は じ め に
憲法権利とは︑簡単に言えば︑憲法によって確認され︑憲法の保障を受ける権利であ
﹀1
︿る︒比較法の角度から見れば︑憲法権利は︑各国の憲法条項および憲法理論において表現されている形態もそれぞれ異なっている︒中国における現行憲法上の表現は「公民の基本権利」である︒この概念は旧ソ連の憲法典にまでさかのぼることができる︒なぜなら︑新中国最初の憲法︑すなわち五四年憲法における条項の多くが︑旧ソ連の一九三六年憲法における条項のいくつかを直接に移植したこと︑八二年憲法の改正は︑なおも五四年憲法のテキストを基礎として完備されたためで あ ﹀2
︿る︒仮に様々な概念上の争いを捨て去るならば︑憲法権利の実質は︑憲法規範の形式によって確認され︑同時に特定社会における根本規範︵Fundamental Norm︶を保障するところにある︒こうした根本規範は︑その効力の段階構造にあっては︑一般の法律よりも高くおかれ︑憲法の下にあるいかなる国家機関にも侵犯されるべきではない︒この根本規範は︑実定憲法を超越する根本規範と見なされる場合があり︑憲法制定権および憲法改正を拘束するのであり︑ドイツ憲法学上のいわゆる「違憲の憲法規範」はまさにこの原理に基づいている︒このため︑憲法権利は憲法規範体系の核心を構成し︑憲法権利の保障問題に関する研究も︑憲法学における重要な内容を自ずと構成しているのである︒
中 国 の 憲 法 権 利 理 論 に つ い て ─ ─ 方 法 論 の 視 角 か ら ─ ─ 翟 国 強︵訳=野口
武・吉川 剛︶
●●●●● 論 説 ││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││中国法の諸相
中国の法学界では︑憲法権利理論に関する研究は︑中国における政治観念と政治的枠組﹇政治格局=原文︒以下同﹈の発展と密接に関連している︒五四年憲法制定後の一定期間︑憲法権利に関する論文は基本的には政論を帯びたものであり︑厳密には学術的理論研究とは異なり︑政治的宣伝のものであった︒しかし︑文革期に至ると︑憲法学研究は基本的には停滞し︑憲法権利理論と現実の権利保障は一様に軽視された︒一一期三中全会の後︑「実践は真理を検証する唯一の基準である」との表明を区切りとし︑中国は上から下への思想解放の過程を歩んでいった︒加えて国家の政治秩序が安定へ向かったことで︑学術研究の環境は日増しに緩やかなものとなっていった︒憲法学の研究が漸次正しい軌道に進んだことで︑学界では憲法権利の保障に関する論文︑著作といった成果が絶えず公表されるようになっていった︒この後︑憲法学界における憲法権利理論に関する研究は絶えず深化しており︑日ごとに成熟し︑現在ではなかなかのレベルに至っている︒本稿は︑この六十年来における憲法権利の保障に関する研究成果について学説史の整理と総括を行うと同時に︑この基礎の上に現在の中国における憲法権利理論が直面している課題を検討するものである︒
一 憲 法 権 利 理 論 の 発 展 経 路 と 新 中 国 に お け る 憲 法 事 件
憲法権利は法律規範の形式をもって確認され︑ある特定の社会での根本的価値を保障する︒建国後︑政治上において旧法統に対する徹底した放棄がなされたことにより︑憲法学研究の道筋に部分的断裂を生じさせた︒中国では︑法定権利としての憲法権利は︑五四年憲法の採択に従って発生したものである︒新中国最初の憲法の公布に伴い︑憲法権利は新中国における学者の視野に入ることとなった︒かなり早い段階から︑憲法権利に論及した成果としては︑楊化南が一九五四年︑『政法研究』第三期に発表した「わが国憲法における公民の基本的権利と義務」﹇我国憲法中公民的基本権利和義務﹈の一文がある︒この論文は中国憲法上の権利条項を紹介することを通じて︑人民民主専政の合法性問題を論証したものであり︑また︑これをもって「資産階級国家の宣伝機器および評論家」に反駁し︑それにより「中国の人民民主制度の優越性」を明示した︒新憲法公布後の数年間︑憲法権利に関する論文の多くが︑憲法上における公民の基本的権利ならびに義務に関する条項の背後にある階級的力量の対比について論述を行い︑当時の政権の合法性に対する根拠を提供した︒こうした論述は︑学術
的研究とは言い難いものであり︑より大きな程度において︑対外宣伝の必要に基づくものであった︒文革開始前夜まで︑憲法権利における成果の多くが︑階級分析の方法を主とした論述であり︑階級分析の方法論を極端にまで運用して述べるものすらあった︒たとえば一九六二年に︑関懐が「わが国公民の個人所有権を論ず」﹇論我国公民的個人所有 ﹀3
︿権﹈と題する論文を発表した︒その中で階級分析方法を用いて中国公民の個人所有権と資本主義における個人所有権との違いを論じていたとはいえ︑同時に個人所有権の範囲と保障方式を客観的に分析しており︑当時の法学界にあって︑数は多くなくとも︑学術的研究の質をもった論文であった︒この論文に焦点を合わせて︑柴発邦は階級分析の角度から出発し︑真っ向から対立する論点を提起した︒彼は公民個人の所有権と個体労働者の所有権には本質的な区別があるととらえ ﹀4
︿た︒こうした階級分析の方法は︑当時の中国における憲法権利理論に関する研究の主要な傾向を代表するものであった︒ 十年の文革期間において︑憲法権利に関する研究全体ないしは憲法学研究全体が基本的に停滞状態におかれた︒一九七八年一二月の中国共産党一一期三中全会公報は「憲法が規定する公民の権利は︑断固として保障すべきであり︑如何なる人も侵害してはならない」と指摘した︒公報における︑この論断は文革の洗礼を受けた中国憲法学界に対し て述べられたものであり︑すこぶる「出発前︑母の餞別酒を飲む」﹇臨行喝媽一碗 ﹀5
︿酒﹈といった意味をもち︑憲法権利を研究する上での後顧の憂いが取り除かれただけでなく︑学界の憲法権利に対する研究が「正確な政治方向」を具えていることを保証したのでもあった︒この後︑法学界では権利問題に関する研究が試み始めら ﹀6
︿れ︑憲法学界にあっても︑八二年憲法の改正を契機として︑憲法権利理論に関する研究が徐々に開始された︒八二年憲法の改正は全面的な憲法改正と見なされ︑細部にわたる個別の条文の増減とは異なり︑改正前に充分な醸成期間をもち︑社会での広範な討論がなされたのであった︒アメリカの憲法学者であるBruce Ackermanの憲法政治理論を用いて分析すれば︑八二年憲法の制定前後は中国憲政発展史上における「憲法の瞬間」であり︑厳密には憲法権利理論に関する研究の歩みが︑まさにこの憲法改正を中心として展開されたと言えよう︒
八二年憲法の採択後︑さらに多くの学者が憲法上の基本的権利に関する条項に視線を集め︑こうした変化は︑欧米の学者に関心をもたれることさえあっ
﹀7
︿た︒こうした研究の大部分は︑新憲法の制定を中心に展開され︑憲法上に規定された権利の条項について「解説」が行われたことから︑社会における憲法権利に対する関心とその重視をよび起こし︑社会全体の権利意識を高めたのである︒憲法改正が完
了した後︑主流をなす学者は憲法権利の正当性を論証し始めており︑この時期の研究は憲法に保障される権利の重要性を特に強調していた︒主な研究としては「憲法上の基本的権利とは何か」︑「憲法がこれら基本的権利を保障すべきなのはなぜか」というものであっ ﹀8
︿た︒このほか︑ある学者も具体的な憲法権利に対する解説を試み始め︑憲法権利を保護することの重要性を呼びかけてい ﹀9
︿た︒当然︑こうした完全に憲法権利の条項を解説することをもってなされた研究における最大の問題は︑価値命題と事実命題を混同して論じているところにあり︑憲法権利の存在における当為形態および法定形態ならびに存在形態が混同されてい ﹀10
︿た︒その中の典型的な観点こそが︑憲法が規定した権利は︑憲法の保障を受けた権利と等しいとするものであ ﹀11
︿る︒八二年憲法の制定から一九九〇年代までは︑こうした憲法権利の条項に対する解説的研究を行うことが︑憲法権利理論の主流を占めていた︒早期の憲法学における憲法権利の条項に対する単純な解説は︑決して厳格な意義の上での学術研究ではなく︑政治化︑スローガン化した概念で覆われていた︒しかし︑否定できないことは︑社会全体の憲法権利意識を高めることを促し︑権利を尊重し保護する憲法観念を形成させ︑国家のイデオロギーの側面において︑過小評価できない重大な意義を形作ったことである︒こうした研究も︑国家における政治と法律実践に︑権利の保障に対する重視 を引き起こさせたのであり︑その上で︑国家に各種措置を次第にとらせ︑公民の基本的権利に対する保障をするよう促したのである︒このような進歩について︑八二年憲法以後では︑観念の変化により︑中国公民が実際に享受する言論︑出版︑結社︑移転の自由︵この権利は憲法にはっきりと規定されているわけではない︶は︑次第に増加していると指摘する海外の学者もい ﹀12
︿る︒ 憲法権利とは人権の法定化である︒従って憲法権利の研究と人権研究は密接に関連している︒中国の法学界にあっては︑かつて人権を資産階級の価値として批判と排斥を加え ﹀13
︿た︒九〇年代初めには︑人権研究の禁区が完全に打破された︒人権に関する研究が法学界の白熱した問題となったのであり︑こうした動向も憲法学界が憲法権利理論に対する強い関心を促すこととなった︒これ以前に︑中国の法学界は解放前の憲法学説を分析せずに全面否定をしていたのであり︑また︑単純化して解釈されたマルクス・レーニンの古典的著作を採り入れて「学術研究」を行った︒これに対して︑許崇徳は︑「建国前の憲法学に対しては︑一律に︑分析を加えずに徹底した否定がなされたのであり︑こうした方法は取るべきではなかっ ﹀14
︿た」と指摘している︒しかし︑政治秩序の変動は︑決して憲法学説史の道筋を完全に切断したわけではなかった︒九〇年代後半の憲法権利理論に関する研究においては︑人権研究に関する新たな風向
きの力を借り︑これら解放前の憲法権利の学説に関する著作は広く引用され︑中国における憲法権利理論の研究に影響を与えてい ﹀15
︿た︒こうした転換によって︑学界は中国の憲法権利研究における学術的道筋へと再び戻っていく中で︑旧ソ連の国家法理論の影響から徐々に脱却させることを引き起こしたのであり︑同時に世界各国の憲法権利保障に関する理論と実践を大胆に参照することを始めさせたのであった︒韓大元の指摘するように︑「中国社会が発展する中で︑憲法と憲法学は異なる発展ルートと論理に従っており︑政治の憲法学に対する影響力は決して絶対的なものではない」のであ ﹀16
︿る︒ 経済体制改革のプロセスが加速されるにつれ︑全国人民代表大会は一九八八年四月および一九九三年三月と一九九九年三月における憲法改正を通じて︑国家経済制度に対して︑不断に新たな枠組を提起した︒この過程のなかで︑法哲学界は「社会主義市場経済を建設する」という主流の言説を切り口として︑「社会主義市場経済は権利経済である」という基本的命題を提起し︑権利を保障することと経済建設の密接な繋がりを論証し ﹀17
︿た︒法哲学界が「市場経済こそは権利経済である」と論断したように︑憲法学界も同様にこのことに対して強い関心を示し ﹀18
︿た︒市場経済体制の構築と完備の核心は財産権問題にあったことから︑憲法の財産権問題に対する研究が当時の憲法学界において中心的 な問題となっ ﹀19
︿た︒加えて︑これまでの憲法改正が︑すべて経済体制改革に関する改正であったことから︑憲法学界も財産権に対して強く関心を寄せるようになった︒憲法上の財産権保障理論に関する研究は絶えず深まり︑学者たちはスローガン式主張から脱却し始め︑転じて「憲法はいかに財産権を保障するか」を研究し始めたのであ ﹀20
︿る︒一九九〇年代末から今世紀初頭まで︑都市の家屋立ち退き問題の中で現れた権利訴求と社会矛盾は︑さらに憲法学界の財産権に対する関心と研究を刺激した︒これら憲法権利に対する研究成果は︑最終的に二〇〇四年の憲法改正に対して︑法律技術上の支持を提供し︑二〇〇四年の憲法修正案第二二条に盛り込まれた権利保障の規範構造は︑まさに学術界が主張していた保障であり︑すなわち保障+法律︵公共利益︶制限モデルであっ ﹀21
︿た︒憲法修正案第二二条における財産権保障についての改正は︑憲法学の財産権保障問題に対する関心を再度刺激し︑これら研究は︑過去の研究を総括したという基礎の上で︑憲法の財産権に関する保障方式の研究に対してさらに重きをおい ﹀22
︿た︒この後︑学界は︑憲法上の財産権保障に関する研究に対して︑新たな盛り上がりを見せた︒一九九三年から二〇〇八年までに発表された一四三篇の︑憲法の財産権に関する学術的論稿に対して検索を行った統計によれば︑二〇〇四年から二〇〇八年の四年間だけで九三篇が憲法の財産権の保障問題を研究するもの
であり︑一九九三年から二〇〇四年の一一年間では五〇篇であった︒全体から見ると︑憲法の財産権保障についての研究にあっては︑その規範性が︑まさに次第に強化され︑従来の単純な政治的言説から脱却し︑その法律条文たる論理構造とその適用性が重視され始めてい ﹀23
︿る︒ 二〇〇一年︑最高人民法院の「斉玉苓案件」に関する「批 ﹀24
︿復」は︑中国の法学界に︑憲法権利理論を用いて現実の案件を解釈する契機を提供した︒この案件は憲法学が憲法権利における第三者効力の問題に関する学理上の討論を巻き起こした︒さらに︑二〇〇三年に発生した「孫志剛事件」と「延安黄碟案件」は同様にして︑憲法権利理論の研究に対して︑現実的な分析サンプルを提示した︒学界におけるこれら事件と案例に対する討論は︑憲政の実践に一定の影響をもたらした︒たとえば︑収容審査制度の廃止は︑非常に大きな程度において︑学術界の「公共知識分子」の憲法権利保障に対する激しい討論によって決定づけられ ﹀25
︿た︒二〇〇四年の憲法修正案第二四条には「国家は人権を尊重し︑保障する」との条項が追加され︑憲法権利理論の研究は︑今では憲法学研究の重心が存在するところとなっている︒
二 方 法 論 の 進 展
──法哲学的方法から法解釈学的方法まで六十年にわたる中国憲法学界の基本的権利に対する研究を俯瞰すると︑単一的な法哲学レベルで価値研究が展開されていたことから︑憲法権利を法規範として法解釈学の角度から行う近年の研究へと︑大体において︑その方法論における転換を経てきたのである︒早期の研究は︑法哲学の角度から憲法上に規定されている権利それ自体の正当性︑憲法権利の背後に存在する価値立脚点や社会背景などを論証することが主であった︒たとえば︑五四年憲法および八二年憲法制定後のある時期にあっては︑中国の憲法権利に関する研究は︑主として︑基本的権利の内容と価値について︑たとえば︑なぜ憲法が基本的権利を保障するのか︑特定の基本的権利はいかなる意義と価値を有するのかといった研究がなされた︒このほかにも︑憲法権利に対して︑法哲学と道徳哲学から行った研究も比較的多く見受けられ︑それは︑憲法権利はいかなる特徴をもつのか︑その正当性はどこに在るのか︑憲法が確認した基本的権利それ自体の道徳的基礎および歴史的文化的基礎は何かなどである︒「憲法の法律性」が次第に広く承認され︑受け入れられてゆくに従って︑学界は法学の角度から憲法権利を研究し始
め︑法解釈学の方法を運用して︑憲法権利に規範的分析を加え︑具体的な基本的権利の保障内容に対して研究を行うことが重視された︒こうした研究は︑現代法治国家における憲法権利に関する最先端の研究成果を大胆に取り入れており︑憲法における基本的権利の規範構造を分析し︑また「憲法権利の保障︱制限︱制限に対する制限」といった保障の枠組を提起したのであ ﹀26
︿る︒
㈠ 憲法権利研究における法哲学の方法 法哲学的方法の特徴は︑実定法に対して「体制を超越した立場」をとっ ﹀27
︿て︑法律現象の背後にある抽象的︑普遍的︑超実証的原理および価値を分析する︒こうした方法は︑憲法権利の理論研究において体現され︑憲法権利それ自体の法規範的属性を避け︑規範の背後に含まれる価値︵規範が有しているイデオロギーを含む︶を直接に検討する︒中国の憲法権利についての研究は︑かつてマルクス主義の階級分析を根本的方法として︑憲法権利の背後にある階級力量の対比関係を直接に理解・把握するのである︒このため︑こうした階級分析の方法は︑自ずと法哲学の範疇に繰り入れられたのである︒憲法の権利規範の背後にあるイデオロギーを直接に観察する方法は︑現実の政治における決断に接近せざるを得ず︑しばしば「党の文件精神」にしっかり従うことを生じさせ︑中国共産党の政策の学術研 究に対する影響は極めて大きい︒
憲法学研究の領域における高度のイデオロギー化のために︑早期の憲法権利に関する研究は︑しばしば︑主流なイデオロギーを直接主張する趨勢となり︑憲法上に規定される基本的権利に対する「解説」を行うのである︒たとえば︑ある権利をなぜ憲法は規定し︑あるいは規定しなかったのかといったことについて︑政治的述語・言説を援用して解説をす ﹀28
︿る︒または︑憲法に規定されたある種の権利に含まれる意味について解説をするのであ ﹀29
︿る︒こうした研究は︑憲法における権利規範を設計した側の視点とそれを解釈適用する側の視点を別けていないし︑また解釈学の意味における作者と読者との区別もなされていない︒それがゆえに︑法哲学的方法を基礎とする憲法権利理論を導き出すのである︒こうした研究は︑一方では︑新憲法公布後における︑その普及と宣伝の必要からなされるのであるが︑また他方では︑憲法改正の時期にあっては︑様々な価値観が︑それぞれ異なった形式によって憲法改正に関わるため︑憲法規範の生成に対して︑非常に強い影響を与えることとなる︒一度︑こうした価値が憲法規範として確認されてしまうと︑社会における主流なイデオロギーとなってしまい︑無理なく︑各種のルートを通じて︑その価値における中心的位置をうち固めてしまうのであり︑さらに法哲学の方法を用いて︑規範の背後に存在する主流なイデオロ
ギーを再現することは︑その有効なルートの一つなのである︒ 中国の学術界における思想解放といった背景の下︑法哲学的方法は︑さらに進んで︑憲法権利に関する研究において︑実定憲法の権利体系に対して︑ある一つの価値立脚点に基づいてなされる批判と検証を体現するのであ ﹀30
︿る︒一九九〇年代以降︑憲法学者は︑外国の憲法学における理論と方法のなかから参考となるものを探し︑中国憲法における権利条項について検証的研究を行い始めた︒こうした研究は︑中国憲法の権利体系を完備させることに対して︑過小評価してはならない価値をもつものである︒二〇〇四年の憲法改正は︑こうした検証的研究が憲法の実践に影響を及ぼした典型の一つであると見なすことができる︒たとえば︑憲法改修以前に︑夏勇が指摘したように︑「人権概念を憲法に導入し︑人権を尊重し︑保障することを憲法原則の一つとして確定することは︑価値法則が政治法則と手続法則へと転換する過程の中で︑法治と憲政を妨げる歪みを生じさせないことを保証し得るだけでなく︑その上︑立法機関と司法機関が︑異なる利益の比較衡量に直面した際︑人権と公民の権利を保護することに有利となる解釈と推理を導き出し得るに都合がよい」のであ ﹀31
︿る︒また︑鄭永流︑程春明︑龍衛球の三名の教授も論文を執筆して︑憲法改正において人権条項を加えることを直接に主張したので あ ﹀32
︿る︒既存の憲法の権利体系に対して︑こうした一定の価値立脚点に基づいてなされた検証的研究は︑二〇〇四年の憲法改正において︑法律技術上の支持基盤を提供したのであった︒
㈡ 憲法権利の法解釈学︵constitutional rights doctrin
e ︶ 改革開放が開始されて以来︑学界では︑これまで中国における憲法の権利体系に対して︑外部の視点に基づいた検証と批判が絶えず行われてきたことか ﹀33
︿ら︑こうした検証的な研究は︑憲法の権利保障体系を完備させることについて述べれば︑過小評価してはならない意義を自然と有するに至った︒法哲学を基本的方法とする検証的な憲法権利理論は︑憲法の権利条項を改正することが︑権利を保障するという目的を達成するのだと期待し︑「現行憲法を改正することを通じて︑規定する権利を増加させる」と主張する傾向をとりやすく︑極端には︑憲法の権利体系を直接「再構築」するといった場合もある︒もし体制内の観点から見たならば︑こうした「現存する憲法の不備を批判し︑かつ完全無欠な憲法を制定することを願 ﹀34
︿う」学説は︑憲法の権威を樹立することに不利であり︑その上︑憲法解釈を運用して︑憲法の権利条項それ自体の瑕疵を消すことを軽視してしまっている︒実際に︑早くも一九八〇年代末から︑中国に関心を寄せた憲法学者のオーウェン・フィス︵Owen M.
Fiss︶は︑憲法解釈の角度から︑中国の憲法権利理論を完備させることを主張した︒たとえば憲法第五一条は基本的権利を制限するといった解釈に対して︑憲法が規定する基本的権利の条項と結びつけ︑「限定解釈」を行い︑制限と保障の間のバランスを探求すべきことを主張し ﹀35
︿た︒法解釈学を運用する方法も︑現実の事件あるいは案例を分析するために有効な分析的枠組を提供したのであり︑そのことから︑憲法権利理論は中国の実際とかけ離れているといった疑いをかけられる災難を免れさせたのである︒二一世紀に入り︑多くの憲法学者は︑社会に生じた注目の話題やホットな問題あるいは典型的案例を引き合いに出して︑様々な憲法権利に関する解釈的学説を展開してい ﹀36
︿る︒
中国の憲法学研究がいっそうと精緻細密化されるにつれ︑憲法学者の更なる関心は︑憲法の条項があるという基礎の上に︑憲法の基本的権利の具体的保障に対する問題を研究することにおかれた︒換言すれば︑憲法上の基本的権利に関する規範を︑効力のある法規範として研究を加えるものであり︑ただ法哲学の角度から︑その道徳的基礎および正当性を研究するものではなかった︒こうした研究の出発点は︑憲法が実施される中で︑いかに基本的権利を保護するのかに基づくものであり︑研究方法の上でも︑比較憲法学の方法をも取り入れ︑憲法権利保障制度がかなり発達した国家の理論を参考にして研究を展開するのである︒こ うした研究は︑中国の若手憲法学者の中では︑かなり普遍的に見られるものであり︑たとえば張翔の基本的権利に対する研究こそは︑ドイツの基本的権利理論を参考にするのと同時に︑中国の憲法上の基本的権利に関する条項と結びつけて︑中国の実際に符合する憲法権利についての体系的な法解釈学を構築しようと試みるものであ ﹀37
︿る︒熊静波の憲法権利衝突理論に対する研究の場合は︑ドイツ憲法権利理論の最新成果を運用して︑憲法権利間の衝突に対して︑実現可能な解決プランを提示してい ﹀38
︿る︒余軍の憲法権利の論理構造に対する研究では︑ホーフェルド︵Hohfeld︶の権利分析理論を枠組として︑憲法権利の論理構造に対して︑「縦方向」と「横方向」の二つの軸から︑中国憲法における基本的権利体系を分析し ﹀39
︿た︒何永紅の基本的権利制限における合憲性審査基準に対する研究では︑アメリカとドイツの基本的権利制限に対する審査基準を詳細に比較し︑同時に︑中国の基本的権利体系に適用する審査基準体系の構築を試み ﹀40
︿た︒こうした研究成果は︑現在のドイツ︑アメリカ︑日本などの国家における憲法学の研究成果を大幅に参考としており︑これらの研究成果における引用文献を見ると︑こうした研究が大量に第一次資料を引用し︑その中でも英語︑ドイツ語︑日本語などの文献が︑かなり多くを占めている︒こうした側面から︑中国の憲法学における基本的権利についての憲法保障に関する研究は︑過去に外国の
憲法学の研究成果を軽視した「主観のみで物事を行う」式の研究からは︑すでに脱却したことを物語っている︒これにより︑西欧の現代法治国家において生み出された憲法の基本的権利に関する二重性理論︑権利制限における比例原則︑基本的権利における制度保障論および審査基準論などの理論は︑中国の憲法権利理論に導入されたのである︒こうした研究は︑憲法の権利条項を解釈するために︑新たな枠組を提供し︑憲法の基本的権利における解釈のために︑学理上における体系的思考を提供するのである︒ 法哲学の角度から︑実定憲法の権利体系に対して批判を行い︑また憲法を改正することによって権利体系を完備させると主張する研究の進路とは違って︑法解釈学的方法の場合には︑これ以外に︑技術性に富む方法および戦略を採用する︒つまり︑憲法条文中の概括的条項に対する解釈によって︑新たな権利の内容を導き出すのであ ﹀41
︿る︒特に︑二〇〇四年の憲法改正案で加えられた「国家は人権を尊重し︑保障する」との条項は︑権利推定のために︑実定法上の根拠を提供したのであり︑ますます多くの学者が︑列挙されていない権利といった理論により︑憲法が保障すべきであるその他の基本的権利を導き出すことを主張している︒さらに多くの学者は︑憲法上の「人権条項」の解釈と適用についての問題に関心を寄せており︑憲法解釈技術を積極的に運用し︑規範が認める範囲のなかで︑目的論的解 釈の方法によって︑人権侵害事件に対する権利救済の方途を見いだすべきであると主張するのであ ﹀42
︿る︒ 当然︑今までのところ︑中国の憲法権利理論における研究方法は︑決して単一の解釈的研究ではなく︑憲法権利規範に対する︑法解釈学の角度からの研究は︑決してその他の観点からなされる研究に完全に取って代われるわけではない︒とりわけ憲法権利規範体系それ自体の妥当性がなお完備されることが待たれる中国においては︑一定の価値立脚点に基づく外部の観点から︑憲法の権利体系に対して批判的研究を行うことは︑依然として代替し得ない重要な意義をもっている︒その上︑憲法解釈の方法それ自体は︑テキストにおける一定の限界を遵守すべきであり︑文言の意味を超えて牽強付会となる解釈は理論の脆弱化を招くのみであろう︒しかし︑もし学術研究が︑ああしたイデオロギーに「牽かれながら」あるいは「追われながら」危険な状態を歩むのを避けようとするならば︑現在のところ︑中国の憲法権利に関する研究は︑やはり憲法権利規範それ自体へと適切に戻るべきであり︑たとえそれが外部の視角による研究であるとしても︑「その外に出ようとするならば︑先にその内に入るべきであ ﹀43
︿る」︒
三
「法 律 に 依 拠 し た 保 障
」か ら
「憲 法 保 障
」ま で
各国の憲法権利保障の歴史をみると︑憲法権利に対する保障モデルは︑大体三つの異なる類型︑すなわち絶対保障型︑相対保障型︑折衷型にまとめることができ ﹀44
︿る︒絶対保障とは憲法それ自体によって直接保障を与えることであり︑たとえ立法であっても制限あるいは例外設定をおくことはできず︑憲法保障モデルの一つであると言うこともできる︒だが︑相対保障とは︑憲法権利の保障は︑具体的法律に依拠する必要があり︑同時に法律は憲法権利に対して制限を加え得ることを主張しており︑この説は憲法権利の法律保障主義とも称される︒絶対保障と相対保障の中間に位置するものが折衷型保障と呼ばれている︒
㈠ 法に依る保障説
中国における早期の憲法権利研究の主要な学説は相対保障説であり︑憲法権利は原則的規定にしかすぎないと見なし︑その具体的内容およびどのように保障を実現するかは︑立法機関が特定の法律を制定して解決をはかることに依存する必要もあった︒張友漁の観点は早期の憲法学界における主要な学説を代表しており︑その指摘は次のとおり である︒
周知のとおり︑憲法は国家の根本法であって︑法律大全書ではない︑すべてを規定に盛り込むことは許されない︒憲法の貫徹実施は︑相応の法律を通じてなされる必要がある︒まさにスターリンが「憲法とは根本法であり︑しかも︑ただ根本法にしかすぎない︒憲法は将来の立法機関における日常的な立法活動を排除するものではなく︑また︑この活動を求めるものである︒憲法は︑この機関に対し︑将来の立法活動における法律的基礎を与える」と述べているが如くである︒新憲法のいくつかの条文には︑「法律の規定に基づいて」実施すべきであると明確に提起されており︑「法に依拠して」︑「合法な」権益を保護すべきであり︑「不法な」あれこれは許されるべきではないと明言されてい ﹀45
︿る︒ こうした学説は︑その後の中国における憲法権利理論に深刻な影響を与え︑多くの学者が︑憲法権利の保障は憲法に規定される基本的権利体系に基づくべきであり︑詳細に完備された法律を制定し︑憲法の基本的権利に関する原則規定を具体化することは立法機関の重要な職責であると主張し ﹀46
︿た︒しかしながら︑立法機関が具体的にどのような立法保障を行い︑立法を行う際にいかなる価値選択をするのか︑こうしたことは︑いずれも理論上において︑充分に深
く掘り下げた研究がなされる必要がある︒そこで︑かつてドイツの近代憲法学において主張された「憲法委託理 ﹀47
︿論」「法律の留保原 ﹀48
︿則」などの学説が︑中国の憲法権利理論の研究に導入された︒これは︑さらに中国における立法実践に対して︑間接的影響を及ぼしたのであり︑「行政処罰法」第九条と「立法法」第八条第五項の規定には︑こうした相対的保障説に含まれる「法律の留保」原理が︑明らかに採用されている︒ 上述した張友漁の憲法権利に関する論説から見いだせることは︑こうした相対保障理論は︑スターリンの︑憲法に関するあの古典的論考︑つまり「憲法とは根本法であり︑しかも︑ただ根本法にしかすぎない」にまで遡ることができる︒このため︑憲法が保障する基本的権利は︑ただ法律の具体化によって保障がなされるにすぎない︒この「憲法は︑ただ根本法にしかすぎない」といった観念も憲法権利の司法裁判における効力に直接に影響を与えており︑さらに加えて︑中国にあっては︑司法機関による憲法審査を行うという可能性をも排除させてしまった︒学界で流行となっている法律保障説︑すなわち憲法権利の保障は法律と規範によって具体化されるべきとする相対保障モデルも︑外国における憲法学界の疑問と批判を受けたのであ ﹀49
︿る︒オーウェン・フィスは︑このことに対して︑「もし相応する法律が具体化をしないのであれば︑︵中国の︶憲法に規 定された自由と権利は︑空文に成り果ててしまうのではなかろうか」と直接の疑問をぶつけてい ﹀50
︿る︒
㈡ 憲法保障説 憲法権利は法律に依拠して保障されるという︑この理論は近代憲法学における主流な学説ではあるが︑この相対保障説が直面する主たる難問は︑法律それ自体は憲法に確認された基本的権利を侵害し得るのかである︒現代の憲法学説にあっては︑憲法権利の本来の主旨は︑多数者が少数の権利を侵害することを防止することであると広く認識されている︒まさにロバート・ジャクソン判事が︑以下のように述べている︒
「︵憲法︶権利法案における本来の主旨とは︑ある事項を︑変化が激しく予測できない政治的紛争の中から撤退させ︑それを多数派や官員たちが及ぼすことのできる範囲の外に置き︑同時に︑それを裁判所によって適用される原則として確立しなければならないことなのである︒人の生命権︑財産権︑言論自由権︑出版の自由︑信仰ならびに集会の自由およびその他の基本的権利は︑投票による制約を受けてはならない︒それらは︑いかなる選挙の結果にも依存しないのであ ﹀51
︿る」︒ 絶対保障説では︑憲法権利は憲法の直接的保障を受ける基本的権利であり︑立法権を含むすべての国家権力にも侵
犯されるべきではなく︑法律がもし憲法権利を侵犯したならば︑その場合には︑憲法審査機関が違憲無効と判断され得ると主張する︒二〇〇〇年以降︑多くの中国人学者は︑憲法権利の絶対保障理論を主張し始め︑さらに憲法に保障される権利と法律が保障する権利を区分 ﹀52
︿し︑権利の保障を︑憲法の適用の枠組の下に置いて研究を行ってい ﹀53
︿る︒この学説の理論的前提は憲法上の権利規範を直接適用できる法規範とするところにあり︑このため大多数の学者は︑憲法解釈学の方法を取り入れる傾向を示し︑憲法上の権利規範を憲法審査過程の中の具体的適用と結びあわせて精緻な解釈と構造を作りあげている︒各国における憲法の実践から抽出された憲法権利適用についての論理的構成を具えた理論は学者たちに広く受け入れられ ﹀54
︿た︒絶対保証説によれば︑憲法権利に対する「法律を通じた保障」と「法律に依拠した制限」は︑実際には︑表裏一体のものであり︑法律が権利の行使方式などに対して具体的な規定を設ける場合︑こうした規定も︑多くの状況下にあっては︑制限なのである︒たとえば︑「集会デモ行進示威法」はデモ行進をする権利の行使方式に対して規定するが︑明らかに法律上の制限でもある︒いかなる権利と同様にして︑憲法上の権利も限界が全くないわけではなく︑法律の制限を受ける可能性が存在するのである︒だが︑憲法規範としての憲法権利はすべての国家機構を制約し︑立法機関に対しても同様 の拘束力をもつのであり︑立法は憲法権利の具体的行使方式に対して規定や制限を作り出せるのだけれども︑こうした制限それ自体も制限を受けるべきであり︵制限に対する制限︶︑もし立法の基本的権利に対する制限が︑憲法が認めた限度を超えてしまったならば︑それは違憲として構成されるのである︒以上をまとめれば︑憲法権利保障の論理構造は︑憲法権利の保障↓制限↓制限に対する制限となる︒こうした学説の基礎の上に︑ここ数年︑いくらかの若手学者たちは︑各国における憲法権利の具体的適用を総合的に比較し︑その中から共通している適用方法を抽出し︑さらに中国の憲法上の権利条項および法律体系と結び合わせて︑比較法上の意義ある解釈を行ってい ﹀55
︿る︒もちろん︑憲法保障説においても︑憲法権利に対する法律に依拠して保護することが排除されているわけではなく︑たとえば憲法権利には︑国家による保護義務が同様に対応・付帯するのであり︑国家が法律を制定し︑特定の保障制度を構築して実現をはかる必要があ ﹀56
︿る︒国家が消極的に法律を制定せず︑権利の充分な保障を実現しなかったのならば︑憲法義務に対する違反を構成する可能性がある︒前述したとおり︑こうした法律による保障は︑最終的には︑憲法それ自身からもたらされる尊重︑制限︑保障を受ける必要がある︒
㈢ 学説における先端性と制度におけるボトルネック 現在の中国憲法学界にあっては︑上述した憲法保障説が︑ますます多くの学者によって主張されつつある︒しかし︑憲法が直接保障するとの前提は︑憲法審査機関を通じて︑法律それ自体の合憲性に対する判断を下させてこそ︑初めて憲法権利に対して最終的保障を与えることができるのであり︑しかも︑時間的効力のある保障に欠ける憲法審査制度は︑この学説が直面する最大の制度的ボトルネックとなっている︒ちょうど︑こうした不備に起因する制約を受けるため︑絶対保障理論は︑現在の中国において︑実効性に乏しい憲法審査制度であり︑しかも活躍する場もなく︑ただ学説レベル上に留まった「使い道のない奥の手」﹇屠龍絶技﹈に成り果てている︒憲法権利保障における現実的要求から見ると︑このことも憲法学研究における「違憲審査ブーム」を引き起こした原因の一つである︒このため︑学界における憲法権利に対する研究には︑しばしば︑同時に憲法審査制度に対する呼びかけ︑主張が付随する︒たとえば二〇〇三年六月︑上海交通大学で開催された「孫志剛事案と違憲審査」学術討論会はそうした例の一つである︒ まさに憲法審査制度の支柱を欠くといったことから︑学界の憲法権利に対する研究は︑依然として憲法権利の一般 の法律レベルにおける実現を追求することが多く︑憲法と部門法の関係および憲法権利の部門法領域における効力について研究するのである︒たとえば︑民事領域における憲法権利の適用問題であ ﹀57
︿り︑その他の法律部門における憲法権利の効力問題であ ﹀58
︿る︒否定できないことは︑制度を伴わない直接保障という前提の下に︑基本的権利の間接効力説と司法実践においての合憲解釈を運用するといった方法を通して︑憲法権利を保障する良好な効果を︑同様に受け取ることもできたことである︒現実の制度が立ち後れているため︑憲法権利の相対保障理論は︑中国においては依然として一定の積極的意義をもつのである︒このことから︑穏やかな議論をする学者は︑憲法権利の折衷型保障を主張する傾向を示している︒つまり︑一方では法律に依拠して保護することは憲法権利保障の重要な手段であることを承認し︑同時に憲法の直接保障がなされてこそ︑ようやく憲法権利保障のあるべき状態であると主張するのである︒さらには憲法権利の適用原理と技術を研究することに尽力し︑憲法審査制度の活性化のために︑理論的支持︑根拠を提供するのであ ﹀59
︿る︒
四 中 国 に お け る 憲 法 権 利 理 論 に つ い て の 展 望
この六十年来︑憲法権利理論の研究成果はすでに大規模な厚みにまでなっている︒こうした不断に精緻細密化されてきた研究は︑国際憲法学界の最先端の研究成果を積極的に参考とし︑その成果を取り入れてきた︒中国というコンテクストを取り払えば︑こうした研究は︑現在の西洋における憲法権利理論とのリンク・接続を実現しているものすらある︒しかし︑国際的理論とシンクロナイズした理論の多くは︑憲法権利保障の現実を解釈する場合には︑むしろ︑明らかに︑いささか意余って力になり得ていない︒もとより各国の憲法学説を参考とすることは︑中国というこのような「憲政発展中の国家」における現実的意義にとって︑勝手に過小評価してはならない︒しかし︑こうした西洋の特定の歴史段階で生み出された様々な憲法権利学説を参考とすることについては︑中国における立憲主義の歴史的課題と法治発展の段階に結合させることによって︑憲法権利理論の研究的枠組を完備させるべきである︒
㈠ 憲法権利における法解釈学の将来性
一般に︑憲法学説では︑憲法上の権利には︑道徳的権利 から引き上げられて法制度化される権利に対し︑開かれた余地が常に存在すると考えられてい ﹀60
︿る︒この見方も世界各国の憲法実践に強く影響してい ﹀61
︿る︒憲法の基本的権利規範が有しているこうした開放構造︵open texture︶を考慮すると︑各国の憲法学は︑そのいずれもが法教義学の詳細な解釈を通じて憲法権利に関する理論体系を形成させようと努めてきたのであり︑基本的権利をして個別案件の運用上においてその条理を明らかにさせ︑また具体的案件の適用過程において「理想的な思考内容」をもたせることができ ﹀62
︿る︒もちろん︑こうした体系化は︑憲法上の基本的権利規範体系を定めることを基礎とし︑内在論理性や整合性および自己完結性を有する憲法権利体系を確立せねばならな ﹀63
︿い︒中国の憲法学研究において︑こうした法解釈学の意義における憲法権利理論は︑ここ十年来の憲法学研究の新たな動向であり︑前述したように︑こうした研究はすでに権利理論研究の重要な流派となっている︒憲法権利規範の内容に対して具体的な定義を行い︑法学上の詳細な解釈を通じて︑それをもって︑さらに綿密な憲法権利の規範体系を形成させることは︑憲法学理論における重要任務なのである︒しかしながら︑憲法権利に関する案件に対して︑本当の意味での憲法判断を下すとの前提は︑実効性を有する憲法審査が制度的前提をなす必要があり︑このため︑現実の意味の上で︑憲法権利における法解釈学は︑現在の中国
での実践的価値に対して︑実効性ある憲法審査制度の確立が︑ただ待たれるのみとなっている︒しかし︑こうした研究趨勢は︑憲法権利を法定の権利として保障を与えることにとって︑依然として重要な意義をもつものである︒控えめに言うとすれば︑たとえ時間的効力のある保障をもたない憲法審査制度を支柱とする現在の中国にあっても︑こうした研究が︑権利に関する法律保障制度を完備させるために︑憲法上における価値基準を提供しているのである︒こうした研究は︑憲法学説史上において︑決して先例がないわけではなく︑たとえば近代ドイツ国法学を集大成したイェリネックの『主観的公権の体系』は︑これまでにあっても依然として影響力をもつ学理上の模範であるというべきである︒ 憲法権利規範それ自体がもつ高度な抽象性ということから︑法解釈学的方法は︑この領域にあっては「大いに活動する余地がある」というべきであろう︒しかし︑こうした解釈も︑もとより「自由奔放」な解釈であってはならなず︑法律解釈における技術と原理を必ず遵守し︑テキストに含まれる規範命題の解釈を探求すべきである︒もし哲学的解釈学の角度から見るならば︑法解釈における方法が文学解釈︑美学解釈と根本的に異なるところは︑法解釈学が規範性についての解釈であるという点に求められる︒これと関連して︑憲法権利の法解釈学が直面する別の問題と は︑単純なる解釈は理論的閉鎖性をもたらすにちがいないということであろう︒ 現代の法解釈学理論が︑ああした厳格な法律実証主義の影響からすでに脱している今日にあっては︑憲法権利についての法解釈学は︑閉鎖的な純粋規範という論理方式による研究を自ずから乗り越えるべきであり︑価値指向に基づく思考を重視すべきである︒このため︑解釈理論は︑一定の価値立脚点に基づき︑また同時に︑中国という具体的コンテキストに結びついた解釈︑つまり問題指向の解釈であらねばならない︒こうした解釈は︑現在の中国社会における価値理念と様々な勢力を深く知る必要を避けられない︒場合によっては︑中国における政治作動過程における「真実法則」に配慮する必要を避けることもできない︒従ってこうした解釈学の角度からなされる研究も︑自ずから法社会学ひいては政治学における研究成果を参考とすることを完全に排除すべきではないのである︒
㈡ 立憲主義の発展と保障モデル理論 立憲主義の発展過程を振り返ってみると︑その過程は近代立憲主義から現代立憲主義に至る変化をおおよそ経てき ﹀64
︿た︒近代にあっては︑人民は代議機関によって公正な法律が制定され︑司法機関と行政機関は︑こうした法律に依拠することによって裁判と行政を行うことを期待するので
あり︑こうした議会制度に対する期待は︑近代立憲主義の主たる価値指向の一つである︒この理念を基礎に︑人民による議会を通じて権利を保障するという学説と観念は主要な地位を占めている︒だが︑憲法の場合は「ただ根本法にしかすぎない」︒このため憲法権利は法律を通じて具体的保障を与えるべきであり︑それが故に︑この近代憲法学説上にあっては︑憲法権利の相対保障説が多く主張されるのであり︑法律の留保︑憲法委託理論は近代立憲主義的価値の具体的な現れであると言える︒ 第二次大戦以後︑民意機関としての議会は︑日増しに各種利益団体の影響を受けるようになり︑たとえ公正︑透明性のある選挙制度があったとしても︑多数の得票を勝ち取る必要があるために︑選出された代表は︑しばしば短期的利益︵代表選の選挙周期によって異なる︶に着目するだけで︑長期的価値の実現をいっそう度外視するのである︒代議機関における立法は︑すでに充分に民意を代表することができず︑これに加えて︑民衆の政治参与に対する情熱の下降は︑代議機関が︑また人民による制約から逸脱する危険をももつものである︒これに相応して︑憲法権利の絶対保障モデルが主張されたのであり︑つまり︑憲法審査制度を通じて憲法権利を保障するのである︒これについては︑芦部信喜は次のように指摘した︒ 人権の「法律による」保障という従来の考えを超えて︑ 人権は法律によっても侵されてはならない︑という「法律からの」保障が強調されるようになった︒それは︑立法権に対する信頼の念と結びついて発展したヨーロッパにおける伝統的な立憲主義の考え方が︑戦後大きく転換したことを意味す ﹀65
︿る︒ 比較憲法史の角度から見ると︑現下の中国における立憲主義の近代的課題はなおも未完成である︒詳しく述べれば︑近代憲法が追い求めているところの法律に依拠して保障される権利は︑やはり強化されるべきであり︑法律による権利に対する具体化はまだ未完成なのである︒たとえば言論の自由を保障する具体的な法律は制定が待たれており︑「労教制度」︵労働教養制度︶という人身の自由に対する制限は︑近代憲法が保障する基本的権利における「法律の留保原則」の要求およびこの原理に基づいて制定された立法法と︑そのいずれにもすべて抵触する︒また一方では︑憲法は代議機関の「最高権力機関」としての地位を確認したとはいえども︑事実上は︑各級人民代表大会は目下のところ依然として国家権力の中核ではない︒現在の中国における立憲主義の発展から見れば︑代議機関の権威を強化することは現実的意義を失ってはいない︒しかも︑現代の欧米社会におけるような︑ああした代議機関に対する不信任といった概念は︑中国においては盛んに主張されているわけではなく︑民衆は立法機関としての人民代表大会に
対するかなり普遍的な期待がなおも存在する︒このため︑もし憲法権利をもって代議機関に対抗させるという絶対保障理論を単純に主張するならば︑立憲主義の近代的課題と牴触するところとなるであろう︒ 現在の中国にあって︑「多数決」による民主と人権との間には緊張状態はまだ現れておらず︑現代民主国家におけるような︑少数者の憲法権利に対するああした多数者の脅威は︑選挙と投票制度による制約のため︑中国においてはまだ現れていない︒だが︑部門立法といった慣例は︑特定部門が代表している利益集団をして︑絶対的優勢な地位を占有させるのであり︑少数者の憲法権利を同様に脅かしている︒形式から見てみると︑中国には利益集団が立法過程においてロビー活動や陳情をすることを規制する制度はないが︑市場経済体制の下では︑各種権力によるレントシーキング現象を︑完全に排除する方法はなく︑また現実からしても︑各種の利益集団は︑立法過程に影響を与えようと試みるのであり︑たとえば最近現れた「立法腐敗」案 ﹀66
︿件は︑こうした危険が中国においても同様に存在し得ることを明らかにした︒このことから現在の中国あっても同様に︑憲法の立法それ自体に対する制約を強調し︑法律に依拠して保障することを超えた憲法保障モデルを採択し︑これによって︑ああした各種利益集団の外におかれている「孤立︑分散した少数 ﹀67
︿者」の憲法権利を保護する必要がある︒ こうした憲政の歴史的課題についての諸論並立が︑中国における憲法権利理論をして︑立憲主義がもつ近代的課題と現代的課題に︑同時に直面せざるを得なくさせたのである︒単線進化論的な見方をすれば︑現在の中国における憲法権利理論は︑第一に相対保障説を選択すべきであり︑立憲主義の近代的課題が解決︑完成されるのを待って︑さらにその後で︑徐々に憲法による保障を実現していくべきである︒これに反して︑できる限り早く国際環境とリンクさせることを主張する場合には︑絶対保障説に傾くかもしれないであろう︒二つの理論間の緊張状態ということからすれば︑学界では︑絶対保障説と相対保障説を結び合わせた折衷モデルが多く主張されているが︑問題は結局はどのように「折衷」するかというところにある︒一方︑具体的保障制度における設計と構造を通じて︑立憲主義の近代的課題と現代的課題の双方に配慮することが︑問題を解決する方途の一つである︒同時に︑こうした制度と結びつき︑憲法適用の原理と技術によって具体的案件に対して法律判断を下す過程は︑緊張関係を有効に解きほぐすこともできるであろう︒
㈢ 憲法権利を中心軸とする憲法学に向けて 憲法権利は原則的性質をもつ権利である︒その保障内容には︑道徳的権利から引き上げられて法制度化される権利
に対し︑開かれた余地が存在しており︑一定の自然的権利の属性をもつものであ ﹀68
︿る︒憲法は自然的権利を法規範の形式をもって確認し︑それによって獲得された道徳との関連性は︑まさに︑こうした道徳的関連性が︑完備された法律体系にあって︑ピラミッドの頂点に位置する憲法規範の下位規範に対するコントロールを通じて︑その体系内における再評価と自己整備を行わせ︑「悪法は法にあらず」と「悪法また法なり」とにおける緊張を緩和させることができるのである︒憲法規範体系ないしは憲法を根本法とする法律体系全体について述べるならば︑憲法権利は︑その価値における核心的地位に置かれるべきである︒これまで中国の憲法学界では︑憲法権利の憲法規範体系の中での核心的地位に対する学説上の基本的共通認識を形成させており︑中国における憲法学研究は憲法権利を核心とする研究へとすでに向きを転じ始めてい ﹀69
︿る︒その上︑近年の憲法権利理論研究は︑すでに憲法権利の保障理念を︑国家機構と各種の公法制度にしみこませて研究を行っており︑しかも憲法権利を軸とした憲法学を構築しようと試みている︒ こうした観点に基づいて︑多くの憲法制度についての研究は︑憲法権利保障の視点から改めて精査︑考察をしても構わないのである︒たとえば憲法審査制度に対する研究では︑もし憲法権利保障を出発点とするならば︑関連する研究は︑政治権力構造の再構築と具体的制度モデルの選択に 必ずしも関連させる必要はなく︑そして憲法権利保障の方法と原理に重点的に関心をもって構わないのである︒さらに例を挙げれば︑憲法権利の立法的制約および保障原理と立法制度︵立法委託や法律の留保など︶︑憲法権利の救済原理と司法制度︑憲法権利の制度保障原理と地方自治︑選挙制度︑大学自治︑新聞出版制度などがある︒ 中国の立憲主義の現状について述べれば︑こうした憲法権利を中心軸に据えようとする憲法学研究は︑やはり価値指向における選択問題に直面している︒前述のとおり︑立憲主義におけるその展開の歴史は近代憲法から現代憲法への変遷過程を経てきている︒近代立憲主義の課題は︑むしろまずもって人間が「赤裸々な個人」として国家に対峙することに着目し︑個人の開放を徹底して実現 ﹀70
︿し︑このため︑特にああした私的領域の中心が侵害されないよう保障することを重視している︒さらに現代立憲主義の段階に至った後には︑社会国家理念および基本的権利の国家保護義務などの課題が出現するのであった︒また︑現在の主な立憲主義国家では︑こうした現代憲法の課題を概ねすでに解決してしまっており︑また︑「ポスト現代憲法」に向けての趨勢となっている︒しかし中国の現状について述べれば︑計画経済体制下に形成され︑比較的集中した権力構造が多くの領域において依然として存在している︒そのためああした国家による侵害を受けない私人における中核的領
域を保障し︑立憲主義の近代的課題を完成させることは︑中国の現状に即して述べれば︑やはり非常に大きな意味をもっている︒だが︑社会主義国家における憲法は︑近代憲法の自由と権利を至上価値とする理念に対する超越であり︑規範内容から見れば︑現代憲法の特徴を具えている︒これに加えて︑中国における都市と農村という二元構造および社会における貧富の分化は不断に激しさを増し︑弱勢集団についての社会権保障問題もとりわけ切迫したものとなり︑立憲主義における現代的課題も同様にして︑その解決が待たれている︒このため︑目下の中国における立憲主義の歴史的発展段階は︑中国における憲法権利研究の価値指向が︑憲法権利規範がもたらす「条件プログラム」と「目的プログラム」の二重属性双方に配慮すべきことを決定づけている︒細かく述べれば︑近代憲法の価値理念に基づけば︑憲法はまさに国家権力の制約に対する規範体系なのであり︑憲法権利規範はまさに国家に対して照準を合わせた防御権の規範なのである︒それがゆえに︑国家権力の市民生活領域に対する介入には一定の限界を遵守すべきであることが要求されるのである︒この理念に基づけば︑憲法権利規範は条件プログラム︵konditionalprogramme, conditional programme︶の機能を発揮している︒つまり︑憲法規範は︑国家行為に対し相応の条件設定し︑こうした条件を満たす場合には合憲とし︑さもなければ違憲とす る︒これと対をなすのは︑国家は基本的権利に対する保護義務という理念の下︑憲法権利規範は︑まさに目的プログラム︵Zweckprogramme, purpose-specific p ﹀71
︿rogramme︶であり︑つまり憲法権利は国家が各種のルート︵立法や公共政策などを含む︶を通じて︑実施されるための目標に掲げられる必要があると強調する︒憲法権利の角度から憲法学に切り込む研究は憲法権利を目的プログラムであると同時に条件プログラムでもあると見なす必要があり︑この二つを前提とすれば︑二つの異なる次元の憲法権利理論研究に関わることになる︒すなわち︑「国家権力を制約する憲法権利」と「国家権力に依存して実現される憲法権利」といった二つの異なる次元において研究がなされるのである︒
注︿
つならびに携帯する権利」の条項はあるが︑この権利は決 と同等ではない︒たとえば︑アメリカ憲法には「武器を持 若干の細かい差異がある︒憲法権利は基本権あるいは人権 六年︑第五章︒もちろん厳密に言えば︑上述した概念には 来梵・凌維慈・龍絢麗訳『憲法』北京大学出版会︑二〇〇 意味で上述の三つの概念を使用している︒芦部信喜著︑林 一致性によって︑日本の憲法学者である芦部信喜は︑同じ 本的人権」︑「基本権」︵基本的権利︶がある︒保障内容の 1﹀これと類似し︑密接に関係する概念には「人権」︑「基