「自分との和解jについての一考察 ーアイデンティティ危機を乗り越えた母親への
半構造化面接とインタビュー調査を通して一
人 間 教 育 専 攻 臨床心理士養成コース
安 積 純 子
1.問題と目的
筆者は、長く教育の現場にいて、思春期を迎 えた子どもとその親たちが様々な問題で悩む姿 を目の当たりにしてきた。とりわけ子どもの心 の問題は母親が原因とされることが多く、自ら を責める母親を前にして、どう声をかけていい のか戸惑うことも多かった。本当に母親だけが 悪いのだろうかという思いをいつも持っていた。
大学の相談室で母親面接を担当するようにな って、母親の話をじっくり聞いてもやはり、「私 の育て方が悪かったJとし、う思いが語られた。
橋本(2000)は母親面接で、「母親が子どもとの 関係を、そのよいものも悪いものも含めて生き ること」を考えなければならないとするが、「悪 い関係を生きるj とはどういうことなのか。筆 者は、母親を責めずに話を聞くが、心の片隅に 母親の子どもへの対応を責める気持ちがわいて くる。母親の心の中だけでなく、面接者である 筆者の心の中にもまた、 母親は無条件で子ども を受容する"という「母性神話」がある。
「母性神話」は、社会的につくられ母親たち に押しつけられてきたという面も大きく、近年 では大日向(1988)が、「母性は生得的なものでな く、発達変容するj と述べたように、柔軟に母 親をとらえようとするところも見られるように なってきた。河合(2003)は、面接の中では、「個 人の神話」を語ることが大切であると言い、橋
指 導 教 員 中 津 郁 子
本(2001)は、「個の視点を含み込んだ新しい母性 神話を生みだしていくことJについて述べてい
る。
筆者は、一人の母親と出会い、母親が子ども のことで悩みながら生きてきた半生を、母親の
「個人の神話」として聞こうと考えた。そして それが他の母親を援助する自らの視点を養うこ
とになるのではないかと考える。
2.研究1
研究 1では、「自分と和解した」と語る母親A さんの話を開き、それを考察したo
Aさんは、幼少期に「暗い顔をしたJ母親を 好きになれず、かわいがってもらった記憶があ まりない。祖母と地域の人たちに育てられた。
「大勢に固まれていても寂しそうに見えた」夫 と結婚し二人の息子ができるが、やがて「夫と は離婚しよう」と思うようになる。子どもが高 校を卒業したらと思っていたが、思いがけず次 男が操うつ病になる。離婚できずに病気の次男 とともに、「母親が悪し、」と言われながら生きる ことになる。
この A さんの、次男や夫とともに生きなおし たことを、 Eriksonの発達理論に基づき、第6
「親密性J,第7
r
生殖性J,第8r
統合」の各 段階についての課題が、危機を乗り越えて達成 され、アイデンティティが再体制化されるもの と考察した。また、老年期に至り「自分と和解‑ E ・4
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した」と語られた時の体験は、 Jungの「個性 化J
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自己実現jへの過程であり、内面の無意識 からのはたらきによるものと思われる。 Aさん は「自分と和解するJことによって、それまで 認められなかった否定的な自分を受け容れ、さ らに無意識の中に押し込められていた「自分の 物 語jを発見し、それを語ることによって自分 の今までの人生を意味あるものととらえること ができ、それが子どもとの関係を変えたのでは ないかと考えた。3.研究2
研究2では、 Aさんの「自分との和解Jとい う言葉を使って、 20代から 50代までの 8人の 女性にインタビ、ュー調査を行い、「自分との和 解Jの普遍的な意味を探ろうとした。
「自分との和解」を経験する人は、年齢に関 わらず見られ、「認められない自分J
r
好きにな れない自分」があって心の中で葛藤していると いうことがあった。「和解Jに至る過程は様々で、長年かかってという人もあり、「和解Jを繰り返 すという人もいた。性格としては、思考が内面 に向く人で、物事を自分の責任として引き受け ていこうとする。「自分で自分を縛っているjと いうことも共通して見られた特徴である。「自分 と和解」したあとは、「よくやってきたJ
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こん なにがんばってきた」と自分を労り、強い自己 肯定感を持つこともできた。また「自分との和解」としづ言葉はすぐには 理解されない言葉で、あったが、説明を受けてそ の言葉に触発されて内面が動いていくという面 も見られた。
4.総括
「自分との和解」に至るまで、まず自分に疑 問を持つ時期があり、それはEriksonのどの段 階でも起こるアイデンティティの危機とも言え
る。それから「自分と対話する」時期があり、
自分をみつめていくことによって、「認められな い自分J
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好きになれない自分jを切り捨てるの ではなく、「それも自分Jと受け容れて、より高 次な統合へと向かい、今までの自分と違う新し い自分になっていくというのが「自分との和解」だと考えられる。自分と対話する段階では、「他 者との関係を築く」ということも大切な要素で あり、特に女性は他者との関係を通して自分自 身を発見していくという面が大きい。
さらにAさんの「自分との和解」という言葉 を考えてみると、それはAさんの主観の言葉で あり、 Aさんが自分の経験を「解釈Jし「意味 づけ」し、それが「物語Jとして語られたこと に思い至る。
人は、「バラバラに起きた自分の経験をどのよ うに関連づけ、組織立て、筋立てるかによって、
人生の意味は大きく変化するJとしづゃまだ (2000)の視点から A さんの人生の意味を考察し た。「自分と和解する」というのは、自分が今ま で否定し切り捨ててきた自分を受け容れること であり、それは「夫や子どもを拒否しようとし た自分J
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母を好きになれなかった自分jを受け 容れることでもある。「和解」というのは、「つ なぐ」という意味もあり、夫や子ども、母親と のつながりをとりもどしていくというのが、 Aさんの人生の意味であったと考える。
また「物語Jとして語られたものは、伝える 力を持つ。 Aさんの人生が「物語」として語ら れることによって、自分だけでなく夫や子ども にも伝えられ、夫や子どもの心も癒すのではな いかと思われる。
母親が自分の人生を生ききって、自分の物語 を伝えるということも、母子支援のひとつと考 えられるのではないか。
つ 山
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