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浜田圭之助 長崎大学教育学部化学教室

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(1)

高校化学教育の現代化

(附)環境汚染と理科教育

浜田圭之助

長崎大学教育学部化学教室 (昭和48年10月51日受理)

Modernization of Education of Chemistry in High School

Supplement : Environmental Degradation and Education of Science

Keinosuke HAMADA

Faculty of Education,

Nagasaki University, Nagasaki 852

(Received Oct. 31, 1973)

Abstract

In the new curriculum of Chemistry in High School, the investigative learning has been emphasized in place of the descriptive one. This means that phenomena and materials should be elucidated on the basis of atom and molecule. And the author thinks that this is equivalent to the modernization of education of Chemistry. This would demand much efforts of teachers, because chemistry has made rapid progress in these days.

The present paper was written for the lecture for "Modernization Course of Chemistry in High School" held at Educational Center in Omura City, Nagasaki Prefecture, on August 1, 1973. That describes the modernization of Chemistry, based on the case of Chemical Kinetics.

(2)

Supplement : Environmental Degradation and Education of Science

We are very concerned about Minamata disease, itai‑itai and other envi‑

ronmental disasters. However it seems that people put the pollution over here and the consumption of resources over here. In other words, people are thiking that they would be able to survive as long as they could prevent the environmental pollution and keep food and fuel. This is not true. It is no exaggeration to say that pouring PCB and mercury into the oceans is to com‑

mit murder, because these compounds cause a breakdown of the oceans, which are part of the life‑support systems of the earth, and first of all, the fishes from the sea that are main protein diet are poisoned.

Then, could the problem of environmental pollution be resolved, if we could protect such pollution? I should like to say no. Let me give you an example of energy.

In order to protect pollution, we need chemicals which absorb poisoning materials. The industry must produce the chemicals and needs energy for the production of chemicals. When energy is consumed, harmful gases ap‑

pear in the air. We have to someplace get petroleum and transport it.

Shipping oil in tankers put much petroleum into oceans. Those are direct environmental pollution.

Once we use energy, energy should not be reproduced, and entropy con‑

tinues to increase in our universe. However, it is fated to arrive at maxi‑

mum point, where all activities should stop. This means death of our uni‑

verse. The increase in entropy is indirect pollution of environment which we can not see. We can see that the activity itself for protection of pollution as well as all of our activities lead to environmental degradation, as mentioned above.

I should like to show you another example. After we run out of petro‑

leum, we can use nuclear energy. However for development of nuclear ener‑

gy, we need some resources like uranium and energy, too. Consequently an increase in entropy is accelerated. How can we leave alive as long as possi‑

ble? We need Education of Science in order to answer the question correctly.

§緒

物理科学を学ぶ際,個々の法則としては理解できるが,その持つところの物理的意義がよく 理解できぬ,ということはよくあることである。その原因は,直接視認することのできない分 子・原子レベルで理解しなければならぬ学問セあるからではなかろうか。

高校化学のカリキュラム改変に伴って,記述的学習から脱皮して探究的学習に大きく変革さ れ,高校教師側からみて最も問題になっている点も,矢張り,物質なり反応なりを分子・原子

レベルで理解させねばならぬところにあるように思われる。

(3)

 化学教育の現代化が叫ばれているが,その目的とするところも,この点にあるのであって,

化学が非常に進歩している今日,教師には非常な努力が要求される所似である。

 たまたま昭和48年8月1日,長崎県教育センターで,文部省主催の高等学校化学教育現代化 講座が開催されるにあたり,「化学平衡と反応の速さ」についての講義を依頼された。本論文 はその講義を中心にしてまとめたものである。

 現象や反応を分子・原子レベルで理解するためには,当然,我々が日常経験することができ る力学モデルヘの移行が必要である。この力学的自然観の根本は,エネルギー概念による現象 の考察である。したがって「エネルギーとは何であるか」にはじまり,熱力学の誕生,ついで 化学反応系と力学系の相関,すなわち化学反応夢モデル化し,力学系の類推より,化学反応の 駆動力としての化学ポテンシャルに言及した。最後に,化学平衡と反応の速さの分子論的考察 をこころみた。

 「環境悪化と理科教育」に触れたが,公害を防ぎ,エネルギーや食糧が続く限り,人類は生 存できるという単純算術的発想に基づく教育では,誇張して云えば,公害助長教育になりかね ないのであって,自然科学の本質を弁えることが公害対策の根本であることを強調したいため である。

§ 化学教育の現代化

 最近,化学教育の現代化が叫ばれているが,その目的とするところは,化学を原子・分子レ ベルで理解させようとするところにある。ところが問題は,化学教育として,これをどのよう に取り上げるかということである。中・高を問わず,先生方が原子・分子のレベルで物質の構 造なり反応なりを理解されることは必須であり,またそう「でなければならないが,中・高の生 徒の授業ないし教育が,原子・分子レベルで与えられることを目標にせねばならぬかというと 異論が出るのである。

 つまり上級の大学で波動関数を知り,ハミルトニアンを知り,s電子・P電子はその軌道も エネルギー準位も実体を伴なった存在になるのである。それを欠いて,頭からsなりPなりと いう見方を教えぬばならないかというと疑点がある。しかし反面,全部の概念を基礎からきづ いてゆかねばならぬというものでもなく,場合によっては,sなりPなりを頭から教える必要 のあることもある。しかしその場合でも,教える側としてはsなりPなりに習熟していなけれ ばならない。そうでないと,天下りと便宜主義による単なる説明としか生徒は見ず,化学は基 盤のあやふやな部門ではないかと思われかねない。場合によっては,先生自身が化学に対する

自信を失ないかねないであろう。このように見てくると,化学が非常に進化している今日,化 学教育はむづかしく,辛抱強い努力の積み重がね要求される。

§ 力学的自然観

 物質・現象を理解するために実験を繰り返し,個々の自然現象に現われる規則性を知ろうと する帰納的作業と, この得られた規則性から,現象を統一的に説明できる理論を求めようと する演繹的作業から,自然科学は成り立っている。このようなことは一つの観念に基づいてい る。すなわち,力学的観念で現象を説明しようとする力学的自然観が,基礎になっている。そ して,このような力学的観念によって物質を理解するための基本的な概念は,一言で云えばエ ネルギー概念である2)。

(4)

・Dエネルギー3)

 エネルギーとは一般に「仕事をなしうる能力」と定義され,エネルギーの量は,仕事の量に よって代表される。エネルギーは種々の形態において現われ,その形態間で相互の変換が行な われる。

  イ)エネルギーの形態と表現……エネルギーの形態または種類としては,力学的(機械的)

エネルギー,熱エネルギー,化学エネルギー,放射線エネルギー,原子(核)エネルギーなどが 区別される。

  口)強度因子と容量因子……力学的エネルギーについては,物体を運ぶような場合,その 仕事は物体に作用する力∫と移動距離sの積∫εで測られるし,蒸気機関のピストンを動か すような場合,ピストンの壁に働く圧力ρと圧縮される気体の体積∂との積卿で測られる。

熱エネルギーについては,その仕事は絶対温度丁とエントロピー5との積TSで,電気エネ ルギーについては電位差Eと運ばれる電気量Cとの積ECで,化学エネルギーについては,

その仕事は化学ポテンシャルμと物質吻との積μ吻で測られる。このようにエネルギーは一 般に,二つの量の積として表現されるが,一方の量(力,圧力,電位,温度,化学ポテンシャ ル)を強度因子とよび,他方の量(距離,体積,電気量,エントロピ・r,質量)を容量因子と

よぶ*1)。

  ハ)ポテンシャル・エネルギーとカイネティック・エネルギー…・ 物体または物質が保有 するエネルギーには一般的に, 「潜在的(potential)」なものと「運動的(kinetic)」なものと が区別される。前者は,物体が特別の位置,または状況におかれたために所有するものであり,

力学的エネルギーの場合ならば,山の上に貯えられた水,まかれたゼンマイなどがその例であ る。それぞれ,山上から流れ落ちることによって,あるいは巻きもどされることによって,そ のポテンシ,ヤル・エネルギーは運動エネルギーに変換する。物体が地上におちた瞬間には,ポ テンシャル・エネルギーは失われ,その代りに運動エネルギーが生じたと考えられる。一般 に,質量吻の物体が速度 で運動しつつある場合の運動エネルギーは%2励2で表わされる。

この表現は物体が微少な原子または分子であっても,全く同様にあてはめられる。異なる電位 に荷電された二つの物体は,電気的ポテンシャル・エネルギーをもつと云われるのに対し,導 体を流れている電流は,電気的運動エネルギ」をもつと云われる。化学変化は主として,原子ま たはイオンの結合の変化に起因するものであるから,その際のエネルギー変化は,もっぱら原 子やイオンの結合の変化に起因するポテンシャル・エネルギーの変化に帰せられる。しかし,

化学変化をエネルギー論の立場から考察する場合,その変化に関係するエネルギーが,ポテン シャルかカイネティックかを議論するまえに,一般に両者の和としての全エネルギーについて 知ることが大切であるが,そのまえに,エネルギー概念をもっと深く考察してみよう。

 2)エネルギー概念による自然現象の考察

 題名は,いかにもむづかしく聞こえるかもしれないが,その出発点は日常の素朴な観察に端 を発している。たとえば「水は高きより低きに流れるが,低きより高きには流れない」といっ た類の観察である。これを,一般的なエネルギー概念で云えば「ある物体または系が,その周 囲よりも多くのエネルギーを持つと,エネルギーを放出して安定になろうとする」ということ である。

*1)但し,化学エネルギーの場合には,強度因子μを測定する一般的方法がないために,1 れを他種の  エネルギー(たとえぱ電気エネルギー)に換算して定めるのが普通である。

(5)

  イ)エネルギー保存の法則(熱力学の第一法則)……r水は低きより高きに流れない」とか,

最初にわずかな動力を加えておけばいつまでも回転するような機械,すなわち第一種の永久機 関は不可能という事実から「エネルギー保存の法則」は生まれたのである。つまり,エネルギ ーを与えないで機械を動かすことはできないし,無から有は生じないという1ことである。また MayerおよぴJouleが,力学的仕事と熱との間の変換関係を次のように求めた。

       2〃=∫9, ∫(熱の仕事当量)=4.1855×107( rg!cal)

このことは,エネルギーは消滅することはないことを示している。これらのことから,次のよ うな,エネルギーの保存則が現われたのである。すなわち

 「一つの孤立系においては,その中でどんな変化が行なわれても,その系の保有するエネル ギーの全量は変わらない」

孤立系とは,外界とエネルギー的に絶縁されているような物理的対象を意味する。もし,宇宙 を一つの孤立系と見なすことができるならば「宇宙の内部でどんな変化が行なわれても,その エネルギーの全量は変わらない」ということである。通常,われわれがエネルギー変換の観点

閉鎖系

△E=¢十

孤立系(宇宙》

E=一定

外  界

図1閉鎖系および孤立系

から観察の対象とするのは,この孤立系ではなく,むしろ閉鎖系(あるいは系)である。それ は,それをとりまく周囲あるいは外界とは境界壁によって区別されるが,その境界壁を通じて 外界との間でエネルギーの交換を行なうことによって,内部的な変化を起しうるものである。

(例;ガラス容器中の水は一つの系で,これは器壁を通じて外界との間で熟を交換することに よって,蒸発したり結氷したりする)

外界は無限に広がったもので,系と外界を合わせたものは宇宙つまり孤立系である。孤立系の エネルギーは不変に保たれるので,系内部におけるエネルギー変化は,系と外界との間で行な われるエネルギーの交換によって相償われなければならない。

   (童)化学変化とエネルギーの保存……例としてHgO1モルが容器中にある系を考え る。これを外界から熱すると次のように分解する。    HgO→Hg+%02

系は外界から熱を吸収すると同時に,O。を発生し体積が膨脹し,外界に対して力学的に仕事 をする。つまり,系は変化に際して外界との間にエネルギー(熱と力学的仕事)を交換すると 同時に,それ自体の保有するエネルギー(内部エネルギー)の変化をきたすわけである。系の 変化が起こる前後の内部エネルギ[の変化を4E,変化に際して外界との間で交換された熱量 を9,力学的仕事をωとすると,エネルギー保存の法則によれば,系と外界との全エネルギー は変化の前後で不変であるから,系の内部エネルギーの変化量は,系が外界と交換したエネル ギー(熱および力学的仕事)によって完全に償われねばならない。式で表わせば

(6)

    ∠E=g十ω*2) となる。

反応は吸熱的であるのでg>0,力学的仕事ωは膨脹によるものであるからω<0である。

そして回>1刎であるので∠E>0である。反応の結果,系の内部エネルギーは増加する。水 の生成反応H2+施02一〉H20 を例にとると9く0:ω>0で,しかもlgi>iω1であるので 4Eく0となる。系の変化に際し,体積を一定に保たせるような条件を与えるとω=0であ

るので,∠E=gとなる。一方,系と外界との間の熱量の交換を断った,いわゆる断熱変化で はg=0であるので∠E=ωとなる。

  ロ)エネルギー散逸の法則(エントロビー増加の法則,熱力学の第二法則)……エネルギ ー保存の法則は,変化が,どのような方向にむかって起るかという問に対しては,何も答えて いないが,力学的仕事が熱を発生する場合,両種エネルギーの間に一定の等価関係があること は,この法則によって明らかである。しかし,この二種のエネルギーの相互の変換は,無条件 に起るものであろうか。

たとえば,高所より落下する物体の運動エネルギーは,完全に熱にかわる可能性をもつが,逆 にその熱によって同じ物体を,もとの位置にまで上げうる可能性があるだろうか。また船が航 海すれば,船体と海水との摩擦にょる熱が,たえず海水中に貯えられるが,その熱を使って船

を運航させることができるだろうか。

      ギ,卜

可能であれば,地面や海面に貯えられているほとんど無限の熱を利用して,物体を持ち上げた り,船を動かしたりするような機械をつくることができるであろう。

このような機械は第2種永久機関と呼ばれるが,かって実現されたこともないし,これからも 可能性はないと推定される。

このことは,エネルギー保存の法則から予知されるものではないが,その法則と矛盾するもの ではない。

 上にのべた第2種永久機関の不能は,「エネルギー散逸の法則」に結びついている。別の表 現をすると,「熱を除く各種のエネルギーは,つねにそれらを完全に熱にかえることができる が,熱を完全に力学的エネルギー,その他のエネルギーにかえることは,無条件にはできな

い。」

いいかえれば,自然界に起る現象においてはエネルギーの各形態は互いに変わりうるものであ るが,その変換の結果,いちど熱となったものは,それを完全に熱以外のエネルギーにひきも どすことはできないのである。4)*3)したがって「自然界においては,変化が起るたびに,全 体としては,保存されるエネルギーの全量の中で,熱として保存される部分が増大する」

この原則は,摩擦による熱の発生,高温の物体から低温の物体への熱の移動,気体の混合,拡 散などのように自然的に起こる現象は,いずれも逆もどりしない。すなわち不可逆的である,

ということを示すものである。

 不可逆とは,ひとにびある方向への変化を起こした物体または系が,それ自体としても,ま

*2)勿論,熱と力学的エネルギー以外のエネルギーの交換があれぼ(例えば,電池の場合の電気エネル  ギー)右辺にそれを加えるべきである。符号は系を主体として,それが外界からもらいうける場合  を正とす。

*3)アィンシュタィンの式E副no2(E:エネルギー,卿:質量,o:光速)が示すように,質量はエ  ネルギーの一つの形態であるが,熱エネルギーが質量に逆戻りしないことは,熱力学の第二法則の  示すところである。可成り多くの本に,物質を熱するとその熱エネルギーに相当する質量が増加す  ると記載されているが,間違いである・

(7)

た,その外界に対しても,何らの永続的な変化をのこすことなしに,完全に元の状態にもどる ことはないという意味である。

 ピストンの外方から加えられている力が,気体の圧力より小さければ気体は膨脹し,その反 対ならば気体は収縮するのであろう。もし,ピストンとシリンダー間の摩擦がなく,またピス トンの内外の圧力の差を充分小さく保つことによって,その運動を充分にゆっくりと行なうこ とができるならば,膨脹,収縮の過程は可逆的となるであろう。これは実現は不可能である が,理想化された可逆過程である。

一方,壁を外すことによって,気体が空室の方へ侵入する。このような変化は自発的に行なわ れるものであって,逆行させることはできない,つまり不可逆変化である。一般に自然に起こ る現象は,概して不可逆的であり,またそれゆえに進行の方向性をもつ。この自然現象の性格 を単に定性的でなく,定量的に規定することができるのがエントロピー概念である。

 エントロピーは前述のように,熱エネルギーの容量因子に相当するものであるが,分子論的 には物質の状態,あるいは構造における秩序の乱れの度合を表わす量である。

 不可逆過程は秩序の乱れをともなうものであり,エントロピーはそれにしたがって増加する 量である。孤立系とみなされる自然界においては,エネルギーはつねに保存されるのに対し,

エントロピーはつねに増加する。

エントロピーの概念は,化学現象の理解において極めて有用なものである。エネルギー保存の 法則(熱力学第一法則)とエントロピー増加の法則(熱力学第二法則)を基礎にして,熱力学

とよばれる理論体系が立てられた。

 3)エントロピ髄の概念

  イ)カルノーの熱機関……或る温度差(T2−T!)の下に移動される一定量の熱量9に対し て,営まれる仕事ωの比率を熱機関の効率という。 この効率は,どのような条件で最大とな りうるのであろうか。N.Camotの考察の結果,「最大効率をもつような熱機関は,熱力学的 に可逆循環過程をふくむものでなければならない」ことが結論された。

 熱機関の効率は,次式で示される。

      ▽V_T2−T1_Q2十Q、

      Q2  T2   Q2

この関係から,カルノー・サイクルのような完全な可逆循環過程をふくむ熱機関の効率は,温 度だけによって定まり,用いられた作業物質には無関係である。そして前述のように,このよ

うな理想的熱機関の効率は最大値をとる。上式を変形すると       72−T一_(22十(91       T2   Q2

      或は 玉=」塾  又は 丑=隻 となる。

      T2  Q2     T− T2

っまり,このような機関では,「ある温度で,外界との間で交換される熱量と,その温度との 比は一定となる」のである。

  口)エントロピーの定義……以上の可逆サイクルにおける熱量Qと,絶対温度丁との比 の一定の関係がみちびかれたが,比の値を表わす量としてSを導入した。すなわち

      Q/T=S

Sは先に,熱エネルギーの容量因子として定義したエントロピーであるが,エントロピーに対 する定義は, もともと上式に示されるようにカルノー・サィクルにおいて,系が外界と交換

(8)

する熱量と絶対温度の比を表わす量として与えられたものである。

ところでエントロピーSは,内部エネルギーEなどと同じく,ある系の状態を特徴づける量 であって,その絶対値を知ることよりもむしろ,系の変化にともなう変化量45を知ることが 重要であるので次のように書きかえる。

      ∠s一∫4Q/T

ヵルノー・サイクルの各過程における∠Sの合算値は零となることは容易に分るが,一般に可 逆過程をふくむサイクルにおいては,系のエントロピー変化は零である。同時に,外界のエン

トロピー変化も零である。なぜならばサィクルの結果,外界もまた全く元の状態に復帰するか らである。

これに対して,不可逆過程をふくむ変化,たとえば気体の自由膨脹を考えてみょう。理想気

体が恥らy2への自由膨脹を行なう場禽系は∠S−R磯に相当するエント・ピー

増加をもつ。この際,外界から熱の吸収を伴なわないので,外界におけるエントロピー変化は 零である。しかも,この変化は逆行できないために,系と外界とを合わせてのエントロピーは 増加する。

可逆膨脹の場合,系の内部では上述のエントロピー増加があると同時に,系は外界から膨脹の 仕事に相当するだけの熱を吸収し,外界はその熱に相当するエントロピーを失い,系のSの増 加量と外界における減少量とが互いに相殺され,全体としてSは不変に保たれる。

 一般に,ある変化に際しての系のエントロピー変化を4S(系),外界のエントロピー変化 45(外)とすると,孤立系のエントロピー変化4S(全)は

      ∠S(全)=∠S(系)一4S(外)

変化が可逆的の場合 ∠S(全)=0,不可逆過程を含む場合 ∠S(全)>0 となち。甲

自然界の変化は,概して不可逆的であるために,孤立系としての宇宙のエントロピーは,常 に増大する方向に向っている。(熱力学の第二法則) なおより一般的に,系が温度丁におい て,何らかの不可逆過程によって状態(1)から(証)に移り,その際,外界から熱量9を吸収し たとすると,この時外界のエントロピー変化(減少量)は ∠S(外)=一9/T である。

孤立系   △S(外)=一q/7

曲=回

も  の

  △S(系)雪¢r/T   △S(全)30

  △S(外)=一¢/T

薗;回

ぜ  の

  △S(系)=q7/T   △S(全)〉0

図2孤立系における等温可逆過程および等温不可逆過程

これに対して系のエントロピー変化(増加量)は,同じ変化が可逆的に行なわれた場合に,系が 吸収すべき熱量を4。とすると,

      4s(系)=・9。1T したがって全エントロピー変化は

で与えられる。

(9)

   ∠S(全)=∠S(系)+4S(外)=9。/T−9/T=0

不可逆過程に対しては∠S(全)>0でなければならぬ。したがって    97>g あるいは T」Sぐ系)=争>4

この結論は,等温不可逆過程においては系のエントロピー変化に相当する熱量g。は,外界よ り吸収される熱量gよりつねに大きい,ということを示している。

つまり,「不可逆過程においては,系の内部において外界から吸収される熱量のほかに,いく らかの熱の発生がともなうのである」

 4)エントロピーの統計論的意味

 気体の自由膨脹において,コックがあくと自然に気体は,他方の真空部に侵入してくる。し かも,その変化は不可逆的である。気体が理想気体であり,温度が一定である限り,気体が一 方のみに存在する場合と,両方に拡がって存在している場合とでは,そのエネルギー含量にお いてかわりはない。それなのに後者の状態が前者の状態に比して,実現しやすいのは何による のであろうか。

気体は非常に多数の分子集団であり,しかもそれら分子は空間に不規則に分布されている。前 者より後者の状態が好まれるのは,分子の配列の状態がちがうためではないだろうか。後者の 状態は前者の状態に比して,分子はより大きな空間に分布されており,各分子の分布はより乱 雑になっていると考えられる。

このような分子の秩序の乱れの程度を計量する尺度として,エントロピーなる量が導入され

る。

変化はエントロピーが増大する方向に,自然的に進行するのだと解釈される。つまり1前節で 定義されたエントロピーに対して,分子論的解釈が与えられたわけである。

 このような解釈によって,エントロピーを定義するためには,統計力学の方法が用い.られる が,結論のみを記しておく。

      s=々Jn9

ゐはボルッマンの定数,9は分子の分布が行なわれる場合の数である。

§ 化学反応の方向と平衡  1)化学応答の平衡と力学的類推

 25℃,1気圧のもとで,H・と0。とを混合しても事実上の変化はないが,適当な触媒を少 量添加すると,反応が急速に進んで水ができる。

       H2(g)十苑02(g)一→H20(1)

上の反応は25℃,1気圧でも自発的に起る可能性をもっておるが,触媒の存在によって,その 反応の速度が著しく速められたと解釈される。アンモニアの合成反応では,次のような反応が 起っている。

       N2(g)十3H2(g)一→2NH3(g)

しかし,どのようにしても,反応系のすべてが生成系に移ってしまうことはなく,反応は平衡 状態に到達する。力学系モデルと対比して,このことを考えてみよう。まず簡単な力学系モデ ルを考えてみよう。

固定されたピストンPを放すと,ピストンの移動については次の三つの可能性が考えられる。

(10)

ピストン P

ばねA ぱねB 図3ぼねの力学系

  (i)ばねAがピストンを右へ動かそうとする力∫4が,ばねBがピストンを左方へ動 かそうとする力∫βよりも大きければ,ピストンは自発的に右へ移動する。

 ポ勢す

∫彰  『

u

 ∫       1     

、    1    、    1   1

¥   5  ノ

、、4

 」

ぱねB(∫B)

ばねA(∫B)

平衡位置 距離

図4ばねの駆動力およびポテンシャル・エネルギー

  (ii)みくんのとき,ピストンは自発的に左に移動する。

  (iii)み=∫Bのとき,ピストンは移動しない。これは系の力学的平衡に外ならぬ。

図4に示すようにばねAおよびBが,ピストンPにおよぼすカノ 温およびんは直線のように なる。んと∫刃の交点でピストンは静止して,系が力学的平衡を保つことが分る。交点より右 では,ん>ん,左では!β<んとなる。

 同じ系を,ポテンシャル・エネルギーの概念を用いて解析してみよう。

ばねのもつポテンシャル・エネルギーUは,且ookeの法則による力!を強度因子, ばねの 長さの変化認を容量因子として,それらの積∫4」で与えられる。

      』. 4u=!4」

フックの法則より,!=か!,これを上式に代入すると 伽=為・1認 となる。

積分すると次式をうる。

      u=⊥々12       2

 この式は図4の点線のような放物線となる。極小点伽14」=0は,ばねAおよびBの駆動 力,∫且と∫Bが釣り合うところ,すなわち系の平衡状態に相当することがわかる。

 以上の考察から力学系の変化の方向および平衡に対して,次の法則が導かれる。

   (a)任意の力学系を放置すると,系はそのポテンシャル・エネルギーが,極小の状態 に向って自然的に変化する。すなわち∠U<0ならば,その変化は自発的に進行する。

   (b)任意の力学系の力学的平衡状態は,ポテンシャル・エネルギー極少の条件で与え られる。すなわち,平衡状態では4U=0でなければならぬ。

2)化学反応の方向と平衡の条件

上述の力学系の変化の類推から,反応系の駆動力が生成系の駆動力より大であれば,反応

(11)

は反応系より生成系へすすみ,等しいときは平衡を保つ。

また化学系においても,力学系のポテンシャル・エネルギーと同様の役割をはたすエネルギー 量があるとして,これをXで表わせば,

  (i)反応の進行に伴うxの変化を∠xとするとき,∠xくoならば,その反応は自発的 に進行する。

  (ii)平衡状態では,∠x=o

 化学反応の駆動力や,化学平衡を支配する状態量を明らかにするために,自発変化および平 衡状態において,おこりうると考えられる熱力学的過程の性質を検討してみよう。

いま一10℃,1atmのもとでは,液体の水は自発的に凝固し氷となる。 しかし氷をとかすに は,温度を0℃に上げるか圧力を高くしなければならぬ。このように物質の自発変化の方向を 逆転させるためには,相当多量のエネルギーを系に与えねばならぬ。

したがって自然変化は,熱力学的不可逆過程であると考えられる。これに対して0℃,1気 圧のもとで平衡を保っている氷と水の系では,ほんのわずかの温度または圧力の変化によって 氷をとかしたり,水を凍らせたりすることができる。 このように極く少量のエネルギー変化 で,容易に逆行しうる変化は,熱力学的可逆過程である。したがって,平衡状態でおこりうる 変化は可逆過程である。

以上の考察から,与えられた化学系が,不可逆過程および可逆過程をおこす条件を明らかにす れば,これによって変化の方向と平衡条件が規定されることが分る。

さて,系のエントロピー変化4Sと,変化の可逆性との間には,熱力学の第2法則が成立する ことを学んだ。すなわち不可逆過程に対しては△S>0,可逆過程に対しては△S=0であ

る。

この関係は,系と外界との間に熱や仕事などの交換がない場合,すなわち熱力学的な孤立系に 対するものであるが,実際に反応が進行する系は,外界との間に熱や仕事を交換しうる閉鎖系 である。

 熱力学の第一法則によると,閉鎖系が外界と交換する熱量9および仕事ωと,系の内部エ ネルギー変化△Eとの間には

       △E篇g十ω=争十砺が成立する。

 添字〆は,可逆過程に対応するものとする。先に,次の関係が成立することを示した。

       T△S=9r>4

 そこで,系のエントロピー変化に相当するエネルギーT△Sと,系が外界と交換する熱量,

9との差を9ノとすると, (T△S=4。)

       T△S−9=4

 不可逆過程(自発変化)に対しては 4>0,可逆過程(平衡)に対しては g =0 である。

 4は非補償熱とよばれる量で,閉鎖系が不可逆変化を行なう際に,系の内部で発生すると考 えられる熱量に相当する。

 4に対して次の表現を与えるとき,

       T△ S=g (△ゑS=エントロピー生成)

閉鎖系に対する熱力学の第二法則を,次のように表現することができる。

 不可逆過程(自発変化)に対しては  △6S>0  可逆過程(平衡)に対しては     △εS=0

エントロピー生成の概念を用いて,閉鎖系に対する熱力学の第一法則と第二法則とをむすびつ

(12)

     り   ゆ

∈⊃」詰〔蚕〕磁

⊂コ黒〔墾〕一

図5 エントロピー生成と9 の関係(T4 S昌4)

けると

   △E=(T△S−T△盛S)十躍

   △慮≧0(>0:不可逆過程の場合,=0:可逆過程の場合)

この関係は閉鎖系について,熱力学の第一法則と第二法則とを合わせて適用したものであり,

化学反応とエネルギーとの関連を検討する際の基本となるものである。

 3)化学反応の方向と平衡を定める状態量

 系が外界と交換する仕事,4ωの内容がすべて圧縮,膨脹の仕事,ρ4γだけである場合に は,上式は次のようになる。

    ∫E=宇4S一う4γ一丁ゴ S

 エントロピー,一定(4Sニ0),体積,一定(47=0)の条件下で反応が進行するとき       4E=丁偽S         となる。

   自発反応=4E<0(●』4 S>0)

   平衡  :4Eニ0(唖』4 S・=0)

エンタルピー E=E+ρyは,内部エネルギーEに,力学的エネルギーρyを加算したもの である。その微分は

   4∬=4E十与47十『V4ρ 4Eに上式を入れ変形すると    4、厚=TゴS十74ρ一丁45S

したがって,エントロピー,一定(∠S=0),圧力,』定(4ρ=0)で進行する反応の方向お よび平衡は,次の条件で規定されることが分る。

   自発反応:4E<0( 4θ=一丁4 S,46S>0)

   平衡  :4H冨0(∵4E・=一丁4εS,4 S=0)

 以上の考察から,定容,定エントロピー反応では,内部エネルギーEが,定圧,定エント ロピー反応では,エンタルピーHが反応の方向と平衡条件とをきめる状態量であることが分

る。

しかし,実際の反応の多くは定温,定容,または定温,定圧の条件下で起る。したがって,こ れら条件に対応する新しい状態量を導入する必要があり, そのためまず,内部エネルギーE

とエントロピーSとを用いて新しい関数を次のように設定した。

     F=E−TS    微分は        4F=・4E−T4S−S4T このように定義した状態量Fを,自由エネルギーとよぶ。

 先の式    4E=T4S一う4y−丁碗S と上式より

       4F=一S4T一ρ4y 一丁46S    が求まる。

 自由エネルギーFを用いると,定温(4T=0),定容(4γ・=0)での反応の進行方向,お

(13)

よび平衡の条件は次のように表わされる。

    自発反応:4Fく0( .。4F=一丁4盗S,4乞S>0)

   平衡  :4F=0(●。 4F=一丁4盛S,4盛Sニ0)

次に,エンタルピーHとエントロピーSを用いて,次の状態量を定義する。

   o=H−TS

   4σ= 旺1−T4S−S4T

   4E=T4S十γ4ρ一丁偽S であるので    4(3!=一S4T十174ρ一丁4言S

定温(4T=0),定圧(4p=0)反応の進行方向およぴ平衡の条件は,

    自発反応:4Gく0(●.。4G=一丁4 S,4f5>0)

   平衡  :40=0( 40=一丁4β,φ8二〇)

 以上の結果をまとめると,種々の条件下で進行する反応の方向と平衡の条件は,次表で与え られる。これらの関係は,いずれも系の内部における,エントロピー生成に関する熱力学の第 二法則から導かれたものである。

反応の進行方向と平衡条件 反応条件

S,V:一定 s,P;一定 T,『V:一定 T,P:一定

反応の平衡を支配する状態量 内部エネルギーE

エンタルピーE 自由エネルギーF 自由エンタルピー(∋

自発反応

4E<0 4E<0 4F<0 40<0

平  衡 4ム富0

4E躍0

41・講0

!6=0

 4)化学反応におけるエンタルピー効果とエントロビー効果

 19世紀の中頃まで化学者は,化学反応の起こる難易を定めるものは,反応にともなう発熱量 であり,それが大きいほど反応は起こり易いと考えていた。

たとえば下の反応は,テルミット反応としてしられる。

   Fe203十2AI→・A1203十2Fe十185.6kca1

この反応は発熱的であり,自発的に起こりうる。また,この逆反応は,自発的に起こる可能性 はないといってよい。このような場合,反応の起こる方向を反応エジタルピーによって定める ことは,一見合理的であるように見える。しかし吸熱的であっても,自熱的に起こる反応もあ る。たとえば,次の反応がそうである。

   C(s)十H20(g)→CO(g)十H2(9)十52.42kca1         (10000K)

熱力学の発展に伴って,反応の方向や平衡を支配するものは,反応エンタルピーのみではな く,反応が一定温度で行なわれるという条件の下では,自由エネルギー∠F,自由エンタルピ ー」6のような状態量の変化を考慮しなければならないことが明らかになった。 (前述)

 たとえば,一定温度(4T=0)では    40=4E−T45一(S4T)   1    4F=4E−T45一(54T)

の如く,エンタルピー項または内部エネルギーとエントロピー項丁4Sの代数和として表わさ

れる。

   Fe203十2A1→A1203十2Fe

(14)

上式のような場合にはFeとOの結合が破れ,A1とO原子の結合が生成するのであるから,

物質のポテンシャル・エネルギーの変化乙外部との仕事のやりとりからなるエンタルピーの 変化に帰せられる。このような場合には,第2項丁4S(エント白ピー項)の影響はほとんどな

く,反応の方向を支配するのは4Eであると見徹される。ところが    C(s)十H20(9)→・CO(9)十H2(9)

の場合には,原子間の結合エンタルピーの変化のほかに,固体の炭素が消滅して,気体の一酸 化炭素が生成するというような変化が伴っている。一般に,気体は固体にくらべて,その構 造の秩序の乱れの多い状態であるから,この反応が起ることによって,・エントロピーの増加

(4S>0)がともなうことが予想される。

この反応は実際には吸熱的(∠H>0)であるのに,それが高温で自発的におこりうるのは

∠S>0であり,T∠Sの値が4Hのそれよりも大きく,したがって∠(}く0となるためと考え ればよく理解される。

 一般に,化学反応にはエンタルピー変化∠Hと同時に,エントロピー変化∠Sがともなうも のと考えねばならない。しかも後者の影響は,一般に温度が高い程有力なものとなる。

 5)自由エンタルピーと化学ポテンシャル

 定温,定圧反応では,ばねに相当する状態量が自由エンタルピー(、で,系の自由エンタル ピー極小の位置が平衡に相当することが分った。

 ところで反応を起こす駆動力(力学系のばねに相当)は何であろうか。

物質AおよびLの与えられた量を含む系の状態を(1),その自由エンタルピーをOI,系の 中のaモルのAが4モルのLに変化した状態を(豆),その自由エンタルピーをOIとす。

系(II)

 系(P〔コ

(の

A,   L

aA_¢L

不可逆反応

      aA   尼L

図6 定温,定圧下での状態(1)から状態(皿)への変化

定温,定圧下では系(1)を系(五)に移すには   ・(i)系の中で反応,aA→4Lを1回進行させる。

  (ii)系の中では反応を進行させず,系からaモルのAを外界へ取り出すと同時に,外界 から系の中へ6モルのLを入れる。

(i)の操作の際には,系の中では反応(aA→4L)が不可逆的に進行するので,エントロピ ーが∠ Sだけ生成し,この変化による系の自由エンタルピー変化は

   式(前出) 4G=一S4T+γ4T−IT4 S から定温,4T=0,定圧,吻=0であるので

   OI−G三= (∠G)処P=一丁∠盛S.

(15)

これに対して(ii)の操作では,系の中で不可逆過程はおこらないから,そこでのエントロピ ーは生成なく4 S=0である。

いま,定温,定圧下で1モルの物質ブを系に加えた(あるいは取り出した)ときの系の自由エン タルピーの増加分(或は減少分)を,問題の系中のノの化学ポテンシャルと定義し,μノで表わ

すことにする・   畷調)跡鴻

 恥は物質ブのモル数,晦はブ以外の物質のモル数をすべて一定にすることを示す。この化 学ポテンシャルを用いると,操作(ii〉による自由エンタルピー変化は

   (∠G)T.p=2翫一aμ4で与えられる。

ところで(i),(ii)ともに,系の状態を(1)から(H)へ変えるものであるから,

    一丁∠ S二6μ五一aμ遜  ∴ 反応の平衡条件は

   aμ4=6μ』 ( .●∠εS=0)

   自発的の進行(a4→・2L)条件は    aμ且>2μ五 (●. 4S>0)

 前に述べた,ばねの力学系では駆動力は,ばねの力ん,∫Bであった。

この力学系の場合と比較すると,化学反応の駆動力は,反応系および生成系の化学ポテンシャ ルであることが分る。

反応系の化学ポテンシャルが生成系のそれより大きければ,その反応は自然的に進行しうるも のであり,両者が等しければ平衡状態が成立する。

§ 化学反応の速度  1)化学反応の速度

 化学反応は,ばねの力に相当する駆動力である化学ポテンシャルμの大きい方から小さい方 へ進む。また力学系は,ポテンシャル・エネルギーUの極小状態で落着く。同様に反応系で はT,『V一定の場合,自由エネルギーF,またT,ρ一定の場合,自由エンタルピーGが極 小状態へ移ろうとする。そして平衡状態になる。

ところで,此のような反応はどのような速さで,どのような具合に平衡にまで到達するのであ ろうか。

酢酸エチル(CH、COOC、H,)の加水分解を考えてみよう。CH.COOC、H,と水をまぜて,そ れに一定量の塩酸を加えて一定温度に放置すると,次の反応がすすむ。

    CH3COOC2H5十H20→・CH3COOH十C2H50H      (1)

この反応の進む速度は,CH。COoH:の濃度が増加する時間的割合d(CH3CoOH〕/認であら わすことができる。この場合,速度として(CH3COOC2H5)の減少速度一d(CH3COOC2H。)

/4∫または(C2H。OH〕の増加速度d〔C2H。OH)/4♂をとっても同じである。

この反応は開始直後に最も速く,時問と共におそくなるがCH3COOC2H。が完全にCH。COOH とC。H:50Hになるわけではなく,ある組成で反応は見掛け上とまってしまう。

最初に用いるCH3COOC2H5の濃度をちがえて実験すると,反応の速さは CH、COOC2H5 の濃度に比例することが分る。このように比較的うすいエステル水溶液を用いる場合,反応の 速度は次のように表わされる。

(16)

    d〔CH3COOH〕/dt=一d〔CH3COOC2H:5〕/dt=々、〔CH3COOC2H・〕

ただし,々,は速度定数(rate constant)と呼ばれ,エステルの濃度には無関係である。実際 には々一(CH3COOC、H。)〔H20〕となるべきであるが,希薄溶液の場合,反応を通じて(H20)

が殆んど一定と見なせるので(H20)o=1となり,上式のように省略することができる。

酷酸とエタノールと水を混ぜ,塩酸を加えておくと,逆に酢酸エチルが生成される。 このと き,エステルのでき始める反応速度d〔CH3COOC2H5)/dtは,そのときの酢酸およびアル コールの濃度によって変わり, しかもそれぞれの濃度に比例することが,実験的に求められ

る。

    d(CH3COOC2H5)/dt=々2(CH3COOH〕〔C2H50H〕

k2はエステル生成反応(エステルの加水分解の逆反応)の速度定数である。しかし,この場合 も全部がエステルにならない。

注目すべきことはどちらから出発しても,同じ組成の平衡状態に達して,反応が見掛け上止ま ってしまうという事実である。これが平衡点である。この平衡点で,すべての変化が止まって しまったのであろうか。

平衡点において,その時の系内のCH.COOC2H5のCH3のCを同位体番C(CI4またはC−3)

でおきかえ,等量の紀H3COOC2H5を作り,同じ平衡組成を保つようにする。 この操作は 全体の化学組成を変えてないから,その系の化学組成は時間が経っても見掛け上何の変化もな い。ところが,エステル中の菅C濃度が時間と共に減少し,CH3COOHの中に入ってゆくこと が分析によって確かめられる。つまり平衡組成にありながら,反応は次のようにすすむのであ

る。

   粥CH3COOC2H5十H20一→*CH3COOH十C2H50H

しかもd〔*CH、COOH〕/dt一二d〔呉CH3COOC2H・〕⇒,〔粥CH、COOC、H,〕

       dt の如く尾は前の場合に等しい。

すなわち一見しただけでは,反応は止まってしまっているような平衡状態においても,反応は 依然として進んでいる。ただ,左→右,左←右の速度が互いに等しく,全体として釣り合って いるにすぎない。

 2)反応速度定数

 反応速度定数為は濃度によらない定数であるが,反応温度,溶媒などの反応条件によって変 化する。ゐは反応物質の濃度が,単位量である場合の反応速度に相当する。

まずたの求め方についてのべる。

一般に A+B−C+D の場合〔エステルの加水分解はこれに椙当するが,水に相当する

(B)の濃度が反応により変わらないところから(B)o=1)

Aの初濃度をa,時間tまでの反応量をPとすると     dp/dt=た(a−P),

    一1n(a−P)=・k十C,t=0のときP=0       −ln(a−P)=々t−1na

    海t認ln a        a−P

常用対数に直すと,次の式を得る。

(17)

      a   々        109   ニー。∫

       a−P 2.50

10g a を∫に対してプロットして,勾配を求めると,勾配=陶/2.50より々が求められる。

 a−P

今の場合,・4に関して一次反応であることが予め分っていたが,一般に反応次数は不明であ

る。

    H2SeO3+2(SO2)・+H÷(触媒)C1一+〔H20)o→Se+2H2SO・

を例にとろう5〜7)Q

エステルの加水分解の場合と同じく,HaOは多量に存在するし,SO。も過剰に溶液中に通すの で,反応中それぞれの濃度は変化しないと見徹すことができる。すなわち(SO2)o,〔H20〕oで ある。そこでH2SeO3の初濃度をamo1/4,反応時間t秒後の還元セレニウの量をPmo1/2 とすると

訳100…ii

暮80

260

40

20

0

o

o

Q

o

o

◎ 0.0876 mo1./

∈)0.0368moL/

◎0.0184moL/」.

00.0086mol,/ .

   0 1200 2400 3600 4800

      丁五me(sec。)

図7調H2Se30のSO2による還元反応におけるH2SeO3   の濃度の影響(塩酸々性)

   〔H+〕:0.499・ion/4,温度:70。C

    一d(a−P)/dt=dp/dt・=海(a−P)η

    々=速度定数(6,mor:sec一一),       1・・1     η:反応次数

この式の解

    t=={aπ一1一(a−P)π一1}/{々(n−1)(a−P)% 一aπ一1}

ρ二⊥σになる時の時間,砺(半減期)を実験より求め,初濃度aを代入してκを求めたとこ   2

ろπ≠2となった。すなわち,本反応はH2SeO3に関して2次反応であることが分った。

次にn=2を代入することにより,反応速度定数を求めた。

%=2が分ったので, 今度は初濃を一定にして,温度を変えて実験をやり,前と同様にして

(18)

70℃,60℃,55℃,50℃の場合の速度定数として,それぞれ0.118,0.042,0.020,0.012,

4,mol一一secdを得た。これらの対数に対する1/Tのフ。ロット,すなわちArrheniusのプ ロットから活性化エネルギーを求めた。

今までのべた反応は,HC1溶液中での反応であったが,H。SO。溶液中では可逆反応が起こり,

次式が成り立つことが分った翫7)。

(100

●δo

ε

8

ε

0 9

o

       Time(sec。)

図8H2SeO3のSO2による還元反応における   H2SeO3の濃度の影響(硫酸々性)

   〔H+〕:0.609・ion/4,温度:600C

oo 一一 ・二二二∵二、∵r」』ご・…一     ● Al 80 B

o q

●010368molノ」.

00.0184 ウ

4 00.0092 ゆ 6Calcuhted by Eq.2・4

ot皇edll馳e,forwardreaαionwit卜 ra象e

2 co鶏s㎞tobtainedfromEq.aLwhen reverse reaction does恥ot㏄cor.

12 2400     3600 40

   一d(a−P)/dt=dp/dt=ゐ2(a−P)2一短ノP2

ただし,々。 は逆反応の速度定数で,逆反応は折出セレニウムに関して2次反応であると仮定 した。他の記号はHC1酸性の場合と同じである。

この式の解は

      2.505  {(々ブ々2 )κ一々2一〆砺}/{(々2一々2 )劣一々2+〆硯

   t=2a〆研●lo9

       (一〆々2々2 一々2)/(〆々2々2 一々2)

ただし κ;反応達成率 .P=a劣 である。

 3)化学反応の起こり方8)

 イ)反応速度に対する濃度の影響(衝突説)……反応物の濃度が増すと,反応速度は増す。

何故であろうか。

物質を分子の尺度でみると,反応するためには分子が接触しなければならぬ。つまり,反応粒 子間の衝突が起こらねばならぬ。したがって一定体積中の粒子の数が増すと,分子の衝突数も 増し,反応速度を増す。

不均一相反応,たとえば次の反応は相の間の接触面積によって定まる。

      燃焼

   木(固体)+酸素(気体)一→炭酸ガス(気体)+水(気体)

粉塵爆発は,その顕著な例である。

ところが,反応物の濃度が反応速度に影響しない反応があるのは何故であろうか。

  口)反応機構……化学反応が起こるためには,反応粒子が衝突して原子の結合の再配列が 起こり,新しい分子種ができる。今,次の反応を考えてみよう。

   5Fe2+(aq)十MnO4てaq)十8H+(aq)→5Fe3+(aq)十Mn2手(aq)十4H20

この反応が一段階で起こるとすると,14個のイオンが同時に衝突する必要があるが,そのよう

(19)

なことが起こる可能性は非常に小さい。つまり,反応速度は測定できない程小でなければなら ぬ。ところが実際には,可成りの速度で進行するから,この反応はいくつかの段階を経て進行 し,そのどの段階でもそのような可能性の低い衝突は含まれていないのであろう。そのような 一連の反応の段階を反応機構という。

別の反応 4HBr(気)+O。(気)→2H。0(気)+2Br。(気)ではO。とHBrは反応速度を変える のに同じように効果的である。 しかし衝突説では,1分子のO。に対して4分子のHBrが必 要があるのに,HBrの濃度(圧力)の変化が0。のそれと同じ効果を持つのはおかしい。

4個のHBrと1個の02が同時に衝突する可能性は,実際にはゼロであって, この反応は一 連の簡単な段階によって起こっているに違いない。すなわち

HBr十〇2→HOOBr

HOOBr十HBr→2HOBr

HOBr十HBr→H20十Br2

おそい はやい はやい

(1)

(2)

(3)

(1)十(2)十2×(3)

   4HBr十〇2→2H20十2Br2

(1),(2),(3)の段階ではそれぞれ,ただ2個の分子が衝突している。そして(1)の段階がおそいの で,:HBrとO。が反応速度に対して同じ効果をもつことも説明できる。反応(2),(3)がどれだけ 速くても,おそい(1)反応に全体が支配される。

反応(1),(2),(3)を4HBr+02→2H20+2Br2の反応機構とよぶ。そして,(1)の反応機構を律 速段階とよぶ。

  ハ)温度の効果……温度を上げると反応は速くなる。しかも,濃度の及ぼす効果よりはる

カ〉に大きい。

室温において,米国の家庭用ガスのCH・と空気の混合物では,CH・は毎抄109個の02と衝突 しているが,反応は進行しているようには見えない。したがって,ほとんどの衝突は役に立た ないか,あるいは衝突論がよい理論でないかの何れかである。

実際には前の結論が正しい。つまり,衝突が起っても,その時のエネルギーがある量以上であ るときだけ,化学反応は起こるのである。

 4)反応速度に及ぼすエネルギーの影響

  イ)運動エネルギーの分布……衝突の際,エネルギーがある量以上であるときだけ反応が 起こるわけであるが,「ある温度で分子はどれだけのエネルギーをもっているか」ということ が問題になる。

 スズ粒子の蒸気の運動エネルギーの分布を調べた結果,図9のようになるが,温度を変えた 場合,あるエネルギーE、よりも大きいエネルギーをもつ分子は,高温丁2の場合の方が低温丁,

の場合より大きい。つまりE、以上のエネルギーを持つ分子が,温度を上げることによ、り増加 するし,その増加量も僅かの温度変化によって大きくなる。すなわち,あるエネルギー量以上 の分子数が増え,このために反応速度は大きくなる。それと同時に,温度を上げると衝突の回 数が増すことにもなるので,これも反応速度を増す原因となる。しかし,一定量・E。以上のエ ネルギーをもつ分子数の増加に比べれば,衝突回数の増加の効果は少ない。

  口)活性化エネルギー……前述のように,化学反応速度は温度によって変化するが,その 関係は実験により次のように求められている・

参照

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