ユ6
(東女医大誌 第32巻 第6号頁216−218 昭和37年6月)
副卵巣嚢腫の1例
東京女子医科大学産婦人科教室(主任 川上博教授)
相 羽 早 百 合
アイ バ サ ユ リ
中 川 博 子
ナカ ガワ ヒロ コ
・ 毛 利 富 士 子
モウ リ フ ジ コ
・柳・沢千鶴代
ヤナギサワチズヨ
(受付 昭和37年4月27日)
副卵巣嚢腫は1879年Lauson−Teitによって報 告されて以来,諸家によって種々の報告がみられ
るが,その巨大嚢腫形成の報告は此較的稀であ る.当教室に於て40409の副卵巣嚢腫の1例を経
.験したので報告する.
症 例
患者:中○一〇二,27才3カ月,未産婦.
初診:昭和35年6月23日.
主訴:腹部膨隆.
既往歴:月経は28日羽,整調,障害なし.23才の時健
.康男子と結婚.26才の時妊娠3カ月ぐ子宮内容除去術施 行.分娩なし.既往歴に特記すべき事はない.
現病歴:約1年前より腹部の膨隆に氣付いたがそれは
:次第に増大し,特に最近は体位変換の際腹部に腫瘤感が あり,常に胸部が圧迫され食欲も減退してきた.最終月 経は昭和35年5月14日から4日間.
油症:初診時全身所見:体格中等大,栄養良 好,顔貌正常,皮膚および可裡粘膜に貧血を認め
ない.腹部は高度に膨隆し,腫瘍の上界は痴話3 指に迄及んでいるが,下縁の境界は不明瞭であ
る.硬度はいわゆる嚢腫様であるが軟かく,波動 を証明し圧痛はない.四肢には浮腫,知覚異常を 認めない.
内診所Si :子宮は後傾後屈でやや小.付属器は 両側に鰯れにくいが前膣円蓋部を通して骨盤中に 充満した嚢腫様腫瘍を燭れる.波動は薯明である
が境界は不明瞭である.分泌物は褐色を帯びて少
量あり。
臨床診断:卵巣嚢腫
検査成績:一血液所見,赤血球数430万,ヘモグ ロビン84%ザーリー,白血球数7900,出血時間5 分45秒,一血液像正常, 心機能検査にも異常はな い.尿にも異常はない。
手術:昭和35年8月11日 手術経過及び所見
ネオペルカミンの腰椎麻酔の下に正中縦切開に て開腹.腸,腹膜に癒着を認めない.帯青白色で 血管の錯賦する嚢腫壁が認められ,表面は平滑で 周囲組織および臓器との癒着は認められない.こ の腫瘍は上界は剣状突起直下,下界は恥骨上に迄 達していた.容易に腹腔外に露出できないため,嚢 腫壁に孔を開けここより吸引器にて約800ccの内 容を排出した後,嚢腫を腹壁外に脱出せしめた.
嚢腫は左側より発生したもので,その三部に腫瘍 とは全く別佃に存在する健全な卵巣を認めたの で,この巨大嚢腫は副卵巣嚢腫である事が判明
した.なお卵管は肥大延長して嚢腫に付着してい た.卵管間膜および卵巣固有靱帯から成っている 細い董を切断して,副卵巣嚢腫を摘出した.なお腹 水は存在せず,子宮は後傾でやや小.右付属器に 異常を認めなかった.手術後の経過は順調で7日
Sayuri AIBA, Fujiko MOHRI, Hiroko NAKAGAWA and Chizuyo YANAGISAWA (Department
of Obstetrics and Gynecology, Tokyo Women s Medical College): A case・of paraovarial cyst.
一 216 一
17
抜糸.19日目に退院した.
摘出標本所見
肉眼的所見:腫瘤は卵形,単二で最大長径28cm,
最大横径25cmで重量4040 9,嚢腫壁は薄く白色 を呈し,表面は平滑で帯青色を呈し,広靱帯内に 発育せるため表面の血管が2層に門門交叉してい る.卵巣は腫瘍後壁に長さ13〜15enlに肥大延長し て密着している.嚢腫内容液の所見は水様透明で
ある.
病理組織学的所見:嚢腫の内面は般子状の1層 の上皮でおSわれており,その外層は繊維性の
Capselである.
総括ならびに考按
旧例は臨床診断に於ては卵巣嚢腫とされたが,
手徳によって副卵巣嚢腫である事が判明した.
発生機序:副卵巣はWolff氏体の逡残であ
り,卵管間膜の外側1/3の所で,卵管と卵巣との 欄に存在する6〜20コの細管および主管より成っている副卵巣嚢腫は広靱下葉の間に発育し,通常 一側性,単三,多くは卵円形の良性腫瘍であり,
発育は緩徐で巨大腫:瘍を形成する事は稀であると いわている.
発生頻度:LipPert, Zweife1は6.7%Wich−
mann 8.63 /o Schauta 9.!0/o, Oishausen 11.3%
Fristsch 11.8Martin 14.4%といっており,一 般には9〜10%であるといわれ,臨床的にみて決
して稀なものではない。
臨床症状:多くは一般卵巣嚢腫の臨床に相似し ているため,,従来卵巣嚢腫と対隅して考察され るが,小さい場合は無症状に経過する揚合が多 く,巨大嚢腫の場含にのみ腹部腫瘤感を訴え,ま た茎捻転等の合併症のある揚合には腹痛等の随伴
.症状が現われる.
大きさ:指頭大から大人頭大のものが多く一般 には手拳大以上になる事は稀であるといわれてお
り,Myerはこの点を卵巣嚢腫との鑑別点の一つ
.として考慮している位であり,巨大嚢腫形成は非 常に稀であるとされている.三献によると外国
ではLauson−Teit 49.9㎏, Gitttler 53kg, Kum−
mell 191tg, A. Pager 15. skg, W. Nage1331,
Jenahran Moitesicr 231,等の巨大嚢腫を報告 している.わが国に於ては緒方氏の19. 8kg,塩島 氏らの15.95㎏,藤井氏の12㎏,品川氏の4個併 せて6㎏があり,本例の40409はこれには及ばな いが先ず稀有なものと思われる.
組織学的構造および内容液=嚢腫壁は内外2層 から成っており,外層は腹膜で内層は嚢腫自身の 被膜であり,その間は髪粗な結締織で容易にこ れを剥がす事が出来る.また両層がそれぞれ別個 の血管で支配され,それらが交叉して透視できる のが副卵巣嚢腫の特徴である.また副卵巣嚢腫の 卵管は多くはその嚢腫壁に半円弧状に密澄し,そ の発育と共に引き延ばされている事が諸家により 報告されている.出面でも卵管が13cm延長してお
り,嚢腫壁は般子状の内層および繊維性の外層の 2層より成っている.
また副卵巣嚢腫の内容は殆ど無色透明,水様液 であるといわれており,本誌も同様であった.内 容液の性状は一般的にアルカリ性で,比重は1005
〜1010,極めて少量のクロール,糖,蛋白,時に コレステリンを含有するといわれている.
診断=卵巣嚢腫と臨床症状が相似しているた め,診断は極めて困難であり,同側卵巣を別個に 認知し得る時にのみ僅かに診断を下し得るといわ れている.本藍でも卵巣嚢腫と診断され,術前内 診所見では,嚢腫様腫瘍は鰯知できたがその境界
を明確に知ることはできなかった.
鑑別診断:卵巣嚢腫との鑑別は極めて困難であ り,Olshausenは鑑別点として嚢腫壁の弛緩,波 動忌明,発育緩徐等を挙げている.本例も嚢腫壁 は著しく弛緩していたためその境界が不明瞭であ った.卵巣嚢腫が強く緊張しているのと対脈的で
ある.
合併症:副卵巣嚢腫の茎捻転は,以前は極めて 稀なものであると考えられていたが,Chanavaz Schautaらにより本嚢腫は董捻転の傾向が大で ある事が主張され,後Fraugenheim, Frankl
らは副卵巣嚢腫の茎捻転は卵巣嚢腫に比してさま で稀でない事を力説している.なお卵巣嚢腫と同
217 一
18
様,妊娠に合併する事も諸家の報告にみらてれい
る.
治療;卵巣嚢腫と同様,手術的嚢腫別除を行な うべきである.
結語
最近私共は腹部膨隆を主訴として来院した27才 未産婦において,4040 9の副卵巣嚢腫を経験した ので報告した.
(本症例は昭和37年3月16日, 東京女子医科大学学 会s第112回例会で発表した.)
稿を終るにのぞみ,御指導,御校閲をいただいた,
川上教授ならびに, 大内助教授に深く感謝の意をさS
げます.
参考文献
1)Stoecke,I W.: 且andbuch d. Gynec Bd 1 222 427 (1930)
2) Liepmann, W.: Handbuch d. Frauenheil−
kunde Bd 2 238 (1941)
3) Vara, P, et al.: Aun Chir. et Gynec Fem−
inae 40 (2) 97・vlO2 (1951)
4)渡辺行正:産科と婦入科7(4)274(1939)
5)塩島令儀・他: 産科と婦人科18(8) 455 (1951)
6)松本隆治・他:産婦人科の進歩5(4) 236 (1953)
7)高祖博雅:産婦人科の進歩6(6)398(1954)
8)西脇勉・他、:外科209761(1958)
9う加来道隆:産科と婦人科26(4)397(1959)
10)狩谷功・他:和歌山医学7(1)171(1960)
一 218 一