博 士 ( 農 学 ) 吉 井 基 泰
学位論文題名
キュウリモザイクウイルスの増殖に 関与する宿主因子の遺伝学的研究
一 シロ イヌ ナズ ナを 利用 した アプ ロー チ―
学位論文内容の要旨
多 <の 植物 (十 )鎖RNAウ イル スに つい て, ゲノ ムの構造が解明され,さらにゲノ ムの 人工 改変 系の 確立 によ ルウイ ルス ゲノ ムに コー ドさ れた 遺伝 子の 発現 様式 およ ぴ遺 伝子 産物 の機 能に つい ての理 解は 進み つっ ある 。し かし なが ら, ウイ ルス 増殖 に関 与す る宿 主側 の因 子に 関する 知見 は数 える ほど である。植物(十)鎖RNAウイル スの 増殖 機構 を分 子レ ベル で理解 する ため には ,宿 主因 子と ウイ ルス 因子 の機 能を 踏ま えて 考え る必 要が あり ,増殖 に関 与す る宿 主因 子の 同定 とそ の機 能解 析を 行う ことが必須である。
植 物( 十) 鎖RNAウイ ルス が宿 主細 胞に 侵入 する と,感染細胞内で自らの複製を開 始 す る た め に ウイ ル ス 粒 子 か らゲ ノムRNAを露 出さ せる 。この 過程 は脱 外被 と呼 ば れ て い る 。 宿 主の り ボ ソ ー ム によ って ウイ ´レ スに コー ドさ れた ウイ ルスRNA依 存 RNA複 製 酵 素 サ ブ ユ ニ ッ ト が 翻 訳 さ れ , 相 補鎖RNAを 介 し たゲ ノム 複製 が起 こる 。 感染 細胞 内で 増殖 した ウイルスはプラスモデスマータを介して隣接細胞に移行する。
こ の 過 程 は 細 胞間 移 行 と 呼 ば れ て い る 。 プ ラ ス モ デ ス マ ータ には 排除 分子 量限 界 (size exclusion Limit; SEL)があり,通常700‑800 Daの低分子は自由に移行できるが,
そ れ 以 上 の 大 きさ の 分 子 に 対 して は障 壁と なる 。ウ イル スは このSELを 積極 的に 拡 大さ せて 隣接 細胞 に移 行す る。維 管束 系に 到達 した ウイ ルス は非 接種 上位 葉な どの 離れ た非 感染 部位 に移 行す る。こ の過 程は 遠隔 移行 と呼 ばれ てい る。 その 後, 遠隔 移行 した ウイ ルス は非 感染 部位に おぃ て複 製, 細胞 間移 行を 繰り 返し て全 身感 染に 至る 。植 物ウ イル スは ,増 殖の各 過程 にお いて ,宿 主に 本来 備わ って いる 機能 を利 用し て増 殖し てい ると 考え られる が, どの よう な宿 主因 子を 利用 して いる かは ほと んど明らかになっていない。
本 研究 では ,ウ イル ス増 殖に関 与す る宿 主因 子を 遺伝 学的 に同 定す るこ とを 目的 に, 宿主 とし て分 子遺 伝学 的解析 に広 く利 用さ れて いる シロ イヌ ナズ ナを 用い .ウ イ ル ス と し て は ウ イ ル ス 側 因 子 の 解 析 が 進 ん で い る キ ュ ウ リ モ ザ イ ク ウ イ ル ス (CMV)を 用 い て ,CMVの 増 殖 に 異 常 を き た し た シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ 突 然 変 異 株 を 単 離 し,遺伝学的解析を行った。
代 表 的 なCMVの1系 統 黄 斑 系(CMV‑Y)は , シ 口 イ ヌ ナ ズ ナ 野 生 型 ( エ コ タ イ プ ; Coト0)株 にお ぃて ,過 敏感 反応 を示 すこ とな く効 率よく増殖し,全身感染に至る。
した がっ て,Col−O株 はCMV−Yの増殖に必要な宿主因子を全て備えていると考えられ る。 そこ で,Col‑0株を エチ ルメ タン スル ホン 酸で 突然変異誘起処理し,得られた自 殖2世 代 目(M2)植 物 か ら , 感 染 植 物 体 内 で のCMVコ ー ト タ ン パ ク 質 の 蓄 積 量 を 指 標 にCMV増 殖 効 率 の 低 下 し た 突然 変異 株を 選択 した 。そ の結果 ,約4,800株 のM2植 物の 中か ら,CMVコ ート タン パク 質の 蓄積 がCol−O株よ りも有 意に 遅れ る2株の 突然 変異株(RB568およびRB663突然変異株)を単離した。
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遺 伝解 析の 結果 ,RB568お よびRB663突然 変異 株は それ ぞれ 核ゲ ノム 上に 異な る劣 性1因 子 変 異 を も つ こ と が 明ら か とな り, それ ぞれ に生 じた 原因 変異 をcuml‑lおよ びcum2‑1 (cucumovirus multiplication)と命名した。変異が劣性であることから,野生 型CUMIお よ びCUM2遺 伝 子 の 産 物 は ,CMVの 増 殖 を サ ポ ー ト す る よ う な 因 子 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 さ ら に , 遺 伝 的 マ ッ ピ ン グ の 結 果 ,CUMI遺 伝子 座 は 第4染 色 体 中 央 部 に ,CUM2遺 伝 子 座 は 第3染 色体 下 部 に 位 置 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 cum l‑lおよ びcum2‑1変異のウイルス特異性を調べた結果,cumJーJ変異は調べた限 りCMVの 増 殖 を 特 異 的 に 抑 制し , 分類 上異 なる グル ープ に属 する ウイ ルス であ るタ バ コ モ ザ イ ク ウ イ ル ス(TIVfV)お よ び タ ー ニ ッ プ ク リ ン ク ル ウ イル ス(TCV)の 増 殖 に は 影 響 を 及 ぼ さ な か っ た 。 一 方 ,RB663変 異 株 は ,TMVの 増 殖に は影 響を 及ぼ さ な か っ た が ,CMV以 外 にTCVの 増 殖 も 抑 制 し た 。 調 べ た 限 り ,RB663変 異 株 の 持 つCMVの 増 殖 を 抑 制 す る 変 異とTCVの 増 殖 を 抑 制 す る 変 異は 遺 伝 学的 に分 離す るこ と が で き な か っ た 。 従 っ て ,cum2‑1変 異 はCMVとTCVと ぃ う2種 類 の ウ イ ル ス の 増 殖に影響を及ぼすことが示唆された。
cuml‑J変 異 株 に お け るCMV増 殖 阻 害 あ る い はcum2ーJ変異 株 に おけ るCMVとTCVの 増 殖 阻害 が, それ ぞれ のウイ ルス 増殖 過程 のど の段 階で 生じ てい るの かを 知る ため に(i)接種葉におけるウイ´レス増殖,および(ii)プロトプラストにおけるウイル ス 増 殖を 調べ た。 接種 葉内で のウ イル ス増 殖を 調べ るこ とに より ,ウ イル ス増 殖阻 害 が 遠隔 移行 の過 程以 前の過 程に ある か否 かを 判別 する こと がで きる であ ろう 。さ ら に , 接 種 源 に ウ イ ル ス 粒 子 と ウイ ルスRNAを 用い るこ とに より ,脱 外被 が正 常に お き てい るか 否か も区 別でき る。 また ,プ 口ト プラ スト にお ける ウイ ルス 増殖 を調 べ る こと より 感染 細胞 内での 増殖 が正 常に おき てい るか 否か を知 るこ とが でき るで あ ろ う 。 こ の よ う に , (i冫と(ii)の 解析 結果 を併 せて 考え るこ とに より ,両 突然 変 異 株 に お け る ウ イ 少 ス 増 殖 阻 害が 起き るス テッ プを推 定で きる と考 えた 。CMV粒 子 あ る い はCMV RNAを 接 種 した 場 合 ,cuml‑l変 異 株 の 接 種 葉 に蓄 積す るCMVコ ート タ ン パ ク 蓄 積 量 は , い ず れ を 接 種し た場 合もCol‑0株よ りも 低下 して いた 。一 方,
cum l‑l変 異 株 プ ロ ト プ ラ スト 内 に お け るCMVRNA蓄 積 量 の 経 時変 化は 野生 型Col‑0 株 にお ける 経時 変化 と同 様で あっ た。 これ らの 結果 は,cum l‑l変異株において,接 種 葉内 にお ける 細胞 問移 行の 過程 でCMV増殖 が阻 害さ れていることを示唆している。
ま た ,cum2.J変異 株接 種葉 内に 蓄積 する ウイ ルス コート タン パク 質量 はCMV粒 子,
CMV RNA,TCV粒 子 あ る い はTCV RNAのい ず れ を 接 種 し た 場 合 も 野 生 型 株 よ り も 低 下 し てい た。 またcum2‑1変異 株プ 口ト プラ スト にお ける ウイ ルスRNA蓄 積量 はCol‑0 株 と 変 わ ら な か っ た 。 よ っ て ,cum2‑1変 異 株 に お ぃ て は ,CMVとTCVの2つ の ウ イ ルスの細胞間移行が阻害されていると考えられる。
本 研 究 で 初 め て , ウ イ ル ス 細 胞 間 移 行 を サ ポ ー ト す る と 推 定 さ れ る 宿 主 因 子 CUM1お よ びCUM2の 存 在 を 明 ら か に し た 。 多 < の 場 合 , ウイ ル ス の感 染が 成立 する か 否 か は 感 染 細 胞 か ら 隣 接 細 胞 に移 行で きる か否 かで決 まる 。CMV特 異的 な細 胞間 移 行 に 関 与 す る と 考 え ら れ るCUM1因 子 と ,CMVとTCVと い う 属 の 異 な る2種 の ウ イ ルス の細 胞間 移行 の過 程に 関与 して いる と示 唆さ れるCU M2因子の機能の解明は,
ウ イ ルス の細 胞間 移行 の機構 に関 する 理解 のみ なら ず, ウイ ルス の宿 主特 異性 に関 する理解にも大きく寄与するものと考えられる。
ウ イル スの 増殖 はウ イルス にコ ード され た因 子と 宿主 の持 つ因 子と の相 互作 用に よ っ て成 立す る。 しか しなが ら, 宿主 植物 がウ イル スの 増殖 をサ ポー トす るた めに 特 別 な機 能を 用意 して いると は考 えが たい 。ウ イル スは ,宿 主が 捨て るこ との でき な い 機 能 を 上 手 く 利 用 し て 増 殖 して いる と考 える のが適 当で ある 。CUM因 子の 研究 は 植 物の 持つ 機能 につ いての 新た な研 究方 策を 切り 開く のみ なら ず, ウイ ルス 耐性 植 物 の分 子育 種学 的研 究にも 新た な展 開を もた らす もの と期 待さ れる 。さ らに ,植 物 ウ イル スの 細胞 間移 行の通 路で ある プラ スモ デス マー タは 植物 の生 体内 にお いて も 物 質 輸 送 経 路 と し て 重 要 な 機 能 を 担 っ て い る 。 し た がっ て ,CUM1およ びCUM2因 子 の 植物 内で の機 能の 解明は ,植 物体 内の 物質 輸送 の機 構に 新し い光 を投 じる もの となろう。
学位論文審査の要旨 主査 教授 内藤 哲 副査 教授 千葉誠哉 副査 助教授 石川雅之
学位論文題名
キュウリモザイクウイルスの増殖に 関与 する宿主 因子の遺伝学的研究
―シロイヌナズナを利用したアプローチ一
本 論文 は2表 ,12図 , 引 用 文 献50を 含 む 和 文55ペ ー ジか らな り, 別に 参考 論 文1編 が 添 付 さ れ て い る 。
植物ウイルスの宿主植物における増殖過程は,1)感染細胞内における複製,2) プラスモデスマータを介した隣接細胞への細胞間移行,3)維管束系を介して植物全 体に広がる遠隔移行,とぃう3つの過程に大別される。これらの過程が効率よく進 行するためには,ウイルス側にコードされた因子と宿主側にコードされた因子の協 奏的な相互作用が必要である。植物ウイルスのゲノム構造の解明およびゲノムの人 工改変系の確立により,ウイ´レスゲノムにコードされた遺伝子の機能についての理 解は進みつつある。しかしながら,植物ウイルスの増殖に必要な宿主因子に関する 知見は未だ少なく,植物ウイルスの増殖機構を分子レベルで理解するためには,ウ イルス増殖に関与する宿主因子を同定し,その機能解析を行うことが必要である。
本研究は,ウイルス増殖に関与する宿主因子を遺伝学的に同定することを目的に,
宿主として分子遺伝学的解析の系が確立しているシロイヌナズナを用い,ウイルス としてはウイルス側因子の解析が進んでいるキュウリモザイクウイルス(CMV)を 用いることにより,CMVの増殖に異常をきたしたシ口イヌナズナ突然変異株を単離 し,遺伝学的解析を行ったものである。本論文の内容は以下のように要約される。
1. 実 験 系 の 確 立 と 変異 株 の 分 離 : 代 表的 なCMVの1系 統で ある黄 斑系(CMV‑Y) 株は,野生型シ口イヌナズナにおいて効率よく増殖し,全身感染に至る。したが って,シロイヌナズナはCMV‑Y株の増殖に必要な宿主因子を全て備えていると考 えられる。突然変異誘起処理を施したシ口イヌナズナ約4,800株を調べ,CMVコー トタンパク質の蓄積が野生型シロイヌナズナ株よりも有意に遅れる2株の突然変 異株を分離した。
2.変異株の遺伝解析:2株の突然変異株がそれぞれ核ゲノム上に異なる劣性変異 をも つ こ と を 明 ら か に し , 原 因変異 をcuml‑Jおよびcum2ーj(cucumov irus multiplication)と命名した。変異が劣性であることから,野生型CUMIおよびCUM2 遺伝子産物は,CMVの増殖をサポートするような因子であることが示唆された。
遺伝的 マッ ピン グに より,CUM1遺伝 子座は 第4染色体中央部に,CUM2遺伝子座 は 第 3染 色 体 下 部 に そ れ ぞ れ 位 置 す る こ と を 明 ら か に し た 。 3.変異のウイルス特異性:cum l‑1変異は分類上異なるグループに属するウイルス で ある タバ・コモザイクウイルス(TMV)およびターニップク1Jンクルウイルス (TCV)・の増殖には影響を及ぽさないことを示し,CMVの増殖を特異的に抑制す ると考えられた。一方,cum2‑1変異株は,TMVの増殖には影響を及ぽさないが,
CMVと とも にTCVの増殖をも抑制することを示した。cum2−J変異株の持つCMVの 増殖を抑制する変異とTCVの増殖を抑制する変異は遺伝学的に分離することがで きず,cum2−J変異はCMVとTCVとぃう2種類のウイルスの増殖に影響を及ぼすと 考察した。
4.変異株における欠損段階の解析:cumj−Jおよびcum2‑1変異が,ウイルス増殖過 程のどの段階で作用しているのかを明らかするために,感染細胞内でのウイルス 複製および接種葉内におけるウイルスの増殖を調べた。得られた結果から,cuml− J変異株は隣接細胞への移行の過程でCMV増殖阻害が生じていること,cum2‑1変異 株はClい′ とTCVの 両ウ イル スの細 胞間 移行 を阻害することを明らかにした。
以上,本論文によルウイルスの細胞間移行をサポートすると考えられる宿主因子 の存在が初めて明らかになった。ウイルスの増殖はウイルスにコードされた因子と 宿主の持つ因子との相互作用によって成立する。しかしながら,宿主植物がウイル スの増殖をサポートするために特別な機能を用意しているとは考えがたい。ウイル スは,宿主が捨てることのできない機能を上手く利用して増殖していると考えるの が適当である。CUM因子の研究は植物の持つ機能についての新たな研究方策を切り 拓くのみならず,ウイルス耐性植物の分子育種学的研究にも新たな展開をもたらす ものと期待される。さらに,植物ウイルスの細胞問移行の通路であるプラスモデス マータは植物体内における物質輸送経路として重要な機能を担っており,物質輸送 の研究にも新展開をもたらすものと期待される,。よって,審査員一同は,吉井基泰 が 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た 。