71
(東女医大誌 第33巻 第12号頁695−696 昭和38年12月)
〔臨床報告〕
虹彩嚢腫の1例
東京女子医科大学眼科学教室(主任 加藤金吉教授)
安 田 宮 子
ヤス ダ ミヤ コ
(受付 昭和38年10月28日)
緒 言
虹彩嚢腫は先天性と後天性に大別され,後天性 嚢腫は更にその成因により特発性と外傷性に区別
されている.その中特に外傷性のもの多く,わが 国においても既に50例以上の報告がある.最近本 教室においても外傷性漿液性虹彩嚢腫の1例を経 験したので報告する.
症 例 患者:58才 男子 無職 初診=昭和38年7月27日 主訴:左眼の発赤および疹痛.
家族歴:特記事項なし.
一般既往歴:大正13年肺浸潤,昭和28年腎結核に罹
患.
眼既往歴=10才の時,右眼に外傷をうけた事がある.
昭和37年10月25日右眼白内障嚢外摘出術,昭和37年11月 25日左眼白内障嚢外摘出術をうけた.
現症:視力右=0.06(1.0×+7.OD),左=0.05
(0.1×十8.OD)で右眼に角膜片雲を認む.左 眼には肉眼で明らかに虹彩6時の位置に捲縮輪よ りやや下:方を中心とし,ほぼ瞳孔下縁に達する灰 白色の嚢腫様物が付着していた(1図).眼圧は指 圧にて正常,毛様充」血は軽度に認められ,細隙燈 顯微鏡によって角膜上皮層の軽度浮腫,少量の前 房内浮游物を認めた.
治療および経過
外傷性虹彩嚢腫の診断の下に,8月2日角膜輪
部にグレーフェ氏刀で5時より7時の切開をお き,虹彩ピンセットで嚢腫を下方に牽引,嚢腫付 着部を含む虹彩切除術を施行.嚢腫は破れず完全
に摘出された(2図).
その後8月15日目後発白内障手術,更に9月5
鯵
第 1 図
第 2 図
Miyal(o YASUDA (Department of Ophthalmology, Tokyo Women s Medical College):
traumatic cyst of iris.)
A case of
一 695 一
72
く
第 3 図
日視力回復のため虹彩切除部に角膜入墨術施行 後,経過良好にて左視力=0,06(0.5×+8.OD)
に回復した.
i摘出した嚢腫は組織学的検索の結果,重層扁平 上皮よりなることが明らかにされた(3図).
考 按
昭和37年異常なく白内障摘出術が行なわれ,そ の後外傷をうけたことも眼疾に罹ったこともなく 経過した8カ月後に虹彩嚢腫の発生をみたのであ
るから,この嚢腫の原因は間違いなく白内障摘出 術にあるものと考えられる.換言すれば,これは 外傷性虹彩嚢腫である.外傷性虹彩嚢腫の性状は 普通漿液性で,その発生機転については種々の推 論が行なわれているが,本症例の嚢腫壁が重層扁
平上皮から成ること,嚢腫の位置,および永晶体 摘出術に際して輩角膜切開が鎗状刀によって行な われたこと等を綜合すれば,本例の嚢腫は,鎗状刀 の尖端によって虹彩前面に移植された角膜輪部上 皮細胞に由来するものであることは確実である.
穿孔性外傷の数に比して虹彩嚢腫の発生が稀で あること,および従来の虹彩嚢腫発生の実験的研 究が多く失敗に終ったこと等から老えると,外傷 の状態,移入せられた上皮細胞の性質,およびそ の付着揚所等種々の必要条件が満足された揚合に のみ虹彩嚢腫が成立するものと思われる.
むすび
老人性白内障手術後8ヵ月を経て,切開部反対 側に発生した虹彩嚢腫につき報告した.また嚢壁 の組織所見から角膜上皮の移植性嚢腫であること
を知った.
終りに臨み加藤教授の御指導,御校閲に深く感謝致
します.
交 献
1) Dulc Elder : Text−book of Opth VI, 6090,
(1952)
2)美甘光太郎:眼科雑誌2370(明治26年)
3)川北辰吉:日眼10362(明治39年)
4)西岡道隆=日眼27854(大正11年)
5)重田遮夫:日眼271013(大正12年)
6)川口栄二:眼臨48173(昭和29年)
一696一