食道癌が大動脈へ穿孔ぜろ一例
東京女子馨學專門學狡内科敦室 雫 間
病理學敏室 矢 ケ
光 子
部 榮 子
臨床所見。患者は五十歳の男子にして職は人夫、血族中に工合は結核に罹りしものなしと云ふ。 患者は幼少時は健康にして麻疹及び種痘を経過せり、未だ花飯盛に罹りしこと71ひし。 患者は八年前︵四十二歳︶までは酒を好み、時々二、三合位飲み、煙草をも好む。 既往暦。大正十一年九月頃より胸背部に﹁しめられる﹂如き不快感あり、油壷ありて殊に夜問に塘悪する を常とせり。喀淡は膿に類似し、血液を混せざるも、其量一日八合位なりしと訴ふ。されど加療によりて胸 腹部の痛⋮も去り、咳漱も輕快するに至れり。 昭和四年十一月の中頃より胸部に再び緊迫せらる、如き感を畳え、咳漱喀疾ありしも登熟は無かりしと云 ふ。 昭和五年一月頃よりして嚥下困難を訴へ、小なる餅片は胸部に留まる如き威ありしが、次第に増悪して流 動食のみを弓取せり。 現症。農絡普逓にして唯皮膚は蒼白榮養一般に衰ふ、謄温脈搏共に普蓮、淋巴腺系統に腫脹なし。 準間、矢ケ部目食道癌が大動脈へ穿孔せる一例 六一準間、矢ケ部臼食貼遣癌が大動脈へ穿孔せる一例 六こ 胸部には右側が一般に呼吸音微弱の外、水泡音を懸かす。腹部には面面を認めす。 食道癌の症候あるによりバリウムを飲ませて、レントグソ光線にて槍訂せんとせしに、咳漱頻害し、血液 を約八○耗を喀出し、冷汗を流し、胸内に苫悶を訴ふ。 翌日多量の血液を吐き出血を以て整る。 解剖的所見。杢身は蒼白の屍膿にして主要なる描写部を述ぶれば次の如し。. 無学腔内には少量の漿液あるも、左側は全部繊維性に癒着せり、爾肺内には特記することなく唯慢性氣管 技炎あり。 ヘ へ あ へ ぬ ヘ コ カ へ ら あ へ つ 心臓は普殖大にして大動脈辮より上方十糎の部分に長さ四糎、幅三糎位の膨隆部ありて該部は氣筍分岐部 と廣く癒着せう。 へ リ へ ゐ ヘ へ う あ ヘ カ ヘ へ 家に食道を了するに會厭軟骨より十五糎の部位に八端位の匪域に亘りて癌性潰瘍あり、其申央部に二糎位 も ヘ ヘ モ ヘ ヘ ヘ へ ゐ へ も へ あ ヘ ヘ ヘ へ う む へ つ う も へ う ヘ へ の穿孔部ありて氣管枝と交通し更らに大動脈腔とも交蓮せり。 組織的公査。本例は食道粘膜より登生せる髄様癌にして、組織學上、基底細胞癌に一致せる竜、多少、角 化礎性に傾けるものあるも、癌置ハ珠は全く形成せす。 此癌腫は大動脈外膜に浸潤性に登寄し途に大動脈腔内に穿孔するに至りしものにして同時に氣管の左枝に も穿孔せる所あり。 而して大動脈に穿孔せる部に偶然、徽毒性大動脈炎の如き抵抗減少部がありたるや否やは不明なるも該屍 膿の他の臓器は勿論、大動脈自個には徴毒性の病墾を敏けり。 以上の点前的並に解剖的所見を綜合するに本例は食道より登生せる基底細胞癌が蓮績的に大動脈壁を僥
せるものにして、其穿孔によりて暴出血によりて死亡せるものなり。 爾、古態、喀疲は食道癌が氣管枝へ連績的に進行せる爲め、其穿孔によるものにして最も屡々食通癌に見 る合併症なり、それが蔑めに慢性建軍枝炎ありしも、未だ腐敗性或は嚥下性肺炎の如意を呈するに至らざり き。