ う な る と 本 書 は 今 文 経 学 の 観 点 か ら 中 国 史 を 綴 っ て い る と 考 え ら れ る ︒ 注 釈 者 は す で に 人 文 学 部 紀 要 ﹃ 人 文 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 学 科 論 集 ﹄ 第 二 十 二 号 ︵ 二 〇 一 七 ︶ に お い て ︑ 古 文 経 学 者 の 劉 師 培 著 ﹃ 中 国 歴 史 教 科 書 ﹄ の 訳 注 を 発 表 し て お り ︑ 今 後 も 各 書 の 訳 注 を 交 互 に 連 載 し て い く 予 定 で あ る ︒ 二 ︑ ﹃ 最 新 中 学 教 科 書   中 国 歴 史 ﹄ の 本 文 は ︑ 楊 琥 編 ﹃ 夏 曽 佑 集 ﹄ 下 巻 ︵ 上 海 古 籍 出 版 社 ︑ 二 〇 一 一 年 ︶ 所 収 の 校 点 本 を 底 本 と し た ︒ 三 ︑ 本 文 と 自 注 と を 区 別 し や す く す る た め に ︑ 本 文 は 太 字 と し ︑ 本 文 中 に 挿 入 さ れ て い る 著 者 の 自 注 は 原 書 に 従 っ て 小 字 と し た ︒ 四 ︑ ︹ 注 釈 ︺ で は 可 能 な 限 り 本 文 中 の 引 用 文 の 出 典 を 明 ら か に し ︑ ま た 本 文 お よ び 原 注 に 誤 り や 不 足 に 対 し て 訂 正 ︑ 補 足 を 行 っ た ︒ 五 ︑ 本 文 及 び 注 中 の ﹃   ﹄ は 書 名 を 示 す が ︑ 書 名 で あ る か 否 か の 判 断 が 困 難 な 場 合 ︑ 書 名 に 準 ず る も の に も 使 用 し た ︒︵     ︶ は 訳 者 に よ る も の で ︑ 術 語 の 解 説 や 意 味 の 補 足 に 用 い た ︒ 六 ︑ 原 文 の 表 記 に は 旧 字 体 ︑ 訳 文 ・ 注 釈 中 の 書 き 下 し 文 の 表 記 に は ︑ 常 用 漢 字 体 ︑ 現 代 仮 名 遣 い を 用 い た ︒

最 新 中 學 教 科 書 中 國 歷 史

第 一 冊

  智 莫 大 於 知 來 、 來 何 以 能 知 、 據 往 事 以 爲 推 而 已 矣 。 故 史 學 者 、 人

所 不 可 無 之 學 也 。 雖 然 、 有 難 言 者 。 神 州 建 國 既 古 、 往 事 較 繁 、 自 秦

以 前 、 其 紀 載 也 多 歧 、 自 秦 以 後 、 其 紀 載 也 多 仍 、 歧 者 無 以 折 衷 、 仍

者 不 可 擇 別 。 況 史 本 王 官 、 載 筆 所 及 、 例 止 往 事 、 而 街 談 巷 語 之 所 造 、

屬 之 稗 官 、 正 史 缺 焉 。 治 史 之 難 、 於 此 見 矣 。 然 此 猶 爲 往 日 言 之 也 。 洎 乎 今 日 、 學 科 日 侈 、 日 不 暇 給 、 既 無 日 力 以 讀 全 史 、 而 運 會 所 遭 、 夏 曽 佑 『 最 新 中 学 教 科 書   中 国 歴 史 』 訳 注 ( 一 )

井     澤         耕     一

﹃ 人 文 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 学 論 集 ﹄ 一 号 ︑ 二 九

-

三 四 頁

© 2017  茨城大学人文社会科学部(人文社会科学部紀要)

(3)

井 澤   耕 一 三 〇

人 事 將 變 、 目 前 所 食 之 果 、 非 一 一 於 古 人 證 其 因 、 即 無 以 知 前 途 之 夷

險 、 又 不 能 不 亟 讀 史 、 若 是 者 將 奈 之 何 哉 。 是 必 有 一 書 焉 、 文 簡 於 古

人 、 而 理 富 於 往 藉 、 其 足 以 供 社 會 之 需 乎 。 今 茲 此 篇 、 即 本 是 旨 、 而

學 殖 時 日 皆 有 不 逮 、 疏 謬 之 譏 、 知 不 可 免 、 亦 聊 述 其 宗 趣 云 爾 。

錢 唐 夏 曾 佑 敘

〔現代語訳〕

  人 の 智 に お い て 未 来 を 知 る こ と が 最 上 で あ る 。 そ れ で は 未 来 は ど

の よ う に す れ ば 知 る こ と が で き る の だ ろ う か 、 過 去 に 拠 っ て 推 測 す

る し か な い 。 そ れ ゆ え 史 学 は 、 我 々 に と っ て 無 視 で き な い ( 重 要

な ) 学 問 な の で あ る 。 し か し そ う は い っ て も 、( 史 学 に お い て ) 説

明 し 難 い こ と が あ る 。 我 が 国 は 建 国 さ れ て か ら す で に 久 し く 、 過 去

に 起 こ っ た 出 来 事 は 多 い 。 秦 以 前 、 史 事 の 記 載 は ( 一 致 せ ず ) 多 岐

に わ た っ て お り 、 秦 以 後 は 、 逆 に 大 半 が 相 違 す る こ と な く 一 致 し て

い る 。 つ ま り 「 多 岐 に わ た る 」 と は 、 折 衷 さ れ て い な い こ と 、「 相

違 す る こ と な く 一 致 し て い る 」 と は 、 選 択 の 余 地 が な い こ と も 意 味

し て い る 。 ま し て 史 官 は 本 来 王 に 仕 え た 官 で あ る か ら 、 そ の 記 録 は

王 の 事 績 の み で 、 民 間 で の 風 聞 は 、 稗

はいかん

官 ( 身 分 の 低 い 役 人 ) の 領 域

な た め 、 正 史 に は 記 さ れ て い な い 。 歴 史 を 研 究 す る 難 し さ は 、 以

上 の こ と か ら も 明 ら か で あ る 。 そ れ で も 史 学 は や は り 過 去 を ( 知

る ) た め に 説 か れ る も の な の で あ る 。 今 日 、( 学 校 に お い て ) 学 科

が 日 増 し に 増 加 し 続 け 、 学 ぶ 者 も 日 々 多 忙 で 、 懸 命 に 全 史 を 読 む 時

間 も 無 い 。 も し 時 運 の 赴 く と こ ろ に よ り 、( 運 命 的 に ) 人 の 世 が 変 わ っ て い く と す る な ら ば 、 目 の 前 に あ る 果 実 は 、 そ の 一 つ 一 つ が 古

の 人 々 に よ り 栽 培 さ れ た お か げ だ と は 思 わ な く な っ て し ま い 、 も し

目 の 前 の 途 が ど う な っ て い る の か が 分 か ら な け れ ば 、 あ わ た だ し く

歴 史 書 を 読 み 飛 ば す ば か り で 、 こ れ で は ま っ た く ど う し よ う も な い

の で あ る 。 結 局 、 文 章 が 古 人 の そ れ よ り 簡 明 で 、 か つ 過 去 の 書 籍 よ

り 理 に 富 み 、 そ し て 社 会 の 需 要 に 応 え ら れ る 、 そ の よ う な 書 物 が 絶

対 に 必 要 な の で は な い だ ろ う か 。 本 書 は そ の 趣 旨 に 基 づ い た も の だ

が 、 い ま だ 浅 学 菲 才 の 身 で あ り 、 誤 り の 誹 り は 免 れ な い が 、 こ こ に

本 書 の 趣 旨 を い さ さ か 述 べ る 次 第 で あ る 。

銭 唐 ( 杭 州 市 ) 夏 曾 佑 敘

凡 例

  講 堂 演 述 、 中 學 較 西 學 爲 難 、 西 學 有 塗 轍 、 中 學 無 塗 轍 也 。 是 編 有

鑑 於 此 、 故 於 所 引 之 書 、 皆 於 其 下 作 一 記 號 。 如 第 三 節 一 、 檢 附 卷 中

第 三 節 ( 一 )、 即 可 知 其 出 處 。 其 不 作 記 號 者 、 皆 二 十 四 史 之 文 、 因

是 編 以 二 十 四 史 爲 底 本 、 故 不 復 注 其 出 處 也 。 其 正 史 與 他 書 交 錯 於 一 處

者 ︑ 仍 注 出 處 ︒ 其 一 節 中 徵 引 過 繁 者 ︑ 均 注 出 處 於 本 文 之 下 ︑ 不 復 編 號 ︑ 以

省 錯 誤 ︒

  是 編 分 我 國 從 古 至 今 之 事 爲 三 大 時 代 、 又 細 分 之 爲 七 小 時 代 、 每 時

代 中 於 其 特 別 之 事 加 詳 、 而 於 普 通 之 事 從 略 。 如 言 古 代 則 詳 於 神 話 、

周 則 詳 於 學 派 、 秦 則 詳 於 政 術 是 也 。 餘 類 推 。

(4)

夏 曽 佑 ﹃ 最 新 中 学 教 科 書   中 国 歴 史 ﹄ 訳 注 ︵ 一 ︶ 三 一   書 中 所 引 人 名 、 地 名 、 各 從 其 所 本 之 書 、 而 見 於 標 題 及 案 語 中 者 、

則 以 至 通 行 之 書 爲 本 。 如 包 犧 之 名 、 即 用 『 易 』 文 也 。 餘 類 推 。

  古 地 在 今 何 處 、 已 注 於 逐 句 之 下 、 別 附 以 沿 革 圖 、 以 期 明 白 。 惟 各

圖 限 於 篇 幅 、 不 能 甚 詳 、 往 往 有 郡 無 縣 、 惟 以 今 圖 證 之 、 即 可 了 了 。

  列 史 年 表 與 古 人 著 述 、 有 與 史 事 關 係 極 切 、 而 其 物 又 無 可 刪 節 者 、

皆 全 篇 附 入 、 以 供 博 考 。

  歷 史 必 資 圖 書 、 然 中 國 古 圖 畫 不 傳 、 後 人 所 補 作 者 、 甲 造 乙 難 、 迄

無 定 論 、 是 編 一 概 不 錄 。

  中 國 歷 史 體 段 太 大 、 倉 猝 編 述 、 漏 誤 必 多 、 當 於 再 版 時 加 以 釐 正 。

〔現代語訳〕

  講 義 の 際 、 中 国 学 が 西 洋 の 学 問 と 比 べ て 困 難 な の は 、 西 洋 学 に お

い て 学 問 の 手 法 が 確 立 し て い る の に 対 し て 、 中 国 学 に は そ れ が 無 い

か ら で あ る 。 本 書 は そ れ に 鑑 み 、 引 用 し た 書 に つ い て は 、 そ の 箇 所

に 記 号 を 付 し た 。 例 え ば 第 三 節 の 注 一 に つ い て 、 検 索 巻 で は 第 三 節

( 一 ) と し 、 そ こ で 出 典 が わ か る よ う に し た 。 本 文 中 に お い て 記 号

が 付 さ れ て い な い 箇 所 は 、 す べ て 二 十 四 史 の 文 で あ る 。 本 書 は 二 十

四 史 を 底 本 と し て い る た め 、 改 め て そ の 出 典 を 注 記 し な か っ た 。 正

史 と 他 書 の 記 事 が 同 一 で あ る 場 合 ︑ 出 典 を 注 記 し た ︒ ま た 一 節 中 に 繰 り 返

し 引 用 す る 場 合 は ︑ 本 文 の 後 に 注 記 し ︑ 誤 解 を 避 け る た め 番 号 は く り か え

し て 付 さ な か っ た ︒

  本 書 は 我 が 国 の 歴 史 を 古 代 か ら 今 に 至 る ま で 三 つ の 時 代 に 分 け 、

さ ら に そ れ を 七 つ の 時 代 に 細 分 し て い る 。 特 別 な 史 事 は 詳 細 に 、 そ う で な い 場 合 は 簡 略 に 記 述 し た 。 た と え ば 古 代 で は 神 話 を 、 周 で は

学 派 を 、 秦 で は 政 術 を 詳 述 し て い る 。 以 下 類 推 さ れ た い 。

  書 中 引 用 し た 人 名 ・ 地 名 は 典 拠 と し た 書 籍 に 基 づ き 、 標 題 及 び 案

語 に つ い て は 、 最 も 通 行 し て い る 書 籍 に 依 っ た 。 例 え ば 「 包 犧 」 の

名 称 は 『 易 』( 繋 辞 伝 下 ) の 文 に 依 っ て お り 、 以 下 類 推 さ れ た い 。

  古 代 の 地 が 今 の ど こ に 該 当 す る か に つ い て は 、 各 文 に 注 を 付 け 、

別 に 「 沿 革 図 」 を 付 し て 、 明 確 さ を 期 し た 。 た だ し 各 図 と も 紙 幅 の

関 係 で 、 き わ め て 詳 細 と ま で は い か ず 、 郡 ま で は 記 し た が 県 は 記 し

て い な い 。 た だ 現 在 の 地 図 に よ っ て 確 か め れ ば 、 す ぐ さ ま 明 ら か と

な ろ う 。

  年 表 と 古 人 の 著 述 は 、 史 実 と 極 め て 関 係 が 深 く 、 ま た 削 除 す べ き

も の で な け れ ば 、 全 編 を 付 録 し て 、 参 考 に 供 し た 。

  歴 史 で は 図 冊 が 助 け と な る が 、 し か し 中 国 で は 古 の 図 画 は 伝 わ っ

て お ら ず 、 後 代 の 者 が 補 作 し た も の で あ る 。 一 方 が 作 る と も う 一 方

が 批 難 し 、 定 説 と し が た い の で 、 本 書 で は 一 概 に 収 録 し な い こ と と

し た 。

  中 国 史 の 規 模 は 極 め て 広 大 で あ り 、 今 回 急 ぎ 編 纂 ・ 記 述 し た の

で 、 漏 れ や 誤 り が 必 ず や 多 い だ ろ う 。 よ っ て 再 版 の 際 、 修 正 を 加 え

よ う と 思 う 。

(5)

井 澤   耕 一 三 二 第 一 篇   上 古 史 第 一 章   傳 疑 時 代 第一節 世界之初

  人 類 之 生 、 決 不 能 謂 其 無 所 始 。 然 言 其 所 始 、 說 各 不 同 、 大 約 分 爲

兩 派 。 古 言 人 類 之 始 者 、 爲 宗 教 家 、 今 言 人 類 之 始 者 、 爲 生 物 學 家 。

宗 教 家 者 、 隨 其 教 而 異 、 各 以 其 本 群 最 古 之 書 爲 憑 。 世 界 各 古 國 、 如

埃 及 (

Egypt

)、 巴 比 倫 (

Babylon

)、 印 度 (

India

)、 希 伯 來 (

Hebrew

等 、 各 自 有 書 、 詳 天 地 剖 判 之 形 、 元 祖 降 生 之 事 、 其 說 尚 在 、 爲 當 世

學 者 所 知 。 而 神 洲 、 亦 其 一 也 。 顧 各 國 所 說 、 無 一 同 者 、 昔 之 學 人 、

篤 於 宗 教 、 每 多 入 主 出 奴 之 意 。 今 幸 稍 衰 、 但 用 以 考 古 而 已 。 至 於 生

物 家 者 、 創 於 此 百 年 以 內 、 最 著 者 英 人 達 爾 文 (

Darwin

) 之 種 源 論

Origin of Species

)。 其 說 本 於 考 察 當 世 之 生 物 、 與 地 層 之 化 石 、 條

分 縷 折 、 觀 其 會 通 、 而 得 物 與 物 相 嬗 之 故 。 由 古 之 說 、 則 人 之 生 爲 神

造 、 由 今 之 說 、 則 人 之 生 爲 天 演 、 其 學 如 水 火 之 不 相 容 。 此 二 說 者 、

若 欲 窮 其 指 歸 、 則 自 有 專 門 之 學 在 、 非 本 篇 所 暇 及 。 本 篇 所 以 首 及 此

者 、 因 討 論 歷 史 、 幾 無 事 不 與 宗 教 相 涉 、 古 史 尤 甚 、 故 先 舉 此 以 告 學

者 、 庶 幾 有 所 別 擇 焉 。

〔現代語訳〕

  人 類 の 起 源 は 、 始 ま り が な か っ た と は 絶 対 に い え な い 。 し か し そ

の 起 源 に つ い て 、 学 説 は 各 々 違 っ て お り 、 大 ま か に は 二 派 に わ か れ

る 。 古 に お い て 人 類 の 起 源 を 説 い た の は 、 宗 教 者 で あ り 、 現 在 そ れ を 述 べ て い る の は 、 生 物 学 者 で あ る 。 宗 教 者 は そ の 教 え に 基 づ い て

( 主 張 が ) 異 な っ て お り 、 各 々 が そ の 宗 派 に お い て 最 古 の 書 を 根 拠

と し て い る 。 世 界 の 古 代 国 家 、 た と え ば エ ジ プ ト (

Egypt

1

、 バ ビ ロ

ニ ア (

Babylon

2

、 イ ン ド (

India

3

、 ヘ ブ ラ イ (

Hebrew

4

等 は そ れ ぞ

れ 書 籍 を 有 し て お り 、 天 地 創 造 や 教 祖 降 臨 を 詳 述 し て い る 。 そ の 説

は 今 も 存 在 し て お り 、 現 在 の 学 者 も そ れ を 了 解 し て い る 。 そ し て 我

が 神 州 も そ の 一 つ で あ る

5

。 各 国 の 説 を 見 て み る と 、 一 つ と し て 同 じ

も の が な い 。 な ぜ な ら 昔 の 学 者 が 、 宗 教 に 詳 し く 、 常 に そ の 多 く が

自 ら の 信 仰 の み に 囚 わ れ て い た か ら で あ る 。 今 で は 幸 い に 次 第 に そ

れ は 廃 れ 、 た だ 古 代 の 事 象 を 考 察 す る 際 に の み 用 い ら れ て い る 。 生

物 学 者 に つ い て は 、 こ こ 百 年 以 內 に 創 ま り 、 最 も 著 名 な の は イ ギ リ

ス 人 の ダ ー ウ ィ ン (

Darwin

) の 『 種 の 起 源 (

Origin of Species

)』 で

あ る

6

。 そ の 説 は 現 在 の 生 物 及 び 地 層 の 化 石 を 調 査 し 、 一 つ 一 つ 分 析

し 、 そ の 共 通 点 を 観 察 し 、 生 物 間 の 変 遷 を 発 見 す る こ と を 本 旨 と す

る 。 古 の 説 に よ れ ば 、 人 類 の 起 源 は 神 に よ り 創 造 さ れ た も の 、 今 の 說 に よ れ ば 、 人 類 の 起 源 は 進 化 に よ っ て 生 み 出 さ れ た も の で 、 そ の

学 は 水 と 油 の 関 係 に あ る 。 こ の 両 説 に つ い て 、 そ の 本 質 を 究 め よ う

と す る な ら ば 、 専 門 の 学 が 別 に 存 在 し て い る の で 、 本 書 で は そ れ に

論 及 し な い 。 た だ 本 書 で 冒 頭 そ れ に 論 及 し た の は 、 歴 史 を 論 議 す る

際 、 宗 教 と 関 わ ら な い こ と は 殆 ど 無 く 、 古 代 史 は と り わ け 顕 著 で あ

る か ら 、 よ っ て は じ め に 人 類 の 起 源 に 関 す る 議 論 を 提 示 し た の で あ

る 。 読 者 に お い て は ( 学 説 の 正 し い ) 選 択 を さ れ る こ と を 願 っ て い

る 。

(6)

夏 曽 佑 ﹃ 最 新 中 学 教 科 書   中 国 歴 史 ﹄ 訳 注 ︵ 一 ︶ 三 三 〔注釈〕

た ︒ ゲ ブ と ヌ ト は 抱 き 合 っ て い た た め ︑ 父 神 の シ ュ ウ が そ れ を 引 き 離 し ︑ 天 と み ︑ さ ら に シ ュ ウ と テ フ ヌ ト の 間 に 大 地 の 男 神 ゲ ブ と 天 空 の 女 神 ヌ ト が 誕 生 し ン よ り 生 ま れ た 男 神 ア ト ゥ ム は ︑ 大 気 の 男 神 シ ュ ウ と 湿 気 の 女 神 テ フ ヌ ト を 産

1

︶ エ ジ プ ト の 都 市 ヘ リ オ ポ リ ス に 伝 わ る ﹁ 創 世 神 話 ﹂ で は 以 下 の 通 り ︒ 混 沌 の 海 ヌ 地 が 生 ま れ た ︒︵ 荒 川 紘 ﹃ 東 と 西 の 宇 宙 観   西 洋 編 ﹄ 紀 伊 国 屋 書 店 ︑ 二 〇 〇 五 年 ︑ 五 三 頁 ︶ ︵

︵ 書 店 ︑ 二 〇 〇 五 年 ︑ 三 三 〜 三 四 頁 ︶   一 方 を 天 ︑ も う 片 方 を 地 と し た ︒︵ 荒 川 紘 ﹃ 東 と 西 の 宇 宙 観 西 洋 編 ﹄ 紀 伊 国 屋 海 の 神 テ ィ ア マ ト に 戦 い を 挑 み ︑ 彼 女 を 斬 殺 し ︑ そ の 死 体 を 二 つ に 切 り 裂 い て ︑

2

︶ バ ビ ロ ニ ア の 創 世 記 叙 事 詩 ﹃ エ ヌ マ ・ エ リ シ ュ ﹄ で は ︑ 神 々 の 王 マ ル ド ゥ ク は ︑

︵ ら バ イ シ ャ ︵ 庶 民 ︶︑ 足 か ら シ ュ ー ド ラ ︵ 奴 婢 ︶ が 生 じ た と 伝 え ら れ て い る ︒ か ら 風 ︑ 口 か ら バ ラ モ ン ︵ 司 祭 ︶︑ 両 腕 か ら ラ ー ジ ャ ニ ア ︵ 王 侯 ︑ 武 人 ︶︑ 腿 か 神 々 が 供 犠 の た め に プ ル シ ャ ︵ 原 人 ︶ を 殺 す と ︑ 眼 か ら 太 陽 ︑ 心 臓 か ら 月 ︑ 息

3

︶ 古 代 イ ン ド の 聖 典 ﹃ リ グ ・ ヴ ェ ー ダ ﹄ の 創 造 讃 歌 ﹃ プ ル シ ャ ・ ス ー ク タ ﹄ に は ︑ ロ ヒ ム ︶ は 天 と 地 と を 作 ら せ た ﹂ と あ る ︒︵

4

︶ ユ ダ ヤ 教 ・ キ リ ス ト 教 の 聖 典 で あ る ﹃ 旧 約 聖 書 ﹄ 創 世 の 書 ・ 第 一 章 に は ︑﹁ 神 ︵ エ

を 結 ん で お り ︑﹁ 物 競 天 択 ︑ 適 者 生 存 ﹂ の 進 化 論 に 賛 同 し て い る ︒ と 倫 理 ﹄ を 編 訳 し た ︵﹃ 天 演 論 ﹄ 一 八 九 八 ︶ 厳 復 ︵ 一 八 五 四 ︱ 一 九 二 一 ︶ と 親 交 は ︑ ダ ー ウ ィ ン の 擁 護 者 で あ っ た T H ハ ク ス リ ー ︵ 一 八 二 五 ︱ 九 五 ︶ の ﹃ 進 化 ︵ 一 八 五 九 ︶ や ﹃﹁ ビ ー グ ル 号 航 海 記 ﹄︵ 一 八 三 九 ︶ な ど が あ る ︒ ち な み に 夏 曽 佑 か り で な く 社 会 思 想 に も 大 き な 影 響 を 与 え た ︒ 著 作 に は 本 文 引 用 の ﹃ 種 の 起 源 ﹄ の 変 異 の 観 察 な ど を も と に ︑﹁ 自 然 淘 汰 説 ﹂ を 提 唱 ︑ 生 物 進 化 を 説 明 ︒ 生 物 学 ば 測 量 船 ビ ー グ ル 号 で 南 半 球 を 周 航 し て 動 植 物 ・ 地 質 を 調 査 し ︑ ま た 育 種 動 植 物

Charles Robert Darwin

︵ 6 ︶ ダ ー ウ ィ ン ︵ ︶︵ 一 八 〇 九 ︱ 八 二 ︶︑ イ ギ リ ス の 博 物 学 者 ︒ 血 液 は 江 河 と な っ た と あ る ︒ 左 眼 は 太 陽 に ︑ 右 眼 は 月 に ︑ 四 肢 は 東 ・ 西 ・ 南 ・ 北 の 果 て に ︑ 五 体 は 五 岳 に ︑ ︵ 5 ︶﹃ 五 運 歴 年 紀 ﹄ に は ︑ 巨 人 盤 古 は 死 ぬ 際 に 姿 を 変 え ︑ 気 は 風 や 雲 に ︑ 声 は 雷 鳴 に ︑ 講 談 社 学 術 文 庫 ︑ 二 〇 一 一 年 ︑ 一 四 頁 ︶  

F

・ バ ル バ ロ ﹃ 旧 約 聖 書 天 地 創 造 ﹄

第二節 地之各洲人之各種

  大 地 之 陸 、 分 爲 五 洲 。 吾 人 所 居 、 曰 亞 細 亞 洲 (

Asia

)、 其 西 曰 歐 羅 巴 洲 (

Europe

)、 其 西 南 曰 亞 非 利 加 洲 (

Africa

)、 再 西 曰 南 北 亞 美 利 加 洲 (

South and North America

)、 亞 洲 之 東 南 曰 澳 大 利 亞 洲

Australia

)、 是 爲 五 大 洲 、 其 名 皆 歐 羅 巴 人 所 命 也 。 其 居 此 五 洲 之 種 族 、 居 亞 洲 者 、 曰 蒙 古 利 亞 種 (

Mongolians

)、 居 亞 洲 之 南 及 各 島 中 者 、 曰 馬 來 種 (

Malays

)、 居 歐 羅 巴 洲 者 、 曰 高 加 索 種 (

Caucasians

)、

居 非 洲 者 、 曰 革 羅 種 (

Negroes

)、 居 美 洲 者 、 曰 印 第 安 種 (

Indians

)、

是 謂 五 種 、 其 名 亦 皆 歐 羅 巴 人 所 命 也 。 因 與 此 五 洲 ︑ 五 種 相 交 渉 ︑ 而 有

信 史 可 傳 者 ︑ 始 於 歐 羅 巴 人 ︑ 故 泰 東 之 言 洲 名 與 種 名 者 ︑ 不 得 不 用 其 所 立 之

名 也 ︒ 此 諸 種 人 、 在 上 古 時 、 大 約 聚 居 亞 細 亞 西 北 之 高 原 、 其 後 散 之

四 方 、 因 水 土 不 同 、 生 事 各 異 、 久 之 遂 有 形 貌 之 殊 、 文 化 之 別 。 然 其

語 言 文 字 之 中 、 猶 有 同 者 、 會 而 通 之 、 以 觀 其 分 合 之 跡 、 此 今 日 之 新

科 學 也 。 中 國 位 於 亞 洲 之 東 、 而 屬 於 蒙 古 利 亞 種 、 案 ︑ 亞 細 亞 本 亞 洲 西

方 之 一 小 地 ︑ 而 蒙 古 又 胡 人 一 分 族 之 名 也 ︑ 殆 不 足 以 概 中 國 ︒ 歐 人 云 云 ︑ 亦

以 偏 概 全 之 例 爾 ︒ 此 族 之 史 、 爲 吾 人 本 國 之 史 、 本 書 所 講 演 者 此 也 。

〔現代語訳〕

  大 陸 は 五 つ に 分 か れ て お り 、 我 々 が 住 ん で い る の は ア ジ ア

Asia

)、 そ の 西 は ヨ ー ロ ッ バ (

Europe

)、 そ の 南 西 は ア フ リ カ

Africa

)、 さ ら に 西 は 南 北 ア メ リ カ (

South and North America

)、

ま た ア ジ ア の 東 南 は オ ー ス ト ラ リ ア (

Australia

) と い い 、 こ れ が 五

(7)

井 澤   耕 一 三 四

大 陸 で 、 そ の 名 称 は ヨ ー ロ ッ パ 人 に よ っ て 命 名 さ れ た も の で あ る

︶1

こ の 五 大 陸 に 居 住 し て い る 種 族 に つ い て は 、 ア ジ ア に 居 住 し て い る

種 族 は 、 モ ン ゴ ル ロ イ ド (

Mongolians

) と い い 、 ア ジ ア の 南 及 び 各 島 嶼 に 居 住 し て い る 種 族 は 、 マ レ ー (

Malays

) と い い 、 ヨ ー ロ ッ パ に 居 住 し て い る 種 族 は 、 コ ー カ ソ イ ド (

Caucasians

) と い い 、 ア フ リ カ に 居 住 し て い る 種 族 は 、 ネ グ ロ イ ド (

Negroes

)、 ア メ リ カ に 居 住 し て い る 種 族 は 、 イ ン デ ィ ア ン (

Indians

) と い い 、 こ れ を 五 大

人 種 と 呼 ぶ が 、 そ の 名 称 も 同 じ く ヨ ー ロ ッ パ 人 に よ っ て 命 名 さ れ

2

。 五 大 陸 と 五 種 を 関 連 さ せ ︑ そ れ を 歴 史 書 に 依 り 伝 え た の は ︑ ヨ ー ロ ッ

パ 人 に 始 ま っ た ︑ そ の た め 東 洋 で は 世 界 の 大 陸 名 と 種 族 名 を 述 べ る 際 ︑ ヨ ー

ロ ッ パ 人 の 立 説 を 使 用 す る し か な か っ た の で あ る ︒ こ の 諸 種 族 は 、 上 古

時 代 に は 、 お お む ね ア ジ ア 西 北 の 高 原 に 居 住 し て い た が 、 そ の 後 四

散 し て 、 自 然 環 境 や 生 活 の 相 違 か ら 、 長 い 時 間 を か け て 結 局 顔 か た

ち や 文 化 が 異 な っ て い っ た の で あ る 。 し か し そ の 言 語 文 字 に お い

て 、 同 じ よ う な も の が あ り 、 意 味 も 通 じ る た め 、 そ れ に よ り 種 族 の

分 裂 と 合 併 の 跡 を た ど る こ と が で き る 。 こ れ が 今 日 の 新 科 学 な の で

あ る 。 中 国 は ア ジ ア の 東 に 位 置 し 、 モ ン ゴ ロ イ ド に 属 し て い る 。

案 ず る に ︑ ア ジ ア は も と も と ア ジ ア 大 陸 西 方 の 一 部 分 で あ り ︑ し か も モ ン

ゴ ル は 異 民 族 の 一 部 族 の 名 称 で あ る か ら ︑ そ れ で 中 国 の 概

おおむね

略 を 表 す こ と は

で き な い ︒ ヨ ー ロ ッ パ 人 が 言 っ て い る こ と は ︑ 偏 よ っ た 概 略 の 例 で あ る

︶3

こ の 民 族 の 歴 史 は 、 す な わ ち 我 が 中 国 の 歴 史 で あ り 、 本 書 述 べ て い

る の は こ れ な の で あ る 。 〔注釈〕

︵ 来 す る ︒

Terra Australis

ト ラ リ ア は ︑﹁ 南 の 大 陸 ﹂ を 意 味 す る ラ テ ン 語 の ﹁ ﹂ に そ れ ぞ れ 由

Africa terra

﹁ ﹂︑ ア メ リ カ は ︑ イ タ リ ア の 探 検 家 ア メ リ ゴ ・ ヴ ェ ス プ ッ チ ︑ オ ー ス

Erebu

る ア ッ シ リ ア 語 ﹁ ﹂︑ ア フ リ カ は ︑ ラ テ ン 語 で ﹁ ア フ リ カ 人 の 土 地 ﹂ を 表 す

1Asu

︶ ア ジ ア は ︑ 日 出 を 意 味 す る ア ッ シ リ ア 語 ﹁ ﹂︑ ヨ ー ロ ッ パ は ︑ 日 没 を 意 味 す

︵ リ カ ナ ︵ = イ ン デ ア ン ︶︑ マ ラ イ カ ︵ = マ レ ー ︶ の 五 種 に 分 類 し た ︒ カ ソ イ ド ︶︑ モ ン ゴ リ カ ︵ = モ ン ゴ ロ イ ド ︶︑ エ チ オ ピ カ ︵ = ネ グ ロ イ ド ︶︑ ア メ 五 大 人 種 説 で あ ろ う ︒ ブ ル ー メ ン バ ッ ハ は ︑ 一 七 七 五 年 ︑ コ ー カ シ ア ︵ = コ ー

Johann Friedrich Blumenbach

バ ッ ハ ︵ ︑ 一 七 五 二 ︱ 一 八 四 〇 ︶ に よ り 提 唱 さ れ た

2

︶ 本 文 引 用 の 人 種 説 は ︑ ド イ ツ の 人 類 学 者 ︑ ヨ ハ ン ・ フ リ ー ド リ ヒ ・ ブ ル ー メ ン る こ と が で き よ う か ﹂ と モ ン ゴ ル の 名 称 を 使 用 し た こ と を 批 判 し て い る ︒ モ ン ゴ ル は 宋 代 以 前 ︑ 東 北 の 小 さ な 部 落 に す ぎ ず ︑ ど う し て 東 方 民 族 を 総 称 す を 轟 か せ ︑ か く て モ ン ゴ ル の 名 称 が 東 方 民 族 全 体 を 指 す よ う に な っ た ︒ し か し と 呼 ん で い る ︒ 思 う に モ ン ゴ ル が 中 国 南 宋 末 期 に お い て ︑︵ 欧 州 に ︶ 侵 攻 の 脅 威 は ア ジ ア 東 部 の 諸 国 ︑ 朝 鮮 ︑ 日 本 ︑ 中 国 な ど ︵ の 人 種 ︶ を 称 し て ﹃ モ ン ゴ ル 人 種 ﹄ 偏 頗 な 見 方 と し て 批 判 し て い る が ︑ 劉 師 培 も ﹃ 中 国 歴 史 教 科 書 ﹄ 自 注 で ﹁ 西 洋 人

3

︶ 漢 民 族 を 含 む ア ジ ア の 人 種 を ︑ モ ン ゴ ル = 蒙 古 で 表 し た こ と に つ い て ︑ 夏 曽 佑 は

〔訳注者後記〕

  本 訳 稿 は 平 成 二 十 八 年 度 ― 三 十 一 年 度 科 学 研 究 費 基 盤 研 究 ( C )

( 課 題 番 号 一 六 K 〇 二 一 五 四 ) の 研 究 成 果 の 一 部 で あ る 。

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